君が来たのは、あたしよりも後だった。
あの日は外も大雨で、びしょ濡れになったおばあちゃんと、その腕の中で毛布に包まれてさらに濡れそぼった、もう雨で溶けてしまいそうな君が家に駆け込んできた。
慌ててエレ姉とヤン兄と一緒にお風呂を沸かして、おばあちゃんと君を浴室に押し込んだのだ。
お風呂から上がったおばあちゃんが何も言わずにベッドへ寝かせた傷だらけの君を改めて見た時、心配よりも不信感が優ったのを覚えている。きっと知らない子供がおばあちゃんに大切にされているという嫉妬も混じっていたんだろう。
綺麗な銀髪が枕に広がって、きらきら光っていた。
「おばあちゃん、この子さ……」
「……事情は聞かないであげて。とても辛い目に遭ってきたのよ」
そうなんだ、と幼いあたしはしぶしぶ納得した。幼い頃の自分はおばあちゃんに諭されればすぐに納得する、ひどく単純な子供だった。
おばあちゃんのしわくちゃな手がそっと君の髪を撫でる。くすぐったそうに身を捩り、小さく呻いた後、君のモモ色の瞳が薄く開けられた。
想像していたよりもずっと綺麗な瞳だ。あたしと似た色、だけど君の方がずっと透き通っていて、だけど何処か昏い色だった。
「あーっ!やっと起きた!」
「おはよう、気分はどうかしら?」
おばあちゃんの質問にも答えず、君はガバリと上半身を起こす。
少しムッとしたあたしに気づいたのか、おばあちゃんはあたしの肩を押さえる。手を出すな、と言うことだ。たしかに今考えれば当時の君はあたしに詰められていたらどうすればいいかわからずパニックになっていただろう。
数回、息を吸って、吐いてを繰り返して、君は何度か言葉を紡ごうとする。しかしやっと音になったのは、君が呼吸を5回ほど繰り返した時だ。
「……もとの場所に、かえして」
俯いて、ぎゅうと毛布を握りしめて。綺麗な銀色が君の顔を隠している。まるで裏路地で蹲る捨て子だ。
おまけに、君にとって少しブカブカなあたしのパジャマがずり落ちて見えた肩は、打撲と注射痕でずいぶんとグロテスクな色をしていて、可愛い顔をした君に全く似合っていなかった。
こんな目に遭わせた場所へ帰ると言うのか。
あたしの口から出ようとしていた言葉は行き先を失って、はくはくとただ唇を開け閉めしかできない。だって、こんなひどい状態のヒトなんて初めて見たのだから。
おばあちゃんが優しい声で君に語りかける。
「大丈夫、帰らなくていいのよ」
「でも、パパとママがぼくを待ってる」
「……私は、あなたのご両親からあなたのことを託されたの」
「どうして? わたしがみんなとはちがうから?」
「二人とも、ものすごく遠くへ行ってしまったからよ」
顔を上げてこちらを不思議そうに見上げた君は、おばあちゃんが語りかけるにつれてどんどんと不安が増したのか、ついにはもう一度俯いてしまった。
一人称も安定しない、どこか浮世離れした君に、あたしはつい何も言えなくなった。
ふと、おばあちゃんがずっと黙りっぱなしだったあたしの背を押す。びっくりして振り返れば、おばあちゃんは柔らかい笑みを浮かべていた。
話しかけろ、ということだろうか。何を話せばいいのか、何もわからない。
数秒悩んで、悩んで、悩み抜いて。
足りない頭をフル回転させて出たのが、この言葉だった。
「ねぇ、君の名前、おしえてよ」
「……きみ、だれ」
「あたしはリエッタ。おばあちゃんの孫! ほら、君は?」
君はあたしの言葉を聞いてぽかんとした後、差し出したあたしの手にそっと触れる。
それをぎゅうと握ると、モモ色の瞳は光を宿した。
「……ぼく、は……」
アルビレオの熱情 第一幕
救世のプロトコル
「カトル! 起きてってば、カトル〜っ!」
ちゅんちゅん、小鳥の囀るバーゼルのとある朝。
少女は隣で眠る不思議な子供を布団の上からバシバシ叩き起こしていた。
小さくうめいた後、眠たそうな目でのそりと起き上がった子供────カトルの両手を握って、リエッタはにっぱりと笑った。
「えへへ。おはよ、カトル!」
「……ん……おは、よう……?」
朝の挨拶を交わし、そのまま手を引いてベッドを降りる。こうしないと、ずっとぼうっとして動かないからだ。
寝ぼけて倒れ込んできたカトルを思いきり抱きしめて、にへへと笑う。
「ね、今日はどうする?なにしたい? あ、キャラハンせんせーからの宿題はもうおわったからね」
「……」
「ほら、ちゃんと立って」
カトルの手を引くのは、いつだってリエッタの役目だ。まぁ、まだカトルが家に来て一週間しか経っていないが。
サッと着替えた後、二人して家の階段をゆっくりと降りる。片手で手すり、片手でリエッタの手を握るカトルに合わせて、一歩ずつだ。
「おばあちゃん、おはよー!」
「おはよう、リエッタ。カトルも」
「……おはよう、ございます……」
どうやらまだリエッタ以外には警戒が解けていないらしい。キッチンで朝食を作っていた祖母に対し、リエッタを盾にするように隠れた。
そんなカトルが可愛くて可愛くて仕方なくて、リエッタはニヘ、とだらしない笑顔を晒す。
「二人とも仲良くなってくれて助かったわ。少し心配だったのよ」
「えへへ……だってカトルはあたしの弟なんでしょ? ……ん?妹?どっち?」
「……わかんない」
「ならどっちでもいっか!」
朝食のフルーツグラノーラを並べるハミルトンは、ずっと手を繋いでいる二人を嬉しそうに眺め、椅子を引いて着席を促した。
いただきます、と元気に声を出して手を合わせるリエッタを真似て、カトルもおずおずと手を合わせる。
そして子供用のスプーンを手に取り、二人は同時にフルーツグラノーラを口へと入れた。
「ん〜〜っ! おいし〜っ!!」
「……!」
そっくりな色をした瞳が鏡写しのように輝き、小さな二対の手は食事を続ける。
二人が起きてくる前に朝食を食べたらしいハミルトンの手元には、いつものコーヒーと新聞が握られていた。
紙面のトップは、とあるカルト教団の拠点が各国各勢力と遊撃士の合同軍により殲滅されたという、ここ数日でいちばんのビッグニュースだ。
難しい顔でそれを読む祖母をよそに、リエッタは器の牛乳を飲み干してご馳走様と食事の終わりを告げた。
「ねぇカトル、今日はどこに行く?」
「どこでも、いい」
「そう?じゃあ〜……ヤン兄のところ!」
リエッタから少し遅れて完食したカトルも、小さな手をそっと合わせた。
孫達の可愛らしい様子を見たお陰か、険しかったハミルトンの顔もすっかり祖母の優しい笑顔に戻っている。
「二人とも、外に出る時は?」
「顔あらって忘れものチェック!」
「……歯磨き」
「あ!忘れてた!」
ぼそりと呟いたカトルの一言にハッとする孫にクスクスと笑い、パタパタと走り出す二人を慈愛の瞳で見つめる。
愛しい我が孫ではあるが、どうやら息子ではなくその嫁に似たようで、そそっかしく単純な所のあるリエッタ。その隣に、気弱ではあるがしっかりしているカトル。案外良い相棒になるのではないか。
行ってきます、と玄関で手を振る孫達を見送り、ハミルトンは再び新聞へと視線を下ろした。
────D∴G教団の逃亡者 未だ発見されず
「……大事にならないと良いけれど」
どこかに燻る嫌な予感を遮るように、老女は首を振った。
「おばあちゃんね、もうすぐお誕生日なの」
少女のイチゴ色がきらりと輝いた。
「おたん、じょうび……?」
「えっとねぇ、生まれた日のこと! あたしは10月の27日! カトルは?」
「……わかんない」
「わかんないかぁ……」
新市街の中をよちよちと歩く子供達。少女の手の中には、ヤン兄────クロンカイトに貰った軽い鉱石を、ジスカール親方に削って作ってもらったブレスレットがあった。通している革紐はエスメレーが選んだものだ。丈夫で60年は千切れないような代物らしい。
「お誕生日はね、お祝いするものなんだよ。だから、おばあちゃんにプレゼントをあげようと思って」
小さな手が小さな手を引っ張っている。
リエッタは空いている方の手で透き通るような空へとブレスレットをかざす。金属の部分はまるく穴が空いていて、土台になっていた。
「大学のヒトが話してるの聞いたんだけどね、街の外でキレーな石がとれるんだって」
「それを取りに行くの……?」
「うん!魔獣対策もバッチリだもん!」
背に背負った長い棒と直接鞄に取り付けた魔獣避けをコンコンと手の甲で叩く。
普段から旧市街の遊撃士に教えを乞うていることは知っているが……カトルは少しだけ不安になった。
短いトンネルを通って、二人は自然あふれる街の外へと飛び出す。オールト廃道────普段は封鎖されているはずの廃道だ。
子供特有の身軽さで、魔獣に見つかることなく進む。時折魔獣避けを乗り越えて襲ってくる魔獣は、リエッタのへっぽこ棒術でなんとか退け、どんどんと奥へと入っていく。
「! みつけた、アレ!」
ついこの間廃棄されたばかりの廃工場まで辿り着いた二人の目の前には、少しだけ採掘されたのか、手前にカケラの散らばる緑色の石が露出した壁があった。
嬉しそうに駆け寄るリエッタに引っ張られカトルまで駆け出す。散らばったカケラの中でも一際大きなカケラを拾い、ブレスレットへと重ねる。
「うん、大きさは大丈夫そう……ね、見てカトル!」
ふと後ろを振り返ったリエッタ。
その視界には、妙な白衣を着た女が愛しい弟へと手を伸ばす光景が映っていた。
「……リエッタ……?」
「カトルッ!!」
女の手がカトルに届く前に、手で引きよせ抱きしめる。
結果、見事にから振った女はべシャリと地面に倒れこみ、ガリガリと指先から血が出るのも厭わずにコンクリートを引っ掻いた。
気味が悪くて思わず後ずさるリエッタ達の耳に、女がボソボソと呟く声が聞こえた。
「て……てて、てんんんししし……てててててててててててんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさまてんしさま」
「ひっ……!?」
「……ぁ……」
ギン、と上がった女の顔。元々化粧をしていたのだろうか、顔は滲んで浅黒く、血走った目は焦点が合っていない。額からはツノのような何かが皮膚を突き破って生えている。
明らかに人のそれではない形相に引き攣った悲鳴をあげたリエッタは、カトルを抱きしめたまま女へ棒を突きつけた。
「てんしさまてんしさまてんしさまなぜなぜなぜそんな女ととととととととががががぎががががが」
「ヤダヤダヤダ怖いッ! なんなの!? 逃げようカトルッ……カトル?」
腕の中のカトルに逃走しようと提案して、顔を覗き込む。
無の顔。
出会った初日のような、全てを諦めた表情。
握る手に力が入っていない。抱きしめて支えていないと、今にも崩れ落ちてしまいそうで。
……あぁ、そうか。
「コイツが、きみにそんな顔をさせてたのね」
固まって動けないカトルにブレスレットと石を入れた鞄を預け、棒を構える。
少女はまっすぐ正面を見据え、
「カトル、顔を上げて。お姉ちゃんの勇姿、きっちり見てなさい!」
そして、飛びかかってきた女を─────
「グゴギッ!?」
「ぇ、」
─────精一杯のパワーで吹き飛ばした。
奇声をあげて吹き飛んでいった女は、工場の端にある鉄柵にぶつかり、全身を殴打したようだった。
