三日月が照らす、実力至上主義の教室 作:ににぬうす
モチベになります。
四月も半ばを過ぎ、窓から差し込む朝日が眩しさを増してきた頃。
朝のホームルームが始まる前の、まだ教師のいないDクラスの教室は、いつになく異様な熱気に包まれて騒がしかった。
「おはよう山内!」
「おっす池!早いな、おはよう!」
窓際の席で本を読んでいた僕は、その異様なまでの明るさに思わず顔を上げた。
池君と山内君が、満面の笑みで挨拶を交わしている。
(珍しい…というか、何かあったのかな)
彼らは普段、始業ギリギリに駆け込んでくるか、遅刻してくるタイプだ。それが今日に限って、こんなに早く、しかも異常なまでにテンション高く登校してくるなんて。
「いやあー、授業が楽しみすぎて目が冴えちゃってさー。眠れなかったんだよな」
「なはは、分かるぜ。この学校は最高だぜ、四月から水泳の授業が行われるんだから!」
高らかに放たれたその一言で、僕はすべてを察した。
(…ああ、そういうことか)
思わず乾いた苦笑が漏れる。そうだ、今日から体育の授業はプールでの水泳。しかも、この学校の方針なのか、一年生は男女共同で行われると聞いている。 つまり、彼らにとっては、合法的にクラスの女子の水着姿を拝める、またとない機会というわけだ。
でも、その欲望を隠そうともしない発言は、少し…いや、かなり大声すぎる。 案の定、すでに登校していた教室の女子生徒たちからの視線が、一斉に二人へと突き刺さった。それはもう、冷たいとか呆れているとか、そういう生易しいレベルではない。まるで、道端の不潔な何かを見るかのような、明確な嫌悪と侮蔑に満ちた目だ。
(あれは…後で痛い目を見そうだな)
欲望は、隠すからこそある種の美しさや深みを帯びる場合がある。
ここまで露骨に、公然とひけらかされる欲望は、ただただ醜悪で、周囲の不快感を煽るだけだ。
本能のままに行動する者は、必ずその本能によって自滅する。
今の池君と山内君は、まさにその典型例だろう。
ちらりと目をやると、二人の輪に「博士」と呼ばれている外村君が加わり、さらにヒートアップしていた。
後ろの席の綾小路君も、その異様な盛り上がりが気になるのか、ちらちらと彼らの様子を窺っている。
どうやら、水泳の授業を前に、女子生徒の胸の大きさをランキング付けするという、愚行の極みのような相談を始めたようだ。
「哀れね。」
堀北さんが冷たく一言呟いた。その声には明確な軽蔑の色が滲んでいた。
「もう少し控えめにすればいいのに...」
僕が小声で言うと、堀北さんが冷たく言い放った。
「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うでしょう。現に、クラスの大半の女子が冷めた目でケダモノを見ているわ」
ふと、堀北さんの視線が僕から逸れ、僕の後ろ、つまり綾小路君に向けられた。
「友達が欲しい綾小路君は行かないの?さっきから未練がましく向こうを見ていたけど」
「……綾小路君。友達は良く選んだほうが良いと思うよ。」
「……そうだな」
諦めたといった感じで、綾小路君は席に深々と腰を下ろした。
僕も視線を机に戻し、朝の自由時間を読書に費やそうとした。
しかし、その安息の時間は即座に打ち破られることになった。
「おーい、綾小路ー!こっち来いよ!」
池君が、綾小路君の名前を呼びながら大袈裟に手招きしている。 文字の羅列から意識を少しだけ逸らして見てみれば、いつの間にか、あの赤髪の須藤君もその場に加わっていた。
彼は席が近いから自然と巻き込まれたのだろう。少し辟易としている様子が遠目にも分かった。
「な、なんだよ。」
綾小路君は、嫌そうな表情を浮かべながらも、クラスメイトからの誘いを無下にはできなかったのか、重い腰を上げた。
その背中には、面倒くささだけでなく、クラスメイトの輪に入れることへの、ほんの少しの喜びが混じっていたかもしれない…と、僕は思った。
「あら、あなたは呼ばれないのね」
その言葉には、わずかな皮肉が込められていた。
堀北さんが僕に視線を向けていた。
「え? ああ……まあ、あの二人とあんまり話したこともないからだと思うけど…。」
僕は正直に答えた。実際、池君や山内君とは、挨拶を交わす程度の関係しかない。
クラスメイトではあるが、特に親しいわけではないのだ。
