笑ってるだけで、女の子が病みます。   作:東◯版蜘蛛男

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二話

 まひると澪が教室に入った瞬間、空気がざわついた。

 これも、もはやお馴染みの光景である。

 

 いつもは無表情な澪が、今は眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしていた。

 クラスメイトたちはもう慣れている──はずなのに、やっぱり毎回ちょっと怖い。

 そして何より、この状況を作っている原因が、誰かなんて全員わかっている。

 

「みんなおっはよーっ!」

「お、おはよう天野」

「あの……黒瀬さん、顔がすごいことになってるから……そろそろ離してあげて?」

 

 ガラッと扉を開けて、まひるが大声で挨拶する。

 教室中から返事が返るのも、このクラスの生存本能の賜物だった。

 無視などしたら最後──目の前の黒瀬澪のように、数日間付きまとわれることになる。

 悪態でもつこうものなら、「あれ? 仲良くなれそうだね!」と親友認定されてしまう。地獄である。

 

「おっとと! ごめんね! 澪!」

「……はぁ……フン」

 

 澪は心底うんざりした顔で、自分の席にドカッと座り込んだ。

 

「いや〜すごいわ、アンタ。あの黒瀬さんの鉄仮面を剥がせるコミュ力……」

「正直ちょっと怖い」

「えへへ〜それほどでも〜!」

 

 褒めてない。

 その思考がクラス中に伝染していくのも、もう日常風景の一部だった。

 

 ⸻

 

 昼休み。

 

「澪〜! 一緒にご飯食べよ〜! あれ? 澪は?」

 

 チャイムが鳴ると同時に、まひるはお手製のクソデカ弁当を持って澪の席へ突撃した。

 が、そこにはすでに澪の姿はない。

 

 ──当然だ。

 澪は昼食タイムに巻き込まれることを学習しており、チャイムと同時に逃走していた。

 

「うえ〜! なんで澪いないの〜!」

 

 まひるは大声を上げながら、校内をうろうろと探索開始。

 クラスメイトたちは、その背中を見送って心底ホッと息をつく。

 

 別に、まひると関わること自体が悪いわけじゃない。

 彼女の明るさや能天気さは、クラスにとって確かに救いでもある。

 面倒な委員決めや係の仕事も、まひるが率先してやってくれる。

 ──ただ、毎日関わるとなると話は別だ。

 疲労が蓄積し、メンタルが先に折れる。

 だからこそ、まひるに「本当の友達」と呼べる存在はいなかった。

 みんな、彼女を“明るいクラスのマスコット”として遠くから見ているだけなのだ。

 

 ⸻

 

「もぉ〜! 恥ずかしがり屋なんだから〜!」

 

 そんな独り言を言いながら廊下を歩いていると──

 

「あ! すずめちゃーん!」

「うひぃっ!?」

 

 まひるの声に反応して、肩をびくんと跳ねさせた少女が振り向く。

 白鳥すずめ。

 体は小柄で、制服がぶかぶか。

 ミルクティー色の柔らかいボブカットが肩の上でふわりと揺れる。

 どこか頼りなく、でも目を離せないような儚さがあった。

 

「すずめちゃん、いいとこにいた! お昼まだ!? 一緒に食べよ〜!」

 

 まひるが猛スピードで駆け寄り、笑顔で誘う。

 すずめはびくびくと体を震わせ、琥珀色の瞳をキョロキョロと揺らした。

 

「相変わらずかわいいね〜!」

「……う、うひ……」

「よーし! 一緒に食べよ!」

「……あの、その……声……」

「なに!?」

「……ご、ごめんなさい……」

「なんで謝ってるの! 変なすずめちゃん! さ! 行こ行こ!」

 

 まひるはそのまま、すずめの手を取って引っ張っていく。

 どう見ても、気弱な女子が不良に絡まれている図である。

 廊下の先生が「止めるべきか……?」と困惑していたが、

 ふと見ると、すずめが少しだけ笑っていた。

 それを見て、「……まあ、いいか」と先生は肩をすくめた。

 

 こうして、二人は一緒にお昼を食べることになった。

 

 ⸻

 

「でね〜! よるが私のこと“いじめられてた”って言うんだよ! そんなわけないよね!」

「……」

「う〜ん、私ってそんなに普通じゃないのかな? ねえ、すずめちゃん!」

「……」

「うんうん、やっぱりそう思うよね!」

「……あ、あの……わ、私まだ何も言ってないです……」

「あれ? そうだっけ?」

 

