眠りの果てに   作:冬獅郎

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遅くなり申し訳ありません…キャラ崩壊してないといいなぁ…

感想本当にありがとうございます。本当に泣いて喜んでます。


夢の底から

夢の底から

 いつものリビング。窓からは、目を細めたくなるほど穏やかな朝の光が差し込んでいる。

 キッチンからはトントン、トントンと、リズミカルに包丁がまな板を叩く音が響く。それは世界で一番、平和な音だ。

 味噌汁の出汁の香りが鼻をくすぐり、俺の胃袋を優しく刺激する。

 

 ──おいデンジ! ワシの野菜も食え!

 ──別にいいけどよォ。そろそろ自分で食えるようになれよな。

 ──うるせぇ。朝っぱらから騒ぐんじゃねぇよ。

 

 キッチンから、エプロン姿のアキが顔を出して叱ってくる。いつもの光景。理不尽だと思ったはずなのに、何故か今は、その説教さえも心地よい音楽のように聞こえる。

 湯気の立つ炊きたてのご飯。焦げ目のついた焼き魚。

 騒がしくて、暖かくて、当たり前の朝。

 そんな日常が、なんだかとても懐かしくて、胸が締め付けられるほど幸せだった。

 俺は口いっぱいに白米を頬張りながら、心の底から思った。

 

 ああ、こんな日が、死ぬまでずっと続けばいいのに。

 

 ふと、瞬きをした一瞬の間のことだった。

 唐突に世界が反転した。

 気づけばアキとパワーが、玄関のたたきに立っている。

 靴を履き、二度と帰ってこない旅に出るような、大きな荷物を背負って。

 

 ──先に行くぞ、デンジ。

 

 アキが言った。コンビニにでも行くような軽い声で。けれど俺の本能が警鐘を鳴らす。その背中を見送ったら、もう二度と会えない気がして、俺は反射的に手を伸ばした。

 

 ──ワシも行くぞ。新しい冒険がワシを待っておるからな!

 

 パワーが言った。いつものように、バカげた虚言を口走って。いつもなら聞き流すハズのその軽口が、今は永遠の別れの言葉のように重く響く。

 嫌だ。行くな。

 俺は箸を落とし、机に体をぶつけながら立ち上がった。

 

 ──待てよ。どこ行くんだよ。まだ飯の途中だろ?

 ──俺も連れてってくれよ!!

 

 喉が裂けそうなほど声を張り上げて、廊下を走る。

 けれど、足が自分のものじゃないみたいに重い。走っても走っても二人の背中に追いつかない。

 

 ──じゃあな、デンジ。

 

 二人が背を向ける。光の向こうへ歩き出す。

 置いていかないでくれ。ひとりにしないでくれ。

 必死に叫んだ。けれど、二人が振り返ることはなかった。

 ドォン、と重たい鉄の扉が閉まる音が、まるで銃声のように響き──俺だけが、廊下に取り残された。

 シーンとした静寂が耳に痛い。

 嫌だ、ひとりは嫌だ。

 俺は縋るように、今来た道を振り返った。

 そうだ、戻ろう。戻ればまだ、アキが作った飯がある。暖かい味噌汁と、あいつらの声が──。

 けれど。

 振り返った先にはもう、暖かい食卓なんてなかった。

 光すら届かない、冷たくて薄暗い闇が広がっているだけだった。

 俺は暗闇の中で立ち尽くす。

 もう終わりだ。誰もいない。

 そう思ってうなだれた時──頭上で、ドン、と腹に響く破裂音がした。

 見上げると、闇夜を引き裂くように、鮮やかな大輪の花が咲いている。

 

 ──私と一緒に逃げない?

 

 気づけば、俺は夜の山の中にいた。

 色とりどりの花火が空に咲いている。火薬の匂い。

 目の前には、ひとりの女の子がいた。紫がかった黒髪。首元のチョーカー。

 レゼだ。

 俺が本気で好きになった女の子。超かわいくて、面白くて、いろんなことを教えてくれた人。

 彼女は今も、優しく微笑んで俺を抱きしめてくれている。その体温だけが、心まで冷え切った俺の救いだった。

 そうだ。レゼがいれば大丈夫だ。レゼとなら、二人できっと生きていける。

 俺はすがるように、彼女の体を強く抱きしめ返そうとした。

 けれど──俺の腕は、空を切った。

 

