銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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本作では、膠着戦を、少し異なる角度から描いております。

 艦隊が互いに動けない時間は、往々にして「退屈」あるいは「緊張」が支配するものです。しかしその内部では、指揮官たちの思考と読み合いが、撃ち合い以上に激しく交差しています。

 本章では、天才、老獪、直感型、そして俗物(?)と評される指揮官たちが、互いの策を読み、潰し、そして永遠に続くかのような「あいこ」を重ねていく姿をお届けします。

彼らの戦いが、読者の皆様に少しでも息の詰まる面白さとして伝われば幸いです。


銀河の膠着戦:アルブレヒト、眠気との戦い

さっきの「ミサイルの壁」による強制的な通行止めのおかげで、敵味方ともに一時的なクールダウンを余儀なくされた。

 

同盟軍は第11艦隊と第5艦隊が合流し、巨大な塊となって防御を固めている。こっち(帝国軍)も、突出しすぎたラインを修正し、再配置を完了したところだ。

 

指揮官席で、ふわりと大きなあくびが出る。涙目でモニターを見る。そこには、整然と並ぶ同盟軍の光点が映っている。

 

……ん?ふと、違和感を覚える。指を使って数を数えてみる。右翼にビュコック(第5) 中央にホーランド(第11)左翼にウランフ(第10)……以上。

 

あれ?おかしい。数が合わない。

 

「……おい、ラインハルト」

 

手元の通信パネルを叩く。メインスクリーンの隅に、不機嫌そうな金髪の美青年が映し出される。彼もまた、戦闘の小休止に退屈しているようだ。

 

『何だ、ファルケンハイン。次の作戦か?』

 

「いや、ちょっと算数の時間だ。……フェザーンの情報じゃ、敵は五個艦隊と聞いていたが、どう見ても三個艦隊しかいないな」

 

もう一度、モニターを指差して確認する。いない。パストーレ中将の第4艦隊と、ムーア中将の第6艦隊が見当たらない。光学迷彩?ステルス?いや、そんな技術が実用化されていたら、とっくに俺の《ロンゴミニアド》がハチの巣にされているはずだ。

 

「残りの二個はどこだ? ステルス機能でも実装したか?それとも、俺たちの目が節穴なのか?」

 

ラインハルトは、冷ややかな視線を画面外(おそらく戦術データ)に向け、鼻を鳴らす。

 

『フン。ステルスなどという高等な技術を、あの連中が持っているわけがない。……恐らくは』

 

彼は口元を歪める。軽蔑の色が濃厚だ。

 

『直前になって議会で予算が下りなかったのではないか?民主共和制の悪癖だ。「5個艦隊も動かす金がない」「選挙前だから増税につながる出費は控えろ」……そんなくだらん理由で、出撃を取りやめたのだろう』

 

ポン!手を打つ。それだ。その発想はなかったが、言われてみれば一番しっくりくる。

 

「正解!おそらくそれだ!」

 

膝を叩いて同意する。自由惑星同盟の政治腐敗と、ポピュリズムの蔓延。軍事的な必要性よりも、政治的な都合が優先される国。

 

「燃料代か、あるいは兵士の残業代か。それとも『環境保護団体から、宇宙空間への排ガス規制の申し立てがあった』とか、そんな理由で予算カット。ありそうな話だ」

 

5個艦隊分の補給物資を用意するだけでも、天文学的な金額になる。財政難の同盟政府が、土壇場で「やっぱ3個でいいんじゃね?ロボス元帥も『30隻でいい』って言ってたし」とケチった可能性は極めて高い。

 

『敵の失態に助けられましたな』

 

ラインハルトが皮肉っぽく言う。

 

『当初の5個艦隊、約6万隻がすべて揃っていれば、いかに我々といえども包囲殲滅の危機にあった。だが、3個艦隊なら約3万6千隻。こちらの戦力とほぼ同数だ』

 

そう。帝国軍は約3万5千隻。数的にはイーブンになった。無理ゲーから、五分五分の勝負にランクダウンしたわけだ。リヒテンラーデの嫌がらせ(寡兵での出撃)が、敵のセルフ嫌がらせ(予算カット)によって相殺された形になる。

