いつか、善き人として生まれ変われる様に   作:万年赤字一般傭兵

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悪い行儀

 

 トーナメント表の右半分における一回戦も終わり、ついに始まった二回戦。

 体育祭前と同様に各試合の情報を頭へと叩き込んでいた蜘蛛蠍だったが、二回戦の第一試合…緑谷と轟の試合には特に目を離せなかった。

 

 そして、それは彼と共に試合を観戦していた瀬呂にとっても同じ事。

 特に彼は先の試合で轟に負けていたのだから、この試合に関しては少々思う部分もあるようだ。

 

 

「緑谷も凄ぇけどさ、やっぱ相手が…」

「蜘蛛蠍的にはどうだ、緑谷は勝てると思うか?」

 

(後先考えない全力の一撃を放てるなら緑谷君、少しでも臆して時間をかけてしまえば轟君……)

「多分、轟君かと」

 

「…だよなぁ」

 

 

 かつてオールマイトの一撃を叩き込まれた蜘蛛蠍としては緑谷の勝利も十分にありえたが、凄まじい力の代償たる自損が予想を変える。

 体の一部を永遠に失う訳で無いとはいえ、それでも傷つく事を恐れない戦いが当たり前だとは思いたくなかったのだ。

 

 事実として、この予想は確かに的中しようとしていた。

 凍結の反動として体温が下がるだけの轟に対して、一発一発の攻撃と防御に骨と筋肉の激しい損傷を強いられる緑谷。

 耐久戦となったこの戦いで、文字通り決定打を放つ"指"を失い続ける彼が勝てる未来は到底見えない。

 

 

(何故、あそこまで酷い怪我をしながら立てるのですか?)

「痛く無い…訳ないですよね」

 

 

 勝ち目が見えない程に体を壊した緑谷だが、それでも折れた指を更に酷使する事で戦いを続ける。

 苦悶を抱えながらも相手を見据え続けるその顔は、もはや狂気そのものだ。

 

 そうして戦いを続けた先、未だに右腕の凍結に固執する轟にしてある一言が放たれた。

 

 

「君の、力じゃないか!!」

 

(炎…!)

 

 

 それは轟の父親(エンデヴァー)に対する恨みに関係なく、彼がヒーローを目指し始めた原点を思い起こさせる一言。

 今まで封じていたはずの左手の熱が、再び戻って来た。

 

 緑谷が解放した炎により、彼の不利は更に深刻なものとなり…やがて轟の冷気と熱による凄まじい爆発が試合の決着をつけた。

 

 

(………そういう、ことなのですか?)

 

 

 もし勝ちを狙うとするならば、彼がわざわざ塩を送る必要は無かった。

 だが、それ故に蜘蛛蠍はようやく理解する事ができた。

 緑谷が酷い傷を負ってまで戦っていた理由が、この炎にあるのだと。

 それは即ち、"人助け"だったのだと。

 

 そう蜘蛛蠍が思考を巡らしていると、遂に勝敗が決した。

 決め手は冷気と熱が合わさった事による、空気の爆発じみた急膨張…後遺症さえ残りかねない緑谷の自損も虚しく、勝者は轟だ。

 

 だが、今やそんな試合の結果と過程は蜘蛛蠍にとって二の次になっていた。

 今の彼にとって一番重要なのは、ようやく理解が追いついた緑谷の行動とその結果なのだ。

 

 

(勝ちを諦めた訳ではない事は分かります。あの目には確かに勝ちを狙う気迫が入っていた)

(だとすれば彼は傷を負ってまで、勝負の敵となる轟君を助けたというのですか…?)

