第二十一回はちゃめちゃレースの勝者は誰だ!?

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この作品はフィクションです。特定の候補者・政党・選挙などとは一切関係ありません。
なお、作中のロックについての見解は、北中 正和『ロック史』(立東舎文庫・2017/10/20)を参考にしています。



第1話

 

 

「あのさ、みんなに聞きたいことがあるんだけど」

 

 ある日のお昼休み。いつものガゼボでお弁当を広げていると、とつぜん透子ちゃんがそんなことを言い出した。

 

 憂いを帯びたような声に、みんなぎょっとして透子ちゃんを見る。

 屋根から差し込んだ日差しに照らされたその顔はいつになく真剣で。

 

 どう考えても、明らかに異常事態だった。

 

 ななみちゃんが心配そうに眉を寄せる。

 つくしちゃんがごくりと唾を飲み込む。

 

 そして、私は──

 

 空中でカニさんウインナーをぷらぷらさせていた。

 

 ……ええと、どうしよう。ちょうどお箸で掴んだところだったんだけど、食べていいのかな、これ。

 

 もちろん私だって、このままじゃお行儀が悪いのは分かってる。でも、もし深刻な話だったら、のんきにカニさんウインナーを頬張るわけにもいかないし……。かといって、一度掴んだものをお弁当箱に戻すのも……マナー的に良くないよね。

 

 ……うぅ、どうすれば、と私がひとり身もだえしていると、透子ちゃんが一言。

 

「ロックって、何だと思う?」

 

 すごく深刻そうな顔で言った。

 

 ぱくり。

 返事の代わりに、私はカニさんウインナーを口に放り込む。

 ごめんね透子ちゃん。でも、それ絶対深刻な話じゃないよね。

 

 張りつめていた空気が瞬く間にふんにゃりして、つくしちゃんが「まったくもう」と脱力した。

 

「今日は元気がないなって心配してたんだけど、そんなこと考えてたの?」

「いやいや! 超大事なハナシなんだって!」

「えー……本当かなぁ」

 

 怪訝そうなジト目に「本当だし!」と反論した透子ちゃんが、なにやらごそごそとバッグを漁り始める。

 

 何が出てくるんだろう……。さっき、ロックって言ってたよね? ってことは、音楽系の何か。……雑誌、とか? 『今熱い! ロック特集』に感化されて、透子ちゃんに空前のロックブームが巻き起こった……みたいな。

 

 しばらくして、「あった!」という声と共に取り出されたのは、カラフルな一枚のチラシだった。

 

「これ見れば分かるから! はいシロ!」

「えっ」

 

 なぜか私に渡される。

 ……席が一番近いからかな。というか、なんのチラシ?

 

 戸惑いつつも、何はともあれまずはチラシの中身を確認してみる。

 

 パッと見た感じ、どうやら再来月の頭にCiRCLEで行われるライブイベントの告知のチラシのようだった。

 

 イベント名は──

 

「……秋のロックバンド祭?」

「そ。この前CiRCLEに行ったとき、まりなさんからもらったんだよね~。モニカも是非って」

 

 透子ちゃんが自慢げにふふんと鼻を鳴らしているけど……ごめん、全然分からない。

 とりあえず、ロックって単語の出所は分かったけど……それが、あの質問にどう繋がってるんだろう。

 

「ましろちゃん、私にも見せてくれる?」

 

 つくしちゃんに肩をつつかれて、「うん」とチラシを手渡す。

 

 隣のななみちゃんと一緒にふむふむと確認していったつくしちゃんは、読み終えてからやっぱりこてんと首を傾げた。

 

「それで、このイベントとさっきの質問がどう関係してるの?」

「ほら、ロックバンド祭でしょ? どういうイベントなのかなーって」

「それは……その」

 

 透子ちゃんの疑問に、言葉を詰まらせるつくしちゃん。

 

「そもそも、あたしたちってロックバンドなの? このイベントにフツーに出ていいのか分かんないじゃん」

「でも、まりなさんに誘われたんでしょ? それなら大丈夫なんじゃ……」

「んー……。でもさ、周りが認めてくれたとしても、ロックバンドって自覚ないのに出るの、それはそれでダメじゃね?」

 

 至極真っ当な意見だった。

 

 ……なるほど。

 透子ちゃんの主張がだんだん分かってきた気がする。

 

 たぶん透子ちゃんは、まりなさんから誘われたこのイベントに出たいんだろう。せっかく誘われたということもあるし。

 だけど、ロックって言葉の意味が掴めずに、このイベントに対するイメージが湧いてこなくて困ってるんだ。

 

