オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル
タグ:残酷な描写 異世界ファンタジー 異世界ファンタジー 和風主人公 ダークファンタジー 剣と魔法 復讐 男主人公 冒険 和風異世界 浪人 仁義 和風主人公 ダークファンタジー 男主人公 冒険 浪人 渡世人 仁義
雨に煙る里道で、無宿渡世人・丈之助はひとりの盲目の少女と出会う。
足を痛め、行き場を失った少女を支える丈之助。
だがその出会いは、かつて彼が斬った男の娘――過去の罪との再会でもあった。
雨音の中で交わされる、赦しと贖い、そして避けられぬ刃。
仁義の果てに、丈之助が選んだ答えとは――。
静かな雨とともに流れる、ひとつの宿命の終わり。
流れ者の魂を描く、哀切の渡世譚。
※関連作品
この物語は、長編本編 『異世界三度笠無頼』 に連なる外伝短編です。
本編では、異世界へと流れ着いた丈之助が、精霊と魔法の世界で再び“仁義”を貫く旅を描きます。
雨の下の刃で描かれた彼の心の影が、異世界での信念の原点となります。
⇒本編はこちら
異世界三度笠無頼』
https://syosetu.org/novel/387051/
異世界三度笠無頼・短編外伝『雨の中の刃』
雨の匂いがじっとりと地面を濡らしていた。
里道の脇にある古い茅葺き屋根の庇に、無宿渡世人・丈之助は一歩足を踏み入れた。
風が屋根瓦を叩き、雨粒が柄杓のように落ちる。濡れた着物は重く、腰に差した長脇差の鞘が冷たく音を立てる。
軒先には、小さな影が一つ――白い顔に大きな黒い瞳ではなく、閉ざされた
「足でも、くじいたんですかい」
丈之助は低い声で問うた。声は荒れていたが、刃の鋭さは見えない。
少女はかすかに頷いた。どうにも歩けず、村まで行くにも人の手が必要らしい。
丈之助は黙って膝を折り、少女の袂に手を差し入れた。泥の冷たさが掌の感覚に残る。彼女の小さな手をとり、そっと支える。
目は見えぬが、触れられた熱が少女を落ち着かせるのが分かる。
丈之助は自分でも意外なほどに自然に振る舞っていた。どこかで貸しを返すような、ほんの一瞬の情け――
――義理と恩義――
そういうものが、彼の中にまだ残っているのだろう。
「村までは運ぶほどでもねぇ。ゆっくりだが歩けますぜ」
丈之助は言った。少女の顔が、雨のしずくの向こうで微かに柔らいだように見えた。
二人は軒先を出て、じわりじわりと里道を進み始めた。
だが、刃の匂いはいつだって遠からず近づく。草陰から、数人の影が立ち上がる。
野暮ったい衣の男たちの影が現れる。堅気の百姓かと思えば、その左腰には見慣れたものがある。
「――!」
脇差を持った追っ手だ。丈之助の背筋をぴんと緊張が走った。彼は何も言わないが、足取りが少し速くなった。
「疾風の丈之助、覚悟!」
男の一人が怒号を上げた。その名は、堅気の百姓や市井の人々は知らない名だが、渡世の世界には悪名として轟いていた。
とっさに丈之助は周囲を見回す。少女はまだ彼の手を、ぎゅっと握っている。
追手の一人が刃物を振り上げた。丈之助は身を翻し刃を捌いた。動きは驚くほど風のように滑らかで、短い間にいくつかの音が鳴った。
丈之助の腰の長脇差が抜かれて、切っ先が翻り、血と泥の匂いが立ち込めた。
追手の一人が倒れると、他の者たちは不利を悟り踵を返した。だが、その間に少女は何かを感じ取ったらしい。彼女の唇が震え、袂から短刀が滑り出した。
丈之助はふと立ち止まった。雨粒が彼の額に伝う。少女の指が短刀の柄を固く握っている。ふいに、沈黙を破るように彼女が言った。
「あなたが……」
声は小さく、しかし刃のように冷たい。丈之助の過去の名前がそこにあった。かつて彼が斬った男の名と、崩れた一家の記憶。少女の瞳は見えぬが、言葉は確かに彼の胸に刺さる。
「丈之助、あんたが父さんを――」
短く、怒りが詰まった。少女の指先が短刀に力を込める。足の腫れと痛みを耐え、彼女は丈之助に向き合った。目が見えぬ分だけ、心の中の刃が研がれている。
