最後の戦いが終わって、しのぶさんと義勇さんが一緒に暮らす話です。
原作通りの展開ではありませんが、アニメ未収録の設定が多分に盛り込まれているので、ご了承願います。
全年齢対象ですが、性描写があります。このくらいなら問題ないかなと思いましたので。

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欠けた者達の相補

私の心には怒りしかなかったと思います。

鬼が憎かった。鬼にも甘い感情を抱いていた姉の考えを生温いとさえ思っていました。

人が憎かった。弱者を虐げ愚かな争いを続ける人など、守る価値はないと思っていました。

そんな私の怒りは今宵終わりを迎えるはずでした。

上弦の弐。我が姉を殺した悪鬼。この戦いで。

私が上弦の弐に全く歯が立たない中で、炭治郎君と冨岡さんが駆けつけました。

2人は上弦の弐を討ち滅ぼしました。私は補助に回ることしか出来ませんでした。

鬼舞辻無惨と戦いました。ここでも私は対して役に立てず戦いは終わりました。

無惨が消滅した後、柱の多くは傷つき命を落としました。生き残った冨岡さんも右腕を失いました。私は全身に一生消えない傷を負いましたが、腕を失うなどの目立つほどの外傷はありませんでした。痣すら最後まで出ませんでした。

(無様に生き残った役立たず。それでも柱か!恥を知れ!)

私は自分に対する怒りで満ちていました。しかし私を罰してくれる者はもういませんでした。

私は死ぬまで怒りを抱えたままなのだと思いました。

 

最後の戦いの後、私は女性の鬼殺隊士や保護した女性達の今後の働き口、生活場所を見つけるため、奔走しました。特に下衆な男や人買いに合わないように細心の注意を払いました。幼い少女達は産屋敷家が保護することになりました。私は彼女達を継続して育てる事を進言しましたが、「これ以上何かを背負う必要はなく、自由に生きること。」と言われ却下されました。

(私はどういう生き方をすればいいのかわからないのに・・・。)

そんな私の心を読まれたのか、産屋敷家からある大学の医学部の受験を勧められました。試験には簡単に合格し、私は医学部に通い始めました。

しかし私は大学に馴染めませんでした。常に「女風情が」という目線で見られることに屈辱を感じていました。好色な目線で見られていることを感じたときは殺意すら覚えました。結局私は数ヶ月で大学を辞めました。私は外の世界では生きられませんでした。

私は1人で住める家を借り、1人で薬物の研究をしていました。その生活も長く続きませんでした。私は人が恋しくなりました。本心で話せる人を欲していました。何て弱い人間なんだと私は自分を責めましたが、その衝動は抑えられませんでした。

 

私は柱だった人達に会いに行きました。まず不死川さんの家に行きました。不死川さんは私の顔を見るなり「薄気味悪いから来るな」と言い私を追い出しました。私は、それが彼の本心ではないことをわかっていましたが、悔しかったので彼の家の井戸にしびれ薬を投げ入れて帰りました。

次に宇髄さんの家に行きました。宇髄さんは歓迎してくれ「是非とも嫁に」などと言っていましたが、彼の妻達が恨めしい顔で私を見ていたため帰りました。

次に冨岡さんの家に行きました。いつも留守でした。その後冨岡さんは彼の家の近くにある食事処に毎日通っていることを知り、そこに行きました。冨岡さんは残った左手で器用に食事をしていました。私は彼の隣に座り語りかけました。

「不自由ではありませんか?」

「もう慣れた。」

私たちの会話はそれきりで、食事を終えた後、互いに反対方向に帰りました。

その後私は毎日その食事処に行き、冨岡さんの隣に座り、互いに何も話さず食事をし、別れました。

数日後、冨岡さんから話しかけられました。

「炭治郎の所に行かないのか?」

「私のような女が行っても彼らに迷惑がかかるだけですし。」

「そうだな。」

それから数日間会話のない食事が続きました。

その後、私は冨岡さんに聞きたかったことをついに口にしました。

「・・・冨岡さん、生きていて楽しいですか?」

冨岡さんは、「いや、全く。」と答えました。

その後で、

「だが、俺達は生き残った。死んでいった者達のためにも、生きたかった者達のためにも、生き続けねばならない。それが生き残った者達の責務であり使命だ。」

と言いました。

私は、彼がそう言うことをわかっていました。わかっていましたが打ちのめされました。

冨岡さんは私の心を見透かしたように

「胡蝶、お前、死にたがってないか?」と言いました。

私は「・・・わかりません・・・。」としか答えられませんでした。

それから数日間会話のない食事が続きました。

その後、

「胡蝶。・・・芝居でも見に行かないか。」と言われました。

それは彼には似つかわしくない言葉であり、私は「えっ?」と驚き、しばらく逡巡したのち、

「・・・行き・・・ます・・。」と答えました。

 

