悪の手先の俺が正義のヒーロー少女に熱烈なラブコールを受けている話 作:夜行列車予行
中央城の一画に存在する会議室、その部屋の入口の大扉の前にデザイア様と俺は立つ。
触れることもなく、ひとりでに扉が動き始める。
駆動音が響き、ゆっくりと大扉が開いていく。やがて全開になった扉をくぐり、会議室に入る。
全体的に暗い雰囲気の漂う内部だった。灯りが少なく、どんよりとした空気を感じる。
「おい!遅ェぞイカレ変態野郎!」
初めて目にした会議室の内部を眺めていると、そんな声が掛けられた。
声の主は、赤い色の椅子に座る兜と鎧を身に纏う武者の様なの男だった。
「すみませんね、バイオレント。従幹部のアラド君を探すのに手間取りまして」
デザイア様はそう言いながら鎧姿の男、戦闘部隊幹部のバイオレント様に手を振る。
バイオレント様は大きな舌打ちをした後で、顔を俺の方へと向けた。
頭部全体を覆う兜によってその表情は伺えないが、兜の奥からギロリと睨む視線が突き刺さった。
「クソが、テメェは自分の従幹部に好きにやらせ過ぎなんだよ」
「自由がモットーなんですよ。私の部隊はね」
再び大きな舌打ちが響く。
デザイア様は丁度バイオレント様と対面となる位置の緑色の椅子に座った。
俺はデザイア様の斜め後ろに立つ。
会議室には長机と赤、青、黄、緑、紫の色の五つの椅子が置かれるのみだった。
「それで、私が最後でしょうか?」
「見れば分かる事をいちいち訊くな。デザイア、誰もお前と必要以外の会話をしたくないんだ。いい加減理解してくれ」
デザイア様がそう言うと、青色の椅子に座る、頭に角を生やし、目元に濃い隈をつけた女性が気怠そうに言う。
「私は皆さんと仲良くしたいだけですよ、ワード。今度は皆で集まって食事でもしますか?」
返事の代わりに舌打ちが飛ばされる。
今度は頭に角を生やした女性、情報部隊幹部のワード様からだった。
『えー、困るなぁ……僕だけリモートで食べるの?なんか疎外感を感じるなぁ』
ノイズ交じりの声が、黄色の椅子の後ろに立つ従幹部が持つラジオ機器から聞こえる。
「ビトレイルも一度城に戻って来ては如何でしょうか?久しぶりに顔が見たいですね」
『あはは、嬉しい提案だけど、まだ地上での仕事がたんまりあってね。もう少し先になるかな』
ラジオ機器から聞こえる声は、諜報部隊幹部のビトレイル様の声だ。
ビトレイル様は地上にて活動を行っており、その活動の内容を知る者はフラスター内でもごく一部だけらしい。
俺はそれぞれ席に着いた幹部の姿を見て、改めて事の重大さを再認識する。
協調性の欠片もなさそうな面子が揃って挑む必要があるレベルの侵攻、それは過去の記録を辿っても二度しか行われていない希少な出来事だ。
一度目は地上への最初の侵攻時、二度目は俺の誕生日、両親の死んだ日の時の事だった。
「それで、今回の招集は誰が行ったのですか?」
デザイア様が尋ねると、全員の視線が発言者へと向けられた。
『え、僕は今回もデザイアが招集したと思ってたけど』
「私もそう考えていた」
「イカレ変態野郎じゃねェとなると、あのクソカス女かよ……」
自然と全員の視線が空席の紫色の椅子に集まったタイミングで、再び駆動音が響いた。
現在会議室に居る幹部は四名。
扉の向こうから、今回の会議の招集をかけた幹部が現れた。
「あれ?私が最後なの?みんな早いね」
目元をバイザーで覆った小柄な体格の少女がそう言った。
「テメェが遅いんだよ、オブセス」
「勘弁してよ。私、従幹部を連れた幹部会議初めてなんだからさ」
言いながら少女、育成部隊幹部のオブセス様は紫色の椅子へと座った。
「おや、オブセス、また従幹部が変わったのですか?」
デザイア様はオブセス様が連れて来た従幹部を見て尋ねた。
「あぁ、これね。前の人、昨日の決闘で死んだから、勝ったこの人が昨日から従幹部になったの」
オブセス様は自身の後ろに立つ従幹部を指さして言った。
育成部隊は能力の高さによって階級が定められている。そのため、部隊内の役割が頻繁に入れ替わる。
『実力主義って奴かぁ、いいね!切磋琢磨って感じがするね!』
