あの頃の君に伝えたかった私の気持ち。

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第1話

 

 

「CRYCHICをやめさせていただきますわ」

 

冷酷なまでに放たれたその一言は私達の胸中を掻き乱した。

長いこと雨に打たれたのだろう、彼女は酷く雨に濡れ、眼差しは冷たく、何かを押し殺すかのように言い捨てた。その殺してしまった部分は私達には救えない部分だったのかと今でも問い続けている。

 

「どうして、あんなに仲良かったじゃない」

 

そよちゃん…長崎そよちゃんは凍てつくような張り付いた空気を割こうと彼女の元に駆け寄るが、意味はなかったみたい。

 

「てか無責任じゃない?」

 

立希ちゃん…椎名立希ちゃんは負けず劣らずの鋭利な口調で彼女を責め立てる。

 

「…やめちゃうの」

 

あの時の私の一言は困惑と動揺が混じった、長年育ててくれた飼い主に捨てられた猫のような悲壮感を前面に出したそういう一言であったと思う。

どれだけ私達の思いが募っても、彼女の意思は決して変わることの無い、確固たる意思であった。まるで岩のように、私達にはどうすることも出来なかった。

 

「バンドやってて、楽しいと思ったこと一度もない」

 

何が原因だったんだろう、何処で間違えたんだろう。

私達は、私は今でも問い続けてみる。

 

変な…夢だったな

 

 

「ともりーん、今日練習でしょ?一緒に行こう!」

 

意気揚々とした声色で私の肩を優しく掴む。

彼女の名前は千早愛音、私たちの通う羽丘女子学園のクラスメイトである。突風のように現れては私を見つけてくれる、大切なバンド仲間であり、友達である。

いつにも増して機嫌が良い気がする、何か良いことでもあったのかな?

 

「あのちゃん、一緒に行こう」

 

私達はいつもの路を、いつもの足取りで、いつもと何ら変わらない調子で歩んでいく。

基本的にはあのちゃんが会話を始めてくれて、私は時折それに合わせる形で相槌を打つ、私達のいつもの流れである。

私達が今向かっているのはライブハウスRING、結成から今日まで待ち合わせ場所は常にここである。RINGはライブハウスとは思えないくらいにお洒落な建物となっており、カフェスペースがあったり、観葉植物が置かれているなど居心地の良い場所である。また白を基調としているためシックな雰囲気を醸し出している。

懐かしいな、バンドを“再び”始めたきっかけは今隣にいるあのちゃんのおかげで、そこから紆余曲折あって今に至る。思い出話に華を咲かせるなんて、今迄の私なら出来なかった芸当だった。

 

RINGに着くや否や、物凄い剣幕で私達の方へ睨みを利かせている女の子が一人。美しい紫紺の瞳は勝ることながら、はらりと持ち前の艶やかな黒髪を靡かせているのは花咲川女子学園に通う私達と同い年の椎名立希、立希ちゃんである。

 

「ちょっと遅くない?もうすぐ練習始まるんだけど」

 

現在の時刻は16時52分。練習開始は17時だったため遅刻ではない…と思うのだがこの様子だと立希ちゃんは15分前くらいから来てそうではある。

バンドを再開してから指揮を取ってくれているのは立希ちゃんであるため、なるべく希望には添いたいところだ。

 

「えぇ〜、まだ8分前だよ?」

 

「せめて10分前に来て」

 

夕食時に嫌いな物を残して怒られる子供のように縮こまるあのちゃんを見て私は少し口元が緩んでしまった。あのちゃんと立希ちゃんのやり取りは外国のアニメを見ているように感じさせてくれるため、娯楽と言っても過言では無いのかもしれない。

別にいいじゃんとブツブツとその後もしかめっ面を浮かべるあのちゃんをよそに立希ちゃんは再びドアの方へと目を向ける。

 

「ごめーん、遅れた〜」

 

朗らかな空気に包まれ、アロマの芳醇な匂いが周りに漂う。

彼女の名前は長崎そよちゃん、名門お嬢様学校である月ノ森高等学校に通っている。私とは同い年であるが、住んでいる世界が違うのではないかと思うくらい美人さんである。

 

