翌日。
領主軍を迎え撃つため、エルフの村では朝から慌ただしく戦支度が始まっていた。
昨日まで農具しか握ったことのなかった村人たちが、今は弓を削り、矢を作り、武器になりそうな物を集めている。
そんな村の一角では、信長と豊久が昨日倒したアラム隊から回収した装備を地面に並べていた。
剣、兜、鎧。
使える物は二十人分ほど。
さらに兵士たちが残した馬が二頭。
信長はそれらを眺めながら、実に楽しそうに笑った。
「さて……これから楽しくなるぞ」
鎧の一つを足先で軽く蹴る。
「殺した兵から奪った剣と兜、鎧が二十人分。馬が二頭」
「もっとも、エルフ共は馬に乗れん。こいつらは俺の策で使う」
その声には、昨日までとは違う妙な活気があった。
豊久もそれに気づきながら、少し離れた場所へ目を向ける。
「いきなり戦をすると決めた割には、エルフらも随分と生き生きしとるの」
そこでは与一を中心に、大勢のエルフたちが弓を作っていた。
元々、森に生きていた種族である。
オルテに禁じられていたとはいえ、弓そのものに馴染みがないわけではない。
それどころか――。
「なんか見てた与一曰く、『陸の扇なら皆撃ち抜ける』とまで言わせとったぞ」
信長は感心した様子で言った。
「弓兵には困らんだろうな」
「問題はこっちよ」
そう言って、並べられた剣を一本拾い上げる。
「剣をまともに使える奴がおらん」
いくら武器を奪ったところで、昨日まで農奴だった者に渡しただけでは兵士にはならない。
剣術を一から仕込んでいる時間など、当然なかった。
「最悪、槍でいいんだがな」
「槍……」
その言葉に、豊久が何かを思い出した。
「そういや、お前は知らんじゃろうが」
「あ?」
「明智の光秀」
信長の眉がぴくりと動く。
「伏見にて、農民の落ち武者狩りに遭って死んだぞ」
一瞬の沈黙。
「マジ?」
「マジじゃ」
信長は真顔になった。
そして数秒考え――。
「伏見の民、百万年無税」
「長すぎじゃろ」
豊久が即座に突っ込む。
だが、そんな軽口を交わしていても、信長の顔から笑みは消えない。
豊久は怪訝そうにその横顔を見た。
「それにしても、お前……嫌に楽しそうじゃの」
「そりゃ楽しいだろ」
信長は当たり前のように答えた。
「合戦なんぞ、始まるまでに何をするかが一番大事なんだよ」
地面に並んだ武具。
弓を作るエルフたち。
村の地形。
集められていく物資。
それらへ順番に目を向ける。
「兵を揃える。武器を揃える。地形を見る。敵がどう来るかを考える」
「一個一個、勝つためのものを積み上げていく」
そして口元を吊り上げた。
「そうしてるうちに、だんだん勝ちが見えてくる」
「そりゃ笑っちまうわ」
豊久は呆れ半分、感心半分といった顔で信長を眺める。
「お前、やはり戦が好きじゃろ」
「大好きだよ」
「即答か」
そこへ、作業を終えたユウスケがやって来た。
「それで、結局槍兵はどうするんです?」
「おう」
信長は村人たちを見渡す。
「村の中にも弓が比較的苦手な奴はいる。そいつらを集める」
そこで信長の視線がユウスケへ止まった。
「あと、お前」
「……はい?」
「どうせやることねぇだろ」
「お前も槍持て」
「えぇ……」
露骨に嫌そうな顔になる。
「槍の使い方なんて知りませんよ」
「簡単だ簡単」
信長はその辺にあった長い棒を拾い、ユウスケへ押し付けた。
「周りの奴と並んで、敵が近づいてきたら――」
棒を大きく振り上げる。
「上からぶっ叩け!」
「説明が雑すぎません?」
「槍衾組ませる時間なんぞねぇんだよ。下手に一人で格好つけて戦おうとするな。皆と同じところを突け、皆が叩いたらお前も叩け。それだけ覚えとけ」
「それなら……まあ」
ユウスケは棒を受け取りながらため息を吐いた。
自分は現代日本の大学生だったはずなのに、いつの間にか異世界で槍兵にされようとしている。
「分かりましたよ」
半ば諦めて頷く。
「じゃあ、この後はアレを運んでおきますね」
豊久が振り返った。
「アレ?」
「なんじゃ、それは」
ユウスケが答えるより先に、信長が口を開いた。
「昨日の兵士共だよ」
「首はさっき供養してやった」
豊久の表情が変わる。
「……なら、身体の方か」
「おう」
信長は平然と答えた。
「硝石丘だ」
「…………」
豊久はその言葉を聞いた瞬間、意味を察した。
「硝石……ちゅうことは」
「ああ」
信長は笑う。
先ほどまでの楽しそうな笑みとは、また少し違う。
これから手に入れる新しい武器を思い描くような、戦国武将の笑みだった。
「作るのよ」
