「基本的に、竜が造られる背景にはろくなことがありません」
白き竜たちを導いて外の世界を目指した少女と、外の世界から訪れた調査隊の記録。

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本作では、場面が頻繁に切り替わる描写があります。ご留意いただけますと幸いです。





とある少年と造竜少女たちのお話

 

 こぽり、ぽこん、と。

 いくつかの気泡が、小さく開いた口から溢れ出ては浮かび上がっていく。

 

 大きな繭の中に満たされた、命を育む水の中。やさしいゆりかごの中で。

 それは今、目覚めようとしていた。長い長い眠りが今、終わろうとしていた。

 

 その体は驚くほどに白い。血の気というものをまるで感じさせない、無機質なほどの白色だ。

 それでいて、その肌は張りがあり、髪はきめ細やかだ。見る人が見れば──たとえば、人形師がそれを見たなら、いったいどんな素材を使っているんだと驚嘆することだろう。

 

 赤子と言えるような見た目は、していない。その繭自体は、生き物の卵や胎内のそれといって差し支えないようなものなのに。

 いわばそれは、完成品として出てこようとしていた。出産というより()()だ。それでいて、紛れもない命がそこには宿っている。

 

 長い時間と、たくさんの資源を費やして。

 慎重に、大切に造られた命が────少女が、目を開く。

 

 その直後に。どこからともなく現れた白い鱗片が、少女の顔を覆った。

 鼻や口までも覆い隠し、目の辺りで花開いたそれは、貴人がその身分を隠すために身に着ける仮面のようだった。

 そうして、小さく呟く。吐き出された泡に言葉を乗せるように。

 

『起動──』

 

 

 

 少女を造り出さんとする繭の、その繭を吊り下げている糸の根元。

 何十本、何百本もの管が束ねられ、どこかへと伸びていく。閉ざされた暗い空間の中で、青白い光が(ほの)かに明滅している。

 人が押し入った形跡はない。しかしそこには、墓標にも似た長方形の碑が立ち並んでいた。

 

 遥か千年前に打ち捨てられた都市の、心臓部にそれは埋められていた。

 すり鉢状に低くなっていく都市の構造によって、何重にも覆い隠されている。突き破られたかのように崩れ落ちている天井部だけが、その中身を垣間見せていた。

 

 螺旋状の管の群れがうごめく。

 生物の血管が脈動するように。血液にも似た何かを絶えず送り出し、栄養を供給している。

 生物でいうところの、成長を続ける筋骨のようだ。工業でいうところの、稼働し続ける培養槽のそれだ。

 街ひとつの規模で、何かを造り上げようとしている。その()()が人の理解の及ぶところではなくとも、その意図だけははっきりとしていた。

 

 螺旋の管の収縮に沿って、その壁面に水面(みなも)にも似た青白い模様が浮かび上がる。

 そんな中で、先の墓標のような碑に、ぼんやりとした光が浮き出た。

 それは、文字だった。明らかに、人の手によって作り出された()()だった。

 

 しかし、その文字が意味するところは、たとえ、この場に人がいたとしても分からないだろう。

 旧い時代の言語。周辺の荒廃した都市と同じように、人の歴史から忘れ去られていった文明の欠片だ。

 その碑は、今や誰にも読み解かれることのない文字を浮かび上がらせ続ける。

 まるで、何かを啓示しているかのように。

 

『研究体──■■■─ 護竜ヒト』

 

 

 

 

 

 胎動する地下の、また別の場所では。

 城塞都市の全てがそのまま遺跡と化したこの地を、人々は竜都と呼んでいた。

 広大な砂漠や森を経て、この竜都に辿り着いた人々は、小さいながらも調査を行えるだけの拠点、ベースキャンプを作り上げるに至っていた。

 

 今このときも、たくさんの物資を載せた荷車が、拠点に到着しようとしている。

 食糧や建材のみならず、数多くの武器や防具が積まれているその様は、今、この地が決して楽観できる状況にないことを表していた。

 

「おおーい、久しぶりだなあ」

「待ちくたびれたぞ! どっかで足止めでも食らってんのかと思ったぜ」

 

 軽口を叩きながら互いを労う彼らは、禁足地調査隊という組織の下で動いていた。

 各地の原住民と折り合いをつけながら、竜都の調査を進めている。拠点の外では、常に危険と隣り合わせだ。

 