数日後、私は冨岡さんと芝居を見に行き、

「楽しかったか?」と聞かれ、私は笑みを浮かべて

「いえ、全然。」と答えました。

その後、彼と道を歩いていると、3人の男が1人の女性を捕まえて何処かへ連れて行こうとしている光景を目にしました。「嫌、助けて!」という声を聞き、私はその場へ走って近づき「その人を離しなさい!」と言いました。男達は笑いながら「じゃあお嬢ちゃんが相手してくれるのか?」等予想通りの下卑た回答をしました。私は男達を一方的に殴り、蹴り飛ばしました。男達が命乞いのような言葉を発していましたが、私には聞こえませんでした。私は笑みを浮かべながら男達を殴り続け、

「やめろ。」

振り上げた腕を掴まれました。冨岡さんでした。

私は周りを見渡しました。男達は3人ともほとんど気絶していました。私は助けを求めていた女性と目が合いました。彼女は私を化け物を見るような目で見ていました。

 

その後、私は公園のベンチに腰掛けていました。冨岡さんに「落ち着くまで座っていろ。」と言われたためでした。私は、

「・・・これが、私なんですよ冨岡さん。平気で人を殴れる。怯えさせる。自分でも異常だと思っています。でも、止められないんです。ああいう光景を見ると怒りが沸々とわき上がって・・・。自分でも止められないんです。」

俯きながら話しました。

「私は・・・、なんで生き残ってしまったのでしょうか・・・。」

冨岡さんは

「胡蝶。・・・俺と一緒に住め。」と言いました。

私は無言で冨岡さんの顔を見上げました。彼の顔は無表情でした。

「このままだと、お前はいつか人を殺す。」

私は何も言えませんでした。言えませんでしたが、彼の言葉に頷いていました。

 

私達は人気の少ない所に新居を構えました。新居には私の研究室と剣の稽古が出来る広い庭を造りました。私は薬の研究成果を薬学学会に送ることで、2人の生活費を稼いでいました。学会は私の存在を大層持て囃したそうですが、私にはそれが苦痛だったので式典等の参加を一切断り続けました。産屋敷家からは定期的に大金が送られてきましたが、私達はそれを鬼殺隊にいた女性達に分配して送っていました。

私は冨岡さんと毎日庭で剣の稽古をしていました。冨岡さん程の実力者と対峙してわかったことですが、私は全集中の呼吸や型が一切使えなくなっていました。ほとんどの隊士が、呼吸が使えなくなった噂は聞いていましたが、ここまで実力が落ちるとは思ってもいませんでした。私は一から剣を学び直すつもりで冨岡さんに木刀で斬りかかっていました。私の剣は全て冨岡さんの木刀に跳ね除けられました。

冨岡さんは「俺を殺すつもりで剣を振るえ」と私に殺意を出すよう要求し続けました。私は怒りを、殺意を出し続けました。やがて私は立っていられなくなり、倒れ気絶しました。

気がついたとき、私はいつも布団の中にいました。冨岡さんは片腕なのに私を抱きかかえ、布団を敷き、その中に私を寝かせました。私が目覚めた後も、冨岡さんは剣を振るっていました。それを毎日行っていました。

冨岡さんの稽古は、私の中の怒りや殺意を搾り取ることが目的だと思いました。しかし、私の中の黒い感情は止めどなく溢れていました。私は改めて自分のことを怪物か何かだと感じていました。

 

カナヲは最後の戦いが終わった後、私と共に残務処理を行い、その後一人暮らしを始めました。彼女は、いつしか炭治郎君の元に通うようになりました。そして、いつのまにか炭治郎君と同居していました。

カナヲとは定期的に会っていましたが、会う度に彼女は明るくなっていました。そして炭治郎君の事が会話の中心になっていました。私は意地悪く、

「カナヲ、惚気ていますね。」と言いました。カナヲはもじもじしながら「恥ずかしいですよ、姉さん。」と答え、惚気ていることを否定しませんでした。

「姉さんは冨岡さんのこと、どう思っているの?」意地悪を返されました。

「彼は単なる同居人です。」

「どうだか。」

カナヲはニヤニヤと私の顔を見つめました。

「姉さんは私に言ってたじゃないですか。彼に味噌汁を作らせたら恐ろしく不味かった。洗濯をさせたら着物を破かれた。掃除をさせたら部屋の隅に埃が残る。だから家事は全て自分が行っている。彼は何も出来ない危なっかしい人だ。心配で目が離せない。