 もちろん、前提としてまりなさんから誘いを受けている状態だから、恐らく私たちは、このイベントに合致しているロックバンドに違いない。

 

 ただ、ロックバンド祭と銘打っている以上、当然お客さんはロックバンドを求めてくるわけで。

 私たちがロックと履き違えたことをやってしまったら、お客さんをがっかりさせてしまったり、会場の熱を下げてしまう可能性だってある。

 

 イベントに参加する以上、そういうことはなるべく避けたい。

 

 ……だから透子ちゃんは、ロックについて聞いてきたのかな。

 

 お客さんが何を求めていて、私たちが何をしなければならないのかを知るためにも、ロックについての知識は不可欠だ。

 

 もしかすると、今まで透子ちゃんが誘ってくれた色んなイベントも、こうして吟味した末にモニカに合うものを選んでくれていたのかもしれない。

 

 じーんと感動しそうになったところで、つくしちゃんがふと何かに気が付いて眉をひそめた。

 

「まだ出るって決まったわけじゃないよね。不安なら、出ないって選択肢もあると思うけど」

「あ、それは大丈夫。その場で出るって返事したから」

 

 衝撃の答えに、ぴしりと固まるつくしちゃん。

 ……前言撤回。

 

「ちょっと! みんなの予定も聞かないで勝手に話を進めちゃダメでしょ!」

「まぁまぁそこは一旦置いといて」

「置いとけないから!」

 

 ぷりぷり怒るつくしちゃんを、ななみちゃんがどうどうと宥めて本題に戻した。

 

「要するにとーこちゃんは、このイベントに出る上で、ロックとは何か。そしてモニカがロックバンドなのかを知りたいってことだよね?」

「そ。ななみは分かってるな~。昨日の夜に気づいてネットで調べたんだけど、よく分かんなくって! で、みんなはどう思う?」

 

 仕切り直し、とばかりに透子ちゃんが再度問いを投げかける。

 

 ……実際どうなんだろう。

 改めて考えてみると、今まで自主的にロックバンドと名乗ったことはなかったかもしれない。

 

 ただ、第一感としては……。

 

「ロックバンド……だと思うけど」

 

 つくしちゃんが私の考えを代弁するように答えてくれた。

 うんうんそうだよね、と私も同意するが、それだけで透子ちゃんが納得するはずもなく。

 

「じゃあふーすけは、ロックが何か分かってるわけ?」

「そ、それは……」

 

 当然と言えば当然の追求に、つくしちゃんの目が泳ぐ。

 

「ほら! あれだよね。あの、頭がツンツンしてる人! あれってロックだよね?」

「じゃあモニカはロックじゃないじゃん」

「うっ」

 

 透子ちゃんの瞳に意地悪な色が浮かんでいた。

 ……分かってやってるよねあれ。

 ごめんねつくしちゃん。私には心の中で応援することしかできないよ……!

 

「だ、大丈夫だよ! いざとなれば透子ちゃんが頭をツンツンさせればロックになるから!」

「ちょっと面白そうだけど、あたしはパス。ボーカルだしシロで良くね?」

「わ、私っ!?」

 

 対岸の火の粉が突然降りかかってきて、思わず卵焼きを落としかけた。

 

「次の日には人気者になれるはずだから! おねがい!」

「それ、絶対いい意味じゃないよね……」

「おねがい!」

「ム、ムリだよ……!」

「いっしょーのおねがい!」

「もう! ましろちゃんを困らせないで!」

 

 つくしちゃんがばっと割り込んで、透子ちゃんのお願い攻撃から助けてくれる。

 ありがとうつくしちゃん。なんかちょっと罪悪感あるけど……。

 

「流石にジョーダンだって。てか、そもそも頭がツンツンしてないとロックじゃないって言いだしたのはふーすけだけどね~」

「そこまでは言ってないでしょ! 例としてあげただけだから!」

「つーちゃんのイメージは、ロックはロックでもいわゆるパンクロックだから、モニカとはちょこっとだけ遠いかもね~」

 

 ちょこっとだけ……かな? 結構遠い気もするけど……。

 ただ、じゃあ私のロックのイメージはどうなのかといえば、明確な答えが出ていないのも事実だった。

 

 ぼんやりとしたイメージ的には、なんか、こう……野外ロックフェスに出てくるバンド……みたいな?

