俺は高坂誠。魔法少女たちに体術を教える教官だ。三十五歳、独身。かつては自衛隊で格闘術を教えていたが、五年前に怪人災害が始まってからは、この仕事に就いている。
自分で志願したんだ。子供たちを少しでも守りたくて。
「高坂教官、今日の訓練はここまででいいですか?」
息を切らせながら、少女が声をかけてくる。名前を桜井美咲。十四歳。魔法少女として覚醒してから、もう三ヶ月になる。
「ああ、もう十分だ。よく頑張ったな」
俺は笑顔を作る。家で何度も練習したから、自然な笑顔が作れるようになった。
美咲は嬉しそうに笑って、更衣室へと向かう。その小さな背中を見送りながら、俺は心の中で祈る。
どうか、生きて帰ってきてくれ。
最初は反対したんだ。子供を戦場に送り出すなんて、狂ってる。そう主張した。
五年前。突如として世界中に出現した怪人たち。人を襲い、街を破壊し、文明を脅かす化け物。軍隊も警察も、通常兵器では太刀打ちできなかった。
そんな中、一人の少女が現れた。魔法の力で怪人を倒す、魔法少女。
最初は希望の象徴だった。でも、すぐに分かった。魔法少女になれるのは、十歳から十六歳までの少女だけ。そして、魔法少女の戦死率は――六割を優に超えていた。
「高坂さん、あなたの気持ちは分かります。でも、我々に選択肢はありません」
政府の役人は言った。
「彼女たちが戦わなければ、この国は滅びます。あなたにできることは、彼女たちが少しでも長く生き延びられるよう、力を貸すことだけではないのですか?」
俺は拳を握りしめた。何も言い返せなかったからだ。
だから俺は、教官になった。せめて、せめて一人でも多く生き延びてほしい。そう願って。
「私、魔法少女になります」
そう言って志願してくる少女たちを、俺は何人も見てきた。
「家族を守りたい」
「友達が殺された」
「誰かがやらなきゃいけない」
大人なんかよりもずっと強い決意を持っていた。
そんな彼女たちを見るたびに、俺はとてつもない無力感で頭がおかしくなりそうになる。
現実は甘くなかった。
俺の教え子で最初の犠牲者の名前は、田中さくら。十二歳。明るくて、いつも笑っていた子だった。
訓練を終えるたびに、「教官、今日もありがとうございました!」と満面の笑みで言ってくれた。
彼女が出撃する前日、俺のところに来た。
「教官、私、頑張ってきますね」
「ああ、お前なら大丈夫だ。教えたことを忘れるな」
「はい! 必ず生きて帰ってきます。そしたら、また教官に報告しますね」
そう言って、彼女は握りしめた手をこちらに向けてきた。俺は柄にもなくそれを笑顔で返した。
そしてそれが、彼女との最後の会話だった。
遺体が戻ってきたとき、俺は吐いた。
それは、もう人の形をしていなかった。原型をとどめないほどに破壊され、バラバラになって――
俺は震える手で、彼女の名札だけを受け取った。血に染まったその布切れが、彼女が存在したことを証明する唯一の証だった。
次は三浦あかりという少女だった。十五歳。真面目で、訓練を誰よりも熱心に受けていた。
「教官、もう一度教えてください。完璧にマスターしたいんです」
彼女は何度も基本の型を練習した。納得するまで、決して終わらなかった。
「あかり、完璧なんて目指さなくていい。戦場は百パーセントを待ってはくれない」
「でも、完璧にできれば、もっと多くの人を守れるじゃないですか」
彼女は笑った。そして、戦場に向かった。
彼女の遺体は、バケツ一杯分しかなかった。
その次は鈴木ゆい。佐藤なつみ。山田かりん。渡辺みお。中村はるか――
教え子たちは次々と戦場に向かい、そしていつも帰ってこなかった。
彼女たちは誰一人として、俺を恨まなかった。
それどころか――
「教官のおかげで、私、生き延びられました」
負傷して帰還した魔法少女が、そう言ってくれたこともあった。
「教官が教えてくれた技、本当に役立ちました。あれがなかったら、私、死んでました。ありがとうございます」
彼女は笑った。利き腕を失った体で、それでも笑った。
俺は何も言えなかった。
ありがとうじゃない。お前の腕を守れなくて、すまない。
そう言いたかったが、声にならなかった。
「教官、泣かないでください」
彼女は優しく言った。
「私、生きてますから。教官のおかげで」
彼女はその後、前線を退いた。だが後方支援として、今も戦い続けている。
そんな子たちを見るたびに、俺は思う。
なぜ、子供たちがこんな目に遭わなければならないんだ。
なぜ、大人の俺は、ただ黙って見ているだけなんだ。
限界が来たのは、半年前だった。
その日、一度に五人の教え子が出撃した。彼女たちは俺が教えた中でも、特に優秀なグループだった。
リーダーの高橋ひかりは十六歳。冷静で、的確な判断ができる子だった。
「教官、行ってきます」
「ああ、気をつけろ」
「大丈夫ですよ。私たち五人なら、どんな怪人だって倒せます」
彼女は自信に満ちた笑顔を見せた。
他の四人も、それぞれに決意を持っていた。
森川あおい、十五歳。スピードに優れた子だった。
吉田ももこ、十四歳。パワーが自慢だった。
伊藤すみれ、十五歳。防御技術が抜群だった。
そして、岡田こはる、十三歳。一番若いが、一番勇敢だった。
俺は彼女たち五人を見送った。いつものように、笑顔で。
でも、その日の夜――連絡が入った。
「高橋ひかり、戦死」
