代田いのり、高校二年生、ソフトボール部所属、ピッチャー。

人生二度目のインターハイは一回戦負けで終わった。
三年生が引退してピッチャーの座を引き継いだおれは、チームのみんなと一緒に勝つためにもっと上手くならなければいけない。

そんな気合いと共に日課の早朝の走り込みをしていたおれが出会ったのは。
中学時代に同じポジションを賭けて争ったライバルにして幼馴染、北沢はぐみ。

違う高校へ進学した事で道の別れた、かつての親友。
彼女に執着していた筈のオレの感情は、あの夏の日に置き去りのままだった。


*注意:この作品は以下の要素を含みます。
・名前あり夢主
・原作キャラの過去話の捏造
・夢主メンヘラ描写あり
・擬似失恋描写あり

また、作者の知識は以下の通りです。
・アニメ:三期まで視聴(マイゴ、アベムジカ未履修)
・アプリ版イベントストーリー:シーズン2.にこにこねくと! まで
・北沢はぐみメモリアルエピソード:にこにこねくと! まで

上記全てが“2021年3月”時点のものであり、今日に至るまでの四年半の間に相当部分が劣化しています。先日バンドリのアカウントを復旧し、一部再履修済です。
今作は当時の作者がTwitterに書き連ねていた夢ツイートを元に執筆しています。

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はぐみとおれの夏の終わり

 

 夏休みが終わった。

 

 七月のインターハイが終わってからの一ヶ月間は、自分でも驚くほど一瞬で過ぎ去っていった。もちろん、ソフトボールの練習のせいだ。

 

 この夏。

 三年生が引退して、ピッチャーの座を引き継いだ。

 

 元々インターハイでもDPとして参加させてもらっていたから殆ど予定通りだったけど、それでも嬉しい事には変わりはない。

 

 夏休み、という名の部活動強化月間はあっという間に終わった。

 ほとんど毎日が部活動でスケジュールが埋まっていて、当然だけど合宿にも参加した。インターハイは終わってしまったけど、殆どの一年二年にとっては十月の新人大会が活躍の機会だから。皆一生懸命で、おれも練習に身が入った。

 

 それ以外に何かあったかといえば思い出せないくらいには、ソフトボールが中心の一ヶ月間だった。強いていえば、休養日に部活の同級生や後輩達と一緒にショッピングに行ったのが思い出になるだろうか。あとは、三年生の引退記念バーベキューとか。どのみち、部活動関係の予定だった。

 

 そして、夏休みが終わったからといってソフトボール中心の生活が変わるわけではない。

 

 後輩達に勧められて買ったシューズに足を通す。

 部活に時間を割いているからバイトとかは出来ないけれど、その分必要な物を買う小遣いは親が出してくれる。このシューズも小遣いで買った、両親は昔からおれに対して甘い所がある。

 

「行ってきます」

 

 小さな声で一言残して、家を出る。

 返事はない。当たり前だ、起こさないようにわざわざ小さい声にしているのだから。

 まだ朝の五時、早朝の自主練で家族に迷惑を掛けたくはない。

 

 九月に入ったとはいえ、気温はまだまだ高い。

 暦の上では秋になっていても、実際にはまだ夏だった。

 とはいえ、日中の最高気温に比べれば10℃近く低いのは間違いない。走り込みをするのであれば、朝早いうちが丁度いい。

 

 今日は九月四日、土曜日。

 夏休みが明けて最初の休日で、珍しく部活の休日練習がない一日。それでもソフトボールから離れられない、それが今のおれの生活だった。

 

 

 一定のリズムを維持しながら、無心で足を動かす。

 頬にあたる緩い風と、過ぎ去っていく景色が心地よい。

 

 いつものランニングコースを辿る。

 家を出て、住宅街を駆け抜けて、一番近い橋を渡って、河の向こう側へ。そのまま道なりに進めば、あっという間に他所の学区だ。

 

 女子校を通り過ぎれば、ランニングに適したそれなりの大きさの公園に辿り着く。いつものコース、いつもの練習場所。

 

 時折クールダウンを挟んで、黙々と走り続ける。

 

 こうして何も考えずに体を動かしていると、自然と頭の中に過去のいろいろな出来事が浮かび上がってくる。

 

 

 ソフトボールを始めたのは、幼馴染がやると言ったからだった。おれは小さい時は内向的で、体もそこまで強くなかった。

 

 だから幼稚園の頃から友達を作るのが苦手で、その分だけ自分の世界に閉じこもってしまうような。親からすれば見ていて不安になるような、そんな子供だった。

 