 ギターとベースとドラムとボーカルがいて、ぎゅいんぎゅいーんみたいなやつ。

 

 こう考えると、大抵のバンドはロックバンドなのかな。

 ということは、ポピパさんもロックバンド?

 

 ……うーん。でも、少しだけ違和感はある。

 例えば、Afterglowさんとかはロックっぽいけど(蘭さんは最初見たとき、髪の毛が派手で不良っぽいなと思ったし)、逆にパスパレはロックっぽくない。

 

 もちろん、私の中では……だけど。

 

 つまり、ロックって音楽だけじゃなくて、精神? 雰囲気? も大事なんだろうか。

 トガってないとロックっぽくない……とか。

 

「……揃って難しい顔をして、どうしたの?」

「あ、るいるい! おつかれさま〜」

 

 ちょうど私の真後ろから声がして、振り返るとるいさんだった。

 どうぞどうぞとななみちゃんに促され、そのまま空いている席に座る。

 

「あっ、ごめんね。テーブル空けるね」

「構わないわ、二葉さん。食事はもうあちらで済ませてきたから」

 

 そういえば、生徒会の仕事で遅れる、というメッセージがグループチャットに来ていたような気がする。

 たぶん、るいさんのことだから、ガゼボに来るより確実に食事を済ませる方を優先したんだろう。お喋りしていて食べられなかったら本末転倒だし。というか、いままさに私がそうなってるんだけど……。

 

「それより、何か問題でも起きたのかしら」

「も、問題っていうか……」

 

 つくしちゃんがちらっととうこちゃんを見る。

 当の本人はつーんとそっぽを向いていて、説明する気はなさそうだった。

 はぁ、とつくしちゃんがため息をこぼして、るいさんにチラシを渡す。

 

「ちょうど、このイベントについて相談してて」

「……桐ヶ谷さんが勝手に出演を決定したのでしょう? スケジュール自体は調整可能だから問題ないわ」

 

 もう十分よ、とばかりにるいさんはつくしちゃんにチラシを返した。

 そして、つくしちゃんから私へ。

 

 当然、私も透子ちゃんに返そうとするけど……今はやめておいたほういいかもな。

 後で返そうと、バッグの中のクリアファイルにしまっておく。

 

 それにしても、流石るいさんだ。何が起こったのか、ばっちり見抜いてるし。

 でも、今回はそれだけじゃないんだよね……。

 

 煮え切らない私たちの表情を見てか、るいさんが不思議そうな顔をした。

 

 どういうことかしらと説明を求めるるいさんに、三人でこれまでの経緯を説明する。

 

「……なるほど、理解したわ。その点でいえば、モニカはこのイベントに出る資格があると言えるでしょうね。もちろん、当日のパフォーマンス次第で批判を受けることはあるでしょうけど」

「じゃあるいさんは、モニカがロックバンドだと思うの?」

「そうね。一般的にはロックバンドと定義して差し支えないと思うわ」

 

 さらりと答えるるいさん。

 つくしちゃんも「そうだよね」と援軍を得て胸をなでおろしている。

 

「ふーん。なら、ルイはロックが何か分かってるわけ?」

 

 負けじと透子ちゃんもさっきと同じ質問を返すけど、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「形式的な定義をするならば、ギター、ドラム、ボーカルを中心に、レコーディングからライブまで、エレクトリックなサウンド環境を前提にした音楽をロックと呼ぶことができるでしょうね」

 

 どうやら、私の抱いていたロックのイメージはあながち間違いではなかったらしい。

 たぶん、世の中の人も似たような感覚でロックを思い浮かべているはずだ。

 

「もっとも、現代においてロックの意味もだいぶ拡散してしまっているから、明確な線引きは難しいわ。ドラムレスや、キーボード主体の楽曲もあれば、果てはアコースティック・ロックと呼ばれるものまで存在する」

 

 まるで講義みたいに、るいさんが淡々とした口調で続ける。

 

「ただ、定義からわずかに外れているものについて、定義の厳密性を維持するために排除するよりも、派生形として包摂するほうがはるかに容易であることを踏まえれば、ロックの要素を多分に含有しているモニカをロックバンドでないと断ずるのは不自然ね。むしろ、ヴァイオリン・ロックという一つの派生形だととらえるのが、もっとも合理的な見解だわ」

 

 ななみちゃんとつくしちゃんがぱちぱちと拍手を始めて、私もそこに加わった。

 ……後半からちょっとだけ分からなかったけど……とにかく、モニカはロックバンドってことだよね? るいさんが言うなら間違いじゃないはず。

 

 この説明で納得したのかな、と思って隣の透子ちゃんを恐る恐る見てみると、意外にも目をキラキラと輝かせていた。

 

「ってことは、あたしってロックなの!?」

「……ロックという音楽において、エレクトリック・ギターの寄与するところの割合が多いことは事実ね」

 

 「そうかー。あたしもついにロックになったのかー」としみじみ頷く透子ちゃん。

 これにて一件落着……なのかな?