「遅い、そよも愛音も今週末ライブがあるって分かってる?」

 

「私だってちょっと走ってきたんだけど、おかげで汗かいちゃった」

「あ、ダージリンひとつ」

 

「あれ、そよりん柔軟剤変えた?」

 

いつもの通り転々と会話が変調していく。

これが私達のバンド、MyGO!!!!!である。

 

「燈…そういえばこの前体調悪かったって言ってたけど大丈夫?」

 

「あ…うん、あれから安静にしてたし、大丈夫…だと思う」

 

覚束無い返答になってしまったが、彼女は胸を撫で下ろしたように安堵のため息をついた。立希ちゃんは私に対して少し過保護であると思うが、私のことを思ってくれているということが何よりも嬉しい。

 

「あとは野良猫…あいつまた遅刻するつもり?」

 

“野良猫”というのは私達のバンドメンバーである要楽奈、らーなちゃんである。

自由奔放な彼女はいつもこの調子で、ギターを弾きたくなったら練習しに来るといった様子である。白髪とオッドアイ、パンクな衣装が特徴的な彼女だが、ギターの技量は幼少期の頃から練習していたこともあり頼りがいがある。

そのため、立希ちゃんは怒るにもあまり怒れない様子だ。

 

「まぁいいんじゃない、ゆっくりで」

 

そよちゃんはティーカップを片手に呟く、なんと絵になることだろう。

 

「迷子なんだから練習は絶対、野良猫来たらすぐ始められるように準備してて」

 

「はいはーい」

 

あのちゃんの生気のない返事に呆れた様子で外の空気を吸ってくると、ドアの方へと向かった。

そして私は、今でも今朝の夢が頭から離れようとしない。ヘビーローテーションであの日の光景が鮮明に過ぎってくる。後悔と言ってしまえば後悔であるが、特段今の私は引きずっている訳でもない。私の元いたバンド、CRYCHICが解散してしまったのは悲劇であることには違いは無いけど、あれから私は大きく成長することが出来たと思っている。人生の分岐点であったといっても過言では無いくらいに、あれは私にとって悲劇であり、転機であったのだ。

だからこそ再び夢として記憶が湧いてきたことに疑問が残るばかりだ。

ふあぁと欠伸をすると同時にまぶたが重くなってきた、日中は体育や頭を使うこと授業が多かったため睡魔が今になって襲ってくる。練習の妨げになることは理解しているため、まだ練習が始まるだし、少しだけ仮眠を取ろうと思う…。

 

朝の日差しが窓を貫き、私の方へと差し込む。

外からピヨピヨと朝鳥と思われる鳴き声と絶え間なく鳴き続けるセミの音が私の眠りを攫っていった。

マットレスのようなふわふわとした感覚を背に異変に気づく、私は確か…ライブハウスで寝ていたつもりだったはずだと。

 

「え?」

 

たった一言、私の口から漏れ出た。あるはずが無い、ちょっと眠りについただけだった、それなのに何故私はベッドの上にいるんだろう。

枕元に置いてあるスマホを手に取り、時刻を確認する。私は目を疑うことになった。

今から一年前の、私がまだ中学生だった頃に時間が巻き戻っているからだ。

この世には有り得ないはずである超常現象が今私を対象に起こっている。小学生の頃から本を読むのが好きで、少しオカルトじみている本も読んできているからこのような現象は知識として知っている。だが、現実的ではない。

スマホの中のアドレスを確認するが、あのちゃんやらーなちゃんの名前、MyGO!!!!!のグループチャットすら存在していなかった。これはもう納得するしか自我を保てそうにない。

今日は平日であるから学校があるはずである、タイムスリップしたからとはいえ学校を休むことは出来ないため大人しく制服に袖を通す。

こっちの世界の高松燈のために歩みを進める。

内心、少しわくわくしているのは秘密である。

 

お弁当を手に取り、扉に手をかけ外へ出ようとする。

朝日が私を強く照らす、この世界において今は異分子なんだと烙印を押しているのかと思ってしまうくらい日差しは容赦なく私を照らす。

今は高松燈であって、高松燈ではない。そんな不思議な感覚に踊らされている。

 