惚気ていると言うんですよ、こういう事は。」

「そう・・・なのかもしれませんね・・・。」

私は冨岡さんに対する特別な感情を認めました。彼は私の感情を、怒りを、殺意を受け止めてくれる人でした。しかし、それが不安でした。私の中の黒い感情は本当に小さくなっているのか。そうでなければ、私の感情はいつか彼を壊すのではないか。

私の身体はいつの間にか震えていました。私は自分の手を握りしめていました。

カナヲは私の手を握りました。温かい手でした。

「大丈夫だよ、姉さん。」

カナヲは微笑んで、

「私が姉さんのお手本になってあげる。幸せになるお手本に。私を見ていて、姉さん。私は必ず幸せになる。そして姉さんを導いてあげるから。」

カナヲの言葉はとても頼もしく、私の不安を和らげるのに十分な力がありました。

しかし、私は不安が和らぐと同時にある黒い感情が湧き上がっているのを感じました。私は慌ててその感情を否定しました。あり得ない。あってはならない。愛する妹にそんな感情を抱くなんて。

 

数ヶ月後、カナヲと炭治郎君は挙式をあげました。

私はカナヲに化粧を施しました。白無垢姿のカナヲはとても美しく、私は見惚れていました。

式はガチガチに緊張した炭治郎君と落ち着き払ったカナヲが対照的で私は笑みを浮かべていました。

式の途中でカナヲは私に近づき

「姉さん、笑い方が変になったね。」と言いました。

私は心臓の鼓動が早くなったのを感じました。

「でもその笑顔、私は好きだよ。姉さんの心からの笑顔だって感じるから。」

確かに私は今まで作り笑いをしてきました。怒りを、憎しみを隠すために。

私は鬼に対して笑みを浮かべていました。湧き出る殺意があまりに心地よかったから。

(私は今まで心から笑ったことがなかったのだろうか?)

私は大切な妹の式の途中で表情をなくしていました。私は頭を振りその疑念を追い払いました。

私は作り笑いをしました。式の最後までそれで押し通しました。

式の中で冨岡さんは炭治郎君とカナヲに話しかける際、微笑んでいました。

彼も笑うことがあるのかと思いました。私に対しては一度も見せたことがないのに。

私の中で再び黒い感情が出てきました。私は必死でその感情を追い払いました。

 

式から数日後、私は自宅の鏡の前で笑ってみせました。確かに変な笑顔だと思いました。

私はふと、無表情になってみました。その表情は何処かで見たことがある表情で。

私は吐き気が込み上げてきました。思い出しました。上弦の弐でした。

私は自分の身体を抱きしめていました。震えが止まりませんでした。

信じたくはありませんでしたが、それしか結論が出ませんでした。

私はアレと同じ生き物でした。

激しく嘔吐しました。私の中の全てを吐き出したい気持ちでした。

しかし胃の内容物を出すだけで留まりました。私は蹲って震えていました。

「胡蝶!」

冨岡さんが私の側まで走ってきて、私の肩を掴みました。

「しっかりしろ。何があった。」

私は、自分の気持ちを彼にぶつけようと思いました。身勝手な思いでした。

「・・・上弦の弐を思い出しました・・・。」

「あんなものは忘れろ。」

「炭治郎君が上弦の弐に対して激怒し罵倒したとき、その時のアレの顔を憶えていますか?アレは何の表情も浮かべませんでした。本来なら怒るべき時にそれが出来ませんでした。アレは喜びしか感情がない生き物だとわかりました。

私は鏡を見た際、アレと同じ顔をしていることがわかりました。私は怒りしか感情のない生き物だったんです。私はアレと同じ感情の欠落した化け物だったのです・・・。」

「違う!お前は奴とは違う!お前は鬼殺隊で多くの子を育ててきた。奴にそんなことが出来るか?何故自分をそこまで卑下する。・・・頼むから止めてくれ。」

「私はカナヲが幸せそうに話をしているとき、挙式の時あなたがカナヲに微笑んでいたとき、私の中に黒い感情が出てきました。嫉妬でした。私は継子、いえ妹に嫉妬していたのです。何て醜い。やはり私は化け物で」

