任務帰りはいつだって気が抜けるもんだ。
当然だろ。命懸けの戦いの緊張なんて好きで味わいたいものじゃない。鬼狩りとして任務に臨むのが自分の意志だとしても、怖いものは怖い。
だから今日も勝てた、生き残った、そう実感するとどうしてもホッとしてしまう。
そんな風に歩いていたのもあって、反応が少し遅れた。
「むーらーたちゃん、やほーい」
後ろから肩を組んできた相手にちょっとよろめいて壁にぶつかるところだった。
「うぉっと……なんだ、唐沢じゃないか」
その相手は俺の同期の唐沢。同じ鬼殺隊に所属する剣士だ。
しばらく会ってなかったやつと再会できて嬉しくなる。
命懸けなのは鬼狩りなら誰だって同じ。こいつも日々任務に臨んでる。
いや、唐沢は他の隊士以上に戦ってる。それこそ柱みたいにあっちこっちで。
こいつ、めちゃくちゃ強いからな。
「おっつー。任務上がり?」
「ああ。昨日な」
「どんな鬼だった? 何体斬った?」
そんな唐沢は、何故だか俺と妙に絡む。
同期だから最初こそ同じ立ち位置だったけど、どんどん強くなって階級も上がっていくと知ってからは正直気後れしていた。
なんで俺なんかに構うんだって。
でもしばらく経って、鬼殺隊の殉職率の高さとかを知っていくとこいつの気持ちも多少分かる気がする。
同期が生きている。それだけで安心して嬉しくなるもんだってさ。
「そんな何体も斬るような任務、俺が行くか。鬼は1体だけだったよ。まあ血鬼術が厄介なのは面倒だったけど」
「へえ、術持ちか! どんなの?」
「後で報告書とか上がるはずだけど……」
「現場に出た隊士の生の声がいいの。村田ちゃんの経験談を聞きたいのさ」
唐沢は鬼殺の任務にすごく意欲的だ。
自分の任務の他に救援要請にはほぼ必ず応じる(俺も助けられたことがある)し、空いた時間は鍛錬に当てることがほとんどらしい。
休暇をもらっても、俺や他のやつみたいに個人的な用事に使うでもなく、蝶屋敷に行って療養中の隊士の指導に当たったりして、とにかく鬼狩りに関わる何かをやり続ける。
正直言ってすごいやつだよ。
すっげえ頑張ってるもんな、唐沢。
こいつともう一人、冨岡がどんどん強くなって、階級も上がっていくのは当然のことだ。
それだけ頑張って、実績も上げてるんだから。
ただ、まさかあの正反対の二人が揃って出世するとは思ってなかったけど。
* * *
最終選抜が終わって。
とんでもなく強いやつ一人だけが死んで。
他の俺達全員が生き残って。
藤の家紋の家で、気絶していた冨岡が目を覚まして。
「ふざけんなよてめえ!」
その冨岡を殴り飛ばした唐沢が馬乗りになって胸倉を掴んだのを、俺達は数人がかりで引き剥がした。
「んだその面ぁ! それで鬼と戦えんのか、ああ!?」
「やめろ唐沢!」
俺が全身で抑えるのを右腕一本で抗いながら、唐沢は冨岡に怒鳴る。
他のやつが足を抑えてくれてるから動けなくなったけど、そうじゃなかったらまた飛び掛かってただろう。
ギシギシと音が聞こえそうなくらい体に力を入れる唐沢の前で、冨岡がゆっくり起き上がった。
頬に手を当てるあいつの顔は虚ろだった。涙が残る目はぼんやりしていて、今にも倒れてしまいそうなくらい生気が感じられない。
当然だよ。あんなことになったんだ。
きっと友達だっただろうから。
錆兎。
藤重山の鬼をほとんど一人で倒して回った、ものすごく強いやつ。
年齢はそこまで変わらない。でも強かった。力も、速さも、呼吸術の色も、文字通り桁違いだった。今すぐ現役の隊士に混ざってもおかしくない、階級もきっと上の方だろう、そう思わせるくらい飛び抜けて強かった。
でも、死んだ。
他のやつを助けるために鬼に立ち向かっていって、あいつだけ死んだ。
あんなに強いやつでも、死ぬ時はあっさり死ぬんだと。
