ちょっとした実験の意味も込めて、他サイトさんからお引越しさせることにしてみました。他サイトさんと一切内容を変えていませんので悪しからず。

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dejavu

「とうとうこの日が」

「来てしまったな」

 誰かさんの髪色に似た白壁でぐるりと囲われた応接室内。重苦しい二つの響きが寄り添いながら綺麗な木目が目に優しい床へと沈んでいく。

「一つ聞かせて欲しい」

「はい」

「……どうにかして、なかったことに出来ないだろうか?」

「それが出来なかったからこうなってしまっているんです……僕らは負けたんです……」

「諦観の念に溺れるな。抗え若人」

「でも抗ったらパンチですよ、パンチ」

「そうか……そうだよな……はあ…………よし。切り替えていこう。互いの人生最大の危機だ。手を取り合い、共に乗り越えようではないか」

「はい! 頼もしいです先生……!」

「…………でもやっぱり、今からでも風邪とか引いてくれないだろうか、あのバケモっ」

 ずどどどどどーん。

「へ?」

 一瞬の出来事。

 一撃が齎す終焉。

 壁が扉が硝子があれこれが。

 バラバラのズタズタのドカドカである。

「ほぁー」

 瞬きの間にあまりにもあんまりな惨状が眼前にご用意された少年の口からポロリする間の抜けた声。脳が理解を拒んでいる感ある。

「…………レ! レオンせんせぇぇえぇ!?」

 応接室内を襲った破壊の暴風の被害を免れた少年、ベル・クラネルが涙目で叫びながら脳機能を再起動。共に戦うことを誓い合っている間に姿が見えなくなった教師の姿を探す。

「あ! な、なんてお姿に……!」

 う、埋まった!? 

 埋まってる!?

 憧れの先生が!

 現代の英雄が!

 頭から!

 ピーンて!

 床に突き刺さって!

 石柱みたいになっちゃってる!

 っていうか先生脚ながーいっ!

「い、生きてますか先生ぇ!?」

「失礼する」

 その異様な絵面もばら撒かれた破壊の跡など見えていない。もしくは心底どうでもいいのか。

 かつて扉があった空間を優雅に通り抜け、才能の片鱗を破壊という形で可視化させてみせた女が、無惨な景色の象徴たる打ち込まれたてホヤホヤの柱の前に立った。

「それで? 生徒の母親を化け物などと呼称するご立派な教師様は何処へ行った? ん?」

「ん! ぐぅ! ごぁ!」

「け、蹴ってる! 今蹴ってる柱がレオン先生だよ!」

 艶のある黒いドレスを揺らす絶世の美女が蹴る蹴る超蹴るマジで蹴る。蹴られる度に床下から呻き声を届かせる先生オブジェさんの寿命がヤバい。

「そうか。早く引っこ抜け。それと、私の席を用意しろ。早急に」

「は、はーいっ! それっ!」

「ぐぼぉ……!」

 現代の英雄。そんな称号を貰っているらしい男の喉から絞り出される汚ねえ声。彼の獅子色の髪は血塗れ。長身で精悍な彼から漂う教師らしさを殊更引き立てていたパリッとしたシャツもスラックスもズタボロ。なんかもう、ひたすらに可哀想な有様である。

「相変わらず汚濁に沈む姿が良く似合う。誇っていい。私にはない才能だ」

「おま……あ、貴方のような先達に褒めていただけるとは幸甚に存じます……!」

 ベルに両脚を掴まれ、上下が逆転したままというシュール極まる絵面の中で軽口を叩き合う一人の男と一人の女。

 女は悠然と。あるがままで。

 男は緊張恐怖焦心動揺その他諸々、とにかく下向きなものばかりを宿した、口の端の震えるぎこちない笑みで、その女を見上げている。

 絶対的な上下。二人の力関係が如実に現れる絵面である。

「そうか。いいから始めろ。これで私は忙しい身なのでな」

「てめぇが時間作れって言い出したんだろうが……!」

「何か言ったか?」

「な、なんでもありませんよ……! ようこそ学区へ……! ベルのお母様……! アルフィアさん……!」

 その男、教師。

 レオン・ヴァーデンベルク。

「歓迎を口にしながら碌な歓待も出来ないとは。お前のような未熟者が教師であり、しかも羨望を集めているだなどと片腹痛い。末の末まで辿り着いてしまったようだな、下界は」

 その女、ベル・クラネルの義母。

 いや。母。

 アルフィア。

 十年以上も顔を合わせていなかった二人の再会は、血と暴力の匂いがプンプンであった。

「…………!」

「レオン先生すごごぃすご凄い顔になってまふ! おちおちおおおちお落ち着きませう!」

「君が落ちつけベル……では始めましょう……三者面談をっ……!」

「って言いながら机の足握り潰すのやめましょう先生ぇ!?」

 三者面談。

 生徒と担任。そして、生徒の保護者が同席し行われる面談。

 成績。人間関係。進路などなど。

 生徒の今までを再確認し、生徒のこれからを共に見据える為、腹を割った話が出来る……かもしれない場。

 言うまでもないことだが、生徒が主役でなければならない。それが三者面談。

「相変わらず醜いな貴様は。以前にも増して醜い面を晒しているが、寝不足か?」

「え、ええ……今日のことを思うと胃の痛みが増していくばかりでしてね……!」

 にも関わらず、ベルが立つべき舞台の真ん中に立つのは一人の女と、その女をどうにかしてやろうと息巻く一人の男。

 役者が違うにも程がある。母と教師の存在感がレベチ過ぎる。

「もうやだぁ……!」

 お隣で展開され始めた異次元世界。近寄るだけで身を滅ぼされそうな世界から手招きされる本日の主役の口がポロリする声のなんと弱々しいことか。

 静寂を好んでいる割には妙に口数の多いアルフィアを相手取りながら、かつて机や椅子だった物の亡骸を教室の隅へと押しやり被害を免れた幸運な机たちを運んでくるなど、なるだけ環境を整える。

 その過程でベルは見た。

 自らの足元に、これでもかと謎の小瓶を並べるレオンの姿を。

「えっと……?」

 こっそりレオンが並べた小瓶を拝借。デザイン内容物的にも学内でよく目にする精神力回復薬(マインド・ポーション)っぽいのだが、どうしてこんなものをと訝しみ、そして気付く。

「ち、違う……!」

 これ、精神力回復薬(マインド・ポーション)ちゃう! 精神回復薬(メンタル・ポーション)や! 