綾小路君が加わったことで勢いづいたのか、わらわらと他の男子生徒もその輪に集まり始めた。
彼らはもはや隠すこともなく、露骨に女子の胸の大きさで盛り上がり始めている。
「──このオッズなら賭ける価値あるぜ──」
その声は次第に大きくなり、教室中に響き渡った。
教室にいた女子の一部からは、一層汚物を見るような眼差しが向けられていた。
中には、明確な殺意さえ感じられる視線もあった。
正直、ホッとしていた。あの輪に加わるのは、どう考えても危険すぎる。
火中の栗を拾うどころか、自らガソリンを被って火に飛び込むようなものだ。
(Dクラスってこういうことじゃないと思うんだけど…)
男子生徒たちの視線が、様々な女子や堀北さんの方面にも向けられていた。
「……何を盛り上がっているのかしらね」
堀北さんが、自分にも視線が向けられていることに気づき、不快そうに眉をひそめる。
やがて、綾小路君が投票を終えてこちらに戻ってきた。彼の表情は疲れ切っていた。
「大変だったね、綾小路君」
僕が声をかけると、綾小路君は深い溜息をついた。
「ああ……本当に大変だった」
そして、彼は僕の方をじっと見て、真顔で尋ねた。
「なあ、渚。確認なんだが、お前は男だよな」
「え? うん、そうだけど……どうしたの急に」
あまりにも唐突な質問に、僕は戸惑いながら答えた。
なぜ、今さらそんな当たり前のことを聞くんだろう。
なぜか嫌な予感がした。
そういえば、さっき堀北さんに向けられた視線は僕の方面にも向けられていた気がする。
「お前の名前があったぞ。オッズの最下層グループに。『大穴枠』としてな」
「──失礼なッ!!」
男なのに、女子の胸の大きさランキングに入れられるなんて!しかも最下層グループって!!
「ちょ、ちょっと待ってよ!僕、男だよ!?なんで女子のランキングに入ってるの!?」
僕が抗議すると、綾小路君は淡々と答えた。
「オッズ表に書いてあったぞ。……正直、意味がよく分からなかったが」
綾小路君の言い方が、妙に平坦だった。
まるで、自分が何を言っているのか本当に理解していないような、純粋な響きがあった。
綾小路君はすでにペンを取り出し、紙に書いていた。
「なぁ渚。これ『男の娘』と書いて…何と読むんだ?おとこのむすめ、か?」
彼の表情には、本当に理解できていないという困惑が浮かんでいる。
「お、おとこのこ、だよ。それ、その……男なのに女の子みたいに見える人のことを指すスラングで……」
僕が説明しようとすると、綾小路君は「ああ」と小さく頷いた。
「なるほど。そういう分類があるのか」
新しい生物の分類を学んだかのような、新しい知識にすごく感心しているようだった。
すると、それまで冷ややかに事の顛末を眺めていた堀北さんが、突然「クッ…」と肩を震わせ、吹き出した。
「ふふ……あはは……潮田君、あなた、男子なのに……ふふふ……」
彼女がこんな風に声を上げて笑うのは初めて見たけど、こんな形では見たくなかった。
「わ、笑わないでよ!堀北さん! これは僕にとって深刻な人権問題なんだよ!」
僕が顔を真っ赤にして抗議すると、綾小路君が、さらに追い打ちをかけるように淡々と付け加えた。
「ああ、それと堀北。お前も同じグループだったぞ」
ピタリ、と。 堀北さんの笑顔が、まるでフリーズしたかのように一瞬で凍りついた。
「……何ですって?」
彼女の声が、恐ろしく低くなる。
さっきまでの笑い声が嘘のように、教室の温度が数度下がったかのような、氷点下の冷たさを帯びていた。
「最下層グループだ。渚と同じだ」
「失礼ねッ!」
今度は堀北さんが僕以上の勢いで憤慨した。
その表情は、先ほど僕を笑っていた時とは打って変わって、真剣そのものだった。
「なっ……! 少なくとも、潮田くんよりは…!」
堀北さんが必死に自己弁護しようとすると、綾小路君が冷静に指摘した。
「堀北。男と比較してどうするんだ。」
「っ…!」
ぐうの音も出ない、という顔で堀北さんが言葉に詰まる。
「あの馬鹿どもを……絶対に許さないわ」
堀北さんの目が本気で怒っている。
手にはいつの間にかコンパスが握られていた。その鋭く研がれた先端が、窓からの光を反射して、鈍く、不吉に光っている。
「綾小路君……あの、誰が主導してたの?あれ」