私は右の頬をはたかれました。私は冨岡さんの顔を見上げました。彼は無表情でした。

「胡蝶。嫉妬は人間として当然の感情だ。お前は人間なんだ。心を持っているんだ。」

「・・・私の中は黒い感情で渦巻いています。殺意や怒りといった黒い感情が未だに根付いています。これを心と呼べるのですか!」

彼は無表情でした。何も言いませんでした。

「私は怖いのです!私の中の黒い感情が何時かあなたを壊すのではないかと考えると怖いのです!あなたはいつの間にか私の支えになっていました。その支えを、自らの手で壊してしまいそうで・・・。やはり私は自分を認められません・・・。人として認められません・・・。」

「なら何故、今お前は泣いているんだ。」

「えっ・・・。」

私は泣いていました。言われるまで自分でも気がついていませんでした。

「怖いから泣いているんじゃないのか?悲しいから泣いているんじゃないのか?それは黒い感情とやらから出てくるものなのか?俺にはそうは思えない。」

冨岡さんは私を抱きしめました。温かい身体でした。

「胡蝶。お前が自分を認められないなら、俺が認めてやる。お前は人間だ。誰よりも心優しい人間だ。だからお前は悪意に対して怒る。誰にも傷ついて欲しくないから怒る。

そして、そんな自分の怒りを許せないから笑う。大切な人を傷つけたくないから怒りを笑顔で覆い隠す。鬼に対して、悪意に対して、怒りを悟られたくないために笑う。お前は優しい人間だから。儚い人間だから。」

「・・・私は、・・・私は自分の感情が、気持ちが、もうわかりません・・・。」

私は冨岡さんの胸にすがりつきました。まるで子供のように。

「考えなくていい。俺に対して何も考えず気持ちを吐き出せばいい。俺はお前の黒い感情とやらに壊されたりしない。安心しろ。全て受け止めてやる。」

私は冨岡さんの胸で、大声で泣いていました。長い時間泣いていました。

やがて私が泣き止むと、冨岡さんは去って行きました。私は自分の嘔吐の始末をすると、自室に戻りました。そして夕食を作り、共に食べました。冨岡さんは無表情でした。

私は冨岡さんに「ずっと側にいてやるから」と言って欲しかったと、ふと思いました。

それが叶わない願いだとわかっていながら。

 

私達は剣の修行を続けました。

冨岡さんは「殺意を出せ」と言わなくなりました。

私は感情のまま剣を振るいました。怒りを、殺意を、嫉妬を、悲しみを、喜びを、嬉しさを、全て剣に込めました。

私は、全ての力を出し尽くしても気絶することはなくなりました。それでも最後にはフラフラになる私を冨岡さんは片手で抱きかかえ、私の布団に寝かせました。

私は冨岡さんに抱きかかえられているとき「ずっとこのままでいて欲しい」と思いました。

私は自分が我が儘になったと思いました。その感情を否定しませんでした。

それが私だから。否定しませんでした。

私は自分の薬の研究成果で十分な蓄えが出来たので、研究を止めて、冨岡さんを見つめる時間を作りました。

彼は日が昇る前から日が沈む直前まで、ずっと剣を振るっていました。

その後は縁側に座り庭の景色を眺めていました。それが毎日でした。

「毎日景色を眺めて楽しいですか?」

「景色を眺めてなどいない。」その後の冨岡さんの答えは私の心臓を凍らせました。

「俺は、死を待っている。」

私は何も言えませんでした。

「俺は痣を発現した。遠からず死ぬ。剣は俺の生きがいだから剣を振るっている。俺にはそれしかないから剣を振るっている。そうすれば俺の気持ちは休まるから振るっている。」

「・・・冨岡さんは死にたがっているのですか?」

「俺は死にたがってなどいない。」

「では何故死を待っているのですか?」

「それが俺の使命だからだ。」

「それを死にたがってるって言うんですよ!」

私は叫んでいました。

「あなたがいなくなったら、誰が私の感情を受け止めてくれるのですか?私の感情は何処にぶつければ良いのですか?私が痣を治してみせますから、死を待つだなんて言わないでください。お願いだから・・・。」

「胡蝶。」

冨岡さんは私に微笑んで言いました。

「お前はもう、自分の感情を制御できる。怒りなどに支配されることもない。もう俺がいなくてもいい。それに痣を治すのはお前でも無理だと思っている。これは俺の使命であり、運命なんだ。」

私は黙って冨岡さんの前から立ち去りました。夕食を共に食べても私達は終始無言でした。

私は自室で床に就きました。眠れませんでした。

私は冨岡さんの部屋に行きました。

 

冨岡さんの部屋の襖を開けました。彼は私が入っているのを察していて顔をこちらに向けていました。

私は彼の目の前で寝間着をスルスルと脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になりました。全身傷だらけの醜い女の身体を見せました。

