ピンクの悪魔 作:星の悪魔
その「かぞくやゆうじん」から、 すべてのめだま が うばわれた!
これは「マキマ」のしわざにちがいない!
「作戦はない。特異課全員をビルにぶち込む」
特異4課隊長の岸辺のその言葉を合図に、テロリストの巣窟に4課に所属する全ての隊員が突入した。
早川アキ、サメの魔人、暴力の魔人、蜘蛛の悪魔、天使の悪魔、血の悪魔、デンジ……そして、土壇場になって仮加入を果たしたピンクの悪魔。
ビルの一階、元々は駐車スペースだっただろうそこはゾンビの悪魔によって生成されたゾンビによって制圧されたそこに、岸辺の言葉通りなんの策を講じる事もなく悪魔と魔人が突撃し、それぞれが思い思いに暴れる事によってゾンビを蹴散らしていく。
岸辺を除けば唯一の人間であるアキもまた、手にした刀でゾンビを斬りながら前進する。
「よし、蹴散らしてくれ」
突入前に買い与えた食料分は働くと言わんばかりに、アキの言葉に応じて肩から飛び降りたピンクの悪魔は、その口からシャボン玉のようなものを吐き出した。
シャボン玉の中に浮かんでいるのは、黄緑色のプラズマのようなもの。
ピンクの悪魔がシャボン玉を噛み砕くと、その体色がピンクからプラズマと同じ緑色に変化し、頭部にはバチバチと迸る電気を纏った。
「姿が変わった……?」
手始めと言わんばかりに片手をゾンビの群れへと掲げると、その手から雷の矢が幾つも放たれ、瞬く間に十数体のゾンビを串刺しにする。
更にもう片方の手も合わせると、今度は先ほどよりも太いレーザーと呼べる光を放ち始める。
既に太さだけでも悪魔の大きさを超えているそれは、ゾンビを丸焦げにするのに充分な威力を持っていた。
数分もすればゾンビの群れはその殆どがサメの魔人に食われるか、蜘蛛の悪魔に潰されるか、ピンク──現在も体色は緑──の悪魔に丸焦げにされるかとなっていた。
ピンクの悪魔は周囲に敵がいない事を確認すると、口から星型の何かを吐き出した。それはコンクリートの地面に当たると砕けて消えてしまう。
気づけばピンクの悪魔の体色は戻っており、体から迸るプラズマも消え失せていた。
「お前は本当は何の悪魔なんだ……?」
そう言って抱えようとしたアキの背後に一人の影が現れた。抱えられたピンクの悪魔はそれが手に持っているモノが銃であると認識できた。つまり、敵であると認識した。
勢いよく伸縮してアキの手から離れた悪魔は、リンゴを食べた時と同様に大きな口を開いた。
「なんだっ!?」
慌てたヤクザがその手の銃の引き金を引き、甲高い炸裂音と共に鉛玉がその銃口から放たれる。
だがその銃弾はピンクの悪魔に直撃することはなく、またアキに命中することもまたない。それはヤクザの腕が悪かったからではない。
ピンクの悪魔が食べてしまったからだ。
ブラックホールもかくやという吸引力は、人の目で視認ができないほど速い銃弾のベクトルを変え、更にはヤクザの男が手に持っていた銃本体すらをも吸い込んで口を閉じた。
呆気に取られる男を峰打ちでアキが仕留め、二人は先へと進む。
★
公安対魔特異4課が突入したビルを取り囲む警察達のすぐそばに岸辺はいた。
パトカーに寄りかかりながら、相変わらずスキットルに入った酒を一定間隔ごとに口に入れる作業をしている。
彼の役目は後詰め。あるいは、誰かが死んだ穴埋め。あるいは、脱走した悪魔の処理。
あるいは
「『ピンクの悪魔』は『銃の悪魔』との交戦時、通常であればあり得ない種類の攻撃を繰り出した」
「剣、針、炎、ブーメラン、石……様々なものを出していたが、途中変わった行動をとっていた」
「悪魔の捕食。銃の悪魔の繰り出した銃弾と、それ以前の攻撃で切り落とした銃の悪魔の肉片を奴は喰らった。そして、その直後ピンクの悪魔は銃による攻撃を繰り出している」
誰に話すでもなく、虚空に向けて岸辺はつぶやく。
「悪魔は人間が恐怖したものの名を冠して生まれてくる。じゃあ、ヤツの本当の名はなんだ?」
食に異常な執着を持ち、そして食べた相手の能力を使えるのだとすれば?
