雪が残る境内で、笑いながら、ちょっぴり胸の奥が温かくなる。
そんな“いつもの奉仕部”を、初詣の光の中に閉じ込めました。
今年も、優しい時間をあなたに。
境内の石畳には、うっすらと雪が残っていた。
吐く息が白く、どこか懐かしい冷たさが頬を刺す。
木々の枝には霜がきらめき、鈴の音と人々のざわめきが新年の空気を満たしていた。
「うわぁ〜、やっぱり混んでるね〜!」
結衣が両手をこすりながら声を弾ませる。
マフラーの隙間から覗く頬はすでに赤い。
「毎年のことだ。学習しろ、由比ヶ浜」
八幡はポケットに手を突っ込み、寒さを紛らわせながらぼそりと返した。
隣の雪乃が小さく笑う。
「あなたも学習しないわね。文句を言いながらも、結局ちゃんと来るのだから」
「奉仕部の伝統行事ですから〜」と結衣が胸を張ると、八幡はため息をついた。
「……伝統って便利な言葉だな」
そんなやりとりの最中、境内の入口でひときわ明るい声が響いた。
「結衣さん、やっはろ〜! 雪乃さん、お兄ちゃんもやっはろ〜! 瑠美ちゃんたちもやっはろ〜!」
満面の笑みで手を振るのは、小町だった。
白いコートの襟を立てて、元気いっぱいに駆けてくる姿に周囲の参拝客が思わず目を向ける。
「やっはろ〜!」
結衣が勢いよく返す。
「や……明けましておめでとう、小町さん」
雪乃はわずかに頬を染め、少し照れたように言葉を選んだ。
八幡は眉をひそめる。
「小町、その挨拶、バカっぽいからやめろ」
「バカっぽいってなんだし!」と結衣が膨れっ面で抗議する。
「悪い悪い。じゃあ……」
八幡が腕を組みながら小町たちの方を向く。
「奉仕部では今後、挨拶は“やっはろ〜”しか認めません。異論反論も認めません」
「「「「やっはろ〜!」」」」
「やめて!」
結衣が真っ赤になって叫び、周囲の参拝客がくすくす笑う。
雪乃が呆れたようにため息をついた。
「本当に……新年早々、騒がしい部活ね」
「伝統行事ですから」八幡が真顔で返し、再び笑いが起きた。
⸻
鈴の音が絶え間なく響き、参拝客の列がゆっくりと進んでいく。
雪乃が巫女姿の職員に軽く会釈をしながら、手を清めた。
その一連の所作があまりに丁寧で、結衣が思わず見惚れてしまう。
「ゆきのん、ほんと動作まで完璧だね〜。なんか神社の空気に馴染んでる感じ!」
「由比ヶ浜さん、それは褒め言葉と受け取っていいのかしら?」
「もちろん! ていうか、おみくじ引こうよ! 大吉出るまで引いちゃおっかな〜!」
「やめとけ。物欲センサーってやつは神にも通じるんだぞ」
八幡がぼそりと呟くと、美羽がくすりと笑った。
「八幡先生、そういうの妙に説得力ありますね」
「おいおい、俺を何の見本にしてんだよ」
そんな中、小町が手を叩いて声を上げた。
「よーし、せっかくだしみんなでおみくじ勝負しよっ! 一番悪かった人が、甘酒奢り!」
「……また変な勝負を提案して」雪乃がため息をつく。
「ゆきのん、それが楽しいんだよ〜!」結衣が笑う。
「ちょっと、小町ちゃん! 新年早々そういうの良くないって!」
一応、結衣が小町に指導するも、すでに全員の目が光っていた。
「……いいわ。公平に勝負しましょう」
雪乃が淡々と呟き、巫女からおみくじを受け取る。
その横で、瑠美は少し緊張したように息を呑んだ。
「……こういうの、久しぶりです」
「大丈夫だよ。おみくじって、要は引いた瞬間の運試しだから」
と大磯が笑って言うと、瑠美の表情が少し和らぐ。
結衣が真っ先に紙を広げて叫んだ。
「き、きたっ! 大吉っ!!」
「ふふ、やっぱり結衣さんはそういう運持ってるのね」雪乃が微笑む。
「で、俺は……あー、末吉。人生ってそんなもんだ」
「現実的すぎて嫌になるわね」
「まあ俺には大吉は似合わねえしな」
「「確かに〜」」
「人に言われると来るものがある。由比ヶ浜は後で説教な。小町ちゃん、お兄ちゃんにもっと優しくして」
「ヒッキーごめんって」
「やだよ〜。お兄ちゃん優しくすると面倒臭いじゃん。」
そのやりとりを見ながら、美羽がそっと紙を開く。
「えっと……私も引いてみますね」
紙を広げると、小さな文字が目に入った。
「……小吉。悪くない、けど良くもない、って感じです」
「安定は美徳だぞ」八幡が淡々と返す。