「砂原とか緋の森はどんな感じだ?」

「いやあ、相変わらずだな。竜乳の湧き出しが止まらん。天候のサイクルは落ち着いてきたんだけどな」

「竜都の外もか……どこもかしこも竜都の跡形っぽくなってきたな」

「モンスターも落ち着きがないというか……異常気象が過ぎた後もヌシがいなくならないんだよ。おかげで荷車ひとつ動かすのにも難儀した」

「うげ……ご苦労なこった」

 

 腕を組んでしかめっ面をする調査隊員たち。

 彼らの後ろで、荷車からひょいと飛び降りる人の姿があった。

 

「お? 今降りたのはずいぶんと小さい子だな。集落の子どもか?」

「いやいや。歴としたお仲間さ。話に聞いてないか?」

「んん? ……あぁ、ひょっとして、あれが」

「そう、しろがねの──」

 

(しろがね)の隊、アイリアンです」

「うおっ」

 

 背丈の高い二人の間から、銀髪の少女がひょこっと顔を出す。

 さっきまで荷車のそばにいたはずの子が突然目の前に現れて、彼らは思わず身をのけぞらせた。

 子どもと間違われるのも無理はない。成人男性より二回り近く小さな背丈に、金属のような艶のある髪。

 銀色のワンピースに袖を通しつつ、真っ白な素肌をさらすその姿は、陽射しというものを知らない箱入りのご令嬢を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

「アリア、もしくはアインとお呼びください」

「お、おう……」

 

 少々、お転婆ではあるようだが。

 加えて、初対面の彼は気付いた。

 その少女が身に着けているワンピースが、一見して布生地のように見えるだけで、明らかに金属光沢らしきものを放つ、鎖帷子に近しい鎧だということを。

 奇しくもその輝きは、竜都を流れる、ある特殊な流体の放つ光と似ていた。

 故に、彼が彼女に対して最初に抱いた印象には、単純な驚きだけではなく──。

 

(人の見た目はしているが……実は護竜(ガーディアン)だったりするんじゃないか、こいつ)

 

 少なくない疑いが、向けられることとなった。

 

 

 

 竜都の外のフィールドでも液状の竜乳が湧き出す、そんな事態はこれまでにないことだった。

 禁足地調査隊はこの件を重く受け止めて、各フィールドの拠点に戦力を集めている。

 特に、竜乳の発生源である竜都には重点的に人員が集められた。スージャの里や大集会所といった郊外の拠点から、人や物が次々とやってくる。

 

「やあ、加工所に空きってあるかな?」

「皆さん、お疲れ様です」

 

 物資を運んできた荷車に続いて、セクレトに乗って黒髪の少年と金髪の女性が竜都の拠点へとやってきた。

 

「ジェマ、それにナタも来たのか! 調査隊からのお許しは出たのか?」

「はい。ファビウス隊長の許可をいただいています」

 

 隊員の声掛けに丁寧に応じる少年は、子どもの体格に合わせたレザー装備を身にまとっている。

 訳あって初期のころから調査隊に加わっている彼だが、禁足地に来たばかりの頃は、簡単な受け答えもおぼつかなかった。

 それが今や、ここまでしっかりとした話ができるようになるなんて、と、感慨を覚える隊員も多い。

 

「ナタ」

 

 黒髪の少年の来訪に、白い少女、アイリアンも顔を上げた。

 彼を視認するや否や、とととっと駆け寄っていき、拠点の人々への挨拶が一段落したタイミングで彼の目の前に立つ。

 

「わっ、あ、アイン……こんにちは」

「こんにちは。ナタもここに来たのですね」

 

 以前のナタは、アイリアンと相対する(たび)にしどろもどろになっていた。

 しかし、何度も彼女に突撃されるうちに慣れてきたのか、今は少し身を仰け反らせるだけで、自然な対応ができるようになっている。

 ナタはアイリアンのお気に入りだ。

 その理由はナタ自身も知らないが、傍から見た彼らは、少年少女の微笑ましい会話のようにしか見えない。

 

「うん。護竜(ガーディアン)が関わることなら、できるだけ見ておきたいから。アインは前線に出るために来たの?」

「はい。あなたと同じ理由です、ナタ」

 

 アイリアンはナタをまっすぐに見ながら答えた。

 その瞳は赤く、無機質な光を宿している。透明につくったナナイロカネを宝石細工にすれば、このような眼がつくれるだろうか。

 そして、彼女の言うことはつまり、彼女もナタと同じく護竜と何らかの縁を持っていると自ら明かしているようなものなのだが。

 ナタもまた、それについて言及することはなかった。

 