 一般にはあまり出回っておらず、仕事に疲れた大人の皆々様が愛用しているらしい、体力ではなくメンタルを上向きにして精神の安定化を無理矢理図る為の劇物!

 神々の言葉で『魔剤』などと呼ばれているシロモノ!

「レ、レオン先生ぇ……!」

 あのレオンが! 母親から色々とヤンチャ時代の逸話は聞かされたけれど、以前変わらずベルが憧れ続けている大人の一人、レオン・ヴァーデンベルクが! 魔剤を頼らねばならないくらい精神的にアッパッパーな具合になっている!

「生きて帰れますように生きて帰れますように生きて帰れますように……!」

「私の分まで祈っておいてくれ……」

 共に戦う所か、ともに悲壮の従属に片足突っ込みつつある二人の明日はどっちだ。

 んで。

 破壊の震源地、そのど真ん中に据えられた長机。ベルとアルフィアが並び、向かいにレオン。机上にはベルの成績表などが数枚。レオンの足下で夥しい数の魔剤が光る中、決戦の時は来た。

「ようやくか。私を待たせるなどと偉くなったものだな。あの跳ねっ返りが」

「……では改めまして。本日はよろしくお願い致します……」

「無視の上に頭を下げることも出来ないとは。こんな不出来で教師などと片腹痛い」

「よろじぐお願いじまずっ……!」

「それでいい」

 そうか! これが神様たちの言葉でいう、かすはら、ってヤツなんだ!

 歯を食いしばりながら頭を下げるレオンの姿が、言葉だけ一人歩きしていて今日までピンと来ていなかったベルに大人の世界に存在する深淵、その一端を知らしめた。

「さ、さて……先ずはベル。言葉を選ばずに言ってしまうが、君の待遇は特別であり、それ以上に特殊だ。どうしても特異な目で見られて来たことだろうが、今日まで過ごして来てどうだった?」

「えと……最初こそ緊張しましたし……みんなにも白い目で見られていた自覚はありました……でも、何人かの生徒が僕をみんなの輪の中に連れ込んでくれたから、苦しい思いとかは全然なかったです。先生方もみんなも素敵な人ばかりで本当に居心地がいいです! 忘れられない思い出しかありません!」

「それは何よりだ」

 額の血とか生傷だらけの頬とか気になり過ぎるけれど、それでも変わらぬ微笑みを見せてくれるレオンの姿に、ベルの頬に生じた強張りも少しずつ剥がれていった。

 特別。特殊。

 ベル・クラネルは、特例も特例でこの学区へやって来て、一年間のみ籍を置くこととなった編入生である。

 ベル本人が学区への興味が強かったこともあるが、それ以上に。

 ベルの隣で目を瞑っている女。アルフィアが、ベルを学区に在籍させることを求めた。

 そこで彼女は古いツテ……と言っていいかは怪しいものだが、レオンを頼った。

 というか、使った。

『私の息子をそちらに在籍させる。『フリングホルニ』の進路を別紙記載の合流地点へ向けろ。早急に行え。でなければ私自らそちらへ出向きそのガラクタを沈める。以上』

 たったそれだけが記された文を読んだ時のレオンの驚きたるや凄まじく。

「生きてやがったのかあんの糞婆ぁ……! というか息子!? あの『人格終焉迎えし糞魔女(アポカリプス・クソババア)』にガキ!? なんだ!? 下界は既に滅びていて、俺は悪夢の中に生きているのか!?」

 その魔女にオモチャにされていた頃の口調でクソデカ独り言を発するレオンの姿は、都市伝説ならぬ校内伝説の一つとして生徒たちの語り草になっているらしい。

 その後。あの女は本当にやります。だからどうか! と、バルドルに頭を下げ『フリングホルニ』の進路を強引に変えさせ辿り着いた場所にいたのは。

 あの灰色の魔女の面影があまり透けて見えてこない、白い髪と紅い瞳が特徴的な、気弱そうな少年だった。

「お、お義母さん……アルフィアお義母さんが……貴方に会えって……それで……その……」

 その名が出た瞬間、嘘も謀りも存在しないと理解したレオンは。

「君の母親は怖かろう。しかし、この船に乗るかどうかを決めるのは君だ。君がこの船で何かを得たいと願うならば、誰かに言われたからではなく、君の意思で、この手を取って欲しい」

 あの魔女に逆らうことは怖くて仕方がなかったけれど、それでもレオンは、人見知りを発揮しているのか、あまりこちらの目を見ようとしてくれない少年の心を試すような問い掛けをしながら、手を伸ばした。

