田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
カイナ大公国の参謀、魔法技師たちが詰めかけ、騒然たる地下指令室。天井より懸架された大型パネルに映し出される地上の戦況には、捨て身の突撃に打って出た有翼の戦士と、巨大な触手の怪異が砕け散る光景があった。歓声の溢れる室内にあって静かにその全てを見届けた少女は、己が最も信を置く騎士へと無線を飛ばす。
「ウナよ、敵の共鳴シグナルの出力低下を確認した。今ならば確実に封殺できよう。只今を以て作戦を第三段階へ移行する」
一呼吸、目を瞑り息を吸う。地の底から犠牲を強いるばかりの己への仄かな嫌悪を握り潰し、成すべきことを成すために、言葉を紡ぐ。
「キラウ・トㇺ・クト゚ネシㇼカ・ル・カイナの名に於いて勅命す。この機を逃すな、親衛騎士団は直ちに出撃し、我がカイナ大公国の敵を撃滅せよ」
「御意のままに」
短い応答の後、死地へと歩み出す騎士たち。画面越しに見る彼らの背中に、キラウは独り言ちる。
「……頼むから、死んでくれるでないぞ」
その呟きは、喧騒の中に消えた。
「……さて親衛騎士団諸君、仕事の時間だ」
親衛騎士団総勢50騎は物資搬入用エレベーターに整列し、地底より戦場へと向かう。参戦を待ちわびる騎士たちが身に纏うのは、82式戦術鉄帽、防弾チョッキ11型特、88式重突撃銃、89式刺突爆雷など、多くが音威子府要塞からの出土品をレストアしたものであり、それら戦闘装備の上から深い国防色の外套を羽織っていた。その姿は、正しく先史時代の日本防衛陸軍強化歩兵部隊の亡霊と呼ぶべき有様であった。
「第一および第二分隊はオクタマ共和国外人部隊の排除、並びに敵陣内に取り残されたハトノス空挺隊隊長、ゼフを救出する。第三、第四分隊は撃墜されたハトノス隊を回収し、要塞内に収容しろ。第五分隊は要塞魔法陣の展開支援に当たれ、伝達は以上」
騎士団長ウナの言葉は、フルフェイスの戦術鉄帽に搭載されたデータリンクシステムを介して騎士団の総員に伝えられた。やがて地上が近づき、頭上の搬入口がゆっくりと開き始める。扉から差し込んだ一条の光は、重苦しい鉄の軋みと共に蒼褪めた空へと変じた。
「……総員、抜刀」
今や彼らは戦場にあり、眼前にあるのは、敵の群れ。
「──公国の荒廃この一戦にあり!!! 各員一層奮励努力せよ!!!!!」
祖国を滅びより救う。かつて叶わなかった悲願を果たすべく、亡霊は約束の戦場へと帰ってきた。
喊声の怒号を以て応答と変え、左手に重突撃銃、右手に刺突爆雷ことパイロブレードを構えた親衛騎士50騎は、突撃を開始した。
……ウナが立案した田中リリス討伐作戦は全三段階に分かれていた。ゼフに挑発させ、音威子府要塞まで標的を誘導する第一段階。標的から要塞周辺からの移動能力、共鳴シグナル発信能力を奪う第二段階。そして標的を抹殺する第三段階である。
第二段階では田中リリスをキルゾーンから取り逃がさないことが何より重要であり、彼女の警戒心を刺激しないために要塞の能力活用並びにカイナ大公国の戦力の投入は避けられた。創案者であるウナを筆頭にハトノス隊のみでの作戦遂行を不安視する声もあったが、最終的にハトノス隊隊長ゼフの「針が見えてる餌に食いつく魚はいねぇだろ。俺たちのことは低出力の共鳴シグナル程度で気を大きくしたガキだと思い込ませるのが得策だ。……それに、俺たちは殺されねぇしな」との進言により、戦力の温存が決定された。