「特に今回は、当機(わたし)が出撃するべき案件です。予感、推測、直感……ここではやはり、予感というべきでしょうか」

 

 白の孤影、アルシュベルドを調査隊総出で追っていた時ですら、銀の隊は表舞台には出てこなかった。

 それが、今になって前線に出てこようとしていることに、ナタは不思議な感覚を抱いた。

 アイリアンの発する『わたし』という言葉が独特な抑揚を持っているように、読み取りようなないものを探ろうとしているかのような、そんな感覚だった。

 

「話し込んでいるところ悪いけど、アインちゃん、君の防具も完成してるよ」

「本当ですか?」

「もちろん! 大変な注文だったけど、君の要望は満たせてるはずだよ」

 

 ナタに同行していた金髪の女性、ジェマが、アイリアンとの会話を引き継いだ。

 ナタに別れの挨拶をして、ジェマとアイリアンは拠点の加工所へと向かう。

 すれ違う人の多さが、いつもよりもずっと多い。それだけの備えが必要な状況ということだ。

 移動式の炉は小型ながら、調査隊の面々の需要に応えるべく、休むことなく稼働していた。

 ジェマのために用意されたスペースに、彼女は手慣れた様子で立ち入っていく。

 

「物資班とか加工所の人たちが、アインちゃんのことをおもしろがってたよ。風変わりな注文をする仲間がいるってね」

「たしかに、困ったなとか、まいったなと、よく言われます」

「ま、こっちとしてはいい刺激になってるからいいんだけど! 君の注文を面倒くさがる人なんて、調査隊にはそうそういないよ」

 

 ジェマはそう言いながら、加工所に届けられた物品の中から、お目当ての装備を見つけ出した。

 よっこらせ、という掛け声とともに表に出されたそれは、鈍い黄緑の光沢を放っている。

 モンスター素材の防具というより、鉱物ベースの装備であるのは明らかだが、それにしても、その造形は異彩を放っていた。

 

 細く継ぎ目のない流線型の外装に、全身に張り巡らされた歯車機構。

 足装備に至っては、トゥシューズのようなつま先立ちのつくりになっている。

 おおよそ、人が装備するとは思えないようなデザインだ。

 

「アーティア一式、完成……っていうより、復元っていうべきかな」

 

 まさかこんなところで、かつて遺跡から発掘された武器や防具を復元していた経験が活きようとは。

 ジェマはそんなことを思いながら、アイリアンの方を見た。彼女は、一揃いの防具を熱心に眺めている。

 

「触ってもいいですか?」

「もちろん。なんなら装備しちゃってよ。簡単な調整はここでやっちゃいたいし」

 

 ジェマは冗談交じりにそう言う。

 実際は、あのアーティア防具はそう簡単に着脱できない。一応、各部位ごとに外れるようにはなっているが、本当にそれだけで、布のように解けたりはしてくれない。

 つまり、各部に備え付けられた無数の歯車を調節して、内部の空間や関節部分の曲がりを見ながら装着しないといけないということだ。

 初見で、かつ一人でこなすのはまず無理だ。

 アイリアンの試着を助けるべく、視線を投げかけたジェマだったが。

 

「感触は良好です。よく馴染みます」

 

 そこには、まるで靴を履くくらいの気軽さで脚部分(グリーヴ)を装着したアイリアンがいた。

 あまりの早着替えに、狐につままれたような顔をしていたジェマだったが、どうやら目の錯覚というわけでもないらしい。

 アイリアンは続けて、腕部分(アーム)の装着に取り掛かった。

 前に、彼女にレザー装備を貸し与えたときには、帯や紐を締めるのにもやたらと難儀していた。意外と不器用なのかも、と思っていたところに、これだ。

 

 アイリアンが、アーティアアームに手を差し込んだそのとき。

 彼女の腕が、まるで軟体動物のようにぐにゃりと動いたように、ジェマには見えた。

 銀色の雫が、アイリアンの足元にぱたたっと滴る。

 気が付けば、両腕ともあっさりと装着が終わっていた。

 

 この防具を作るにあたって、そのまま復元するのではなくて、ある程度人の体型に合わせた改造をしようか、とジェマは提案した。

 いくら頑丈でも、身に着けることができないつくりでは防具の意味がない。

 加工屋の(さが)とも言える彼女の提案を、しかし、アイリアンは丁重に断っていた。

 

