銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
アルの人間力(俗物力)と、ヤン&ホーランドの柔軟な軍才が噛み合うと、
戦場は時に理不尽なほど劇的な推移を見せるものです。
小細工と暴力、その両方が銀河を揺らす瞬間を、どうぞお楽しみください。
我が軍が展開する「コンビニ戦法(24時間波状攻撃)」は、確かに効果を上げている。敵の補給を邪魔し、トイレ休憩すら許さない陰湿な嫌がらせ。これぞ「俗物」の極みだ。
だが、モニターを眺める視界の端で、奇妙な動きが引っかかる。
「報告!同盟軍の最後尾が反転!ゆっくりと後退していきます!」
オペレーターが声を張り上げる。ん?撤退か?いや、違う。
「しかし全軍ではありません!後方で補給と再編を済ませた部隊と、交互に入れ替わっています!まるで……ベルトコンベアです!」
モニターを凝視する。敵の動きは、滑らかではない。前衛が下がり、後衛が出る。その隙間を、さっきまで暴れていたホーランドの猛牛艦隊が、器用にすり抜けていく。全体として見れば、少しずつ下がっているようで、実は位置を保っている。
「(眉をひそめ)……尺取り虫みたいな動きだな」
あごを撫でる。これは……?単純な撤退なら、もっと雪崩を打って逃げるはずだ。あのアメーバ野郎(ホーランド)なら、「逃げるぞー!」と叫びながらマッハで逃走してもおかしくない。だが、今の動きは理性的すぎる。計算され尽くしている。
「偽装撤退?何のために?誘い込むにしては、動きが遅すぎる」
『敵は戦線を引き伸ばす気だ』
通信ウィンドウに、不機嫌そうなラインハルトが映り込む。彼もまた、この煮え切らない状況にイライラしている口だ。
『誘引して、こちらの結合を解くつもりだろう。我々が「逃げる敵」を追って深入りすれば、隊列が伸びる。そこを側面から叩く。単純な策だ』
ラインハルトの分析は正論だ。教科書通りならそうなる。だが、俺の「俗物センサー」が、もっと嫌な臭いを嗅ぎ取っている。何かが違う。相手の指揮官は、そんな教科書通りの罠を張るようなタマか?もっとこう、性格のねじ曲がった、陰湿で、俺と友達になれそうな(なりたくないが)タイプのはずだ。
「いや、待て、ラインハルト。それなら全軍で一気に下がればいい。足の遅い部隊を囮にして、主力が逃げれば、俺たちは食いつくしかないからな」
画面の中のラインハルトに向かって指を振る。
「なぜチマチマと下がる?なぜ『元気な奴』と『疲れた奴』を、わざわざ戦場のど真ん中で入れ替えるリスクを冒す? ……そうか!」
頭の中で、パズルのピースが、ガチリと嫌な音を立てて噛み合う。ガリガリと頭をかく。フケが出そうだが気にしない。
「クソッ!『こちらの釘付け』が狙いか!」
『釘付けだと?』
「そうだ!俺たちがこの『コンビニ戦法』を続けている限り、俺たち自身もその場から動けないんだよ!」
解説してやる。コンビニ戦法は、常に小部隊をローテーションさせて攻撃し続ける戦術だ。つまり、帝国軍全体が「攻撃システム」として固定されてしまう。 攻撃の手を休めれば、敵に回復の隙を与える。だから休めない。 結果、俺たちは「敵を殴り続ける」という行為に縛られ、大きな移動や、大胆な作戦変更ができなくなっているのだ。
「敵はそれを見越して、前衛を餌に俺たちを固定しつつ、後方で悠々とエネルギー充填してやがるんだ!俺たちが必死にジャブを打ってる間に、奴らは後ろで弁当を食い、マッサージを受け、フルパワーになって戻ってくる!」