「何の様だ。」彼は言いました。

(私はあなたの心を埋めるために来ました。)

そう言いたかった。でもそれは適切ではなかった。だからこう言いました。

「私は自分の欲求を満たすために来ました。」

「好きにしろ。」彼は拒みませんでした。

私は彼の布団に潜り込み、彼の後頭部に手を当て、唇と舌を奪いました。

その後、私は彼の上に跨がり彼の寝間着をはだけさせ、彼の身体を、右腕の傷口を犬のように舐めました。

いつの間にか、私の上に彼が乗っかっていました。

彼は私の体中の傷を舐めました。それは私の欠けた心を埋めてくれるような感覚を与えてくれました。

私は彼のする行為全てを拒みませんでした。私は彼の行為全てに幸福を感じていました。

私は彼の全てを受け入れました。

果てた後、私は彼の胸を抱きしめていました。

「お願いがあります。」

また私は我が儘を言いました。

「私を名前で呼んでください。私はあなたをより身近に感じたいのです。他人行儀なのは嫌なのです。・・・寂しいのです。」

彼は私の頭を撫でながら

「わかった。寂しがらせて済まなかったな。・・・しのぶ。」

私は、また彼の唇と舌を奪いました。

私たちはまた身体を重ね合いました。

 

その夜から時々私は義勇さんの部屋に行き行為を重ねました。

稀に義勇さんから私の部屋に来ることがありました。

「私はあなたの心を埋めたい。」それは本心ではありましたが、結局私はその言葉を言えませんでした。

言えずに私達は行為を重ねました。

1年くらいの時が過ぎました。

私は義勇さんの子を身籠もっていました。

 

私はカナヲ達に自分の懐妊を伝えました。

彼らは我が事のように喜び「挙式はいつにするのか」「籍はいつ入れたらいいのか」等はしゃいでいました。

挙式については、私と義勇さんは口をそろえて「我々には似合わないから」と遠慮しました。挙式について義勇さんと話したことはありませんでしたが、考えは一緒でした。

籍については義勇さんが断りました。

私は自宅に帰り、「・・・籍は入れたいです。」と正直に言いました。

義勇さんは、「俺は遠からず死に、お前に迷惑をかけるから。」と答えました。

わかりきっていた答えでした。

 

私は自宅で子を産むことに決めました。

外の見知らぬ人間に我が子を触らせたくないという私の我が儘でした。

ついに出産の時が来ました。

カナヲ達、アオイが飛ぶように駆けつけてくれました。

出産は鬼との戦いと同じように苦痛でした。しかし私はその苦痛に喜びを感じていました。

私の中の子は、私の中が狭くて堪らないように、私の中で暴れていました。

(そうですよ、母の世界は狭い。あなたは広い世界に行きなさい。)

私はそう思いながら必死で力を込めていました。

義勇さんは私の手を握り続けていて、

「頑張れ、しのぶ。頑張れ。」と言い続けてくれました。

彼らしい不器用な言い方に、私はぎこちない笑みを返しました。

「赤ちゃん、出てきますよ!」

アオイの声に私はこれまで以上に力を込めました。

そして、私の子が出て行って、わずかな時間がたった後に、

私の子の元気な泣き声が聞こえました。

アオイは、へその緒を切り、私の子を産湯につけ、

「しのぶさん、元気な子供です!元気な女の子ですよ!」

涙を流しながら私に子供を見せました。

しわくちゃな顔、弱々しい体、それら全てが愛おしく見えました。

「・・・あ・・・・ああ・・・・」

私にはそんな声を出すくらいしか力が残されていませんでした。

しかし、私は思いました。私の命をかけてこの子を守り続けると。

私の生涯をかけてこの子を幸せにしてみせると。

 

子供の名前はカナエに決まりました。

名付けたのは義勇さんでした。私の案は何故かカナヲやアオイに却下されました。

でも、それで良かったと思いました。

カナエ。私の姉の名を継ぐ愛しい子。

あなたには姉の分まで長く生きて欲しい。

あなたには姉のように優しい人になって欲しい。

あなたが生まれてきてくれたことが私の幸せ。

だから、私の残りの人生はあなたに幸せを返すために費やす。

 

そう、私は幸せでした。

しかし私の幸せは長くは続きませんでした。

ある日、私は義勇さんが庭で倒れているのを発見しました。

私は慌てて駆け寄り、彼の体を調べました。

彼の左頬には痣が出ていました。

 

