re:無名のダンジョン潜りについて   作:イクラ系鮭

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おひさ! 今違うの書いてるからまたね!


八話

 俺は異邦人である。名前はない。これからも。

 俺はギルドの扉を開け、眩しい街に目を細めた。

 久しぶりの太陽だった。というのも、俺は殺人と誘拐の容疑で一日余り暗室に拘束されていたのだ。誤認逮捕だったが、金が欲しかったので主犯であるエリナベラの場所を吐いた。結果、共犯者として再逮捕された。

 手錠を掛けられた右手を見ながらぼーっとしていると、しばらくして隣の部屋にエリナベラが投げ込まれた。何を聞かれているのかと尋問室とは到底思えない様なうっすい壁に耳を当てると、何やら俺の悪口が聞こえる。イラっとした俺は、隣にも聞こえるようにエリナベラが神を殺したことを叫んだ。開戦のゴングが鳴った。

 あれこれあって、俺はスピーチコンテストに勝利し、担当職員を丸め込んで全ての罪をエリナベラに擦り付ける事に成功した。そして、こうして釈放されたという訳だ。

 

 留置所でずっと考えていたことがある。スキル:旧線の処理だ。

 

旧線(オールドライン)

・任意発動

・何かを失い、何かを得る権利

・このスキルは発動後、消滅する

 

 もう何を言っているか分からない。

 恐らく、発動と同時に自身の所有するものが一つ消失し、それと同価値かそれ以上のものが手に入ると言うスキルだろう。

 流石にプラマイがマイナスになる訳じゃない、と思う。

 加えて「権利」と言う言葉を使っているからには、失う「何か」は指定できる筈だ。そして、仮に誤爆しても発動をキャンセルできる筈だ。「権利」だし。そこで、一つ思いついた。

 魔導書をこれで処分しよう。

「別にいいが、全部はやめろ。数冊残せ」

 神様はせっせと本を選別し始めた。

 いや、止めないの?

「売りさばく当てがない以上、有効活用するにはそれがいいだろう。カマソッソはいい窓口になりそうだったが、潰れてしまったし」

 潰したんだよなあ。

 やがて、神様は残す本を選び終えた。またどこかに隠すらしい。

 じゃあやるぞ。俺は魔導書の小山に手を翳した。

 ……。

 ……。

「早くやれ」

 本当にやるんです?

「貴様が言い出したのだろうが」

 ……やるよ? やっちゃうよ? 本当にやるからな?

「早くしろ」

 はい。

 発動、旧線(オールドライン)

 

 風と共に眼前を九本の赤黒い線が走る。どこか鳥居のような神秘的な印象を受けるそれはピンと張って魔導書を貫いた。

 オールドライン。即ち、古の系譜。意味するところは、ほぼ間違いなく等価交換だろう。

 そして、旧線は九泉。黄泉。一回死んでるからそれ関係だろう。

 魔導書が次々開き、無数の頁が舞い上がって旋回を始める。視界が明滅する。瞬きをする。一回、二回、三回。

 暗転。

 瞼の裏が鮮明になる。

 揺れる天秤、紡がれる糸、鏡、うごめく砂嵐。

 俺は鏡の様子に違和感を覚えるが、それが何なのかは分からなかった。

 

 目を覚ます。

「終わったか? ステイタスを更新するぞ」

 寝起きにかける言葉じゃない。

 魔導書はどうやって消えた?

「線が貫いて、地面の下に透けて落ちた」

 ちょっと思ってたのと違う……。別にいいけど。

 俺は無言で服を脱ぎ、背中を向けた。神様が手をかざすと、光が満ちる。

 このエフェクトは消せないのか?

「消すには神の力の行使が必要だ」

 それはつまり神の力によって光っているという事か? 確か、ステイタスの発現、更新は神が地上で唯一使える力だった筈だ。光を消すという些細な調整すら禁止されているということは、その動作が共通のコードによって実行されており、固定されている事だ。さて、もしそうならば、二つのことが考えられる。先ず、そのコードがア――。

「終わった。確認しろ」

 思考を切り上げ、紙に書かれたステイタスを読む。予想通り、旧線の文字はすっかり消えていて、新しい魔法が発現していた。

 

【ロック・ダウン】

・凍結魔法

・詠唱連結

・詠唱式【瞬く間の永遠を】

・実行式【君に】

・【氷結】を使用可能

 