 

「……ツイてるな、俺たちは」

 

「ツイているのではありません。敵が愚かなだけです」

 

ラインハルトは厳しい。だが、その瞳には「これなら勝てる」という確信の光が宿っている。

 

『だが、ファルケンハイン。条件が対等になった以上、言い訳はできんぞ』

 

画面の中の彼が、身を乗り出すようにしてこちらを睨む。

 

『同数の艦隊戦で、元帥閣下が負けるわけにはいきませんね?「敵が多かったから」という敗戦の弁は、もう通用しない』

 

プレッシャーをかけてくる。こいつ、俺がちょっとでも弱気なところを見せると、すぐにマウントを取ろうとする。

 

「当たり前だ。俺にも矜持というものがある」

 

ふんぞり返って見せる。帝国元帥としての威厳。プライド。

 

『ほう、貴様にも軍人としての誇りがあったのか?』

 

ラインハルトが意外そうな顔をする。失礼な奴だ。俺だって伊達に元帥の階級章をつけているわけではない。

 

「あるわけないだろ」

 

即答する。

 

「え?」

 

ミュラーがずっこける音が聞こえる。ラインハルトが目を丸くする。

 

「矜持の中身が違うんだよ。軍人の誇り?なにそれ美味しいの?俺が負けられない理由はただ一つ!」

 

モニターに向かって指を突きつける。

 

「ここで負けたら、アナに怒られる!それだけだ!」

 

シーン……。艦橋が静まり返る。

 

「……あいつに『あれだけの戦力を預けておいて、同数の敵に負けたんですか?アル様は無能ですね。明日からおやつ抜きです』なんて言われてみろ!俺の精神は崩壊する!生きていけない!」

 

これぞ真実。軍法会議よりも、リヒテンラーデの嫌味よりも、アナの冷ややかな視線とおやつ抜き処分の方が、俺にとっては死活問題だ。

 

『(呆れて)……貴様の原動力は、常にそこだな』

 

ラインハルトが深いため息をつく。彼の顔には「こいつを尊敬しかけた俺が馬鹿だった」と書いてある。

 

『まあいい。動機が不純であろうと、勝てば官軍だ。……では、どう動く?敵はガッチリと守りを固めているぞ』

 

話題を戦術に戻す。さすがは仕事熱心な大将だ。

 

「そうだな。敵の第5、第11艦隊は合流して、巨大な要塞みたいになっている。左翼のウランフも隙がない。……正面からぶつかれば、ただの消耗戦になるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、この戦場を遠く離れた場所から、軍事知識のない一般市民がテレビ中継で見ていたとしたら、間違いなく開始五分でチャンネルを変えていただろう。あるいは、心地よい睡眠導入動画として活用していたに違いない。

 

なぜなら、画面上の光点(艦隊)が、全く動かないからだ。いや、正確には動いている。ものすごい速度で、精密な機動を行っている。だが、それが互いに相殺され続けているため、結果として「行ったり来たりしているだけ」に見えるのだ。

 

これは「凡戦」ではない。「超高次元の睨み合い」であり、お互いの喉元にナイフを突きつけ合ったまま、ミリ単位で重心移動を繰り返しているような、極限の神経戦なのだ。

 

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

貧乏ゆすりをしながらモニターを睨みつけていた。

 

「……硬い。硬すぎるぞ、同盟軍」

 

アルブレヒトが呻く。彼の目の前で展開されているのは、もどかしいほどの「ゼロ行進」だ。

 

端から見れば、やる気のない凡庸な撃ち合いに見えるだろう。だが、実際は違う。水面下では、足をバタつかせまくる白鳥のような激しい読み合いが行われているんだ

 

アルブレヒトは、手元のコンソールを操作し、次なる手を打つ。

 

「右翼艦隊、前進!敵の左側面を突くふりをして、急速後退!敵を釣り野伏せにする!食いついてきたところを側面から叩く!」

 

「はっ!釣り野伏せ、行きます!」

 

