書くのに物凄く疲れたので続きません

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第1話

 

 

 

 世にISという兵器が現れたのは、十年前のことである。

 

 世界各国から発せられた四桁のミサイル及び三桁に及ぶ戦闘機、空母、軍事衛星など多岐に渡る兵器の数々がたった一機のISに無力化された、俗に言う白騎士事件を契機として、世界は確かに変革を遂げた。

 

 しかし、ISという兵器は、欠陥機である。何故と言うに、それは女だけが使える兵器であるからだ。現行兵器が陳腐化しただけでなく、世界中の軍隊が陳腐化した所以は、その軍制を変革するに必要な物が、技術の解析や技能の修練による物では無く、第一にその主力を男から女へと移行することだったからである。

 

 その、必要に駆られての変革は、しかし容易く主義主張へと変化した。軍隊という究極の男社会が、篠ノ之束という女博士の手により、女社会へと変貌した。それは希望だったのかも知れないが、今の世を見るに、希望とは軽薄にその身を翻し、腐臭を放つ現実へと変貌する物なのだろう。女尊男卑と言う名の現実に。

 

 幼時の私にとって、その変革は目に見えるものでは無く、しかし拡声器で罅割れた声として、崇高なる物を汚し尽くした。

 

 私の生れたのは、舞鶴から東北の、日本海へ突き出たうらさびしい岬である。私の父は寺の住職であり、成生岬の寺に居を構え、その地で妻を貰って、私という子を設けた。

 

 父はよく、私に金閣のことを語った。金閣に関しては語るまでもない事物だろう。京都府は北区に在する、足利義満が建てたとされる黄金の建築。黄金を戴きながらも、禅刹の趣を以て、豪奢を下品にすることなく、静寂なまま湖面に浮かび上がらせているという。

 

 金閣ほど美しい物は地上に無い。父はよく、私にそう話した。私もまた父が語り、写真で見せる金閣のみならず、その字面、その音韻から、心の内に金閣という幻想を描いた。それは現実を超えた途方も無い大建築であり、幼児の私は度々金閣を思い、耽った。寧ろ、現実の金閣よりも夢想の金閣を私は好んだ。何故ならば、今の金閣は精々が半世紀前に再建されたものだからである。

 

 1950年に金閣を焼いた学僧の心境を私は知らない。しかし彼が手に掛けたものの残骸は私の心を大いに揺さぶった。それは全く無様な焦げ痕でしかなかった。そこから金閣は生まれたのではなく、それを潰して金閣が建てられたのだと思うと、私は現実の金閣がどうにも薄ら寒く思えた。私はテレビや情報誌で紹介される金閣の姿が信じられなかった。

 

 私は現実よりも夢想を好んだ。父が語った金閣は、私にとって本当に美しかった。

 

 今にして思えば、それは一種の逃避だったのかも知れない。私は生まれながらに不具を備えていた。生来の身体の弱さもそうだが、吃りである。声が上手く、口の中から出ていかない。最初の音が、どうにも口の中で藻掻き、じたばたと暴れ、ようやく出てきたときには、私が参加しようとした会話は過ぎ行きている。

 

 会話とは、私にとって重厚な金庫を相手にするような物だった。私は最初の音という鍵を持っていない。重々しい錠前を握り締め、辛苦の果てに開かれた扉の先では、常に錆び付いた、黴臭い空気が鼻を突いた。私が錠前と格闘している間に、現実は遙か彼方へと過ぎ去り行き、私の前にはがらんどうの残骸だけが残る。私は人との間に、新鮮な空気を吸ったことがなかった。

 

 こういう少年は、容易く想像されるように、二種類の相反した権力意思を抱くようになる。それは世界への憎悪と逃避、暴君と芸術家である。なるほど、権力の先には無言がある。そして芸術家の先にも無言がある。私は他者への憎悪と逃避の先に、その二つを同時に見出した。私は残虐な少年として同級生の処刑を命じる自分を空想し、純真な少年として美を、金閣を思った。

 

 しかし、その二つを同時に満たすものが私の前に音もなく現れた。ISである。

 

 父がまだ生きていた十年前、夕食の後に難しい顔をしてテレビを眺めていた父の後ろから、私は確かに白銀の美を見た。青ばかりが埋め尽くす天空と海上の狭間に、白が鋭く、凝固している。その時、私の驚愕がどれ程の物であったか。それは粗末な農民が、一国の王に謁見した際に感ずるような、一種の困惑と共に迎えられた。