 

「ま、まぁ……これで気兼ねなくイベントに出演できるよね!」

 

 つくしちゃんが場を締めにかかるけど、案の定、透子ちゃんがそんな簡単に納得するはずもなくて。

 

「たしかにあたしはロックなんだけど、まだなんかロックになり切れてないと思うんだよねー」

 

 すごい、いっぱしのバンドマンみたいなことを言い出しはじめた。

 

「違うと反論する以上は、具体的な指摘がほしいのだけれど」

「いやー。ルイのロックは血が通ってないっていうか……。もっとこう、ロック魂! みたいなやつが必要じゃね?」

「文化的な側面ということ? 確かに、初期のロックには若者の反抗の音楽としての意味合いがあったけれど……」

「んー。そういう話でもなくてさー」

 

 いまいち要領を得ないとうこちゃんの返しに、付き合ってられないとばかりにるいさんが首を横に振る。

 そのまま「これ以上の議論は時間の無駄ね」と席を立とうとするのを、三人がかりで大慌てで止めた。

 

 すっと目を細めるるいさんに、つくしちゃんがギターを壊すジェスチャーをしてから両手でばってんを作る。ななみちゃんもギターをガジガジと食べる真似をした。

 

 流石にそんなことにはならないだろうと思いつつ、脳裏に蘇る透子ちゃんのお願い。

 

 ……自由にさせるのはちょっと怖い……かも。トゲトゲはイヤだし……。

 

 少なくとも健全な方向に進んでもらおうということで何とかるいさんにも同席してもらう。

 

「それで……とーこちゃん的にはどういうのがロックなの?」

 

 ななみちゃんの問いに、透子ちゃんがむむむと考え込んだ。

 「言語化が難しければ、なりたいイメージとかでも」という助け舟に「それなら」と口を開く。

 

「……おたえさん…とか?」

 

 ……とりあえず不良バンドマンの道に進むことはなさそうで、ほっと一安心。

 たしか、前にギターを教えてもらったことがあるって言ってたっけ。演奏もすごく上手だし憧れる気持ちはよく分かる。

 

「桐ケ谷さんの中にすでにイメージがあるなら、最初から花園さんに聞けばよかったのではないかしら?」

「いや、昨日の夜ちゃんと聞いたし! そしたら……」

「そしたら?」

 

 つくしちゃんが聞き返すと、透子ちゃんはぺろりと舌を出した。

 

「あっつあつのハンバーグだって言われて……。ちょっとあたしにはレベル高くてさー」

 

 ぽわぽわとたえさんを思い浮かべて、その場面が容易に想像できてしまった。

 ライブのMCでもよくハンバーグの話してるよね。

 

「それでも、目指しているものが定まっているなら、教えを乞うことは近道になり得るわ。聞き方を変えてみたらどうかしら」

 

 「聞き方かぁ」と言いながら、透子ちゃんがスマホを取り出す。

 休み時間には必要ならスマホを使えるようになったんだけど……モニカにとって必要だし、いいよね……?

 

「……ロックになるにはどうすればいいですか。よし! バッチリ!」

 

 勢いよく送信ボタンを押す透子ちゃん。

 

 ほどなくしてテーブルの上のスマホがぶるぶると震えた。

 

「どうだった? とーこちゃん」

「えーっと……『修行あるのみ! 私は路上ライブで修行したよ』だって! ん? 路上ライブ?」

 

 不穏なワードに、つくしちゃんとななみちゃんと私との三人で顔を見合わせる。

 このあとの流れって……。

 

「路上ライブって、めっちゃロックじゃん! よっし決めた。やる、絶対やる! ってか今日やる!」

 

 こうなるよね……やっぱり。

 

「待って! そんな急に言われても出来ないよ。許可とか必要でしょ?」

「もー、ふーすけはかたいなー。駅前でやってる人だってゼッタイ無許可だし、ヘーキヘーキ。それに、急に思いついてパっとやってパっと帰るのがロックなんだって」

 