副官のミュラーが勇ましく命令を伝達する。帝国軍の一部隊が、わざとらしく突出して、そしてパッと逃げる。「あーっ!逃げるぞー!追わないと損だぞー!」という演技指導が入っているかのような、露骨な誘引行動だ。

 

 

 

 

 

同盟軍、第11艦隊(と第5艦隊の合同司令部)

 

ここには、戦場の空気を読む天才と、戦術の理を解く天才が同居している。

 

「おっ!敵が崩れたぞ!チャンスだ!追撃する!」

 

ホーランドが身を乗り出す。彼は素直だ。敵が背中を見せれば、本能的に追いかけたくなる。

 

だが、その背後で紅茶をすすっていた魔術師ヤン・ウェンリーが、即座に冷や水を浴びせる。

 

「いけません、閣下。あれは罠です」

 

ヤンはマグカップを置くことすらせず、淡々と言う。

 

「敵右翼の後退は、誘引です。深追いすれば、左右から挟撃されます。……行かないで、そこへミサイルだけ撃ち込んでください。『お土産です』と熨斗をつけて」

 

「む?罠か? ……言われてみれば、逃げ足が良すぎるな。よし、わかった!」

 

ホーランドは即座に命令を変更する。

 

「追撃中止!代わりに全弾発射!逃げる敵の尻にミサイルをぶち込んでやれ!」

 

ドシュシュシュシュッ!!同盟軍から放たれた無数のミサイルが、誘引行動をとっていた帝国艦隊の背後に殺到する。

 

 

 

 

 

再び、帝国軍《ロンゴミニアド》

 

「うわぁっ!釣れません!餌だけ食い逃げされました!」

 

ミュラーが悲鳴を上げる。モニター上では、誘い出したはずの味方部隊が、敵のミサイル攻撃を受けて慌てて回避行動をとっている。

 

「ちっ、バレたか。……戻れ!深追いするな!」

 

アルブレヒトは舌打ちする。完全に読まれている。こちらの「釣り」に対して、「体は行かずに、飛び道具だけ送る」という、最も安全で効果的なカウンターを食らった。

 

「誰だ、向こうの指揮官は。俺の思考回路が見えているのか?まるで鏡とじゃんけんしている気分だ」

 

アルブレヒトは頭を抱える。ヤン・ウェンリー。まだ見ぬその男の存在が、アルブレヒトの胃壁を確実に削り取っていく。

 

 

 

 

 

一方、帝国軍左翼。純白の貴婦人《ブリュンヒルト》

 

ここにも、フラストレーションを溜め込んだ若き天才がいた。

 

ラインハルトは、美しい指で指揮卓をトントンと叩いている。リズムが速い。イライラのサインだ。

 

「ええい!膠着したままでどうする!誰かが風穴を開けねばならんのだ!」

 

彼は叫ぶ。正面の敵は、老練なビュコック率いる第5艦隊。隙がない。岩のように堅い。 だが、岩なら砕くまでだ。

 

「全艦、中央突破に見せかけて左旋回!敵の艦列の継ぎ目を、ドリルのように食い破る!スピードで翻弄しろ!」

 

ラインハルトの命令は鋭い。《ブリュンヒルト》率いる艦隊が、鋭角的な機動を見せる。 フェイントからの、高速サイドステップ。バスケットボールなら、アンクルブレイク必至の神業だ。

 

 

 

 

 

 

同盟軍、第5艦隊旗艦《リオ・グランデ》

 

艦齢を重ねた古参の戦艦のブリッジでは、一人の老人が渋い茶をすすっていた。

 

アレクサンドル・ビュコック中将。彼は、モニターの中でキレのある動きを見せる白い戦艦を見て、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「小僧が色気を出したな」

 

彼は、孫のいたずらを見抜く祖父のような目で、次の手を打つ。

 

「中央突破はフェイクじゃ。奴の狙いは左からの切り込み。……おい、左舷前方に機雷を撒いておけ。あと、ゼッフル粒子も少々」

 

「はっ!機雷散布!」

 

「奴が加速して突っ込んでくるコース上に、置き土産じゃ。踏めば痛いぞ」

 