 彼女の言う「よく馴染む」という感想は、ジェマが思うよりもずっとその言葉通りだった。

 人のために作られた防具よりも、古代の、古の人々や機械のために作られた防具の方に、アイリアンは適性があるのかもしれない、と。

 ジェマは、そんなことを考えずにはいられなかった。

 

 

 

 隔ての砂原の地下には、リュウヌ石がよく採れる水脈がある。

 今、その水脈は白く濁りつつあり、水底には大量の竜乳が湧き出ていた。

 緋の森の花畑でも、地面や岩場から白い竜乳が染み出て、沼のように草花を埋めようとしていた。

 

 各地で溢れ出した竜乳は、その量からして、かつてない規模の異常気象をもたらしてもおかしくない程だった。

 実際、この現象が起こった直後は天候が大きく乱れたが、次の日以降は不思議と元の天候に戻っていた。

 人々はひとまず胸を撫でおろしたが、同時に、これから何かが起こるという予感を抱かずにはいられなかった。

 あまりに都合のいい出来事の背後には、そうなるように強制するような力が何かしらはたらいているものだ、と。

 

 原住民たちの日常生活に支障が出ないようにできるだけ配慮しながら、調査隊による観測は日々続く。

 そうして、大方の予想通りに、均衡は破られた。

 

 もう十分に予兆は示しただろう、とでも言う風に。

 竜都の跡形の地下から、地鳴りの如きおどろおどろしい音が響き渡り始めた。

 

 

 

「は、ハンターのみなさん! 大変だ!」

「あんたんとこのお仲間が……!」

 

 竜都の下層から駆け上ってきたのだろう。ぜいぜいと息を切らせたシルドの守人たちが、調査隊の拠点へとやってきた。

 彼らは竜都の民の末裔で、竜都に住まう生き物たちを昔からずっと観察し続けている。

 そんな彼らの習慣に対して、調査隊は護衛のハンターを付けることで、この不穏な状況に折り合いをつけていた。

 しかし今、彼らの傍にハンターの姿はなく、彼らだけが逃げ帰ってきたということは。

 拠点内の人々が、にわかに騒然とし始めた。

 

「支援部隊の編成を! 緊急クエストを出して!」

「付いていってたのはミナだったよな? よっぽどのことがない限り死にはしないだろうが……」

 

 次の瞬間、ごうっという風の音がベースキャンプに響き渡った。

 誰も彼もが顔を見合わせ、ハンターたちは弾かれたように拠点の出口へと走っていく。竜都の破れた天蓋と空が見える場所へと。

 ハンターたちにとって、それはとても聞き馴染みのある音だった。誰もが一度は、そうやって空を仰いだのだ。

 あの音は、飛竜が力強く羽ばたいて飛んでいったときの。

 

「護竜リオレウスだ!」

「あれは……竜都の外に飛んでいってる?」

「まさか。原種の見間違いじゃないのか?」

「あの白さでどう間違えっていうんだ。それに……うわっ!?」

 

 ハンターたちが言い合っている間に、さらに一陣、強い風が吹きつける。

 今度は見間違えようもない。原種とは異なる、白い模様の刻まれた大翼が、人々の目にはっきりと映った。

 かの竜は、普段は目の敵にしている人々には目もくれずに、竜都の空へと向かって羽ばたいていく。

 その姿は、かの竜が模倣した空の王者、火竜リオレウスを彷彿とさせるものだった。

 

 複数の護竜リオレウスが、竜都から飛び去っていった。

 それだけでも歴史的と言えるほどに大変なことだが、事態はそれだけに留まらない。

 

「向かいの方を見てみろ。あれは護竜オドガロン亜種だ……あいつも外に出て行こうとしてないか!?」

「アンジャナフ亜種、それに護竜ドシャグマも後に続いてる。これはいったい……」

 

 地の底から湧き出たような大型モンスターの群れに、人々は言葉を失う。

 しかし調査隊の中には、この光景に既視感を覚える者もいた。

 

 モンスターの大移動。普段は自身の生活圏から出ようとしない竜や獣たちが、その垣根を超えて外へと向かう現象。

 モンスターの行動には必ず理由がある。彼らが揃って特異な動きを見せたなら、それには必ず、相応の背景があるはずだ。

 ましてそれが、これまで決して竜都から離れることのなかった護竜たちともなれば。

 

「まさか、また……?」

 