「そう?毎日戦闘員同士で争うから、常に城内に血が飛び散ってて不快極まりないよ」
ビトレイル様の言葉に返事をしつつ、オブセス様はそのバイザーを上げ、その素顔が明らかになる。
「あー、
そう言ってつまらなそうに頬杖をつくのは、見覚えのある人物だった。
幹部オブセス様のその姿は、紛れもなく俺の弟、優月のものだった。
「アラド君もバイザー、上げて構いませんよ」
「……」
デザイア様が小さく告げたその言葉に従うよう、俺は目元を隠すためのバイザーを上げた。
その直後、優月と目が合う。
優月は俺を見ると、ニヤリと笑みを浮かべて目を細めた。
見られた途端、頬を撫でる湿ったい風を錯覚する。
何か反応するべきか悩んでいると、ワード様が口を開いた。
「うざったいなら常に外せばいい。私以外の幹部は全員が顔を隠していて気色が悪い」
その言葉を聞いた優月は俺から視線を外し、表情をつまらなそうに戻してから返事を告げた。
「外せたら苦労しないよ。
机の上を眺め、思い出すように呟く優月。
それは当たり前の話だった。
フラスターの目的は地上の侵攻であり、地上人は敵なのだ。
それ故、地上人の戦闘員は冷遇されやすい。
もし幹部クラスの階級に地上人がいると判明すれば、不満や不平を抱く者は多いだろう。
地上人の特徴は瞳に出る。
それ故、俺や優月はバイザーで目元を隠して活動している。
そんな地上人の煩悶など心底どうでもいいと言った表情のワード様が口を開く。
「地上人と知っても、君の様な異常者に歯向かう者が居るとは思えないがな」
「そんなの分かってるよ。やっぱ普段から数字としか話してないと感情の機微ってやつが分からなくなるのかな?」
その言葉を皮切りに会議室内の空気が一段重くなる。
直接向けられているわけでもないのに、敵意の感覚に肌が鳥肌立つ。
「テメェらの個人的な話なんてクソほども興味ねェんだよ。オブセス、招集したのテメェだろ。さっさと会議を進めろ」
剣吞な空気を一蹴したのはバイオレント様の言葉だった。
「言われなくても始めるよ」
優月はため息を吐くと、それから話を始めた。
「今回の議題は、地上に殺したいヒーローが居るから、そいつの殺害を目的とした大侵攻の作戦に関して」
その言葉に俺の心臓が過敏に反応する。
冷たい瞳で遠くを眺める優月の出す声は、昨夜の寝る前の会話を想起させた。
『殺したいヒーローって?』
「光のヒーロー『ソール』、知らない人は居ないと思うけど、最近現れたヒーローだね」
その名前を口にした途端、部屋内に先程とは種類の異なる剣呑な空気が立ち込める。
一瞬の静寂の後、優月は話の続きを語った。
「現在のヒーローの中の実力だと、上から数えて五番目以内には入るかな。そのソールを殺すのが今回の大侵攻の目的」
「具体的な作戦の内容は考えているのか?」
ワード様が質問を投げる。
優月は小さく頷いてから言葉を返した。
「地上の重要拠点に各部隊による同時攻撃を行って、ヒーローの戦力の分散と足止めを行ってもらう。その隙にソールを殺す」
「肝心のソールの殺害はどうやるの?」
ラジオ機器越しにビトレイル様から質問がされる。
一呼吸挟み、それから優月は口を開いた。
「ソールは私が殺す」
その宣言により、胸に秘めていた殺意が表面化するようだった。
俺は息を呑むより先に、全身から汗が滲みだした。
昨夜の優月の言葉はその場限りの怒りではなく、具体的な未来を想像した上での殺意の籠った言葉だったのだと、今理解した。
「だから、ソールの殺害に関しては心配いらないよ。具体的な日時を決めたいから、諜報部隊には地上の――」
「おい」
作戦の続きを語る優月の言葉を遮るよう、怒気の混じった声が響いた。
「何勝手に話進めてんだよ。俺はこのクソカス女の癇癪に付き合うつもりはねェぞ」
そう言って武者は提案を切り捨てた。
「……癇癪じゃないよ。フラスター全体の事を想っての提案だよ」
優月は、反対意見を述べたバイオレント様を静かに睨み付けながら言う。
バイオレント様はその言葉を鼻で嗤ってから告げた。
「テメェがフラスターの事を考えるとか、最高に面白ェ冗談だな。断言できる、オマエは完全に個人的な理由で五部隊を使おうとしている」