 

 

 

帝国軍《ブリュンヒルト》

 

「閣下!進路前方に高エネルギー反応!機雷原です!」

 

「なっ!?」

 

ラインハルトが目を見開く。彼が「ここだ!」と思ってハンドルを切ったその先に、まるで最初からそこにあったかのように、機雷の壁が出現したのだ。突っ込めば自爆する。

 

「ぐぬっ!進めん!緊急停止!回頭しろ!」

 

《ブリュンヒルト》が急ブレーキをかける。慣性制御が悲鳴を上げ、優雅な船体がガクンと揺れる。かっこよく切り込んで敵を両断するはずが、工事現場の看板に阻まれたスポーツカーみたいになってしまった。

 

「くそっ……!またこちらの動きを読まれた!」

 

ラインハルトは拳を握りしめ、アームレストを殴りつける。

 

「ええい!味方は何をしているのか!あの程度の敵に、なぜ決定打を与えられん!帝国軍は昼寝でもしているのか!」

 

八つ当たりだ。周りのオペレーターたちがビクッとする。

 

その時、スッと横からコーヒーカップが差し出された。

 

「ラインハルト様」

 

キルヒアイスだ。彼の声は、春の風のように穏やかだ。

 

「少し落ち着いてください。……わかっておいででしょう?こちらの策が通じないのではなく、敵が完璧に対応しているのです」

 

キルヒアイスは、ラインハルトの乱れた前髪を直してあげたい衝動をこらえつつ、諭すように言う。

 

「ファルケンハイン閣下も、様々な手を打っています。ですが、敵もさるもの。こちらの意図を瞬時に読み取り、最適解で返してくる。……これは、相手を褒めるべき局面です」

 

ラインハルトは、差し出されたコーヒーを受け取り、一口飲む。少し熱めのブラックコーヒーが、カッカした頭を冷やしてくれる。

 

「……わかっている!わかっているが……」

 

彼はカップを両手で持ち、悔しそうに唸る。

 

「同盟軍もやる!あの老将(ビュコック)め、まるで俺の思考が見えているかのようだ!くそっ、ストレスが溜まる!」

 

天才ゆえの焦り。自分が思いつく「最高の一手」が、ことごとく封じられる屈辱。それは、彼がまだ「経験」という武器を持っていないことの裏返しでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍《リオ・グランデ》

 

「……ふん。寄せては返す波の如しか」

 

ビュコックは、攻撃を断念して後退していく白い戦艦を見送りながら、独りごちる。

 

「敵の金髪の指揮官、19の若造と聞いたが……才能はある。あの鋭い切り込み、並の指揮官なら反応できずに斬られておる」

 

「甘い、ですか?」

 

傍らに立つ副官、ファイフェル少佐が問う。

 

「ああ、甘いな」

 

ビュコックはニヤリと笑う。意地の悪い古狸の笑みだ。

 

「『勝ちたい』『功績を上げたい』『俺を見ろ』……そういう気が逸りすぎて、殺気がダダ漏れじゃよ。全身から『俺は左に行くぞー!』というオーラが出ておる」

 

彼はモニターを指差す。

 

「そこを突いて、鼻先であしらってやるのさ。……若者には、年寄りの冷や水をご馳走してやるのが教育というものじゃろう?」

 

「なるほど。手厳しい教育ですね」

 

ファイフェルが苦笑する。

 

「翻弄してやれ。焦れば焦るほど、奴はボロを出す。そこを叩く」

 

ビュコックの指揮は、老獪そのものだ。ラインハルトの鋭利な刃を、柳のように受け流し、逆にバランスを崩させる。「柔よく剛を制す」 その極意がここにあった。

 

 

 

 

こうして、ティアマトの戦場は、第三者が見れば「何も起きない退屈な時間」となり、当事者たちにとっては「一瞬も気が抜けない地獄の時間」となった。

 

アルブレヒトの奇策はヤンに潰され。ラインハルトの猛攻はビュコックにいなされ。 ホーランドの突撃はメルカッツに防がれる。

 