声に釣られて顔を上げていたカトルは、そのモモ色の瞳を大きく見開いた。
「どーよ、ヤン兄お手製の撃式警棒の味は!」
「なに、それ……」
「帰ったらカトルの分も作ってもらおーねっ! ほら、逃げるよ!」
差し出された手を掴んで、少女と鮮やかな緑をした森道を駆け抜ける。
手を引く彼女の焦茶の髪がぴよぴよと揺れる。
時折心配して振り向く彼女のイチゴ色と、色づいて真っ赤な頬。
世界が、明るい。
「あんなのよりゼッタイうちの方が良いに決まってる! あんなヤツのとこに帰るなんてもう言わないでね!」
「……うん」
「きみはこれからあたしと一緒におばあちゃんと暮らすんだから」
「うん」
「わかった?ずぅっといっしょだよ、カトル!」
「うんっ……!」
手を引いて刷り込まれる言葉。
甘くて、優しくて、温かい言葉。
時折振り向いてイチゴ色を瞬かせる少女は、棒を振りかぶって悪夢の象徴を叩き出してくれる。
握った手は、もう2度と離せなかった。
「バッカモ────ンッ!!」
ごんっ
「いっだぁ─────いッ!!」
ジスカール親方の見事な拳が降り注いだ少女の頭には、一つのでっかいたんこぶが出来上がっていた。
「親方がぶったーっ!!」
「当たり前だ、こンの大馬鹿め! 子供だけで外、それも廃道なんぞに出た上に不審者まで釣り上げてきやがって!」
「廃道は魔獣避けも機能していないと何度も言っているだろう。どうせ忘れていたのだろうがな」
「大体お前はなぁリエッタ……」
「外は人目がない。今回のように不審者も……」
工房の床に正座させられ、親方とクロンカイトに左右からこんこんと説教を浴びせられるリエッタの後ろで、カトルも正座してきょとんと何が起こっているかよくわからないといったような顔をしている。
「誰に似たのでしょうね〜?」
「さぁ、誰かしら」
子供達の後ろで小さく師に問いかけたエスメレーは、とぼけたハミルトンに向けて小さく笑った。
「夕方になっても帰ってこないから心配したのよ」
「う……ごめんなさい、おばあちゃん」
「ごめん、なさい」
「……二人とも無事で本当に良かったわ」
しょんぼりとするリエッタの真似をしてか、小さく謝ったカトル。たんこぶを避けて二人の頭をそっと撫でれば、子供達は気持ちよさそうに目を細めた。
が、途中でリエッタがハッと何かを思い出したようにカトルを揺らす。
「カトルっ、アレ!」
「!」
ゴソゴソと鞄を漁り、カトルはブレスレットと綺麗な石を取り出す。
小さな手に乗せられた石を見て、兄と姉は大きく目を見開き、まぁ、なんということだ、とそれぞれ大きな声を出した。
「翠耀石〜!? 」
「まさか、これを取りに行っていたのか!」
「博士、への……プレゼント」
「そーなの! ねー親方、コレにハマるように加工できるよねっ!?」
「そりゃあ、その台座は俺が作ったモンだから朝飯前だが……そうか、博士のために……あの自由奔放娘が……!」
感極まったのか顔を覆って天を仰ぐジスカール。
親方に任せとけ、とカトルからブレスレットと翠耀石を受け取り、奥の工房へと入っていってしまった。
二人を撫でていた祖母は驚いた顔でかっちりと固まり、孫達を見下ろしている。
にへらとした笑顔のリエッタと、ようやく大人の前で微笑んだカトル。
「ホントはサプライズだったんだけど……しょーがないよね、カトル」
「うん、しょーがない」
「二人とも……」
祖母の腕の中で、二人は声を揃えて祝福を告げる。
「「お誕生日おめでとう、おばあちゃん!」」
ひとしきり祖母や姉や兄にに抱きしめられた後。
親方の作業が終わるまで、二人は外で夕焼けを眺めて待っていることにした。
工房の中からは家族達の話し声が聞こえる。穏やかな一日の終わりが、二人を優しく包み込んでいた。
「おばあちゃん、喜んでくれてよかったね」
「うん」
ぴったりとくっついた子供達は、小さな声でこっそりと話を続ける。
導力器の動く音が響く夕暮れのバーゼルの中、カトルの綺麗な銀髪がサラリと輝いた。
「リエッタ」
「なぁに?」
「……どうして、ぼくを助けたの?」
そう尋ねたカトルは、こてんと隣に座るリエッタの肩へ頭を預ける。
それが嬉しかったのか、くふふと笑って、少女は言葉を返す。
「下の子を守るのはお姉ちゃんの役目だもん」
「ぼく、下の子?」
「そうよ。あたしより後にうちに来たんだもの。歳がいくつかわからなくても、きみはあたしの妹! あ、弟でも良いけどね」
どっちが良い?と問いかけるリエッタに向かって、カトルは小さく笑う。
「……リエッタが決めてよ」
「ダメ。カトルが決めて」
「どうして? わたし、どっちでもいいよ」
少女はじっとイチゴ色の視線をモモ色の瞳に注ぐ。
夕焼けを受けてキラキラ輝く少女から、カトルは目を逸らすことができなかった。
「だって、カトルは今から男の子にでも女の子にでもなれるんだよ?それってとってもステキなことだと思うの!
────だから、カトルが自分で決めて」
あたしが口を出しちゃダメなんだ。
そう言って、少女はすっかりその小さな口を閉ざした。
カトルは悩んだ。どうでもよかったのに、大切な少女から突然突きつけられた選択に応えるために。
うんと悩んで、悩んで、悩み抜いた後。
「じゃあ、弟」
ふと、ぱっと。男の子がいい、と考えた。
「ん、わかった! これからも弟って呼ぶからねっ」
「さすがに普段は名前がいいなぁ」
「それは当たり前よ」
カトルの返事に気をよくしたのか、少女はベンチの前へと躍り出る。
小さなサイドテールがふわりと揺れ、クルクルと回る少女に合わせてスカートがひらひら舞う。
夕焼けを背にした幼い少女は、少年へと手を差し伸べた。
「カトル、ずっといっしょだよ」
伸ばされた小さな手に縋るように、少年は同じくらい小さな手を伸ばした。
「うん。ずっといっしょ」
手を引かれるまま、カトルはリエッタをぎゅうと抱きしめた。
カトルよりもちょっぴり背の高いお姉ちゃんは、腕を背に回す弟と、くすくす笑いながらクルクル回る。
やがて、工房から出てきた祖母の腕に輝く翠耀石を見て、少年少女は可愛らしい顔を見合わせて、祖母の元へと駆け出すのだった。
時は流れ、七耀歴1207年 10月26日。
「本当に観光していかなくていいの?」
工学都市バーゼル、駅構内。
幼い少女から成人男性まで揃った謎の5人組が、列車の待つホーム内で立ち話をしていた。
長い焦茶の髪を片側で纏めた少女の問いに、5人の中で最も年上である男性が「あぁ」と頷く。
「そもそもの目的は君をここへ送り届けることだからね」
「やだやだ、もっとリエちゃんと一緒にいたいよ〜」
「我儘言うな。こいつには家族がいるんだぞ」
「ねぇリエッタ、本当についてこないの……?」
可愛らしい人形のような顔立ちをした幼子は少女の────リエッタのそばを離れようとしない。
腰にしがみつき、うるうると瞳を潤わせてリエッタを見上げている。
きっと可愛い物好きが見れば卒倒したであろうその顔に少しだけ申し訳なさそうに、「ごめんね、ラピス」と謝る。
「さっきスウィンも言った通り、弟を待たせてるからさ」
「あぁっそうだ!リエちゃんの弟! まだ見てないっ!」
青年が「ナーディア」とリエッタに詰め寄ったツインテールの少女の首根っこを引っ掴む。
リエッタはクスクス笑って、駅の改札を指差した。
改札のすぐ先。ムスッとぶすぐれた銀髪の少年が腕を組んでこちらを睨んでいた。ドローンを抱いた腕にトントンと指を叩きつけ、仁王立ちした足先も苛々しているようで、頻繁にじりじり動いている。
その様子に、姉の顔がでれっと溶けた。
「んふふ、嫉妬してる。か〜わい〜♡」
「アレ、嫉妬なのか……」
呆れたような青年の言葉も耳に入らない様子のリエッタは小さくひらひらと少年に手を振る。少年はつんとそっぽを向いて、小さなドローンをぎゅうと抱きしめた。
「懐かしいな。ユーシスも私が友人と話しているとクマのぬいぐるみを抱きしめて……」
「でた、ルーファスの弟自慢」
思い出すように目を瞑って顔を上げる男性をきゃらきゃらとリエッタの腕の中から笑う幼子。しかし、区切りと言わんばかりに発車を知らせるアナウンスが流れた。
お別れだね、とリエッタは幼子を思いきり抱きしめてから足元へ降ろす。
そして仲間達へ順番に手を伸ばし、抱きしめた。
「元気でね、みんな。いつでも来てくれていいからね」
「あぁ、お前もな」
「体には気をつけたまえ」
「じゃあね、リエちゃ〜ん!」
「また通信入れるから!絶対よ!!」
扉が閉まる寸前まで手を振っていた4人を見届け、列車の去ったホーム内にはリエッタ一人が取り残される。
感慨深く旅の余韻に浸っていると、少女の背後からドンと衝撃が走った。
腰に回る袖は灰色をしていて、ゆったりとした布の下にある細い腕がきつくリエッタの腹を締め付けている。
「もう、痛いよ」
「……だって、ずっと喋ってたから」
「んふふ、ごめんごめん」
正面にふよりと回ってきたドローンをそっと撫でてかた、手の繋ぎ目をめりっと剥がしてバランスを崩した弟をくるっと回って受け止めた。
視界に銀色の髪といつもつけているヘッドセットが映る。
いつのまにか自分よりも大きくなった背をぽんぽんと叩き、先ほど仲間達にしたように肩へと頬を擦り付けた。
「まさか、わざわざ切符買ったの?」
「ううん。おじさんが入れてくれた」
「地元だからこそ効く優遇じゃん」
ひとしきり互いを抱きしめ合った後、揃いの色をした瞳をじっと合わせた。
「ただいま、カトル」
「……おかえり、リエッタ」
いつもの挨拶をして、手を握る。
そして一枚のチケットで改札を通り抜け、駅員のおじさんに頭を下げてから駅を出た。
どこから見てもカトルはご機嫌で、思わずリエッタの口端が上がる。出会った頃と比べたら随分表情豊かになったものだ。
「荷物置いたら付き合って欲しいところあるんだけど」
「うん、いーよ。しばらく家開けた分お姉ちゃんの丸一日カトルにあげちゃう」
「お姉ちゃんって……僕のが上に見られること多いだろ」
「ハミルトン家暦ではあたしの方が上で〜す」
「それ持ち出すのはズルくない?リエッタは実孫なんだからさ」
事実だもん、と口を尖らせる少女に、少年はため息をついた。1年ぶりだというのに、まったくいつも通りすぎて気が抜ける。
道ゆく知り合いに声をかけられるカトルと、帰ってきたのかと驚かれるリエッタ。中には焦茶の髪をわしゃわしゃと撫で回す人も居るものだから、家に着く頃にはリエッタの綺麗にまとめられていた頭はぐちゃぐちゃになっていた。
二人の自室のドアを開ければ、半分半分で雰囲気の違う部屋に陽の光が差していた。
よっこいしょ、とおじさんのような掛け声と共に大きな荷物を下ろしたリエッタはそのまま髪を結んでいたリボンを解き、椅子に座ってカトルへとリボンとヘアゴム、それからブラシを差し出す。
「ね、久しぶりに結んでよ」
「自分でできるだろ……しょうがないなぁ」
やったあ、と喜ぶリエッタの長い髪をそっと持ち上げる。括りグセがついているから、まぁ簡単といえば簡単だ。
いつものように、左側へまとめて、軽くゴムで結んで、上からリボンを巻く。形を整えれば完成だ。