 ロックって単語が、もう完全に便利ワードになっちゃってる。

 使いこなしている透子ちゃんもすごいといえばすごいけど……。

 

「るいさんからも何か言ってよ。せっかくモニカが認められたのに、問題を起こしたらまた活動できなくなっちゃうでしょ」

「……やりたいならやればいいわ」

 

 一刀両断だった。

 でも、るいさんはこういう規則に関しては厳しいイメージがあったから、ちょっと意外かもしれない。

 

「たしかに、路上ライブはほとんど無許可で行われているけれど、それで問題になるかといえば、必ずしもその通りではない。非営利で、短時間で、通行人の邪魔にならない程度の適切なスペースと音量設定であれば、見咎められる可能性はゼロといってもいいでしょう」

 

 珍しい成り行きに、透子ちゃんも目をぱちくりと瞬かせている。

 

「……え? いいの?」

「駄目だといっても、どうせやるのでしょう? だったら、こちらの制御下でやってもらうほうが安全だわ」

 

 そうしてるいさんはいくつかの条件を出した。

 一つ、通行人の迷惑にならないよう配慮すること。

 一つ、動画、写真をSNSにアップロードしないこと。

 一つ、事前に告知、宣伝しないこと。

 一つ、私服で演奏すること。

 

 SNSを封じられた透子ちゃんは猛反対したけど、当初の目的を詰められ、渋々頷いていた。まぁ、これなら問題になることもなさそう。

 

 ちなみに、るいさんとつくしちゃんは不参加とのこと。

 るいさんは生徒会の仕事、つくしちゃんはバイトがあるらしい。

 今回は私と透子ちゃんとななみちゃんの三人編成だ。

 

「アガってきた~! それで、どこでやる? 渋谷とか新宿とか?」

「あ、場所についてなんだけど~」

 

 そう言って、ななみちゃんがちらとるいさんを見る。

 その視線に答えるようにるいさんがまつ毛をわずかに伏せた。

 

「広町的おすすめスポットがあって~。ちょっと遠いんだけど、そこでもいいかな~?」

「おっけ! ななみに任せたっ!」

「おまかせあれ~」

 

 ……何だったんだろう。今の。

 ななみちゃんとるいさんとでやりとりしてたように見えたけど。

 

「じゃあ、必要なもの決めよっ!」

「お~」

 

 路上ライブかぁ。

 ……大丈夫だよね?

 

 私は、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 放課後、一度家に帰り私服に着替えてから、ガタンゴトンと電車に揺られること数十分。

 私は、ななみちゃんが指定した隣の県の駅にやってきていた。

 

「しろちゃ~ん」

「あっ、ななみちゃん」

 

 ホームに降りると、ちょうど同じ電車だったななみちゃんから声をかけられる。

 ベースを背負い両手にミニアンプとトートバッグとを装備しているななみちゃんは、なんだか魔法少女アニメの最終フォームみたいにごてごてしていた。

 

 一方で私は、アンプはマイク入力端子が付いている透子ちゃんのギターアンプを使うし、マイクはななみちゃんがアトリエから持ってきてくれるしでほぼ手ぶら。

 

 流石に申し訳なくなってきて、助力を申し出る。

 

「……それ、重そうだね。バッグは私が持つよ」

「ほんと? 助かるよ~」

 

 はい、と手渡されたトートバッグは見た目以上に重くて一瞬後悔しかけたけど、中身を見れば、入っているのはケーブル類とマイクと謎の紙。つまり、全てではないけどこの重さは本来私が背負うべき重さなわけで。

 そうでないにしろ、これ以上ななみちゃんにつらい思いをさせるわけにはいかなかった。

 まぁ、たぶんこのトートバッグが一番軽いんだけどね……。

 

 そうして二人で改札を抜け、東口の大きな階段を降りると、集合場所の駅前広場が見えてくる。

 

「ななみ! シロ! こっちこっち」

 

 階段の先で、透子ちゃんが手をぶんぶん振っていた。

 は、早い……まだ集合の10分前なのに。

 

「とーこちゃん早いね~」

「マジ高速で準備してきたから! それで、どこがいいと思う?」

 

 「そうだなぁ」と呟きながら、ななみちゃんがぐるりと広場を見渡す。

 駅前広場は、階段を軸に、左右に一つずつロータリーの翼を広げた鳥のような形状をしていた。

 