 

 

 体育祭前からそうだった様に、基本的に蜘蛛蠍は戦いそのものへ容赦を抱く事はない。たとえ死なずとも全力を尽くすとなれば、自身の利の為に絶対的な勝利を求める彼に誰かを助ける心など持てないのだ。

 

 しかし緑谷は違った。

 決して勝ちを諦めず全力で戦った彼は、たとえ痕を残す傷を伴うとしても、今後の進退を決めるであろう体育祭であっても、敵たる轟を助けようと試み…その試みを見事に成功させたのだ。

 

 そこには単なる鍛錬や努力では片付けられない、何かがあった。

 オールマイトが後継者に選ぶに相応しい、何物にも代え難い何かが。

 

 

「…………」

 

「おい、次は蜘蛛蠍……大丈夫か?」

 

「え、ええ大丈夫です、少し考え事をしただけですよ」

 

 

 "何か"が彼にもたらしたのは、オールマイトに抱いたものと同じ劣等感。

 その故たる記憶は鞭の痛みと共に忘れていたが、クラスメイトに抱くには些か不適切な感情だったが、それでも尚簡単に忘れられはしなかった。

 

 

 


 

 

 二回戦 第二試合。

 プレゼントマイク恒例の場を盛り上げる煽り文句が聞こえる中で、試合場の上で飯田と蜘蛛蠍だけが静かに向き合っている。

 

 その沈黙に含まれるは、向けられた期待を果たさんとする責任感。

 ヒーロー家系である飯田家の一員として恥じぬように、血が繋がってなくとも溺れてしまう程の愛と時間を注いでくれた彼女を喜ばせる為に、彼らは向かい合っていた。

 

 

(蜘蛛蠍君…もし彼が一回戦目の様に空中へと逃げたとすれば、僕になす術はない)

(だが、すぐに逃げられる訳ではない。さっきもそうだったが、糸を使って上昇する以上わずかに隙が生まれる)

(ならば…!!)

 

 

 試合開始まであと少し、そして彼らの間に流れる沈黙が途切れるまでもあと少しだ。

 一回戦という高い足切りを超えてきた彼らへ突き刺さる視線が、これ以上増えなくなった時…

 

 

 遂に、勝負の火蓋が斬られた。

 

 

(逃げの隙に、全速力で勝負を決める!)

 

[START!!]

 

(レシプロバースト!!)

 

 

 真っ先に仕掛けたのは飯田だ。

 初手で出した切り札はレシプロバースト。

 トルクの回転数を異常なまでに引き上げる、飯田家の伝統たる必殺技。

 それが彼に与えるは十数秒後のエンストを代償とした爆発的な加速力であり、今の彼は尋常では無い速度の走りで蜘蛛蠍へと向かっている。

 その速さたるや並のプロヒーローでは捉えられぬ程であり、この一時において彼は学生の枠を置き去りにしていた。

 

 だが、蜘蛛蠍がそれに対して動揺する様子はない。

 飯田の予想と違って空中へと逃げようとはしない彼は、事前に練り上げた対策をただ実行するだけだった。

 初見である筈の技を、彼は知っていたのだ。

 

 その訳はヒーロー家系故に会得できた必殺技が持つ、もう一つの代償。

 長い時の中でヒーロー活動として披露されてきた手の内を、まして現役プロヒーローたる彼の兄が使う切り札を、蜘蛛蠍が知らない訳が無かった。

 

 

(インゲニウムの弟ならば、当然使えますよね)

(確かに速い…けれど、目では追える)

 

 

 単純な速度では劣っている彼が取るは、完全に相手の攻撃を防ぐ事に特化した受けの構え。

 今仕掛ければ強烈な反撃が待ち受ける事は一目瞭然だが、それでも時間制限を設けてしまった飯田が下がる事は出来ない。

 

 寧ろその構えごと潰さんと、彼は更に速度を上げていく。

 始まったばかりの勝負は、残り僅かな数瞬の内に終わらんとしていた。

 

 

(1、2…この調子なら後7歩)

(1、2、3、4、音が大きい…踏み切った!)

(攻撃が来る!!)

 

 

 土台を割る衝撃を伴いながら飯田が放ったのは、"エンジン"の名に相応しい出力が込められた左の回し蹴り。

 フェイントが意味を成さないほどの速さと威力を伴った、正しく必殺の一撃として蜘蛛蠍の横腹を蹴り抜く筈のそれは…しかし彼の腕によって僅かに軌道を変えられて掠めるだけ。

 

 

 [蜘蛛蠍、一度は防いだ…だがっ!]

 

「まだだっ!!」

 

 [飯田の攻めは、これからだぁっ!!]

