最推しの羽川翼と付き合いたい 作:羽川翼はヤベー奴
009.嫌悪憎悪悪意煮凝り幼馴染み無救済ヒロイン
あれは小学三年生のときだったと思う。もう大分記憶が曖昧だけど私は間違いなく地獄の中に居た。実の親から虐待を受けていた当時の私だけど、それはあることが切っ掛けでより激しくなった。
もし、何かボタンの掛け違いがあれば私の人生は終わっていたかもしれない。そんな絶望から掬い上げてヒーローのように救い出してくれた、私と彼の始まりの物語。
怒声と罵声がその家では響いていた。
「クソがあああああッッ!!借金だ!借金ッ!何千万の借金をどうしてこの俺がどうにしないといけねぇんだッ!?あ゛あッ!?」
父親は母親に対して日常的に暴力を振るっていた。それがここ最近はもっと酷い。そして、私には父親の暴力が振るわれることはないが父親から母親へ、そして母親から私に暴力が数珠繋ぎのように繋がれていく。
そんな何一つプラスに働かないマイナスの連鎖が渦巻く場所こそが私の家族だった。一通り母親に暴力を与えたあとにあの男はまるで人が変わったかのように笑う。
「く、くくくっ……だがなぁ!それでも運は俺に向いてる!分かるか?分からねえよな!?」
憤怒で彩られた顔が喜色を滲ませる顔に変わった。心から嬉しいとでも言いたげなその顔を見て、私は自身の父親をまるで鬼か何かだと思った。
それほどまでにその目には狂気が宿っていたからだ。
「お前達を極道の奴らに売り捌く」
「「…………え?」」
その言葉に物陰に隠れていた私だけじゃなく、痛め付けられていた母親も驚愕に目を見開いた。
「最近、飯屋で出会った男のお陰でそういった裏ルートとの繋がりを持てた。顔だけは良いお前らならかなりの値段で売れるそうだ。それが臓器売買の素体として売られるのか、ソープ嬢かAV女優として使われるかは知らねえがな!?はははははははは!!」
「ウソ……でしょ?あなた…………」
母親が呆然とした顔で目の前の父親に問い掛ける。
「もう俺とお前らは他人だ。どうなろうが俺が探す義務はねえ。最高だろ?」
「た、他人……?何を言ってるの……?私達は夫婦でしょうッ!?」
その当たり前の言葉を受けても動じないどころか、逆にスッキリしたかのような顔をして私の父親は言った。
「離婚届が受理された今日から俺達は赤の他人だ。あの男の
男の狂笑が響く。その異常な光景に言っている正確な言葉は分からずとも身体が強張り手足が震える。そのせいか、物陰に隠れる私に気付いた父親はニヤニヤと笑いながら私の目の前までやって来た。
「
「……ひっ」
優しく頭を撫でられながらのその言葉に、相手が自身の親だと分かっていながら恐怖による寒気が止まらない。何故、恐ろしい言葉を言っているのにこんなに穏やかに笑っているのだろうか。
分からない。分からない。私には目の前の男の思考回路がまるで分からなかった。
「じゃあな!お前らのお陰で俺は幸せになれるぜ!ありがとよ!愛してるぜ!あはははははははははははッッ!!」
上機嫌で玄関の扉を開けて去っていく父親。それが私が最後に見たあの男の最後だった。後に残るのは震える私と髪を掻きむしる母親だけだった。
「そんな!?イヤよ!イヤイヤイヤイヤ……ッ!どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうしてぇええええええええええッッ!!!!」
愛した男に捨てられて売られる憐れな女。それが私の母親だった。私はそんな母親にすがり付ける訳もなく、不安を抱えたまま一人で布団の中に潜り込むしかなかった。
それから三日後、母親は家から出ていった。必要な物を持ちそれを鞄に詰めて父親と同じ様に玄関から出ていったのだ───娘である私を置いて。
死に場所を探してなのか、逃げるためなのか、あるいはまだあの男の背中を追うつもりなのか、私には分からなかったが一つだけ明確に分かったことがある。
私は父親だけではなく母親からも捨てられてしまったのだ。
それからは、いつ私を拐いに来るだろう大人に怯え続けた。一応水も止められてはいなかったし、買い置きしていた食料もあるから餓死をして死ぬことはなかった。
だけど、突然押し入ってきてどこかに誘拐されるかもしれないと言う恐怖は、母親がこの家から私を置いて去ってしまった日からの三日間、味方が誰一人居なくなってしまった私を永遠と苦しめ続けた。
「おえ゛ぇ……っ、……げぇええ……ッ!」
口に何を入れても吐いてしまうこともあり、胃にはほとんど何も無い状態であったため、自然と身体は衰弱していき、実の両親に捨てられたという事実が、私から生きる意思を奪い去っていた。
逃げられる場所なんてある筈もない。学校と通学路しか知らない子供に分かるわけもなかった。