「……は、はい…………その船で……いろんなことを学んで……」

 学区の校長である、神バルドルも共に見守る前で。

「お、お義母さんが……もう戦わなくていいように……静かに……穏やかに暮らせるよう……いっぱい強くなって……下界を救いたいです」

 人見知りも緊張も全て後回しにするような強い意志。そして願いを添えて。

「僕は、英雄になります」

 現代の英雄たるレオンの手を、まだ何者でもない少年は掴んだ。

 バルドルとレオンにより、その瞬間にベルの入学は認められた。

 在籍期間は一年。その期間を終えたらベルは故郷には帰らず、オラリオへ行く。

 それがベル本人の強い希望であり、一応母の言い付けであり、レオンとも交わした約束。

 ベルの学区での暮らしも八ヶ月になったここ数日。学区は、一つの節目を迎えていた。

 三年に一度。学区はオラリオの港、メレンに帰港する。その時が来たのだ。

 学区は現在メレンに停泊中。今日も今日とて眷属募集(リクルート)やら派閥体験(インターン)やらで何処もかしこも騒がしくしている。

 その期に乗じて、堂々と船に乗り込んで来た女がいた。

「私はこの学び舎に籍を置く者の母親だ。『ナイト・オブ・ナイト』なる滑稽な二つ名を有している者に伝えろ。明日の夕刻、三者面談を行う。用意しておけ。と」

 どうやったのか、身柄を取り押さえに来た教員たちを全て叩き伏せて、その女は去って行った。

「三者面談ってなんだよあの糞魔女ふざけんな……あちこち飛び回ってる学区でんなもんやるわけねえだろ頭イカれてんだろあの女ああそうだ元からイカれてやがったふざけんな死ねっていうかなんでまだ生きてんだよおかしいだろ怪物がマジで死ね」

「レオン、生徒に見せられない有様になっていますよ。あと脂汗が凄いですよ」

 あんまりにもあんまりな様子のレオンに神バルドルも辟易。

 それが前日の話。

 からの今日である。

「ここでの暮らしは順調と言っていい、と。だったら次は成績の話にいこうか」

「は、はい!」

「では先ずは」

「私の耳を煩わせるな愚か者共。通知表には目を通している。ここに身を寄せるまで私が鍛えたのだ。戦闘技能に関しては言うに及ばず。学術その他全ての面で模範となる成績であるなど当たり前だ。そんな表面的な話で私の時を浪費させるな」

 いえ? いえいえいえー?

 死に物狂いでしたがー?

 毎日脂汗の下僕でしたがー?

 情けない成績取ったら福音拳骨(ゴスペルパンチ)で歓迎されるのわかってたから連日連夜寝不足ですがー?

 そもそも貴方の教え、何もかもはちゃめちゃだったのですかー?

「お前が私の言葉を理解出来ない理由が微塵も理解出来ない」

 これがデフォ。

 才気煥発極まりに極まりまくっているアルフィアの指導力などお察し。

 確かに、インスタントに地獄に放り込んでくれたもので、戦闘力に関しては莫大な成長をベルに齎しはしたが、学問やらに関しては寧ろ変に結果や知識だけ叩き込まれるから、マイナスに寄っていたのでは……?

「ひうぅ……!」

 などと言えるわけもないベルは、自分の両手に汗の玉が落ちていく様を極限までひん剥かれた目玉で見ていることしか出来なかった。

「成績表に関して言うならば、私が聞きたいのはここ一点だ」

 長くしなやかなアルフィアの指先が、三人の真ん中に置かれているベルの通知表の項目の一つに触れた。

「この、アオハルなる項目だ」

「…………」

「…………」

 ベルの表情が死んだ。

 レオンがベルに乾いた笑みを向けた。

「勉学と外れているのだろうことは予想に難くない。しかし見えてこない。大方、神々の言葉なのだろうが、アオハルとはなんだ?」

 アオハルとは。

 なんてド真面目に語る、流行の最先端を欠片も理解出来ない前時代の老人のようなことを口にする女の姿を笑うに笑えない。

「しかもなんだ。この評価は」

 戦闘技術。知識。知恵。協調性などなど。

 全ての項目は、一から十の評定で表される。

 ベルの必死にも程がある努力の結果、全ての項目が十と記されている中。

「何故ここだけ、測定不能(いちおー二十ってことで☆)になっている?」

 アオハルなる項目だけ、グラフが馬鹿みたいな壊れ方をしていた。

「簡潔に聞く。この項目はなんだ。この評定に至った理由、及び見解を聞かせてもらおう」

「それ、は……?」

 レオン、気付く。

「ぁぁあぁばあばぁば……!」

 いつの間に拾い上げたのか、レオンが用意していた魔剤をプシュッと開けてグビグビ飲んでいるベルの姿に。

「それだったらー! 私が解説してあげちゃいますー!」

 そのあんまりな姿に戦慄し何も言えなくなっているレオンを救う、かもしれない大音声が、たーんっ! と小気味み良くヒールが鳴る音と共に炸裂した。

「イズン先生!」

 この状況をなんとか出来る! 感じは全くしないけど! 有耶無耶には出来るかもしれない、この学区の教師である女神の登場に、多少は生気を取り戻したベルが声を上げた。

「やっほーベルくーん! 今日も健康健全にアオハルしてるぅー!?」

 長い金髪を大仰に揺らしながら現れた女神イズンが、皆の視線を引き寄せた。

「はじめましてーベルくんのお母様! わ、とってもお綺麗ーっ! さぞかし上質なアオハルを過ごされて来たのねー! というかどうしてこの教室はこんなにボロボロなのー? あー! 先生わかっちゃったー! キレーキレーイなアオハル☆ハリケーン! が通り過ぎて」

「…………」

「わー! 待って待ってお義母さん待ってくださいこういう女神様なの仕方ないのだから右手ぷらぷらさせながら無言で立ち上がるのやめてお願いですからぁ!」

「『福音(ゴスペル)』」

「ふごぉ!?」

「ベルくーん!?」

 イズンを庇った所為で福音拳骨(ゴスペルパンチ)を食らったベルは、魔剤を撒き散らしながら教室前方の黒板に叩き付けられ、自画像を描く代わりに己の姿形を板書した。痛そう。