「ありがとうございます。先生の言葉、末吉よりは励まされます」
八幡は少しだけ口の端を上げて、肩をすくめた。
「お前、言い方がうまいな」
美羽は「あはは」と笑い、その紙を丁寧に折りたたんだ。
最後に瑠美が震える手でおみくじを広げた。
「……あ、あの……凶です……」
その場が一瞬、静まり返る。
次の瞬間、小町がぱんっと手を叩いた。
「はいっ決定〜! 甘酒、よろしく瑠美ちゃん!」
「えっ!? そ、そんなぁ……!」
瑠美が慌てる横で、大磯が小さく笑った。
「俺、付き合うよ。奢り半分、ってことで」
「え、でも……」
「新年だし、縁起良く“半吉”くらいでちょうどいいでしょ」
八幡はそのやりとりを眺めながら、どこか安心したようにため息をついた。
「……なんだよ、若いってのは見てるだけで体力削られるな」
「あなたも十分若いわよ、比企谷くん」
雪乃が微笑を浮かべ、参道の方へと歩き出す。
「さ、次は願掛けね」
結衣が走り出し、奉仕部の新年は笑い声とともに続いていくのだった。
⸻
参拝を終えた七人は、境内の端に並ぶ絵馬掛けへと向かった。
鈴の音が風に揺れ、木々の影が白い地面に淡く落ちている。
「はいはい〜、奉仕部名物・願い事タイムです!」
結衣が張り切って筆を取り出すと、八幡が即座に反応した。
「名物っていつの間にできたんだよ」
「今できたの!」
「……新年早々、創作意欲がすごいな」
美羽がくすくす笑い、雪乃が淡々と補足する。
「由比ヶ浜さんの名物は勢いよ。質よりテンションでできているのよ」
「ゆ、ゆきのんひどい!」
「褒め言葉だと思うのだけれど」
結衣が口を尖らせる中、瑠美は筆を手に取り、しばらく悩んでいた。
「……“みんなが笑顔でいられますように”、かな」
「らしいな」大磯が小さく呟く。
「お前のそういうとこ、好きだよ」
「えっ……な、なに言ってるの、大磯くん……!」
「え、あっ、いや違っ――その、“そういう人間性が”って意味で!」
顔を真っ赤にして慌てる大磯を、八幡が冷めた目で見やる。
「ヒッキー、今はあえて見守るとこだし!」
「ごみいちゃん、フラグ折るの早すぎだから!」小町が笑う。
「小町ちゃん、お兄ちゃん、久しぶりにごみいちゃんって呼ばれて、ショックやら嬉しいやら心が迷子だよ」
「大丈夫、私が導いてあげるわ」
「いやいや、方向音痴のお前に導かれたら、どこ行くかわからねえから」
雪乃がキッとした目で睨む。
「いやなんかすみませんでした」
と土下座する八幡。
「こんなところで何やってるのよ。やめなさい」
「ちょっと負けず嫌いが復活しちゃっただけだから、気にしなくていいわ」
雪乃は優しい笑顔で八幡を立ち上がらせた。
そんな中、雪乃は静かに絵馬を吊るした。
「“誰かの願いを、支えられる一年になりますように”」
その文字を見た結衣が、ふと真顔になる。
「ゆきのん……やっぱ優しいなぁ」
「そんなことないわ。ただ、あの部室で過ごした時間が、まだ私の基準なのよ」
八幡は無言で自分の絵馬を掛けた。
「“平穏無事、波風立たず”」
結衣が笑う。「ヒッキーらしすぎる!」
「だろ。現実的でいいだろ」
「ま、そんなヒッキーが好きだし!」
「……おい、やめろ。さっき波風立ったばっかだろ」
「やきもちなんて妬かないわ、大丈夫よ」
参道を戻る途中、境内の空は茜色に染まり始めていた。
雪が夕陽を反射して、きらきらと光る。
その中で、瑠美がふと立ち止まり、空を見上げる。
「……こうしてみんなで来れて、よかったなって思うの」
大磯が隣でうなずく。「来年も、同じメンバーで来ような」
「うん」
瑠美の微笑みは、冬の光に溶けてやさしく広がっていった。
「……さて帰るか」
八幡が小さく呟き、歩き出す。
その背中を見て、雪乃がふっと微笑んだ。
「本当に変わらないわね、あなたは…」
「変わる必要ないからな。変わるのは……見てる景色の方だ」
「うん。でも、その景色にお兄ちゃんがいるのが、やっぱ一番だね」
一陣の風が吹き抜け、絵馬の揺れる音が優しく響く。
その音はまるで、誰かの願いが形になったようだった。
笑いながらも、どこか懐かしい。
そんな空気を大切にしたいと思って書いた一話でした。
一年のはじまりが、誰かにとって優しい時間でありますように。