「良い、天気だな…」

 

むせかえるような暑さを許してしまうくらい晴れていた。空にはポツポツと雲が点在していた。その中で集団の中からはぐれているように思える雲を見つけた、あれはきっと私なんだろう。

 

「あら、やっときましたのね?」

 

いやに懐かしい。その声は私の記憶を喚起するには十分なくらい私の気持ちを昂らせた。

かつて私を見つけてくれた、みんなじゃなくてもいいと、この世界であぶれ物だった私を拾ってくれた、導いてくれた彼女が今目の前に、当時のままの姿で私を待っていてくれたのだ。

 

「さきちゃん…」

 

明鏡止水、高潔な風貌からまさにオーラがあるとはこの事である。後光が差しているのではないのかと疑うレベルだ。美しい金色の瞳からは情熱的な力強い眼差しを感じられ、二つに結われた天色の髪からはとても良い匂いがする。ツインテールが良く似合う、お嬢様いやお姫様である。

鼓動は早くなる。懐かしさと同時に緊張が走る、今の私は高松燈であって高松燈ではない。

聡明なさきちゃんのことだ、私は私じゃないことに気付いて嫌われるかもしれない。なんなら通報されるかもしれないと一抹の不安を覚えた所で、

 

「さぁ、行きましょうか」

 

あの頃何度も助けられてきた太陽にも勝る笑顔を向けてくる。緊張や不安は一気に消し飛び、気づけば足並み揃えて、学校へと向かう。

ああ、眩しいな。眩しいのは太陽なのか、彼女のことを指すのか私にもよく分からなくなっていた。

 

「ともり、今日は久々に練習ですわ!」

 

「久々……」

 

「え、ええ。最後に練習したのってたしか1週間前でしたわよね?」

 

「あ、そ、そうだね、私も楽しみ」

 

どうやら今日は1週間ぶりの練習日らしい。

会話が噛み合わなくて、ひやりと汗をかいたが何とか繋げることは出来たようだ。

久々の練習…私にとってはおよそ1年ぶりになるため不安もあるが楽しみでもある。

 

風貌さながら月ノ森中学校に通うさきちゃんとは別れ、私は学校へと足を運んだ。

私は学校であまり自分から話すことは無かったため、特に変な出来事も起こることなく全日程を終えることが出来た。

ただ、授業終わりの休憩でクラスメイトに話しかけられた時は内心ビクビクしていたが何とか笑顔で対応することが出来た、成長を感じる。

クラスメイトは鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いていたため、自分が如何に臆病だったのかが分かるようだ。今でも根本では他の人に対する恐怖心は拭いきれていないが前よりかはだいぶマシになったと思う。これも全て足踏み状態だった私を連れ出してくれたあのちゃんのおかげなのかもしれない。

 

「あのちゃんに…会いたいな」

 

学校が終わり、いつもだと下駄箱であのちゃんが駆け寄って誘ってくれるが今はパラレルワールドに来てしまっているため、あのちゃんに出会えていない。

久しぶりに一人の時間を過ごすことになりそうである、私は一人でいること自体苦ではない。元々ひとり遊びが得意であったこともあり、心の中で海の生き物しりとりでもしながらRINGに向かおうと思う。

しりとり…リュウグウノツカイ、イカ…

 

ふとおもむろに上を見上げると、太陽から照らされる日差しは朝よりも格段に強さを増しているようにも思える。まさにフライパンで作った目玉焼きの黄身の部分のような、きつね色にも解釈できる太陽がさんさんと光を降り注いでいた。私の正体を見破っているぞという天からのメッセージなのかもしれない。そんな太陽から目を奪われる形で目の前から歩いてくる、日傘をさしている品行方正な美少女に釘付けになった。

 

「あら、燈も今帰りだったんですの?」

 

陽の光は私を炙り出すためのように暴力的であったが、さきちゃんから放たれている光はこの世の理全てを許容するような光だったとは言うまでもない。夜中に一人で散歩している時、暗闇の中の街灯がどうにも頼りがいのあるように感じる、そういう感じだと思う。