じゃんけんで言えば、延々と「あいこ」が続いている状態。だが、その「あいこ」のスピードは、音速を超えている。

 

「……ふわぁ」

 

《ロンゴミニアド》の艦橋で、アルブレヒトがあくびをする。

 

「眠い。高度すぎて眠くなってきた。……誰か、この均衡を破るバカはいないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いに致命的な一撃を避け、ジャブを打ち合い、相手が瞬きする瞬間を待つ。そんな極限の緊張状態が数時間も続いているのだ。

 

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

 

「(疲労困憊)……これは疲れるな。頭脳労働の極みだ。糖分が足りん。誰か、チョコを持ってこい。カカオ90%の苦いやつじゃなくて、ミルクたっぷりの甘いやつだ」

 

アルブレヒトが呻く。彼の脳味噌はオーバーヒート寸前だ。ヤン・ウェンリーの妨害工作、ビュコックの老獪な防御、そして味方(主にラインハルト)からの「早くしろ」というプレッシャー。これらを同時に処理するのは、病み上がりの身体には酷である。

 

「閣下、チョコはありません。兵站局のミスで、今回の嗜好品は『乾燥昆布』しか積まれていません」

 

「なんだと!?昆布で頭が回るか!リヒテンラーデめ、俺をミネラル過多で殺す気か!」

 

アルブレヒトは理不尽な怒りを露わにするが、今はそれどころではない。彼はモニターの端、自軍の陣形の一部がわずかに揺らいでいることに気づく。そこを守っているのは、今回「レンタル移籍」で連れてきた、新米の分艦隊司令官たちだ。

 

「……あいつら、ビビってやがるな」

 

アルブレヒトは通信回線を開く。

 

「おい、グリルパルツァー!クナップシュタイン!生きてるか!?息してるか!?」

 

モニターに、二人の若い指揮官の顔が映し出される。グリルパルツァー准将(今回は臨時の分艦隊司令)は、インテリ風の顔を蒼白にしている。クナップシュタイン准将は、脂汗で前髪が張り付いている。二人とも、これが初の大規模艦隊戦の指揮なのだ。しかも相手は、同盟軍が誇る歴戦の猛者たち。

 

「(緊張で声が裏返り)は、はいっ!な、な、なんとか!生体反応は維持しております!」

 

グリルパルツァーが叫ぶ。地理学には詳しいが、実戦の泥臭さにはまだ免疫がないようだ。

 

「て、敵の圧力が凄まじく……!第10艦隊のウランフとかいう奴、化け物です!こちらが少しでも動くと、すぐに砲撃が飛んできます!」

 

クナップシュタインが泣き言を漏らす。無理もない。ウランフは同盟軍でも指折りの武闘派だ。新兵がいきなりプロボクサーのリングに放り込まれたようなものだ。

 

アルブレヒトは、ため息を一つ飲み込み、努めて明るく、そして力強い「頼れる上司」の声を作る。

 

「泣き言を言うな!これが艦隊司令官としての初陣だ!相手は同盟の名将揃い、苦戦して当たり前だ!むしろ、今まで沈んでないだけで合格点だぞ!」

 

彼はアメとムチを使い分ける。いや、今はアメが必要だ。

 

「気負うなよ!お前たちの後ろには、このファルケンハインと、あの不機嫌な天才ラインハルトがいる!失敗しても、俺がなんとかしてやる(多分)!だから思い切って指揮を執れ!責任は全部俺が持つ!」

 

(多分)という心の声は、通信には乗らない。この言葉は、パニック寸前の若者たちにとって、福音のように響く。

 

「(感動)か、閣下……!ありがとうございます!」

 

グリルパルツァーの目が潤む。

 

「一生ついていきます!この命、閣下の盾となりましょう!」

 

クナップシュタインが敬礼する。二人の顔から悲壮感が消え、代わりに過剰なほどの忠誠心とやる気が漲る。彼らの艦隊の動きが、目に見えて安定する。

 

「よし、いい子だ。励めよ」

 

アルブレヒトは通信を切る。 そして、ニヤリと黒い笑みを浮かべる。

 