ヤツは一体どれだけの悪魔を喰ってきたのだろうか。
「あれの本当の名は僕らでも分からない」
「天使の悪魔、敵前逃亡か?」
ビルの方から、返り血で少しばかり汚れたスーツを来た悪魔が出てくる。
背中から一対の羽を生やしたその悪魔は岸辺からの問いに首を振って答え、岸辺のよりかかるパトカーのボンネットに腰を下ろした。
「チェンソー君も大概謎が多いけど、アイツはそれ以上だ」
「悪魔は鼻が利く。どれだけ相手が強い悪魔なのか、どれだけ恐怖されている悪魔なのか、どれだけ格が高い悪魔なのかが分かる。チェンソー君からは人間と悪魔の入り混じった匂いがする。どちらかというと人間の方が強いかな」
「でもあのピンク玉は違う。正真正銘の悪魔の匂いだ」
天使に対し、岸辺は更に問う。
匂いが分かるのなら、あの悪魔の格はどれだけ高いのか、どれだけ強い悪魔なのかと。
「そうだな……うん……僕ならアレと戦おうとは思わないかな」
「あんな匂いはこの世に生まれてから嗅いだことがない……本能で分かる。超越者と似た匂いに感じるんだ」
★
「蛇、吐きだし」
沢渡の鼻から血が流れ、それと同時に天井に蛇の悪魔の口が出現。そこからとあるモノが落ちてきた。
「クソッたれ」
降りてきたのは、早川アキのかつての相棒。姫野の契約悪魔であった幽霊の悪魔。
先の戦いによって蛇の悪魔に丸のみにされたソレが今、蛇の悪魔によって吐きだされ、今度は早川に対して襲い掛かってくる。
無数に伸びてくる幽霊の腕。通常では触れ得ざるその腕をアキは手にした刀で斬り落としていく。
未来の悪魔による数瞬先の未来を見通す目と、天使の悪魔によって作られたこの世にないものですら斬れる刀によって、迫りくる幽霊を捌く。
だが、アキの手は2本。刀は1本。
幽霊の悪魔には無数の腕があり、それのどれかに掴まれればおしまい。
余りにも手数に差がありすぎた。
「がっ!!」
未来の悪魔はあくまでも数瞬先の未来が
天使の刀はこの世ならざるものも斬る事が
見えたからといってどうしようもない未来には抗えず、どれだけ斬れるかもアキ次第だ。
だから拮抗が崩れるのは元々時間の問題だった。
「なんだお前」
アキの窮地に意を決したピンクの悪魔が沢渡の前に躍り出る。
体長20㎝の小さな悪魔を見下ろして、こんなのが公安の契約悪魔なのかと沢渡は疑念を浮かべるが、油断することなく右手の爪の睨む。
「蛇、丸呑み」
この間の襲撃で温存しておいた右手の爪を2枚代償に捧げ、蛇の悪魔に命令を下す。
ピンクの悪魔の足元に円い黒いシミのようなものが浮かび、その数瞬の後に蛇の悪魔の頭部が飛び出てピンクの悪魔を丸ごと口の中に放り込む。
『あ、ああ……終わりだ……沢渡アカネ……貴様も……私も……』
「蛇?」
初めて聴く恐怖に慄く蛇の悪魔の声に困惑する沢渡だったが、蛇の悪魔はそんなこと知らないと口を再度大きく開く。まるで、どうぞ出てくださいと言わんばかりに。許しを請うかのように。
しかしてそれは通用しなかった。
蛇の悪魔の頭部に幾つかの線が入ったかと思えば、口からピンク色のボールのような悪魔が半月状の刃物片手に飛び出したのだ。
息絶えた蛇の血がスプリンクラーのように沢渡を濡らし、出てきたピンクの悪魔の被る黄色い帽子を血に染めた。
相棒であった蛇の悪魔の余りにもあっけない死に沢渡は恐怖し、幽霊の悪魔の方を見る。
しかし、そちらはそちらで幽霊の悪魔は沢渡の「殺せ」という命令を無視して早川アキに何かを手渡している。
1本の煙草。それを手にしたアキは、幽霊の悪魔から視認されることがないかの如く前へと進み、幽霊の悪魔の頭部を斬り落として仕留めた。