 ──ごめんね。やっぱり私は、そっちには行けない。

 

 冷たい風のような声だけを残して、彼女の姿は煙のように掻き消えた。

 花火の音が止む。暗闇が押し寄せる。

 俺はもう山の中にはいなかった。

 狭くて、鼻が曲がりそうな悪臭が漂う、錆びついた箱の中。

 ああ、知ってる。ここはゴミ箱だ。

 寒さで体がガタガタ震える。腹が減って、指一本動かせない。

 この手の中には何も無い。誰もいない。

 光すらない暗闇の中で、静かに、蓋が閉まる音が聞こえた。

 ああ、そうか。

 俺は最初から、何も持っちゃいなかったんだ。

 美味い飯も。暖かい布団も。うるさい家族も、愛しい恋人も。

 全部、このゴミ箱の中で死にかけてる俺が見た、都合のいい夢だったんだ──。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

「……ッ、はぁ、あぁッ……!!」

 

 肺が焼けるように熱い。

 弾かれたように上半身を起こした俺は、陸に打ち上がった魚みたいに口を開閉させていた。

 全身が嫌な寝汗でびっしょりと濡れて、Tシャツが肌に張り付いている。

 見知った天井だ、ここはあの狭くて臭いゴミ箱なんかじゃねぇ。

 夢だ。さっきのは全部、クソみたいな夢だ。

 

「最悪な夢、見ちまったな……」

 

 動悸が収まらない。心臓が早鐘を打っている。

 落ち着け。思い出せ。俺は昨日、レゼと抱き合って眠ったはずだ。

 それさえ確認できれば、この震えも止まる。

 俺は救いを求めるように、隣にいるはずのレゼへと視線を向けた。

 

「……レゼ?」

 

 名前を呼んだ。

 けれど、返事はない。

 そこにあるのは、主を失ってクシャクシャになった枕と、ぽっかりと空いた空白だけ。

 思考が白く染まる。嫌な予感が、背筋を駆け上がる。

 俺は祈るような気持ちで、レゼが寝ていた場所に手を這わせた。

 

 ──冷たい。

 

 指先から伝わる無機質な温度が、さっき見た悪夢を鮮明にフラッシュバックさせる。

 そうだ。夢の中のレゼもそうだった。

 俺が抱きしめようとした瞬間、煙みたいに空に溶けて、跡形もなく消えちまった。

 このシーツの冷たさは、まるで最初からここには誰もいなかったと告げているようで──。

 

「……レゼ」

 

 もう一度、名前を呼んだ。声が震える。

 トイレか? それとも喉でも乾いてキッチンにでも行ったのか?

 頭では必死にそう考えようとするのに、身体の震えが止まらない。

 返事はない。重苦しい静寂だけが部屋に満ちている。

 嫌な汗が背中を伝う。

 昨日のことは、全部夢だったのか?

 氷に包まれた体を溶かして、レゼが目を覚ましたことも。キスをしたことも、一緒に風呂に入ったことも。

 互いの体温を確かめあって、抱き合って眠った夜さえも。

 全部、孤独に耐えきれなくなった俺の脳みそが作り出した、都合のいい幻覚だったのか?

 

 ──まただ。いつだってそうだ。俺の大切な人たちは、みんな俺の前からいなくなっちまう。

 

 ポチタも、アキも、パワーも。

 そして、レゼも。

 結局、俺は何も救えてなんかいなかったんだ。最初から、この手の中には何もない。

 

「嘘だろ……頼むよ……」

 

 誰もいない部屋に、俺の声だけが空虚に響く。

 失うことには慣れたつもりだった。

 でも、一度知った温もりを、また失うことの痛みには、慣れることなんて出来ない。

 もうひとりは嫌だ。置いていかないでくれ。

 たったひとりのこの世界で、俺はどうやって生きていけばいい?

 布団を蹴り飛ばして、ベッドから転がり落ちるようにして立ち上がった。

 この現実を否定したくて、彼女の痕跡を探そうとして──。

 

 バンッ!!