これから鬼殺隊に入る俺達にそういう現実を思い知らせるような結末で最終選別は終わった。
その錆兎は、
「同門なんだろ!」
冨岡と同じ育手の下で修業した、友達なんだよな。
「てめえ、同門が鬼に殺されて、なんでそんな面してんだよ!」
鬼に襲われて怪我をした冨岡を助けたやつに預けて錆兎は走っていった。
他の鬼を倒すために。他の人を助けるために。
鬼殺隊に入る前から当たり前のように誰かのために戦えるやつだったから。
だから、たった一人でも鬼に立ち向かった。
冨岡を預ける時に、友達を頼むって言ってた。
きっと本当に大事な友達なんだってのが分かる声で。
そうやって人を守るために戦えるやつなんだってすぐ理解できた。
「怒れよ!」
その冨岡に唐沢は怒鳴ってる。冨岡が泣くばかりで動こうとしないのを見て。
「てめえは、怒らなきゃいけないんだよ! 友達を殺した鬼と、これから、戦わなくちゃいけないんだぞ! そのてめえが怒らないでどうすんだ!」
目を覚ました冨岡は最終選別が終わったことをすぐ理解できてなくて、どういう結果になったかを俺達が説明することになった。
話を聞き終えた冨岡は泣き崩れた。人間はこんなに悲しい声を出せるのかって、聞いてるこっちの胸が痛くなる声で、ぼろぼろ涙を零して。
でも唐沢にとって、冨岡の態度は許せないものだったんだろうな。
「守られて生かされたんだぞ! 怒って悔しがれよ! そんな面してねえでさあ!」
続く怒鳴り声にもまったく反応しない冨岡をしばらく睨みつけていた唐沢は歯を食いしばっていたけど、すぐに「もういい!」と言ってしがみつく俺達を振り払って部屋を出ていった。
何人かに冨岡を見ているように伝えて、俺は唐沢を追った。
廊下を歩く荒い足音からどっちに行ったかは分かったからすぐ追いついて、後ろから唐沢に話しかける。
「あそこまで言うことないだろ、一番辛いのは冨岡じゃないか」
「だからこそだろ。一番辛いなら、一番怒らなきゃいけないんだ。錆兎に生かされた俺達の中で、あいつが一番……なのに、何だよあれ!」
苛立ちを隠さない唐沢は寝泊まりしている部屋に入って、自分の荷物を掴んでまたすぐ部屋を出た。
最終選別が終わっても起きない冨岡のことが心配だから、あいつが目覚めるまでこの家に滞在していた俺達にはもう隊服が届けられていた。
だから、後は自分の日輪刀が届けられれば任務に行くことができる。もしかしたらもう育手の下に届けられているかもしれない。
「村田。俺は戦うぞ」
「唐沢……」
「あの錆兎ってやつの分まで戦って、鬼を殺す。生き残ってしまった俺達があいつの分まで戦わないといけないんだ。そのために俺達はこうして情けなく生き残っちまったんだから」
情けなく、か。
そうだよな……俺達、最終選別に行ったのに、あそこでの戦いをほとんど錆兎一人に任せてたことになるんだよな。
「俺は自分が情けないよ。悔しいよ。なんでこんなに弱いんだ俺は。なんで錆兎みたいにあの時戦えなかったんだ。腹が立つ」
「……そうだな。俺も悔しいや」
「それを一番感じて、誰よりも怒らなきゃいけないのが冨岡だろうが。なのに、泣いてばっかで、みっともねえ……あんなやつ、もう知るか。いじけたいやつはいつまでもいじけてりゃいいんだ」
唐沢なりの激励だったのかな。ちょっと、いや、かなり厳しいけど、こいつなりに冨岡を励まして、奮い立たせたかったんだな。
でもあいつ、だいぶ参ってたし、そんなすぐに立ち上がれる人ばかりじゃあない。俺だって何て言えばいいか分からない。
だから、ここから先はきっと冨岡次第でしかないのかもな。
その足で、他の奴とも会わないまま唐沢は藤の家紋の家を出ていった。
怒りと悔しさでぎらぎらした目で。
* * *