 ロータリーの向こうは車がびゅんびゅん行き交う大通りだが、こちら側──駅側はアウトレットのメインストリートみたいな余裕のある空間が広がっている。

 たしかに、これなら路上ライブをしても迷惑になることはないだろう。

 

 結局、私たちはロータリーの端っこ、ちょうど他の地上出口が壁のようになっているところを背にして居を構えた。

 シートを敷いて、アンプを置いて、持ってきた機材をあれこれと接続する。

 最後にななみちゃんがアンプの横にぺたりと謎の紙を張り付けていた。

 

「しろちゃん。準備できたよ」

「うん。ありがとうななみちゃん」

 

 マイクを手に二人の間に立つ。

 まだ夕方には早く、端っこの辺りということもあってか人はまばら。ロータリーにはタクシーがたくさんいるけど、乗り降りする人はゼロで、ほとんどが円の中央の青いラインに連なって停まっている。あそこが待機場なのだろうか。思っていたよりもずっと静かだ。

 

 日常の風景の中でこうしていることに、すごく違和感を覚える。

 ライブハウスのあの熱気も、ライトの眩しさもない。

 

 観客の代わりにはビルが、スモークの代わりには排気ガスが。

 そこには、息が詰まるような緊張とはまた別種の緊張があった。

 

 左右に目配せをする。

 ななみちゃんの4カウントに合わせ、私たちはせーので音楽に飛び込んだ。

 

 歌い始めてすぐに、音が伸びないことに気づく。

 当然だ、ここは演奏するための場所じゃない。

 壁のない場所で、私たちの音が飛び回ることもできずに、手を離した風船みたいに次々と空に吸い込まれていく。

 

 アンプの向こう側にはちゃんと届いているのだろうか。返しがないから何も聞こえない。お客さんもいないから反応も分からない。

 

 それでも、手探りで何とか進んでゆく。

 つくしちゃんがいない分を埋めるように、ななみちゃんが鋭くアタック音を鳴らしてリズムを際立たせる。鋭角に刻まれるその音を頼りに船を漕いでいく。

 

 透子ちゃんは、いつも通り……いや、通行人にアピールするためか、いつも以上に派手にパフォーマンスをしていた。普段と違う場所で、人数と少ないから、その大げさな動きがより心強く感じられる。

 

 最初の曲を終えて、次の曲へ。

 

 最初の数曲は、お客さんを集めたいという下心もあって有名な曲をカバーしたのだが、立ち止まって聞いていく人は誰もいない。

 

 寂しさはそこまででもなかった。

 むしろ、聞きなじみのある曲に一度立ち止まりこちらを見てから立ち去られるほうがずっとキツい。

 

 街中でチラシを配っている人もこんな風景を見るのだろうか、なんて考えが思考の端を掠めた。

 

 

 

「ぜんっぜんダメだ~」

 

 曲が終わると同時に、透子ちゃんがシートの上にべたーっと座り込んだ。

 

「まぁまぁ、突発だし、時間帯もあるしこんなもんだよ~」

 

 あれから何曲か演奏したけど、人だかりもできなければスカウトされるということもなく、ときおり数人が立ち止まるだけで終わってしまった。

 

 もちろん私たちの力不足もあるけれど、ななみちゃんの言うように演奏以外での要因も大きいはず。悔しいけれど、そこまで悲観的じゃない。

 

 こう考えると、ちょっとずうずうしくなったのかな、私。

 

「時間もあるし、そろそろ撤収しよっか~」

「もうちょっとすればめっちゃ集まると思うんだけどなー。仕方ない、今日は退散っ!」

「あ、私ちょっとコンビニで飲み物買ってきていいかな? みんなの分も買ってくるよ」

「サンキューシロ。あたしボカリで」

「あそこのパミマだよね? もし売ってたらでいいんだけど、るねるねるねるのゼリードリンク買ってきてほしいな~。なかったら激辛ドデキングでお願い」

「う、うん……」

 

 そんなの売ってたっけと思いながら近くのコンビニ内を探してみると……あった、るねるねるねるのゼリードリンク。

 側面の説明には、付属の粉①をかけて混ぜるとソーダ味からブドウ味に、粉②をかけるとシュワシュワふくらむと書いてある。

 

 ……おいしいのかな?

