誰にも見えない雛見沢   作:砂上八湖

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編集と加筆修正してたら、文字数が2割増しになってしまった……

前後編にするには分け所が難しかったので、そのまま投下します。


誰にも言えない雛見沢

 

◼️

 

 去年の話だ。

 僕は、ある大規模な犯罪に巻き込まれた。

 某組織に属していた僕は、上層部から「不用」と判断された。

 鎖につながれ拘束されながらも、文句も言わずに働いてきたというのに、こんな仕打ちってあるものか!

 そんな抗議をする暇も与えてくれず、彼らは僕を連れ出した。

 もともと僕には人権なんて与えられちゃいない。

 

 やがて如何なる経緯(ルート)を通ったのか、僕の身柄は地方暴力団の物になっていた。

 ここでも僕の人権は無かった。

 と言うより、そもそも当時の僕には「存在価値」が無かった。

 

 だから埋められた。

 

 何の儀式か判らないけれど、僕は生き埋めにされた。

 僕の他にも、いろんな場所から連れて来られた子達がいたけど、一緒に埋められた。

 何日も闇の中にいて・・・結局、助かったのは僕1人だけだった。

 だけど運命は、それほど都合良く運ばない。

 救助活動中の事故で(救助員の不注意と呼ぶべきか)、僕は右腕を欠損してしまったのだ。

 現代の医療技術に、僕の腕を元通りに戻す方法は無いそうだ。

 絶望はしなかった。

 腕を失った事を嘆く事も、

 ミスを犯した人に恨みを抱くことも無かった。

 

 逆に僕は胸を撫で下ろしたのだ。

 これで僕は一緒に埋まった子達の分まで生きる事ができる、と。

 あの時。あの埋まっている時。

 みんなで声を掛け合いながらも、1人、また1人と気配が消えていった時。

 自分の死期を悟った子達は、周りの仲間に「僕の分まで生き抜いてくれ」と託していった。

 僕達は身を寄せ合い、懸命に仲間の想いを途切れさせまいと地獄のような暗闇と戦った。

 

 そして、僕だけ生き残った。

 

 全てを奪われ伽藍堂(がらんどう)な僕だったけど、今では仲間達で満ちている。

 僕を助けてくれた人は、彼らの願いを叶えてくれたのだ。

 本当の意味で、僕を救ってくれたのだ。

 そこに恨みを抱く筋なんて存在しない。

 

 ──まあ。

 できれば五体満足で助けてくれた方が良かったのだけれど。

 

 そう考えて僕は苦笑する。

 少しは心に余裕が出てきた証拠だろうか。

 小刻みだけど「ゆったり」したペースで、今年もひぐらし達が鳴いている。

 山の向こうに広がる空は橙色に染まり、村の色彩を変えていた。

 いつか何処かで耳にした喧騒は、この世界に一片たりとも存在していない。

 その静寂と色は荘厳で、儚くて──何となく寂しかった。

 

「小僧、何を見ておるのじゃ」

 

 背中から投げかけられた声が、静寂の中で無粋に響く。

 夏にしては冷たい風が、さぁっと吹き抜けた。

 だらりと垂れ下がっていた右の長袖が、ハラハラと無気力に揺れる。

 

「夕日」

 

 風に煽られる袖を視界の端に収めながら、僕はそっけなく答えた。

 背後から溜息が聞こえる。

 

「御主、まさか儂がここに来た時からずっと、そこで空を眺めておったのか。

 ……そんなに暇であれば、少しは手伝ってくれてもよかったろうに……」

 

 ブツブツと文句を言う声が聞こえる。

 

「だってガラクタ運びなんて片腕の僕には無理だよ」

 

「ガラクタではない、掘り出し物といわぬかッ!

 それに儂の商売相手は、御主の命の恩人じゃろうが。

 少しはその趣味を理解せぬか、(たわ)け」

 

 そこでやっと僕は茜色の空から声の主へと顔を向けた。

 黒いノースリーブのシャツに、白いタイトスカートを身につけた女性が立っている。

 最近この近くに引っ越してきた女性で、知り合った頃から「芥川長紗(ツカサ)」と名乗っていた。

 間違いなく偽名だろうけど、別に本名には興味なんて無い。

 こちらが頼みもしないのにいろいろと世話を焼いてくるので、その辺はどうでも良かったし。

 