これは「持久戦」に見せかけた「エネルギー吸収戦」だ。こちらのスタミナを削りつつ、自分たちは回復する。尺取り虫のような動きは、その「循環システム」を維持するためのポンプの役割だ。
「なんてこった。俺の『24時間営業』を逆手にとって、客(俺たち)を店内に閉じ込め、金を巻き上げるシステムを作り上げやがった!」
副官のミュラーが、青ざめた顔で進言する。
「な、ならば、全面攻勢をかけては?敵の循環が整う前に、力押しで粉砕するのです!」
「ナンセンスだ」
即座に却下する。
「敵の前衛だけを潰して、どうする?突破した瞬間、こちらが攻勢の限界点に達するぞ。その瞬間に、後ろから『お待たせしました!元気いっぱいの第11艦隊です!』って出てきた奴らに、無防備な顔面を殴り殺される!」
想像するだけで痛い。フルマラソンを走った直後に、プロボクサーと殴り合えと言われるようなものだ。
「(ため息)そういう策か……。いやらしいな」
椅子に深く沈み込む。胃がキリキリと痛む。
「こちらの心理の隙をついて、何重にも罠をかけてやがる。『攻めたい』『休ませたくない』という俺の欲求を利用して、俺自身を縛り付けるとはな。……この感じ、イゼルローンで半包囲された時と同じだ」
あの時もそうだった。こちらの「最短距離で突っ込みたい」という心理を読まれ、壁で進路を塞がれた。今回も同じだ。こちらの思考が、完全に読まれている。
「……ホーランドという新人が、そんな策士だったか??」
「どちらにせよ、同盟にも俺並みに性格の悪い奴がいるもんだ。友達になれそうだが、絶交したいタイプだな」
『感心している場合か、元帥!』
ラインハルトが吠える。
『敵の策が分かったのなら、破るのが貴様の仕事だろう!このままでは、こちらのシフトが崩壊するぞ!』
「へいへい。分かってるよ」
頭を振って思考を切り替える。敵が「アメーバ」や「尺取り虫」のような有機的な動きで来るなら、こちらも生物学的なアプローチで対抗するしかない。毒には毒を。生物には、もっと凶悪な生物をぶつけるんだ。
◆
「ならば、敵の土俵には乗らん!」
指揮卓をバンと叩く。コンビニの店長は廃業だ。これからは、マッドサイエンティストの時間だ。
「メルカッツ提督!聞こえるか!起きてるか!?」
通信パネルを操作し、左翼の重鎮を呼び出す。画面に、渋い老将の顔が現れる。彼はどんな状況でも落ち着いている。まさに帝国の良心だ。
『はっ。ここに。……元帥閣下、何か妙案でも?』
「妙案というか、劇薬だ。ベテランの腕の見せ所だぞ、提督」
戦術マップ上の、敵前衛と後衛の接合部を指し示す。そこは、敵の艦艇が入れ替わるために、一瞬だけ密度が薄くなるポイントだ。
「敵の前衛を削る!ただし、普通に削るな。面で押すんじゃない。……点で刺すんだ」
「点で、ですか?」
「そうだ。小集団を二組連携させ、微細な十字砲火域(クロスファイア)を無数に作れ!網の目のような弾幕じゃない。針の穴を通すような、精密な射撃だ!」
身振り手振りで説明する。俺のイメージは、巨大なハンマーではなく、無数の注射針だ。
「その火力の密度が異なる艦隊の間隙に、浸透させるように進撃する!敵の艦と艦の隙間、シールドとシールドの継ぎ目、そこを狙って潜り込め!」
「……むう」
メルカッツが唸る。高度な操艦技術が要求される。新兵には無理だ。だが、メルカッツの手足のように動く熟練の艦隊なら可能だ。
「相手が不定形の『アメーバ』ならば、こちらは細胞に入り込む『ウイルス』だ!真正面からぶつかるな!内部から食い破れ!」