そういえばこれはカトルがリエッタに贈ったものだ。かなりの年月が経っているが、今だにその黒色は色褪せずに彼女の焦茶に馴染んでいる。
「……これでよし。じゃあ、もう一回出かけようか」
「えー、もう?」
「仕事なの。迎えに来る時間を作る方が大変だったんだよ」
『ピピ……かとる、スグニ片付ケテりえったト遊ブ』
わかってるよ、とFIOに返したカトルは椅子から立ち上がり、姉へと手を差し出す。上に重ねられた手を、再びぎゅっと握るのであった。
リエッタという少女は、次世代戦術オーブメント Xiphaの初期テスターであり、シャード適性がこのバーゼル内で最も高い人間だ。故に、扱う武器もシャードを応用したものであり、相棒であるカトルが開発している。
「で、新しいのはどう?馴染む?」
導力銃に内蔵したコントロールパネルを弄るカトルがそう尋ねると、リエッタは手元のシャード体をくるくると回し、満足そうに笑った。
「いーかんじ。前よりちょっと軽くなった?」
「うん。内部回路軽くできたんだ。ついでに両端に重りつけて重心を調整してる」
「最高! おかげで振り回しやすくなった」
旅先で教えてもらったという双刃形態を解除すれば、少女の手元に残るのは小さな銀の筒一つ。FIOや導力銃と似た意匠のそれを腰のホルダーに戻して、寄ってきたFIOの頭をとんとんと撫でた。
「アルゼイドとかヴァンダールとかも教えてもらったんだけどね、わたしに武道は合わないみたい」
「まぁ、型にハマった動きはリエッタには無理だろうね」
「えーっ酷い! まぁ無理だったんだけど……」
けど、他にも色々覚えてきたよ。
それだけ楽しそうに告げて、少女は襲ってきた魔獣をハルバードを模ったシャードで切り裂いた。カトルとFIOの出る幕など無いようだ。
リエッタのホロウコア────バルバトスが戦闘終了を報告する。黎明期の、テスト用のためだけに作られたホロウコア故の抑揚のない合成音声が採掘道に響いた。
「……やっぱりおかしい。こんなに魔獣が出るだなんて」
「どっかに穴が空いてるとか?鉱山掘ってたら魔獣の巣をぶち抜いた〜、なんて話もあるし」
「ううん、親方からはそんな話は聞いてない。やっぱり導力灯の動作不良……?」
そうカトルが唸ると同時に、カトルの懐に入ったXiphaが着信音を立てる。
カトルは少し嫌そうな顔をしながらXiphaを取り出し、着信画面を見る。すると、眉間に刻まれていた皺がパッと消えた。それどころか、どことなく嬉しそうな顔をしている。
「ふぅん、へぇ? カトルくぅん、浮気かな?」
「はぁ!?そんなわけないって!」
「んふふ、怒んないでよ。家族以外の女の人とあんまり関わってこなかったもんね、視野は広く持つものよ。うんうん」
「だから僕は……あぁもう、いいっ」
FIOを抱えてニヨニヨとするリエッタにぷい、と顔を背けて、カトルは通信に応答した。少しだけ痛む心は知らんぷり。
地上からここじゃ導力波が届きにくそうだな、とFIOをフラフラ揺らして遊んでいると────ごご、と地鳴りが響いた。
手元でおとなしく揺られていたFIOが浮かび上がり、ピピピと警報音を鳴らす。
『りえった、かとる、警戒!警戒!地中ニ敵性反応アリ!』
即座にリエッタのXiphaが周囲にシャードを撒き散らす。
腰のホルダーから銀筒を抜き取り、シャードを固めてバリアを作り出した。
「カトル〜!青春してる場合じゃないかも!」
「だから違うって!────ごめんアニエスさん、一旦切るね!」
そうぶちりと通信を切り、リエッタの背後へと隠れる。
それとほぼ同時に、地面の中から巨大なミミズのような魔獣が数体、咆哮を上げながら飛び出してきた。
「アビスワーム!?」
「そりゃ地中だから出るよねッ!っていうかでっか!きっしょ!」
一際大きな個体が声とは到底呼べないような唸りをあげると、左右の子分らしき比較的小さめな個体がバリア目がけて突進し、ガンと顔を叩きつけるように体を揺らしている。
このままでは持たない、と冷や汗を垂らしたリエッタは、アビスワームたちが体を振りかぶると同時にバリアを霧散させ、代わりに編み出した大きな斧で落ちてくる頭を薙ぎ払った。
口から伸びる触手がいくつか切れて、顔自体にもぱっくり傷が入っている。それでもなお蠢くソレに、思わず少女は顔を顰めた。
「うげ、気持ち悪っ」
「FIO、右の個体から応戦!リエッタ、そっちの3個体頼める!?」
「オーケー、まっかせて!」
カトルが左方面の個体に向き合ったのを確認して、ボスらしい大きな個体────安直にグレート・アビスとでも呼ぼうか────に向かって、大きな斧を振りかぶった。
当然のように群れのボスを守ろうと左右の小さなアビスワームが飛び出してくる。
「あぁもうっ面倒だな〜っ!」
勢いをつけて横に大きく振りかぶり、触手をわしゃつかせている頭部をすっぱりと切り落とす。
「死にたくないなら出てこないでよね!」
そのままぐるりと一回転しようと地面を踏み締めた。
が。
『小規模地殻変動ノ予兆ヲ察知!りえった、気ヲツケル!』
「え!?なんて!?……きゃあっ!!」
FIOの難しい言葉に気を取られ、振り向く。
すると、足元がふらりと揺れて、リエッタの足を絡め取った。すってんころりんと転げた拍子に斧型に固めていたシャードが砕け散る。
(忘れてた……深淵の激震……!!)
隙ありとその巨体を振りかぶってきたグレート・アビスを視界に収め、慌ててシャードを展開し防壁を形成した。
ガン、ぱき、ぱき。咄嗟に固めて強度が十分でない防壁は攻撃されるたびにヒビが広がっていく。
「リエッタ!!」
ひっ迫した悲鳴がカトルの喉から飛び出す。
相手をしているアビスワームを放って今にも割られそうな防壁へ手を伸ばす。
『小規模地殻変動ノ予兆ヲ察知!かとる!』
「ぐっ……!また……!うわあっ!?」
すてん、と見事に転んだカトルを取り囲むように、周囲の取り巻きたちが一斉に地震を起こす。
「カトルッ!!」
ばき、と音を立てて壊れた障壁の奥から、リエッタが飛び出し、ぎゅうとカトルを抱きすくめる。
地震の影響でパラパラと天井から落ち始めた石を見て、ここまでか、と覚悟した、その時。
「────っらあ!」
青いコートの裾が、流星のように二人の上を飛び越して行ったのだ。
「いや〜、助かった助かった」
「ノリ軽すぎだろ」
赤髪の青年のツッコミに、リエッタはケラケラと笑う。
だって、もう空は拝めないと覚悟したのに、こんな晴れやかなバーゼルの青空が見れているのだ。ご機嫌になるほかないだろう。
まぁ、そのお日様を先ほどまで浴びていた脳天には拳骨いっぱつ喰らっているのだが。
「ったく、二人とも異常が起きたらすぐ連絡しろっつっただろうが! 裏解決屋が来なかったらどうなっていたか分かってんだろうな!?」
「えへ、ごめん親方。でもカトルもFIOもいたし」
「リエッタとFIOがいるから大丈夫かなって」
『ふたりトモ、ツヨイ!』
「お前らはお互いを過信しすぎだ、ったく……特にリエッタ!お前は帰ってきたばかりだろうが!」
「あだっ⭐︎」
もう一発げんこつを食らってもえへへと笑うリエッタ。
姉ちゃんにも兄ちゃんにも顔見せずに死ぬ気だったのか、なんて言われたら何も言えない。元々死ぬ気はなかった、とだけしか弁明できないのだ。
心配したのか寄ってきた犬型のロボット……XEROSの頭を、大丈夫だよとそっと撫でた。親方のげんこつはもらい慣れている。
「はぁ……それもこれも坑道の導力灯が変な挙動したせいだよ」
「あ、そうだった。データ取れたの?」
「……?データ、ですか?」
きょとん、とした青髪の少女に、カトルが説明するよとXiphaを取り出す。
「最近さっきの魔獣の群れ……原因は導力灯なんだけど。アレみたいな不可解な異常がたまに起きるんだ」
「本来の機能と違うことをしたり、故障していないのに動かないとか。数時間後には治ったりするらしいし。とにかく、あたしたちはそれの調査に行ってたワケ」
はい、これ。と差し出されたXiphaには、道中の導力灯の組み込みプログラムのスクリーンショットと、FIOが大気中から検出した魔獣避けの成分の測定値が表示されていた。
プログラムの方はよくわからないようだが、魔獣よけの成分量が0に近いと言うことは分かったらしい。
「そんでガキ二人でノコノコ入ってったのか」
「何よ、これでもあたし強いんだからね」
赤髪の青年にがうと噛み付くと、おとなしく猫をかぶっているカトルと主人に従順なXEROSに両袖を引かれる。ぶう、と頬を膨らましながら、リエッタはカトルの隣へと大人しく帰った。
「……支部で聞いた話とも繋がるな」
「わたくし達の調査とも連なるかと」
「そういう話はさっき聞きたかったぜ」
じと、と青コートの青年に半目で睨まれたカトルはリエッタに少し隠れるように引き下がる。弟が甘えてきた、と嬉しくなるのを抑えて……リエッタは、思い切って目の前の集団を睨みつけた。
「ふふっ、口角上がってますよ」
「なんだか嬉しそうです!」
「ガキ同士でイチャコラしやがってよ」
結果、フルボッコ。
だって仕方ないじゃないか。ここ数年、カトルはあまり自ら甘えてきてくれないのだから。
そう自分を正当化しつつ、親方と遊撃士の男女が話し終えて去るのを見届ける。
「そういや……お前、名前は?」
「あれ? まだ言ってなかったっけ」
ぽりぽりと首筋を掻いて、改めて自己紹介するとなると恥ずかしいなと照れる自分を抑えて、口を開く。
「リエッタ・オーガスです。普段は理科大学の研究の手伝いと、ラトーヤおばあちゃんの孫とカトルのお姉ちゃんやってます」
「ラトーヤおばあちゃん……は、ハミルトン博士の!?」
驚いた金髪の彼女に「やっぱ見えないよねぇ」とリエッタは笑いかけた。
そりゃあ、リエッタは母親似なのだ。祖母の直系の父親と比べて、似ているところは癖っ毛な髪質くらいしかない。
目も確か父と似ているのだったか。色合いや肌質は全て母から受け継いだもの、らしい。リエッタにとって両親とは祖母からの又聞きの情報しかないから、何も知らないのだ。
「リエッタは博士の実孫だよ。頭はそんなに良くないけど」
「その分カトルが補ってくれるでしょ?」
はいはい、とあしらわれた。くぅ、これこれと噛み締める。弟のツンはいくら摂取しても足りないくらいだ。
「……で。ヴァンさん達は何の用ですか?」
「お、そういやそうだった」
「実は、相談したいことがあって……」
聞けば、依頼の調査で理科大学に行きたいものの、セキュリティカードが最下層のものらしく、導力トラムに乗れないのだとか。
それなら親方が権限を持っているはずだ。リエッタとカトルが揃って見上げると、親方は頷いてXiphaを取り出す。
カードに表示された文字がDからCに切り替わる。主要な施設には入れないものの、導力トラムに乗る制限はこれでなくなったはずだ。
「社長も意地悪だねぇ。Xiphaの試験データ送るの止めてやろっと」
「それは僕もエレ姉達も困るからやめて」
「家族にはナイショで渡すに決まってんじゃん♡
────バルバトス、データ送信停止」