「貴様か、このアオハルなる項目を評定したのは」

「そうでーす! ってあれれー? どうして私は睨まれているのカナー?」

「ならば解説してもらおう。アオハルなるものと、この評定が意味する所を」

「かしこまりーっ! あーでもでもぉ、ベルくんのアオハル☆デイズのお相手ちゃんたちの名前は流石に」

「話せ」

「へー?」

「二度言わせるな。全て、話せ」

「ど、何処かの美の女神ちゃんと似たような雰囲気放っていらっしゃあひぃ!?」

「このまま首を捩じ切られることを望むならばそれでいい。神だから殺せぬだろうなどと安く考えているのなら、それが愚かな皮算用であると一つ教訓を得ながら天に還る羽目になる。私は全て話せと言った。次はない」

 瞬間移動もかくやな速度でイズンの鼻先にやって来たアルフィアが右手を掲げ、イズンの首に迫る。

「……あ、アオハルとは! そのまんま、青春のことでーす!」

「イズン先生」

「べべベルくんはぁこの学区でも屈指のアオハル☆エリートだからあの評定なのですぅー!」

「イズン先生っ!」

 レオンが名を呼ぶもイズンには聞こえていない。女神たる自分が下界の子供に追い詰められて死の香りをプンプンに放っていることを正しく理解してしまったイズンは、アルフィアに逆らうことを早々と諦めた。

「詳しく話せ」

「はーいっ!」

「煩い。静かに話せ」

「は、はあぃ……!」

 そうして、ベル・クラネルにとってだけ存在している地獄の蓋がけろりと開かれる。

 アオハル女神の口から語られる、ベル・クラネルの半年と少しのアオハルヒストリー。

 入学初日に出会ったヒューマンの女の子と、かくかくしかじかで早速手を繋いで校内を走り回っていた。

 その翌日には、アマゾネスの少女に迫られていて、今でもその少女には貞操を狙われているらしい。

 一週間も経たぬうちに、少し奥手な黒妖精の少女と友人になって以降その少女にこれでもかと依存されている。尚、ベル本人にはその自覚はなさそうとのこと。

 ベルよりも年長のヒューマンのお姉さんに求婚をされて逃げ回る姿が目的された。

 学区の教師の元を夜分に訪ね、アオハルから逸脱した如何わしいプレイをしたことがあるだなんて噂が広まったこともあるとか。

 この程度、序の口である。

 教師の口から母親へと暴露されるという、青いと言うより青ざめてしまうような、思春期男子のアオハルサクセスロード。

「しにたいしにたいころしてころしてたすけてたすけてらいせにいきたいらくにしてもうらいせがいいらいせでしあわせになりたいまざいおいしいえいゆうなんてもういい」

「い、いつの間に……!?」

 現代の英雄の目をすり抜けレオンの足元に辿り着いたベルが、魔剤を飲んでは捨てて飲んでは捨ててを繰り返す、危険度青天井の魔剤廃人状態に。救いはない。スッゴイカワイソ。

「イズン先生! 流石にもう……」

「アばばばばオばばばハばばばばル……!」

 もうやめたげてと言わんばかりのレオンの眼差しの先には、発汗機能が壊れでもしたのか、歩く巨蒼の滝(グレート・フォール)と化したイズンの姿。

「それで? 他には?」

 彼女の眼前では、両目を開いたアルフィアが、右手を伸ばしたまま睨みを利かせている。

「そりゃそうなる……!」

 レオンは何も言えずに座り込み、自らの足元でガクガクと震えながら魔剤をキメ倒しているベルの背中を摩ってやった。

「極め付けはやっぱり……」

 そんなことないですぅ。何それ僕知らないよぉ。などなどベルが呟くなど、真偽の疑わしいものも混在していたが、大体本当のアオハルストーリーが延々と語られる中。

「レフィーヤちゃんね!」

 イズンの思う、ベルのアオハルの肝らしい少女の名前が出た瞬間びくりと、ベルの背中が跳ねた。

「あの子はつい先日ロキ・ファミリアに行くことが決まっちゃったけどーそれまではベルくんとずーっとアオハル街道を爆進していたんですよぉー。ねーねーベルくんベルくんっ。ベルくんとレフィーヤちゃんはアオハル☆イチャイチャカポーしてたのかしらー?」

「んんんんん!」

 完全に心を壊されたベルだが、急に振られた話にも首を横振りすることで反応してみせた。

「強い子だっ……!」

 目元を潤ませているレオンがベルの頭を撫でる。

「あらそうだったのー? なんだあ、ベルくんとレフィーヤちゃんは誰が見ても学区で一番鮮烈なアオハル☆フラーッシュを」

「黙れ」

「ひやっ!?」

「もういい。五秒待ってやる。行け」

「はっ、はーいっ!」

 アルフィアが右手を下ろすと同時。脇目も振らず全力で駆け出すイズン。

「ベルくーんっ! アオハルは! フォーエバーっ! なんだよおおおおおお!」

 ベルには理解出来ない言葉と共にフェードアウトしていく金髪女神。最初から最後まで余計なことしかしていなかった気がする。

「ベル」

「ふぁい」

「立て」

「ひゃい」

 魔剤の漬物になっちゃったベルでも母親の命令には脊髄反射。ささっと立ち上がった。

「……ふむ。やはりその目だな。その目が悪さをしている。取り外すとしよう」

「ぇう」

「もう何も見えなければあおはるとやらを気儘に謳歌することなど出来まい」

「だぁ」

「受け入れるなベル! お前も本当に手を伸ばすな糞魔女っごふぅ!?」

 時が巻き戻った口調で話し掛けた瞬間炸裂する福音神拳にボコボコにされながら、なんとかして未来の英雄を救い出した現代の英雄は、既に突っ込んでしまった片足で、三途の川の冷たさを知った。