 骨董屋の真似事みたいな仕事をしており、近所の人から注文を受けては、何処からとも無く目的の品物を見つけてくるのだ。

 私生活は酷く──とある女の子が言うには「国語辞典を使っても表現しきれない」ほど──だらしないが、生活の為の仕事は「キッチリ」やるらしい。

 

「で? もう帰るの?」

 

「うむ。商談も成立したし、相手も満足してくれたようじゃが……

 御主からも言うてやってくれぬか。

 注文が抽象的過ぎて儂が苦労しておる、と」

 

 滅多にネガティブな表情を見せないツカサが、眉をひそめて困った顔を見せる。

 それを見て思わず苦笑いしながら、僕は「いいよ」と応えた。彼女の気持ちは良く分かる。

 

「でも、あの人自身は詳細に注文しているつもりだと思うよ?」

 

 でも一応、フォローは入れておこう。

 何と言っても、僕はいま「命の恩人」の所で世話になっているのだから。

 

「マジか。アレでか」

 

「マジマジ」

 

 軽く絶望を感じてのか、ツカサが僕には無い右手で額を押さえ天を仰ぎ見た。自分の要求が如何に難題か悟ったのだろう。

 

 それからちょっとした雑談を交わすが、仕事が終わったというのに直帰しない自分時間絶対保守ウーマンに僕が疑念を抱きかけた、まさにそのタイミングで。

 

「ああ、そういえば……」

 

 彼女も切り出す機会を探っていたのだろう、そんな上手くもない話題の切り替え方をした直後、わずかに逡巡(しゅんじゅん)してから軽い溜息を口唇の隙間から漏らした。

 おそらくそれは、僕に声をかけてきた本来の目的だろう。

 そうして語るツカサの声は重かった。

 

◼️

 

 夕闇に淡い影を落としたオブジェに囲まれていると、荷物を抱えた男性がやって来た。

 あの人に用だろうか。

 彼はこちらの視線に気付くと、軽く手を振りながら近付いてくる。

 

「よう、元気か」

 

「ええ、なんとか。五体満足とはいえませんけどね」

 

「……誰がお前に皮肉なんてものを教えたんだろうなぁ」

 

 苦笑しながら荷物を地面に置く。

 この人も「命の恩人」の1人であり──まあ……端的に言うと僕の右腕を過失から切り落とした張本人である。

 今でこそ互いにこんな会話を交わしているが、この人は僕に会う度に「すまなかった」と深々と謝っていたものだ。

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「うん。調子に乗って鶏の唐揚げを作ったら、作りすぎてな。

 1人じゃ食いきれねぇから、近所に配って回っているところなんだ」

 

「……配り回るぐらいって、一体どれぐらい調子に乗ったんですか……って、ああ。

 今日も御両親は東京へ?」

 

「まぁね。コッチは心配は要らないという、あいつへのメッセージも兼ねてきた」

 

 そう言って彼は照れ隠しに笑う。

 うーん……いやこれ、逆に不安になるんじゃないかなぁ。

 もしかして、冷蔵庫に入っていた鶏肉を全部使ったりとか? まさかなあ。

 

「それにな」

 

 顔に出ていたのだろうか。

 僕の顔を見た彼は、口元を「照れ笑い」から「苦笑い」のそれに変えると、荷物の中をゴソゴソと漁りはじめた。

 やがて取り出したのは、使い捨てパックに収められた鶏の唐揚げ1セット8個。

 

「お前の分も届けに来た。

 まぁ専門店の味には及ばねぇかもだけどな!」

 

 ポカーンと。

 僕は唐揚げを呆けて見ていた。これはちょっと予想外。

「あ、ありがとう」と、それだけ言うのが精一杯だった。

 ……不意打ちだもんなぁ。

 左手でそれを受け取ると、使い捨てのフォークまで付いてきた。腕1本で割り箸は大変だろう、という彼なりの気遣いらしかった。

 これでイケメンムーブを意識してないんだもんなぁ。

 僕が女の子なら惚れてるところだ。

 これまでにも色々なことや言葉を教えてくれたし、もしかしたら誰に対しても優しいのかもしれない。

 それが原因で修羅場にならなければいいけど……

 いや、既になりかけてる?