 

 白騎士と呼ばれたその兵器は、一切の曖昧さを有すことなく動いた。蒼天にぽつぽつと現れた黒点が、やがて無数のミサイルへと正体を現わすのに対し、白騎士は腕を延ばし、音も立てずに銃口を顕現させた。それは少年の私にとっては神の御技が如く映り、事実、現代科学の常識からしても同じ事であった。千を越えるミサイルが、一つの兵器に蹂躙されていくのである。やがてミサイルは尽き、代わりに戦闘機や空母といった有人の兵器に相対して尚、その蹂躙は続けられた。

 

 滑らかに光沢を輝かせる鋼鉄は人の形に象られつつも、手足に備えられた大型の装甲は、その直線的な輪郭にまざまざと機械的な美を完成させており、浮かぶ蒼天に冷たい無言を透徹させていた。それは私が空想する暴君の姿そのものでありながら、変形し命を宿した金閣そのものでもあった。

 

 私の困惑は、政治的なものや、科学的なものよりも、その行為が無言で行われたものだったと言うことに尽きるだろう。白騎士は無言のままに無数の兵器へと君臨していた。それはひたすらに無意味さを突き付けているようであった。或いは抵抗しがたい現実を教え諭しているようでもあった。『私こそが王であり、世の全ては賤民である』白騎士は何も語らず無言のままに消え去ったが、その行為は確かな事実を突き付けていた。即ち、世界は一機の前に敗北し、現実は一つの意思に平伏したのである。

 

 映像が切り替わり、ニューススタジオで議論を交わす人々の姿が映し出されても尚、私はその瞬間に目にしたものを夢見心地に幻想していた。鋼鉄の人型兵器。流星の様に空を駆け、空中遥かに君臨する……。私はその日、確かに現実に打ち勝つ無言というものを目にしたのだ。それは美しいままに世界を征服し、音も立てずに消え去った。

 

 それからというもの、私は金閣よりもISに熱中した。金閣は沈黙と不動の内に美を成すが、ISは沈黙と破壊の上に美を成す。それは存在の美である。ISが兵器であるのならば、その破壊は行為であり、その行為は存在意義に他ならぬ。私は無言という行為が世界を征服したのを嬉しがった。ISは金庫の前に悩むことなく不動にある。それだけで金庫は自ずから扉を開き、王者へと平伏を重ねるのだ。

 

 私は白騎士の内に吃りを見なかった。白騎士は決して吃りではない。それは荘厳な、無言という行為なのだ。それは吃りと外見は似ていようが、本質的にはまるで異なる。選択として取り出すことと、それしか手に握れぬ事を混同するのは、夢想を通り越して愚劣に近い。故に、私は白騎士を遠く思った。それは私の夢想だ。それは私の幻想だった。寧ろ白騎士は、私から遠く離れなければならなかった。美とは蒼天の遥か上、高邁として戴かれる物でなければならなかった。

 

 幼時の私は、白騎士が王として君臨する世界を度々空想した。そこではあらゆる行為が無言のままに行われる。無言こそが最上の行為なのである。戦争は無言の内に決着し、美は無言において完成する。天上に一つ白の流星として結晶した美は、そのまま暴力として人々の上に君臨するのである。威厳に満ちた、繊細な彫刻でありながら、絶対的な行為を成す王者。完全なる無言がそこにはあった。

 

 ……しかし白騎士は完全ではなかった。白騎士は王ではなくISという名の兵器であり、女しか扱えぬと言う重大な欠陥を有していた。

 

 その欠陥が故に、現実は歪んだ形でISに平伏す事になる。『女にしか使えない』その一点のみが女尊男卑社会を瞬く間に形成し、ISは王者ではなく、腐臭を放つ現実の象徴として神輿の上に飾られた。ISは何も語らず、ただ467の神輿だけが、単なる兵器として使われるに至った。

 

 白騎士は確かに世界を征服した王者だった。しかし今や、ISは金庫を開く錠前に過ぎず、或いは金庫そのものである。それは錆び付き、手垢に塗れ、王者の痕跡を残すばかりだ。ISとは兵器であり、そして兵器でしかない。美などでは決してない。その絶望を、私は目を逸らしながら自らに刻みつけていた。…………。