「そ、そろそろっ……話を戻すっ……ぞ……!」

「私に指図をするな。話はまだ終わっていない」

「もう勘弁してやれ! アオハルに殺されるぞ! お宅の息子さんっ!」

 死に物狂いのレオンの懇願が届いたのかアルフィアの気紛れか。ベルのアオハル追求は一旦おしまいとなった。

 んでんで。

「卒業後の話を聞かせて欲しい」

 心身共にズタボロなレオンが仕切り直し、主に心がズタボロな魔剤の溜まった腹を揺らすベルに、未来の話を促した。

「このまま学区に留まるという選択肢もあると思うが……今の君がその未来を選ぶことはなさそうだ。君の考えを聞かせて欲しい」

「えっ、と……ここでの生活は楽しいですし、まだまだ学べることがたくさんあるのはわかっています。けれどやっぱりオラリオに……ダンジョンへ挑んでみたい気持ちが強いです。それも、出来るだけ早く」

 魔剤っ腹になっているベルが真剣に語る。隣のアルフィアは何も言わない。

「私としてはもう少し……具体的には、次にこの船がメレンに帰港する時までいてもらいたいというのが本心だ」

「三年後、ですか……」

「そう渋い顔をしないでくれ。ここにはまだ、君に成長を齎すことが出来る要素が五万とある。それは間違いない。それだけじゃない。君がいてくれることが、君の周囲の子供たちの成長に大きな影響を与えてもいる。だから君を手放したくないという私の打算もあるな」

 はははと笑いながら流れた血が固まった頬をポリポリと掻くレオン。血の瘡蓋が剥がれ落ちた。これが正しい面談の光景か?

「僕がですか?」

「君は、多くの生徒の好敵手(ライバル)となってしまったからね。覚えがないわけじゃないだろう?」

「……はい」

 幾人かの生徒の顔が浮かんだ。浮かんで浮かんで浮かんで、最後に浮かんだのは、山吹色の髪を揺らす妖精の笑顔だった。

「これ以上を語っては重荷にしかならないな。と言っても充分過ぎるほど君には抱えさせてしまったことだろうが……どうかな? やっぱり考えは変わらないか?」

「はい」

 迷わず頷いた白髪と息を合わせて魔剤っ腹がたぷんと揺れる。

「元の約束通りの期間ここに在籍させていただいて、オラリオでなくていいので何処かで下ろしてもらって、ここで得た知識と現実とを照らし合わせながらオラリオを目指したいと思っています」

「旅か。それもいいな」

「僕はまだ、知らない世界が多過ぎますから。気持ち的には野外調査(フィールドワーク)、みたいな感じです」

 魔剤効果なのかは知らないが、ベルの笑顔から陰鬱な影は消えていた。

「……君の意思を揺さぶるような真似をこれ以上するのはただの厄介だな」

「ごめんなさい」

「君が謝ることはない。ならばあと数ヶ月で君はこの船を降りる。その前提で話を進めさせてもらう。よろしいですかね、お母様?」

「続けろ」

「では。ならば、オラリオに辿り着いて以降の話をしよう。以前の進路調査でも聞いたが再確認だ。君は、オラリオで冒険者になる。並びに、ロキ・ファミリアへの入団を希望している。それで間違いなかったね?」

「……はい」

 微かな逡巡が滲んだのは、アオハル・インフェルノの名残。アオハルうんたらはイズンの話として。ロキ・ファミリアに、異性の友人が入団した話をしたばかりだから。

 それ以上に。

 今日までアルフィアにこの話をしたことがなかった事実が、ベルの緊張を引き上げている。

「どうしてロキ・ファミリアに?」

「下界で最もダンジョンへの攻略に積極的で、結果も残しているファミリアだと思うので」

「ダンジョンの攻略に興味がある、と?」

「はい。ダンションに何度も挑んで力を付けて……いつか、お義母さんたちですら辿り着けなかった層域に行きます。そこで、ダンジョンの謎を解き明かします」

 行きたいでも明かしたいでもなく。

 行きますと明かします。

「……ダンジョンで暴れ回ったり、北の最果てで醜い蜥蜴を討伐したりと大忙しになりそうだな。ベルのオラリオでの日々は」

「寧ろ望む所です」

 その程度何するものぞと言わんばかりに、ベルは微笑む。

 ベルが語るのは結論。そして未来。

 己が辿り着き、この下界が迎える未来を、まるで預言者のようにベルは断言する。

 少年の覚悟など今更問うまい。

 そうは思えど、この尖りに尖った前のめりっぷりに引っ掛からずにいられるほど、レオン・ヴァーデンベルクは丸くなっていない。

 ともすれば自信過剰とも取れるこの姿勢に、不安を抱かないと言ってしまえばどうしたって嘘になる。

 少年の隣で大人しくしている母も、一切口を挟まない。

 その姿はまるで、誰かに借り受けたものではなく、ただひたすらに少年が願う未来に意を唱えることを、自ら戒めているかのようで。

「それに……その……」

「うん?」

「レフィーヤさんに、負けたくないので」

 アオハル暴露ショーの中でも聞いた名前が出た瞬間、アルフィアの眉間に皺が寄る瞬間を、レオンは捉えた。隣のベルはこれっぽっちも気が付かない。

「レフィーヤさんがロキ・ファミリアへ行くって決まった時に言われたんです。だから僕も言ったんです。貴方には負けないって、お互いに言い合って、笑い合いました」

 実にアオがハルハルしているエピソードを語るも、当人はその辺りの感覚が歪んでいるのか、さっきまで死にたい消えたいと連呼していたのと同一人物とは思えないくらい穏やかな表情で、青い思い出を親と担任に打ち明ける。