 大丈夫かなあ。

 

 目的のひとつを果たした彼は、あの人の家へと向かう。

 ──そうだよなぁ。

 段々と暗くなる空の影に染まる彼の背中を、僕はボンヤリと眺める。

 ──うん。そうだよね。

 無言で何度か頷いた僕は、何となく空をついっと見上げた。

 遠くから寝ボスケひぐらしの鳴き声が聞こえる。

 くすんだ黄色の半月は、まるで笑っているようだった。

 誰の何を笑っているんだか。

 

◼️

 

 ゴトンゴトン。ガタガタ。

 

 夜には似つかわしくない、忍んでも忍び切れない音が鈍く山中に響く。

 ライトを消した4トントラックが、エンジン音も獣が唸るように低くゆっくりとゆっくりと道を進む。

 舗装もされていない山の道。大中小、さまざまな石が転がる道。人が立ち入る可能性を捨てているので整備すらされていない。

 普通乗用車のそれと比べ、遥かに肉厚なタイヤがそれらを踏む度に「ミシミシ」と石が土にめり込んでいく音がする。

 それによって運んでいる物がギシリギシリと揺れ、不快な三重奏を響かせる事になる。

 

「この辺でいいだろ」

 

 運転席の男性が囁くように呟いて、車を停めた。

 

「やっぱり──まずいですよ仲澤さん」

 

 助手席に座る若い男が、怯えたように周囲を覗う。大きな声を出せないせいもあるのだろうが、その声は実に弱々しかった。

 「怯え」よりも明確な感情が、そうさせているのだろう。

 

「ここの連中、えらく執念深いって駕籠(かご)さんから聞きましたよ?

 都地(つじ)さんなんかバレた時、鹿児島の実家にまで抗議の電話が掛かってきたって・・・!」

 

「うるせぇぞ抹浦(まつうら)。しかたねぇだろ、上からの命令なんだからよォ。

 それに、ここまで来たんなら腹ァくくれやッ」

 

 小声だが、威圧するように低く喝を入れる。

 それだけで、もう青年には口答えする気力なんてなくなっていた。

 仲澤と呼ばれた男の「始めるぞ」という合図と共に、2人はトラックから静かに降りた。

 荷台にあるのは古びたドラム缶。使い込まれ刻み込まれた年月は、錆となり色となって浮き出ている。

 月明かりがあるとはいえ、その黒く錆びた「古さ」は夜の闇よりなお黒かった。

 禍々しく黒いそれは十数缶。ひしめき合うように積まれていた。

 

 ポケットから取り出したマスクと厚手のゴム手袋を装備すると、それを下ろす作業に取り掛かる。

 

(こぼ)すなよ、あァいや、溢してもいいが浴びるなよ?」

 

 運転していた男が、腹の底から絞り出すような声で相方に注意を呼びかける。

 怯えから来る震えが、ドラム缶を落としてひっくり返すのではないかという恐れからの警告だった。

 相方の身を案じたのは、単純な親切心からではなかったが。

 

「お前が酸に焼かれて死ぬのは勝手だが、軽油の密造がバレたら問題なんだからな」

 

◼️

 

 灯油やA重油は暖房用の燃料として用いられていることが多い。しかし性質が軽油と似ており、自動車用のディーゼルエンジンの燃料として使われる事案が頻発した。

 

 その用途から軽油には高い税率が設けられており、灯油やA重油を用いることで税金分を浮かすこと──節税という名の脱税──ができるからである。

 

 無論、このような行為は立派な犯罪であることから、灯油やA重油には「クマリン」という(なんとも可愛らしい名前の)特殊な香料が対策のひとつとして添加された。

 公道で検査を(おこな)い、この香料の有無による判断で脱税行為の摘発を行うようになったのだ。

 

 しかし違法な手段で金を儲けようと考える輩《やから》は何時(いつ)の時代、何処の場所にも現れるもので。

 このクマリンを除去し、不法な軽油を密造しようとする者達が出てきたのだ。

 ただ何のデメリットもなく密造できるわけではない。

 分離の過程で発生するモノが厄介だったのだ。

 

 それが「硫酸ピッチ」である。

 

 成分的な定義としては「重油などに含まれるタールや油分と硫酸からなる混合物」。軽油を密造する際に発生する副産物である。

 

 かなりの強酸性でであり、非常に強い腐食作用も持つ。

 その上、水分と反応すると人体に有害な亜硫酸ガスを発生させる、とても扱いに困る代物(しろもの)だ。

 

 もちろん「軽油を密造する」という極めて限定的な作業過程以外で生み出されることはない特殊な──その存在自体が犯罪の証拠となる──廃棄物であるため、正規の産業廃棄物として届け出も処分もできはしない。

 

 そのため、密造した場所で生成された硫酸ピッチは、全て不法投棄されるものと考えてよい。

 

 今、彼らがそうしようとしているように。

 