 胸を張って友達と言えるような相手は、その幼馴染だけだったから。だからおれはとにかく何でもその幼馴染の真似をしようとしたし、同じ物を欲しがった。だから幼馴染が町内でソフトボールをやると決めた時は、おれも当たり前のように同じ選択をした。

 

 そいつと仲良くなったきっかけは、たいして語れるようなものではない。いや、おれにとっては衝撃的な出来事ではあったけれど。きっと、あいつにとっては大した事ではないのだろう。

 

 同じ幼稚園で、他のみんなが外で遊んでいる中で。

 先生相手にグズっていたおれを、そいつが遊びに誘ってくれた。言葉にすればそれだけの、子供らしい単純な出会いだった。

 

 おれは昔から内向的で人付き合いが苦手で、自分で言うのもなんだけど、その分だけ人一倍執着心が強い。

 

 一番最初に話しかけてくれたというだけで、おれは何処に行っても、何をするにもそいつと一緒が良いと駄々をこねるようになった。

 

 運が良かったのは、そんなおれをそいつは面倒くさがらずに一人の友達として受け入れてくれた事だった。それどころか、他のたくさんの友達の中でも優先して相手してくれるようになった。

 

 そいつは皆の人気者だったから、いつも遊びの中心で周囲には誰かがいた。運動が得意で、明るくて、優しい。人気があるのは当たり前だ。あいつはどんな環境でもやっていけるだろうけれど、その性格は幼稚園という誰もが未熟な環境では特に活きる。

 

 いつ見ても、どんな時でも、誰かと一緒に遊んでいて。自分から声をかける事すらできない上に、虚弱で園を休むことが多かったおれとは全く別の生き物のようだった。

 

 友達なんていくらでも選べるような状況でおれを優先してくれたのは、本当に嬉しかった。今となっては思い出すのも恥ずかしいけど、おれは小判鮫のようにそいつの後ろについてまわっていた。持ち物とか、髪型とか、そういう変えられるところも全部真似した。

 

 幼馴染という関係は、おれの執着とそいつの寛容によって成り立っていた。

 

 だからこそ、おれは今もソフトボールという競技に執着しているのかもしれない。幼馴染がやりたいと言い始めて、おれもやりたいと我儘を言って。こうして毎日早起きして、趣味とか、そういう他のいろいろなモノに手を出さずにいるのも。全部おれが今でも幼馴染に執着しているからだ。

 

 思考に関係なく体は走る事を続けていて、頭の中はどんどんクリアになっていく。それでも、生まれ持った性格がどうにもならない事を繰り返し繰り返し考えてしまう。

 

 

 こうしておれが同じことを続けていれば、いつかそいつが一緒に遊ぼうと戻ってきてくれるんじゃないかと。

 

 そんな淡い期待を捨てきれない。

 

 違う高校に進学して、昔ほど一緒に居られなくなった今も。おれが待ってさえいればあの頃のように、幼馴染の方から遊びに誘ってくれるんじゃないかと思っているからだ。

 

 ずっと一緒に遊ぼう、と。子供の頃にした約束を、守ってくれるんじゃないかと――――。

 

 

「あっ!」

 

「……おう」

 

 幼馴染の事を考えていたからだろうか。

 いやそれはいつも考えているから、ただの偶然だろう。

 

 あの頃と全く変わらない無邪気な気配を漂わせながら、その顔に驚きの表情を浮かべて。おれがソフトボールを始めるきっかけとなった幼馴染――――北沢はぐみが、こっちを見ていた。

 

「いのり、久しぶり! 元気にしてた!?」

 

「いうほど久しぶりでもないじゃん……まぁ、うん……ぼちぼち元気にしてるけど」

 

 何も変わらない笑顔で、おれを見ていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 はぐみは地元の高校へ進学したけど、おれは電車で少し行った先の高校を選んだ。そっちの方が、都内でソフトボールが強い高校だったから。

 

 だからといって、寮暮らしを必要とする程遠いわけでもない。通学時間もそこまで掛からないし、その気になれば徒歩でも通うことはできる。

 おれは実家から通学していて、生活範囲も中学時代までと全く変わらない。

 

 商店街に居を構えるはぐみとこうして出会う事も少なくはないし、部活でタイミングが合わないことの方が多いけど、それなりに遊びに誘ってもらったりもしている。

 

 はぐみは高校でソフトボール部に入ることはないと言っていたけれど、地元のソフトボールのチームには所属している。

 