僕も同意見だった。この屈辱は忘れてはならない。
「主犯は、池と山内だな。あと、『男の娘』枠を追加したのは外村だ」
「……覚えておくよ」
僕は静かに、しかし確実に、心の中でブラックリストを作成した。
始業のベルが鳴るまで、堀北さんの握るコンパスがカタカタと小さく震え続けていた。
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昼休み。教室は、次の体育の授業を前にして、どこか浮足立った空気に包まれていた。
男子の一部は、朝の興奮をいまだ抑えきれない様子で、無駄に大きな声で談笑している。
対照的に、女子の多くはひそひそとグループで固まり、男子たちに聞こえないよう警戒しながら何かを話し合っていた。
そして僕は──。
昼休みが終わる五分前、僕は早々に弁当箱をしまい、必要な荷物だけを持って、そそくさと教室を後にした。目指すは男子更衣室。
(ぐぬぬ……屈辱的だ)
あれだけ大きな声で抗議してしまったため、僕は朝のホームルーム後、すっかり目立ってしまっていた。
まだ、あまり交流がなかったクラスの男子生徒たちからは、その後は奇異の視線を向けられ、女子生徒たちからはなぜか憐れみと生温かい同情の視線を向けられてしまった。
男として、これ以上の屈辱があるだろうか。
中学時代に伸ばしていた髪は、高校入学を機に短く切った。
けれど、この中性的な顔立ちや線の細い体つきは、高校生になっても変わらなかった。
必要最低限の筋肉しかつかず、身長は中学二年生の頃からほぼ変わらないまま。
クラスメイトたちが迎えているらしい「第二次成長期」というものは、どうやら僕の元へ訪れるのを忘れてしまったようだ。
更衣室で素早く着替えを済ませ、僕は誰よりも早くプールサイドに向かった。人目に晒される前に、せめて準備運動だけでも終わらせておきたかったのだ。
昼休み終了の鐘が鳴り、窓から春の暖かい日差しが照らすプールサイドで一人ストレッチをしていると、やがて更衣室の扉が開き、長身の影が現れた。
「須藤君、早いね」
「潮田か、お前も早いな」
彼の大きな体が、僕の視界を覆う。改めて水着姿で見ると、本当に体格が良い。
無駄な脂肪がなく、しなやかで強靭な筋肉が全身を覆っている。
「渚でいいよ。まあ、プールは準備運動が大事だからね。特に初回だし」
「そうだな。怪我したくねえし」
ぶっきらぼうに答えながらも、彼もすぐにアキレス腱を伸ばし始めた。
須藤君はバスケットボール部に所属していると聞いたが、その体つきは専門的なトレーニングを積んでいる証拠だ。
身長はおそらく180cmを優に超えているし、間違いなくエースを張れそうな体格だ。
それに比べて、僕は……。自分の細い腕と彼の鍛えられた上腕を見比べ、内心で深いため息をついた。
本当に、生物としての種が違うのではないかと思うほど、差がありすぎる。
「うひゃあー!やっぱこの学校はすげぇなぁ!」
僕たちの間の静寂を破るように、後ろから池君がやってくる。
確かに、この全天候型の屋内プール、それも50メートルが8レーンもあるような設備は、普通の公立高校にはまずない。
さすがは国が運営しているだけはある。
だが、彼の関心は壮麗な設備にはないようだった。
鼻をひくつかせながら、本題のプールよりもはるか手前の、女子更衣室へと続く扉の方をキョロキョロと探している。
「女子は?女子はまだなのかっ?」
池君の欲望がだだ漏れの残念な声が、プールサイドに響き渡る。
「更衣室で時間がかかってるんだろ。まだ来てないぞ」
続いてやってきた綾小路君が、淡々と事実を告げると、池君の肩が分かりやすくガックリと落ちた。
「なぁ綾小路。もし俺が血迷って女子更衣室に突撃したらどうなると思う?」
「……本気で聞いてるのか?」
綾小路君の目が、スッと細められた。それは冗談を言っている人間の目ではなく、真剣に「こいつは何を言い出すんだ」と危険視する目だった。
「い、いややっぱりやめておく。そんな目で見ないでくれ。背筋が凍るから!」
綾小路君の表情が、あまりにも本気すぎて、僕も少し笑ってしまった。
「池君、これは僕からも言わせてもらうけど」
僕も会話に加わる。
「あまり露骨だと女子から嫌われるよ?朝のあのランキングの件だって、クラスの女子はみんな忘れてないと思うし」