私は義勇さんと同居するようになってから、既に痣について研究していました。

義勇さんを助けるために、炭治郎君と不死川さんを助けるために。

彼らの体を調べました。検診を行いました。細胞も採取しました。

しかし痣の治療方法は見当がつきませんでした。

身体能力を上げる代わりに死をもたらす呪い。

たった一晩使っただけなのに死ぬ呪い。

義勇さんが倒れてから、私は寝食を忘れて研究していました。

義勇さんは脈も呼吸も体温も正常でした。なのに死んでしまう。こんな、こんな理不尽なことがあるなんて。

私は義勇さんの細胞を再び採取して様々な薬品を投与しました。どれも効果がありませんでした。まるで何の異常も無い反応でした。

嘘をつくな。嘘をつくな!嘘をつくな!!嘘をつくな!!!嘘をつくな!!!!

私は試験管を投げ捨て、叩き割り、研究台を何度も叩いて、

「しのぶ。」

心臓の鼓動が高鳴りました。義勇さんでした。

「休め。お前は四日も何も食べていない、寝てもいない。お前が体を壊してどうするんだ。カナエの面倒は誰が見るんだ。今はカナヲやアオイが来てくれているからいいが、いつまでも迷惑はかけられない。俺は不器用でとても面倒は見られない。それに俺は」

「それ以上言わないでください!」

私は叫びました。

「・・・私の中に黒い感情が再び湧き上がってきました。もう自分では押さえられません。・・・止めるのはあなたの役目ではなかったのですか? ・・・お願いです、私を止めてください。お願いします・・・。」

私は義勇さんの胸にしがみついていました。

「嘘だ。お前は、もう自分の感情を制御できるはずだ。俺がいなくても生きられる。それにお前にはカナエがいる。俺は隊士としての使命と運命を全うする。お前はカナエを守り育てる事が新たな使命だと思って生きてくれ。」

「・・・使命とか運命とか責務とかくだらないですよ・・・。」

私は義勇さんの着物を力強く握りしめていました。

「無惨が戦いの中で言っていましたね。私たちは異常者だと。その通りですよ。異常ですよ。死が怖くないなんて。私も戦いの中で死ぬことが使命だと思っていました。実際死ぬつもりでした。戦いが終わり生き残った私に生きる喜びを教えてくれたのは、義勇さん、あなたでした。あなたを愛することで、私は異常では無くなりました。欠けていた心が満たされました。生きることに喜びを見いだしました。・・・死ぬのが怖くなりました。

義勇さん、あなたは死ぬのが怖くないのですか?あなたは異常なままなのですか?・・・私はあなたの心を満たせなかったのですか?答えてくださいよ。答えて!」

「・・・怖いよ・・・。」

私は義勇さんに抱きしめられました。

「俺もお前を愛している。お前を愛することで、俺も欠けていた心が満たされた。戦うこと、剣だけが生きる目的だった俺が、それ以外の自分の生きる意味を教えられた。死ぬのが怖くなった。」

「・・・なら、生きたいと言ってくださいよ・・・。」

義勇さんは私に顔を近づけました。私の目を強く見つめました。

「俺はお前の中に生きている。おそらくカナエの中にも俺がいる。俺はお前達が生きている限り生き続ける。死んでいった隊士達も同じだ。残された者が生き続ける限り、その中に彼らは生きている。鬼との戦いを知らない人々の中にも、その命は流れていく。海へ流れていく水のように。それに気づかせてくれたのはお前だ、しのぶ。」

義勇さんは私と唇を重ねました。

「・・・ありがとう。」

私は意識が無くなっていくのを感じました。

次に目が覚めたとき、私は自分の布団の中にいて、私をのぞき込んでいたカナヲと目が合いました。

カナヲは私の手を握りしめて大粒の涙を流し、

「・・・姉さん、目が覚めて良かった。・・・姉さんまでいなくなったら、私・・・。」

私はカナヲの目を拭い、

「ごめんなさい。心配をかけましたね、カナヲ・・・。」と言いました。

アオイから私は過労で二日間眠ったままだったと教えられました。

目覚めてから私は痣の研究を止めました。

私は残された時間を義勇さんと過ごす事に決めました。

 