◼️

 

 けれど、それを許すわけにはいかない。

 許す筈がない。

 

「だから持って帰ってくれる?」

 

「あッひいいいっ!?」

 

「な、なんだオイッ!? なんでガキがこんな時間にいやがるッ!? 帰れやオラァッ!」

 

 僕は2人の前に、隠れる事無く姿を見せた。

 抹浦と呼ばれていた青年は情けない悲鳴をあげて尻餅をついたが、運転してきた男はイカツい風貌の通りに肝が据わっているらしく、すかさず恫喝してくる。

 

「夜の散歩だよ」

 

 僕は怯える様子も、悪びれる様子も見せずに言葉を続けた。

 

「おじさん、3日前にも別の場所で不法投棄(同じ事)をしてたでしょ。

 ここの土や水が変なもので汚れると、村の人たちが困るんだ。

 だからもう──()めた方がいいよ。でないと、凄く後悔する」

 

「な、なんでその事を……ッ!?

 くそ、そうか、それがこの村の連中のやり方か。まさか都地の話は本当だったとはな」

 

 そう言って、男は荷台に積まれていた工事用のスコップを取り出し──槍を持つように構えた。

 

「な、仲澤さんッ!?」

 

「うるせぇ。ここで捨てなきゃクビだぞ。

 バレたら会社が無くなる。

 どっちに転んでも同じだろうが。

 だったら……だったら、やるしかねぇだろ。

 こんな事で人生メチャメチャになりたかァねぇだろォッ?」

 

 これから犯す罪に正当性を、免罪符を、醜い言い訳を、不精ヒゲに囲まれた口から漏らしていく。

 硫酸ピッチ漏れ出るより不快だ。

 

「バレなきゃ、バレなきゃあイイんだよッ。

 いざとなったら、このドラム缶にツッコみゃあ、誰もガキがここにいたなんて気付かねぇよ」

 

 じりじりと、仲澤という男が近付いてくる。

 大人の……いや、前後を見失った者が唱える自分勝手な理屈と展望だった。そういう事を平気で言える人間に、遠慮なんて言葉はもったいない。

 そもそもここにいるのが子供1人だけって判断してる時点で、既に思考にバイアスがかかっている。先程自分で「それがこの村の連中のやり方か」と言っていたのだから、周囲に大人の村人が隠れているとか考えないのだろうか?

 

 次第に深く激しく息を荒くさせながら、血走った目で仲澤が僕を見て呟いた。

 

「それによォ。

 ここは毎年『人が消える』所で有名じゃねぇか。

 誰も気にしたりしねぇだろ」

 

 風が吹く。

 湿った風。

 右の袖が旗のように揺らめいた。

 

 埋められていた、あの暗闇の情景が脳裏に甦る。

  あの黒い地獄の中に渦巻いた無念が甦る。

   僕の中にある仲間達の怒りが甦る。

 

      僕の欠けた右腕が甦る。

 

 

「おじさんが消えなよ」

 

 

 生まれて初めての呪詛を吐く。

 建築廃材。カセットデッキ。箸。コンクリート砕石。ソフビ人形。ビール瓶。漫画本。バスタオル。看板。三面鏡。鉄筋。フライ返し。廃鋼材。ストーブ。テーブルナイフ。解体された家の柱。湯呑み。トラックのタイヤ。モルタル壁。テレビ。椅子。羽毛布団。三輪車。洗濯機。ラジオ。スプーン。破れたカーテン成人向け雑誌。。割れてしまったビートルズのレコード。ガラス製品。捨てられたラブレター。真空管。光線銃のおもちゃ。メスシリンダー。洗面台。茶碗。雑誌。使用済みの注射器。折れた竹刀。商品棚。赤く錆びた包丁。使い捨ての歯ブラシ。海外から流れ着いたプラ製品。化粧道具。フォーク。ぬいぐるみ。レジスター。電球。伐採木。買い物カート。自転車。ボールペン。スピーカー。古びた柔道着。アスファルト合材。自動車のエンジン。竹馬。鳥籠。ビニール袋。金属際のロッカー。柱時計。フラフープ。トタン屋根。潰れたドラム缶。自動車用品。空き缶。プラモデル。ソファー。弦が切れたギター。コタツ。スプレー缶。扇風機。やかん。コンクリート二次製品。フライパン。座布団。冷蔵庫。浴槽。百科事典。腕時計。物干し竿。ビーカー。事務机───

 