「ウイルス……」
「そうだ!敵の体内に入り込み、機能を不全にさせる!そして、突破した穴から敵後衛にピンポイント射撃をかけろ!」
俺はニヤリと笑う。
「補給中の無防備な尻を蹴り上げてやるんだ!弁当を食べてる最中に、背中から膝カックンしてやれ!補給ホースが繋がってる状態で攻撃されたら、奴らはパニックになる!」
エネルギー充填中の戦艦は、動けない。シールドも弱い。そこを狙う。騎士道精神?知らん。勝てばいいんだ。
メルカッツが一瞬驚いたように目を見開き、そしてすぐに、武人にあるまじき(しかし頼もしい)不敵な笑みを浮かべた。
『……ふっ。ウイルス、ですか。老骨には過ぎた役目かもしれませんが……面白い』
『相手の嫌がることを徹底する。……閣下の戦術は、実に若々しく、そして古風な残酷さに満ちていますな。やってみましょう』
「頼んだぞ!感染源はお前だ!」
通信が切れる。 戦場を見る。メルカッツ艦隊の動きが変わる。重厚な「壁」だった陣形が、細かく分裂し、鋭い「棘」へと変化していく。
「全艦、精密射撃用意!目標、敵艦隊結合部!」
メルカッツの号令一下。帝国軍左翼から放たれたビームは、拡散することなく、レーザーメスのように鋭く収束し、同盟軍の「尺取り虫」の関節部分へと突き刺さる。
「うわっ!なんだこの射撃は!」
「隙間を抜けてきた!?」
「補給部隊が狙われています!」
同盟軍の悲鳴が聞こえてくるようだ。アメーバの柔軟な体を、ウイルスが侵食していく。 不定形の防御も、内部に入り込まれては意味がない。
「ざまあみろ!俺の『病原菌』は手強いぞ!」
俺は高笑いする。これで敵の「循環システム」は機能不全を起こす。 便秘になった尺取り虫がどうなるか、見ものだな。
◆
帝国軍(主にメルカッツ艦隊)による「ウイルス作戦」は、実に陰湿かつ効果的である。同盟軍の艦列の隙間という隙間に、帝国軍の駆逐艦や巡洋艦が潜り込み、至近距離からビームを浴びせてくるのだ。
同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》
「右舷後方、敵侵入!至近弾です!」
「左舷、補給艦とのリンク切断!ドッキングできません!」
「くそっ!まとわりつくな!ハエ叩きを持ってこい!」
オペレーターたちの悲鳴が交差する中、ホーランドは、指揮官席で腕を組み、鬼のような形相でモニターを睨んでいる。
彼の顔には、焦燥と、それ以上の不満が張り付いている。
「……読まれたな」
ホーランドが低く唸る。
「敵は誘いには乗らず、こちらの前衛を縫うように攻撃してきた。こちらの『尺取り虫作戦(循環補給)』の関節部分を、正確に狙い撃ちしてきやがる。被害が増えているぞ」
敵の指揮官(アルブレヒト)は、性格が悪い。それはもう、折り紙付きだ。こちらの嫌がることを、呼吸するようにやってのける。
「ヤン准将!」
ホーランドが振り返る。そこには、揺れる艦橋で必死にマグカップを守っているヤン・ウェンリー准将の姿がある。
「このままだと、我が艦隊は窒息するぞ!補給ができなければ、我々はただの漂流する鉄屑だ!まだ動かんのか!?」
ホーランドの問いかけに、ヤンはカップをそっとサイドテーブルに置く(こぼれそうだ)そして、いつものように眠そうな、しかし眼光だけは鋭い表情で答える。
「ええ。さすがです、ファルケンハイン元帥。こちらの意図を見抜き、最短かつ最悪の手で返してきました」
「感心してる場合か!」