 高校で別れて一年以上経っても、おれとはぐみの間の共通の話題といえば。当然、ソフトボールだった。

 

「インハイ出場おめでとう! 一回戦、惜しかったね……」

 

「次は勝つよ」

 

 公園のベンチに座って、一ヶ月ぶりの会話に花を咲かせる。前回話したのは、おれがインターハイに出た時。

 

 はぐみとは中学時代までは同じソフトボール部でいつも一緒だったけれど、道が別れた以上は昔ほど一緒に居られるわけじゃない。だけど、生活が変わっても完全に疎遠になるような薄情な奴でもない。

 

 中学時代の同級生で一番連絡をして、一番会う機会がある。おれはそれだけでもはぐみが凄いやつだと思っている。おれの性格もあって、他の同級生とはそこまで関係が長続きしていない。幼馴染という事もあるだろうけど、はぐみは今でもおれの友達のままだ。

 

 わざわざO県まで試合を応援しにきてくれた時は、本当に嬉しかった。だからこそ、一試合でも勝って笑顔で終わらせられなかったのが本当に悔しい。

 

 おれもDPとして全力で挑んだけれど、結果を見れば延長戦からのタイブレークを破られて一点差での一回戦負け。

 

 三年生の先輩たちが悔し涙を流す中に混ざって、おれも自分の力不足を呪った。

 

 

「次は新人大会だよね? また応援に行くね」

 

「うん、ありがとう」

 

 はぐみは屈託のない笑顔を浮かべている。

 おれも多分、笑えているだろう。普段は仏頂面だと言われる事が多いけど、それは不機嫌とかではなくて単純に緊張しているだけで。仲のいい相手であれば、普通に笑う事くらいはできる。

 

 こうしている間だけは、昔の関係に戻ったみたいだった。だから、つい考えていた事がそのまま口に出るところだった。

 

「はぐみは……」

 

「ん? なぁに?」

 

 思わず言い淀んでしまったおれに、はぐみは不思議そうに聞き返す。無意識のうちに尋ねようとしていた事をグッと飲み込んで、別の言葉を口にする。

 

「はぐみは、最近、どうだ? ほら、バンドとか。インハイ応援に来てくれた人たち、バンドのメンバーだろ? 上手くやってるか?」

 

「うん! あのね、夏休みにね――――」

 

 今のはぐみについて尋ねると、嬉しそうに思い出を語ってくれた。花火大会に行ったことや、メンバーの祖母の家に泊まりに行ったこと。数々の思い出について語るはぐみの笑顔を見て、少しだけ胸がざわつく。

 

 おれは部活で忙しかったけれど、はぐみは高校では部活をしていない。その代わりといっては何だけど、彼女は一年の時からバンドをやっている。おれも何回かライブを見に行ったし、はぐみのバンドメンバーとも面識はある。この前のインターハイも、おれとはそこまで仲がいいわけじゃないのに応援に来てくれた。

 

 みんな良い人だったし、明るくて面白い人だった。

 それこそ、はぐみが所属するのに相応しい……という表現は正しくないのかもしれないけど、納得のいくような人たちだ。

 

 だからこそ、その現実を素直に受け入れられない自分がいる。

 

 中学の頃までは、はぐみの一番近くにいたのはおれだったのに。そう考える事を、どうしてもやめられない。筋違いだと分かっているのに、妬む気持ちが抑えられない。

 

 よくない執着心だった。

 

 はぐみの一番の友達で、一番の居場所でありたい。

 そんな気持ちを今になっても捨てきれないでいる。

 

 おれ自身も今の高校で、今の部活で、仲間たちと一緒に過ごして新しい生活と居場所を手に入れているというのに。それと同じことをはぐみがしているだけで、自分のことを棚に上げて嫉妬する。幼稚園の頃から、まるで成長していない。

 

「でね、でね、こころんが――――」

 

 はぐみの話を聞きながらも、気持ちはどんどんと自分の内側へと潜っていく。いかにも聞いているような顔をしながら、頭の中は中学時代の事でいっぱいだった。

 

 

 はぐみが部活を辞めて、おれの前から去っていった時のことを思い出す。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

『いのり……あの、あのね……はぐみね』

 

 おれに問い詰められて、はぐみはバツが悪そうな表情で言葉にならない弁明を口にしている。

 中学時代最後の夏、最後の全中の予選の直前ではぐみが部活を辞めたいと相談してきた時の事だった。

 