 なるほど、全く分からない。【氷結】ってなんだよ。

 俺はコートを羽織り、鶴嘴を背負った。準備は万全だ。

「……行くのか」

 ああ、試し打ちだ。目指すは一階層だ。

 

 人類皆そうだろう。ゲームで面白そうなアイテムを手に入れたら使いたくなる。ガラスの剣のファンネルとか、ホーミングする青い光とか。とにかく動いているところを想像するのが楽しい。そして、実際に動かしてみたくなる。それが魔法なら、期待はさらに膨れ上がる。

 見慣れた薄暗い石の通路を脳内のマップに従って進む。そこそこの広さの空間がその辺にあった気がする。どんな魔法かワクワクしながらゴブリンとコボルトの頭部を消し飛ばしながら歩いていると、いい感じの場所を見つけた。ここでいいか。

 俺は鶴嘴を構えた。左腕を素材に使ったこの鶴嘴には様々な属性が付与されている。例えば高級ナイフからコードを盗んだ不壊属性。そして、儀式用の短剣から盗んだ触媒としての性質。理論上、俺の左腕と同等の価値なのだから詰め込めるだけ詰め込んだのだ。

 目を閉じる。循環する魔力の奔流から一本の細い回路を引く。右手と鶴嘴の神経を接続し、触媒へアクセスした。

 準備は整った。いざ。

 

 瞬く間の永遠を。

 

 イメージは極寒。肌を刺し息を凍らせる気温と分厚いコートのポケットに入れたホッカイロだ。

 意識しなければ分からないくらいの魔力消費と共に凍結魔法は発動した。

 俺を中心に蒼いエフェクトを纏った風が逆巻く。冷たい虚空の狭間から白い龍のような歪みが渦を為す。蒼い風と白い歪みは次第に周回の半径を広げ、ゴブリンを巻き込み、とうとう暗い壁に吹き付けた。そして、それに比例して俺の魔力はものすごい勢いで削られていくのであった。待て待て待て待て。

 風が勢いを増す。歪みの龍が速度を上げる。魔力が削られていく。やめるタイミングミスったな。魔法に絞り殺されるそうだ。これはもう、発動させるしかない。

 

 君に。

 

 無数のウィンドウが開く。全てのボックスに自動的にチェックが付けられ、同時に閉じた。

 風が止む。それと同時に魔力が全て消費されて視界がクリアになった。俺はその光景に息を呑んだ。文字通りのクリアだ。ゴブリンも、ダンジョンの外壁も、全てが透き通った氷となっていた。無機質で無感情の氷だ。こんな魔法、見たことない。

 ようやく、ファンタジーが始まった気がする。

 俺は魔力切れでぶっ倒れた。直前に咥えておいた試験管から魔力ポーションが喉に流れ落ちる。

 それにしてもこの魔法クソ強いな。物体を氷に変換する魔法? 階層主とかに使っても瞬殺できるならかなり夢がある。

 ショウシャクヨモギは相手の命を明確に手中に収める必要があるが、ロック・ダウンにはそれが無いというのもポイントが高い。魔力消費に目をつぶれば最強に近いだろう。魔導書を捧げた甲斐がある。

 その時、バキッという大きな音が響き渡る。音の発生源を見上げると、丁度氷となった天井が自重に耐えきれずに剥がれ落ちたところだった。死んだかこれ。

 これはLV2でも流石に死ぬ。慌てて起き上がろうとするが、身体が動かない。何で? ポーションで魔力はもう回復している。身体的には何の問題もない。精神異常か。正気度が削れる感覚は無かったからそれによる発狂ではない。きっとこの魔法の純粋なデメリットだ。

 

氷塊ー>補正値:300

 

 迫りくる氷の天井に天秤が傾く。鎖の音と共に補正が掛かるが、どれも身体能力関連だ。つ、使えねぇ。

 仕方ないので、最終手段を使う。

 暗赤色の結晶よ。

 エリナの所為で大分短くなってしまった左腕の半ばから血と正気が迸る。それは瞬時に地面に刺さって長い棘に凝固し、つっかえ棒のような形で上から落ちてくる氷を真っ二つに割った。大質量の氷塊はギリギリ俺を避けて床に落下し、すさまじい音と共に砕け散った。あっぶね。

 解けろ。

 血の棘はくしゃっと崩れて血溜まりになった。

 使いたくなかったのは、そろそろSAN値を気にしないとヤバそうからだ。具体的な数値は把握していないが、LV3と対峙したときは、後十回も使えないくらいだった。

 しかし、俺がギルドで拘束された時、何故か正気度が回復したので今は余裕があるが、これ以上の発狂は受け付けられない。

 それにしても、今のショウシャクヨモギはSAN値の減少がほぼなかった。テロップも出ていないし、これはどういうことだ。アビリティ:異常の効果か?

