王都に点在する巨大な駅。そこから各所へ線路が伸び、列車に乗って馬車とは比べ物にならない速度で移動することができる。
その内の1つの駅に、アイリスとベアトリクスはビモクを見送るために訪れていた。既に列車は駅に着いており、後は出発の時間を待つのみとなっている。
「……行ってしまわれるのですね」
列車の扉の前に立つビモクへ、アイリスは少し残念そうに呟いた。
「まぁね。まさか迎えまで寄こすとは思わなかったけど」
そう言ってビモクは、自身の少し後ろで控えている黒いローブを纏った人物へ視線を向けた。目元はマスクで隠されていて、その素顔を拝むことはできない。
「あなた様は我等が至宝……そう何度も掟を破られては困ります」
彼女はアイリスたちに、ビモクを連れ戻すために村から派遣された使者だと名乗った。村の掟では外界との接触を禁止していたが、ビモクは好奇心で村を抜け出し、今回のブシン祭に参加したのだと言う。
彼女の発言から、ビモクが村を抜け出したのは今回の一度きりではないことに気付いて、アイリスは苦笑いを浮かべた。
「ま、どうせ決勝に出ても相手雑魚だし、未練なんてこれっぽっちもないからいいんだけどねぇ。あ、僕は棄権ってことにしといてね」
ビモクはそう言って、嘲笑気味に笑った。
アイリスはビモクの発言を指摘したかったが、あながち間違いではないことに気付いて言葉を呑み込んだ。
先日のビモクたちの試合は、ビモクの判定勝ちという結果に終わった。本来であれば、今日の昼から決勝戦が行われる予定だったのだが、ビモクは午前中の内に王都を立つことにしたようだ。
「……ビモク」
「ん?」
「……また、どこかで会えるか?」
ベアトリクスが一歩前に出てビモクに尋ねた。その顔は無表情ながら、どこか寂し気に見えた。
「さてね。運が良ければ、またどこかで会えるんじゃない?」
「……そうか……そうだな」
ビモクの曖昧な返答に、ベアトリクスは薄く笑みを浮かべた。
村の掟を想えば、次に会う確率などゼロに等しいだろう。しかし、ビモクは二度と会えないとは言わなかった。それは言外に、また村を抜け出す可能性はあると言っているようなものだった。
本当に、運が良ければまたどこかで会える……そう思うだけで、少し気が楽になったのだ。
アイリスが黒ローブの女性へ視線を向ければ、少しだけ疲れたような、呆れたような雰囲気を纏っていた。それが少しおかしくて、アイリスは小さく笑みをこぼした。
その時、駅のホームに駅員の呼び掛けが響いた。
「ビモク様、そろそろ……」
「っじゃ、またね、二人とも」
「ビモク」
とてつもなく軽い挨拶で列車に乗り込もうとするビモクを、アイリスが呼び止めた。立ち止まったビモクは、顔だけをアイリスの方へ向けて言葉を待った。
「また……またいつか、必ずお会できるのを楽しみにしています」
静かに、それでいて力強く言ったアイリスに、ビモクはいつも通りの笑みを浮かべた。
「それまでには、ちゃんとその泣き虫も直しときなよ?」
「ッッ~~~!! 余計なお世話ですッ!!」
顔を真っ赤にして声を上げるアイリスと、二人のやり取りに首を傾げるベアトリクスに見送られ、ビモクは後ろ手を振って列車に乗り込んだ。
それから間もなく扉が閉まり、汽笛と共に列車がゆっくりと動き出した。
アイリスとベアトリクスは徐々に遠のいて行く列車をただ黙って見送った。そして列車が全て見えなくなってから、アイリスが静かに口を開いた。
「……行ってしまいましたね」
「……ああ」
二人は誰が言い出すでもなく歩き出し、駅のホームを後にした。