「義勇さん、街ではこういう所に出かけることが流行っているそうですよ。」

私は買ってきた本を義勇さんに見せました。

「お前はこういう所に行きたいのか?」と聞かれたため、

「いえ、全然。」と返し、本は捨てました。

「俺はお前が側にいてくれればそれでいい。」と言われ、私は赤面しました。

私と義勇さんは縁側で会話することに多くの時間を費やしました。

剣の稽古は「もう必要ない」と義勇さんが言ったため、その余った時間を私と義勇さんとカナエの3人で過ごしました。

カナエの成長は早く、いつの間にか這う事を覚えました。

私は毎日ことある度にカナエを抱きしめていたため義勇さんから「溺愛しすぎだ。」と叱られました。

義勇さんから耳掻きを頼まれました。片腕では不便だという理由で。私は膝枕をして彼の耳を掃除しました。彼はいつの間にか眠っていました。私はいつまでも彼の顔をのぞき込んでいました。

私と義勇さんは毎日一緒に風呂に入りました。互いに体を洗い流しました。「やはりお前は綺麗だな」と言われた日は一気に顔が赤くなりました。湯船に入ってないのにのぼせていました。

私は毎日、義勇さんとカナエと3人で眠りました。カナエが夜泣きをしてはあやす私を義勇さんは起きて微笑んで見ていました。カナエが泣かないときは私と義勇さんは手をつないで寝ていました。

ある日、義勇さんは私に言いました。

「しのぶ。炭治郎達を呼んできてくれ。」

私はついにその時が来たことを悟りました。

「俺の命は、明日には尽きる。」

 

翌日

義勇さんは布団の中で寝たままでした。

その周りを炭治郎君達が取り囲んでいました。皆、涙を流していました。

私はカナエを抱いたまま立って見ていました。私の頭の中は真っ白でした。

義勇さんは1人1人枕元に呼んで何かを伝えていました。それは、寡黙な彼には似つかわしくないほど長い会話で、私の耳にも入っているはずでしたが、内容が頭に入りませんでした。

最後に私が呼ばれました。カナヲがカナエを代わりに抱いてくれ、私は義勇さんの枕元に行きました。

「しのぶ。」

「はい。」

「お前に伝えたいことは山ほどある筈なんだが、俺はそれを全て伝えることは出来ない。許してくれ。」

「大丈夫です、義勇さん。あなたと過ごした日々で私にはそれが全て伝わりました。十分です。」

「ありがとう。」

義勇さんは左手を差し出しました。

「手を握ってくれないか。」

「はい。」

私は彼の手を両手で握りしめました。温かい手でした。これから死に逝く者の手とは思えませんでした。

「しのぶ。」

「はい。」

「笑ってみせてくれ。」

私はぎこちない笑顔を見せました。

「やはりお前の笑顔は綺麗だな。」

義勇さんは目を閉じました。

私の顔から表情が消えました。どういう顔をすればいいのかわかりませんでした。

義勇さんは語りました。

「俺は戦場で死ぬつもりだった。最後まで生き残り無様に生き延びたと恥じたこともあった。だが生き残って俺は新たに生きる目標を見つけられた。そして、こうして皆に囲まれて俺は逝く事が出来る。俺は幸運だ。」

皆、涙を流していました。涙を流していないのは私だけでした。

「しのぶ。」

「・・・はい。」

「お前の心の中に俺はいるか?」

「・・・はい。」

「・・・そうか・・・。」

義勇さんは微笑みました。

 

「お前の心は温かい。」

 

それが義勇さんの最後の言葉でした。

 

皆、泣き崩れていました。泣いていないのは私だけでした。

「・・・・あ・・・・あ・・・・・・あ・・・・あ・・・・」

虚ろな目で、虚ろな表情で、私は何だかよくわからない声を出していました。

「姉さん。」

カナヲに背中をさすられました。私はカナヲの方を向きました。カナヲは涙を流しながら、

「泣いていいんだよ。姉さんはよく頑張ったから・・・泣いていいんだよ・・・。」

その言葉を聞いて、私は動かなくなった義勇さんの胸にしがみつきました。

大声で泣いていました。子供のように泣いていました。

カナエの声が聞こえました。でも私は泣いていました。

(こんな母を許してください。今は、今だけは、泣かせてください。)

私はそんなことを思いながら泣き崩れました。

 