「(内心)よし、これで肉壁……じゃなくて、粘り強い戦線維持は確保できたな。あいつらが前で耐えてくれれば、俺は後ろでサボ……いや、戦局を見極めることができる」

 

人使いの荒さは、リヒテンラーデ候譲りかもしれない。 だが、部下をやる気にさせるカリスマ性(詐欺師的な手腕)だけは、彼独自の才能だ。

 

 

 

 

 

 

一方、同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》

 

ここの艦橋の空気は、帝国のそれとは対照的だ。「静」ではなく「動」いや、「動きたいのに動けないストレス」が充満している。

 

「ぬおおおおおお!!」

 

司令官ウィレム・ホーランド中将が、指揮官席で地団駄を踏んでいる。貧乏ゆすりなんてレベルではない。震度3くらいの揺れを発生させている。

 

「(ウズウズしながら)ヤン准将!見ろ、この膠着状態を!じれったい!まるで渋滞に巻き込まれた休日の高速道路だ!このままだとジリ貧の消耗戦になるぞ!」

 

彼は後ろを振り返り、優雅に紅茶(ブランデー入り)を飲んでいるヤン・ウェンリーに詰め寄る。

 

「俺の新しい必殺技、『ウルトラ・トルネード・スピン(仮)』で突っ込まなくて良いのか!?敵の陣形のど真ん中を、ドリルのように回転して突き破る自信があるんだが!」

 

どんな技だ。聞くだけで物理法則が喧嘩を売りそうなネーミングだが、彼ならやりかねない。そして、彼なら成功させかねないのが怖いところだ。

 

だが、ヤンはカップを口から離し、間髪入れずに即答する。

 

「ダメです」

 

「なぜだ!」

 

「良くはありませんが、現状、総数はこちらがわずかに有利です。敵3.5万に対し、我々は約3.6万。無理に動く必要はありません」

 

ヤンは諭すように言う。

 

「今、戦場は極限のバランスで保たれています。ここで我々が無理に動けば、その瞬間に生まれる隙を、ファルケンハインかミューゼルに食いつかれます。彼らはピラニアです。血の匂いを見逃しませんよ」

 

「むう……。ピラニアか……」

 

ホーランドは唸る。彼はラインハルトの鋭さと、アルブレヒトの性格の悪さを肌で感じている。確かに、変な動きをすれば即座に殺される予感はある。

 

「ですが、待っていて勝機はあるのか?」

 

「あります」

 

ヤンは嘘をつく。いや、正確には「可能性の低い希望」を語る。

 

「後方の2個艦隊(第4、第6艦隊)が合流してからでも、決戦はよろしいでしょう。彼らが到着すれば、戦力比は圧倒的になります。それまでは、相手に奇策を打たせないことです。我慢です、閣下」

 

「……うむ」

 

ホーランドは腕を組む。第4、第6艦隊。本来ならとっくに到着しているはずの援軍。彼らが来れば勝てる。それは間違いない。

 

「我慢……我慢……」

 

ホーランドは自分に言い聞かせる。彼は深呼吸をし、己の中の「暴れたい欲求」を必死に抑え込む。

 

「よし、わかった!俺は不動の猛牛になる!テコでも動かんぞ!ラインハルトが挑発してきても、ファルケンハインが変な顔をしてきても、俺は石像のように耐えてみせる!」

 

彼は仁王立ちになり、目を閉じて瞑想(?)を始める。その姿は、ある意味で神々しく、ある意味でとても邪魔だ。

 

ヤンは、そんな司令官の背中を見ながら、心の中で溜息をつく。

 

(……素直で助かるけど、その2個艦隊、本当に来るのか……?フェザーンの情報だと出撃した形跡がないし、ロボス元帥のことだから、補給ミスで足止めとか、予算不足で解散とか、平気でありそうだな……)

 

ヤンの胃もまた、ストレスで痛んでいる。来ない援軍を待ちながら、目の前の猛獣(ホーランド)と、敵の猛獣(帝国軍)を同時に飼い慣らさなければならない。彼の給料は、労働内容に見合っていないことだけは確かだ。