 

 

 されど、まだ終わりでは無い。

 莫大な速度の回し蹴りを空振ろうとも彼は隙を見せず、寧ろ勢いを更に増しながら蹴りの連撃を叩き込み始めた。

 まともに受ければ気絶では済まぬ猛攻、しかし蜘蛛蠍は焦る事なく一撃一撃を丁寧に捌いて飯田の体幹を削って行く。

 

 そうしつ彼が攻め続けた結果は、目減りするエンストまでの制限時間に、受け流される度に精彩を欠く蹴り、そして未だに一切の隙を見せぬ蜘蛛蠍の構え。

 このままではいけない、されども必殺技を使った以上は引けない…そんな考えと焦りが頭を支配し始める。

 それ故に例え反撃が待ち受けていると分かっていたとしても、彼は更なるリスクを代価としてより強力な攻めをするしかなかった。

 

 

(回転が止まっ…!!)

 

(最後の、一撃!!)

 

 

 回転を右の軸足で強引に止め、全ての勢いを込められた左足に用意されたのは強烈な突き蹴り。

 膝を曲げた溜めで乗せられたのはエンジン最後の一息だが、その一息で十分だった。

 それは最早蹴りでは無く槍と言えるであろう鋭さと剛直さを伴っており、先と違って一点に極められた勢いは腕一本で逸らす事など叶わないのだから。

 喰らえば良くて場外、悪くて肋骨の破損を伴う気絶。

 そんな不可避の一撃が、勝敗を分ける決め手が蜘蛛蠍へと迫りくる。

 

 

「「っ!?」」

 

 

 ……だが惜しむべくは、この蹴りが"突き"であった事だろう。

 目の前の胴を打ち貫く筈だった飯田の左脚に、いつの間にか距離を詰めていた蜘蛛蠍君の足裏が乗せられていた。

 それは頭からの命令では無く、経験に従って体自身が動いた半ば本能的な行動。

 

 故に彼らがその違和感に気付いた時、既に足は踏み抜かれていた。

 

 

[ここで、まさかまさかの…カァウンタァァー!!!]

 

 

 ただでさえ崩されかけていた飯田の姿勢は、これを機として決壊を迎える。

 エンストさえ起こした彼は、されど攻め切る事は出来なかったのだ。

 

 

「くっ…!」

 

「!!…次は、僕の番ですよ!」

 

 

 一転攻勢、正しくその言葉の通りに蜘蛛蠍は守りを捨てて攻め立て始める。

 突き出た片足を起点に中空へと跳びはね、一回転すると共に無防備な頭へと食らわすは踵落とし。

 幾ら体格で勝ると言えども、頭部に強烈な一撃を貰えば飯田が立ち続ける事はできない。

 そうして地に伏した彼は、蜘蛛蠍のマウントを許すことになった。

 

 

「ぐぅっ!!」

(この細腕で、何て力だ…!!)

 

「抵抗しないで下さい、糸が服に絡むと面倒ですよ」

 

 

 蜘蛛蠍の手から伸びていく糸はただ飯田を巻くだけでなく、コンクリートの土台を貫いて縫い付けていく。

 どれだけ彼がもがこうとも、その糸は千切れるばかりか一切の弛みを見せない。

 

 やがてミッドナイトが試合の判決を告げた時…

 

 

 [蜘蛛蠍君、三回戦進出!!]

 

「う、動けん…!!」

 

 

 飯田の体は、指一本残さず縫い止められていた。

 

 ヒーロー科と言えども無名の蜘蛛蠍が、有名なヒーロー家系の飯田を打ち負かしたその様はまるで下剋上。

 それ故に控えへと戻る蜘蛛蠍にはこれでもかと歓声が浴びせられかけるものの、彼の顔が緩む事などなかった。

 

 表情の険しさを増して行く彼が思い浮かべるはただ一つ、最大の敵たる轟だけだ。

 

 


 

 

 二回戦後半にて爆豪と常闇の進出が決まり、遂に始まるは三回戦。

 体を休める時間もそこそこに、蜘蛛蠍は再び舞台の上に立っていた。

 