地面に置かれた剣を踏み越え、村の向こうへ視線を向ける。
「この世界に――鉄砲隊をな。」
「硝石……そして木炭と硫黄」
必要な物を指折り数えていく。
隣にいた豊久が周囲の森を見渡した。
「木なら腐るほど生えておるが」
「木炭はどうとでもなる。問題は硫黄だな」
信長も山々へ目を向けるが、この辺りに火山らしいものは見当たらない。
「この辺じゃ取れんだろうし……」
そこで、信長は何かを思いついたように振り返った。
「おい、オッパイ!」
「オルミーヌだ!!」
もはや条件反射のように訂正が飛んでくる。
信長は気にも留めず尋ねた。
「火山とかで取れる、黄色くてドロドロした奴あるだろ。硫黄っていうんだが、手に入るか?」
「硫黄……」
オルミーヌは少し考えた。
「手に入ると思いますよ。十月機関の伝手を使えば、探すこと自体はできます」
「よし」
「でも――」
オルミーヌはじっと信長を見る。
「お代は?」
「そんなもん、オルテをぶん取ったら返してやるよ!」
「ええぇぇ!?」
あまりにも堂々とした後払いだった。
「それ、返すって言わないでしょ!」
「国一つ取るんだぞ。後でいくらでも払えるわ!」
「まだ取ってないじゃないですか!」
「これから取るんだよ!」
そんなやり取りをしながらも、戦支度は着々と進んでいった。
今必要なのは、目の前に迫っている領主軍を破ること。
鉄砲隊など、その先の話である。
まずは最初の一戦。
これに勝たなければ、国盗りも何もない。
そして翌日。
予想より早く、領主軍がエルフの村の近くまで迫っていた。
街道を進む兵士たちの列。
先頭には槍兵が並び、その後ろを弓兵や騎兵が続く。
その中で、今回の討伐を任された指揮官は、戻ってきた偵察兵から報告を受けていた。
「村の様子は?」
馬上から尋ねる。
「やはり反乱か?」
しかし偵察兵の返答は、予想していたものとは違った。
「それが……誰もいませんでした」
「誰も?」
指揮官が眉をひそめる。
「はい」
「アラム隊もか?」
「姿はありません。村人も一人残らず消えています。完全にもぬけの殻です」
「……そうか」
指揮官は顎に手を当てた。
反乱ならば分かる。
アラム隊が殺され、武装したエルフたちが村に立て籠もっている。
あるいは恐怖して逃げ出した。
そのどちらかなら話は簡単だった。
だが――誰もいない。
「とりあえず、今日は村まで進む」
「兵を入れて調べろ。アラムたちの痕跡も探せ」
「はっ!」
やがて領主軍は、無人となったエルフの村へ入った。
家屋は残っている。
農具もある。
昨日まで人が暮らしていた痕跡も、そのままだ。
なのに、人だけがいない。
「気味が悪いな……」
兵士の一人が呟いた。
別の兵士が井戸を調べ――すぐに顔をしかめた。
「うわっ……!」
「どうした?」
「井戸に糞が投げ込まれてます!」
報告を聞いた指揮官は井戸を覗き込み、険しい表情を浮かべた。
「水の手を潰したか」
単なる逃亡ではない。
少なくとも、村をそのまま帝国軍に使わせる気はなかったということだ。
「しかし……分からん」
指揮官は静まり返った村を見渡した。
「なぜ、こうも静かなんだ」
兵士たちも落ち着かない様子で周囲を見回している。
家の陰。
森。
畑。
どこから襲われてもおかしくない。
しかし、矢の一本すら飛んでこなかった。
「……本日はここまでだ」
指揮官は決断した。
「村に陣を敷く。一夜様子を見る」
「明朝から周囲の捜索範囲を広げる。逃げたエルフどもと、アラム隊の行方を探せ」
「はっ!」
命令を受け、兵士たちは村の中へ散っていった。
焚き火が作られ、馬が繋がれ、見張りが配置される。
領主軍は、自分たちが無人の村を占領したつもりだった。
だが――。
村を取り囲む森。
その木々の隙間から、無数の目が彼らを見つめていた。
弓を構えたエルフ。
息を潜める村人たち。
そして、そのさらに奥。
信長、豊久、与一、ユウスケもまた、陣を作り始めた領主軍を観察していた。
「……本当に村に入った」
ユウスケが小声で呟く。
信長は木の幹に身体を預けたまま、楽しそうに笑った。
「そりゃ入るさ」
敵兵が、自分たちで村の中へ入り。
自分たちで陣を作り。
自分たちで夜を待とうとしている。
信長にとっては、ここまでほとんど予定通りだった。
「さて――」
村の中で野営の準備を始める兵士たちを眺めながら、信長は口元を吊り上げた。
「向こうから入ってくれたぞ、大将」
豊久もまた、静かに笑う。
昨日、自ら口にした策。
――敵兵を引き入れる。
その第一段階は、何の問題もなく成功していた。