それはまだ小さな声だけど、確かに“委員長”としての始まりでした。
優しさが少しずつ受け継がれていく、そんな放課後の物語です。
放課後の教室。
夕陽が差し込み、黒板のチョーク跡が赤く照らされていた。
実行委員に集められた生徒たちは、机を囲んで模擬店や出し物の案を出し合っている。
だが――すぐに空気はざわつき始めた。
「やっぱカフェが無難じゃね?」
「またそれ? 去年もやったし。マンネリすぎるでしょ」
「じゃあ演劇? でも練習時間がないじゃん」
議論は堂々巡り。誰も譲らず、誰もまとめようとしない。
前に立つ実行委員長――瑠美は、プリントを握りしめたまま言葉を失っていた。
(……どうしよう。話が全然まとまらない)
教室の後方、腕を組んでその様子を眺めていた八幡は、心の中でぼやく。
(あー、懐かしいな。この“全員自分が正しい病”。意見が出てるようで、誰も聞いてないパターン。文化祭あるあるだな)
横で見ていた結衣が、小声で瑠美に囁く。
「るみちゃん、今のままだと進まないよ? なんか言ってみよっか」
「え、えっと……その……みんなの意見をまとめて――」
しかし、声は雑談にかき消された。
瑠美の眉が沈みかけた瞬間――、
「静かにしなさい」
澄んだ、よく通る声が響く。
雪乃が立ち上がっていた。
その冷静な視線に、生徒たちの口が一斉に閉じる。
「――委員長、あなたの考えを聞かせてくれる?」
「え……」
一瞬、教室の空気が止まる。
すべての視線が瑠美に集中した。
瑠美は息をのむ。手のひらが汗ばむ。
「わ、私は……まだ考えがまとまってなくて……」
途端にざわめきが戻る。
「やっぱ頼りないよな」「委員長が決めないと進まねーじゃん」
言葉が矢のように飛んでくる。
居心地の悪さに押し潰されそうになり、瑠美はうつむいた。
その時――。
八幡が椅子の背にもたれ、ぼそりと呟いた。
「……お前ら、勝手に喋ってるだけだろ」
「え?」
その声には、妙な重みがあった。
八幡はゆっくりと視線を上げる。
「誰もまとめる気がないなら、永遠に決まらねぇ。やりたいなら、最後まで責任持ってやれ。口だけなら誰でも言える」
静寂が落ちた。
それは説教ではなく、淡々とした現実。
だが、その言葉に最も強く反応したのは――瑠美だった。
八幡の鋭い目が、まっすぐ彼女を射抜く。
「どうする、鶴見。お前が委員長なんだろ。――決めるのはお前だ」
(何を言えばいいの……? 頭が真っ白で、みんなの声しか聞こえない)
瑠美は喉が震え、言葉を探す。
けれど、その瞳の奥には確かな光が宿り始めていた。
「……私、考えます。ちゃんと、みんなが納得できる形を」
その一言に、八幡はわずかに口角を上げた。
結衣が安堵の笑みを浮かべ、雪乃は静かに頷く。
(――ようやく、始まったわね)
夕陽の中、瑠美の背中は少しだけ強く見えた。
文化祭実行委員会の会議が終わった放課後。
瑠美はすっかり肩を落としたまま、奉仕部の部室に戻ってきていた。
「……やっぱり全然駄目でした。声も震えてたし、途中で頭が真っ白になって……」
椅子に座ると、机に突っ伏すようにして項垂れる。
「でも最後までやり切ったじゃん!」
結衣がすぐさま明るい声で言った。「ちゃんと委員長っぽかったし!」
「そうね」雪乃も静かに頷く。「不十分なところはあったけれど……それでも、責任を果たそうとしていたわ。委員長としての姿勢は立派だったと思うわ」
瑠美は顔を上げる。「……雪乃先生……」
八幡は隅の席で腕を組んだまま、気怠げに口を開く。
「まぁ、あれだな。昔の委員長たちに比べりゃ、よくやってた方だ」
「え?」
「会議で泣き出すやつも、逃げ出すやつも見てきたけどな。お前は最後まで立ってた。……それだけで十分だろ」
「……ふふっ」
瑠美の口元が、少しだけ緩んだ。
「でしょでしょ!」結衣が嬉しそうに身を乗り出す。「ね? 委員長、すっごい頑張ってたんだから!」
「……ありがとうございます」瑠美は小さく微笑んで、けれどすぐに引き締めた顔になる。「でも、次はもっと……ちゃんとやれるようにならないと」
雪乃はそれを見て、目を細めた。「その意気よ。あなたは一人で背負う必要はないわ。私たちもいるのだから」
八幡は心の中で小さくため息をついた。
(……ほんと、どっかで見た光景だな。こいつは結局、俺らの後を歩いてるってわけか)
(ま、悪くないけどな)
部室には小さな笑い声がこぼれる。
かつての奉仕部の空気が、少しだけ蘇ったような気がした。
奉仕部の空気が、またひとつ形を取り戻していきます。
次回も、彼らの“少し先の青春”をお届けできたら嬉しいです。