 

 勢いよく寝室のドアが開いた。

 

「デンジ君!?」

 

 そこには、俺のスウェットをダボッと着て、お玉を片手に持ったレゼが立っていた。

 リビングから、味噌汁の匂いが流れ込んでくる。

 

「どうしたの!? なんかすごい音したけど……!」

 

 驚くレゼを前に、俺は声が出なかった。

 ただ、ふらふらとレゼの元へ歩み寄る。

 夢の中の光景を上書きするように、力任せに抱きしめた。

 

「デ、デンジ君……?」

 

「レゼ……。これは夢じゃねぇよな? ちゃんと、ここにいるんだよな?」

 

 俺の震えが伝わったのだろう。

 レゼは困惑しながらも、俺の背中に腕を回し、やさしく抱き締め返してくれた。

 

「うん、夢なんかじゃないよ。……確かめてみる?」

 

「……? ッ!?」

 

 返事をする間もなかった。

 不意にレゼの顔が迫り、強引に唇を塞がれる。

 触れた感触は驚くほど柔らかく、温かい。

 だが──次の瞬間、ズクリと舌先に鋭い痛みが走った。

 

「──んぐッ!?」

 

 舌を、噛まれた。

 花火の夜みたいに噛み千切るわけじゃない。けれど、涙目になるくらいには容赦のない強さだ。

 じわりと口の中に広がる、錆びた鉄の味。

 その生々しい痛みと血の味が、俺の意識を悪夢の底から現実へと無理やり引きずり上げた。

 

「いてぇ……! 噛むのは反則だろ……」

 

「これで夢じゃないってわかったでしょ?」

 

 レゼは唇を離し、いたずらっぽく笑った。その唇には、少しだけ俺の血が滲んでいる。

 

「……ねぇ、どんな夢を見てたの?」

 

「……レゼが、どっか行っちまう夢」

 

「私はもう、どこにも行かないよ。……だって、デンジ君が守ってくれるんでしょ?」

 

「……おう」

 

 昨日の夜、交わした約束。あれは夢なんかじゃなかった。

 彼女の体温と、口に残る鉄の味が、それを雄弁に物語っている。

 ここが現実だと理解した途端──今度は、猛烈な熱が顔に集まった。

 

「最悪だ……カッコわりぃとこ見せちまった」

 

 助けたはずの女の子に、寝起きで泣きついて、あまつさえ慰められて。

 情けなさで顔から火が出そうだ。

 けれど、レゼは俺の頬に手を添えて、真っ直ぐに俺の目を見た。

 

「カッコ悪くなんてないよ」

 

「え?」

 

「だって、泣いちゃうくらい、私と離れるのが嫌だったってことでしょ? カッコ悪くなんてない。むしろ嬉しい」

 

 レゼの親指が、俺の目尻をやさしく拭う。

 その瞳は、どこまでも深く、優しい色をしていた。

 

「いつか、言ったよね」

 

「……?」

 

「デンジ君の知らないこと、できないこと──私が全部教えてあげるって」

 

 ああ、そうだ。

 夜の学校で、プールで。彼女はそう言って俺に笑いかけた。

 あの時は、それが俺を騙すための甘い罠だとしても、嬉しかった。

 

「……ああ」

 

「だから」

 

 レゼは俺の首に腕を回し、グッと顔を近づけてきた。

 鼻先が触れそうな距離。

 逃がさないとでも言うように、翡翠色の瞳が至近距離で俺を捕らえる。

 

「デンジ君の全部、私に教えて? 弱いところも、怖いものも、全部」

 

 その言葉が、俺の胸の奥深くに沁み込んでいく。

 俺の全部。情けねぇとこも、汚ねぇとこも。

 彼女は、その全てを受け入れようとしてくれている。

 

「……聞かない方が良かったって……思うかもしれねぇぞ」

 

 自信なさげに呟くと、レゼはふわりと笑って首を振った。

「思わないよ。デンジ君のことなら、全部知りたい」

 

 その一言で、肩に入っていた力が抜けていくのがわかった。

 俺はレゼの背中に腕を回し、ぎゅうっと力を込めて抱きしめ直した。

 

「……なら、覚悟して聞けよ」

 

 俺の言葉に、レゼが嬉しそうに頷いた。

 この確かな体温と、交わした約束があれば、俺はもう二度と、あの孤独なゴミ箱の夢を見ることはない。

 そう、心の底から確信できた。

 

 ──グゥゥゥゥ……。

 

 その時、俺の腹が間の抜けた音を盛大に鳴らした。

 感動的な空気が一瞬で霧散し、二人してきょとんと顔を見合わせる。

 

「……ふっ、あははは!」

 

 レゼがたまらず吹き出した。俺もつられて苦笑するしかない。

 生きるための本能ってやつは、いつだって空気を読まない。

 