そして実戦においては、標的の発する共鳴シグナルの出力が想定以上であったこと、そしてオクタマ共和国外人部隊の練度が予想を遥かに超えていたために、ハトノス隊は大いに苦戦を強いられた。しかし、彼らは成し遂げた。肉体を破壊された田中リリスはその再生にリソースを奪われ、要塞にシグナル出力で対抗することは不可能となり、魔法と指揮官を同時に失った外人部隊は烏合の衆も同然である。
「……残すところは止めを刺すのみ、か。期せずしていつものドラゴン狩りと同じ布陣となった訳だ」
突如として地の底から現れた正体不明の武装集団から奇襲され、驚愕に顔を歪める外人部隊を切り捨てながら、ウナ率いる第一、第二分隊は敵中央への突貫を続ける。彼らの成すべきは、極大魔法を妨害しうる敵戦力を可能な限り排除しつつ、先の肉弾攻撃後に田中リリス共に墜落したゼフを救出、安全な要塞内へ移送することであった。
「待っていろ。今、助けに行く」
要塞の前面に広がる谷合いの平野、そのほぼ中央。田中リリスが墜落したのはそこだ。ならば奴もその付近にいるはずだ。魔法も使えず、剣を振り回すばかりの敵に片端から銃弾を叩き込んで黙らせつつ、彼らは進撃する。これから焼き尽くされる大地から、身を賭して戦った戦友を救うために。
「ウナよ、聞こえておるか?」
「はっ、確と」
「そろそろ始める。振動に備えよ」
主君の言葉に続き、戦場のカオスに激震が走った。要塞を構成するナノマシンが一斉に活性化し、魔力の燐光が大気に振り撒かれる。
極大魔法。それはカイナ大公国にて考案された、音威子府要塞を構成するナノマシンを総動員して発動される超高出力の攻撃魔法である。この魔法は大量のナノマシンを一元管理する制御装置の欠如により、これまでは机上の空論に甘んじてきた。だが、先史文明の後継たるオクタマ共和国より齎されたH.O.P.E.の存在が全てを変えた。
「……インシニレーション、スタンバイ」
理論は現実へ。地表を走った幾何学パターンに沿い、幾本もの尖塔が地響きと共に聳え立つ。それは大公キラウの描くまま戦場に横たわる肉塊を中心に捕らえ、巨大な環状石籬となった。巡る魔力、迸る雷光、円環の内側にある全てを焼却するべく、尖塔群は力場の内に要塞の全エネルギーを集約し始める。
「女王よ、業火の前に燃え尽きるがいい」
そして大公の名の下に、処刑のカウントダウンは始まった。
「──リリス様! ファズ隊長! ご無事ですか!?」
部下の焦りが滲んだ声。墜落に巻き込まれて気を失っていた外人部隊隊長ファズは、覚醒するや即座に起き上がって抜刀し、周囲に鋭く視線を走らせる。
「……ああ。私も、閣下も、生きてはいる」
辺りに散乱し、私の体にもこびり付いている肉片は恐らく神聖独裁官閣下のものであろう。であれば横に転がっている巨大な肉塊が閣下か。まあこの程度で死ぬお方ではないので今は問題ない。ゼフ殿の姿が見当たらないのがあらゆる意味で気がかりだが……いや、黒い翼が肉塊の下敷きになっているのが見えるな。微動だにしない様子からして気絶しているらしいし、あの位置なら意識を取り戻しても即座に抵抗することはできないだろう。一旦は捨て置く。
問題は知らぬ間に生えていた謎の柱だ。円を描き、こちらを取り巻くように並ぶそれらは明らかに濃密な魔力を帯びており、しかも徐々に出力が上がっている。もう見るからにヤバイ。火花とか散ってるし。
おまけに見知らぬ武装勢力が次々と部下たちを襲っており、その内の一団がこちらに突っ込んで来ているのが見えた。状況から察するにカイナ大公国の兵力だろうか? 部下たちが魔法を使っていない辺り、閣下がこうなったと同時に魔法は使用不能となったのだろう。敵はハトノス隊が用いるような大砲も装備しているようで、グライダーが次々と撃墜されており、高度優位すら失われつつある。つまり刀一本で魔法と先史時代の兵器を振り回している連中に対抗しろと、はあ。