「だから、あの人を追い掛けます。追い掛けて、あの人と一緒に強くなりたいんです。それに、僕の足りない所、ダメな所をはっきりと教えてくれるあの人となら、僕一人じゃ大変なことでも乗り越えられる。そう思うんです」

「……切磋琢磨。そんな言葉が君と彼女にはよく似合うなと、今日まで君たちを眺めていて感じていたが……」

「これからも変わりません。ずっと」

「そうか……」

「それで……いつか立派な冒険者になって。北の最果てもダンジョンの深淵も。僕一人じゃ乗り越えられないような冒険の数々を、一緒に乗り越えようって約束したんです」

 ああそうか。

 これか。

 互いを高め合い、支え合える友がいるから。

 信を置く少女との約束があるから。

 掛け替えのない友と出会えたから。

 変わらず。折れず。

 一人では無理でも、二人なら。

 それがいつか、二人でも無理なら、みんなとならに育っていくのだろう。

 古代から連綿と語り継がれてきた、遠く果てしなき『英雄』へと通ずる精神が、この少年の中では既に開花しているのか。

「……君がこの学区に来てくれて良かったと、心から思うよ」

「え?」

「こちらの話さ。さて、お母様はどう思われますかな。息子さんの選んだ進路……生き方を」

「気に食わない」

「き、気に食わない?」

「あの胡散臭い神の下などと」

「お、お義母さん……」

「だが」

「え?」

「お前が歩む道は、お前が決めろ」

「……それって……」

「以上だ」

「……ありがとうお義母さん……いたっ!」

 ベルの感謝に答える代わりに、この少年を知る者なら一目でわかる膨れ具合をしている腹にデコピンを当て、微かに口の端を綻ばせた。

「……さて。次は」

「そ! の! ま! え! にっ!」

 くるくるーしゅぱっ! と、軽やかなステップを踏みながら姿を見せたのは、さっきまでアルフィアにイジメられていた女神、イズン。

「あ、イズン先生。少しというかしっかり通院された方がいいレベルでほっそりされましたけど、何かありました?」

「それはベルくんの隣のお母様に」

「何か?」

「べべべベルくんにお客さんが来てるよーっ!」

「ち、違いますイズン先生! 私は別に彼だけに会いに来たわけじゃありませんっ!」

「え?」

「いいからこっちこっちーっ!」

 レッツ☆アオハルー! と叫びながら、ベルの客らしい人物の背中を押すイズン。それ以上ここに留まるつもりはないらしく、客人と入れ替わるようにしてこの場を立ち去った……というか、アルフィアから逃げた。

「お、押さないでもいいじゃないですか……こんにちは、レオン先生……それにベル……って! 何事ですかこの有様は!?」

「レフィーヤさん!?」

 その時! レオンは見た!

 その名前がベルの口から出た瞬間! 長く閉じられていた両眼がカッ! と開き! 件の客人をギラリ! と睨む灰色の魔女の姿を!

「や、やあレフィーヤ……息災な様子で何よりだが……前方注意で頼む……」

「前方注意?」

 きょとんと首を傾げる仕草一つで鮮やかに揺れる長く伸びた山吹色の髪。ぴょこんと長く伸びた耳もまたぴくぴくと揺れ、少女の愛らしさに拍車を掛けている。

 レフィーヤ・ウィリディス。

 つい先日、学区流の『卒業式』を終え、学区との別れを済ませたばかりの卒業生が。

 ベルの一学年上の先輩が。

 レオン……ではなく。ベルに会いに来ていた。

「そ、それより! この状況は何事ですか!? 教室がボロボロに……レオン先生も酷い怪我をされているじゃないですか! それに……な、なんですかベル! そのお腹はっ!?」

「へ? あ、や! これは」

「貴方は少食な傾向ですが疲労やストレスを溜め込んだら暴飲暴食に走る時があるから改善しなさいと何度も言ったはずですよね!? それがどうして私がいなくなった途端にこんなことに!?」

「ち、違います違います! これは本当に違うんですーっ!?」

「何が違うと言うのですか何が! まったく! 貴方は本当にだらしがない! やっぱり私がいないと」

「そこの娘」

「ダメでっ……!?」

 ベルを詰る頬に微かな赤を滲ませていたレフィーヤに、文字通りの影が差した。

「レフィーヤとは、お前のことで相違ないな?」

 ベルとレフィーヤは勿論として、レオンの目でも追いきれないような高速移動でレフィーヤの前に立ったアルフィアの影が、レフィーヤを覆ったから。

「はっ、は、ぃ……?」

「……そうか」

 閉じられた瞼の下から妖精の少女を見下ろすアルフィアの姿に、レフィーヤの表情が酷く強張る。

「お、お義母さん! ダメだからね!? 絶対の絶対にダメだからねっ!?」

 ベルが何かを必死に懇願する。

「くぅ……!」

 悲壮感を纏ったレオンが身構える。

「……おかあさん……? そ、それでは……貴方がベルの……!」

「そうだ。それで、何だったか? 私の息子がだらしがないだとか」

「是非貴方にお会いしたかったんです!」

 ゴゴゴと増していく圧力など何処拭く風。頬の赤を色濃くしたレフィーヤから一歩踏み込んで、地雷原に着地した。

「ありがとうございます!」

「……何故私は、初対面の小娘に礼を言われている?」

「学区へと進む道をベルに示してくれたこと、お礼を言いたかったんです! 本当にありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げるレフィーヤの姿に、アルフィアもレオンもベルも動きが鈍る。

「彼と出会えたことで、私の世界は大きく広がりました!」

「レフィーヤさん……?」

「包み隠さずに言いますけど……出会った当初は、この子大丈夫なのかなあ、なんて思っていました。二言目には黒竜を倒すとか、ダンションの未到達領域全てを暴くとか、夢見がちなことを言う子だなあと思っていました。けれどベルは本心からそれを望んでいて、誰に笑われたって人一倍努力をして、それをやり続け、周りの目の色を変えてしまった……」