 おれがはぐみに怒ったのも、はぐみがおれの前で不安気な表情を見せたのも。この時が最初で、最後だった。

 

 中学時代のおれは、ずっとはぐみの控えだった。

 はぐみは運動神経が良くて、努力も出来て、明るくて、とにかく人に好かれやすい。

 

 それと比べておれは小学校の低学年までは虚弱で、体育どころか小学校もたびたび休む事があったから。人並みの体力と運動能力を身につけても、はぐみには遠く及ばない。

 

 なんでもかんでもはぐみと一緒が良いと言ってピッチャーを志望していた以上、ポジション争いではぐみに勝てないのは自明だった。

 

 だけど、俺はそれでも良かった。

 三年生になったおれは、飛び抜けて上手いわけではなくても下級生と比べてスタメンに選ばれやすい。現に、最高学年になってからはDPとしてはぐみの控え投手としてベンチに座るようになっていたし、おれはそれでも十分満足していた。

 

 だけど、はぐみはそうじゃなかった。

 

 この時のおれは知らなかった事だけど、はぐみはそもそも勝負事自体が人と比べて苦手な節があった。ソフトボールの試合の最終回で、逆転ホームランをした時に。悲しそうに泣く対戦相手の選手を見て、勝ったことを素直に喜べなくなるくらいには。

 

 そして、はぐみのせいで……という言い方は好きじゃないけれど。はぐみが投手のポジションにいるからこそ、どれだけ練習していても試合で投げる機会が殆どないおれに対しても。はぐみは罪悪感を抱いていた……らしい。

 

 おれはそんなはぐみの苦しみを、全然理解していなかった。

 一緒に試合に出るという目的……約束を反故にされたと思って、おれは初めてはぐみに怒りを抱いた。

 

 だけど、おれが何度問いただしても。

 はぐみは部活を辞めた理由を教えてくれなかった。

 当然だ。そんな……“自分がいるせいでいのりが試合で投げられないから”なんて理由を、面と向かって言えるはずがない。

 

 だってそれは、要するに可哀想だと思っているってことで。スポーツマン的に考えれば、一緒に練習してきた相手に抱いて良い感情ではない。

 

 でも、おれは理由を言って欲しかった。

 おれはソフトボールが好きなんじゃなくて、はぐみと同じことをしたいだけだったから。はぐみから理由を聞いて、杞憂だと笑い飛ばすか、あるいはバカにされたと怒るか。そのどちらかが出来ていれば、喧嘩さえ出来ていれば。

 

 あるいは今も隣で、一緒に同じことを出来ていたかもしれないって。理由を知った今になっても、心の底からそう思っているのだから。

 

『ごめん、ごめんね……いのり、ごめん……』

 

 おれは出来なかった。

 涙を流しておれに謝るはぐみが、本当に辛そうにしていたから。今まで見た事もない顔に怯んで、正面からぶつかる勇気もなくて。結局おれは何も知らないまま、はぐみの決断を受け入れた。

 

 

 最後の夏、はぐみの代わりにおれがピッチャーになった。

 

 そしておれ達は、都大会の準決勝で負けた。

 0対1での、一点差での負けだった。

 

 中学での最後の試合は、おれの失点による負け。

 投手の差による負けだった。

 

 あの時から、おれの心はあの年の夏に置き去りだった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「じゃあいのり、またね! 今度一緒に遊ぼうね! 連絡するから!」

 

「おう、またな」

 

 笑顔で手を振って、はぐみが離れていく。

 今日はバンドメンバーと一緒に、どこかに遊びに行く予定らしい。

 ソフトボールチームの練習試合が近いのもあって、遊びに行くまでに朝に走り込みだけはしておこうと思ったからだそうで。

 

 親しげな笑みを浮かべたまま、はぐみは時折こちらを振り手を振っては進んでいく。おれもそれに手を振りかえして……同じことを何度か繰り返したあと、はぐみは曲がり角の奥へと消えて行った。

 

 途端、ため息が出た。

 

「はぁ……」

 

 よければ、と。おれも誘われたけれど、流石にそれは断った。突然部外者が付いて行っても邪魔だろうし、きっと一日一緒にいたら余計なことの一つや二つは言ってしまうだろうから。

 

 あの夏に喧嘩できなかったおれは、今でも踏み込む事に臆病だった。

 

 はぐみが去って行った方を見ながら、一人で思い耽る。

 

 