「……腹減ったな。飯にするか」

 

 俺が言うと、レゼの笑い声がピタリと止まった。

 急に視線を泳がせ、俺のTシャツの裾をギュッと掴む。

 

「あー……ごめん。ご飯、まだ準備できてないかも」

 

「え? さっきいい匂いしてたじゃんか」

 

「いや、その……ちょっと失敗しちゃって……まだ行かないで!」

 

 俺がリビングへ向かおうとすると、レゼが焦った様子で俺の前に立ち塞がった。両手を広げて通せんぼの構えだ。

 

「なんでだよ? 味噌汁のいい匂いしてんじゃん」

 

「そ、そうなんだけど……その、味噌汁以外がちょっと……手違いがあったっていうか……修正が必要っていうか……」

 

 歯切れが悪い。頬がほんのり赤い。

 俺はレゼの手首を優しく掴んで、真っ直ぐに翡翠の瞳を見た。

 

「せっかくレゼが作ってくれたんだろ? 俺、レゼの飯が食いてぇよ」

 

「う……」

 

 レゼが言葉に詰まり、観念したように力を抜いた。

 

「……笑わないでよ?」

 

「おう」

 

 レゼが道を空ける。俺はリビングへと足を踏み入れた。

 テーブルの上には、湯気を立てる味噌汁と、白米の盛られた茶碗が二つ並んでいた。

 

「お、美味そうじゃん! どこが失敗なんだ?」

 

 味噌汁からは出汁のいい香りがしている。完璧な朝食だ。

 だが──俺の鼻は、その奥にある別の匂いを捉えていた。

 

「……なんか、焦げ臭くねぇか?」

 

 匂いの元は……キッチンか?

 俺はテーブルを通り過ぎ、キッチンの方へと足を向けた。

 

「あぁっ! ダメだってば!」

 

 背後からレゼの悲鳴じみた声が聞こえるが、俺は構わずキッチンへと入った。

 流し台の横。まな板の影に、隠蔽するように置かれた皿があった。

 そこには、かつて卵焼きだったと思われる、漆黒の塊が鎮座していた。

 黄色い部分はほとんどなく、炭のように黒く、所々に殻のようなものが混じっている。

 

「……これ」

 

 俺が絶句していると、追いついてきたレゼが顔を覆ってしゃがみこんだ。耳まで真っ赤だ。

 

「……火加減が難しくて。ほら、私って爆発とか得意だから、細かい火力調整とか苦手っていうか……」

 

「言い訳が物騒だな……」

 

 俺はその黒い塊を指でつまんだ。

 

「だ、ダメだって! 捨てて作り直すから……」

 

「もったいねぇだろ。俺はこれくらい平気だぜ」

 

 止めるレゼを制して、黒い塊を一気に口に入れた。

 ガリッ。

 砂利を噛んだような音が脳天に響く。舌の上に広がるのは、強烈な苦味と、焦げた炭の味だけ。

 

「んぐっ……」

 

 俺は思わず顔をしかめ、喉を詰まらせかけた。

 正直、不味い。店で出されたら暴れるレベルだ。

 

「……やっぱり、不味いよね」

 

 レゼが申し訳なさそうに眉を下げる。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。レゼが俺のために早起きして、慣れないキッチンで悪戦苦闘してくれた姿が目に浮かぶからだ。

 

「……苦ぇけど、不味くはねぇよ。レゼの愛情を感じるからな」

 

「うぅ……フォローになってないよぉ……」

 

 レゼがさらに小さくなる。このままだと消えてしまいそうだ。

 俺は口の中の卵を鍋に残っていた味噌汁で流し込み、しゃがみこむレゼの頭にポンと手を置いた。

 

「レゼ。俺さ、アキに料理教えてもらって、最近結構できるようになったんだ」

 

「……うん」

 

 

「だから、俺がレゼに教えてやるよ。火加減も、包丁の使い方も」

 

 その言葉を口にして、ふと気づく。

 泳ぎ方も、祭りの楽しみ方も、恋の味も。

 俺の知らねぇことは全部、レゼが教えてくれた。

 だから──。

 俺の言葉に、レゼが指の隙間から俺を見上げる。

 

「……デンジ君が、先生?」

 

「おう。……今度は、俺の番だ」

 

 俺が得意げに言うと、レゼは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。

 だが次の瞬間、彼女は思い出したように口を尖らせた。

 