 そして舞台に立つもう一人は轟、蜘蛛蠍と同じA組であり同時にヒーロー科最強と称するに相応しい生徒。

 そればかりか個性の出力だけで言えばプロヒーローでさえ比べられる存在はそうおらず、ビル一つを平然と凍らせてしまう様は蜘蛛蠍に神獣戦士の一人を思い出させる程だ。

 

 だがここに至った今、彼にとって轟はただ倒すべき相手でしかなかった。

 レディ・ナガンへの恩返しもさることながら、先に緑谷へと抱いた劣等感も相まり、もはや轟に負ける事は何よりも耐え難いこととなったのだから。

 

 それ故に蜘蛛蠍が轟へと向ける視線は獲物を前にした獣のそれとなり、その様なものに晒されては轟も油断する事など出来ない。

 まして先の試合で蜘蛛蠍は真っ当な格闘戦を経た上で飯田相手に勝利を掴んでいたのだから、遠距離で仕留めきれなかった時にどうなるかなど轟には容易に想像できた。

 

 

 [READY……]

 

 

 空気はスタジアムの隅まで届くプレゼントマイクの声に響かされ、そして轟から漏れ出る微かな冷気によって凍りつき始める。

 そうして蜘蛛蠍の目の前から迫り来る冷気が、彼の身を包み始めた時…

 

 

 [START!!!]

 

「!!」

 

(まずは吹っ掛ける!!)

 

 

 冷気を振り払う様に両腕を振り切って、蜘蛛蠍は駆け出した。

 一歩一歩踏み出すごとに鳴り響くコンクリートの破砕音、もはや音を消す事さえ考えずにただただ速度と力を増しながら彼は轟へと近づいて行く。

 

 穏やかな印象を与えるはずの彼の見た目は音も相まり、今や猛スピードの重機が如き恐怖となるが轟は未だ動きを見せない。

 牽制をする事もなく、ただ冷気を極限まで溜めながら待ち構えていた。

 

 

(撃ってきてくださいよ…!!)

 

(まだだ、もっと引き付けて、確実に仕留められるまでは待たねぇと…!!)

 

 

 蜘蛛蠍が轟の元へ辿り着くまでそう時間はかからず、そして未だに目立った動きはない。

 だが、今この瞬間に起こっているのは一秒一秒を惜しむチキンレースだ。

 故に動きはなくとも観客達が息を呑んで見守る中、そんな戦況に一石が投じられた。

 先までとは一線を画す破砕音と摺鉢状に抉れる舞台の中央、その下手人は一際力強く右足を舞台へと突き立てた蜘蛛蠍だ。

 それは急激な加速を可能とする跳躍の為の一足であり、同時に距離を保ちながらも轟へと選択を迫る一手。

 

 瞬間即座に反応した轟の冷気が、一気に解放される。

 遂に、チキンレースは終わりを迎えた。

 

 

 [両者、ここで勝負を仕掛けたぁ!]

 [蜘蛛蠍の刃が貫くが先か!轟が凍らせるが先か!?]

 [さぁ、今蜘蛛蠍が轟へ…!!]

 

(ここで逃げるのか…!?)

 

 

 轟の冷気が迫る中、多くの者の予想に反して蜘蛛蠍は一気に距離を取らんと後方へ飛び跳ねた。

 多くの観客が予想に反するその行動に驚愕し意図を理解出来ないが、轟は違う。

 蜘蛛蠍の左手で僅かに光り直上へと伸びる糸が、あまりに細く彼にしか見えないそれが啓示となったのだ。

 

 

(いや違う、高度をとって避けるつもりか!)

(だが、それは既に予想済みだ。調整の範囲内…!!)