 結局、はぐみとの仲が拗れることはなかった。

 正しくいえば、おれが内心どう思っているかを表に出そうとしなかった。もしそれで喧嘩になって、喧嘩別れにでもなったら。部活という繋がりだけじゃなくて、全てを失う事になってしまうのが怖かったから。

 

 もしかしたら、はぐみもそうだったのかもしれない。

 

 中学三年の夏が終わった後も、おれとはぐみは何食わぬ顔でそれまで通りの関係を維持しようとした。それはある意味での合意であって、共犯関係だったのだろう。

 

 受験勉強も一緒にやったし、登下校も一緒だった。

 流石に最初は少しぎこちなかったけれど、おれが怒っていないと態度で示していたからか、少し経てばはぐみもいつも通りに明るく接してくれるようになった。

 

 ソフトボールの話題が地雷になるような事もなかった。

 勉強の羽休めにキャッチボールする事もあったし、地元のソフトボールチームの練習におれが加わる事もあった。

 

 真実、おれ達の関係は元通りだった。

 

 だけどそれも、高校進学までだ。

 

 はぐみは家から近い花咲川を選び。

 おれはソフトボールが強い高校を選んだ。

 

 はぐみはソフトボール部に入らず、地元のソフトボールチームで趣味の一つとして付き合うようになって。

 おれは生活のほとんどを、部活という共同体に委ねるようになった。

 

 おれは少しだけ、期待していたんだ。

 

 おれがソフトボール部を続けていれば。

 いつかトラウマを乗り越えたはぐみが、ひょっこり顔を出すようになるんじゃないかって。また昔みたいに、一緒に全国を目指せるような関係に戻るんじゃないかって。

 

 そんな下心に目を背けて、練習に打ち込んで。

 

 そうしているうちに、はぐみがバンドを始めたと聞いた。

 

 裏切られたと思った。

 

 それはみっともなく過去にしがみついているおれにとって、真の意味での決別のようなものだった。

 おれの知らない場所で、おれの知らないやつに、おれの知らないはぐみが笑っている。それは想像するだけで辛く、悲しい事だった。

 

 結局おれは、幼稚園の頃から全く成長していなかった。

 おれ以外の友達と遊んでいるはぐみを、涙と不機嫌で縛っていたあの頃から変わっていない。

 

 頭ではそれを分かっていても、心が追いつかなかった。

 

 だから、文句の一つでも言ってやろうと思ったんだ。

 

 はぐみのやってるバンドのライブに行って、バンドの人たちとはぐみに啖呵を切ってやろうと思っていた。何を言おうかすら決めていなかったけど、何か言ってやろうと思っていた。それがどれだけ道理に合わない行いかを理解していても、自分で自分を止められそうになかった。

 

 それなのに――――。

 

 

『みんなー! いっくよー! ハッピー! ラッキー! スマイル――――』

 

 心底楽しそうにライブをするはぐみの姿を見て、何もいえなくなってしまった。そのまま気づかれないように家に帰って、布団の中で丸まって泣いた。

 

 本当は最初から気づいていた。

 

 一番最初にはぐみを手放したのは、おれだった。

 

 だってそうだろう。

 はぐみがいつか戻ってくることを信じているのであれば、少なくともはぐみと同じ高校を選ばなければおかしいじゃないか。

 

 いつかはぐみが戻ってきた時に一緒に練習できるように、同じ高校に入らないとおかしいじゃないか。おれは、はぐみがおれと同じ高校に来るように誘う事すらしていなかった。

 

 おれははぐみとソフトボールを天秤にかけて、ソフトボールの方を選んだんだ。

 

 あの三年の夏、準決勝で負けた時に感じた悔しさを。あのピッチャーサークルに置き去りにしたおれの心を、高校のソフトボール部で救うために。おれははぐみじゃなくて、ソフトボール部を選んだ。はぐみと一緒に楽しむためじゃなくて、大会で勝つためにソフトボールを続けていたんだ。

 

 おれはずっとその事から目を逸らして、まるで自分が被害者かのように振る舞って、筋違いにもはぐみを恨んでいたんだ。

 

 おれをあの夏に置き去りにしたのはお前だと、そう思っていた。

 

 おれは道理に合わない理由で、はぐみに執着していた。

 幼馴染だと、ライバルだと……親友だと思っていた。

 

 それは今も変わらないけど。

 今までの関係を望むという事は、ずっとはぐみに依存して生きていくという意味だから。まだ全てを乗り越えたわけではないけれど、全てを胸の中に閉まっていれば、いつかはおれもはぐみと対等に笑い合える日がくると信じているから。

 