「……やだ」

 

「……え?」

 

「……自分でやりたいの。いつか、デンジ君にハンバーグ作るって約束したし……自分の力で作りたい」

 

 彼女は頑固にそう言って、そっぽを向いた。

 その横顔を見て、俺はため息をついた。変なところで意地っ張りだ。

 

「あのな、レゼ。いきなり一人でやろうとするから黒焦げになんだよ。まずは二人でやればいいじゃねぇか」

 

「二人で?」

 

「おう。基礎が大事なんだとよ。包丁の持ち方とか、火加減とか……そういうのを二人で覚えてから、最後にハンバーグを一人で作ればいい。……その方が早えだろ?」

 

 それに、と俺は付け加えた。

 

「俺も、レゼと料理してぇしよ」

 

 そう言うと、レゼはポカンと口を開け、それからゆっくりと顔を赤くした。

 しばらくモジモジしていたが、やがて観念したように小さく頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、教えて。デンジ先生」

 

「おう、任せとけ。スパルタで行くからな」

 

「ふふっ……お手柔らかにお願いします、先生」

 

 レゼがようやく笑った。この笑顔が見れただけで、黒焦げ卵焼きを食った甲斐があったってもんだ。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 一通りの朝食(結局、レゼの分も俺が美味しくいただいた)を終え、俺たちはソファで並んで一息ついていた。

 ふと、レゼの姿を見て思う。

 彼女が着ているのは、俺のグレーのスウェット上下だ。

 男物の、しかも俺のサイズだ。小柄なレゼにはさすがに大きすぎる。

 袖からは指先しか出ていないし、ズボンの裾もズルズルと床を引きずりそうだ。

 それはそれで、守ってやりたくなるような可愛さはあるが……これからずっとこの格好というわけにもいかない。

 

「そういやレゼ、服どうする? ずっと俺のお下がりってわけにもいかねぇだろ」

 

 俺が言うと、レゼはブカブカの袖を少し持ち上げ、困ったように眉を寄せた。

 

「うーん……そうだね。でも、外に出るのはまだ危ないかも」

 

 レゼが表情を曇らせる。

 公安や、元いた組織の連中を警戒しているのかもしれない。レゼは今、どっちからも追われている身だ。

 だが、俺は首を横に振った。

 

「大丈夫だ。マキマさんより怖ぇヤツなんて、この世にいねぇよ」

 

 俺が真顔で言い放つと、レゼは目を丸くし、それから可笑しそうに笑った。

 

「……ふふ、確かに。デンジ君は、あのマキマを倒した最強のデビルハンターだもんね」

 

「おうよ。だから心配すんな」

 

 俺の言葉に、レゼの肩から力が抜けていくのがわかった。

 難しいことはよくわからない。

 けど、こいつを縛り付けてた鎖みたいなモンは、もうないんだ。もしあったとしても、俺が全部ぶった切ってやる。

 

「それに……せっかく自由になれたのによ。ビクビクして引きこもってるなんて、もったいねぇだろ?」

 

 俺は立ち上がり、押し入れを開けた。

 ガランとした中から、冬物のジャンパーとマフラーを引っ張り出す。

 

「ほら、これ着ろ。変装だ」

 

 俺はレゼにジャンパーを着せ、上からマフラーをぐるぐると巻いてやった。

 サイズが大きすぎて肩が落ちているし、丈もお尻まですっぽり隠れてしまう。マフラーで顔の下半分が埋もれている様は、少し不格好だが変装にはちょうどいい。

 

「よし。顔隠して買い物すりゃバレねぇよ」

 

「……もしバレたら?」

 

「言ったろ? 俺が全部ぶっ飛ばすって。レゼには指一本触れさせねぇよ」

 

 俺が笑いながら言うと、レゼはようやく安堵したように、マフラーに顔を埋めるようにして微笑んだ。

 

「……ふふ、頼もしいね、デンジ君」

 

「だろ? よし、じゃあ行くか。……デートだ」

 

「デート……うん。デートだね」

 

 俺はレゼに手を差し伸べた。

 レゼは俺の手を見て、それから顔を上げた。

 怯えも、迷いもない。今日一番の明るい笑顔で、俺の手を強く握り返してくる。

 

「うん! 連れてって、デンジ君!」




pixivにもう少し別作品を掲載していますので、良ければ探してみてください。
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