「うぐっ……す、すまん。もう自重する……」
池君の顔が青ざめる。これで彼が自爆して退学処分になるような事態は、ひとまず防げたはずである。
僕はホッと安堵の息を吐きつつも、教師と女性陣を待っていた。
その間、僕はさりげなく、隣で屈伸運動をしている綾小路君を観察していた。
(綾小路君...すごい体つきだな)
水着姿の彼を見て、僕は内心で純粋に驚いていた。
一見すると、須藤君のような派手さはないし、細身に見える。
だが、制服の上からでは分からなかったその肉体は、明らかに「普通」ではなかった。
均整の取れた前腕の筋肉、逆三角形を描く背中の広がり、そして体幹の発達具合。
それは、単なるスポーツ少年というレベルではない。まるで、長年何かの特殊な訓練を積んできたかのような、機能美に満ちた身体だ。
(普段は制服で隠れているから分からなかったけど、あれは間違いなく鍛え抜かれた肉体だ)
彼が動くたびに、筋肉が滑らかに連動しているのが分かる。
(でも、本人は運動部に入っていないって言ってたよね……不思議だな)
「──女子が来たぞ……!」
誰かが小さく呟いた。
その瞬間、一年Dクラス男子たちの空気が変わった。みんな、さり気なく身構えている。僕も、思わず視線を入口に向けてしまった。
しかし、彼らの期待は裏切られることになった。
「長谷部がいねえ!?佐倉もだ!博士、どういうことだよ!神様は俺たちを見捨てたのか!?」
池君が絶叫する。
「ンゴゴゴゴ!?」
外村君が奇妙な声を漏らす。
「待て、二階だ!二階を見ろ!」
池君の指差す方向を見ると、見学用スペースに数名の女子生徒がいた。その中には、長谷部さんや佐倉さんの姿もある。
なるほど。女子も賢い。事前に体調不良などを申告して、朝の不愉快なランキング事件へのささやかな報復として、授業参加を回避したのだ。
山内君も池君も、膝から崩れ落ちそうになっている。
(まあ、自業自得だよね...)
僕は内心で呟いた。
「みんな、どうしたの?元気ないよ?」
そこへ天使が現れた。クラスの人気者、櫛田さんだ。
学校指定のスクール水着姿の櫛田さんは、思春期男子には刺激が強すぎる存在だった。
抜群のプロポーションに、眩しい笑顔。男子たちの視線が一斉に櫛田さんに釘付けになる。
その健康的な姿に見とれてしまった。いや、でも、これは失礼だ。すぐに視線を逸らさないと。
「みんな何してるの?ぼーっとしてるけど」
男子たちは必死に平静を装いながらも、櫛田さんの登場に内心で感謝しているようだった。
「何を黄昏ているの?」
堀北さんが不思議そうに首を傾げる。綾小路君は、そんな彼女に落ち着いた声で返した。
「自分との闘いに集中してるんだよ」
水着姿の堀北さん。スタイルは悪くないが、櫛田さんと比較すると...いや、比較するのは失礼か。
(でも、朝のランキングで最下層グループだって言われてたもんな...)
僕は内心で同情した。いや、僕も同じグループだったんだけど。
僕は男だからまだしも(いや、男なのにランクインしてる時点で大問題だが)、堀北さんは女子だ。あれは相当プライドを傷つけられただろう。
「ねえ、綾小路くん」
ふと、堀北さんが綾小路君に声をかけた。
「ん?何だ、堀北」
「あなた、何かスポーツやってたの?」
堀北さんの質問を聞いて、僕も「やっぱり」と思った。堀北さんも気づいたのだ。綾小路君の体つきが普通じゃないことに。
「いや、特に何も。体育以外で身体を動かしたことはないな」
「でも、その腕の筋肉の付き方とか、背中の発達とか...普通の人じゃないと思うんだけど」
堀北さんが指摘する。僕も全く同じことを思っていた。
「それは生まれつきだ。両親からもらった体質だよ」
「生まれつきでそこまで...?」
「堀北さーん!」
堀北さんの言葉を遮るように、櫛田さんが会話に割り込んできた。堀北さんは明らかに不機嫌そうな顔になった。
「堀北さん、泳ぐの得意?」
「普通よ。得意でも苦手でもないわ」
「私ね、中学の頃は泳ぎが苦手だったの。でもすごく練習して、今は泳げるようになったんだ」
「...そう。それは良かったわね」
堀北さんの冷淡な反応に、櫛田さんは少し困ったような表情を浮かべた。
「おーい、全員集合しろー!」
櫛田さんが会話を続けようとしたところで、担当教師の声が響いた。