 かつての「仲間達」が僕の【右腕】となって

 伸びる。

 深い憎悪と憤怒と悲愴の色に染まった、僕の右腕が。

 片方だけ巨人のように肥大した、僕の右腕が。

 包み込むように男の頭部を鷲掴(わしづか)む。

 

「な」

 

 夜の闇よりも、運ばれてきたドラム缶の色よりも尚、黒く。深く。おぞましく。

 『黒い』と形容するしか他ない『手』に、男はピクリとも動けずに一言だけ呻くしかなかった。

 ぎしり、と黒い手に力が篭る。

 ぎぎい、と白い頭蓋骨が軋む。

 あとちょっと。

 あとちょっとチカラを込めれば──

 

 

バタァンッッ!!

 

 

 突然その音は闇夜に響き、僕を驚かせた。

 

 思わず力が緩み、男を放してしまう。

 だけど男は放心状態で逃げようともしない。

 周囲を見る。

 ここはゴミの不法投棄現場。

 数年かけて築き上げられたガラクタの城。

 

 その廃物山の中にある何十という冷蔵庫や冷凍庫が扉を開放し──「ブゥゥゥゥンッ」と低い駆動音を上げていた。

 内部から淡く白い光を灯しながら。

 

「で、電源が、入ってるぅぅっ!?」と、腰を抜かしていた青年が悲鳴をあげる。

 

「(これは、まさかっ!)」

 

 冷蔵庫や冷凍庫から『冷気』があふれ出し、僕の足元で渦を巻く。やがて渦は僕の身体を駆け上がり──

 右半身と右腕を一瞬にして凍結させた。

 

「頭を冷やせ、若造が」

 

 その声と共に、闇に沈んだゴミの山のあちこちから「紅い光」がシミの様に滲み出す。

 電気ヒーター、洗濯乾燥機、コタツ、各種ガスコンロにドライヤーまで!?

 おおよそ熱を生み出す全てのゴミ機械が唸りを上げ、陽炎の渦を作り出した。

 熱風の竜巻と化したそれはトラックの後ろ半分、硫酸ピッチを積んだ荷台部分をフワリと取り囲み。

 

 次の瞬間。

 

 一秒にも満たぬ刹那の間、集まった『熱』が指定された空間の仲で全て「加算」される。

 音らしい音は発生しなかった。 

 気付くと大地は真っ黒に焦げ、辺りの空気がチリチリと熱気を帯びて乾燥し──

 よくよく見れば、トラックの荷台がドラム缶ごと『蒸発』していた。

 

 辺りに満ちた熱気を冷やすように、再び冷蔵庫群が唸りを上げる。生み出された白い渦がトラックの残骸に絡みつく。

 僕の身体のように表面だけ凍らすのではなく、物体の芯まで凍結させている。そして白い霧が晴れると、周囲の気温差が文字通り爆発的に到来した。

 凍結トラックは半瞬だけ膨らんだあと、あっさりと粉々に砕け散ってしまう。

 破片は霜に包まれ、雪の様に舞い散った。

 

「あ、あああ? ああっ、ああああああっ!? う、わ、あ、あああああああああああああああっ!?」

 

 月光に照らされた降雪は、神秘的過ぎて逆に男の覚醒を促がした。あまりに現状が荒唐無稽すぎて、事態に追いつけない脳が本能的な警告を発したのだ。

 情けない悲鳴をあげながら、男が夜道を駆け抜ける。何度も何度も転んでは起き上がり、やがて悲鳴だけを残し、その姿は闇の中へと消していった。

 

「ま、待って、仲、仲澤さんッ、置いて、置いてかないでッ、待って、ねぇ!?

 あ、う? ……わわ、ひあ、嘘っ、やだ、やだあっ、ひっ、いぎぃあああああああッ!」

 

 独り置き去りにされた青年が、月明かりに異界を見る。

 まるで龍の様なシルエットが、見下ろしていた。

 

 それは様々な無機物の残骸で構成された巨大な【龍】。

 両目と(おぼ)しき赤信号と警告灯が鈍く輝き、矮小な人間を睥睨する。

 

「消えろ」

 

 一言、命じられた。

 言われるまでもない。

 青年は失禁しながら犬のように逃げていく。

 泣き声とも鳴き声ともつかぬ、喚き声を上げながら。

 

 それを見て、僕は頭がスーッと落ち着いていくのが分かった。

 右腕が、次第に胴体の中へと戻る。

 同時に熱風が、瞬く間に氷を溶かしていく。

 

(たわ)け。

 あのような奴を相手に、怒りで我を忘れおって。

 儂が頼んだのは『追い払う事』であって『生命を奪う事』ではなかったはずじゃ!