「同感だな」
バイオレント様の意見に同調するよう、ワード様が手を挙げた。
「論じるまでもなく、君は私怨で大侵攻を行おうとしている。大侵攻はそんな子供じみた我儘を理由に行っていいものではない」
「私は反対する」ワード様はそう言って手を下げた。
『あちゃー、これは無理だね。幹部の内四名からの賛成を得なきゃ大侵攻は実行できないからね』
大袈裟なリアクションで残念がる声がラジオ機器か聞こえた。
「まぁ、残念ですが大侵攻はお預けですね。アラド君、帰りますよ」
会議は終了したと言わんばかりにデザイア様は席を立ち、部屋の大扉へと向かい始める。
俺は慌ててデザイア様の後ろを歩きつつ、優月の方を振り返る。
そこには苦渋の表情で項垂れる優月の姿があった。
――兄ちゃん……助けて、助けてよ……
その姿に俺の脳内に過去の言葉が蘇る。
「あ、あの!」
気付くと俺は足を止め、考えるより先に声を上げていた。
自分の声が会議室内に響くのを聞いてから、俺は自身の起こした行為の間違いに気付いた。
「おい」
言葉が耳に届くより速く、喉元に突きつけられた刃物の感触に脳内が警鐘を鳴らす。
「いつ従幹部に発言の許可を出した?」
刃先が僅かに肌に触れる程度で、痛みはない。
しかしこの刃が後数センチでも奥へ動けば、俺の喉は容易に貫かれる。
大振りの太刀を握るバイオレント様と、その刃先を喉に突きつけられる俺。
「おやおや、危ないですねぇ、
しかし事態を確認したデザイア様はそのどちらを見るでもなく、奥の方に目を向け、楽しそうに呟いた。
デザイア様の見る方向へ視線を移すと、そこには鬼気迫る表情でバイオレント様へと飛びかかる優月の姿があった。
「死ね」
優月の振り上げた右腕、その掌に黒い色のエネルギーが集約し始める。
バイオレント様は俺の喉元から刃先を離し、切先を優月に向け迎撃の構えをとる。
「『少女は兄への影響を考慮し、攻撃を止めた』」
互いの攻撃がぶつかり合うというタイミングで、その声が響いた。
その直後、優月の掌に集約された黒いエネルギーは一瞬にして消えた。
それから優月はバイオレント様と俺の間に着地し、見上げるようにして兜頭を睨みつけた。
「……次、兄さんに危害を加えてみろ。誰よりも先にお前を殺す」
必死に怒りを抑えるように身体を震わす優月は、瞳孔を開かせ、そう言い放つ。
言われたバイオレント様は何を言うでもなく、静かに立ちつくしていた。
「単細胞共が……」
吐き捨てるようにそう言ったワード様は、その後、俺の横に向け人差し指を向ける。
「デザイア、お前この展開を読んで席を立っただろ」
俺はその言葉に驚き、背後に立つデザイア様の顔を見る。
不気味な仮面が笑っているように見えた。
「いえいえ、そんな意地悪はしませんよ」
「この醜悪な行為を“意地悪”等と宣うから、誰もお前と会話をしたがらない」
ワード様から辛辣な台詞を突き付けられたデザイア様だったが、何故だか楽しそうな様子だった。
『え!?なに!?喧嘩?見たい見たい!ねぇ、誰が死んだ!?』
険悪な空気の中、はしゃいだ声がラジオから聞こえた。
「……兄さん」
俺の前に立つ優月顔だけ振り返って俺を呼んだ。
苦しいような嬉しいような、どちらとも捉えれる表情を浮かべていた。
それから目を瞑り、何かを噛み締めるように口を閉じた後、優月は目を開けて話を始めた。
「十年前、二度目の大侵攻が行われたね」
優月が話しかけるのは、俺ではなく、横のデザイア様だった。
「そうですね、あの時は大変でした。幹部が一名、戦闘員の四割がヒーローに殺害されましたね」
まるで幼い頃の日常の一コマを語るかのような雰囲気で語った。
そんなデザイア様を冷えた瞳で睨みつけ、優月は言った。
「あの大侵攻、発案者はお前でしょ?」
その指摘に対し、デザイア様は直ぐには返事をしなかった。
手を顎に寄せ、考える姿勢をとり、それから話した。
「まぁ、そうですね。新兵器の活用によって地上人の戦力を大幅にを減らせる算段がつきましてね。まぁ、結果として期待した程の効果は得られませんでしたが」