王都の通りを二人で歩きながら、アイリスはふと空を見上げた。
そこには先日のビモクの一撃によって出来た、一本の細い線がまだ残っていた。しかし同時に、昨日より少しだけ薄くなっていることにも気が付いた。
あの線も、あと数日もすれば跡形も無く消えてしまうのだろう。しかし、アイリスの記憶や経験が消えてしまうわけではない。あの時感じた高揚感も、緊迫感も、そして後悔も……何一つとして失くならない。
ビモクとの試合で、あちら側へ手を引かれた。
シャドウとの戦いで、悔しさを胸に刻んだ。
ビモクとシャドウの頂の戦いを目に焼き付けた。
「……後は、進むだけ」
いつの間にか立ち止まっていたアイリスは、再び歩き出した。
そして、こちらを心配そうに見つめていたベアトリクスに追いつき、二人で並んで歩き出す。
「……アイリスは、泣き虫?」
「違いますッ!」
「? ……でも、ビモクが言ってた」
「……わ、忘れてください」
他愛のない話をしながら。
◆◇◆◇◆
「いや~、やりきった~」
そう言って列車の超VIP座席に座り、僕はビモクの姿からサイとしての普段着に着替えて伸びをした。
「君もありがとね、わざわざ付き合ってもらって」
「滅相もございません。この身はもとより、主様方のために存在していますので」
そう言って頭を下げる黒ローブの子は、僕が演技力の高い人員をイプシロンにねだった結果派遣されて来た子だ。発言からわかる通り、この子も『シャドウガーデン』の一員らしく、僕とシドのやりたいことに快く協力してくれている。名前は確か……オメガ、とか言ったっけ?
今回彼女には、僕という『絶対的な強者』を連れ戻しに来た使者役をお願いした。
元々は適当な所でフェードアウトする予定だったんだけど、あの二人がなかなか放してくれなくて……。突然消えたら徹底的に探されそうだったから、円満な別れを演出させてもらった。機会があれば、またビモクとして遊ぶのもいいかと思ってたし、後腐れなく別れる方がいいもんね。
「でもほんとに良かったよ。特にあの呆れたような演技……流石、イプシロンが太鼓判を押すだけはあるね」
「っ、過分な御言葉、心より感謝申し上げます」
うんうん、クレバーを装っているが、やっぱり彼女も『シャドウガーデン』の一員だな。
彼女らは、僕とシドが褒めた時にはこれでもかってくらい喜んでくれる。その上、演技っぽさが全くないため、こちらとしても気分がいいのだ。『シャドウガーデン』の指導担当であると言うラムダには万雷の拍手を送りたくなるね。
「そういえば、君から見てアイリス王女はどうだった?」
今回の『アイリス育成計画』は、120%の大成功と胸を言えるだろう。
『絶対的な強者』ビモクとの試合で死を体感させ、試合後のアフターケアとして前を向かせる。その後のビモクとジミナの試合で技術を見せつけ、シャドウ対アイリス(+ベアトリクス)の戦いで自身の限界を思い知らせる。そして最後に、シャドウ対ビモクの戦いを見せつけて、目指すべき目標としてアイリスに深く刻み付ける。
うむ、我ながら完璧すぎる計画である!
まあ、後半部分は当てつけもいい所なのだが……。
元々ビモクとジミナの試合を最後に適当にフェードアウトするつもりだったのだ。それを急遽シドが「今のアイリス王女と戦ってみたい」と言ってきたので、前日の夜に二人で話し合い、シャドウの正体を明かして無理やり戦う計画を立てた。
まあ、その計画もローズ会長の乱入でぐちゃぐちゃになったんだけどね。
いや、あれに関してはローズ会長が何もかも悪いと思う。だって、まさかパパ殺す流れになるとは思わないじゃん!