 正直惹かれるけど、全部飲み切る自信はなかったので、素直に自分用の水と頼まれたものを買って外を出る。

 

 日はすでに傾いていて、西日がひどく眩しい。

 目を眇めながら戻るうちに、駅前の雰囲気がなんだかさっきと違うことに気がついた。

 

 まず、タクシー乗り場に大きな車が停まっている。屋根の上に取り付けられたパネルには、名前と男の人の写真が大きく印刷されていて、でっかいスピーカーもついている。

 

 選挙の車だ、と思った。

 

 近づくにつれて、車の周りでたくさんのスタッフが働いているのも見える。

 お立ち台を置いて演説の場所の準備をする人。コーンで囲ってスペースを確保する人。のぼりを立てる人……。

 

「こちらどうぞ!」

「えっ!? はい!」

 

 グレーのTシャツを着た人から急にチラシを渡されて、つい受け取ってしまった。

 ……絶対いらないのに。そもそも、私ここに住んでないし。

 

 とはいえ、捨てるわけにもいかず、チラシをなびかせながら歩いていると、透子ちゃんの声が耳に飛び込んできた。

 

「マジ意味分かんない! 誰にも迷惑かけてないし、そこまでされる筋合いないから!」

「とーこちゃん、一回落ち着こ? ね?」

 

 すごい剣幕の声にどきりと心臓が跳ねる。

 透子ちゃんが睨んでいるのは──スタッフの人?

 

「あなたたち学生? 学校どこ?」

「は? カンケーないから。それよりこっちの質問に答えてくれますか!」

 

 状況がよく分からないけど、とりあえず何らかのトラブルが起きていることは間違いない。

 透子ちゃんも引く気はないようで、言い合いは徐々にヒートアップしていく。

 

「そもそも、演奏の許可は出ているの?」

「許可は……まぁ……」

 

 痛い指摘に言いよどむ透子ちゃん。

 弱点を見つけたとばかりに、スタッフの人が馬鹿にしたように笑う。

 

「出してないのよね? なら、そこに交番があるからついてきなさい」

 

 「あの……」とななみちゃんが何か言おうとしているのを遮って、スタッフの人が透子ちゃんの腕を乱暴につかんだ。

 

 それを透子ちゃんが反射的に振りほどいて──

 

「逃げるぞ! ななみっ!」

 

 機材を抱えてこっちに走ってきた。

 

 えっ。

 

 スタッフの声を背に、ぐんぐん近づいてくる。

 

「あっ! シロいた! 走って!」

 

 えっ、私も!?

 ──まぁ、透子ちゃんの一味だから当然なんだけど……。

 ほんの一瞬だけ、バレないかもなんて甘い希望を抱いてしまった。

 

 透子ちゃんとななみちゃんが風みたいにわきをすり抜けていく。

 

 置いていかれる恐怖で、考えるよりも先に足が動いた。

 

 陸上のトラックをそのまま街に貼り付けたかのような不自然なほど真っすぐな大通りを無我夢中で駆ける。

 足が地面を蹴る。衝撃がふくらはぎから脳天まで突き抜ける。

 

 右。左。右。左。

 呼吸と鼓動が混ざり合い、思考がその拍に沈んでゆく。

 

 世界は早回しの映像みたいに、後ろから前、前から後ろへとびゅんびゅん飛び去っていった。

 

 遠くに見えたななみちゃんが次の瞬間には手の届くところにいて、またすぐに小さくなる。

 透子ちゃんの叫び声が、救急車のサイレンみたいにうわんうわんと反響する。

 

 不思議と足は止まらない。

 走る。走る。走る。

 

 見るものすべてが色褪せ、車の音が消え、上も下も、内も外も、曖昧になっていく。

 

 前も後ろもわからない。

 誰が追っていて、誰が追われているのかも、もうわからない。

 みんなが前にいて、みんなが後ろにいる。

 まるで、世界そのものがぐるぐると回っているみたいだった。

 

 スタートもゴールもない競争は、一体いつ終わるのだろう。

 

 それは、たぶん──

 

 

 

 ……大きな川に差し掛かったところでようやく限界がきて足が止まった。

 身体の痛みにへろへろとその場にへたりこんで、ぜえぜえ肩で息をする。

 

 川沿いの真っすぐな道ということもあってか、わたしの前を通り過ぎるのは、ランニングしている人とか、散歩をしている人ばかり。

 川の向こうには広いグラウンドが並んでいて、ちまちました人の影がスポーツにいそしんでいた。

 

 ぼーっと眺めながらコンビニで買った水を飲んでいると、透子ちゃんとななみちゃんとが息を切らせて追いついてくる。

 

「し、しろちゃん……速かった……ね」

「いや、あたしらこれ持ってるから当然なんだけど……! ってか、シロも手加減しろよな……」

 