 

 

 ただでさえ一秒一瞬を争うチキンレースの直後、彼はその気づきこそが勝利への一手だと信じて個性を解き放った。

 "回避が間に合うわけもなく勝負は終わったも同然"そう誰もが思う中、急上昇する蜘蛛蠍の姿を巨大な氷山が飲み込んだ。

 

 

 舞台のほぼ全てを覆う氷の後は、ただ静寂だけが残った。

 確かに勝負を決する程の一撃を目の当たりにしたにも関わらず、観客どころか審判のミッドナイトすらも未だに口を閉ざしていた。

 それは瀬呂の様に凍り付いた蜘蛛蠍の姿が見えないからであるが、同時にある思いに基づいたものである。

 

 

「……やったのか…?」

(上に逃げ切れる訳は無い、まして横の移動など尚更)

(だが、何だこの…この、違和感は)

 

 

 "ここまで勝ち上がって来た蜘蛛蠍が、本当にこの程度でやられるのか"

 "実はまだ、ピンピンしているのでは無いか"

 

 

 轟も含め、誰もがそう思っていた。

 だが幾らそう思おうとも、蜘蛛蠍の姿は見えない。

 結局彼らは先の様に空を見上げ、居る訳もない彼の姿を探すしか無いのだ。

 

 


 

 

 誰もが上に逃げたと思っていた、そして氷に追いつかれたのだと思っていた。

 だが実際のところは違っていた。

 蜘蛛蠍は、上に逃げてなどいなかった。

 直上に伸ばした左手の糸はブラフ、彼の本命は真下に伸ばして舞台横に張り付けていた右手の糸であったのだから。

 

 轟の一撃が炸裂したあの時、彼は急下降によって僅かな厚みを持った舞台横へと張り付いていたのだ。

 

 

(冷たい…あぁ、これは冬の霜を踏んだ時と同じですね)

(興味本位で踏んで、何故だか伊織お婆様が酷く心配していたあの時…とても、懐かしい)

(………こんな事、考えている場合じゃ無いですね)

(勝負は寧ろこれから…!)

 

 

 それでもなお巻き込まれた脚の氷を静かに落としながら、まるで蜘蛛が壁を這う様に指先の糸を壁面に張り付けた彼はジリジリと進み始める。

 舞台から落ちれば負けというルールが前提である為に舞台より下は完全な盲点となりえ、それ故に彼は轟どころか観客にすら見られる事は無い。

 

 その上で音も気配も殺し切って誰にも察知される事なく進み続け、更にはグラウンドで僅かに盛り上がる土山に糸を伸ばす事で仕込んでいたものを取り出し…遂に彼は轟の背後まで辿り着いた。

 少し見上げた先では未だに目を凝らして空に蜘蛛蠍を探し続ける轟の姿があり、正しく今こそが奇襲するには絶好の機会である。

 

 そして、最後の機会であろう。

 

 

(今が好機っ!!)

 

 

 心の中だけで気合の入った掛け声を叫び、彼は再び駆け出した。

 今度は速度に劣りながらも完全に音を消した隠密の走り、まさか背後を取られているなどと考えもしない轟が気づく事はない。

 作戦通りの完璧な奇襲、ルール違反スレスレの仕込みを使わずに済むと蜘蛛蠍が胸を撫で下ろす。

 確かに彼の思惑通り、"轟"が気づく事はなかった

 

 だが、忘れてはいけない。

 舞台の上に立つ以上どれだけ音と気配を消そうとも、必ず"ある者達"の目には映る事を。

 

 

「おい、あそこにいるぞ!!」

「どっから現れたんだ!?個性…でも無いよな?」

 

(しまった、観客が…!)

 

 

 観客が、彼の姿を視界に捉えて騒ぎ立てた。

 正確な位置をバラされた訳では無いが、それでも完全に手掛かりを見失った轟にとっては舞台上に蜘蛛蠍がいるという事実だけで十分だ。

 

 

「っ!!」

(いつの間に後ろに…!?)

 

(バレたか!…仕方がない)

 

 蜘蛛蠍が完全に間合いを詰める前に轟が振り向き、再度冷気を放たんと準備し始めた。

 先の強烈な一撃による体温低下で即座の個性使用はできないものの、蜘蛛蠍が仕留め切るまでの猶予は残っていない。

 故に、彼は極力控えていた"仕込み"をジャージの内から取り出した。

 

 振り上げられた右手、しかし此度そこにあるのは薄い円盤状の何か。

 だが轟にとっては、遠目であろうとも見覚えのあるもの。

 

 

「地雷!?」

(八百万でも無いのに、一体何処から持って来やがった!)