新兵器と言う言葉に、俺はあの日の惨状を思い出した。
確かにあのレベルの破壊を行える兵器があるなら、大侵攻を行ってもおかしくはない。
「違う」
そんな俺の考察を否定するよう、優月は反論を述べた。
「お前は実際には兵器の威力を調節し、並のヒーローなら死なない程度の威力にした。そのまま他部隊を時間稼ぎに利用し、その隙に瀕死のヒーローを中心とした実験サンプルの回収を行った」
その言葉に室内に重い沈黙が流れた。
他幹部達からデザイア様へ懐疑的な視線が寄せられる。
「……それで?」
しかしデザイア様は一切の弁明を行う様子はなく、静かな声で続きを促した。
優月はひとつ息をいれると、それから説明を続けた。
優月曰く、デザイア様の真の目的は特殊な能力を持つ地上人、ヒーローと呼ばれる者たちを実験の為に連れ去る事であった。
幹部会議の際にはその目的は伏せ、自身と部隊内の少数の部下にのみ作戦を伝え、実際に多くの犠牲を払いながら、目的のヒーローの確保を行った。
「大侵攻後、戦闘記録がないのに不自然に姿を消したヒーローが多数居る。この数のサンプルを回収するには、他部隊を体よく利用するのが一番効率的だった。だからお前は大侵攻を個人的な実験のために利用した」
「そうでしょ?」そう訊ねて説明を締めくくった優月に対し、デザイア様は顎から手を離すと、ゆっくりと答えた。
「困りましたねぇ…………まさかそこまで気づかれてるとは」
まるで悪戯がバレた幼子の様な、無邪気な声色で答えた。
「『男は罪の重さに耐え切れず膝を折った』」
冷たい殺意の籠った声がワード様から放たれた。
それと同時に太刀の刃がデザイア様の首に向け振り抜かれた。
刃物同士が衝突した様な甲高い金属音が響いた。
「やめてくださいよ、そんな物騒な物向けられたら、私死んでしまいますよ?」
デザイア様は一切体を動かさず、立った状態のままそう言った。
「……テメェはいつか殺す」
バイオレント様はそう言って刃の折れた太刀を捨て、赤い椅子へと戻った。
「……別に、私は責めるつもりはないよ」
一連のやり取りを静観していた優月はそう言って話を再開した。
「過去に個人的な要望により大侵攻が行われたから、自分も行っていいはずだと、そう言いたいのか?」
ワード様は苛立ちを発散するよう、指で机を叩きながら言った。
それに対し、優月は首を横に振った。
「違うよ。私が言いたいのは、大侵攻に必要なのは正当性じゃなくて、結果ってこと」
優月はデザイア様の方を指さして大侵攻に必要なことを語った。
「こいつは大義もない自分勝手な理由で大侵攻を利用した。だけど、結果として失った物以上の成果を手に入れてる」
俺は知っていた、前回の大侵攻によって、結果として空いた幹部の枠は埋まり、実験の副産物として転送装置などの新装備が生まれた事を。
「必要なのは成果。私はソールを殺したいから五部隊を利用する。これは完全に個人的な欲望、でもそれによって得られる成果を否定する理由がないはず」
はっきりと私怨で大侵攻を行うことを言い切った。
だが不思議と反対意見は直ぐには上がらなかった。
「……そう言う理由なら、私は賛成しよう」
ワード様がそう言って手を挙げた。
「あ?ワード、お前までふざけたこと言うなよ」
「ふざけてはない。オブセスの意見に一理あると考えただけだ。ソールは現段階の数値だけで言えば早急に処理すべきヒーローではない、だがその成長率は驚異的だ。早めに始末する方がいいと考える」
ワード様の意見を聞いた後、バイオレント様から舌打ちが飛ばされる。
『僕もワードと同意見。てか、そもそもワードとバイオレントは大侵攻に慎重になり過ぎだよ。もっと気楽に行こうよ』
ビトレイル様からも賛同の声が上がる。
二名の幹部からの了承を得た。後は発案者を除き一名の了承を得られれば大侵攻は決行される。
「自由がモットーですからね、私は無論賛成です」
これにより四名の了承を得て大侵攻の決行が決定された。
「俺は認めねェぞ。特にコイツらと手を取り合うつもりはねェ」
優月とデザイア様の二人を指さして、バイオレント様はそう言った。
それに対して優月は呆れた表情で告げた。