そんなさきちゃんの隣にはさきちゃんの幼なじみにあたる睦ちゃんがいる。残酷なまでの日差しを跳ね返しているかのごとく、その場に佇んでいる。

ガラス細工のような真っ白い肌、繊細な長髪、

顔色ひとつも変えず、さきちゃんとは対象にクールな眼差しで私の方を見ていた。全てを見透かされてるのではないかと思うくらいに、ただ一点に見つめていた。

 

「さきちゃん、一緒に行こう」

 

私はたった少し、勇気を振り絞った。

他人から見れば至極当たり前のことで、一歩にもみたない勇気であるのかもしれない、ただ私にとってそれは大きな一歩であった。

 

「もちろん、今日は頑張りますわよ!」

 

ボルテージが上がったさきちゃんは私と睦ちゃんの手を取り、足早にその場を後にした。

繋いだ手は温かかった。

 

 

早々とRINGに着くと、開かれた自動ドアの向こうから涼しい風が舞い込んできた。

 

「あら、もう皆さん来てらしたのね」

 

「いや〜?私達も今さっききたところ!」

 

既にバンドメンバーである立希ちゃんとそよちゃんは集合しており、席に着いている状態だった。

 

「今日は早かったじゃん、なんかあったの?」

 

「聞いてくださいな!特に待ち合わせなんてしていないにも関わらず、ともりとばったり会えたんですの」

 

無垢な子供のように、二つに結われた髪を揺らしながら目を輝かせる。

 

「えぇ〜!偶然ってこと?凄いね」

 

「てか、睦全然汗かいてなくない?今日外めっちゃ暑かったでしょ」

 

「日傘と制汗シートのおかげ」

 

懐かしい、紛うことなきCRYCHICの雰囲気だ。

心の底から何かが湧き出てくる感覚は私には分からなかった、とにかくCRYCHICが、あの頃が帰ってきたんだ。

 

「皆さんお揃いのようですし、早速練習しましょうか」

 

眩しくて眩しくて、手で顔を覆おうと、隠そうとするほどその光は私を包み込んだ。

それがCRYCHICだった。私にとってCRYCHICは居場所であり、安息地であり、心のオアシスであった。

あの頃の私にとって、たった一つの居場所だった。

 

さきちゃんの優しい音色、そよちゃんのボンボンってかっこいい音色、むつみちゃんのギャンギャンって激しい音色、たきちゃんのトントン、ドンドンって心地の良い音色。

これがCRYCHICだったのだ。

私は今出せる全身全霊、あの時上手く歌えなかった後悔を払拭出来るように、心の叫びを、私の叫びを歌に乗せた。

 

気がつくと無我夢中にうたをうたっていた。

 

演奏が終わると、私は100メートルを全力で走ったのかと疑われるくらい息が乱れていた。

 

「ともり…」

 

感情が込み上げて、必死に歌ってしまった。引かれたかもしれない。

暫くするとさきちゃんの目からつーと涙が頬を伝っていた。

 

「さき…ちゃん?」

 

「ごめんなさい…ともりの歌が、いつも以上に刺さってしまって」

 

「今日の燈…いつもより凄かった」

 

「燈、何か練習とかしたの?すごく…良かった」

 

「燈ちゃん凄い!」

 

てっきり引かれるとばかり思っていたため、あまりの賛辞に動揺が隠せない。やはり1年前と今の私では良い意味で大きく差異があるようである。

私が初めて作詞したノートを見た時同様、さきちゃんの元へ睦ちゃんは駆け寄り介抱している。キラリと輝く宝石のような涙を振り払い、次はさきちゃんが私の方へと足早に駆け寄り、私の手を取る。

 

「ともり、最っ高でしたわ。その調子でこれからも頼みますわよ」

 

精悍な眼差しでさきちゃんは私の方を強く見つめる。握られた手はやはり温かい。

 