一人を除いて他全員が生き残った俺の同期は多い。
でも、鬼狩りの任務は過酷だ。ほんの少しでも何かが足りなければあっさり死ぬ。
実力不足とか間が悪いとか色々、理不尽なことでも何人も死んだ。始めが多かった分、数が減っていく同期に腹の底が重くなっていく思いだ。
だからこそ、生き残った同期と再会できるのは嬉しい。
自然と他の隊士よりも付き合いが増えるし、話も弾む。休日をいっしょに過ごしたりもするし、任務で組んだ時には息を合わせやすい。
その中でも唐沢は絡みが多い方だ。俺なんか置き去りにするくらい強くなっていくくせにやたらと親しげなのはちょっと気になるところだけど。
ただ……こいつの変わりっぷりは今でも謎だ。
「んー? どーしたのかなー?」
隣を歩く唐沢を見ると、朗らかに笑われた。
今でこそ慣れてきたとは言え、こうも明るく笑う姿を見ると……やっぱり、まだ少し違和感があるか。
あんなにぎらついた目つきをしていた唐沢が、今じゃあ軽薄そのものみたいにへらへらした笑顔でいるのは、振れ幅が大き過ぎてたまに印象が一致しないんだよな。
狐につままれたみたい、とまで言うとちょっと変だけど。
別に、血鬼術を食らっておかしくなったとまでは言わないよ。蝶屋敷で療養したってのは聞くし、こうして鬼殺隊で鬼狩りを続けてるんだし、そこは疑ってないさ。
「いや、お前変わったよなって思っただけさ」
「おーん?」
「強くなったし、それだけじゃなくて人が変わったって言うかさ、別人みたいな……ああすまん、忘れてくれ。変なこと言ったわ」
「なっははは、いいさいいさ」
いつから変わったのか。こいつの身に何が起こったのか。俺は何も知らない。
人格が変わるほどだ。きっととてつもない事件があったんだと思う。
でも唐沢がこうして生きているだけで嬉しくて、俺はあまり気にしないことにしている。
鬼殺隊の隊士に過去の詮索はしてはならないのが暗黙の了解だ。俺達は誰もが何かしらの傷を抱えて所属する。それを他人が探りを入れるのは失礼ってもんだ。
少なくとも本人が話そうとしないことに踏み込むのは違う気がする。
聞くのが怖いってのも、まあ、ちょっとはあるけど……
それを差し引いても、俺は個人的にも唐沢に借りがあるし。
縁だけじゃなく恩もあるんだ。
* * *
唐沢は任務以外に鍛錬もめちゃくちゃやってる。これに関しては俺もよく知ってることだ。
だって俺も付き合わされることが多いし。
草の呼吸なんて独自の呼吸術まで作ってしまったこいつの鍛錬は俺が今までしてきた修業が遊びに思えるくらい激しいもので、それを初めて付き合わされた時は軽く後悔したくらいだ。
走り込みは分かるよ。足腰は大事だもんな。
でもクソでかい丸太を担ぎながら走るのはきつかった。
同じ丸太を三本も担いで笑いながら走る唐沢が怖かった。
自分の身長よりも大きな岩を押すのは、踏ん張りも重要だよな。
俺は少し小さめの岩にしてもらったけどほとんど動かせなかった。
押した岩をまた元の位置まで戻して笑う唐沢が怖かった。
柔軟も大事なのは分かる。体が柔らかいと動きが違うよな。
でも地獄の柔軟が言葉通りの地獄だとは思わなくてさ。
喚き散らす俺を無視して笑って引っ張る唐沢が怖かった。
その他にも、足運びだったり、太刀筋の矯正だったり、打ち込み稽古だったり、あいつには色々見てもらった。
実は育手の才能もあるんじゃないかってくらい指導してもらって、おかげで俺も少しは強くなれたと思う。
同期でもあいつの方がずっと強いから指導してもらうのに抵抗はない。
そんな風に稽古をつけてもらったある日のこと。
「っぷはー、水うめー!」
「そう、だな……っぜえ、っぜえ……」
休憩として井戸の横で息を入れる俺の横で手酌で水を飲む唐沢を見上げる。