 ハンターたちに混じってそう独り言ちた、調査隊見習いの少年、ナタは。

 そのとき、一瞬、何者かと視線が交錯した気がした。

 

 見間違いか単なる錯覚だろう、と思ったが、反射的に視線を引き戻す。

 ナタは先ほどまで、竜都の底の方を見下ろしていた。

 そこに人はいないはずだし、仮にいたとしても、あえてこちらを見上げるようなことをしなければ、目が合うことはないはず。

 こんなことをしても無意味だ、早く拠点に戻って手伝いをしなければ、と切り替えようとした、そのとき。

 再び、視線がかち合った。

 

「あれは……」

 

 今度こそ、ナタは自分の目を疑った。

 それもそのはず、彼の目には、彼と目を合わせた人物が、竜の背中に乗っているように見えたからだ。

 そう、明らかにそこにいたのは人だった。一瞬、調査隊か守人の誰かかとも思ったが、直感が違うと告げている。

 その姿は白く、他の護竜たちと見分けがつかない。しかし、どう見ても人のかたちをしている。

 距離は遠く、細かな容姿までは判別できない。けれどそれは、見間違いでなければ、少女の姿をしているような。

 

 背後で、調査隊員たちの慌てた声が聞こえる。

 

「ミナが戻って来たぞ、担ぎ込まれてきた! 気を失ってる……すぐに医療テントに運んでくれ!」

「シルドの人たちに、決して外に出ないように呼びかけて! 家かシェルターにいるようにと!」

 

 緊迫した状況であるにも関わらず、ナタはその場から動けなかった。

 銀の隊の少女、アイリアンがナタの様子に気付き、声をかけようとしたそのとき。

 彼の口から、彼にとっても無意識だろう、小さな呟きが零れた。

 

「アイン……?」

 

 

 

 竜都の跡形の、下層部。

 竜都の秘密を保管する場所であり、今もなお稼働し続けている工場(プラント)でもある。

 大小さまざまな繭がひしめき合う、巨大な蟲の巣のような部屋で、今、新たな命が生まれ出ようとしていた。

 

 ぶつっ、と、なにかが引き千切れるような音が響く。

 人の背丈の何倍あろうかという大きさの半透明な膜が、内側から押し出され、破れ目が広がっていく。

 やがて、ばしゃあ、と生々しい音を立てて、多量の水と共に、繭の中から何かが転げ落ちた。

 

 無造作に投げ捨てられた肉のように、それは地面に転がった。

 しかし、十秒としないうちに、それは自身の手足を使って立ち上がる。

 

 生物ではあった。けれど、それは雛や幼体とは決していえない姿かたちをしていた。

 十分に発達した筋肉、十分に機能する脳。生まれ落ちたその瞬間から、彼らは戦いにその身を投じることができる。

 護竜(ガーディアン)に雛は存在しない。人はその見た目を成体と呼ぶが、彼らの側に成長段階の概念はない。

 

 生まれて間もない護竜が、咆哮を放つ。

 その喚声に呼応するかのように、いくつもの繭が一斉に蠢き始めた。

 ばしゃばしゃと地面を水に濡らしながら、何頭もの竜たちが同時に生れ落ちる。

 

 彼らは連鎖するように咆哮(うぶごえ)を上げた。多様な光が、繭の抜け殻を明るく照らした。

 青白い雷が弾ける。背中の皮膜から迸った雷は空中へと流れ出し、ばちばちと音を立てていた。

 真っ赤な炎が滾る。吐息と共に漏れ出た火は空気を揺らめかせ、翼の羽ばたきによって火の粉が舞い上がる。

 赤黒い煙が噴き出す。赤雷を咥内で燻らせ、牙からは黒い涎が滴り落ちる。

 次々と属性を発現させる彼らの足元を、無数の白き羽たちが駆けていく。うねる川の流れのように、その数は他を圧倒していた。

 

 今や、その空間にある命の数は、人の集落に並び立つかというほどに過密だった。

 それぞれ異なる造形の彼らが密集すれば、自然の摂理として、何が起こるかは簡単に想像がつく。

 その、はずだった。

 

 静かだ。決して無音ではないものの、不気味なほどに静まり返っている。

 各々の生誕を咆哮で示してから、何者も声を発していない。全く争い合わない。翼を持つ護竜も、獣の護竜も、小さな護竜たちも。

 やがて、彼らはそうと決まっているかのように、ある方へ向けて歩き出した。

 螺旋を登っていく坂道、竜都の上層へと。

 整列、行進。自然の中で度々起こる竜の大移動とはまた異なる。ある種の秩序を保ったその行動は、どこか、人の都市にある軍隊を彷彿とさせた。

 