その後約1時間程度練習は続いた、最初から飛ばしていたため私自身ヘトヘトである。

そよちゃんは家族と外食、睦ちゃんは習い事、立希ちゃんは用事があるみたいで先に帰って行った。

さきちゃんと二人での帰り道である。午前中は嫌気がさすくらいの陽射しを放っていた太陽だったが、今ではふんぞり返って真っ赤に燃えている、何と気分屋でいるのだろうか。それにアブラゼミがミンミンと鳴いている、夏の午後を表す象徴だろう。

 

「燈、少しお話が」

 

交差点を渡ろうと足を踏み出したその時、先程の柔和な顔つきからは打って変わって、眉を顰め、シリアスな面持ちで呼び止められた。

声から分かるように普段の明るく元気な声色からトーンが落ち、深刻そうな雰囲気が漂っている。

立ち話も何なので、家へ招くことにした。

私の部屋は当時と一緒でどこか懐かしさを感じた。収集癖があるため、シールや付箋をこの頃から集めていた形跡がある。使い慣れた学習机からは当時の苦悩がフラッシュバックするようでどこかこそばゆかった。

 

「とりあえず…これをどうぞ」

 

「いただきます」

 

私はいつも通り牛乳を差し出した。ジュースでもあれば良かったのだろうが、冷蔵庫の中でお客さんに出せるような飲み物は牛乳しかなかった。さきちゃんは一口飲むと、口元に牛乳のアーチが出来ていた。私があまりにも見つめるものだから、頬を照らし、 ハンカチでぬぐい取る。

 

「それで…話って…」

 

空気がどことなく重く感じたため、満を持して本題へと切り込む。

この微睡みのよう空間に浸かっていてもよかったかもしれないけど、単純にさきちゃんとお話したかったなのかもしれない。

 

「燈、貴方…一体誰なんですの?」

 

私は呆気に取られた。

単刀直入、さきちゃんは私を見透かしていた。

私が高松燈では無いことに気づいているのだ、正確にはこの時代の高松燈ではないことに。

非常にまずい、絶対に明かしてはいけないし、バレてはいけない。タイムスリップという超常現象を受け入れてくれるはずがないからである。

さきちゃんの疑いの眼差しが私の焦燥感に拍車をかける。頑張って取り繕うとしたが、私は嘘が付けないため余計に溝は深まっていく。

 

「さ、さきちゃん…いやほんとに…」

 

私は言葉が好きだった。色んな言葉を集めて、それを並べて、組み替えることにハマっていた。ただ今は銃口を突きつけられているのかと思うほど焦りで言葉が出てこなかった。

さきちゃんは呆れたように私に言葉を渡す。

 

「燈、私はCRYCHICに貴方を引き入れるにあたって誓いましたわよね?」

 

「……誓い」

 

「ええ、私達は共に音楽を奏でる運命共同体であると、だから隠し事なんかせずに正直に話して」

 

“運命共同体”

運命って神様が決めた事なのかな、共同体って一緒にいるって事なのかな。運命共同体が何を示しているのか本当の意味を理解することは出来なかった。

大それた表現なのかもしれないし、私からしたら身の丈にすら合ってないのかもしれない。

だけど、さきちゃんは私のことを信じようとしてくれている。

なら、私もそれに応えるべきだ。

 

「さきちゃん、実は…私っ……タイムスリップしてきたのっ…」

 

思わず声が大きくなってしまった。当のさきちゃんは少し肩を揺らし、目はまん丸になっていた。

 

「タイムスリップ?」

 

「信じて貰えないかもしれないけど…未来から来た」

 

たどたどしく答えると、さきちゃんは理解しようと試みたのか、口元に手を持っていき名探偵さながらの表情で考え込む。

絶対に引かれてしまった。次こそは本当に通報されてしまうかもしれない、頭がおかしくなったんだって…

 

「こんな話…信じてくれるわけない…よね」

 

落ち込んだ表情を見かねたように、さきちゃんは再び私の手を取った。

 

「いいえ、信じますわよ。だって今日の燈、すごくかっこよかったですもの」

 

「かっこ…いい?」

 

「ええ、いつもと違う雰囲気をずっと感じていましたの…私に向けてくれる笑顔も増えたような気がしますし!」

 