 お前には無理が、お前になら出来るに変わった。

 そんなことはない。

 ベルが掲げた目標の途方もなさは、下界に生きる誰もが理解出来てしまうことだから。

 それでも、ベルは変えた。

 お前には無理を、頑張れに。

 応援しているに。

 ベルに向けられていた嘲笑など、いつの間にか聞こえなくなっていた。

「だからと言ってみんながみんなベルと一緒になんて言いはしませんでしたけど……それでも、ベルと一緒に北の最果てにもダンジョンの最下層にも挑んでみたいと、本気で思った私がここにいます。そう思わせてくれたベルに……冒険することを謳い続けてくれたベルに、私は感謝をしているんです! ベルがいたから、冒険者になってみたいって思えたんです!」

 照れ臭そうに自らの頬に触れてみたり。指先同士をツンツンとぶつけてみたり。ベルに視線を合わせにいって恥ずかしそうに撃沈したり。

 ベルはベルで、貴方の息子さんマジでほんとマジでみたいな勢いで語り続ける最中に繰り出される多角的な照れ隠しに口を挟むことなど出来ず。彼に出来たのは、真っ赤になってしまった頬を隠すように背を丸め俯くことくらい。

「ベルは可愛い後輩で、素敵な友人です!」

「あうっ……!」

「それはこれから先もずっと変わりません!」

「はうぅ……!」

 彼とこれ以上の関係になることなんてあり得ません。

「前途は多難そうだ……」

 取り方によってはこうも聞こえる文言を受け、曖昧な笑みを浮かべる思春期少年の横顔を見ながらレオンが呟いた。

「これまでに感謝を。そして、これからにも感謝を! 私の名前はレフィーヤ・ウィリディス! 出会えて光栄です! ベルのお母様!」

 お高く映らず、それでも軽薄さなど皆無。

 瑞々しい誇り高さと可憐さを有する妖精の子供はニコリと微笑み、ベルの母親を見上げた。

「は、わわ……!」

 その様にアオハルソウルを擽ぐられまくっている少年から立ち上るアオハルの波動は何処かの女神のアオハル☆センサーにずびびーんと来たのだが、アオハルの女神だってそこまで野暮ではないらしく、四人の空間は穏やかなままであった。

「……あおはる……か……」

「え? 今なんて仰られました?」

「……レフィーヤ・ウィリディス」

「は、はいっ!」

「これからも」

「ふべっ!?」

 いつレフィーヤにあんなことやこんなことをするか気が気でなくアルフィアの直ぐ隣に控えているベルの頭に、アルフィアの手が伸びた。撫でるというより、掴むである。実際、ベルの頭蓋からイヤーな音が聞こえてくる。

「この子の良き友でいてやって欲しい」

「も、勿論ですっ!」

「そうか。感謝する」

「いえっ!」

「この子に話があるのだろう? 行ってくるといい」

「え? えっと……では……い、行きますよベルっ!」

「はっ、はいっ!? あ、ありがと! お義母さんっ!」

 今更ながらに、自分はなかなかお恥ずかしい話をしてしまったらしい自覚にずどーんと飲み込まれたレフィーヤが耳の先端まで赤く染め、それでもベルの腕を掴んでズンズン進んで行く。去り際、レオンとアルフィアにしっかり礼をするのを忘れない辺り流石の優等生。

「さて……」

「…………っ!」

 静寂を取り戻したはずの教室みたいな何かの一室の中に、誰かが息を飲む音が鳴る。当然、レオンのものである。

 殺される……!

 アルフィアが自分に視線を向けただけで汗が吹き出してしまう程度には本気でそう考えているレオンが魔剤を探すも残念ながら在庫切れ。全てベルの腹の中である。

「何処までが打算だ?」

「……と申しますと?」

「先ずはその無理矢理貼り付けた不細工な喋り方をやめろ。あの子とあの娘を貴様が意図的に近付けた。そうだな?」

「……そんなもの、全てが打算に決まっている。生徒と生徒が触れ合う時を与えるのも教師の仕事の一つだ。それが打算でなくてなんと言う」

「私に甘言を弄しようとするな若輩。あの娘は富んだ才を有している。あの子のように前だけを見ている愚者との出会いはあの娘にもあの子にも、多大な影響を与えたあったことだろう」

「『才禍の怪物』にそこまで言わせるとは。大したもんだ、うちの期待のホープは……なあ、話ついでに言わせてもらうぞ」

「驕るなよ未熟者。貴様如きが私と肩を並べて話そうだなんて随分と思い上がったものだ」

「真面目な話なんだ、どうか言わせてくれ。背負わせ過ぎだろう、どう考えても。ベルが望んだものなのだとしても、それでも今のベルには」

「『福音(ゴスペル)』」

「ぐほっ!?」

 鍛え抜かれたレオンの胴に突き刺さる魔女の拳。もちろんバッチリ回避するつもりだったレオンだが、一線を退いて久しい女の動きは正しく神懸っていて、逃げること叶わず。魔剤の残骸散らばる床に倒れ伏した。