手慣れたようにXiphaへ指令を告げると『検体データ送信停止』とバルバトスが無機質な声でアナウンスし、Xiphaから伸びていたアンテナが縮み、機体内に収まる。
本当にやりやがった、とでも言いたげな周囲の人間達の視線をものともせず、フンと鼻を鳴らす。ついでに着拒しとこ。
「そいつも工房長も、CEOに黙ってこんなことして良いのかよ」
「あァ、元々このバーゼルはヴェルヌの他にも職人街と理科大学も管理に噛んでるからな」
親方はその中の職人街のまとめ役であるがために、元々その程度の権限は持っているのだ。
隣で青いコートの青年────ヴァンが親方にもう少しあげられないかと強請り、若干気に入られるのを眺めて、話が終わり親方が去っていった後で、カトルが口を開いた。
「そのカードなら大学には入れるけれど、僕らも用事があるし、折角だから道中案内しますよ」
「ところで、先ほど使っていた武装は?」
ヴァンと遊撃士の男性が子供達に巻き込まれてラジコンカーレースに白熱している最中、リエッタの隣に青髪の少女────フェリがスススと近づいてきた。
そして内緒話をするように、小さな声で問いかけてきたのである。
「これのこと?」と銀筒を取り出し、手のひらに載せる。フェリは頬を真っ赤にして、うんうんと頷いた。
「これはシャードウェポンっていうの。開発中だからまだ仮名なんだけどね」
「シャードウェポン!じゃあ、あの形の変わる刃はシャードを固めて?」
リエッタは頷き、Xiphaを操作して周囲に微量のシャードを撒く。
そしてシャードウェポンを起動し、手っ取り早く、あまり危険ではないような形……よくあるワイヤレス式のマイクや料理に使うお玉などに次々と変形させた。
「ARCUSの戦術リンクの要領で脳波を読み取ってからこっちの本体にデータを送って、思った通りの形を作れるって仕組み。カトルの研究だよ」
「すごいっ!持ち運び、威力、自由度……どれをとっても一級、完成すれば戦場を一気に変えてしまいそうです!」
「どっちかっていうと警備の人に使って欲しいらしいよ。ほら、それこそ軽いし、一般の人への威圧も少ないでしょ。あたしは魔獣退治にも使うから威力増やしてるけど、将来的に対ヒト用に抑えていくつもりだってさ」
まるでバトンを回すかのようにクルクルと銀筒を回してから、綺麗な青い軌跡を描くそれのスイッチを切る。
「威力が高いまま欲しいなら、今おねだりするしかないね。テスターとしてだから、レポートも要求されるだろうけど」
「うっ、レポート……ヴァンさんが書いているのを見てるだけでも難しそうなのに……」
フェリが苦い顔をする隣で、リエッタはケラケラと笑う。
彼も何かのテスターをやっているようだし、レポートも散々書いていそうだ。自分だって何度口頭説明でやらせてくれと訴えたことか。
その度にヤン兄とおばあちゃんにくどくどレポートの重要性を説教され、エレ姉とカトルに助けを求めても微笑むばかりで助け舟なんて出やしない。なんなら反省文のノリでレポートの枚数を増やされる。
身内の研究のテスターなんてよっぽど好きじゃないとやってられないのだ。
「フェリのそれは……アサルトソードだっけ」
「はいっ。私はまだあまり筋肉がないので、できるだけ軽いものを」
「やっぱ重いと振り回しにくいよね〜。腕周りもう少し鍛えよっかな」
「それならオススメの筋トレ動画がありますよ!Xiphaにリンク送りましょうか?」
「ホント? お願いしちゃおっかな。そうだ、このブロガーさんすっごく兵法に詳しくてさ……」
筋トレ、武器、戦術……年頃の娘らしくない話題でキャッキャと盛り上がる二人を、カトルは遠くから少し複雑そうに眺めていた。
「リエッタちゃん、案外肉体派なんですね」
隣にいたアニエスがそう声をかけた。
カトルは頷き、地面に視線を落とす。
「リエッタは研究とか頭を回すのが性に合わないらしくて。それでも僕らの、博士の役に立ちたいからって、手伝いをやってるんだ」
ひとえに研究の手伝いと言っても、様々なものがある。
例えば二人の姉代わりであるエスメレー准教授の専攻は生物学であるため、採血から魔獣のサンプル採取まで多岐に渡る。シャードウェポンだって、まだまだエラーもバグも多いまま使ってもらっている。
当然、怪我は絶えなかった。実戦テストの時は魔獣と相対するから、余計に。
今でこそ慣れてると笑っているが、きっとクロンカイト教授ならばもっと上手くやって、リエッタに怪我などさせなかった。
「もうやめようって言っても聞かないんだ、あいつ。データが取れるまで、絶対に」
危ない目に遭うたび「次はこうはならないから!」と特訓を始めたり、遊撃士の手配魔獣退治についていったり。
出会ったあの日差し出された柔らかい手は、武器を扱う者の手になり、今やカトルよりも固くなっている。
自分はリエッタに無理をさせているのではないか。どれだけ本人に否定されても、カトルの中にはそんな考えがずっとぐるぐると蠢いていた。
「私はリエッタちゃんのことは、まだよく知りませんが……きっと、カトルくんの役に立ちたかったんじゃないでしょうか」
私もそうですから。
そう言って、アニエスは腰のホルダーに留めた魔導杖へ触れた。
最初こそただついて行くためだったが────今は、あの優しい人を自分なりに支え、守るために。
だからこそ、護る技を覚えた。癒す技を覚えた。彼女は癒しこそしないが、大きな盾を作ることができる。
それに。
「そうじゃなければ、あんなに必死に抱きしめたりしませんよ」
採掘道での光景が、全てを物語っていた。
「……そう、だね。そうだと……いいな」
ヴァンの雄叫びが聞こえる。どうやらこちらが勝ったようだ。
思わず顔を見合わせ、クスリと笑う。振り返った先にいるじとりとしたリエッタの視線に少し気分を良くしながら、カトルは「行こう」と柔らかい手を差し出した。
「リエッタちゃ〜〜ん!久しぶりね〜〜!」
「わぶっ」
バーゼル理科大学、特別研究棟。
エスメレーの研究室にて、部屋の主人の豊満な胸にリエッタの顔がぎゅうと埋まっていた。
「少し背が伸びたかしら〜? 体調は?大丈夫?」
「だいじょぶ……だから……離し……息が……」
「エレ姉、エレ姉。今窒息しちゃう」
「まぁ!ごめんなさいね、ついはしゃいじゃったわ〜」
大丈夫、とようやく息を据えたリエッタをカトルが支え、そのままソファへと座らせる。
その様子を見て対面に着席したエスメレーは頬に手を当てて、あらあらうふふと笑う。
「やっぱり二人が揃ってるとしっくりくるわね〜」
「まあ、僕らはベストコンビらしいからね」
「!! カトルからベストコンビって言ってくれた!?」
「言ったけどあんまりくっつくなって!」
喜びを体現するようにカトルに抱きつき、頬擦りをする。嬉しいような複雑なような顔を見せるカトルはひとつため息をついて、本題に入るためにエスメレーへと向き直った。
「……で、仕事って?」
「えぇっ!?これもお仕事!?」
「そうよ〜。私というか、ヤン兄さんの方なんだけど〜……ほら、ちょうど来たみたい〜」
エスメレーに釣られてくっついたまま研究室の入り口に顔を向ける二人。
そこには優秀な頭を抱えてメガネをずり上げる、二人の兄貴分がいつも刻まれたシワをより深くして不機嫌そうに立っていた。
「……リエッタ。年頃の娘がみっともないことをするな」
「カトルにだけだし問題ないでしょ?」
「もう少し慎みを持て、ということだ。まったく、成長しないなお前は……カトルも少しは抵抗しろ」
「した上でこれなんだよね」
約1年ぶりの対面だというのに、なんて冷たい兄だろう。
二人をべり、と引き剥がしてからエスメレーの隣に座ったクロンカイトは、手に持ってきていたコーヒーをずず、と啜る。だから眠れないのだ、カフェイン中毒め。
「そもそも旅行は1ヵ月の予定だっただろう。バベル事変に巻き込まれたのは知っているが、何があって7ヵ月も……」
「あー、えっとー……そう!向こうで友達ができて、みんなに共和国案内してたの」
「案内って、バーゼルから出たことなかったのに?」
「ホントだもん! 家にいろんなお土産置いてるから後で持ってきて一緒に開けよっ」
「へぇ、楽しみ……じゃなくて!仕事の話!」
再びもたれてくるリエッタを好きにさせながら、カトルはもう一度軌道修正を図った。ふぅ、と満足げにコーヒーを飲み干したクロンカイトは「そうだな」と話を切り出す。
「……アラミスの生徒が私の研究室を見学したいそうだ。案内を頼めないか」
「アラミス……ってことは、アニエスさん?」
「彼女は今裏解決屋と動いているだろう。レン・ブライトとその他有象無象の方だ」
その言葉を聞いて、リエッタがガタリと音を立てて立ち上がる。
「レンが来てるの!?今どこ!?もしかしてティータもいっしょ!?」
「ティータっていうのは誰か知らないけど……ブライトさんならさっき案内したよ。多分校内にいるはず……」
「うそぉ!やった、ちょっと席外すねっ!ついでに案内してくるからまかせてーッ!!」
持ち前の身体能力で飛び出して行ったリエッタの通った後に、数枚リエッタ自身が提出したレポートが散乱する。キャラハン教授の怒鳴り声とリエッタの笑い声が続けて聞こえてきたあたり、そのまま走って曲がり角でぶつかったのだろう。
「うふふ、相変わらず元気ね〜」
「落ち着きがないの間違いだろう」
呑気に会話する兄姉に苦笑いをして、カトルもソファから立ち上がった。
寄ってきたFIOはクロンカイトに追従するように指令して、荷物を持って立ち上がる。
「流石に心配だし、僕も行ってくるよ。夜はここにくればいいよね?」
「えぇ、お土産開けようって言われちゃったし〜」
「……まぁ、今夜くらいは付き合ってやらんでもない」
「了解。じゃあ、また後で」
ふわりと笑って、カトルは早歩きで部屋を出た。
静かになった研究室で、残された年長二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
「やっぱり、カトルくんはリエッタちゃんがいるとよく笑いますね〜」
「あぁ、そうだな」
カトルの表情は、ここ1年なかなか見られなかった、自然な笑顔だった。
「そう、でね? ラピスがガレットを20枚もペロリと行っちゃってさ」
「本当に1年経っても相変わらずね……そういえば、リィンお兄さんも1月くらいに龍來に行ったそうよ」
「え、そーなの!?1月は……たしかラングポート観光してたっけ……そうそう、ちょうどそれくらいにルーファスがCIDに目付けられてさ 」
「ふふ、危険人物扱い? 彼ならやろうと思えば国家転覆くらいやれるでしょうけれど」
「でもさぁ、ラピスがもう一回バベル作るくらいしないと厳しくない? 隠し資産も結構バレてきちゃってるみたいだし」
菫色と焦茶色が同じテンポでゆらゆら揺れる。
止まらない二人のおしゃべりに、ちょうどレンと共にいたオデットとアルベールは顔を見合わせた。
バベル、ラピス、CID、国家転覆……たまに物騒な単語の混じる少女二人の会話はまだまだ続いている。
(なになになに!? 会長って本当に何者!?あの子も何者!?)
(バベルって、去年クロスベルに出た兵器じゃなかったか……?)