「馬鹿な……」
後ずさるように逃げようとした沢渡の背に、何かがぶつかった。ちらと振り返ると、以前交戦した
その際に早川アキがコベニに対し、なぜ公安に残ったのかを聞いた。
コベニは「ボーナスがまだ出ていない」と、それだけ答えた。
沢渡は理解した。想像以上にイカレたヤツを自分は敵に回してしまったのだと。
★
「よし、ビルはほぼほぼ占領したらしい」
岸辺はパトカーから離れると時計を確認する。突入開始から1時間足らずの時間しか経っていない。
1階のゾンビは残らず殲滅され、上階に配置されていたゾンビは血の魔人とサメの魔人によって壊滅状態。主犯格と思わしき民間のデビルハンター沢渡アカネは、アキとコベニによって捕縛された。
もう一人の主犯であろう
「野茂、退魔2課で下の階から順に残敵掃討にあたれ。警察はその後に続いてテロリストの逮捕」
沢渡アカネの契約悪魔『蛇の悪魔』はピンクの悪魔によって殺された。
アキの報告によれば、一度喰われた後にブーメランのような武器で蛇の悪魔を切断、殺害して脱出。戦闘が終わってから確認してみれば傷一つない状態であったとのこと。
不思議な事にそれまでの戦闘でもテロリストの装備していた銃などは食べたが、ゾンビの悪魔によってゾンビと化した人間や、蛇の悪魔を食べる事はなかった。
「食べるのには何か条件があるのか?」
岸辺は天使の悪魔の言葉も踏まえ、悪魔の正体に目星を付けようとしていた。
『食』に関係がありそうなものは……暴食、飢餓、捕食、吸収……どうもピンとこない。
「ヤツが食う物を調べてみる必要があるな」
★
テロリストとの戦闘後、早川アキの住むマンションに岸辺はやってきた。
珍しい来客にアキは驚いたし、デンジとパワーはトラウマ染みた思い出が蘇り苦い顔になった。
「アキ、ピンクの悪魔はいるか?」
「いますけど……」
「食い物を持って来たんだ。アイツ、よく食うって聞いたからな」
岸辺は右手に提げたビニール袋を掲げた。そこには有名ピザチェーン店のLサイズ箱が2つ。左手にはたこ焼きと餃子が入っているレジ袋も見える。
「お前らも食うといい。今日はパーティとしよう」
「あ、おい! 全員に分けるまで待て!」
「そのピザはワシのじゃ! あ、野菜はポイ!」
「おい! いい加減野菜食えねぇのに取ってんじゃねぇ!」
パワーとデンジが騒ぎ、アキがそれを宥めながら食事をとりわけようとする。
それを少し離れた位置から岸辺とピンクの悪魔は眺めていた。
「お前、食うのが好きなんじゃないのか?」
岸辺は返答を期待していない問いを投げかける。
その手にはリンゴがあった。
「食べたいのなら、食べるといい。お前も今回の作戦では大活躍だったんだ」
ねぎらいの言葉と共に、リンゴは岸辺の手から消えた。存外、気を窺うことができる性格のようだった。
岸辺の言葉をあてにしてか、テーブルまで向かうと自分用に取り分けられた料理を瞬く間に食べ尽くし、今度はパワーとデンジとの料理争奪戦が自然な流れで始まった。
その争奪戦は悪魔と魔人と悪魔の力が使える人間の3人がするにはあまりにも平和で、あまりにもほのぼのとした内容で、アキも溜息交じりに傍観の姿勢に移る。
「あいつらとは仲良くやってるようだな」
「殴り合いの喧嘩もしますがね」
「死体ができないだけ仲良い方だ……それと、ピンクの悪魔は特異4課の管轄に入った。お前が面倒みてやってくれ」
「え!? またここに増やすんですか!」
「内容はともかく、お前と契約してるようだからな。俺もたまに見に来る」
それだけ言い残すと、酒瓶を2本アキに押し付けて岸辺は出て行った。