その辺の村人にも泣いて負けるリリアか勝てる道理もなく、今日もリリアは殺されないために"最強の四天王"を必死で演じるーー
私の名はリリア。魔王軍四天王の一人として、この魔王城で日々を過ごしている。
肩書きだけ聞けば格好いいだろう?でも実際はーー
「ひぃっ!」
廊下の隅で、私は転がってきた小石に驚いて飛び上がった。心臓がバクバクと音を立てる。
「……誰もいない、よね?」
周囲を見回す。幸い、この失態を見た者はいないようだ。深呼吸して、私は背筋を伸ばした。
そう、私は魔王軍四天王の中でも最弱ーーいや、はっきり言って、この城で一番弱い。その辺の村の子供にも負けるかもしれない。
なぜこんな私が四天王に?それは未だわからない。
三年前、魔王様が四天王を選ぶ儀式の日。本来なら強力な魔物たちが集まる場所に、私は迷い込んでしまった。そして魔王様は私を見て何思ったか「では、そこの者を四天王とする」と、私を指して言ったのだ。
断れるわけがない。断ったら「魔王様の命令に逆らうのか」と処刑される。
だから私は、必死に強そうなフリをし続けてきた。
低い声で威厳を持って話す。ゆっくりと歩く。無表情を保つ。そして何よりーー絶対に戦わない。
「力を見せる必要はない。真の強者とはそう簡単に力を使わぬのだ」
そんな中二病全開のセリフで、これまで誤魔化してきた。
そして今日ーー運命の日がやってきた。
「リリア、魔王様がお呼びだ」
同じ四天王である炎の魔将ベルガーが、私の部屋の扉を叩いた。
「…分かった」
私は震える手を隠しながら、ゆっくりと立ち上がる。背筋を伸ばし、冷たい表情を作る。
玉座の間に入ると、そこには魔王様とーー見たことのない人間たちがいた。
「ほう、四天王の一人が来たか」
先頭に立つ青年が、私を見て不敵に笑った。金色の髪、鋭い眼光、腰に差した聖剣。
勇者だ。それも、歴代最強と噂される勇者レオナルド。
「魔王よ、今日こそ貴様を倒す!」
「ふふふ、できるものならな」
魔王様が玉座から立ち上がる。その威厳ある姿に、私は内心で「さすが魔王様!」と感嘆した。
「だが勇者よ、我が配下を倒さねば、我には辿り着けぬぞ。まずはーー」
魔王様の視線が、私に向けられた。
やめて、やめてやめてやめて。
「我が最強の四天王、氷の魔姫リリアと戦うがよい」
最強って言った!? 魔王様、それ絶対逆! 最弱の間違いだから!
「ほう……」
勇者の視線が私に向けられる。その目には、強敵を前にした興奮が宿っていた。
ダメだ。戦ったら即死する。いや、戦う前の威嚇だけで心臓が止まりそう。
でも、ここで逃げたらもっと悪いことになる。
だから私はーー演技をする。
「…フッ」
口角をわずかに上げ、勇者を見下ろすように視線を送る。
「勇者、か。噂は聞いている」
低く、冷たい声。震える足を悟られないように、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「だが、貴様ごときが私に勝てると思うな」
「なんだと!?」
勇者が聖剣を構える。その殺気に、私の背中を冷や汗が流れた。
でも、顔には出さない。絶対に出さない。
「力を示せというのなら……」
私は手をかざす。指先に、わずかな魔力を集める。私が使える唯一の魔法ーー氷の欠片を作る魔法だ。