「そういえばレン、ジェニスのもよかったけどアラミスの制服も似合うね。大人っぽくなった感じ!」
「当然よ、私だもの」
「ヒュ〜っ!!かっこい〜〜!!」
「存分に惚れなさい」
サラリと髪を掻き上げるレンに、煽てるように拍手をするリエッタ。
仲の良い友人そのものである二人の姿を……オデットとアルベールのさらに後ろから、カトルがモモ色の瞳をじとりと半目にして見つめていた。いや、睨んでいると言った方が正しいだろうか。
「さ、サリシオンくん……?」
「………………なんですか」
オデットの声かけには返答したものの、見るからに不機嫌なカトルは腕を組んで、袖をキツく握りしめている。
声を出したオデットに気がついたのか、レンとリエッタも振り返る。クスリと笑ったレンは、行ってやれと友人の背中をポンと押した。
立ち止まったままの少女は、どうやら久々にあった友人と今日一日を捧げると約束した弟を天秤にかけているようだ。
数秒迷った後、少女は大きくバッと手を広げる。
「カトル!おいで!!」
「子供じゃないんだから行かないよ!!」
即座に顔を真っ赤にして言い返した弟に、リエッタはえぇ!?と大袈裟に驚いてみせる。隣でレンがもう耐えられないと言うように噴き出し笑った。
廊下を行き交う教授や生徒たちはいつものことだと微笑ましそうに通り過ぎていく。
「だ、だって〜……レンとも話したいし〜……」
「だからってハグはないでしょ!!」
「じゃあ手!手繋ご!はい!」
リエッタの豆だらけの手がカトルの柔らかい手をパッと握る。するとカトルはさらに耳まで真っ赤にして、すんと黙り込んでしまった。顔に血が昇りすぎているんじゃないかと覗き込むリエッタからぷいと顔を逸らすが、握った手はギュ、というよりギリギリ締め付けて離しそうにない。
が、気にすることなくリエッタは笑いを必死に耐えるレンを笑顔で見上げた。
「これでヨシ!それでね、スウィンが……」
「ん゛っ……フフ、ヨシじゃないわよ、ヨシじゃ」
「え?なんで? あ、ウチの弟可愛いでしょ〜? すぐ嫉妬するんだよ」
「嫉妬じゃない!!!!」
「ウワ声でか」
鼓膜吹き飛ぶかと思った、とぼやきながら、少女は懐からセキュリティキーを取り出してかざす。
横開きの導力式ドアが開き、無機質な廊下が顕になる。
「それで?スウィンが?」
「そうそう、ナーディアにあーんされてさ、顔真っ赤にしてたの」
「あら。まだまだ初心なのね」
「アレで自覚してないんだから罪作りなオトコだよね」
「流石にスウィンもあなたには言われたくないんじゃないかしら」
「え〜、何それ〜」
「私から見ればリエッタも罪なオンナってことよ」
わいわいと相変わらず二人で盛り上がるレンとリエッタ。時折ぎゅむぎゅむといたずらに手を握られる度真っ赤になるカトルの顔を見て、オデットはなんだか気の毒に思い、アルベールはそっとその小さな背を元気付けるように叩いた。
「……あっ! キャラハンせんせーっ!!」
少女がそんな声を上げた、次の瞬間。
カトルの手を引いたまま、正面でクロンカイト教授と何やら揉めていた男性────キャラハン教授の腹に、勢いよく焦げ茶色のサイドテールが飛び込んだ。
「ぐふっ……リエッタ!!先程も注意しただろう!?」
「えへへ、せんせーが見えたからつい。そういえばさっき挨拶できなかったよね、ただいまっ!!」
「全く、挨拶は先にせんか! ……あのバベル事件から、よく無事で帰ってきてくれたな」
髪型を崩さないように、サイドテールのない方を毛流れに沿って撫でるキャラハンの手に、リエッタは気持ちよさそうに目を細める。
姉の手を握ったまま所在なさげにしているカトルの頭にも、キャラハン教授の手が伸びて、そっと綺麗な銀髪が梳かされた。
「サリシオン君も、久々にこのじゃじゃ馬を相手にして疲れただろう」
「いえ、リエッタが帰ってきたのは僕も嬉しいので」
「それもそうか……あぁ、やはり君たちが並んでいると落ち着くな」
「あ! それ、エレ姉にも言われた!」
ケタケタ笑うリエッタの言葉に、キャラハン教授は当然だろうと頷く。二人はこのバーゼル理科大学のアイドルと言っても過言ではないのだから。
「あー……そろそろいいか?」
そんな三人のじゃれ合いに、一石を投じた男が一人。
モモ色とイチゴ色が振り向き、同時にパチパチと瞬く。
「あれ?裏解決屋さんたち、いたんだ」
「リエッタがすぐ引っ張るから気づかなかったよ……」
「え、あたしのせい!?」
先程と変わらないテンションで話し続ける姉弟に、ヴァンは思わず口端を引き攣らせる。
「はぁ……全く。リエッタ、カトル。彼らの案内、助かった」
「じゃあね、リエッタ。明日あたりにまた会いましょう」
「あ、うん! レンにオデットさん達も、またね!」
クロンカイトに連れられて彼の研究室方面へと消えていくアラミス生達を見送り、少女は大きく手を振る。
気づけば廊下にはキャラハン教授と裏解決屋に姉弟のみとなっており、すっかり静かになってしまった。
「えっと、もしかして大事なお話 ?」
「あぁ、彼らが私にアポを取ってきてね。少し複雑な話になりそうなのだが……」
リエッタの質問にキャラハン教授が頷く。
その様子を見て、漸くリエッタの手を離したカトルが一日踏み出し、胸に手を当てて言葉を発した。
「……その話、僕に立ち会わせてください。一応案内した身ですから」
「じゃあ、あたし難しい話はよくわかんないし、家に戻ってお土産取ってくるね」
キャラハンせんせーの分も買ってきたから!と自慢げに言うと同時に、その小さな足は踵を返して実験棟の出入り口へと駆けて行った。
「相変わらずそそっかしいな、あの娘は」
「もう……どこかで転けても知らないんだから」
「いっそハーネスでもつけときゃ良いんじゃねぇか?」
アーロンの言葉に「逆に僕が引きずられちゃうよ」と返したカトル。
その場に残った全員がキャラハン教授の研究室に入ると同時に、廊下は元の静寂を取り戻したのだった。
「せんせー、星ってどうやって光ってるの?」
幼い少女に白衣の裾を引かれ、男は幼い少女を見下ろした。
「どうやって? 原理のことかね」
「ゲンリ! パパとおばあちゃんもそういってた! でもおばあちゃんのせつめーってムズカシイし、パパは大コーフンの早口でロンガイなの」
「はは、そうか。オーガス君は論外か」
両手を広げる少女の脇へと手を差し入れ、ぐっと抱き上げる。
少女はイチゴ色の瞳をらんらんと輝かせ、男を見上げていた。
「そうだな……ならば私もきっと君に難しい説明をしてしまうだろう」
「えーっ!? せんせーも!? うっそだあ!!」
少女の小さな手が男の髭の生えた顎をぺちぺち、じょりじょりと叩く。
男はそんな可愛らしい教え子の背をとん、とんと優しく叩き、ゆるりと微笑んだ。
「そうだな……君が日曜学校を卒業する歳、16歳になったら教えようか」
「ホント!? えっと、いまは4さいだから〜」
「12年後、か。覚えておけるかね?」
「うんっ、がんばっておぼえとく!せんせーも忘れないでねっ 」
満面の笑みの少女に、男はその小さな背をゆっくり、ゆっくりと摩っていた。
「サリシオン君なら天文台だろう……すまない、早く行ってやってくれ」
キャラハン教授の研究室へと戻ってきたリエッタが見たのは、酷くやつれた教授とその助手達だった。
全員が端末に向かって背を丸め、ずっとキーボードを叩いている。キャラハン教授の言葉通りなら、早く天文台に行くべきなのだろうけれど────
「もう、せんせーったら。ホントに体調管理下手くそだよね」
「むぐっ」
「機密に引っかかるだろうから詳しいことは聞かないけどさ、研究は心も体も健康じゃないと捗らないって言ったのはせんせーでしょ」
手に持っていたクロスベル土産のみっしぃサブレを教授の口へと突っ込む。
ムグムグと咀嚼を始めたのを確認してから、リエッタは研究室中を回って助手三人にもサブレを食べさせた。
「みんな糖分が足りてないんだよ。どうせお昼ご飯もカロリーバーで済ませてるってあたしにはお見通しなんだから」
「リエッタちゃん……」
「お土産は置いてくから今日はちゃんとお腹いっぱいご飯食べてきっかり10時間寝ること! 明日またくるから! せんせーは約束思い出しといてね!じゃ!」
返事を聞かずに扉を閉めて、踵を返して駆け出す。
夕日の差し込む校舎で、すれ違う全員に挨拶をしつつ天文台を目指す。そろそろ望遠鏡からシェダル大三角が見える頃だろうか。
天文台の扉に手をかけた時点で、ふと足を止める。
夕焼けを見ていると、カトルが初めて笑った日を思い出す。確か、あの日も……こんな綺麗な夕焼けの日だった。
カトルの綺麗な銀髪が夕焼け色に染まって、キラキラ輝いて綺麗だったのを覚えている。あの頃はまだ後ろの髪も長かったから、余計に。
その隙間から見えるモモ色の瞳が自身を映す様が大好きで、それからはカトルが名前を呼んでくれるたびにすぐさま飛んでいって、抱きしめていた。
好きだ。カトルのことが、どうしようもなく好きだ。
そう自覚したのはいつだっただろうか。
家族みんなが揃って、あの天文台で星を見ている時。
カトルはずっと笑顔で、嬉しそうで……幸せそうに、リエッタのことを呼ぶ。
あの日の死んだ目なんてかけらも面影はなかった。それだけで、リエッタの心は満たされるように暖まる。
可愛い可愛い、大切な人。あたしなんかどうなってもいいから、どうか、彼だけは────
「あら、リエッタ」
聞き覚えのある声に、リエッタは振り向く。
そこには、レンが入ってきた時と変わらずアラミスの生徒達を連れて立っていた。
一気に放出された汗をパタパタと服を動かして冷まし、少女は笑顔を形作った。
「レン! どうしたの、天文台の見学?」
「えぇ、そんなところよ……入らないの?」
「ううん。今開けるね」
そう言ってカードキーを翳し、出入り口の外鍵を解除する。
扉を開けた途端、ふわりと懐かしい香りがした。祖母の好きなお茶の香りだ。そうそうこれこれ、と深呼吸をして────フェリと望遠鏡の上にいるカトルを見つけた。
あまりに変わりのない光景に、じわりと視界が潤む。必死に頭を振って、ず、と鼻を啜った後、少女は声を張り上げた。
「カトル〜!! フェリも!」
「あ、リエッタさん!」
「もう、そんなに大きい声出さなくても聞こえてるってば」
どうやら裏解決屋の皆に茶を振舞っていたらしい。レン達がそちらに寄っていくのを見届けた後、リエッタも駆け出し、いつも通り天体望遠鏡に階段を使わずに飛び乗った。
「わわっ、身軽ですね!?」
「階段使うの面倒だもん。ね、今何が見えてるの?」
「うっすら幻耀星と、火耀星もちょっとだけ。リエッタも覗く?」
「んーん、今日はフェリに独占させてあげる」
いつでも見れるもん、と笑い、少女は望遠鏡の操作パネルを弄るカトルの隣にぴたりとくっついた。
「それに、あたしが見ても、なんにもわかんないだろうし」
空を見上げる。
そこには変わらず夕焼けに染まった橙色の空があるだけで────星なんて、かけらも見えていない。
そんなリエッタの様子も知らずに、カトルはパネルを触りながらクスクスと笑う。
「リエッタ、昔から星に関してはからっきしだよね」
「仕方ないでしょ、位置関係難しいんだもん」
「むむ、たしかに……どれがどれだかさっぱりわかりませんっ」
じゃあ一つづつピントを合わせていこうか、というカトルの言葉に、フェリが目を輝かせる。