 

「まずは一つ!!」

 

(まずい投げて……違う、あれは)

「っ!!?」

 

 

 轟が判別を終えた瞬間、蜘蛛蠍はその手に持った地雷を思い切り"地面へと叩きつけた"。

 爆発音と共に周囲へピンクの煙が立ち込め、再び蜘蛛蠍の姿は誰からも見えなくなる。

 盲点の代わりに煙に隠れた彼は、再び奇襲のために駆け出した。

 

 

(影どころか足音一つすらねぇ。こうなったら一気に広範囲を凍結したいが…)

(ちっ、まだ最初の奴が響いているか。さっきの出力はもう出せねぇ)

(それに指向性ですら劣るとしたら…無闇に反撃をしたところで最初の一撃を凌いだ蜘蛛蠍には当たらねえだろうし、更に消耗するだけだな)

(どうする…!近距離戦に持ち込まれるなら、これ以上体温は下げたくねぇ!)

 

 

 僅かに薄れ行く煙を補充する様に、また一つ二つと地雷が起爆して行く。

 そうして煙に巻かれて蜘蛛蠍を見失ったが為に安易な反撃を許さぬ状況の中、彼は容赦無く轟へ選択を迫らんともう一手を打った。

 先も響いた一際大きい破砕音、蜘蛛蠍が跳躍した証が轟の脳を更に追い込む。

 

 視野の外で跳躍された以上踏み切った隙を狙う事は出来なかった、宙空に舞う蜘蛛蠍が音を立てる事はないだろう。

 だが、同時にこれは彼にとってチャンスにもなり得た。

 

 

(跳ばれたが…この煙の中だ、空から直接俺の元へ来る可能性は限り無く低いだろう)

(おおかた近くで着地してから一気に終わらせるつもりか)

(…だが、着地の音までは消せないだろ)

(着地際なら回避も無理筋だ、今度こそ仕留める…!)

 

 

 そう素早く判断を終え、今度こそ蜘蛛蠍を逃すまいと轟は集中を更に高め始める。

 観客達のどよめきが今の彼に届く事は無い。

 緑谷との試合に続いて二度目の勝負を決する一瞬、そこに外野が介入する余地などある訳が無かった。

 

 やがて父たるエンデヴァーの視線すら頭の中から消え去った時、遂にその時は訪れる。

 

 

「そこかっ!!!!」

 

 カラン。

 軽く響いたその音を目印に、彼は出し惜しんでいた分の冷気を一気に解き放った。

 再び形作られるは巨大な氷山。先の規模には及ばずとも人一人には過剰と言っても良い程のそれが、煙を追いやると共に音の主を確かに包み込んだ。

 

 やがて追いやられた煙が完全に消え去った時、彼の攻撃の成果は観客達の前へと姿を現した。

 

 

「がっ…!ぐ、ぐぅぅ…!!」

 

「僕の靴に鉄板でも仕込まれていると思ったのですか?」

「人の足があんな音を出す訳が無いでしょうに」

「まぁ、そもそも跳んではいなかったのですけどね」

 

 

 爆発する事なく氷山に囚われた地雷に、轟の足を完全に固めながら裸絞めで頸動脈を締め付ける蜘蛛蠍の姿。

 轟の攻撃の成果は、明らかな"失敗"に終わっていた。

 

 脳への血流を止められ段々と意識が朦朧とする中、それでも彼は抜け出さんと必死の抵抗を続ける。

 だが動作を絞める事だけに集中させて、糸を操る余裕ができた蜘蛛蠍がそれを許す事はない。

 蜘蛛蠍の指から伸びた糸によって明後日の方向へと向けられた手では指向性など付けようがなく、まして半ば混乱した状態で放たれる冷気と炎は彼を引き剥がすには至らなかった。

 

 

 もはや轟に打てる手は、何一つ無かった。

 誰かの野太い声すらも朦朧した頭には届かず、やがて苦しみは快楽へと変わって行き…

 

 

「……ぁっ………」

 

「…落ちましたね」

 

 

 観客達の騒がしさにも関わらず、まるで母の腕に抱かれた赤子の様に轟は意識を落として崩れ落ちた。

 

 その光景を前に、試合の結果がミッドナイトの口から告げられんとする。

 