屈託のない笑顔でさきちゃんはそう言った。

百点満点の笑顔とはこのことを指すのだろう。

 

「さきちゃん、ありがとう」

 

「いえいえ、でもタイムスリップってロマンチックですわね、どんな感じなんですの?聞かせてくださいな!」

 

距離をぐんぐんと詰めてくるさきちゃんに戸惑いを隠せない。

 

「いやほんとに、練習前に眠くなったからちょっとだけ寝ちゃってて…気づいたら家のベッドの上にいた…」

 

「練習…ってことはバンドですのね?CRYCHICは燈の世界ではどうなってますの?」

 

目に星を宿したかのような異彩を放ち、とうとう顔前まで距離を詰めてきた。

話すべきだろうか、話した方が良いのかな。

CRYCHICは、もうないんだって。

失望させてしまうかもしれない、悲しむかもしれない、共に将来を約束したバンドだったから。

 

「CRYCHICは……解散した

 

重々しく閉ざそうとした口から漏れ出るような形で、声音で、言葉を形にしてしまった。

震えが止まらない、怖い。さきちゃんを、君を悲しませることが私にとって何よりも怖い。罪悪感で押し潰されそうだ、無力な私はあの時ただ傍観することしか出来なかったから。CRYCHICにいたはずなのに、無知のフリをして、被害者のような素振りを見せて。ただ君に責任を負わせてしまったのだ。

指先は震え、背中にじんわりと汗が伝っていく感覚を覚えた。

気味の悪い、後味が悪い、そんな静けさの中で口を噤んだ君を恐る恐る見てみる。

君の顔は失望した様子でも絶望した様子でもなく、目の色は暗い夜空の中にあるたった一つの星のように光り輝いていた。

君の横顔は月面より美しかった。

 

「そう、なんですのね」

 

「さきちゃんは悲しくない…の?」

 

一番星のように光る君の目に吸い込まれる形で私は溢れた。

強制ではなく、脅迫でもない、事故のようだ

 

「とても、悲痛ですわ。言葉に出来ないくらいに」

 

私はとんでもないことをしてしまったのだ。

君の出す美しさに僕は耐えきれなかった。僕は息を呑んだ。

私はきっと期待していたのかもしれない。ボロボロと泣き出してしまう、悲嘆の表情を浮かべる君の横顔を。私は余計、罪悪感に手を引かれた。

ふと見下ろすと、君はスカートの裾を目視で確認できる程強く摘んでいた。これで全てを理解した。愚か者の私は今君を理解したのだ。なんと恥ずかしい、愚かしい、手引かれた罪悪感にいつの間に抱かれてしまっていた。

 

「ごめんなさい…さきちゃん……」

 

大粒の後悔が決壊したダムのように溢れ、零れ、やがて床に落ちる。

床に落ちた後悔は私のように迷子であった。

 

「…燈は、CRYCHICが解散してしまったことを後悔していますか?」

 

突拍子のない質問に私は揺れる。今路頭に彷徨う、迷宮の入り口に立ってしまった私に質問を投げてきた。

 

「後悔してる…ずっと迷ってた、私はあの時何も出来なかった、皆の気持ちがちぐはぐになって、私の気持ちもよく分からなくなって」

 

支離滅裂な私の言葉を君はなんでそんな顔で聞いてくれるの?

 

「私は気弱で、優柔不断で、意気地無しで、みんなになれなくて、なのにさきちゃんは私を見つけてくれて…そんなそんなさきちゃんの大切なバンドを私は繋げることが出来なかった」

 

悔やんでも悔やみきれない。

私はあの時死んでいたのかもしれない。一度、死んでしまっていたのかもしれない。

 

「ごめんね、さきちゃん…ごめんなさい、ごめんなさい」

 

噤んでいた口を開き、君は再び私に問う。

 

「燈は今もバンドを続けているの?」

 

「MyGO!!!!!っていうバンドを…やってて、そよちゃんとか立希ちゃんもいる…」

「さきちゃん達はまた別のバンドを組んでて…」

 

拙く今にも途切れそうな私を拾うような形で君は私の頬を撫でる。

 

「良かった」

 