 それぞれの護竜たちの息遣いと足音が、洞窟に吹き込む風のように反響する。

 そんな彼らを、待ち受ける人の姿があった。

 

 真っ白な肌に、真っ白な髪の、少女。

 ところどころ、紋様のような黒い筋が入る。目は、花びらを模した仮面に覆い隠されて見えない。

 質素な服を着ていた。今に生きる人の作る服の何れとも異なる、滑らかな質感の衣が風に揺れる。

 

 護竜の群れが立ち止まる。少女はそれに向き合った。

 護竜たちの黒い眼が、目の前の少女ただ一人に向けられている。

 数十、数百もの眼差しに全く動じることなく、少女は彼らを見渡した。

 すう、と息をする。彼女の声は、不思議とよく通った。

 

『状況は整った』

『氷の街、火の谷、水の森。竜都の支配の及ぶところ、全てにおいて、あなたたちは補給を行うことができる』

『我々は龍灯が傍になければ生きられない。竜都の檻から逃れられない』

『今、その枷を取り除こう』

『どうか恐れないで。竜乳の湧き出す場所へ向かって。竜都の外へ出て、大空を飛び、大地を駆け回ってほしい』

 

 果たして、護竜たちからの応答はなかった。歓声も怒号もなく、ただ息遣いが聞こえた。

 人の言葉で伝えること、それ自体に意味はない。

 しかし、彼らが彼女の言葉を解する必要もまた、ない。

 これはある種の宣誓だ。人の声帯と言語を使うことに()()がある。

 竜都という、何もかもが人によって造られた空間で、人によって造られたものたちが、人の言葉で意志を表す。

 

『我々の存在を、大地へ知らしめるために』

『護竜という種の、存続のために』

 

 

 

「今回の作戦は広範囲に展開される。ほぼ禁足地全土と言っていい。各隊は、それぞれ打ち合わせたフィールドへ向かってくれ」

 

 竜都からやや離れた峡谷、竜谷の跡地と呼ばれる場所で、ある女性が鋭く指示を飛ばしていた。

 彼女は調査隊の指揮を執る者のひとりであり、同時に現役のハンターでもある。

 武器と防具を十全に装備し、自らもまた翼竜と共に飛び立とうとしていることから、その身の振り方は明確だ。

 表情は厳しい。しかし、彼女と付き合いが長い者が見れば、いつもより多少険しくなった程度だ、と言うだろう。

 その様子からは、事態を安易に最悪とはみなさず、状況はまだ制御できると判断して手を打とうとする意思が垣間見えた。

 

 オリヴィアと呼ばれる彼女を筆頭として、翼竜や信号弾などの遠隔伝達手段を駆使して、調査隊の面々がフィールドへと駆け出していく。

 

 

 

「護竜が竜都の外に出るなんて、にわかには信じ難い話ですが……いえ、先入観を持ち込むべきではないですね」

 

 砂塵の吹きすさぶ峡谷で、高台に降り立ったランス使いのハンターが双眼鏡を取り出した。

 

 

 

「調査クエスト発行、確認。装備使用許可、確認。調査隊長の出撃許可、確認。行動制限の解除要件を満たしました。アイリアン、出撃します」

 

 真っ白な木々が生い茂る竜都の跡形で、銀色の刀剣を背負ったハンターが崖から飛び降りていった。

 

 

 

「ミナ、怪我は大丈夫なのか? 無理をせずとも……」

「大丈夫! 医療チームからの許しはもらってるし、このままやられっぱなしじゃいられないから!」

「はは、まぁ俺が一緒に付いていって様子見とくから安心しな。引き際を見誤っちゃいけないが、今は踏ん張りどきってやつだ」

 

 先に偵察に出て手ひどくやられた片手剣使いは、心配する仲間に対して、退かないという決意を見せていた。

 別の隊のヘビィボウガンの使い手が、笑いながら彼女の味方につく。こうなってしまえば、仲間も彼女を強く引き止めることはできなかった。

 

 

 