丈之助は、ただ彼女を見つめ返した。雨の音と、二人の呼吸だけが軒先に満ちる。彼の掌には、まだ血の冷たさが残っている。
過去の幾つかの夜が、脳裏を駆け抜ける。斬り結んだ夜、蒸れる
少女の短刀が、真っ直ぐに彼の心の臓を狙う。丈之助はゆっくりと前に一歩出た。逃げる意思はなかった。抵抗する力もなかったのかもしれない。ただ、手を伸ばし、彼女の腕を取る。短刀はわずかに逸れ、雨の中で小さな金属音が鳴った。
「……すまねぇ」
丈之助の声は、雨に溶けかけた。だがその一言は、少女の心に届くどころか、怒りに油を注いだ。それでも丈之助は、躊躇うことなく動いた。手を伸ばし、短刀を押さえ込み、刃を受け止める。刃の先端が彼の胸を裂く。痛みは鋭かったが、すぐに全てが鈍くなる。少女の力は、憎しみに満ちていた。
血が滲んで丈之助の着物に落ちる。少女の肩が震え、彼女自身もその行為の重みで青ざめる。目の見えぬ少女は、初めて自分の手が誰かの命を奪うことを実感した。だが、それで何が変わるのか。丈之助の胸の中にある何かは―彼の価値観は―微動だにしない。
「ごめんなすって」
そう言葉が漏れて、丈之助は長脇差の濃い口を切った。
涼しい鉄音が鳴り、長脇差の切っ先が翻り、少女の着物の心の臓を一気に貫く。
「あ……」
わずかに言葉が漏れて、立ちつすくしていた少女はすぐに力なく崩れ落ちる。
誰かが、群れの中の声が、冷たく響く。村人たちが集まり、言葉が波紋のように広がる。非難、詰問、憐れみ。世間はいつだって、簡単な答えを欲しがる。
丈之助は、血の滲む手で少女を抱き寄せた。彼女の小さな体が震え、やがて重くなった。
非難と敵意の、弾雨のような雨にさらされながら、丈之助は重く強くこうつぶやいた。
「だったらこの娘さんに、うちに来いと一言言えば良かったんじゃないんですかね?」
そんな言葉は誰もかけたことがないのは明白だった。
盲目、独り者、無宿、流浪、やくざ者の娘――あらゆる言葉が、少女を地獄の獄卒のように傷めつけただろうとは、無宿渡世の流れ者である丈之助ならば嫌と言うほどわかるからだ。
少女の無念と嘆きは怒りに変わった。否、その怒りを宿さなければ生きれなかったからだ。だがその怒りはついに届かなかった。
だから丈之助は少女の流浪を〝終わらせた〟のだ。
雨が二人を洗い流し、村はざわめき、誰かが箒を持って駆け寄る。だがその手は、もはや届かない。
丈之助は、静かに少女を抱え上げ、そこから運び去る。名前も、故郷も分からないなら、無縁仏になるしか無いのが世の定めだ。
村はずれの道端の、土の柔らかい窪みを見つけ腰を下ろした。泥に混じる雨が、二人の輪郭を少しずつ曖昧にする。
丈之助は小さな穴を掘り、少女をその中に寝かせた。彼は土をかけるとき、ふっと笑ったようなうめきのようなものを漏らした。
「これでも、もう苦しむことはござんせん」
言葉は、慈悲か、あるいは自己の赦しのための嘘だったのか。その区別は雨に消えた。丈之助は一瞬、少女の顔に触れ、冷たくなった頬に指を置いた。誰もが手を出せなかった救いを、彼は自らの手で為したつもりだった。
そして、丈之助はゆっくりと立ち上がり、雨の中へと戻った。里道を歩く彼の背は、小さな影を残していく。茅葺きの屋根の下で、村人たちは黙り込み、それぞれの言葉を飲み込んだ。
丈之助の足跡は、雨に消されてゆく。彼が去った後、里はまた静かになり、ただ土の匂いと、遠い犬の声だけが残った。
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本編では、異世界へと流れ着いた丈之助が、精霊と魔法の世界で再び“仁義”を貫く旅を描きます。
雨の下の刃で描かれた彼の心の影が、異世界での信念の原点となります。
本編はこちら
➡ 『異世界三度笠無頼』
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