「森川あおい、戦死」
「吉田ももこ、戦死」
「伊藤すみれ、戦死」
四人が死んだ。
岡田こはるだけが生き残った。
でも、彼女は――両腕と両足を失って帰ってきた。
病院に駆けつけたとき、彼女はベッドで泣いていた。
「せんせい……ごめん……なさい……」
「いや、お前は悪くない」
俺は彼女の頭を撫でた。でも、その手は震えていて、とても彼女を安心させられるようなものじゃなかった。
「私……弱くて……みんなを……守れなく……て……」
「お前は十分頑張った。よく生きて帰ってきた」
「でも……みんな……死んじゃって……」
彼女は涙を流し続けた。
「教官……教えて……ください……なんで……私だけ……生き残っちゃったんですか……」
俺は何も言えなかった。
なぜなら、俺自身が同じことを考えていたから。
なぜ、子供たちが死んで、大人の俺が生きているんだ。
なぜ、教え子たちが命を落として、教官の俺は安全な場所にいるんだ。
「教官……もう一度……戦場に……行きたいです……」
彼女は言った。
「みんなの……仇を……」
「駄目だ」
俺は強く言った。
「お前は十分戦った。もう休め」
「でも……」
「いいか、こはる。お前が生きていることが、みんなへの一番の弔いなんだ」
彼女は小さく笑った。
「教官は……優しいですね……」
そして――彼女はその晩静かに息を引き取った。
俺は、その日の夜、十何年振りに酒を飲んだ。
一人で、部屋で、朝まで飲み続けた。
そして決めた。
もう、子供たちだけを死なせるわけにはいかない。
翌日、俺は戦場に向かった。
子供を守るため。いや、違う。そんな大義のためじゃない。この手じゃ誰も守れないことくらいは分かっている。
ただ俺は、解放されたかっただけなのかもしれない。
「高坂教官、どこに行かれるんですか?」
同僚が声をかけてきた。
「ちょっとな、野暮用だ。心配するな。すぐ戻る」
嘘だった。戻るつもりなんてなかった。
戦場は地獄だった。
ビルは崩れ、道路は裂け、空は黒く染まっていた。そして、そこには――怪人がいた。
三メートルはある巨体。全身が黒い鱗に覆われ、鋭い爪と牙を持つ化け物。
こんなのが、教え子たちを殺したのか。
こんなのが、あの子たちの命を奪ったのか。
俺は、ナイフを構えた。勝てるとは思っていない。でも、一太刀でも傷をつけられれば――
怪人が動いた。
速い。
気づいたときには、俺の体は宙に浮いていた。
激痛。
視界が赤く染まる。
肋骨が何本か折れたらしい。肺に刺さったのか、呼吸が苦しい。
ああ、これで終わりか――
そう思った瞬間だった。
体の奥から、何かが溢れてきた。
温かくて、まぶしくて、そして――懐かしい。
これは――
「魔力……?」
信じられなかった。大人には魔力なんてない。それが常識だった。
でも、俺の体から光が溢れている。
そして――体が変わっていく。
背が縮み、体つきが変わり、髪が伸びる。
胸が膨らみ、腰のラインが変わり、声が高くなる。
体が、少女のものに変貌していく。
気づいたときには、俺は――魔法少女になっていた。
手を見る。小さくて、華奢で、でも――魔力に満ちている。
鏡はないが、感覚で分かる。俺は、十代の少女の体になっている。
なぜ、俺が。
なぜ、今になって。
なぜ、今になって。
なぜ、今になって。
「なぜ、今に、なってぇ!!!」
怪人が再び襲いかかってくる。
ふざけるな。
体術で鍛えた動き。それに魔力が加わる。
一瞬で怪人の背後に回り込み、そして――
「これは、田中さくらの分だ」
拳を叩き込む。
怪人の体が砕ける。
「これは、三浦あかりの分だ」
「鈴木ゆいの分」
「佐藤なつみの分」
「山田かりんの分」
「渡辺みおの分」
「中村はるかの分」
私は、殴り続けた。腕を止めたら死ぬのだと本気で思っていた。
拳が血に染まり、服が裂け、体が悲鳴を上げる。
でも、止まらない。
止まれない。
「高橋ひかりの分」
「森川あおいの分」
「吉田ももこの分」
「伊藤すみれの分」
そして――
「岡田こはるの分」
最大の魔力を込めて、巨大な怪人を殴り飛ばした。
怪人は爆発四散し、その破片すら残らなかった。
気づけば、怪人の姿はどこにもなかった。
私は、血と返り血にまみれて、その場に立ち尽くす。
体は少女になった。
声も、容姿も、何もかも。
でも、不思議と違和感はなかった。
むしろ――これでいいのかもしれない。
教え子たちと同じ立場に立って、同じ敵と戦う。
それが、彼女らを天国へ送り出した俺の、役目なのかもしれない。
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「最近、現場の怪人が減ってるって聞きました」
「なんでも、夜に現れる謎の魔法少女が、片っ端から怪人を倒してるって」
「金色の髪の魔法少女らしいです。すごく強いって」
「でも、軍に登録されていない魔法少女って、一般人ってことですよね」
「私たちも、もっと頑張らないとですね。一般人に負けるなんて、教官に顔向けできませんから!」
「そうですね。それじゃあ、いつもの訓練に戻りましょうか」
「よーし!今日もやるぞー!目指せ、さいきょーの魔法少女!」
「あなたはまず基本の型を覚えることからですよ」
っていうTSの設定を考えたんですけど、プロットとか細かい設定なーんも考えてません。