 未だ動かない身体にイライラしながら魔法の性質について考えていると、誰かが此方に駆けて来る音が聞こえた。

 本日二度目の最悪、死体漁りの連中だ。ダンジョンに稀に出現する無法者で、戦死者の身包みを剥いで換金するカスだ。現在身体が動かないので迎撃手段はショウシャクヨモギのみ。相手は足音からして三人。多分勝てるが、とてつもない消耗を強いられるだろう。いや、今はもう違うのか。先程使用した時に正気度の減少が抑えられていたのは永続効果かもしれない。

 まあ、何れにしろやるしかない。俺は脳内にクロスボウの設計書を三つ用意し、それぞれの配置を空中にイメージする。そして、足音に耳を澄ませて射程内に入るタイミングを見計らった。

 来たら唱えて撃つ。来たら唱えて撃つ。来たら唱えて――。

「そこの人、大丈夫ですか?」

 ベルかこれ。俺は設計図を破棄して彼の到着を待った。

「あれ、鶴嘴さんじゃないです、か」

 ベル・クラネルことランクアップrta走者は俺から5、6メートルの所で唐突に立ち止まった。

「あ、あの。その腕、腕が」

 腕が? 俺は半分以下の長さになった左前腕の事を思い出した。なるほど、これに対する反応か。

「あ、ああ、それ、それ」

 慌てふためくベル。続々と到着する彼の仲間たちも、俺を見て口を噤んだ。

 後で気が付いた事だが、ショウシャクヨモギで飛び散った血と無くなった左手の組み合わせは、丁度左手を失ったように見えるようだ。だが体の動かせない俺にそんなことが分かるはずもなく、混乱の最中、申し訳ないんだが担いで運んでくれないか? 何て宣ったのだった。

 

 俺はのことは鶴嘴と呼んでくれ。前衛だ。

 魔法のデメリットで歩くことすらできない俺は、サポーターの背中から自己紹介を開始した。恥は捨てた。

「知っていると思いますが、僕はベル・クラネルです。ナイフと魔法を使います」

 うん。久しぶり。ランクアップおめでとう。

「ありがとうございます」

 ベルに続いて、サポーターが口を開いた。

「リリルカ・アーデ。サポーターです」

 彼女は知っている。前にベルと会った時に一緒にいた小人族だ。俺の下にあるバックパックからして、あの時からサポーターだったのだろう。

 サポーターのほとんどは、冒険者を諦めた者によって構成されている。理由は様々だ。性格故モンスターと戦うことができない、挫折を味わった、戦闘に支障が出る箇所を損傷した。注目すべきなのは、その何れもが彼女に当て嵌まっていないという事だ。にも拘らず、彼女は俺の鶴嘴を持ち上げて歩くことが出来る。ステイタスが多少伸びていなければそれは不可能な筈だ。そして、もしそこまで育っているのであれば、サポーターでなく冒険者として活動できるはずだ。

 どうやって彼女はそこまでの筋力を手にしたのだろうか。スキルか?

 よろしく。

 俺は分析を中断してそう言った。

「よろしくお願いします」

 もう一人のク〇ウドみたいな大剣を背負った男が続いた。

「俺はヴェルフ。ベルの専属鍛冶師だ」

 そうか、よろしく。

 苗字を言わなかったな。何か事情があるのか、それとも苗字が無いのか。

 今日は何処まで行くつもりなんだ?

「十二階層までです。中層に行くには装備が足らないし、エイナさん――担当職員の許可が必要なので」

 あれ、そうなの? 今の紙装甲で普通に潜っていたし、許可なんて取った覚えが――。そうか、だから担当はあの時あんなに怒っていたのか。

 なるほどね。ついていっていいかな?