「あなたの意見は要らないんだけど……気に入らないなら殺せば?殺せるなら、だけど」
挑発するように言うと、両者はしばらくにらみ合った末、先にバイオレント様が目線を逸らした。
『決まりだね。じゃあ具体的な作戦について決めよう』
それから再び幹部全員が席につき、日時や場所など細かな部分まで話し合われた。
実際の作戦のシュミレーションは決行日までに戦闘部隊と情報部隊が担う事となり、話し合いが終わろうとしていた。
「以上で終わり。変更が必要だったらなるべく迅速に私に伝えて……で、それから最後に一つ」
会議の進行を行っていた優月が最後、俺の方を見て告げた。
「今回の作戦決行日まで、兄さんを私の従幹部にしてもらうから」
思わぬ要求に俺は驚く。
それを聞いたデザイア様が疑問を口にする。
「それは何故でしょうか?」
「モチベーションのため。従幹部とか、正直誰でもいいし」
その発言に背後の従幹部がピクリと反応を示した。
しかし優月は自身の従幹部に一切目も向けずに、デザイア様を睨みつけ言った。
「そもそも、兄さんはお前のものじゃない。これ以上兄さんを弄ぶな、クズ」
クズ、そう言われたデザイア様はくつくつと笑った。
「そうですねぇ、私の部隊もアラド君が居ないと困るのですが……まぁ、いいでしょう。貴女のお兄さん、返しますよ」
その発言を最後に、幹部会議は終了した。
会議を終え、順々に幹部と従幹部が会議室を後にする。
俺もデザイア様の後ろをついて部屋を出ていこうとした。
「違うでしょ?」
耳元で囁く様な声が聞こえると同時に、俺の手首が何者かに握られる。
振り返ると、陶酔した様子の優月が俺の腕を掴んでいた。
「兄さんは今から私の従幹部、でしょ?」
俺はその言葉に視線をデザイア様へ向ける。デザイア様は無言で頷いた。
「わ、分かりました……」
俺は動揺しながらも返事を返す。
優月は少し不満そうに目を細める。その様子に、俺は何か間違えたかと内心慌てたが、やがて優月は納得したように息を吐いた。
「ま、他の人達への体裁もあるし、いっか」
そう言った後、優月は顔だけ後ろへ向け、本来の従幹部へ口を開いた。
「あ、もう今日から暫くはついて来なくていいから」
そう言い捨てると、優月は俺の手を握り、そのまま手を引いて扉へと向かって歩く。
部屋を出る直前、室内を振り返ると、こちらに手を振って見送るデザイア様と、明らかに殺意の籠った目で俺を睨む本来の従幹部が立っていた。
「うん?兄さん、大丈夫?お腹痛い?」
再び訪れた強烈な胃痛を堪えるよう、腹を抑えていると、優月から心配の声を掛けられた。
「だ、大丈夫……です」
俺はふるふると首を横に振りつつ、答える。
「ならいいけど。あ、二人きりの時は普段と同じ様に話していいからね」
「わ、分かった。これから、その、よろしくな、優月」
俺が帰宅後に話す時と同じ口調で話すと、優月は満足そうに微笑んで言った。
「うん!よろしくね、兄さん!二人で」
――ヒーロー、殺そうね!
「……あぁ」
俺は僅かに視線を下げ、床を見つめるようにして答えた。
ふと、会議室で自分が声を上げた時の事を思い出した。
あの時、俺は何を言おうとしていたのだろうか。優月の考えは間違っていない?
その発言は、俺自身が大侵攻を勧奨する事になる。家族を、日常を失ったあの出来事を、今度は俺の手で起こそうとしているのだ。
吐き気にも似た後悔が襲ってくる。
「兄さん、私、嬉しかったよ。あの時声を上げてくれて、やっぱり兄さんは私の味方なんだって、そう思えたの」
そんな俺の内心を見透かしたかのよつな発言をする優月の顔を見る。
頬を上気させ、遠くを眺めていた。それから強く、俺の手が握られた。
「兄さんは、私だけを見ててね?」
振り返ってそう言った優月の顔には、僅かな不安が見えた。
「…………」
当たり前だ。答えようとしても、何故だか声が出なかった。
代わりに、俺は優月の目を見つめ、手を強く握り返した。
「……ありがとう」
暗い喜びを含んだ笑みを浮かべ、優月は静かに呟いた。
それからしばらく、互いに手を握ったまま仄暗い廊下を歩き続けた。