「ですが、ここまでは想定内……でいいのですよね? 閣下」
ヤンが確認するように言う。想定内。魔法の言葉だ。これを聞くと、どんなピンチも「計算通り」に思えてくるから不思議だ。
「ああ!想定内すぎてあくびが出るわ!」
ホーランドは強がる。嘘だ。背中は冷や汗でびっしょりだし、心臓は早鐘を打っている。 だが、指揮官が弱気を見せるわけにはいかない。
「ならいいです」
ヤンは淡々と続ける。
「ご安心ください。こちらの補給は、第11艦隊を最優先にしています。他の艦隊(第5、第10)には悪いですが、彼らには少し我慢してもらっています」
「何?」
「現在、後方のエネルギーパックと弾薬の8割は、貴方の第11艦隊に集中供給されています。つまり、他の艦隊は囮です」
ヤンがさらりと恐ろしいことを言う。ビュコックが聞いたら「若造が!」と杖で殴りかかってきそうな采配だ。
「敵(メルカッツ艦隊とアルブレヒト本隊)は、前衛を『ウイルス』のように突破するために、陣形が細かく分散し、全体として歪(ひずみ)が生じています」
ヤンが戦術マップを指差す。帝国軍の陣形は、確かに崩れている。攻撃に特化するために、部隊を細分化しすぎているのだ。無数の小部隊が散らばり、それぞれの連携が希薄になっている。それはつまり、防御力という面では、紙同然ということだ。
「敵は今、攻撃することに夢中で、防御がおろそかになっています。……閣下。彼らは、貴方が『ガス欠』だと思い込んで油断しています」
ヤンはニヤリと笑う。
「ですが実際は、貴方のタンクは満タンです。……突撃の好機です」
その言葉を聞いた瞬間。ホーランドの表情が変わる。焦燥が消え、獰猛な肉食獣の笑みが浮かび上がる。瞳孔が開く。
「……待っていたぞ、その言葉を!!」
ホーランドが吠える。アドレナリンが脳内を駆け巡る。我慢の時間は終わった。猛牛の檻が開かれる時が来たのだ。
◆
「全艦、聴けぇぇぇぇ!!」
ホーランドがマイクを握りしめ、絶叫する。 その声は、艦内の全スピーカーを振動させ、兵士たちの鼓膜を震わせる。
「我慢大会は終了だ!これより、鬱憤晴らしのフルコースを開始する!ターゲットは、目の前でチョロチョロしている小賢しい敵艦隊、そしてその奥にふんぞり返っている緑色の悪趣味な戦艦だ!」
兵士たちの顔に、生気が戻る。彼らもまた、防戦一方でストレスが溜まっていたのだ。 「待ってました!」という声なき歓声が聞こえてくるようだ。
「全艦突撃!陣形など気にするな!第11艦隊の真骨頂を見せてやる!変幻自在な艦隊運動をもって、敵中枢(ロンゴミニアド)を強襲しろ!奴らの土手っ腹に風穴を開けてやれ!」
ホーランドは右手を高く掲げる。そして、彼の中で温め続けていた、渾身の作戦名(必殺技名)を叫ぶ。
「名付けて!『ギャラクシー・ドリル・ブレイク・スペシャル』!!」
シーン……。一瞬、艦橋の時が止まる。オペレーターたちが「えっ?」という顔をする。 あまりのネーミングセンスに、ヤンがずっこけそうになる。
「(小声で)……作戦名は『中央突破』でお願いします。公文書にその名前は書けません」
ヤンが冷静にツッコミを入れるが、ホーランドには聞こえていない。彼は自分のセンスに酔いしれている。
「行くぞ!エンジン出力限界突破!螺旋を描くように突っ込め!俺たちはドリルだ!銀河を貫くドリルだ!」
「は、はい!ギャラクシーなんちゃら、開始します!」
操舵手がヤケクソ気味に応答する。第11艦隊の全艦艇が、一斉にスラスターを噴射する。
ズゴォォォォォォォォォ……!!