小さな氷の結晶が、指先に浮かぶ。
「この程度で十分だ」
そう言って、その氷をーー床に落とす。
カラン、と軽い音が響いた。
「……!」
勇者の顔が、驚愕に染まる。
「氷魔法を、それほど制御して……!」
違う。ただ落としただけ。投げる勇気がなかっただけ。
「貴様、本当に四天王最強なのか…」
勇者の額に、汗が滲む。
魔王様が、玉座で笑った。
「ふふふ、恐れたか勇者よ。リリアは我が軍で最も恐るべき存在。その真の力を見せれば、貴様など一瞬でーー」
「お待ちを、魔王様」
私は手を上げて、魔王様の言葉を遮った。
「この者たちを倒すのに、本気を出す必要はございません」
心の中で「だって本気出しても何もできないから!」と叫びながら、私は冷静を装う。
「貴様……」
勇者が唇を噛む。その目には、悔しさとーー恐怖が混ざっていた。
「今日のところは撤退してやる。だが次は、必ず貴様を倒す!」
勇者たちは、そのまま魔王城を後にした。
私は崩れ落ちそうになる膝を、必死に支える。
「よくやった、リリア」
魔王様が、満足そうに頷いた。
その表情の奥に、何か面白がっているような光が見えた気がしたがーーきっと気のせいだろう。
こうして私の、勇者を騙し続ける日々が始まったのだった。
ーーー
「あいつは強い……!」
勇者レオナルドは、魔王城から戻った宿屋で、仲間たちに語っていた。
「氷の魔姫リリア。あの冷静さ、あの余裕。魔法を見せる時でさえ、まるで本気を出していなかった」
「でも勇者様、あの魔法は小さかったですよ?」僧侶の少女エリーが首を傾げる。
「違う! 氷魔法とはもっと大きい物なんだ、あんな小さな結晶を作ることなんてできない!あそこまで小さな結晶を作ることができるなんて、それこそ魔力が虫程度でもなければ不可能だ!そんなことを片手間でできるなど、どれほどの魔法制御の練度があるというのか…もし本気を出していたのなら…」
レオナルドは震えた。想像するだけで恐ろしい。
「城全体が凍りついていただろうな」
「す、すごい……」魔法使いのマルクが息を呑んだ。
実際はーー
「ひえぇぇぇ! 死ぬかと思った!」
私は自室で、枕に顔を埋めて叫んでいた。
「勇者怖い! 殺気がすごすぎて足が震えた! あんなの相手にしたら絶対死ぬ!」
でも、なぜか勇者は逃げていった。私の演技が通じたらしい。
「奇跡だ…神様、ありがとうございます……」
コンコン、とドアがノックされる。
「リリア、入るぞ」
魔王様の声だ。慌てて枕から顔を上げ、姿勢を正す。
「どうぞ」
扉が開き、魔王様が入ってきた。いつもの威厳ある姿ではなく、どこかリラックスした様子だ。
「今日はよくやったな」
「……恐れ入ります」
魔王様は、私の隣に腰を下ろした。
「リリア、お前は本当に面白いな」
「は、はい?」
「いや、なんでもない。それより、勇者との戦いだがーー」
私の心臓が跳ね上がる。まさか、弱いことがバレた!?
「あのままでいい」
「……え?」
「お前の戦い方は独特だ。力を見せずに相手を退かせる。それこそが真の強者の戦い方だ」
魔王様は、満足そうに頷いた。
「これからも、その調子で頼む」
そう言って、魔王様は部屋を出ていった。
私は、その背中を呆然と見送る。
(魔王様……まさか気づいてる? いや、でも褒めてくれたし……気づいてないよね?)