 

 

 

 

 

 

戦場の左翼(帝国側から見て)

 

 

ここでは、いぶし銀のプロフェッショナル同士による、渋く、しかし高度な戦いが繰り広げられている。

 

帝国軍左翼、メルカッツ艦隊旗艦《ネルトリンゲン》

 

 

 

「……敵第10艦隊(ウランフ)、攻め気と見せて守り、守りと見せて攻める。……硬軟合わせた柔軟な戦線だ。上手いな」

 

メルカッツは、感嘆の声を漏らす。正面のウランフ艦隊は、決して無理な突出をしない。だが、こちらが少しでも引こうとすれば、即座に食らいついてくる。押せば引き、引けば押す。まるで熟練の格闘家同士の組み手だ。

 

「こちらも不用意には動けん。ワルキューレ隊を戻せ。防御を固めるぞ」

 

メルカッツは慎重策をとる。 味方の中央(アルブレヒト)や右翼(ラインハルト)が攻撃的だからこそ、自分が崩れるわけにはいかないという責任感。

 

 

 

 

 

 

一方、同盟軍左翼、ウランフ中将の旗艦《盤古(バングゥ)》

 

猛将ウランフもまた、モニターを睨みつけている。

 

「敵の老将(メルカッツ)、隙がない。誘っても乗ってこないし、押しても崩れない。……いい指揮官だ」

 

ウランフは、敵ながらあっぱれと敬意を表する。だが、敬意と殺意は別だ。

 

「だが、敵は少ない!こちらの方が数は勝っている!一瞬の隙があれば、そこへ全力を打ち込めよ!焦れるな!じっくりと炙り出せ!」

 

ウランフの部隊は、虎視眈々と「その時」を待っている。

 

 

 

 

 

 

そして、再び帝国軍中央、《ロンゴミニアド》

 

アルブレヒトは、全体を見渡して頭を抱えていた。どこを見ても隙がない。右も左も中央も、ガッチリと噛み合って動かない。

 

「……どいつもこいつも、隙がねえな!完璧主義者か!もっとこう、ポカミスをしてくれないと、俺がつけ込めないだろうが!」

 

彼は八つ当たり気味に叫ぶ。

 

「これじゃあ、俺が『飽きたから帰る』って言うタイミングがないじゃないか!このままじゃ残業確定だぞ!」

 

『(通信)寝言を言っている暇があったら、打開策を出せ、元帥!』

 

通信機から、ラインハルトの怒鳴り声が聞こえてくる。彼はイライラの限界に達しているらしい。

 

『貴様は総司令官だろう!この状況を打破する義務がある!さっさと魔法でも何でも使って、敵を崩せ!』

 

「へいへい。人使いが荒いねえ、大将閣下は」

 

アルブレヒトは肩をすくめる。魔法。そう言われれば、そろそろ、種明かしをする時間かもしれない。

 

「……仕方ない、少しばかり『ズル』をするか」

 

アルブレヒトの声色が、ふっと低くなる。彼の瞳に、悪戯っ子のような、そして冷徹な策士の光が宿る。

 

「ミュラー、通信回線を開け。……ただし、暗号コードだ。敵には聞かれてもいいが、味方(特にリヒテンラーデ派)には聞かれたくない内容だからな」

 

「は、はい?暗号通信ですか?どこへ?」

 

「決まってるだろ。……反則技の準備だ」

 

アルブレヒトはニヤリと笑う。膠着した戦場。動かない敵。来ない援軍。全ての条件は揃った。

 

「アナがいたら怒るだろうけどな。『卑怯です』って。でも、勝つためだ。……いや、早く帰るためだ」

 

戦局は、ここから大きく歪み始める。元帥の「ズル」が、吉と出るか凶と出るか。 それはまだ、神のみぞ知る領域である。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 今回は派手な勝利ではなく、動けない戦場で、動き続ける頭脳を描く回となりました。
 読者の皆様がどの指揮官に魅力を感じ、どのやり取りに笑い、どの場面で緊張を覚えたのか——ぜひ教えていただければ嬉しく思います。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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