そう言って君は笑う。

水面に映る星のように君の瞳は潤んでいた。

 

「燈も私も止まっていなかったのね、お互い道を歩んでいる…良かった」

 

「さきちゃん…」

 

「もしも、私達が今でもただひたすらに後悔し続けて、踏み出せていなかったとしたら私は私に幻滅していましたし、燈にもがっかりしていたと思いますわ」

「CRYCHICが無くなっても、燈は1歩を踏み出せたんですのね」

 

「大きくなりましたわね」

 

向けられた言葉が身長でも体格を指しているわけでもないのは確かだった。

我が子を見るような、暖かい目で、潤んだ瞳で私を視界に写している。

 

「私は今でも迷子…迷い続けてる、でも私を必要としてくれている人達がいるから頑張れてるよ」

 

精一杯の強がり、なんかではない。私は心の底からそう思えてるんだ。

 

「本当に…何故か少し寂しいですわね」

 

可笑しそうに笑う。子供のような無邪気な笑顔だ。

その後私は1時間以上、私の世界で起こったことを全て話した。話さずには居られなかったのだ、水を得た魚のように先程とはとは打って変わって饒舌になる。

さきちゃんは私の話を時折相槌を打ち、笑って、微笑んで、悩む素振りを見せた。

 

「それで、それで、」

 

「ふふ、落ち着いて」

 

赤子のように扱われ、私は我が身を振り返り少し恥ずかしくなる。

 

「さきちゃん、次のライブはいつ?」

 

「次のライブは確か…今週末に」

 

「私も出たい」

 

身を乗り出し、さきちゃんの腕を掴んだ。

 

「いいえ」

 

間髪入れずに、さきちゃんは私を拒んだ。

掴んだ腕を振り払う。

私は思わず声が漏れる。動揺と困惑が混じった一言が漏れ出た。

 

「燈、貴方はCRYCHICのない世界で歌っているんでしょう?」

 

「で、でも…またCRYCHICでライブとかやりたい…CRYCHICで歌いたい」

 

何と傲慢なのだろう。

CRYCHICは終わったんだ。なのにいつまで…思い出にしがみついているんだろう。

私が今追いかけているのは幻影なのだ。

 

「ダメですわ、貴方は貴方の選んだ道で努力する責務があります」

 

不安気な表情をしてしまっていたのだろうか、さきちゃんはすぐさま私の様相に気付いたようで頭を撫でた。

 

「大丈夫ですわ、私は貴方を嫌いになったわけでも見限ったわけでもありません。説教がましくて申し訳ないけれど、貴方の為を思っているんです」

「この世界のCRYCHICは私が守ってみせます。大丈夫、燈に誇れるように私頑張りますわ」

 

暖かい、陽だまりのような笑顔が私の不安を払拭するべく光り輝く。

 

「でも…さきちゃんとまたこうやって……会えるのかな」

 

「ええ、わかれ道を辿ってしまってもきっといつか会えますわ」

「きっとそちらの世界の私も燈のこと大好きですもの」

 

「さき…ちゃん」

 

感情が昂る、心の糸がプツンと切れる音がした。

その音を境に涙が溢れてしまう。今日で何回目の涙なのだろう、こんな情けない姿見せたくなかったのに、君の前ではまだ私は強くなれそうにないみたいだ。

 

「私も…さきちゃんが好き」

 

この一言に幾つもの感情、心情、心象を乗せていたのは定かではない。ただ君に伝えたかったから、私は君に救われたから、生かされたから、私に君を愛させる権利をください。

 

「私はもう帰りますわね」

 

一通り話が終わり、さきちゃんは自身の鞄を手に取り、部屋を後にする。

部屋から玄関へと向かうこの瞬間はいつだって寂しいものである。足音が重なる毎に胸の奥から痛みを感じる。

耐え難い孤独感を隠すために、君を手招く。

 

「もう暗いし、せっかくなら泊まっていってほしい」

 

「楽しいお誘いだけれど、明日も学校ありますし、お家の方にも心配をかけてしまいますわ」

 