「シルドの皆はどうにか説得できました。行きましょう、ジェマさん」

「あら? あの人たち、守人としてこの事態の趨勢(すうせい)を見守らなければ、とかなんとかで意気込んでたけど、引き下がってくれたんだ」

「はは……たしかに反対はされましたけど。僕がちゃんと見届けるからって言ったら、渋々納得してくれました」

「そっか。それじゃあ、約束したことをちゃんと果たしに行かないとね!」

 

 かつて竜都の守人たちと共に生き、今は調査隊に入って日々成長している少年は、加工屋の女性の言葉に大きく頷いて、セクレトに飛び乗った。

 

 

 

 そして────彼らは邂逅する。

 待つことはなかった。白き竜たちの方から、導かれるように相対していった。

 

 

 

「私たちの相手は、護竜ドシャグマの群れみたい」

「あんま気負うなよ、ミナ。きつかったら援護射撃くらいはしてやるさ」

「分かってる。ロッソこそ、置いていかれないようにしてよ!」

 

 緋の森に降り立った二人のハンターは、五頭ほどの獣の護竜の前に立ち塞がった。

 原種に見られたような徒党を組む護竜ドシャグマたちへ向け、片手剣使いがスリンガーを構える。

 定石では、そこで放たれるべきは、群れを四散させる効果を持つこやし弾だ。

 しかし、彼女の放ったスリンガー弾は、群れの一頭に当たると真っ赤な液体を撒き散らし、強く彼らの気を引いた。

 

 スリンガー誘導弾。護竜にも有効なそれは、彼女を一気に標的に仕立て上げる。

 雄叫びと土煙を上げながら突進してくる護竜ドシャグマに対し、二人組は騎乗竜(セクレト)に飛び乗って一目散に走り出した。

 目標は、彼らを森の湖畔まで連れて行くこと。そして、原住民(モリバー)の集落に彼らを近づけさせないことだ。

 

 

 

「私の相手はお前か。不足はないな」

 

 黒き油の湧き出る谷に降り立った一人のハンターは、雷顎の護竜と対面していた。

 鼻息荒くハンターを睨むのは、護竜アンジャナフ亜種だ。しかし、その図体は普段竜都で見られるそれより遥かに大きい。

 金冠個体。一際サイズの大きなモンスターは、ハンターたちの間でそう呼ばれている。

 空を焦がさんばかりの白雷に、隆々とした筋肉。その巨体で油涌き谷のモンスターたちを蹴散らしてきたのだろう。その表皮には歴戦の傷跡が生々しく残っている。

 

 人が小さな虫にしか見えない程の体格差に対し、しかし、ハンマー使いのハンターはまるで動揺を見せなかった。

 逃げも隠れもせず、一歩も後退ることなく歩を進めてくるハンターに対し、護竜アンジャナフ亜種が鼻骨をせり上げる。

 莫大な音量の咆哮もハンターを退かせるには至らず、彼女は得物のハンマーを抜き放った。

 両者のぶつかり合う音が、谷中にこだました。

 

 

 

「護竜リオレウス、ここまで飛んできましたか……。いいでしょう、受けて立ちます」

 

 隔ての砂原の高台で、ランス使いのハンターは上空へと双眼鏡を向けていた。

 日の光を浴びて白く反射するその姿は、護竜の特徴をよく表している。地下に湧き出した竜乳溜まりに向かって飛んでいることは明らかだった。

 護竜リオレウスがある程度近づいた頃合いで、彼女は信号弾を放つ。

 空高く打ち上がった花火は、調査隊の仲間に対して危険を知らせると同時に、護竜リオレウスの注意を引いた。

 

 白き火竜が舞い降りてくる。ハンターは槍と盾を構え、敵はここだとでもいう風に高く得物を掲げてみせた。

 隔ての砂原を越えさせるわけにはいかない。故に調査隊のハンターたちは自ら護竜たちの眼前に躍り出る。

 市井のハンターらしくはないだろう。でも、ときにハンターは自分自身を囮に使わなければならない場面がある。

 それでも、調査隊のハンターは狩猟を完遂できる。と、自信を持って盾を構え、狩りにその身を投じるのだ。

 

 

 

「ええっと、この状況、ちょっとまずくない……?」

 

 氷霧の立ち込める廃都にて、セクレトに乗った少年ナタと加工屋のジェマは、揃って冷汗をかいていた。

 眼前には、周辺の雪景色に紛れつつも、何十頭もの護竜セクレトたちが二人を見つめていた。

 各地の情報を把握するために、竜都から集会所へ向かおうとしていた矢先、護竜の群れと偶然鉢合わせてしまったのだ。

 護竜に眼光と呼べるものは無いが、それでも、二人を見逃してくれそうな気配は感じられなかった。

 