 暇だし、個人的に最速ランクアップの腕は見て置きたい。

「はあ? 現状あなたは文字通りのお荷物なんですけど」

 リリルカに正論で殴られた。でもアレだ。もう少しで動ける気がする。

「……ベル様。やっぱり、この人置いて行きましょうよ」

「悪いがリリ助の言う通りだ。ベル。流石に人一人を担いでいく余裕はないぞ」

 おい聞こえてんぞ。

 俺はそう言ってリリルカの背中から転がり落ちた。よし、身体が動く。時間は五分から六分と言った所か。戦闘中に撃つのは致命的だな。使うなら確実に殺せるシチュエーションでだ。デバフが切れるのは、移動という行為への意識的アクセスのロックが解除された感じだ。

 ん。ああ、なるほど。だから「ロック」・ダウンなのか。名は体を表すとはこの事だ。

 俺は立ち上がって、鶴嘴を手にした。

 どうだ。完璧に回復したからお荷物ではなくなったぜ。

「……やはり置いて行った方が」

 コイツ、俺に対するヘイトが高すぎる。しかし、俺の有用性は彼らにとって確かではないというのはその通りだ。なので俺は戦闘力の提示の為、シルバーバックの単独討伐を提案した。提案は承諾された。

 そういう事で、シルバーバック戦である。

 ランクアップした俺の力を見せてやるよ。

 

 やっぱやめていいか?

「ここまで来て何を言ってるんですか」

 少し先にシルバーバックが三体見える。それは良いのだが、俺のコンディションが良くない。何しろ、瀕死バフことスキル【三死一生】が仕事を放棄しているのである。

 天秤はそこそこ傾いているのに、補正が全く掛かっていない。分かり辛い箇所に掛かっているとかでもなく、本当に何処にも掛かっていないのだ。本当にただのサブリミナル警報スキルと成り果てた【三死一生】を前に、俺は段々と楽しくなってきた。

 楽しくなってきた? もしかして発狂入ってる? そうでもないぞ俺よ。誰だよ。

 とうとう人格分裂までし始めた俺を見て、リリルカはベルに囁いた。

「ベル様、この人フリーズしましたよ。前にも言ったじゃないですか、LV1の駆け出しがミノタウロスなんかに勝てるわけないんですよ。多分、ロキファミリアの誰かに倒してもらったんです」

 は? 殺せるが? ミノタウロスとか余裕だが?

 キレそう。冒険者は嘗められたら終わりだ。

 俺は鶴嘴を握り直し、シルバーバックに駆け出した。この程度スキルに頼らずとも殺せる。

 敢えて大きな足音を出し、三体の注意を引いた。三体共が此方を向く。それでいい。

 中央の一体へ接近し、攻撃を誘発する。瞬間振り下ろされた右の拳、俺は鶴嘴の頭でそれを受け流すと同時に前へ詰めた。

 振り下ろされた腕が薙ぎ払いに移行する。その行動を読んでいた俺はそれに跳び乗り、真上に跳躍した。手を体側に引き寄せるベクトルと純粋な上向きのベクトルの合成により、俺は肩に着地する。そのまま鶴嘴を振って一体目を撃破。

 高度を稼げたので、右のシルバーバックに跳び移る。シルバーバックは叩き落す為に平手を振り下ろすが、その手に鶴嘴を突き刺して振り子の様に飛び上がることにより手の上へ移動。腕を伝って肩に乗り、頭を貫いた。

 最後の一体。崩れゆく死体から下りて距離を詰め、突き出される拳に対して地を這うように姿勢を低くして躱す。風が顔を撫で、髪の毛が何本かちぎれ飛ぶ。

 すかさずもう一方の手が迫るが、躱しつつ貫いて壊し、足元に直行。擦れ違い様に両のアキレス腱を穿つ。俺は落ちて来た頭に鶴嘴を振り下ろして猿の脳漿をぶちまけた。

 はい勝ち。

「……強い」

 ありがとう。直球で褒められたことはあんまりなかったから少しうれしい。

 で、俺はついて行ってもいいのかな。

「勿論です! リリもヴェルフもいいよね?」

「まあ、ここまで出来るなら……」

「ちゃんと実力があるなら文句はない」

 やったー。

 「」がなかまにくわわった!