まるで堰を切った洪水のように。あるいは、圧縮されたバネが弾けるように。エネルギー満タンの同盟軍第11艦隊が、前衛の隙間から爆発的な速度で飛び出した。
その動きは、常軌を逸している。直進するのではない。ホーランドの指示通り、艦隊全体が巨大な渦を描くように、螺旋回転しながら突進しているのだ。遠心力を利用した変則的な機動。まさにドリル。物理法則に対する挑戦状だ。
一方、帝国軍側。前線で「ウイルス攻撃」を楽しんでいたメルカッツ艦隊の小部隊たちは、目の前で起きた現象に度肝を抜かれる。
「な、なんだあれは!?」
「敵艦隊が……回ってる!?」
「突っ込んできます! 速い! シールドが弾かれる!」
細分化していた帝国軍の小部隊は、ひとたまりもない。巨大な質量の暴力。回転する竜巻に、木の葉のように巻き込まれ、弾き飛ばされていく。
「うわあああ! 避けきれん!」
「ぶつかる! ぶつかるぅぅ!」
ドカァァァァン!!接触、衝突、爆発。 第11艦隊は、敵艦をビームで撃つだけでなく、シールド同士の衝突エネルギーで弾き飛ばしながら進んでいく。野蛮。あまりにも野蛮な「交通事故アタック」だ。
「見ろ!敵がゴミのようだ!」
ホーランドが狂喜乱舞する。
「もっと回れ!遠心力を上げろ!敵の包囲網を食い破れ!目指すは一点、ファルケンハインの首だ!」
ヤン・ウェンリーは、揺れる艦橋の片隅で、手すりにしがみつきながら呟く。
「……やれやれ。本当にドリルになるとは。……まあ、効果的ではありますが」
彼はモニターを見る。この無茶苦茶な突撃によって、帝国軍の計算され尽くした陣形は崩壊しつつある。理屈や計算を、暴力的なエネルギーが凌駕する瞬間だ。
◆
帝国軍総旗艦、超戦艦《ロンゴミニアド》
その艦橋で、アルブレヒトは、勝ち誇った顔で紅茶(アナスタシアの淹れたものではないので味はイマイチだが)を飲もうとしていた。勝利は目前だ。敵は疲弊し、補給もままならず、じわじわと干上がっていくはずだった。
「報告!敵前衛の背後から、高エネルギー反応!」
オペレーターの絶叫が、アルブレヒトの優雅なティータイムを粉砕する。
「第11艦隊です!艦列の隙間から、凄まじい速度で突っ込んできます!衝突コース!」
「はぁ?」
アルブレヒトはカップを置き、モニターを見る。そこには、信じられない光景が映っていた。ガス欠寸前のはずのホーランド艦隊が、まるでリミッターを解除した改造車のように、猛烈な勢いでこちらへ直進している。しかも、ただ直進しているのではない。艦隊全体が巨大な渦を巻きながら、ドリルのように回転している。
「なっ……!?なんだあの動きは!?」
アルブレヒトが叫ぶ。 あんな動きをすれば、中の乗員は遠心力で壁に張り付いてトマトのようになっているはずだ。それを平然と(しているかどうかは不明だが)やってのけるとは、同盟軍のシートベルトはどうなっているんだ。
『馬鹿な!』
通信ウィンドウが開く。ラインハルトだ。彼もまた、驚愕で美しい顔を歪めている。
『あの位置から、味方の艦隊をすり抜けて加速しただと!?正気か!少しでも操艦を誤れば、味方を巻き込んで大惨事になるぞ!接触事故を起こす気か!』
ラインハルトの指摘はもっともだ。敵の前衛と後衛が入れ替わる、そのわずかな隙間。そこを全速力で、しかも回転しながら通り抜けるなど、針の穴にラクダを通すようなものだ。だが、ホーランド艦隊はそれを「勢い」だけでやってのけた。
「あいつら……!」
アルブレヒトは歯噛みする。敵の動きに迷いがない。エネルギー出力も低下していない。 つまり、あの「尺取り虫」のような動きは、ただの時間稼ぎではなかった。
「補給を自分たち(第11艦隊)に集中させてやがったのか!他の艦隊を犠牲にして、自分たちだけフルチャージしやがった!」
騙された。「全体的に疲弊している」という先入観を利用された。俺たちがチマチマと嫌がらせをして、敵の補給線を寸断した気になっている間に、奴らは見えないところでガソリンをがぶ飲みし、ドーピングを済ませていたのだ。