実は魔王は、すべてを知っていた。
リリアが弱いこと。必死に演技していること。そして勇者が完全に騙されていること。
(面白い。実に面白い)
玉座に戻った魔王は、一人で笑みを浮かべた。
(弱い四天王が、強がって勇者を騙す。そして勇者は本気で恐れている。こんな喜劇があるか)
当初は事実を告げようと思っていた。だが、リリアの必死な演技と、勇者の真剣な恐怖を見て、魔王は気が変わった。
(もう少し、この茶番を楽しませてもらおう)
魔王は、目を細めて笑う。
こうして、誰も真実を知らない(一人を除いて)まま、物語は続いていく。
ーーー
一週間後、勇者パーティーは再び魔王城に現れた。
「今度こそ、氷の魔姫を倒す!」
レオナルドの決意は固かった。一週間、彼は特訓を重ねてきたのだ。
だがーー
「また来たか、勇者よ」
玉座の間で、私は腕を組んで立っていた。心の中では「来ないで! お願いだから帰って!」と叫びながら。
「リリア! 今日こそ貴様の本当の力を見せてもらうぞ!」
「本当の力、か」
私は、ゆっくりと目を閉じる。
(どうしよう。また小さな氷を作る? いや、同じ手は通じないかも)
そうだ。逆転の発想をしよう。
「勇者よ、お前は一週間で強くなったと思っているのか?」
「当然だ! この一週間、俺は眠る間も惜しんで――」
「無駄だ」
私は、静かに目を開ける。
「お前が努力しようと、私との差は絶対に埋まらない。なぜならーー」
ここで間を取る。演技の基本だ。
「私には魔神の血が入っているからだ」
勇者の顔が青ざめる。
「嘘だ! いくら四天王といえどもそんなものが入っているわけがない!?」
「ふっ…あの氷の欠片も、私の力の千分の一にも満たない」
完全に嘘です。あれが私の全力です。
「そんな……」
勇者の手から、聖剣が滑り落ちそうになる。
「だが安心しろ、勇者よ」
私は、優しく微笑んだ。内心では「早く帰って!」と祈りながら。
「お前はまだ若い。いつか、私と戦える日が来るかもしれない」
「くっ……!」
勇者は悔しそうに拳を握りしめ、また城を出ていった。
「……ふぅ」
勇者たちの姿が見えなくなると、私は膝から崩れ落ちた。
「助かった……なんとか騙せた……」
「見事だったぞ、リリア」
魔王様の声に、私は慌てて立ち上がる。
「あ、いえ、これくらい……」
「お前の演技力には、感心するばかりだ」
魔王様は、意味深な笑みを浮かべた。
(やっぱり……気づいてる?)
私の疑念に、魔王様は答えない。
「次も期待しているぞ」
そう言って、魔王様は去っていった。
一方、勇者パーティーは――
「あいつは本物の化け物だ……」
レオナルドは、完全に心が折れていた。
「勇者様、元気を出してください!」エリーが励ます。
「そうですよ! 僕たちがいれば、きっと――」マルクも続く。
「ありがとう……お前たちがいてくれて良かった」
レオナルドは立ち上がった。
「もっと強くなる。氷の魔姫リリアを、奴をいつか討ち倒すために!」
こうして勇者は、さらなる修行の旅に出た。
そして私は、今日も平和に(?)魔王城で過ごすのだった。
ーーー
ある静かな夜、魔王は玉座で一人、笑っていた。
「リリアよ、お前は知らないだろうがーーお前こそが、今この城で最も価値のある存在だ」
力ではない。策略でもない。
彼女の必死な演技が、勇者の心を折り、魔王軍の士気を高め、そして何よりーー魔王自身を楽しませてくれる。
「この茶番が、いつまで続くか楽しみだ」
一方、リリアの部屋ではーー
「明日こそバレませんように……」
彼女は小さな氷の結晶を作る練習をしていた。それが彼女の唯一の魔法。
「もっと大きく作れるようになれば……少しは本物の四天王に近づけるかな」
その健気な努力を、彼女は誰にも見せない。
そして勇者はーー
「氷の魔姫リリア……次こそは、本気のお前を討ち倒してみせる!」
彼は今日も、実在しない「リリアの本気」を目指して、修行を続けるのだった。
三者三様の思いを胸に、この奇妙な関係は続いていく。
誰も真実を語らず、誰もが勘違いしたまま――
それでも、不思議と平和は保たれていく。
本当は長期で書きたかったけど続かなかったので供養で投稿しました。
もし楽しんでいただけたら嬉しいです。