 御主は仲間を消費する為におるのか? 違うじゃろうが!」

 

 龍のような影がザワザワと小さくなり、やがて和服を着た女性の姿に変貌する。

 その姿に変化しながら、彼女は僕に近付いてくる。

 

「この場所で生まれ、消え行きそうな者を、その身に宿して共に歩む為じゃろうが」

 

 月明かりが彼女を照らす。

 芥川長紗。

 

 またの名を、塵塚怪王(ちりつかかいおう)

 

 このゴミ山一帯に住み、廃材の再利用を生業とする(あくた)の女王。

 彼女が僕の頬を叩く。

 避けなかった。当然だ。

 これでも軽すぎるくらいの、当然の叱咤。

 

「……ごめんなさい」

 

「謝る相手が違うじゃろう」

 

 にべも無い。

 でも──その通りだった。

 僕は、遺された左腕で自分の身体を抱きしめる。

 受け継いだ仲間の「想い」を、僕は。

 「存在し続けて(生きて)くれ」という彼らの想いを、僕は「命を奪う」事に使おうとした。

 僕の中で生きる彼らの想いを、他でもないこの僕が踏みにじるところだった!

 

「ご、ごめ、うぅっ、ごめ、ん、ごめん、な、さいッ……ごめんなさい……っ!」

 

 中身が空洞であるはずの僕の目から涙がこぼれ落ちる。

 中身が空洞であるはずの僕の胸が痛いくらい締め付けられる。

 

「……御主(おぬし)はまだ歳若いからの。

 感情に突き動かされる事もあるじゃろう」

 

 しばらく泣いていた僕に、ツカサが(何故だか落ち着かない感じで)慰めの言葉をかけてきた。

 

「まぁその、なんじゃ。ホレ。今日は遅いし、うむ。

 泊まっていけ。のぅ?

 竜宮レナには儂の方から連絡を入れておくゆえ」

 

 コホンと咳払いをしながら、ツカサが片目でチラリと僕を見やる。

 

「そんな状態では、ホレ。

 命の恩人を、心配させるだけじゃからなっ。うん」

 

 ……なんで、ツカサがこんなに焦ってるんだろう?

 でも、彼女の言う通りだ。

 このままだと、僕や仲間の命を助けてくれたレナさんや圭一さんに会わせる顔が無い。

 しばらく、ツカサの所で落ち着かせてもらおう。

 でも……

 

「でも、何でツカサは僕の面倒を見てくれるの?」

 

「ん。ま、まぁ、あれじゃ。

 御主はそそっかしいからのぅ。目が離せぬというか」

 

 ツカサの指が、僕の涙を拭き取ってくれる。

 

「それってショタコンって事?」

 

「ぶふうぅッ!?」

 

 ツカサが盛大に吹いた。

 汚いなぁ。

 

「だ、誰が御主にそんな言葉を教えておるのじゃッ!?」

 

「違うの?」

 

「ええいっ!! とっとと帰れ、この若造がッ!

 世話の焼けるッ!」

 

「ええっ、泊めてくれるんじゃなかったの!?」

 

「うっさい(はよ)ぅ帰らんか、ケンタッ!!」

 

 遠くから寝ボスケひぐらしの鳴き声が聞こえる。

 星々の光に照らされて、くすみを洗い流した半月は、金色の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

(了)




捕捉しておきますと……
作中の「僕」はケンタくん人形の付喪神です。

冒頭の所属していた組織はフライドチキン専門のチェーン店で、鎖につながれていたのは盗難防止用です。
人形のデザインが刷新されたのでお役御免となりましたが、素行の悪いマニアの手によって盗難されます。

しかし素行の悪いマニアはヤミ金で借金をしており、返済できなかったので借金のカタとしてコレクションを──ケンタくん人形も──差し押さえられますが、まあヤクザからするとガラクタなので不法投棄のゴミと一緒に雛見沢近くの山に埋められてしまった……という経緯があります。

キャラクター系の物体は人の思念が集まるので比較的短期間で付喪神になりやすく、捨てられて埋められたゴミ達の無念を吸収して覚醒したタイプです。

正体はケンタくん人形ですが、妖怪としてはヒヨッ子もいいところなので、人に化けるとショタになります。
はい、そうですね。
おねショタですね。
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