こっちがひいひい言ってるのに、それ以上の負荷がある修行をしておいてもう息を整えて平然と笑ってるのを見てると、地力の差というものを感じてしまう。
「お前はすげえよな……」
口を突いて出た言葉には力がなかった。でも、正直な気持ちだ。
「おん?」
「草の呼吸なんてものまで生み出して、実際に鬼をたくさん斬って……しかも俺みたいな弱い隊士のことまで気にかけて、こうして稽古してくれてさ。すげえよ唐沢」
我ながら力のない声だと思う。
ただ、今の言葉だけでは収まらないくらい唐沢がやってることはすごいんだ。
自分で鬼を斬るっていう個人の成果だけじゃない。
他のやつの面倒を見て鍛えるなんて、隊士と育手の二足の草鞋を履いているようなものじゃないか。
冨岡もそうだけど、昇進する人は目に見えて違いがある。
実績も、振る舞いも、俺のような凡人とは持ってるものに差があるというか。
才能の一言で片付けてしまうのは失礼なんだろうけど……やっぱり感じるよ。
はあ、と溜息と同時に漏れた俺の言うことは、きっと弱音だよな。
「ふーむ」
唐沢が唸る声が聞こえたので見上げると、そんなに捻ったら痛くないのかってくらい首を傾けて上から俺を覗き込んできた。
「な、なんだよ」
「村田ちゃんって水の呼吸だよな」
「そうだけど、それがどうした。藪から棒に」
「型の模様、薄いよな」
「……ああそうだよ。はっきり言いやがって」
才能のことを考えた直後にそんなことを言われて、ぐさりと来る。
顔が歪む俺をよそに唐沢は桶に手を伸ばすと、手酌で水をすくった。
「俺の手、何がある?」
「何って……水だろ」
「うん。でも何で水って分かる? 透明じゃん」
「そりゃあ分かるさ。今桶からすくったじゃないか」
「ほうほう。じゃあこれはどうかな」
そう言って唐沢はその手を振って水を宙に放った。
散らばる水が飛沫になって、陽の光に当たるとキラキラ光って見える。
「どうだ?」
「いや、どうって……お前が今放り投げたんじゃないか、水をバシャって」
「でも透明だぜ? なのにこれが水だってお前は分かるんだな」
「だって、水ってそういうものだろ?」
「うん、そうだな。水はそういうものだな」
そこまで言われて、こいつが何を言いたいか少し分かる。
分かる、けど……
「そもそも水ってのは透明なものなんだよ。水の呼吸が青に色濃く見えるのは型の模様がそうなるだけで、鬼狩りそのものには大して関係ないんだ」
「関係ないってことは、ないんじゃないか? 俺の水の呼吸がしょぼいのは自覚してるよ……」
呼吸術による模様の濃さは、鬼狩りの剣士としてどれだけ才能があるか、その表れだ。
俺達が鬼に挑むための大きな力になる全集中の呼吸は一人一人適性が違う。修めた呼吸術が自分の体に合っているか、実際に身に付けて使ってみるまでは分からない。
でも厳しい修行を乗り越えてやっと使えるようになった呼吸術が自分に合わないからと言って、じゃあ今のはやめて別のに、とはそうそう考えられない。
せっかく身に付けて戦えるようになった力があるなら、一体でも多くの鬼を討つ。そのために俺達は鬼殺隊に入ったんだから。
別の呼吸に切り替える人が全くいないわけじゃない。
基本の五大呼吸は紹介してもらえば育手による指導が受けられたり、他の隊士から助言を聞いたりして変える場合はある。そうして試行錯誤して、派生した新しい呼吸を開発する人もいる。
目の前の唐沢がそうだ。こいつは元は風の呼吸を使う剣士だった。それを自分に合わせて調整した結果、草の呼吸っていう自分だけの力を身に付けたんだ。まあ具体的にどういうことをしたのかは知らないけど。
それはこいつみたいに才能があってたゆまぬ努力ができる……こんな言い方はしたくないけど、天才だけが辿り着ける境地だ。