義勇さんは鬼殺隊の共同墓地に埋葬されました。

義勇さんが希望したためでした。

そして、義勇さんの1周忌に私とカナエは墓参に行きました。

先にカナヲとカナヲの子がいました。私たちは並んで祈りを捧げました。

カナヲの子はカナエより数年先に産まれたため、お兄さんのようにカナエと遊んでくれました。

私とカナヲは墓地の椅子に腰掛けてその様子を見ていました。

「姉さん。」

「何ですか?」

「・・・炭治郎君も遠からず亡くなりますよね。」

私はカナヲを見つめて

「怖いですか?カナヲ。」と聞きました。

カナヲは頷きました。

「今日炭治郎君と共に来なかったのもそのためですか?」

カナヲは頷きました。

「・・・私は痣の治療方法の研究を再開すべきですか?」

カナヲは首を横に振りました。

「姉さんが心をすり減らして研究するのを見るのは、同じくらい辛いから。」

私はカナヲを抱きしめました。

「カナヲ。出来るだけ炭治郎君の側にいなさい。彼と同じ時を生きなさい。彼は素敵な人です。必ずあなたを愛し続けます。あなたはそれに応え続けなさい。そうすれば、あなたの心の中に彼は生き続けます。別れの時は誰にでも必ず来ます。でも愛する人が自分の心の中にいればいつか乗り越えられるはずです。」

「・・・姉さん。」

「これは半分以上、義勇さんからの受け売りですけどね。」

私はカナヲに微笑みました。

「やっぱり姉さんは凄いなぁ。私は姉さんの幸せの手本になるつもりだった。それで姉さんに恩返しをするつもりだった。でも、姉さんは自分の力で幸せになった。・・・結局、私は姉さんの支えになれなかった。」

「違いますよ、カナヲ。あなたは十分に私の支えになってくれました。・・・それに、正直に告白しますが、先に炭治郎君と結ばれたあなたに私は嫉妬していました。自分にはこんな幸せは訪れないと思っていました。私は義勇さんにその思いを、その他の黒い感情をぶつけました。彼は私の感情の全てを受け入れてくれました。それがなければ、私と義勇さんに心の繋がりは生まれなかったかもしれません。」

「・・・姉さん・・・。」

「ありがとう、カナヲ。そして、ごめんなさい。私は不出来な姉です。あなたに迷惑をかけ続けるでしょう。今までも、これからも。」

「謝らないで姉さん!私こそ姉さんに迷惑をかけ続けたんだよ。私は姉さんの言いつけに背いて勝手に隊士になった。私は姉さんのために生きて、死ぬことで姉さんに恩返しが出来ると思っていたから。

私がいなければ、姉さんは私を戦力として考えた作戦なんて実行しなかった。他の柱の人と共に行動していた。藤の花の毒を飲み続けるなんてことはしなかったと思う。」

私は何も言えませんでした。あの作戦でカナヲは死んでいたかもしれない。私は妹を危険にさらした冷酷な姉で・・・

私の中の義勇さんが叱りました。私は慌ててその考えを消し去りました。

「・・・ねぇ姉さん。上弦の弐の戦いで炭治郎君達が現れたのは奇跡だよね。彼らは、その前に上弦の参と戦っていたのに。普通なら駆けつける余裕なんて無かったはずなのに。

作戦通りに戦っていたら、姉さんは確実に上弦の弐に殺されていた。私も無傷では済まなかった。失明していたかもしれない。痣が発現していたかもしれない。」

私は何も言えませんでした。

「・・・でも、炭治郎君達が駆けつけてくれた。私達を守ってくれた。これは運命なんだと思う。その結果、姉さんは生き残って子供を産み育てている。私も命を削らずに子供を産み、育てる事が出来る。炭治郎君達がいなければ、この子を残して私と炭治郎君は死んで、この子に寂しい思いをさせていたかもしれない。」

私は目の前で遊んでいるカナヲの子とカナタを見つめていました。確かにこの子達が産まれず、孤独を抱える未来なんて耐えられない。

「だから私はこの子を、命を賭けて守っていくよ。育てていくよ。もし、炭治郎君が亡くなって・・・私は悲しむだろうけど・・・、それでもこの子は生涯をかけて大切にする。絶対に幸せにしてみせる。それが私の使命で運命だから。」

「・・・あなたは本当に強くなりましたね、カナヲ。」

「姉さんのおかげだよ。」

カナヲは美しく笑いました。

私はぎこちない笑顔で笑い返しました。

多分私はこれからもぎこちない笑い方なのでしょう。

私の中の黒い感情を、私は一生背負っていくのでしょう。

それでいいと思いました。それが私だから。偽りが一切無い本来の私だから。

それでいいと、私の中の義勇さんが微笑んでくれているから。

カナヲの子とカナタが私達の方に近づいてきました。

私達は、自分達の子を抱え、抱きしめました。

愛しい子供達。あなた達が産まれてきたことが、私達の幸せ。

その幸せを、生涯をかけてあなた達に返していくのが私達の使命。

精一杯生きてください、愛しい子供達。

私達は、あなた達を必ず幸せにしてみせるから。


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