神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
ベリック・ハーグレイブは戦線を退げた。
西部侵略への重要な足掛かりであるグローヴィスを失ったコトで、優秀な戦術家といえども作戦を練り直す必要に迫られたのだろう。
また、こちら側に残された自軍をほとんど掃討され、冬も近づいて来たために体力が保たなかった。
一方で、うちにはまだまだ余裕がある。
元々、肥沃なうちと痩せこけたドラン峡谷領では、戦争をやるにしても地力が違うのだ。
僕は西部総督名代として、まずまずの仕事をしたと言える。
気は抜けないけどね?
予定では叔父が王都から戻って来るのは、冬の終わり頃だ。
それまでは僕が恐怖の椅子に腰を下ろして、しっかり西部の土地を守らなくちゃならない。
(ベリック・ハーグレイブも、まだまだ諦めちゃいないだろうし)
警戒を続けながら、睨み合いを維持するために
あれから、一週間が経った。
名代として慌ただしく過ごしていた僕にも、ようやく落ち着いた時間が戻っている。
なので、レオニアとシンリースともようやく話し合う時間を得られた。
執務室でホットワインを注ぎ、ふたりにカップをすすめる。
「どうも」
「ありがとうございます、閣下」
「どういたしまして」
僕もワインで唇を湿らせ、テーブル上の小皿からスモークチーズをひとかけ口に放り込む。
時刻は昼下がり。
小腹が空く時間だ。
他の皿には、砂糖で甘くされたレーズンパンなども乗っている。
「良かったら、好きにどうぞ? 全部毒味も済んでます」
「……そう」
レオニアは少し、元気が無い。
彼女はあの日から、ずっと僕の両手に負い目があるようだった。
サー・ドレイブモントの首を手にした時、少なくない火傷──霊障を負ったからね。
どうやらレオニアには、それが自分のせいに感じられるらしい。
「手は、大丈夫? その、痛んだりは……」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ? 思っていたより、傷もひどくはありません」
ほら、と両手を開いて見せてみせる。
霊的な炎だったからか、火傷は貴公子たちが姿を消した時にほとんど無くなっていた。
ただ、最後に「預かる」と言ったのが原因なのか。
火傷は完全には無くならず、薄い軽傷を残している。
特に気にするほどのケガじゃない。
「……たしかに、大したコトは無さそう」
「でしょう? でもまぁ、あれから何日も経つのに、一向に癒える気配は無いんですが」
「っ」
「……やはり、普通の火傷では無いのですね」
「ちなみに、こういった傷を治せる薬に心当たりは?」
「──申し訳ございません」
謝るシンリースに、「ふむ」と頷いてチーズをパクつく。
「では、名誉の負傷ということで」
「それでいいの? 火に焼かれたのよ?」
「僕が自分で、手を突っ込みましたし」
「……愚かだわ。私だったら、絶対、そんなことしない」
「レオニア様……」
シンリースが労しげに主人を気遣う。
たしかに、レオニアには少々キツいか。
これからは、手袋でもして気にならないようにしておこうかな?
それはさておき。
ソファに座り、「ところで」と声をかける。
「今日は来てくれて、ありがとうございます」
「……」
「閣下。例など不要でございます。私どもは閣下を、先日の件で信じております」
「そう? だったら、重ね重ね感謝は伝えておきたい」
「……どうして?」
「あなたたちは、僕を信じてまだ残ってくれているんでしょう? それは素直に嬉しく思いますから」
「べ、べつにまだ、完全に信じたワケじゃないわよ……」
感情をストレートにぶつけられると、レオニアは照れるらしい。
と言っても、まだ警戒心混じりだ。
一定の信用は得られたようだけど、笑顔のシンリースと比べると対照的。
「レオニア様……またそのように。閣下こそ、レオニア様にとっては掛け替えのないお方なのですよ?」
「シンリース……! 誤解を招く言い方はやめてって言ってるでしょう!?」
「レオニア様も、あの光景をご覧になられればよかったのに。閣下、シンリースは心より感動いたしました」
「ん。そうかい?」
「はい!」
どうもグローヴィスでの件を経て、黒髪の少女はかなり僕を信頼してくれたようだ。
レオニアより先に、まさかシンリースから攻略できるとは思わなかったな。
ただ、理由は少し気になる。
「そういえば、キミはどうしてあの晩、僕に協力してくれたのかな?」
「はい?」
「いや、思えばキミの提案は、ちょっと唐突だったような気がしてね」
広場にいる亡霊が、首無しの貴公子だと知った途端。
シンリースは僕に協力を申し出た。
わずかに目を伏せ、シンリースはホットワインをテーブルに置く。
「……ああ。それでしたら、話は簡単でございます」