俺にはできない。
今の薄い水の呼吸でも、きっつい修行を乗り越えてようやっと覚えたものだ。変える気にはなれない。俺なりに自負も愛着もあるし、何より俺には時間も才能もない。
「んなこたぁねーぞ」
なのに唐沢は言う。にこにこ笑って。沈む俺の気持ちなんて笑い飛ばすように。
「つーかさ、水が青く見える原因なんてのは、水が特定の色を吸収する代わりに別の色の光を反射するっていう自然現象を人間の眼球が捉えただけの、単なる錯覚でしかないんだぜ」
「はあ?」
こいつがどういう出身なのか知らないけど、たまに妙に学がある物言いをする。
何気なく言った内容でも軽い口調のくせにやたら難しくて、それを理解できないのがちょっと苛立つことがあるのが困るんだ。
「つまりだな、青く見えようが透明だろうが水は水だ。村田ちゃんに水の呼吸の適性がないなんてことにはならないってこと。むしろ目に見えないくらい透明な方が水らしくて、そっちの方が才能あるんじゃねーのって俺は思うね」
それでもここで唐沢が言ったことは、
「……そうかよ」
どこか卑屈になりかけていた俺の心に染み渡った。
「まーあれだ。鬼は模様じゃなくて刀で斬るんだ。首が斬れりゃ殺せるし、何なら日差しを浴びせても殺せるし、鬼狩りは手段より結果に拘ろうぜ」
「おい、簡単に言うけどそれって夜明けまで持久戦しろってことじゃねーか! その方が難しいだろ!」
「まーまーそういう場合もあるかもじゃん。それに備えて俺らは鍛錬するんだし」
からから笑って言う唐沢にツッコみながら、どこか救われた気分だった。
呼吸の色が薄い。適性が低い。だから、強くなれない。
俺は弱い。それはずっと前から分かってて、俺の中に劣等感となって積もってた。
でも唐沢はそんなことないと言ってくれた。
気休めかもしれない。本心かどうかなんて俺には分からない。
それでも俺は、こいつの言葉が嬉しかった。
卑屈になっていた俺でも強くなれる、と。
俺みたいなやつでも鬼殺隊にいていいと認めてもらえたみたいで。
嬉しかったんだ。
「よーし、稽古再開だ。ほれほれ立て立てよーいドン!」
「って、いきなりかよ!」
「現実は待ったなーし! 無限打ち込み稽古いくぜいくぜー!」
「無限って、おま……」
「草の呼吸w陸ノ型──
「う、わ、わあああ!」
「おらおら、生生流転くらい出してみろや!」
「じ、拾ノ型、生生流転んん!」
「そうそう、技なんて使わなきゃ錆びるもんだかんなー!」
「ひいいいい!」
「うっひゃひゃひゃ! もっといくぜーヒャッハー!」
けど、やっぱり稽古はきついよ……
無限と言うだけあって本当に延々と打ち込みが続いて、俺が気絶するまで止まらない唐沢の笑いが怖かった。
こいつのことが不気味で恐がる隊士の気持ちも、ちょっとは分かるわ。
* * *
なんだかんだ唐沢には感謝してる。
こいつの稽古のおかげで俺も少しは実力がついたのは確かだ。育手の下で修業していた時と比べたら隊士になってからは本格的に鍛えることが減ってたし、そこに段違いの鍛錬を経験できたことで間違いなく強くなれた。
まあ、それでも俺の腕なんて高が知れてるけどさ……型の色だって相変わらず薄いままだし。
でもやらないよりは確実に変わったと思う。
それに、唐沢のあの言葉は今の俺にとって支えになった。
あいつがどういうつもりで言ったのかは知らない。
あの時はちょっと心が折れそうになってた。唐沢や冨岡みたいなすごい同期と比べて、俺なんかいなくてもいいんじゃないかって卑屈になりかけてたんだ。
そこにかけられた言葉は確かに励みになった。
才能がなくても、型の色が薄くても、戦えるなら何でもいい。鬼の首を斬れさえすれば、鬼を討てるなら、適性が低くても関係ない。
