司の瞳が綺麗なだけの話

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第1話

夜公演のあとのステージは、演目が終わったあともまだ光を残していた。

照明を落とした舞台袖に、類はしゃがみ込み、客席の方を見つめていた。

その視線の先には、司がいる。

片付けも終わったのに、ひとりでステージのセンターに達、腕を広げて空気に向かって笑っていた。

 

「今日の俺も、完璧だったな!類!」

 

その姿を見て、類の口元に小さな笑みが浮かぶ。

ほんと、眩しいスターだ。

 

類はゆっくりと立ち上がり、舞台へと歩み寄った。

 

「そうだね、司くん。

 今日も君の演技は完璧だ。」

 

司が気づいて振り向くよりも早く、類はその顔を両手で包み込んだ。

 

「る、類!? 何を⋯⋯。」

 

驚きの声を遮るように、類は少しだけ笑った。

頬をなぞる指先が温かい。

そして、そのまま司の瞳を覗き込む。

 

「ねえ、司くん。」

「な、なんだ、類⋯⋯。」

「⋯⋯月が綺麗ですね。」

 

司は困惑した表情を浮かべる。

類は目線を逸らさず、続ける。

 

「は⋯⋯?」

「司くんの瞳は、まるで、月みたいだ。」

 

司が息を呑んだ。

類の声は低く、けれどどこか詩のように静かだった。

 

「満ち欠けがなくて、いつだって黄金色に輝いている。

 でも、本当の月よりもずっと近くにある。

 だから、⋯⋯僕はつい、その瞳を閉じ込めたくなるんだ。」

 

その言葉とともに、類の親指が司の頬に沈む。

肌の下にある鼓動が、2人の距離を測るように打っていた。

 

「⋯⋯類、そんなこと、言われたら⋯⋯。」

「ふふ、照れたかな?」

 

類は顔を寄せて、額と額とを軽く合わせる。

司の瞳が細く揺れて、まるで夜の闇に浮かぶ月のようだった。

 

しばらく沈黙が流れた跡、司が小さく息を吸う。

 

「⋯⋯じゃあ、俺は類にとっての月で、類は⋯⋯そうだな⋯⋯。」

「星、かい?」

「そうだな。

 いつもどこか遠くにいるようで、見上げると不思議な気分になる。

 手が届かないようで、届く。

 だが、ちゃんと俺の夜空にいる。」

 

類の目がわずかに見開かれ、次の瞬間、ふっと優しく笑った。

 

「ふふ、司くんも詩的な表現をするね。」

「そうか?」

「ふふ⋯⋯。」

「⋯⋯ははっ。」

 

ふたりの笑い声が、照明の落ちたステージに柔らかく響く。

ステージの天井に残る光が、司の瞳に反射して、ほんの少し揺れた。

 

「⋯⋯やっぱり、月は綺麗にある方が綺麗だね。」

「だが、俺は⋯⋯その月を見上げている類のほうが、綺麗だち思うぞ。」

 

類の呼吸が止まり、次の瞬間、照明のひとつが再び灯る。

金色の光がふたりを包み、彼らの陰を重ねた。

 

金色の光に包まれたまま、ふたりは言葉を失う。

照明が当たる角度で、司の金の瞳がまだひときわ強く光る。

その輝きが類の心臓を掴むように、強く締め付けた。

 

「⋯⋯ねえ、司くん。」

「なんだ⋯⋯?」

 

類は少しだけ笑って、視線を落とす。

司の頬に当てていた手をそのままそっと滑らせて、親指の腹で、唇の端をなぞった。

 

 

「⋯⋯キス、してもいいかな。」

「⋯⋯ああ。

 ⋯⋯類は、眩しいな。」

「司くんもだよ。」

 

司は小さく笑う。

その笑みは舞台の上で何度も見た天馬司、そのものの笑みだった。

 

その表情に、類の呼吸が一瞬止まる。

この光を、言葉じゃなくて確かめたい。

 

ほんの一歩、前へ。

司がなにか言おうとした唇の上に、類の唇が触れた。

 

触れたのは、ほんの一瞬。

でも、光の粒が弾けるような静かな衝撃が、胸の奥で響いた。

 

司は目を見開き、すぐに閉じた。

そして、類の頬を優しく包みながら、笑う。

 

「⋯⋯本当に、星が落ちてきたみたいだな。」

 

類はその言葉に小さく息を漏らし、照れたように笑った。

 

「それなら⋯⋯月が僕を引き寄せたんだよ。」

 

ふたりの影が重なったまま、舞台の上に長く伸びていく。

誰もいない客席に、遠くで風が通る音だけが響いた。

 

「⋯⋯次の公演も、こんな光の下がいいねえ。」

「当たり前だ。類がいない舞台なんて、照明が消えたみたいなものだからな。」

 

類はくすくす笑い、司の肩に軽く頭を預け、小さく息を吐く。

舞台の残り火のような光が、ふたりの肩をそっと照らしていた。

 

夜のステージに、星と月がひとつ、静かに重なるように。


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