神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える   作:所羅門ヒトリモン

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第16話「葡萄とパンが旗を掲げた」

 

 

 ベリック・ハーグレイブは戦線を退げた。

 西部侵略への重要な足掛かりであるグローヴィスを失ったコトで、優秀な戦術家といえども作戦を練り直す必要に迫られたのだろう。

 また、こちら側に残された自軍をほとんど掃討され、冬も近づいて来たために体力が保たなかった。

 

 一方で、うちにはまだまだ余裕がある。

 元々、肥沃なうちと痩せこけたドラン峡谷領では、戦争をやるにしても地力が違うのだ。

 

 僕は西部総督名代として、まずまずの仕事をしたと言える。

 

 気は抜けないけどね?

 予定では叔父が王都から戻って来るのは、冬の終わり頃だ。

 それまでは僕が恐怖の椅子に腰を下ろして、しっかり西部の土地を守らなくちゃならない。

 

(ベリック・ハーグレイブも、まだまだ諦めちゃいないだろうし)

 

 警戒を続けながら、睨み合いを維持するために影輝砦(モーラグロス)に留まっていた。

 あれから、一週間が経った。

 

 名代として慌ただしく過ごしていた僕にも、ようやく落ち着いた時間が戻っている。

 

 なので、レオニアとシンリースともようやく話し合う時間を得られた。

 執務室でホットワインを注ぎ、ふたりにカップをすすめる。

 

「どうも」

「ありがとうございます、閣下」

「どういたしまして」

 

 僕もワインで唇を湿らせ、テーブル上の小皿からスモークチーズをひとかけ口に放り込む。

 時刻は昼下がり。

 小腹が空く時間だ。

 他の皿には、砂糖で甘くされたレーズンパンなども乗っている。

 

「良かったら、好きにどうぞ? 全部毒味も済んでます」

「……そう」

 

 レオニアは少し、元気が無い。

 彼女はあの日から、ずっと僕の両手に負い目があるようだった。

 サー・ドレイブモントの首を手にした時、少なくない火傷──霊障を負ったからね。

 どうやらレオニアには、それが自分のせいに感じられるらしい。

 

「手は、大丈夫? その、痛んだりは……」

「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ? 思っていたより、傷もひどくはありません」

 

 ほら、と両手を開いて見せてみせる。

 霊的な炎だったからか、火傷は貴公子たちが姿を消した時にほとんど無くなっていた。

 ただ、最後に「預かる」と言ったのが原因なのか。

 火傷は完全には無くならず、薄い軽傷を残している。

 特に気にするほどのケガじゃない。

 

「……たしかに、大したコトは無さそう」

「でしょう? でもまぁ、あれから何日も経つのに、一向に癒える気配は無いんですが」

「っ」

「……やはり、普通の火傷では無いのですね」

「ちなみに、こういった傷を治せる薬に心当たりは?」

「──申し訳ございません」

 

 謝るシンリースに、「ふむ」と頷いてチーズをパクつく。

 

「では、名誉の負傷ということで」

「それでいいの? 火に焼かれたのよ?」

「僕が自分で、手を突っ込みましたし」

「……愚かだわ。私だったら、絶対、そんなことしない」

「レオニア様……」

 

 シンリースが労しげに主人を気遣う。

 たしかに、レオニアには少々キツいか。

 これからは、手袋でもして気にならないようにしておこうかな?

 

 それはさておき。

 

 ソファに座り、「ところで」と声をかける。

 

「今日は来てくれて、ありがとうございます」

「……」

「閣下。例など不要でございます。私どもは閣下を、先日の件で信じております」

「そう? だったら、重ね重ね感謝は伝えておきたい」

「……どうして?」

「あなたたちは、僕を信じてまだ残ってくれているんでしょう? それは素直に嬉しく思いますから」

「べ、べつにまだ、完全に信じたワケじゃないわよ……」

 

 感情をストレートにぶつけられると、レオニアは照れるらしい。

 と言っても、まだ警戒心混じりだ。

 一定の信用は得られたようだけど、笑顔のシンリースと比べると対照的。

 

「レオニア様……またそのように。閣下こそ、レオニア様にとっては掛け替えのないお方なのですよ?」

「シンリース……! 誤解を招く言い方はやめてって言ってるでしょう!?」

「レオニア様も、あの光景をご覧になられればよかったのに。閣下、シンリースは心より感動いたしました」

「ん。そうかい?」

「はい!」

 

 どうもグローヴィスでの件を経て、黒髪の少女はかなり僕を信頼してくれたようだ。

 レオニアより先に、まさかシンリースから攻略できるとは思わなかったな。

 ただ、理由は少し気になる。

 

「そういえば、キミはどうしてあの晩、僕に協力してくれたのかな?」

「はい?」

「いや、思えばキミの提案は、ちょっと唐突だったような気がしてね」

 

 広場にいる亡霊が、首無しの貴公子だと知った途端。

 シンリースは僕に協力を申し出た。

 わずかに目を伏せ、シンリースはホットワインをテーブルに置く。

 

「……ああ。それでしたら、話は簡単でございます」

「ふむ?」

「グローヴィスを脱出し、レオニア様と共にこちらの砦まで向かうまでの道すがら、私は彼の騎士様と会っていたのです」

「えっ?」

 