 

 楽しかった。エリナと潜るのも楽しいが、それとは別方向の楽しさだ。基本的に俺が突っ込んで分断し、ベルとヴェルフが追撃をするという戦法を用いたが、一人より早く簡単に殲滅が可能なので気持ちがいい。更に魔石を拾う時間を短縮できるのでソロとは格段に効率が違った。

 そんな感じの一日を振り返りつつ、俺たちはダンジョンを出た。俺は歩きつつ小さくため息を吐き、鶴嘴に布を巻きつける。脊髄の様な禍々しい鶴嘴は思っていたより人の目を引くのだ。ギルドへ歩を移し談笑に勤しむ彼らを横目にそんなことをしていると、不意に誰とも知れぬ視線を浴びた。

 

フレイヤー>補正値:400

 

 天秤が歌舞く。甲高い鎖の摩擦音と共に補正値が変動する。強化対象は感覚だった。何でお前さっきまで仕事放棄してたん?

 と言うか、おいおい。街中だぞ? スキルが発動するレベルの敵意ってなんだよ。名前もフレイヤって、神じゃねえか。

 俺は一先ず敵の気配を探った。

 後ろで、上。上ってどういうことだ。視線の方向に振り返ると、そこには白々とした巨塔が聳え立っていた。バベルの塔。ってことは誤表記じゃなくてガチでフレイヤか。めんどくさいことになったな。

 ……殺すか?

「鶴嘴さん?」

 ベルの言葉で意識をこちらに戻す。どうした?

「いえ、今後の予定を決めておこうと思って」

 ああ、スケジュール管理か。明後日が空いてる。そこから四日に一度参加できる感じだ。

「ありがとうございます」

 さて、どうしようか。 今の俺の脳には殺す以外の選択肢が浮ばない。しかし、忘れてはいけない。今日はスキルの調子が悪いのだ。深入りは禁物。

 俺は周囲を警戒しつつ、いつの間にか到着していたギルドに入って行った。すると、扉を閉じると同時に視線が消えた。途切れたらしい。なんでそんなに嫌われてるか知らないが、覚悟の準備だけしておこう。

 そうして俺が見えない戦いをしていると、ベルが気を利かせて換金に行ってくれた。年下(暫定)にそんなことさせて情けなくないのか? 情けないですね。

 間もなくベルが帰ってきて、いつもの1.5倍稼げたらしいことを告げた。へー凄い。そのまま自然と分配の話になったので、ここで年長者の意地を見せつける。俺は口火を切った。

 二割でいい。

 黄金の鉄の塊に身を包んでいそうな物言いだった。うん。情報量が多すぎて集中できてないなこれ。さっさと離脱してこっちで片づけるか。

 今日は楽しかった。結構好き勝手させてもらったから迷惑料もある。じゃあ、また明後日。

「え、あ、ちょっと待っ――」

 彼の言葉は最早耳に入らない。俺は取り分を片手に早足でギルドを出る。件の視線は無い。スキルもいつの間にか解けている。そっちの方が困るんだが。俺は一抹どころじゃない不安を抱えながらも帰路についた。

 てくてくと堂々と大通りを歩く。夕暮れの最中、俺の頭では魔法についての情報が整理されていた。考えられるのは、魔法使用の硬直はデメリットではなくコストであるということ。ならば、また代償系の能力が増えたことになる。それ乃ち管理するパラメータの増加であり、負担の増加である。とはいえ、コストを上回る効力がある以上、メインウェポンとしての使用を検討するべきだろう。

 視線については、よく分からない。フレイヤは何を考えてるか分からないと言うのは、神様から聞いている。警戒は必須と言ったところか。ついでに、俺は今誰かに付けられているらしい。

 

フレイヤファミリアー>補正値:600

 

 天秤。鎖の音。死亡確率に基づいて補正が掛かった。街中でこの補正値は異常だ。殺す気だな。

 背骨が開く様な感覚と共に空間の把捉範囲が急激に拡大する。それによって五感以外の感覚から収集したものが統合されて、屋根の上に居る人間の存在を弾き出した。

 これか。犯罪者なら殺してもいいが、フレイヤファミリアの連中となると揉めるのは不味い。多分殺せるけど。

 俺は大通りからダイダロス通りに入る。何時もとは違う道だ。ここで殺す。殺すしかない。俺は知らない細い裏道を奥へ奥へと進んで行った。

 道を知らなければ簡単には戻れない。そんな場所まで進んだ時、一本の鉄矢が目の前の壁に突き刺さった。振り返ると同時に鶴嘴を振り上げる。何かに当たった感覚が腕に伝わった。それを把握する前に、次々と矢が飛来する。