堀北さんは興味なさそうに返事をすると、教師の方へ歩いていった。
僕も、綾小路君や他の生徒たちと一緒に教師の元へ集まる。いかにも体育会系という風貌の男性教師で、筋肉質な体型がよく似合っている。
「見学者は...十六人か。初回にしては多いが、まあいいだろう。ただし、次からは正当な理由がない限り見学は認めないからな」
教師の警告に、何人かの生徒が反応した。初回だけ参加して次からサボろうと考えていた生徒たちだろう。
「さっそくだが、どの程度泳げるか確認したい。各自で準備運動を始めろ」
「先生、すみません。俺、あんまり泳げないんですけど...」
一人の男子生徒が恐る恐る手を挙げた。
「そうか。泳ぎに自信のない奴は素直に手を挙げろ」
その呼びかけに、数名の生徒が手を挙げた。僕も...正直、泳ぎには自信がない。
暗殺の訓練で水中での動きは学んだけど、速さを競うような泳ぎは得意じゃない。
「なるほど、わかった。だが心配するな、夏までにお前たちを泳げるようにしてやる」
「えー、別にいいですよ。どうせ海なんて行きませんし」
「まあ待て。泳げる男はモテるぞ?それに、泳げるようになれば将来絶対役に立つ」
将来役に立つ?モテる云々はともかく、少し大げさじゃないだろうか。
でも、確かに泳げないよりは泳げた方がいい。万が一のサバイバル状況では、泳ぐ力が生死を分けることもある。
教師の指示通り、各自で準備運動を始める。
教師の目があるせいか、みんな真面目に取り組んでいた。そして、五十メートルを軽く泳ぐよう指示が出た。
僕はコースロープを掴み、水に入る。少し冷たいけど、すぐに慣れる適温だ。少し冷たいけど、適温だ。
クロールで泳ぎ始める。スピードは...遅い。周りの男子たちがどんどん追い抜いていく。
(やっぱり、僕は泳ぎが遅いな...)
全員が五十メートルを泳ぎ終わると、教師はプールから上がるよう指示を出した。完全に泳げない生徒はいなかったようで、教師は満足そうに頷いた。
「よし。それじゃあこれから男女別に五十メートルの競泳をやる。種目は自由形だ」
教師が宣言した。
(え、競泳?)
初日から競泳なんて...随分と急だな。
ざわつく生徒たちに、教師はニヤリと笑った。
「やる気を出させるために報酬を用意した。一位になった奴には、俺から特別に五千ポイントを進呈する。」
泳ぎに自信のある生徒たちから歓声が、自信のない生徒たちからは悲鳴が上がった。
(五千ポイント...!)
それは大きい。だが、ポイントの大きさよりも学校がポイントを景品にしてくることに驚いた。
生活に困ってはいないけど、あるに越したことはない。でも、僕の泳力では到底無理だ。
「ただし、最下位になった奴には放課後に補習を受けてもらう。覚悟しておけ」
さらなる悲鳴が響いた。
(最下位...それだけは避けたいな)
「女子は人数が少ないから、五人ずつ二組に分けて、一番速かった奴にポイントをやる。男子は上位五人を選抜してから決勝戦だ」
教師はそう告げると、準備を促した。まずは女子から始めるらしく、男子と見学者は散らばった。
女子の競泳が始まった。結果は、水泳部所属の小野寺さんが圧勝。堀北さんは全体で二位、櫛田さんは四位という結果だった。
女子が泳いでいる間、池君や山内君たちは、何かに取り憑かれたように水面を凝視し一様に興奮していた。懲りていなかった。
僕の結果としても最下位は免れたが、下から数えた方が早い順位だ。正直、悔しい。
僕は、プールサイドでぜえぜえと息を整えながら、自分の泳力の低さ、体力のなさを改めて痛感していた。
ふと、周囲を見渡すと
(ん...?)
競泳が終わった後だというのに、ところどころから視線を感じる。
競泳が終わり、クールダウンをしている今も、ところどころから視線を感じる。 男子からも、女子からも。 それは、朝に教室で受けた、「奇異」と「同情」が混じった、あの居心地の悪い視線だった。
……来週から、僕も見学しようかな。
そんな弱気な考えが、頭をよぎった。
原作のパラメータを確認しながら書いてますが
特殊な環境を除けば、純粋な身体能力は低いと思っています。
しかし、いわゆるアジリティや己の身体を動かす技術に関していえば、群を抜いているかと。
暗殺教室で「第一の刃」だったものが「第二の刃」と置き換わる形ですね。