『いのりちゃん? はぐみといっしょに、あそぼ!』

 

 少しずつ、少しずつ手放すよ。

 離れるためじゃなく、一緒にいるために。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ブーっと。

 スマホが鳴った。

 

『今日一緒に練習せん?』

 

 部長からの連絡だった。

 口下手なおれとは違って、彼女は社交的で後輩からの信頼も厚い。そして何よりキャッチャーとして、おれのボールを受ける役割を持っている。

 今の高校で、一番よく話す相手だった。

 

『いいよ』

『いつものところな』

 

 短く言葉を返せば、すぐに返事が飛んでくる。流石だ。

 言っちゃなんだけど、運動部とは思えないくらいにちゃんとした女子高生って感じの女だ。ソフトボール以外に興味を示さなかったおれに色々なことを教えてくれたのも、彼女だった。

 

 少し考えて、一言付け加える。

 

『新人大会、勝とうな』

 

 返事を見ないで、スマホをしまう。

 カバンの中から、メッセージ受信の振動が連続して伝わってくる。

 

 一度シャワーを浴びるためと、道具を取るために。

 後輩たちと選んだシューズで、一歩を踏み出す。

 

 本当はわかっていた。おれがはぐみに抱いている執着は、あの夏ほど大きくはないと。

 

 その理由もわかっていた。

 新しい環境で、新しい付き合いがあって、違う毎日を過ごして。

 日々の中で変わっていくのは、はぐみだけじゃなかったって事も。

 

 はぐみがバンドを始めて変わったように。

 おれも部活を続けて変わっていった。

 

 本当はずっと前からそうだった。

 中学生の時だってそうだった。

 

 はぐみだけじゃなくて、おれには同じ目的を抱いた仲間がいた。それを心のどこかで認めていたから、はぐみだけが大切ではなくなった。

 

 はぐみのことは、今でも好きだ。

 幼馴染だし、ライバルだったし、親友だと思っている。

 

 だけど、一人だけじゃない。

 

 一人だけじゃなくなったんだ、とっくの昔に。

 

 

 おれとはぐみの夏は、ずっと前に終わっていた。

 打たれたボールが高く飛んでいって、遠くに消えた。

 





五年ぶりにバンドリを起動しました。

代田いのりちゃんは、あの頃の作者です(成人男性が女子高生に抱いて良い感情じゃねぇだろ……)

はぐみちゃんに抱いていた感情を出来る限り思い出して執筆しました。
はぐみちゃんの事は今でも好きです。
当時フォロワーに描いてもらったはぐみちゃんをXのアイコンにしてますし、スマホの背景もはぐみちゃんです。
でも、もう五年以上もバンドリを開いていませんでした。
続編のアニメも見ていません。
せいぜいパチンコスロットで曲とMVを堪能したくらいです。
それでもはぐみちゃんの事は大好きなままです。
他にも好きな作品やキャラが増えて、あの頃のような熱量もなくて、昔の自分ほどはぐみちゃんを好きとは言えないですけれど。
それでも作者は今でもはぐみちゃんが好きです。
その気持ちに決着をつけるというか、吐き出してスッキリするために書きました。

みんなも夢小説、書こう!
俺も書いたんだからさ……

以下解説

代田いのり
代田は下北沢の隣の地名です。
駅でも隣です。
いのりは作者の古から使っているハンネをもじっています。
はぐみに『いのり』って呼ばれたい人生だった……

北沢はぐみ
この夢小説内では夢主と幼馴染です。
夢主と同じ幼稚園で、園内で浮かない顔をしている夢主を遊びに誘って外の世界へ連れ出してくれました。
夢主(作者)は今でも感謝しています。

基本的に夢主→はぐみの矢印です。
はぐみは俺のことを大切な親友だと思ってくれてはいるけれど、心の奥底に後ろめたい気持ちを抱えています。俺ははぐみの傷になりたかった……
はぐみの前でトラックに轢かれる妄想をよくしたものです。
はぐみちゃんがバンドを始めたと聞いて、俺は裏切られた気持ちになったよ。俺と一緒に全国に行こうって約束したのに……!! 誰だよそいつら……!
って感じの擬似NTR悲恋風味の自傷行為が大好きでした。

今もあんまり変わってないかもしれないんですけど、作中に書いた通り他にも好きなものができて執着が薄れているのは自覚しています。

えっ!? はぐみちゃんが三年生に……!?
お、俺を置いていかないでくれよ……!

ここまで読んでくれてありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう!!

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