 

フレイヤファミリアー>補正値:800

 

 鎖の音が第六感を引き出し、俺はそれに従って飛来物を全て弾いた。一瞬静寂が路地を包み、一人が屋根から降りた。そいつはゆっくりとこちらに歩み寄り、口を開いた。

「これ以上、ベル・クラネルに関わるな」

 何言ってんだこいつ。嫌だよ。友達を選べって? 過保護な母親かよ。

「では死ね」

 

フレイヤファミリアー>補正値:1200

 

 天秤が傾く。この補正値は、駄目なやつだ。

 黒い影が滑るように近付き、袖の暗器を振る。ギリギリそれを視認出来た俺は咄嗟に受け流そうとするが、想像以上に重い攻撃に鶴嘴を手から弾かれる。鶴嘴は俺の後ろにカランと落ちた。やべえ。

 バックステップで取りに行こうとするが、咎めるように矢の雨が降った。

 

フレイヤファミリアー>補正値:1400

 

 呼応するように思考能力が強化され、一瞬世界がスローモーションになる。大丈夫だ。幸運にも狙いが正確だったので、隙間は十分にある。一足で壁際に移動して攻撃を回避し、その壁を蹴ることで加速しエイムをずらしつつ鶴嘴に接近した。もう少し、届いた。鶴嘴を引き寄せて握り、構える。

相手は予測不能の加速を繰り出す暗殺系と弓に長ける五人だ。キツイ。だが、勝ち目は何処かにあるはず。矢を弾き、投げナイフを叩き落す。しかし、その隙を暗器使いは見逃さず、異次元のステップによって距離を詰められる。俺は鶴嘴で凌いで間一髪凶刃を逃れた。視界から黒い影が消える。また来る。タイミングを掴めない。見えないので攻撃先を先読みして身体を捻ると、曲がった金属が思考と皮膚を切り裂いた。ヤバいな、傷が深い。

 

フレイヤファミリアー>補正値:1600

 

 暗赤色の結晶よ。

 瞬時に血が患部を覆い臓物が溢れるのを防ぐ。一瞬の後援護射撃が降り注いだ。それを回避しつつ鶴嘴を振って牽制する。だが、黒い影はそれをぬるりと避けて至近距離まで迫った。俺は全力で鶴嘴を引き戻して柄で防ぐ。

 

フレイヤファミリアー>補正値:1800

 

 防戦一方だ。攻める隙が無い。弓部隊の呼吸は読めた。でもこの暗器使いは無理だ。天秤を盗み見ると、今まで見たことが無いくらい傾いていた。やばい死ぬって。俺は思い切り後ろに下がり、語りかけた。

 おい、お前ら。多分俺なら、本気で行けば何人か持っていける。それこそ死ぬ気で行けば全員道連れに出来るかもしれないぜ。

 攻撃が止まった。よし、話す気はあるな。ベルが目的であることを考えれば、狂っていないが一線を越えているタイプのファンか。フレイヤ、神としてそれはどうなんだよ。

 俺は冒険者だ。言いたいことが分かるか?

 連中は続く言葉を待つ。その隙に小声で詠唱する。暗赤色の――。

 イメージは明確に。目的を明白に。

 相打ちでも全員殺せるなら、冒険者ならどうするか分かるよなあ!

 言葉を溜める。予想させる。だが結論に至らせる前に。ルートを正確に。鶴嘴の構え方を変える。ブラフだ。

 賢い冒険者は、冒険をしねえんだよォ!!!

 結晶よ。かすり傷から垂れた血が爆発して煙幕となる。一瞬呆けた相手の空白をものにし、すぐさま駆け出した。

「逃げたぞ。捕まえろ!」

 殺せじゃないんだな。暗赤色の結晶よ。

 詠唱によって生命が蠢く。完成した自走する足腰を腕から切り離し、遠くに放す。曲がり角が多い地区だ。石畳に近い色にしたし、しばらく時間を稼いでくれるだろう。それと同時に足音と気配を消し、直ぐそこの空き家に潜伏した。

 

フレイヤファミリアー>補正値:2000

 