そんな状況でたった一人。家に取り残された子供に希望が見出だせる訳もなかった。
「ああ……どうして…………どうして、私は生まれたんだろう……」
恐怖と絶望により不眠症となったことで碌に眠ることさえできず、布団の上で衰弱していく自分を客観的に観てしまえば、その無様さと憐れさから目を背けることなんてできなかった。
自分の人生が普通じゃないなんて分かってる。父親に捨てられて、母親には目も向けられなかった自分が、全然幸せなんかじゃないなんてもう分かりきっている。
どんな最期になるのかは分からないが、おそらく無惨で陰惨で凄惨な死に様となってしまうだろう。その無慈悲な救われない未来を簡単に思い描いてしまえる時点で、自分はもう終わっているのだと気付く。
「……幸せに、なりたかったなぁ……」
私は狂ってしまいそうな強烈な恐怖と、愛されるべき存在から自身の存在を完全否定されたことにより、一周回って『もう死んで楽になりたい』という考えに囚われ始めていた。
───そんな時だった。
「ここかー?廃墟云々で探し回ったのが馬鹿みたいだな。冷静に考えればこの時期から廃墟であることなんかある訳がないのに。焦っていたとはいえ原作知識に引っ張られ過ぎだろ俺」
「っ!?」
私は遂に父親が私を売った組織から、派遣された奴らが来たものだと思った。息を殺してガクガクと震える。数秒前まで死にたいとすら思っていたのに現金なものだ。
そして突然現れたその人物は、私が想像していたよりもさらに狂暴だった。
「とりゃあああああッッ!!」
その裂帛の雄叫びと共に玄関の辺りで、何かが壊れるような声が聞こえた。
「ひぃいいいっ!な……何っ!?何なの!?」
何かが起きているのだとしても、それを把握できずに恐怖が押し寄せる。
「よしっ!やっぱりKARATEだな。KARATEは全てを解決する。あれだ、何か問題が起きたら子供のイタズラってことにしよう。いざとなれば金で解決だな」
ドシドシと足音を立てながら家の中に上がり込んでくる誰か。家の中を我が物顔で侵略してくるその異物の存在に喉が干上がっていく。
そして、遂に部屋の前までそいつがやって来る。
「何だ……?夜逃げか?まあ、それならそれで…………って、居たわ」
自室の扉を開けて入ってくる人物は逆光で見ることはできないが、何をしに来たなんてわざわざ言うまでもないことだ。私は後退り怯えて恐慌状態になっていた。
「あ、ああぁあぁぁ……ッ!!イ、イヤッ!止めて!連れていかないで……ッ!!」
「え、ええっ!?い、いや、それだと助けることもできないんだけど……どうしよう、困ったな……」
気が動転していたのだろう。だけど無理もなかったと思う。死神の鎌を向けられたことと同じだったのだから。失禁しなかっただけでも勲章ものだ。だけど、その言葉はちゃんと私の耳にも届いた。
「たす、ける……?私を……?」
「うん?……あっ、そうそう!そのために、来たんだ!老k……オホンッ!ゴホンッ!……き、君を助けになっ!」
その言葉を聞いてもまるで現実味がない。余りにも予想外で衝撃的な展開続きで間抜けな顔で呆然としてしまった。
そして、ちゃんと見てみればその相手は怖い大人なんかじゃなかった。私と同じくらいの子供だった。そんな場違いとも言える存在が、人攫いから隠れて部屋に閉じ籠り、一人衰弱していた私の前に現れたのだ。
「どうして……私、なんかのため、に……?」
不眠症で目の下に隈ができて髪はボサボサ。あの男が暴れたせいで家具やら様々なものが壊れて、汚く散乱する家に住む小汚ない子供。何故、そんな私を助けようとするのだろうか?
できるかどうかでなく、その理由から分からない。何も目の前の少年に得にはならない筈だ。彼は困ったように頭の後ろを掻いた。
「どうして、って言われると困るな……回り回って俺のせいなんだしやって当然っていうか……でも、そんな言葉を言うと俺の事を信じて貰うなんてできないし…………」
小声で何かを言いながら、うーんうーんと一
「そうだな。敢えて言うなら───」
彼は久し振りに私の部屋へ差し込む日光を背にして、私に右手を伸ばしてくる。
年相応の少年らしく笑いながら。でも、どこか私よりもずっと年上の男性のような包容力のある優しげな瞳を宿して。
自らの人生に絶望していた私に対し、太陽ように明るく、温かみが籠った声音で、その子供っぽいセリフを堂々と告げた。
「俺が君を助けに来たヒーローだ!」
「人は一人で勝手に助かるだけ」とは言いますけど、それでも誰かを助けられたらカッコイイと思うんですよね。
まあ、個人の力や判断で折り合いを付けないといけないことも、もちろん多くあるとは思うんですけど。
え?羽川は?只之はもちろん他の誰にも無理じゃないですかね(笑)