「勘違いしている様子だから教えておこう。あの子が抱えているものは私が押し付けたものではない。下界の為。それ以上に私の為にと、あの子自ら望んだものだ」

「だ、からって……!」

「止めるつもりなどなかった」

 表情は相変わらずの無であるが。

「その資格も、私にはないだろう」

 傍若無人極めている魔女が抱いた葛藤が、レオンにも伝わった。

「であるなら私が果たすべきは、あの子が目的を果たせるよう鍛える。それだけをやり続けた。哀れだと、駄目な親だと笑うか?」

「……まさか。しかし……はっ。随分と殊勝な」

「『福音(ゴスペル)』」

「ごっふ……! て、訂正するぞ糞婆ぁ……! てめぇは相変わらず」

「『福音(ゴスペル)』」

「ぁがっ!?」

「汚い声を上げるな、醜い餓鬼め」

「て、てんめぇ……!」

「やはりその方がお前らしいではないか。普段からそうしていろ」

 現代最高峰の戦力を有する男に新鮮な泥の味を提供しながら微かに微笑む魔女。その笑顔の理由は誰にもわからない。

「出来るかよ……今の俺は冒険者じゃねぇ……教師なんだ……」

「安い建前を盾にするな愚か者め」

「……いいのか。あの二人、あのままで」

 悠然と佇むアルフィアにも、地面に倒れ伏したレオンにも、割れた壁の隙間から、ベルとレフィーヤが触れ合う光景が見えていた。

 二人はとても仲が良さそうに笑い合ったかと思えば、人差し指をピンと伸ばしたレフィーヤが表情を険しくしてベルに迫り、それを受けたベルは背中を丸めてしゅーんとし、後に待つのは、やっぱり笑顔の二人。

 力関係がはっきりしている魔女と騎士とは関係性の異なる、二人の距離感。

 姉弟のようであり、単なる友人同士以上にも一応は見えなくもない。

「ふ……」

 そんな二人を見つめるレオンの目付きだけ過去を離れ、現代のそれになっていた。

「何処ぞの糞共の系譜を辿っているようで業腹ではあるが、受け入れる他あるまい」

 そこでアルフィアは、自らの足元に転がる男に視線を落とし。

「色を好む存在なのだろう?」

 両眼を開けて、微笑んでみせた。

「……はっ」

 ベル・クラネルが目指す存在は。

『英雄』ってヤツは。

 つまり。

 ベルもまた、そういう男になる。

 かもしれない。

「アオハルの成績が頭抜けてんのも納得だ……」

「しかし、それはそれだ」

「はあ?」

「交際程度なら許すが……いや待て。そこまで行こうが行くまいが、先ずは一報を入れろ。必ずだ。確か道化の派閥には子生意気な小人族(パルゥム)がいたな。あれと連絡を取り合え。密にだ。そして逐一私に報告しろ。ついでにあの娘の動向も」

「はあ!? 俺がてめぇの言うことなんて聞くかよ糞ばっっがぁ!?」

 踏んだ。

 現代の英雄を、思いっきり踏み付けた。

「いつ私が選択権と選択肢を貴様に与えた。自惚れるな、糞餓鬼風情が。私がやれと言ったらやる。それだけだろう」

「ごふっ……! き、汚ねえ足をどかせ糞」

「いいだろう。そら」

「っだっ……!」

 蹴った。

 学区の子供たち全員が憧れる先生の横腹を蹴り飛ばした。

 さっき片付けたばかりの教室の残骸に突っ込んで盛大な音を立て、口から血を吐き出しながら、レオンは停止した。

「げほっ……や、やりやがったな……もう体裁も糞も知ったこっちゃねぇ……ベルたちが見ていない今のうちに……てめえはここで」

「やれるものならやってみろ。その前に、一つだけ言っておこう」

「あぁ!?」

「二度はない。聞き逃すならそうしろ」

「さっきから何言って」

「教師、レオン・ヴァーデンベルク」

 足を揃え、指を揃え、正面からレオンに向き合って。

「私の子を、これからもよろしく頼む」

 レオンを泥の沼に沈め続けて来た怪物は、とてもゆっくり、とても丁寧に。敬意の宿ったお辞儀を、一人の教師に向けた。

「…………」

「なんだ? 私を殺すと言っていなかったか? 口先だけなのは変わらないな」

「は、はあ!?」

「私はこのまま下船する」

「…………オラリオに留まるつもりか?」

「まさか。あの子を待つのは私たちの家と決めている」

「……それでいいのか?」

「無論だ」

「……もう少し、見守ってやるべきだと思うが」

「誠に遺憾だが、その役割は貴様と……そうだな。あの娘に任せるとしよう」

 レオンが立てたドデカい音に気が付いたらしく、壁に開いた穴のずっと奥で目を丸くするレフィーヤと、額に手を当てて沈んだ顔をしているベルの姿が見えた。

「お前たちに期待などしていない。ただ、私がそう決めたのだから、成すべきを成せ」

「……うるせえんだよ……糞婆……」

 血に濡れた自分の口元が微かに持ち上がった理由など、レオン自身にもわからなかった。

「そうだ。伝え忘れていたが……そろそろだろう」

「あ?」

「あの子たちに声を掛けた後に私は下船するが」

 その時。風が吹いた。

 いや。

 船体が、ぐらりと揺れた。

「なんだ……?」

「あの男も三者面談を希望している」

 いつの間にか、直ぐ側にまで迫っていた。

「ついでに貴様と昔話に花を咲かせたいそうだ」

 この女にばかり気を取られまるで気が付かなかった。

 もう一人の『覇者』の接近に。

「ふ、ふざけんな……!」

 レオン・ヴァーデンベルク、人生最大の失態だろう。

「よう」

 威圧感のある分厚い体躯が、ボロボロになってしまった教室跡地に足を踏み入れた。

 その男は、アルフィアと並ぶベルのもう一人の師匠であり。

「久しいな」

 ベルの義理の父とも言える、『暴喰(ぼうしょく)』の二つ名を持つ男。

「なあ、糞餓鬼?」

 止めることなど叶わぬまま、口の端を歪めて笑うザルドが、アルフィアの隣に並んだ。

「い、いっそ殺してくれぇ!」

 レオン先生の明日はどっちだ。

 


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