ローズ会長にドエム氏を刺したことを後悔してる?的なこと尋ねたら、すっごい真剣な顔で「後悔はありません!」とか言うから——もっと面白いことして~的な感じで魔力回路とか強化してあげたのに、まさかあんなことになるとは……。
いや、別にパパ殺すのとかは心底どうでもいいんだけど、あれで笑えと言われても「なんで?」という困惑が先にくる。めっちゃウケたからといって、調子に乗って過激なことに手を出した一発屋を見た時と同じ気持ちになったよね。まあ、気まぐれだったし別にいいんだけど。
閑話休題。
そんなことよりも、僕はアイリス王女の評価が聞きたい。
「率直な感想を申し上げるなら……とても驚きました。短い期間であれほどまでの成長を遂げるとは思ってもみませんでしたから」
「うんうん、僕もそう思うよ」
正直、アイリス様には才能があると思う。ただ、周りの環境や第一王女という立場が、彼女の成長を阻害していたんだろう。誰も本気で殺そうとしなかっただろうしね。
だから今回、僕が彼女の枷を破壊させてもらった。
結果は上々……と言うか、加速度的に成長していった。まあ、その分身体の方が彼女の成長に付いて行けなかったようだが、特に問題はない。それどころか、満足に戦えないことを悔いて、より一層強さに貪欲になることだろう。結果オーライだ。
「サイ様……差し支えなければ、1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「? もちろん」
「……サイ様は、アイリス・ミドガルを……いったい、どうなさるおつもりですか……?」
真剣な表情を浮かべたオメガが恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
なんでそんな緊張してるのかわからないが、折角の雰囲気に乗っかるため、僕はシヴァとしての対応に切り替えた。
「キヒッ、なに、ただの暇潰しに過ぎん」
「……暇潰し、ですか……?」
「ああ」
そう言って、僕は車窓から見える外の景色へ視線を向けた。
「思いの外良い芽が粗悪な土地に根を下ろしていたからな。この俺自ら手を加えてみるのも一興かと思ったまでのこと……。腐るも良し、育たずとも良しの単なる暇潰しに過ぎん」
「なるほど……。私程度の質問に答えていただき、ありがとうございます」
「良い。お前の此度の働きに対する礼だ」
頭を下げようとするオメガだったが、僕の「良い」という言葉を聞いて、動きを途中で止めた。いいね、最高に気持ちいい!
「……だが、」
「ッ!」
テンションの上がった僕は魔力を軽く放出し、大気を揺らした。
オメガは僕の魔力の圧に一瞬身体をビクッと震わせ、冷や汗を流した。アドリブの演出にここまで迫真の演技ができるとは、さすがイプシロンのイチオシなだけある。
そう心の中で感心しながら、僕はできるだけ凶悪な笑顔を浮かべた。
「仮に良い実を結ぶことがあれば、この俺が手ずから捌いてやるのが礼儀というものよ」
「…………全ては、御身の御心のままに……」
オメガはそう言って深々と頭を下げた。
うん、やっぱこっちもいいね。
ビモクみたいな『絶対的な強者』もたまにはいいけど、やっぱりシヴァとして過ごしてきた時間が長いからか、こっちの方がしっくりくる。戻って来たって感じがするし、しばらくはビモクの方は封印かな。アイリス王女の方もしばらく問題なさそうだしね。
僕は未だ頭を下げた状態のオメガから視線を外し、外の景色を眺めた。
そういえば、この列車って何処に向かってるのかな?
ま、いっか。どうせ学園は長期休みだし、この機会に気楽に観光とかしてみようかな。
僕は高速で流れていく景色を眺めながら、次はどんな『絶対的な強者』ムーブをしようか考えを巡らせるのだった。
最後はやっぱり『封印』締めですよw
はい、というわけで四章完結です。ぱちぱち~★
いや~、アニメ1クール分、やっと走り切りました。ひとまず今回で一区切りとさせていただきます。
アニメ二期部分でやりたいことはいくつかあるんですが、どれもまだ断片的すぎて形になっていません。ぶっちゃけ、原作準拠のオリアナ国王編にオリ主を入れるの、めちゃくちゃ難しいんですよね……w
好評だったら頑張って形にしてみようと思います。好評じゃなくても、ボクの妄想が天元突破したら投稿すると思います。
なので、一応この作品は連載中のままにしておきますね。
そんなわけで、ボクが他作品の二次創作を始めても許してくださいね?
実はもういくつか裏で書き始めちゃってるのがありまして……。
ではまたいつか、シーユー!