 二人の姿を見て、あ、と声が漏れた。

 そういえば、二人はアンプも楽器も持っているんだった。私より遅くて当然だ。

 むしろ、私だったら走ることすらできなかったかもしれない。

 

 疲労困憊の二人に、飲み物を渡す。

 透子ちゃんはくぴくぴボカリを飲んで、ななみちゃんは、えぇ……全力疾走のあとで楽しそうにるねるねしてる。

 

 そうしてしばらく三人で休憩して。

 息を整えてからの話題は、もちろんさっきのトラブルについてだった。

 

「透子ちゃん、さっきは何があったの?」

「それそれ! 聞いてよシロ~」

 

 透子ちゃんの説明(ななみちゃんの補足を含む)によれば、機材の片づけをしていたところに、スタッフの人が急に絡んできたらしい。何でも今からあそこで演説をするということで、早く立ち去れと高圧的に言ってきたようだ。それに反発した透子ちゃんと軽い言い合いになり、最終的にスタッフの人が足でアンプを小突いて、透子ちゃんの堪忍袋が切れてしまったとのことだった。

 

「確かに言い返したのは悪かったけどさ。蹴るのはありえなくない!?」

「まぁまぁ。もしかしたら、あの人もわざとじゃなかったのかもしれないよ~?」

「いーや、絶対わざとだったから! マジ許さないかんね」

 

 気持ちは分かるけど……あんな大人に立ち向かっていくのがすごいというかなんというか。

 

「それにしてもびっくりしたよ~。とーこちゃん急に走り出すんだもん」

「コーバンって言われてびっくりしちゃってさ! ルイにああいった手前、問題を起こすわけにはいかないじゃん? あたしら無許可なわけだし」

 

 もう武勇伝になっているのかあっけらかんと笑う透子ちゃんに、ななみちゃんが「そのことなんだけど……」と言いにくそうに切り出した。

 

「実は、許可とってたんだよね」

「は!? いつ!?」

「あの駅前って、簡単な申請で誰でも自由に演奏していいことになってて……。ほら、これ」

 

 ななみちゃんがトートバッグから一枚の紙を取り出す。

 そこにはミュージックパス登録証と書かれていた。

 

「WEBで申請してこれさえ掲示してれば、別に演奏してもいいんだよ。だから、私たちはルールにのっとってやってたわけで……ちゃんと説明すれば分かってくれたと思うし、交番に連れていかれても大丈夫だったと思うな」

「それなら早く言えよなー。つい逃げちゃったじゃん」

「お昼のとき、許可をとってやるのはロックじゃなーいって言ってたから、秘密にしておいたほうがいいかなーって」

「そんなこと言ったっけ?」

 

 言ってたよ、と心の中でツッこむ。

 まぁでも、大きなトラブルにならなくてよかった。

 

「んー。じゃあ帰ろっか。あの人たちと会わないようにぐるっと反対側に回ってさ」

 

 ぐぐ、と伸びをした透子ちゃんは、そこまで言ってから、はたと私の手に目を止めた。

 

「シロ。それなに持ってんの?」

 

 何か持ってたっけと見てみると、手にはくしゃくしゃになった一枚のチラシ。

 思い出した、スタッフの人に渡された選挙のチラシだ。

 

「……いいこと思いついた! 貸して」

 

 透子ちゃんは私の手からチラシを取ると、こほんと咳払いしてからチラシのしわをのばし、丁寧に両手で持った。

 

 私もぴしりと背筋を伸ばして真正面に立つ。

 

「えー……賞状、第一位。倉田ましろ殿。あなたは第二十一回はちゃめちゃレースにおいて優秀な成績を収めました。よってこれを賞します」

 

 両手で受け取って、深いお辞儀をする。なんだか中学校の卒業式みたいだった。

 

 そうして、改めてチラシに大きく印刷された選挙の候補者と向かい合う。

 笑顔の男の人だ。横には、「『最幸のまち』を目指し 未来を実行する」とある。

 なんだかすごく勝ちそうだ、この人。

 

 そこでふと、ある考えがきらりと閃いた。

 もし今ここで、このポスターをびりびりに破いたとしたら……それってすごくロックっぽいんじゃないだろうか。

 

 けれど、私がそれに気づいたのは、

 

 ポスターを丁寧に折りたたみ、『秋のロックバンド祭』のチラシと一緒にクリアファイルにしまったあとだった──。

 

 


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