 まひるはクソデカ弁当を凄まじい勢いで平らげ、すずめは菓子パンをちまちまと食べている。

 返事が遅れるのも無理はない。

 だが、まひるにとって沈黙は肯定の合図。

 もはや人間のコミュニケーションではない。

 

「あはは〜! またやっちゃった!」

「……」

 

 すずめとまひるの出会いは、澪のときとほぼ同じだった。

 一人でいるすずめに、まひるがいきなり話しかけ、勝手に盛り上がって、勝手に去っていった。

 その間、すずめの発した言葉はゼロ。

 入学当初、自己紹介で吃音が出てしまったすずめは、それ以来友達ができずにいた。

 だからこそ、まひるに声をかけられたとき、少しだけ期待したのだ。

 ──けれど、返事ができなかった。

 次の日も、その次の日も。

 それでも、まひるは話しかけ続けた。

 

 そして四ヶ月後。

 ようやく、すずめはまひるのテンポに慣れてきて、

 ついに返事を返すことができた──。

 

 ただし、最初に出た言葉は「……うひ」。

 すずめ自身、墓に入りたい気分だった。

 

 ⸻

 

「いやいや〜私の悪い癖だね!」

 

 ぺしっと自分の頭を叩くまひる。

 その様子を見て、すずめは意を決して口を開いた。

 

「……ど、どうして……そんなに笑っていられるんですか?」

 

 その問いに、まひるの動きがピタリと止まる。

 そして──

 

「やったぁぁぁぁぁぁ!! 初めてすずめちゃんから話しかけてもらえた──!!」

「ふ、ふぇぇ!? な、なんで喜ぶんですかっ!?」

「やったやったやった〜〜!!」

 

 叫んで跳ねるまひる。困惑するすずめ。

 やめろ、すずめが怯えている。

 

「で、えっと! 笑ってる理由だっけ? そんなの簡単だよ! 

 笑ってる方が楽しいから! ほら、すずめちゃんも笑ってみよ!」

「……い、嫌です……」

「え〜なんで! すずめちゃんかわいいのに!」

 

 まひるがすずめの長い前髪を上げて、顔を覗き込む。

 大きな二重の琥珀色の瞳──人形のように綺麗だった。

 急接近にすずめは真っ赤になり、手でまひるを押しのけて前髪を戻す。

 

「え〜! 下ろしちゃうのもったいないって!」

「む、無理ですっ! 恥ずかしいです……!」

「そっか〜! じゃあしょうがないね!」

 

 まひるはすんなり引き下がって、隣に座り直した。

 すずめは俯いたまま、小さく息をつく。

 

(……なんでこの人、こんなに優しくしてくれるんだろ)

 

 そんな疑問が浮かぶ。

 裏があるようで、でも裏がなさそうな不思議な子。

 まひるのマシンガントークに鍛えられたおかげで、

 最近はクラスの子とも少しずつ話せるようになった。

 だから本当は──少しだけ、感謝している。

 

「……いつも……ごめんなさい」

「ん? 何か言った?」

「……な、なんでもないです」

 

 そう言いながら、すずめの口元がほんの少しだけ緩む。

 

 ⸻

 

「……貴女、誰に対してもその調子なのね」

 

 冷たい声が割って入った。

 いつの間にか、澪がすぐそばに立っていた。

 

「あ! 澪〜! もう! 探したんだよ!」

「……見つけるなり抱きつくの、やめてくれない?」

 

 まひるが勢いよく澪に抱きつき、澪が心底嫌そうな顔をする。

 だが──澪も、通り過ぎることはしなかった。

 わざわざ戻ってきて、まひるに話しかけている。

 

「そこの貴女、このバカに構う必要はないわよ。時間の無駄だから」

「……え、その……」

「すずめちゃんは私の親友だし! 時間の無駄じゃないですよだ!」

「貴女に“親友”は何人いるのかしら?」

「えーと、何桁がいい?」

「……桁でいくの?」

 

 そう言い合いながら、まひると澪は仲良く(?)教室へ戻っていく。

 その背中を見送りながら、すずめは胸の奥に小さな痛みを感じていたのだった。

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