(……おばあちゃんが今帰ってきたら、びっくりするだろうな)
人で賑わう天文台を眺め、少女はイチゴ色の瞳を細める。
わいわいと賑わう声が、夕焼け空に溶けて……消えていった。
「これが龍來土産、これがクロスベル土産、これが帝都土産! まだまだあるよ、もちろん家にもね!」
「……多すぎる……」
「流石向こうでリュックサックを買い足しただけはあるわね〜」
クロンカイト教授の研究室に次々と土産が広げられていく。
その大半がクッキーなどの乾き物か、キーホルダーやハンドタオル等の食べられないもので構成されていた。
比較的最近行ったらしい首都の土産は、かの有名なアンダルシアのホールケーキだったが。今はハミルトン家の冷蔵庫で冷えているらしい。
「あ、ご当地みっしぃキーホルダーはあたしのだから取らないでね」
「こんなに買ってどこにつけると言うのだ」
「うーん……Xipha? それかシャードウェポン」
「じゃらじゃらすぎて扱いづらくなっちゃうよ」
これヤン兄っぽい、と引き摺り出したキーホルダーは、眼鏡をかけて白衣を着た、目つきの悪いワルみっしぃだ。
思わず切れそうになった血管をギリギリで保たせて、本日何回目かも数え切れないほど吐いた溜め息を大きく、わざとらしく吐いた。
「クロスベル再事変に巻き込まれたと聞いて心配した私が馬鹿だったか……」
「えっ、心配してくれてたの?」
「そうよ〜、ヤン兄さんったらずっとソワソワしててね〜」
エスメレー、と咎める声に、准教授はあらあらと頬に手を当てて朗らかに笑う。
「別にそんなに危なくはなかったよ。ホントにヤバい時はルーファスが守ってくれたし」
「ルーファスって、まさか……」
「突っ込まない、私は突っ込まないぞ」
ついに頭を抱え始めたクロンカイト教授。
元凶であるリエッタは変わらずケラケラと笑って、土産物の選別を続けている。みっしぃキーホルダーの山から出てきた、龍來土産らしい剣に謎の龍が巻き付いたキーホルダーを取り出し、傍で伏せていたXEROSの耳に引っ掛けた。
「ホントに楽しかったなぁ。カトルが許してくれるならもう少しみんなについて行きたかったくらい」
「残された僕の気持ちを考えてくれたのは嬉しいけど、それ目の前で言わなくてよかったよね」
む、と頬を膨らませたカトルはじとりと相棒を睨み上げた。
イチゴ色の瞳をまん丸にしたリエッタに、こてんと頭を預ける。ここ1年間でどれほど弟に寂しい思いをさせていたか、まだわかっていないらしい。
「……僕とバーゼルで過ごすのは楽しくないの?」
「あっえっ、! !? !? 〜〜〜っ!?!?」
「あら、壊れちゃったわ〜」
可愛い弟の珍しすぎるデレに、リエッタは目を白黒させて混乱してしまった。
そのままカトルを抱きしめ、顔を真っ赤にして心臓をバクバク鳴らしている。あまりに早い鼓動を耳にしたカトルはクスクス笑って「冗談だよ」とゆっくり体を離した。
「か、かとる」
「ん? なに、リエッタ」
「だいすき……一生幸せにする…………」
「それは僕のセリフなんだけどなぁ」
きっと心音で何も聞こえちゃいないだろうと、いつもは言えない本音を呟く。
もう押されてばかりの“弟”じゃいられない。まだまだ照れくさいけれど、こちらから押していかなければ。
しかし、そこで自然と距離の近くなる二人に向かって、クロンカイト教授がこほんと咳払いをする。
「……二人とも、今日はもう帰りなさい」
「丁度いいし、ホールケーキは明日いただきにいくわね〜」
「わ、わかった。帰ろっか、カトル!」
ぽいぽいとリュックサックにご当地みっしぃをはじめとした自分用のお土産を放り込み、少女はカトルの手を掴み、立ち上がる。
それに引っ張られ、カトルはあっというまに研究室の出入り口に立っていた。
「おやすみ、二人とも!」
「おやすみなさい。ヤン兄、エレ姉も」
「あぁ、おやすみ」
「ふふ、ゆっくり休んでね〜」
研究室の扉が閉じ、姉弟とドローン達が廊下に放り出された。
窓の外から見える空はすっかり暗くなり、星々が瞬いている。10月下旬の冷たい空気の中で、繋いだ互いの手だけが暖かい。
なんだか話すのも少し照れ臭くて、二人は手を繋いだまま理科大学をまっすぐ出る。目の前には満点の星空が煌めき、導力の明かりの灯るバーゼルを優しく見守っていた。
「……リエッタ」
「ん? なぁに、カトル」
エアトラム乗り場の前でふとカトルが立ち止まり、姉の名を呼ぶ。
振り返ったリエッタが次に感じたのは、わずかな衝撃と、きゅうと腰に回された腕の温もりだった。
それに少しだけ驚き、可愛い弟の甘えに思わず微笑む。
「どうしたの? 寒い?」
「うん。寒いし、寂しかった」
「……そっか」
弟の端的な答えに、少女は返事としてその背に手を添え、綺麗な銀髪を何度かするりと撫でた。
「あの家に一人なんて初めてだったし。夜も毎日寂しくて、怖かった」
「うん」
「ずっと一緒って約束したのに、勝手に一年もどこかに行っちゃってさ」
「うん」
「自分の誕生日まで忘れたのかと思った」
「んふふ、流石に覚えてるよ」
ゆっくり、ゆっくりと、ゆらゆら体を揺らす。
銀髪に手櫛を通して、どんどん抱きしめる力の強くなるカトルの肩へ頬を擦り寄せる。
するとカトルは少し離れて、ぎゅうとリエッタの両手を握り、頬を膨らませた。
「……今日は一緒に寝て、明日は一緒に起きて、一番最初に僕に祝わせてくれないと許さないから」
「もちろん。カトルの願いなら喜んで」
にへ、とリエッタが笑えば、カトルも眉尻を下げて、ふっと微笑む。
姉弟二人きりの空間だが、ふとFIOがピピ、と音を鳴らした。
『────警告、警告。大学敷地内ニ未登録人物ノ侵入ヲ感知』
「え……」
『同時ニ残留シャード反応アリ。推測:ステルスシャード展開ノ痕跡』
大学の敷地内、未登録人物の侵入、ステルスシャードの展開。産業スパイだろうか。それとも……
そこまで考えたところで首を振り、少女はXiphaを取り出した。
「カトル、ヴァンさんの連絡先ってわかる?」
「わかるけど……頼るの?」
「下手に警察を呼ぶと逃げられるかもしれないからね。あたしはヤン兄達に伝えるだけ伝えてみる」
まあ、特別研究棟には識別カードがないと入ることは不可能だから、連絡しても捨ておけと言われるかもしれないが。
Xiphaを耳に当てて、リエッタは改めて未だ煌々と明るいバーゼルの街を見下ろす。
妙な胸騒ぎのする夜に、少女はどこか落ち着かない心地でいた。
────いいですか、リエッタ。これを使う時は人が少ない場所で。約束できますね?
特別研究棟から一歩踏み出した廊下。
頭の上でシャード製の猫耳をぴこぴこさせながら、リエッタはこの技術を教えてくれた彼女の言葉を思い出していた。
確かに、これは人混みの中で使えば疲れそうだ。エントランスに居るにも関わらず、校内の全ての足音・人の呼吸音・体温……全てが情報として脳へと飛び込んでくる。おかげで侵入者の居場所も丸わかりだ。
「仮想エイオンシステム、だったか。また随分と大層な技術を盗んできたではないか」
「盗んできたって……違うよ、ティオさんとは意気投合してちょっと盛り上がっただけ」
隣でゆっくりと歩くクロンカイト教授に頭を撫でられ、猫耳がぴこりと反応する。
仮想エイオンシステム。本来、この技術を作り上げたティオ・プラトーの装着するエイオンシステムを、シャードで仮想的に再現したものだ。
当然、実体のある元祖には劣るが、起動するだけで使用者の五感を高め、気配察知能力を格段に向上させる。
「……西側の会議室、かな。体温高いし、体格も小さめ。多分女の人」
「ふむ……かなりの精度らしいな。リエッタ、明後日にバルバトスのデータを解析させてもらうぞ」
「いいけど、明日じゃなくて良いの?」
「誕生日くらい好きに過ごすがいい」
どうせカトルと共にいるのだろうがな、とクロンカイト教授は小さく笑って、リエッタの頭を仕上げにぽんぽんと叩いた。
ぴるぴると動く猫耳はリエッタの感情を反映しているらしく、本来は青いシャードが薄く桃色に染まっていた。
「……あ。XEROSが見つけた」
「ほう。ならばすぐに捕まえるだろうな……私は帰るとしよう」
いつの間にか片手に書類を入れているらしいコングレスケースを持ち、クロンカイト教授は正面玄関へと向き直った。
「それでは。おやすみ、リエッタ」
「うん。今度こそおやすみ、ヤン兄」
教授はスタスタと歩き、白衣が闇に消えて行く。
それを見送った後、仮想エイオンシステムを消し、リエッタは大きな音が鳴った2階へと走り出した。
「────つまり。せんせーはラピスを作ろうとしてるって事?」
侵入者である女性────カエラ少尉を囲んで話し始めた裏解決屋達に、天文台に備え付けられたキッチンで作ったお茶を差し出し、リエッタはそう尋ねた。
「あぁ、リエッタちゃんは当事者だからね〜」
「当事者って……バベル事変の、ですか?」
「うん。正直もうあんまり巻き込まれたくはないけど」
フェリの質問に肯定を返す。
バーゼルの導力ネットに不調をきたすほどの並列演算処理。正直、大陸全土を巻き込んだ上に霊脈まで利用していたラピス────否、エリュシオンに届くわけがないが。
わずか、小指の爪の先っちょ程度ならば届くかもしれない。きっとキャラハン教授はそれに期待しているのだろう。
「本気でやるなら、ラピス本人を連れてくるか……そうだな、オクト=ゲネシスでもないと厳しいと思うよ」
「なっ!?」
「うわっびっくりした」
机に手をついて立ち上がりかけたヴァンが、ゆっくりとクールダウンして再び着席する。
そして茶をごくりと飲み、頭を抱えた。
「……アニエスが持ってんだよ。4番目までをな」
「え……ゲネシスを? あれって都市伝説でしょ!?」
「いや都市伝説だと思ってたのかよ」
「冗談で言ったんだもん!」
C・エプスタイン博士の遺産、オクト=ゲネシス。世界を測る導力器。
ラピスとナーディアと共に導力ネットを泳いでいた時、ふとディープネットで名前を見かけたのだ。
祖母であるラトーヤ博士からそんな話は聞いたことがなかったから、ネットで作り上げられた都市伝説とばかり思っていたが。
「そう……アレが実在する、なら……」
1〜4番目のゲネシスはすでにアニエスの手元に渡っているそうだ。つまり、あのサイトの説明文を鵜呑みにするならば、最も警戒すべきは5番目。
導力、七耀脈についての観測装置であり、ヒトの神経の性質が七耀脈と似ていることから、ヒトの意識までもを測るそうだ。
今回の異変────定期的に町中の導力供給がおかしくなっている、という事実も、この第五のゲネシスが関わっている推理の裏付けになる。
(ラピスに近づこうとしているのはキャラハンせんせー。なら、ゲネシスを持っているのは必然的に……)
そこまでリエッタが考えたところで、ふとカトルのXiphaがけたたましい音を立てる。
誰からか気になったから、カトルの肩に顎を乗せて、Xiphaの画面を覗き込む。
「あ……この、番号は……」
ぞわり。
背筋を嫌なものが駆け巡る。
このタイミングで。騒動の中心にいる教授から、通信。
「っ行くよ、XEROS!!」
『BOWッ』
咄嗟にシャードウェポンを引き抜き、XEROSに合図を送って駆け出した。
後ろからカトルの呼ぶ声がするが、もう止まれなかった。
最後、仮想エイオンシステムで構内をスキャンしたときはまだ特別実験棟に居たはず。今日は早く帰って寝ろと言ったはずだが、どうやら聞き届けられなかったようだ。