鬼殺隊に俺がいてもいいと認めてもらえた気がして、嬉しかったから。
「唐沢、時間あるか? 飯行こうぜ」
「お、いいね。この近くで和食のいいとこってある?」
「あったと思うけど、なんだ、和食の気分なのか?」
「最近開拓してんだ。洋食はハイカラなとこ歩いてれば見つかるけど、和食がいい感じの店は探さないとなかなかね。冨岡を誘う時は和食じゃないと食いつき悪くてよ」
「お前、冨岡を飯に誘うのか……よく話しかけられるな」
「いやいやこれがさ、あいつの好みを当てるのがちょっとおもしろくなってきて、魚が好きなのは分かってきたんだ。特に鮭が美味い店には反応いいのよね。付け合わせに何かいい献立があるところはないか今調べてるとこなんだ」
「おもしろいかそれ? まあ、そういうことなら魚がいいとこにするか。こっちだ」
「へへー、あんがとね。村田ちゃんのおすすめって冨岡に教えとくよ」
「あんまり期待しすぎるなよ……」
にこにこ笑う唐沢は楽しそうに話す。
いつ会っても笑顔が絶えないこいつは鬼殺隊の中でも変わり者だ。
強さだけじゃない。どんな時でも明るく笑う唐沢の存在感は、殺伐とした空気になりがちの隊士の間では良くも悪くも目立つ。戦いの場でも笑う姿を不気味に思う気持ちも分からないでもない。
それこそ、柱になってほしくない隊士、なんて噂になるくらいだ。
でも俺にとっては大事な同期で、借りがある恩人だ。
実力はうんと差がついちまったけど、友達だと思ってる。
だからこれからもこいつとの縁は大切にしたいよ。
「うまいこと気に入ってもらえりゃ、柱の贔屓の店を紹介したって自慢できるんじゃねーの?」
「どうだかな、確かに味はいい店だけど、鮭大根なんて地味なものを冨岡が気に入るか分からないから……待て、お前今何つった?」
「ん? 贔屓の店を紹介したら自慢できるぞって」
「違う! 柱って誰だ! 今の話のどこに柱がいる!」
「ああ、冨岡だよ。あいつ水柱になったんだぜ」
「はあ!?」
「少し前に先代水柱が勇退なさっただろ。あの後釜。お館様が言ってたから間違いないべ」
「本当かよ! 冨岡のやつ、水柱に任命されたのか、すげえ……おい待て、お館様が言ってたって唐沢お前、お館様と直接お話したのか?」
「あー、こないだ呼び出されてな。産屋敷邸に行ってきた」
「当主直々のお呼び出し……何の話だったか、俺が聞いていいのか?」
「草柱になってくれって言われた」
「はああ!?」
「けど俺には無理だって断った」
「はあああ!?」
「お、店近いのかな、醤油のいい匂い~」
「こら、お前、説明しろ! お前まで柱ってどういうことだ!」
「なあ村田ちゃん、味噌汁とつみれ汁どっちにする? 俺腹減ってるから二人前注文しちゃおっかな~って気分なんだけど」
「聞けよ俺の話!」
恩はある。縁も大事にしたい。
でもこうやって、何と言うか……分かっててわざとこっちを振り回すような話し方をするところはどうにかならないか、とは思う。
それで俺が声を荒げるのがおもしろいのか、またげらげら笑うんだこいつは。
まったく、楽しそうにしやがって。
隊服のボタンは……金色になってないよな。じゃあこいつ本当に柱の任命を断ったのか。
でもって冨岡は水柱になった、と。あいつの方は金ボタンになったのか。
ついに同期から柱が出たか。柱の任命を受けるやつが二人も。
見てるか錆兎。
お前が守ったおかげで、鬼殺隊を支えられるすごい隊士が二人も現れたぞ。
俺はしょぼいままで申し訳ないけど……同じ隊士として頑張るからな。
草の呼吸、陸ノ型『祭り節・大炎上』まつりぶし・だいえんじょう
苛烈な追撃で延々と打ち込み続ける。首に拘らずどこでも狙う。
炎上とはどうでもいい部分にも広がるし飽きるまで続くお祭り騒ぎなのである。