夜公演のあとのステージは、演目が終わったあともまだ光を残していた。
照明を落とした舞台袖に、類はしゃがみ込み、客席の方を見つめていた。
その視線の先には、司がいる。
片付けも終わったのに、ひとりでステージのセンターに達、腕を広げて空気に向かって笑っていた。
「今日の俺も、完璧だったな!類!」
その姿を見て、類の口元に小さな笑みが浮かぶ。
ほんと、眩しいスターだ。
類はゆっくりと立ち上がり、舞台へと歩み寄った。
「そうだね、司くん。
今日も君の演技は完璧だ。」
司が気づいて振り向くよりも早く、類はその顔を両手で包み込んだ。
「る、類!? 何を⋯⋯。」
驚きの声を遮るように、類は少しだけ笑った。
頬をなぞる指先が温かい。
そして、そのまま司の瞳を覗き込む。
「ねえ、司くん。」
「な、なんだ、類⋯⋯。」
「⋯⋯月が綺麗ですね。」
司は困惑した表情を浮かべる。
類は目線を逸らさず、続ける。
「は⋯⋯?」
「司くんの瞳は、まるで、月みたいだ。」
司が息を呑んだ。
類の声は低く、けれどどこか詩のように静かだった。
「満ち欠けがなくて、いつだって黄金色に輝いている。
でも、本当の月よりもずっと近くにある。
だから、⋯⋯僕はつい、その瞳を閉じ込めたくなるんだ。」
その言葉とともに、類の親指が司の頬に沈む。
肌の下にある鼓動が、2人の距離を測るように打っていた。
「⋯⋯類、そんなこと、言われたら⋯⋯。」
「ふふ、照れたかな?」
類は顔を寄せて、額と額とを軽く合わせる。
司の瞳が細く揺れて、まるで夜の闇に浮かぶ月のようだった。
しばらく沈黙が流れた跡、司が小さく息を吸う。
「⋯⋯じゃあ、俺は類にとっての月で、類は⋯⋯そうだな⋯⋯。」
「星、かい?」
「そうだな。
いつもどこか遠くにいるようで、見上げると不思議な気分になる。
手が届かないようで、届く。
だが、ちゃんと俺の夜空にいる。」
類の目がわずかに見開かれ、次の瞬間、ふっと優しく笑った。
「ふふ、司くんも詩的な表現をするね。」
「そうか?」
「ふふ⋯⋯。」
「⋯⋯ははっ。」
ふたりの笑い声が、照明の落ちたステージに柔らかく響く。
ステージの天井に残る光が、司の瞳に反射して、ほんの少し揺れた。
「⋯⋯やっぱり、月は綺麗にある方が綺麗だね。」
「だが、俺は⋯⋯その月を見上げている類のほうが、綺麗だち思うぞ。」
類の呼吸が止まり、次の瞬間、照明のひとつが再び灯る。
金色の光がふたりを包み、彼らの陰を重ねた。
金色の光に包まれたまま、ふたりは言葉を失う。
照明が当たる角度で、司の金の瞳がまだひときわ強く光る。
その輝きが類の心臓を掴むように、強く締め付けた。
「⋯⋯ねえ、司くん。」
「なんだ⋯⋯?」
類は少しだけ笑って、視線を落とす。
司の頬に当てていた手をそのままそっと滑らせて、親指の腹で、唇の端をなぞった。
「⋯⋯キス、してもいいかな。」
「⋯⋯ああ。
⋯⋯類は、眩しいな。」
「司くんもだよ。」
司は小さく笑う。
その笑みは舞台の上で何度も見た天馬司、そのものの笑みだった。
その表情に、類の呼吸が一瞬止まる。
この光を、言葉じゃなくて確かめたい。
ほんの一歩、前へ。
司がなにか言おうとした唇の上に、類の唇が触れた。
触れたのは、ほんの一瞬。
でも、光の粒が弾けるような静かな衝撃が、胸の奥で響いた。
司は目を見開き、すぐに閉じた。
そして、類の頬を優しく包みながら、笑う。
「⋯⋯本当に、星が落ちてきたみたいだな。」
類はその言葉に小さく息を漏らし、照れたように笑った。
「それなら⋯⋯月が僕を引き寄せたんだよ。」
ふたりの影が重なったまま、舞台の上に長く伸びていく。
誰もいない客席に、遠くで風が通る音だけが響いた。
「⋯⋯次の公演も、こんな光の下がいいねえ。」
「当たり前だ。類がいない舞台なんて、照明が消えたみたいなものだからな。」
類はくすくす笑い、司の肩に軽く頭を預け、小さく息を吐く。
舞台の残り火のような光が、ふたりの肩をそっと照らしていた。
夜のステージに、星と月がひとつ、静かに重なるように。