数秒の内に状況の全てを認識したファズは、明らかに外傷とは無関係の激しい頭痛に襲われた。私に、どうしろと言うのか。
「……全くいつでもどこでも、家庭内不和の解消というのは本当に面倒な……。家出だの将来の夢だの過干渉だの、原因がなんであれ家族喧嘩なんぞ当事者間で解決して頂きたい……。閣下もゼフ殿も巻き込まれてとばっちりを食らう周りの人間の事を何だと思われていらっしゃるのか……」
「た、隊長……? 大丈夫ですか……?」
「今の私がァ! 大丈夫に見えるかァ!??」
それは魂の叫びであった。混乱を乗り越え、君主を守るべく集結しつつあった外人部隊一同はその気迫に思わず怯んだ。
「だがァ! 大丈夫であろうがなかろうが! 仕事はしなくてはならない!!! 私たちは軍人だからなァ!!!!!」
「で、ですが隊長! リリス様がこうなってしまったのでは魔法が使えま──」
「喧しい! 女々しいことを抜かすな! 今何とかするから少し黙れ!!!」
「はっはい……」
ファズは刀を地面に突き立て、自由になった両手を広げて睨みつけた。この両腕は、そして大地を踏みしめる両足は、閣下からの賜りものに他ならない。決して忘れようのない大恩である。
「私の五体の内、両腕両足は元は閣下の血肉。つまり私の五分の四は田中リリスで出来ている。よって私はほぼ閣下と言っても過言ではないだろう」
「……いや過言だと思いますよ」
「ならばできるはずだ。ノイズとやらへの対抗。私にも、閣下と同じことが……」
サイタマ帝国時代、強化手術を受けたあの時から意志の強靭さにだけは自信があった。新たな力を手に入れるために必要なのは、それを手にした己の姿をイメージすること。そのイメージを肉体に投影すること。あのクソったれな手術と虐殺じみた戦場を生き延びた私にならできるはずだ。できなければならない。やれるやれる。できると思い込め! こんな所で!!! 死んでたまるかってんだクソボケがーッ!!!!!」
「……エンチャント・サンダー」
詠唱に続き、青天の霹靂が突き立てられた刀身に打ち込まれる。柄を握り、引き抜かれたそれは、確かに雷の力を宿していた。
「……これより、外人部隊の総力を以て神聖独裁官閣下をお護り申し上げる。優先攻撃目標は露骨にヤバそうな周囲の柱、これを確実に破壊しろ。敵については撃破に拘らず、閣下に近寄らせなければそれでいい。そして閣下が移動可能になるまで回復出来次第、全力でこの戦域を離脱する。後方に残してきた7、8番機の部隊は未だ万全、異変を察知してこちらに向かっているはずだ。彼らが退路を切り開いてくれれば勝機はある」
希望は未だ残されている。ファズは紫電を散らす刀を振り上げ、総員に号令を発した。
「作戦続行! 先史文明の化石を有難がっている時代遅れ共に!!! 魔法戦士の力を思い知らせてやれ!!!!!」
「イエス・マム!!!!!」
斯くして元騎士たちは再び立ち上がり、戦場を駆ける。今度こそ、己が武勇を世に知らしめるために。外人部隊としての新たなる忠節を果たすために。
──北の果ての戦場で、騎士たちのプライドが激突する。
(読まなくてもいい自我)
元々この小説は「母なるものとメスホモ経産婦とケモ耳ロリオカンの三人から君の好きなママを選んでオギャるんじゃ!」程度のノリで始めた企画だったはずなんです。はずなんです……