 初耳だったのか、レオニアが目を丸くして驚く。

 シンリースは苦笑した。

 

「ある晩、私が木苺を摘みに行くと言って、レオニア様のお側を離れる許可をいただいたかと思います」

「え、ええ。そうね。覚えているわ?」

「木苺を摘みに?」

「手持ちの食料が心もとなくなって来たから、仕方なく採集をしたのよ」

「ですが、あの晩、私が持ち帰ったのは木苺ではなく片手ほどの葡萄とパン……こちらの、干し葡萄が混ぜ込まれたパンだったのを、覚えていらっしゃいますか?」

「あっ」

 

 シンリースの言葉に、レオニアは段々と思い出した顔になる。

 

「そうだったわ。あなたはたしか、運よく拾ったって言ってたけど……私は何処かの村から盗んで来たんだと思ってた」

「実は、そうではないのです」

 

 首をゆっくり横に振り、少女は膝の上でギュッと拳を握りしめる。

 

「あの晩、私はたしかに食べものを盗んで来るつもりでした。近くに旅人──馬の鳴き声などが聞こえていたので、こっそりとその者たちの荷物を漁り、目当てのものだけいただいてしまおうかと」

「……」

 

 僕は黙って話を聞く。

 女ふたりだけの逃避行。

 盗みは犯罪だが、この世界で他人の善性を信じて不用心に近づくのは、かなり危険だ。

 ふたりは器量もいい。

 下手をすれば、その場で組み伏せられて犯され殺される可能性もある。

 西部での犯罪行為は、ダイアニーシアスが最終的には裁くものだけど、ここでは目を瞑ろう。

 

「なるほど。つまり、そこで出会ったのがサー・ドレイブモントだったんだ?」

「……はい。彼は私を見つけ、剣に手をかけようとしましたが……途中で言ったんです」

 

 ──持っていくがいい。ただし、慎重に。静かに去るんだ。

 

「騎士様は、私の格好を見て、何かを察したご様子でした」

「シンリース……」

「きっと、血と煤で汚れたこの服のせいでしょう……あの時のご慈悲に、私はほんとうに自分が情けなくなりました」

 

 素直に助けを求めれば、騎士は少女に庇護のマントをかけただろう。

 だが、少女は騎士の荷物から食料を盗もうとしていて、高潔な騎士はそれを咎めぬワケにいかぬ立場だった。

 それでも、少女を見逃したのは、血と煤で汚れた服装にグローヴィスの暴虐を察したがゆえ。

 

「騎士様の死を、後から知って……私はなぜ、あのとき感謝を言わなかったのか後悔していたのです」

「……」

「閣下。閣下は彼をお救いになるのと同時に、そんな私の後悔さえも晴らしてくださいました」

 

 やや涙ぐみ、シンリースは笑顔で言う。

 

「ありがとうございます。ほんとうに、ありがとうございます……!」

「その感謝、たしかに受け取ったよ。ほら、涙をお拭き」

 

 頷いてから、ハンカチを渡す。

 シンリースはニッコリ、微笑んだ。

 そんな僕と侍女を見て、レオニアはひとり僅かな疎外感を覚えたのかもしれない。

 

「……私も、できれば見たかったわ。その彼の姿」

「レオニア殿下は、気絶していましたからね」

「私も、レオニア様に見て欲しかったです。塔の上で閣下が旗を掲げて、まさかあんなお美しい言葉を……あれこそは主従の理想でございます。シンリースは閣下を誤解しておりました」

「あ、それで思い出したけど」

 

 赤髪の少女が、「旗、旗よ」と僕に向き直る。

 

「シンリースから聞いてたけど、どこでダイアニーシアスの旗を見つけたワケ?」

「ん?」

「だって、グローヴィスじゃとっくに焼かれてたのよ? なのに、どうやって旗を掲げられたの?」

「ああ、そんなコトですか」

「……そんなコトって、私たちと馬車に乗ってた時も、あなた旗なんて持ってなかったわよね?」

 

 レオニアは僕がどうやって我が家の旗を持ち込んだのか。

 あるいは、どうやって調達したのか気になっているようだ。

 簡単な話である。

 

「たしかに持ち歩いてはいませんでしたが、旗は馬車に積んでいましたよ」

「え?」

「あの御者に金を握らせて、食糧と一緒に運び込ませていたんです」

「っ、いつの間に?」

「馬車に積まれていた食糧には、葡萄もありましたからね」

 

 紫の果実で覆い隠してしまえば、ダイアニーシアス家の旗は目立たない。

 あとは簡単だ。

 

「グローヴィスの食糧庫に運び込まれた旗を回収して、塔に登る。途中で兵士に見つかる可能性もありましたけど、あの混乱のなかじゃ危惧したほど冷や汗はかかずに済みました」

 

 事もなげに答えると、レオニアは「っ」と小さく息を呑んだ。

 涙を拭い終えたシンリースも、それは同じだ。

 キメるなら、ここだろう。

 

「──〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らない〟」

 

 良ければこれを機に、どうぞお見知り置きを。

 

 

 





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