乱雑にカードリーダーへカードキーを叩きつけ、わずかな隙間を通って研究棟へ飛び出す。
まっすぐ、突き当たりの部屋。しっかり鍵がかかっている。
仕方がないとシャードウェポンを起動し、大きな戦斧を作り出し────扉を無理やり切り開いた。
「キャラハンせんせーッ!!」
研究室へと飛び込めば、そこはすでに荒らされた後だった。
咄嗟に室内を見渡し、思い切り破られた窓へと視線を向ける。
────丁度黒衣の不審者が奇妙な人形に乗り、キャラハン教授を連れ去ろうとしたところだった。
「させないッ……!!」
『BOWBOW!!』
素早くシャードウェポンを導力弓の形態へと切り替え、矢を放つ。
XEROSも窓へとまっすぐ飛びかかり、不審者の黒衣をほんの少しだけ破いた。
矢は綺麗に人形の関節へと突き刺さるも、人形は少し異音を立てるだけ立て、キャラハン教授を手放すことなく飛び去っていった。
─────そうだな……君が日曜学校を卒業する歳、16歳になったら教えようか。
ふと、教授とした約束が頭をよぎる。
星が光る理由。自分が知ることのできない輝きを教えてくれるという、大事な約束。
「嫌、嫌だよ……キャラハンせんせぇ────────ッ!!!!」
夜闇に消えていく白衣と人形。
少女は割れたガラスの破片など気にすることもせずに手を伸ばす。
窓枠から、血がだらりと流れていた。
翌日。
10月27日────リエッタ・オーガスの、誕生日。
「リエッタ」
ぱちりと目を覚ませば、少女の目の前には微笑む弟が居た。朧げな視界でゆっくりと愛する人を抱き寄せ、黙ってきゅうと締め付ける。
何も言わない姉を、カトルはただただ抱きしめ返した。寝巻きの胸元が小さく濡れる。
「誕生日、おめでとう」
ただ、世界で一番最初に祝うという約束だけ果たして。
今はこの深く傷ついた大切な人を、安心させるように宥めることしかできなかった。
リエッタ・オーガスにとって、デイビット・キャラハン教授といえば、家庭教師のような人だった。
研究バカな祖母や父母とは違い、リエッタの年齢に合わせて噛み砕いて知識を教えてくれる。だから彼を"先生"と呼び慕ったのだ。
大学の構内を一人歩く。
カトルは裏解決屋の彼らについていくそうだ。こんな精神状態なのだから家でじっとしていろと何度も念を押されたが、結局一人でフラフラと出てきてしまった。
星なんて見えない。青空はベールのように夜空を覆い隠し、鮮やかな青を煌めかせている。
かつて"先生"はこう言った。星はいつも存在しているのだと。太陽の光が眩しすぎて見えていないだけなのだと。
(なら、今も本当は見えてるのかな)
天文台にカードキーを翳し、ふらりと入る。
巨大な望遠鏡を見つめ、ふるりと頭を振った。
どうせ自分に星は見えないのだ。見えないものを想像してどうしろというのだろう。
天体望遠鏡に登り、天井の隙間から見える青空に手を伸ばす。届くはずもないそれは、するっと横から華奢な手に絡め取られた。
「落下してしまいますよ」
「……あなた、だれ?」
白い髪に血のような赤い瞳の、綺麗なお姉さんだ。
随分と過激な格好をしているが、不思議とそれが彼女の浮世離れした雰囲気によく似合っている。
柵から乗り出していた体をそっと戻され、彼女と向かい合う。
「もしかして、見学の人? ごめんね、今は……おばあちゃんも、カトルも、せんせーも……誰もいないから……」
「いいえ、私は見学者ではありません」
「……? じゃあ、何を……」
こてん、と首を傾げたリエッタに、突如女性が急接近した。
くい、と顎を持ち上げられる。そうして彼女は何かを口に含んだ後────リエッタの口にキスをした。
「ん〜〜〜っ!? 〜〜っ、〜〜〜〜っ!!」
差し込まれた舌から、何か錠剤のようなものが喉の奥へと転げ落ちる。
思わず飲み込み、どんどんと女性の胸を叩く。ようやく離れた彼女に向かってシャードウェポンを起動し、ようやく少女は警戒体制を敷いた。
「な、ななな、なになに何っ!?」
「少々睡眠薬を。安心してください、起きた時には全てが終わっていますから」
「なんてもの飲ませてんのよ!? っていうか初めてだったのに!!」
「それは申し訳ないことをしました」
全く申し訳ないと思っていなさそうな女性の声色にぴきりとリエッタの血管に怒りのあまり血管がその筋を見せる。初めてはカトルにあげるつもりだったのに!!
ぎり、と槍型に整えたシャードウェポンを握る。否、握りしめようとしたが────一気に体から力が抜けた。先ほど彼女が飲ませた睡眠薬がもう身体を蝕み始めたらしい。
「ここ、で……いったい、なにを……!!」
ゆったりと近づいてきた彼女が、そっとリエッタの額を撫でる。
瞼が重い。もう、意識を保てそうにない。
天井の隙間から、機械仕掛けの天使が見えた。
「ええい、あれでもない、これでもない……!」
暗闇の中、機械を弄る音が聞こえる。
目を覚ました少女は声の聞こえる方へと手を伸ばし、何か布に触れ、掴んだ。
それをくい、と引けば、声の主は驚き無様な声を上げ、革靴の音を立ててよろめいた。
「だ、誰だね!? この世界には私しか入れないはずでは、」
「……キャラハンせんせー?」
「ッ!!」
声の主の名を問えば、彼は息を呑んだ。
ようやく見えるようになってきた目をひらけば、変わらないチョビ髭がチャームポイントの、大切な先生がそこにはいた。
「よかったせんせー、無事だったんだ!」
「……リエッタ……心配をかけたね」
勢いよく飛びつけば、キャラハン教授はいつも通り大きな手でリエッタの、いつのまにか解けた髪を流れに沿って撫でた。
くふくふ笑う少女に困ったように笑い、教授はそっと小さな肩を押して、しゃがみ込み、視線を合わせる。
「さてリエッタ、答えなさい。先ほどまで外で寝ていただろう、何故ここに居るんだ」
「なんでって、あたしもわかんないよ。ここってどこなの?」
「ここは……アウローラの中といえばわかりやすいだろうか」
「アウローラのって、あの導力器でミッチミチの?」
リエッタの問いかけに、教授はこくりと頷いた。
アウローラ────リエッタの祖母であるハミルトン博士が作り出した、かの有名なカペルにこそ負けるが、高速演算を得意とする演算機だ。
その中、と言われても。あの中には演算に使う導力器とその配線でみっちり詰まっているはず。こんなに広いわけがないのだ。
「……私は、肉体を捨て、技術特異点を起こし、導力の存在となった。今の君も部分的とはいえ同じ存在といえよう」
「肉体を捨てた、って……まさか!?」
エリュシオン。人工知能、AI。
そんな単語が、少女の頭をよぎった。パッと顔を上げれば、教授は困ったように眉尻を下げ、ひとつ、頷いた。
キャラハン教授は元々いじっていたコンソールへと向き直り、何かを入力したと思えば、小さなリエッタを抱き上げて、画面を見せる。
「あ……カトル」
画面の中では、愛しい片割れが必死な表情で、ミントグリーンの髪の男性と、リエッタに睡眠薬を飲ませた彼女と戦っていた。
少しカメラを下げれば、アウローラと思しき銀色の筐体と、そこにもたれかかるように眠る焦茶のつむじが見えた。どうやらこの戦闘の中でも心地よくスヤスヤと眠っているらしい。
「どうやら君は、意識だけアウローラの中に潜り込んでしまったようだ。理由に心当たりはあるかね」
「そっか……うん、あるよ」
胸に手を当て、ゆっくりと下を向く。
「アウローラにゲネシス付いてるよね」
「あぁ」
「なら……あたしが、"ハミルトンの遺産"だからだと思う」
あたしは、そうなるように"創られた"。
そう呟いた少女の隣で、教授は目を白黒させながら導力でできた脳に情報を走らせている。
やがて、アウローラの奥、そのさらに奥、最も奥底にある、アウローラ唯一の小さな内部記憶媒体に隠された情報に行き着いたのだろう。
「君は……受け入れているのか。こんな、理不尽な未来を」
「うん。それが、あたしがお婆ちゃんの孫として生まれた意味だから」
「なんという、ことだ……」
わなわなと震えながら、教授は少女を抱きしめた。
リエッタはクスクスと笑いながら、キャラハン教授の大きな肩に頬を擦り寄せる。
「何故だ、ハミルトン博士!! 何故未来ある若者達に、このような責苦を!!」
「もう、せんせーったら。あたしは責苦なんて思ってないよ」
「だがっ……これは、あまりにも!!」
「これで世界の、カトルの未来が紡がれるなら……あたしはどうなってもいいの」
達観したかのような話し方をする教え子に、キャラハン教授は思わず絶句した。
少女は微笑み、外を映すモニターを見上げた。
「ね、せんせー。星が光る理由、教えてよ。作業しながらで良いからさ。あたし、16になったよ」
廃工場の天井はボロボロと崩れ落ち、ところどころ青空が見えている。
あの向こうには、満点の星々が輝いているはず。己が見ることのできないそれを教えてくれと、少女は師に強請った。
「……あぁ、いいとも」
教授は少女を隣に座らせ、コンソールを弄りながらゆっくりと語り始めた。
「星はね、実は私達が立っているこの大地と同じものなのだそうだ」
「大地と?」
「そう。途轍もなく遠くにあるが故に小さな輝きに見えるが、ゼムリア大陸よりもずっと大きな大地が、ある化学反応によって輝いているのさ」
そういえば……かつての祖母や父もそう言っていた気がする。興奮気味に、化学反応が〜とか、巨大な星が〜とか。
少女はだまって、師の話の続きを促した。
「この世で最も小さいものは何か知っているかね」
「えっと……エレ姉が言ってたような……そうだ、原子だっけ」
「その通り。あの無数の星々の中では、原子がぶつかり合って莫大なエネルギーを生み出している。そのエネルギーを利用して星は遠く離れたゼムリアでも輝いているのだよ」
へぇ、と少女は口をぱかりと開け、イチゴ色を輝かせる。
教授の話を聞く時はいつもこうだった。リエッタを抱えて、色んなことを語って聞かせてくれる。その度にリエッタは、初めて聞く話に瞳を輝かせるのだ。
「……今、私が研究しているものは、星を燃やす力を兵器に転用したものだ」
ふと、コンソールを叩く手が止まった。
不思議そうに見上げる少女の頭をそっと撫で、キャラハン教授は外で戦うカトル達を見つめた。
「きっとこの発明で多くの罪なき人が死ぬだろう。私に研究資金を提供し、私をこのような状態にしたのはそういう連中だ」
「……せんせー」
「それでも────夢だったのだ。私の、誰にも譲れない夢」
目の前に、追い求めた数式がある。
研究者として、そんな状況で我慢できるはずがないだろう。
再び、手が動き始める。
「進捗率93%、残りはあと少しだ……私の最初の生徒よ、どうか止めないでくれないか」
イチゴ色が、じっと師をみつめる。
そして、ふっと笑って、こてんともたれかかった。
「いいよ、一番弟子が見ててあげる。せんせーの夢が成就するトコロをね」
「ああ……ありがとう、リエッタ」
それきり、二人は黙り込んだ。
かたかたと解析が進む。
また1%、ぽこんと進んだ。
あと、0.3%。
あと少し、あと少しだった。
2人揃って、ワクワクしながらコンソールを覗き込んでいた。
そしたら────突然、リエッタだけ弾き出されたのだ。
「リエッタ!!」
大好きな片割れの声がする。
うっすらと目を開ければ、そこは間違いなくあの日カトルと来た廃工場で。
痛む体を起こして、ずっともたれていたらしいアウローラに手を添えた。