 

『初の男性操縦者が現れた』というニュースが駆け巡った際にも、私の胸は高鳴らなかった。欠陥の欠陥が見つかったとして、何になるというのか。私は何時からか、ISの情報を追うことを止めていた。私にとってISとは一介の兵器ではない。君臨する美であり、行為する美である。私という鑑賞者を通して世界に働きかける存在でありながら、決して私とは相容れぬ美である。私の夢想である。私の幻想である……。

 

 だからこそ、全国で一斉調査が行われた際に、計器を前に叫び声を上げた女医者の言葉を、私は一生忘れる事はないだろう。

 

「二人目」狂ったように連呼された言葉とは別に、顰め面を浮かべ、憎々しげに放たれた言葉。「今更」と。

 

 今更、今更……。それは私の内に深く沈み入った。それは不思議ではなかった。私の内に喜びはなかった。あれほど夢想し、熱中したISは、今更ながらに私の手の内にあった。ISは純朴な生娘のように私を選び取り、歓迎していた。

 

 私は選ばれたのだ。何に? 美に。

 

 美に! それは全く滑稽な想念であった。私の無言という延長線上にあり、決して相容れぬISは、今や私の手の内にあるという。私が白騎士のように宙を駆け、白騎士のように破壊を成し、ISという行為を成すのだという。私は溺れるような気持だった。ISは、今や王などではない。世界を平伏させながら、自ら世界に四肢を散らし、剰え、私などに媚びを売ってくる。行為する美とは究極でありながら、同時に果てしなく醜悪だった。私が行為するのだ。ISという行為の内に私は在る。

 

 そういった思考が、瞬く間に過ぎ行く日々の内に積み重なっていった。母は政府の人間に連れ去られ、私は度重なる検査を受け、やがて一つの機体を前にした。

 

「君にはIS学園に入学して貰うことになる。日本の国家代表候補生としてね」

 

 薄暗い、黒を基調とした機体だった。全身を覆うように鋼が重ねられた機体には、露出する部分など一つもない。唯一腕だけが細く滑らかな形をしているが、足などは重く、枷を着けているようでもある。背中には巨大なスラスターを背負い、重石を背負う罪人という印象を抱かせた。

 

 私はそれに、金閣という名前を与えた。私は暫く金閣と相対していた。これが私だ。ISという行為を成す私だ。この内に在れば鍵などは要らず、美と暴力の前に扉は平伏する。そんな幼少の夢想を形にしたのがこの機体だった。私の夢とは枷に過ぎず、罪人に過ぎない。

 

 私は自ら金庫となったのだろうか? 他者を寄せ付けず、自らの内に閉じこもる金庫に。

 

 私を機体の前に案内した政府の女は、顔色一つ変えずに黙している。私は何かを言ってみたくなった。きっと私は吃るだろう。彼女は私を笑うだろうか。侮蔑の色を浮かべるだろうか。いずれにせよ、私は吃りだった。私の内に美はなかった。私は鑑賞者で無ければならなかった。そうでなければ、この世に美を認めることなど出来ない。

 

 その時、私の内に仄かに想念が点った。想念は初め弱く、私もまたそれが何かも分からずに、ただ光を見つめていた。しかし光は金閣の内に宿り、無言という枷を踏み台にして明々と燃え上がった。

 

 私は、今更ながらに金閣と名付けた不思議を思った。しかしそれは自明のことだった。想念は赤々と燃えている。炎は私を覆い尽くし、肉体の尽くを焼くだろう。金閣という建築もまた、かつて一人の学僧が成したように、炎の前に平伏し、その威容を残骸へと変わらせる。

 

 しかしISは燃えぬ。ISは滑らかに硬く、酷く醜く現行兵器の上に君臨する。

 

 だからこそだ。私は既に胸中の想念に確信を抱いていた。ISが世界を平伏させ、世界がISを平伏させるのならば、その上から美は君臨しなければならない。高く、高くに、無限の成層圏の果てから。

 

 想念は忽ちの内に力を増し、私はそれに包まれた。寧ろ私は想念を殆ど行為として抱いた。その想念とは、こうであった。

 

『ISを焼かなければならぬ』

 

 

 




ヒロイン=TS柏木
鶴川=一夏
老師=千冬

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