 

「これは…………両者、一旦試合を中断しなさい」

「………勝敗に関しては、審議を経てから判断します」

 

(行儀が悪いにしても程がありましたね…)

 

 

 だが試合の終わりにも関わらず、勝敗の決定は未だになされない。

 蜘蛛蠍の膝上に頭を乗せて安らかに眠っている轟に対し、勝負に勝った筈のかれの表情は芳しく無かった。

 

 


 

 

 蜘蛛蠍と轟の試合結果を判断する審議、その問題点は彼が使用した地雷であったのだが…雄英という多種多様な個性が集まる場所故に、その審議は速やかに終わった。

 

 サポートアイテムの持ち込みは禁止だが、八百万がそうした様に武器の使用自体は禁止しておらず、またかつて在籍していたワープ系個性の生徒の前例から試合開始後ならば武器の持ち込みを許可していた。

 そして轟の異議が無かったこともあいまり、結果としては蜘蛛蠍の勝利という形で収まったのだ。

 もっともグラウンドの片隅と言えども地雷を埋めた行為には厳重な注意をもらったが…何はともあれ蜘蛛蠍は決勝戦へのチケットを掴んだ。

 

 そうして彼が見据えるのは爆豪との決勝戦、しかし今だけに限ればそれ以上に大切な事が彼の目前にあった。

 

 

「最後の最後でモロに反撃貰っちまった…!」

「決勝でやり合おうって約束したのに、ましてお前はあの轟に勝ったのに…本っ当に面目ねえ!!」

 

 

 それは切磋琢磨しあった友人たる切島達との大事な約束、共に勝ち上がった先の舞台で戦おうと言う約束だ。

 瀬呂が一回戦で敗れて、勝ち残った切島も爆豪に敗れたが故に叶わなくなった約束だ。

 

 どの様な理由があれども約束を破る事は、当然切島にとって男らしく無い事。それ故に彼の罪悪感は半端なものでは無く放っておけば指すら詰めそうな勢いだが、蜘蛛蠍にとっては少々違っていた。

 蜘蛛蠍にとって、約束など破られてもおかしく無い事だったのだ。

 

 

「切島君、何もそこまで落ち込まなくとも大丈夫ですよ」

「何も晴れ舞台は今日だけじゃないです、来年の体育祭で戦おうじゃないですか!」

 

 

 蜘蛛蠍自身が約束を絶対に破らずとも、誰かに破られる事など彼にとっては慣れた事なのだから。

 そこに悪意さえ無ければ、彼がそれ以上を求める事はない。

 もっとも、そんな彼の姿勢は逆に切島の罪悪感を苛んだようだが…相手が許している以上、やがて彼は吹っ切れた。

 

 

「……だな!クヨクヨしてちゃあ男らしくねぇ!前向かないとな!!」

「よし蜘蛛蠍、改めて約束させてくれ!」

「来年、来年こそは絶対に決勝でやり合おうな!!男同士の約束だ!!」

 

「もちろんです!……ふふ、楽しみですね」

 

 

 そうして切島との間で軽口と腕を交えながら約束されたのは、更に先を見据えた来年の勝負。

 今の立場と状況が公安との約束の上に成り立っているにも関わらず、彼は無事に次の年を迎えられると思い込んでいた。

 

 だが、それも仕方がない事なのだろう。

 その先が何であれ、彼はただ垂らされた糸に縋るしか無いのだから。

 いつか糸が切られるのだとしても、避けられぬ不幸を嘆くくらいならば与えられた言葉を盲信する事こそが最善なのだから。

 

 





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※【全100話・完結済み】+【掲示板形式、強敵との戦闘などの番外編33話】予約投稿済み▼本編、および後日談編、映画編、八年後の未来を含めた全100話、そして番外編の33話分全ての設計図を引き終えました。▼現在、最終話まで予約投稿を設定済みです。▼37話〜44話は、56話〜59話は日常と積み重ねのパートになります。▼この期間の出来事や関係性は、後半の展開・戦闘…


総合評価:2534/評価:7.89/連載:92話/更新日時:2026年05月18日(月) 19:00 小説情報


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