「クソッ!してやられた!性格が悪すぎるぞ!」
アルブレヒトは叫ぶ。自分も大概性格が悪いが、上には上がいると思い知らされる。
「メルカッツ提督!戻れ!逃げろ!」
アルブレヒトは通信機に飛びつく。一番危険なのは、前線で細かく散開し、「ウイルス」として敵の内部に入り込んでいたメルカッツ艦隊だ。
「ウイルスのままじゃ、消毒(物理)されるぞ!散らばったままじゃ、質量の塊に押し潰される!」
『間に合いません!』
メルカッツからの返信は、悲鳴に近い。老将の冷静な声が、初めて焦りに震えている。
『敵の速度が速すぎます!こちらは細分化しすぎて、再集結に時間がかかる!』
モニターの中で、悲劇が起きる。細かく分かれていた帝国軍の小部隊が、回転する第11艦隊の濁流に飲み込まれていく。ビームで撃ち合うのではない。 シールドと装甲の質量で、弾き飛ばされ、粉砕されていくのだ。それはまさに、顕微鏡レベルのウイルスが、巨大な高圧洗浄機で洗い流されるような光景だった。
「うわぁぁぁ!避けきれん!」
「ぶつかる! 艦が回るぅぅ!」
通信回線から、部下たちの断末魔が聞こえる。アルブレヒトの顔色が蒼白になる。自分の考案した「ウイルス作戦」が、最も野蛮な方法で破られた。
同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》
「はーっはっは!!」
ホーランドの笑い声が、轟音轟く艦橋に響き渡る。彼は指揮官席で仁王立ちになり、まるで指揮棒を振るうように腕を振り回している。
「見ろヤン!敵が慌てふためいているぞ!蜘蛛の子を散らすようだ!いや、ウイルスが消毒されるようだ!」
彼は絶好調だ。回転する視界(モニター補正で安定しているが)の中で、次々と弾き飛ばされていく帝国艦を見て、興奮が最高潮に達している。
「これぞ芸術!これぞ戦争だ!ちまちました小細工など、圧倒的なパワーの前には無意味だということを教えてやれ!」
「……芸術点はともかく、効果は絶大ですね」
ヤンは、手すりにしがみつきながら呟く。彼にとっても、この光景は予想以上だった。 理屈では「質量×速度=破壊力」だが、ここまで派手に決まるとは。
(……ホーランド提督の「迷いのなさ」が、この機動を可能にしているのか。常人ならブレーキを踏むタイミングで、アクセルを踏み込める才能。ある意味、天才だな)
ヤンは、戦術モニターを見る。メルカッツ艦隊の中央を突破した第11艦隊は、その勢いを殺さずに、一直線に帝国軍本隊へと迫っている。目標はただ一つ。 あのエメラルドグリーンの超戦艦だ。
「さあ、ファルケンハイン元帥」
ヤンの瞳が、冷徹に光る。
「この『理不尽な暴力』をどう捌きますか?小手先の策はもう通じませんよ。貴方の『愛の力』とやらで、このドリルを受け止められますか?」
ホーランドの猛牛ドリルが、アルブレヒトの喉元に食らいつこうとしていた。ティアマトの星々が、その衝撃に震えている。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回はアルの「コンビニ戦法」と、ホーランド提督の「銀河ドリル」が激突する、
ある意味で最も頭の悪い戦闘(誉め言葉)となりました。
読んでくださる皆さまの感想が、作品を前に進める大きな力になります。
「どの戦術が好きだったか」「誰の動きが刺さったか」
ぜひ一言でもお聞かせください。
いつも応援、本当にありがとうございます。
そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?
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つけるべき
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いらない