 鎖の音と共に補正が変動する。更に気配が希薄になる。これで見つからない。走行音がここまで聞こえる。奴らが走って来ている。ここでもう一工夫だ。

 魔法:ロック・ダウン。

 瞬く間の永遠を。

 蒼い風が逆巻く。ずっと考えていてさっき整理がついた。この魔法は周囲を無差別に氷へ変換する魔法ではない。氷へ変化する条件は風が触れる事と俺が選ぶことだ。そして、空間把握に長ける今なら出来る筈だ。風は俺の手を伝って窓から外へ流れ出した。

 魔力消費は殆ど無い。想定通りだ。外へ飛び出した風は天然の空気に混ざってさらに遠くへ拡散する。魔力が削られ始めた。だがその速度はダンジョン内より格段に緩やかだ。そして、風はあいつらに触れた。

 俺の予想が正しいなら、はは、やっぱりだ。魔力消費は途中でゼロになった。それが意味するところは一つ。

 君に。

 目の前に無数のウィンドウが開いた。俺はその内の五つのチェックボックスをクリックした。

 exec.

 僅かな魔力が抜け出してそれを変質させる。直ぐに何かが落ちる音が聞こえた。やったぜ。大成功だ。

 俺は奴らのブーツを対象に取って氷に変えた。氷の靴なんて、冒険者の力で地面を蹴ったら砕けるに決まってる。砕けなくても、滑ってバランスなんて取れないだろう。ただでさえ屋根は不安定な足場なのだから、落ちるのは道理だ。

 さて、もういいかな。空き家を出て我が家へ急ごうとするが、やはり足は動かない。だが、今回は上半身が動く。俺は硬直が解けるのを待って、二十秒後くらいに走って帰った。

 

 

「どうやら、逃げられたらしい。足音の正体はこの足だ。すっかり騙された。まさか、生物を作ることが出来るとは、殺害許可が下りているのも納得だ」

「やっぱりタダモノではないですね。物質を氷へ変える魔法まで使えるようです。生物には効果が無いようですが、発動の瞬間が全く分かりませんでした。それに靴だけを氷に変える精度も異常です。僕たちの射撃も見切られていましたし、あれが本当にLV2なんですか?」

「ああ、今日申告が出ていた。ベル・クラネルに次ぐ、あまりに早いランクアップだ」

「……それで、どうしますか? このまま帰ってしまったら叱責は免れないですよ?」

「仕方がないだろう。もう足取りは追えない。撤退するぞ。幸い情報は多少集まった。それで凌ごう」

「腰を痛めたんですが」

「情報料だと思え。早くしないと置いて行くぞ」

「今行きます」

「……それで、大通りに続くのはどの道だ?」

「確か、いえ、忘れました」

「誰か覚えていないのか?」

「ダンジョンではなかったのでマッピングをする必要は無いと……」

「意識していませんでした……」

「オラリオの外から来たので土地勘は……」

「戦闘に夢中でした」

「はあ、これは大分かかるぞ。先ずはあの道から行こう」

「あの、待ってください。おかしいです」

「何がだ? 早く行くぞ」

「僕たちにとって無意識に帰路を憶えるのは必須技能です。なのに、誰も道を憶えていない」

「この場所も、さっきまで夕陽が見えていたのに今はもう空は暗くなって街灯がついています。いくら何でも時間経過が早過ぎます」

「それに、冒険者の帰宅時刻であるのに今まで人を一人も見ていないのはあり得ません。ここは住宅街なのに」

「……」

「だから、道を進むのは止めた方が良いと思います。そうです。屋根に上るとかいいんじゃないですか?」

「……」

「あの」

「……」

「隊長? 皆?」

「……」

「でも、だって」

「……」

「違う違う違う。ダメだって」

「……」

「何で」




 魔法の設定どこまで明かしたっけ……。

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人が無力ながらも、勇者として、英雄として、築いてきた時代は終わり、神が降臨したことによって、胎動した神時代。▼誰しもが、夢見た英雄と肩を並べることが出来る量産型世界。▼終末時計は人知れず針を進める。▼最高の神選でさえ、漆黒の龍には届かなかった。▼全知零能の神でさえ、世界の真実には至ることはなかった。▼世界は英雄の誕生を求めている。▼──それは、人の時代に淘汰…


総合評価:754/評価:7.22/連載:33話/更新日時:2026年05月26日(火) 03:11 小説情報


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