「せんせー、は……? 数式が、あとちょっとで……」
「大丈夫だよ、"阻止した"から! もう大丈夫だからっ……!」
ぎゅう、とカトルが抱きしめてくる。
何が、何が大丈夫だというのか。師の夢へ至る道が絶たれたというのに。
顔を上げれば、ビリビリと保てていない状態のディスプレイに、キャラハン教授の困ったような顔が映し出されていた。
「せんせー……? どうして、そんな……」
『……すまない、リエッタ。私はもう、駄目らしい』
「ダメって……何がダメなの」
『もうすぐ、私は消える』
イチゴ色が見開かれ、固まる。
「そんな……ウソ、ウソだよ、そんなの」
「……導力網も、ゲネシスが消えた今、導力の供給源もない、から……」
「ッ、ふざけないで!!」
カトルを振り払い、バルバトスを起動する。
シャード展開、と無機質な声が廃工場へと響き、青色の光が撒き散らされた。
そのまま仮想エイオンシステムを発動し、アウローラの操作端末を叩き始めた。
『リエッタ、もうやめなさい!!』
「嫌だ!! まだ教えてもらってないコト、沢山あるんだから!! 空が青い理由も、虹がかかる理由も、月が光る理由も、まだまだせんせーに聞きたいことが沢山あるの!!!!」
「だからゼッタイに、諦めないんだから───────ッッ!!!!」
「ッ、ゲネシスが……!?」
少女の絶叫と共に、ぼう、とアニエスの手の中にあったゲネシスが光り輝き始めた。
周辺のシャードが夕陽のような黄金色に染まる。それと同時に消え掛かっていたディスプレイが持ち直し、莫大な量の導力の補給が始まった。
「カトル、レン、手伝って!!」
「う、うんっ!!」
「任せなさい!」
リエッタの鬼気迫る声に反応し、カトルとレンも別の操作端末からキャラハン教授のAIを保たせるための操作を始める。
「まず一時的にバルバトスへせんせーを移す!!」
「わかった!! なら先生を構成するデータを圧縮するよ!!」
「リエッタ、バルバトスをこっちに!」
レンの声に応じてバルバトスを投げ渡し、自身は時間との勝負に追われる。
とにかく自身と仮想エイオンシステム、それとゲネシスによってキャラハン教授を保たせることに尽力する。
「キャラハン先生、数式全部置いていきますからね……!!」
『あ、あぁ、構わないが……一体何が起きているのだ』
「僕の可愛い姉のわがままを聞いているんですよっ!!」
膨大なデータを片っ端から圧縮し、教授の顔がディスプレイから消える。カトルはなんとかバルバトスをアウローラに繋げたらしいレンに視線を送った。
頷いたレンは操作部を素早く叩き、AIの入っていないホロウコアであるバルバトスという体のいい記録媒体に教授の精神データを突っ込んだ。
「それで、次は何処へ行くの!?」
「ウチの家!!アニエスさん、一緒に来て!!」
「家に何があるっていうのさ!?」
「きゃっ、リエッタちゃん……!?」
レンとカトルと共に、そしてゲネシスを持ったアニエスの手を引いて駆け出す。
すでに夕焼けに染まった廃道を駆け巡り、まっすぐバーゼルを目指す。
「お土産の中にヨルグの爺様からもらったローゼンベルグ人形があるの!! ラピスの後継機!!」
「ラピスの……フフ、なるほどね。確かにアレならAIの器としてもってこいだわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! つまり……先生を人形に入れちゃうってこと!?」
「もう何が何だか〜っ!!」
ラピスに大切にしてね、と言われた彼女に早速役立ってもらおう。きっとキャラハンという名も、ラピスなら70点くらいはつけてくれるはずだ。
バーゼル市内に勢いよく駆け込み、トラムを待っている暇などないので急いで連絡橋を渡る。
家へ辿り着き、バタバタと4人の足音が階段へと響く。
カトルとリエッタの部屋へ飛び込み、リエッタは真っ先に大きなスーツケースを開いた。
美しいストレートの金髪に、白と青緑を基調としたドレス────遠目で見れば、1割くらいはキャラハン教授だ。
「あら可愛らしい」
「これに……先生が……?」
「え、え、えぇ……?」
まだ混乱しているアニエスをよそに、リエッタは人形をそっと抱き起こし、背中を露出させた。
背中にはホロウコアを嵌め込むための窪みが開いており、バルバトスを突っ込めばちょうどハマり込んだ。
肩で息をするリエッタから、黄金色の光が消えていく。
4人は、ごくりと固唾を飲み込み、人形をじっと見つめている。
「……む……」
やがて、可愛らしい声が人形から発せられた。
ぱあ、と教え子達の顔が明るくなる。
「わた、しは……消えたはずでは……」
「〜〜〜っ、せんせ────────ッ!!!!」
「キャラハンせんせえっ……!!」
「ぐうっ!? り、リエッタ!?サリシオンくんも、一体どうしたというのかね!? 」
人形の可愛らしい口から、生前のキャラハン教授そのままの堅苦しい口調が出てくるものだから、思わずレンとアニエスはぷっと吹き出してしまった。
やけに大きな教え子2人と、レンとアニエスの様子から何かがおかしいと気付いたらしい。リエッタの私物である女の子らしい姿見に視線を移し────続けて、自分の体を見下ろす。
「な、ななななな……なんなのだこれは───────ッ!?!?!?!?!?」
その日、旧市街が、叫びで揺れた。
「じゃあせんせー、今日はこれ付けよっか」
ある日のバーゼル理科大学、特別研究棟。
少女の手には、小さな幼女用のヘッドドレスが握られていた。
躙り寄るは、ストレートの金髪をくるくると巻かれた、愛らしい幼女────そう、キャラハン教授である。
「だからリエッタ、私を飾り立てるのはやめたまえ!!」
「え〜? でもせんせー、せっかくかわいーのにほっといたらオジサンスタイルになっちゃうじゃん」
「リエッタちゃんの言う通りですよ、教授。ほら、次はこれ着ましょう!」
キャラハン研究室の紅一点、シンディ研究員が差し出したのは、これまた可愛らしいフリルがふんだんにあしらわれた緑色のドレスだった。
「ええい、私は着せ替え人形ではないと何度言えばよいのだ!!」
「でも教授、今はお人形ッスよね〜」
「どんな教授でも好きですよ、僕は」
これまでの地獄の空気から一転したかのように和やかな雰囲気が流れる研究室に、リエッタはくふくふと笑った。
「カトルが首都に行っちゃったから家だと暇なんだよね〜。だからついついせんせーに付ける小物作っちゃって」
「……ハミルトン博士は」
「ノリノリで昔のお裁縫の本引っ張り出してきてくれたよ♡」
「ぬおおおおおおおおおおっ……!!」
四面楚歌な状況に雄叫びをあげる可愛らしい教授に、女子2人の魔の手が伸びる。
あっさりと持ち上げられ、別室へと連れ去られていく教授を尻目に、アスター研究員とその同僚は次の研究の作業に取り掛かった。
────僕、裏解決屋の手伝いをしてこようと思う。
そう言って旅立って行った、世界で一番大切な男の子を見送って数日。
まだ人形の体に慣れていないキャラハン教授のサポート(という名のからかい)をしつつ、リエッタはかつての日常に戻っていた。
色々あったバーゼルもすっかり元通り。タウゼントCEOがクビになったせいでまた色々とあったが、それもかなり落ち着いてきたところだ。
渓谷の間に佇むバーゼルの街並みを理科大学の窓から眺める。祖母の愛した街が平和であることは、カトルが元気でいることと同じくらいの嬉しいことで。
遠く、首都にいるカトルの事を思い、空を見上げる。
「リエッタちゃん、はやく!」
「はぁい!」
少女は己の名を呼ぶシンディの元へとパタパタと駆け寄った。
教室の扉を開ければ、そこには長い白衣に、色素の薄いクリーム色の髪を長く伸ばした祖母の姿もあった。
「あれ、おばあちゃん。どーしたの?」
「ふふ、少し例の数式の話をキャラハン教授にね。それにしても、思った通りよく似合っていますよ」
「ハミルトン博士、貴女まで……というか、その反応だと寧ろ主犯ですな!?」
そりゃあそうだ。このヘッドドレスを考案した人物はおばあちゃんなのだから。
クスクス笑う祖母にぴたりとくっつき、むふふと笑う。次は大きなリボンでも作ってみようか。
「うーん、やっぱりヘッドドレスと言えばメイド服よね……エスメレー准教授にでもに相談してこようかしら」
「シンディくん!?」
「いいね、絶対似合う! 髪シニヨンにしてさ」
「ふふ、そうと決まれば早速相談してくるわ!」
一時期随分と落ち込んでいたシンディが嘘のように軽やかなステップで教室を出ていく。
それを見送った後、リエッタは早速試してみようと長い金髪を束ねて持ち上げた。
「そうだわリエッタ。これを」
そう言ったハミルトン博士が差し出したのは、綺麗な金色をしたホロウコアだ。
そう言えばキャラハン教授に嵌め込んだバルバトスの代替をまだ持っていなかったな、と思い出す。
「バルバトスの後継です。名前は、そうね……サタナキア、とでもしておきましょうか」
「おばあちゃんったら今決めたの?」
「そもそもバルバトスの後継など考えていなかったもの。本当に慌てて作ったのよ」
「そっか……えへへ、ありがとう!」
祖母に感謝を伝え、少女は軽く教授の髪を纏めてから金色に輝くサタナキアを受け取り、ぱちりとXiphaに嵌め込んだ。
バルバトスと同じ、試験用の無機質な音声が響く。流石に声を録る余裕はなかったらしい。
「ハミルトン博士」
ふと、すっかり可愛らしく飾られたキャラハン教授が声を上げた。
ハミルトン博士はゆっくりと教授へと向き直り、微笑む。
「大変勝手で申し訳ないが、"遺産"については一通りデータを見させていただきました」
「……私を侮蔑しますか、キャラハン教授」
「いえ。リエッタも望んでいる事だ、部外者たる私に口出しする権利はないでしょう」
小さな体で、教授は胸を張り、自身にドンと手を当てた。
「だから、私は彼女が"遺産"としての力を使わないで済む方法を探ることにします」
「……あ……」
「幸い、貴女がこの計画を立てたときには知らなかった数式を幾つも発見した。きっと、何か手段があるはずでしょう」
まっすぐな薄灰色が、ハミルトン家を貫いた。
「……良いでしょう。私を超えてくれる事を期待していますよ、キャラハン教授」
そんな師と祖母のやりとりを眺め、少女は俯き、両手を眺めた。
いつか、カトルを守る手。たとえ何を犠牲にしようとこの手で守ると誓った、己のちっぽけな手のひら。
それが役に立たなくなるのは、少し残念だが……リエッタだって、カトルと別れたいわけじゃない。
少女は師を抱きしめ、ぽろりと涙をこぼした。
「せんせー……本当に、ありがとう……!!」
「あぁ、先生に任せておきなさい」
たとえ、いつか消えるとしても。
この世界に、必ず別れを告げるとしても。
今だけは、救世のプロトコルを謳う優しい師を、信じてみたくなったのだ。
「……はい、ハミルトンです……ああ、ナーディア! 久しぶり〜!」
「うん、うん。へぇ、じゃあ今共和国にいるんだ」
「ネメス島に? ……ふふ、そっかぁ。ならもうすぐ会えるかも」
「うん、あたしも行くよ。宿泊のペアチケット当たっちゃってさ、カトルは居ないしエレ姉と行こうかなって」
「わっと……もう、びっくりした。いきなり大声出さないでよ〜」
「じゃあ、また明後日。会えるの、楽しみにしてるね!」
────Next story = Nemeth Island