失敗に終わってしまった、そもそもさきちゃんは私のものではない。

ただもしかすると、私は今日眠りについたら元の世界に戻ってしまうかもしれない。はぐれ者の私はこのまま許されるはずがないだろう。

そしたらもう、この世界のさきちゃんには…会えない。確実に二度と会うことは出来ないのだ。君の背中を追いかけてきた、さきちゃんの後ろ姿を見て、私もこうなりたいと、まだ置いていかないで欲しい。せめて、言葉を君に預けていたいのだ。

電流が走ったように、ひとりでに体は動いた。

 

「さきちゃん…本当にありがとう」

「さきちゃんに会えてなかったら私ずっとひとりぼっちだったし、勇気を出せなかったと思う」

「はぐれちゃった道がこの先で…もし交わる時が来たら、また一緒にバンドやろう」

 

「約束ですわよ」

 

さきちゃんは私の家から飛び出るやいなや、はにかんで見せた。竹取物語に出てくるお爺さんの気持ちはこんな気持ちだったんだね、君は月に還っていくのかな。切なくて、ほろ苦くて、今だけは満月が憎たらしい。太陽も満月も私を許さなくていいから、この時間が続いて欲しかった。

アブラゼミの音色を背に、世界を超えた指切りを君と交わした。

 

先程まではあれほど賑やかだった自室はあっけらかんと静まり返っている。空のコップが今の私を映していた、コップなんかじゃ今の私を受け止められるわけないのに。

そして私は深い眠りに誘われる。きっと時間が来たんだ、私を迎えに来たんだ。

寝言を言うならばきっと…

 

「さき…ちゃ…」

 

 

時計の音が心地よい。チックタックとただひたすらに長針と短針がワルツをしているように聞こえる。更に微かに聞こえるセミの声がマッチして舞踏会が開かれていた。

まだ寝ていたいと私の奥底で嘆いているのかもしれないが、シーツを被せてその声を閉ざす。

 

「あっ…」

 

寝起きにビクッとしてしまう、人間だったら誰でも起こる現象で目を覚ます。

体勢が悪かったのか、それとも別の要因なのか寝た気がしなかった。

これはきっと別の要因の方で間違いは無い。

 

「燈、起きた」

 

聞き慣れた声がする方へと目を向けると、そこには猫が空になったパフェを物寂しそうに見つめていた。恋する乙女とは楽奈ちゃんのことを指しているのかな。

 

「らーなちゃん、おはよう」

 

眠い目を擦ると、目の前にはあのちゃんも眠っており、どうやら睡魔に負けたようだった。

宿題として配られたテキストの上で気持ちよさそうに寝ている。口を大きく開けて、八重歯が少し顔を出していた。

 

「燈、大丈夫?もしかしてまだ体調悪かった?」

 

“高校生”の立希ちゃんが子を思う母親のような慌ただしさで私に詰め寄る。

毛布がかかっていたため、これは立希ちゃんが掛けてくれたのだろう。暖かい。

 

「あれ、そよ…ちゃんは?」

 

「そよはもう帰った、今日家族と外食に行くらしくて」

 

どんな巡り合わせなのだろう。

少し可笑しくて、口元が綻び、声を上げて笑ってしまった。

不思議そうに見つめるらーなちゃんと立希ちゃんを横目に、私は窓から見える月を見つめる。

織姫と彦星だったらどれほど良かったのかな。

 

またいつか。

 

 

今日の練習が終わり、またダメだったと自分を責める。どうして私は上手くできないんだろうと自己嫌悪に苛まれてしまう、私の悪い癖でもある。

人間になりたいのにな。ただ、さきちゃんにはいつもより5割増くらい褒められたような気がする。変なことも言ってたっけな、こちらの世界がどうとか…怖い本でも読んだのかな。

家に着くなり、疲れた体を癒すため、お風呂を沸かし、沸き上がるまで今日思いついた歌詞を言葉をノートに記していこうと思う。

ずっと歌いっぱなしだったからか喉が渇いたため、冷蔵庫を開き、飲み物を取り出すと、ある異変に気づくことになる。

 

「牛乳が減ってる」

 




誤字脱字、キャラ崩壊等ありましたらごめんなさい。

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