「ふむ?」
「グローヴィスを脱出し、レオニア様と共にこちらの砦まで向かうまでの道すがら、私は彼の騎士様と会っていたのです」
「えっ?」
初耳だったのか、レオニアが目を丸くして驚く。
シンリースは苦笑した。
「ある晩、私が木苺を摘みに行くと言って、レオニア様のお側を離れる許可をいただいたかと思います」
「え、ええ。そうね。覚えているわ?」
「木苺を摘みに?」
「手持ちの食料が心もとなくなって来たから、仕方なく採集をしたのよ」
「ですが、あの晩、私が持ち帰ったのは木苺ではなく片手ほどの葡萄とパン……こちらの、干し葡萄が混ぜ込まれたパンだったのを、覚えていらっしゃいますか?」
「あっ」
シンリースの言葉に、レオニアは段々と思い出した顔になる。
「そうだったわ。あなたはたしか、運よく拾ったって言ってたけど……私は何処かの村から盗んで来たんだと思ってた」
「実は、そうではないのです」
首をゆっくり横に振り、少女は膝の上でギュッと拳を握りしめる。
「あの晩、私はたしかに食べものを盗んで来るつもりでした。近くに旅人──馬の鳴き声などが聞こえていたので、こっそりとその者たちの荷物を漁り、目当てのものだけいただいてしまおうかと」
「……」
僕は黙って話を聞く。
女ふたりだけの逃避行。
盗みは犯罪だが、この世界で他人の善性を信じて不用心に近づくのは、かなり危険だ。
ふたりは器量もいい。
下手をすれば、その場で組み伏せられて犯され殺される可能性もある。
西部での犯罪行為は、ダイアニーシアスが最終的には裁くものだけど、ここでは目を瞑ろう。
「なるほど。つまり、そこで出会ったのがサー・ドレイブモントだったんだ?」
「……はい。彼は私を見つけ、剣に手をかけようとしましたが……途中で言ったんです」
──持っていくがいい。ただし、慎重に。静かに去るんだ。
「騎士様は、私の格好を見て、何かを察したご様子でした」
「シンリース……」
「きっと、血と煤で汚れたこの服のせいでしょう……あの時のご慈悲に、私はほんとうに自分が情けなくなりました」
素直に助けを求めれば、騎士は少女に庇護のマントをかけただろう。
だが、少女は騎士の荷物から食料を盗もうとしていて、高潔な騎士はそれを咎めぬワケにいかぬ立場だった。
それでも、少女を見逃したのは、血と煤で汚れた服装にグローヴィスの暴虐を察したがゆえ。
「騎士様の死を、後から知って……私はなぜ、あのとき感謝を言わなかったのか後悔していたのです」
「……」
「閣下。閣下は彼をお救いになるのと同時に、そんな私の後悔さえも晴らしてくださいました」
やや涙ぐみ、シンリースは笑顔で言う。
「ありがとうございます。ほんとうに、ありがとうございます……!」
「その感謝、たしかに受け取ったよ。ほら、涙をお拭き」
頷いてから、ハンカチを渡す。
シンリースはニッコリ、微笑んだ。
そんな僕と侍女を見て、レオニアはひとり僅かな疎外感を覚えたのかもしれない。
「……私も、できれば見たかったわ。その彼の姿」
「レオニア殿下は、気絶していましたからね」
「私も、レオニア様に見て欲しかったです。塔の上で閣下が旗を掲げて、まさかあんなお美しい言葉を……あれこそは主従の理想でございます。シンリースは閣下を誤解しておりました」
「あ、それで思い出したけど」
赤髪の少女が、「旗、旗よ」と僕に向き直る。
「シンリースから聞いてたけど、どこでダイアニーシアスの旗を見つけたワケ?」
「ん?」
「だって、グローヴィスじゃとっくに焼かれてたのよ? なのに、どうやって旗を掲げられたの?」
「ああ、そんなコトですか」
「……そんなコトって、私たちと馬車に乗ってた時も、あなた旗なんて持ってなかったわよね?」
レオニアは僕がどうやって我が家の旗を持ち込んだのか。
あるいは、どうやって調達したのか気になっているようだ。
簡単な話である。
「たしかに持ち歩いてはいませんでしたが、旗は馬車に積んでいましたよ」
「え?」
「あの御者に金を握らせて、食糧と一緒に運び込ませていたんです」
「っ、いつの間に?」
「馬車に積まれていた食糧には、葡萄もありましたからね」
紫の果実で覆い隠してしまえば、ダイアニーシアス家の旗は目立たない。
あとは簡単だ。
「グローヴィスの食糧庫に運び込まれた旗を回収して、塔に登る。途中で兵士に見つかる可能性もありましたけど、あの混乱のなかじゃ危惧したほど冷や汗はかかずに済みました」
事もなげに答えると、レオニアは「っ」と小さく息を呑んだ。
涙を拭い終えたシンリースも、それは同じだ。
キメるなら、ここだろう。
「──〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らない〟」
良ければこれを機に、どうぞお見知り置きを。
ここまでです