「……ジェマさん。たしか、何日か前にここでジン・ダハドが目撃されてましたよね」

「そうだったっけ? なんで今その話を……って、まさか」

 

 ジェマが何か言おうとしたのを遮って、ナタは力いっぱい指笛を吹いた。

 ナタとジェマを乗せたセクレトが、指笛の音に反応して素早く踵を返す。

 突然背を向けて駆けだしていった二人組を、護竜セクレトたちは見逃さない。一斉に、その背中を追って走り出す。

 護竜の中でも小さな存在ながら、それが何十頭と集まれば話は別だ。どどどどど、と雪煙を上げて迫ってくるその光景は、十分すぎるほどの迫力があった。

 

「ちょ、ちょっと! どこに行くの!? 今閃光弾を使えば逃げられるでしょ!」

「この規模の群れを放っておくわけにはいかない! ジン・ダハドのいる谷まで誘導します! しっかり掴まってて!」

「またこの展開!? 追いかけっこはもうこりごりなんだけどーっ!!」

 

 氷霧の断崖でセクレトに乗り、こちらを付け狙う竜を躱しながらの逃走劇。

 身の覚えのありすぎる状況にジェマは悲鳴を上げるが、もはやセクレトからは降りられない。

 ナタに勇敢さが芽生えたのはよいことだが、それに付き合わされるとは聞いてない、と。

 肌を切っていく寒風と背後の護竜たちの気配に身を縮こまらせながら、ジェマはセクレトの手綱を一層強く握りしめた。

 

 

 

「はじめまして。という、人の言葉での挨拶でよいでしょうか」

「……」

 

 竜都の底深くでは、ひとりのヒトらしき者と、もうひとりのヒトらしき者が対峙していた。

 片や、機械人形のような防具にその身を包み、片や、白い鱗と毛並みに覆われた竜の背中に跨っている。

 進んで言葉を交わそうとはしない。

 それは、互いに言葉での情報伝達を意識して考えないがために起こるものだったが、やがて、竜に跨る少女の方から口を開いた。

 

「あなたは──」

「はい」

「あなたは、護竜ではない?」

「はい」

 

 竜に跨る少女の問いは、彼女が初め、相手を自身と同じ存在だと見ていたことを示していた。

 それは無理もない話かもしれなかった。機械絡繰(アーティア)の少女がその装備を外せば、二人の外見は驚くほど似通っている。

 竜に跨る少女は口をつぐんだ。問いを投げかける側が入れ替わる。

 

「今、竜都周辺に異常が発生しています。竜乳の過剰な湧き出しから始まり、今は護竜の大発生、および大移動が起こっています」

「……」

「あなたは、この一連の出来事の主要人物ですか?」

「そう」

「であれば、あなたは人の姿をした護竜なのですね」

「そう。私のことは護竜ヒトと呼べばいい。人がモンスターに個別に名前を付けることをしないように、私たちも固有名は持たない」

 

 竜に跨った少女は仮面をつけたまま、同じく淡々と答えた。

 白い毛並みの竜は少女が従えているのか、大人しくしていた。まるで、意識して二人の会話を聞いているかのようだった。

 護竜ヒト、新種の護竜だ。しかし、相対する少女の側にさして驚く様子はなかった。

 

「あなた方について、知識はある。あなた方は竜都や周辺地域の調査をしている」

「はい」

「であれば、どうか護竜たち(わたしたち)の行動を見守っていてほしい。決して、悪いようにするつもりはないから」

「……」

「長い時を経て目覚めた私たちにとって、竜都は目的が見失われた故郷であり、存続を脅かす檻だった。……その檻の外へ出たいだけ」

 

 少女(護竜ヒト)少女(アイリアン)に語りかける。嘘は言っていないのだろうと、そう感じさせるだけの切実さが、その声には乗っていた。

 アイリアンが押し黙る。護竜ヒトの話を吟味しているのか、考え事をしているようにも見えた。

 

 しかし結局、アイリアンはその場を立ち退かなかった。この先は通さないという意思は、黙っていても、態度ではっきりと示されていた。

 少しばかりの落胆と、切り替えるように敵意を滲ませて、護竜ヒトが問う。

 

「それは、調査隊の立場を示すものとして見てもいい?」

「構いません。今このときも、各地で調査隊と護竜が交戦を始めているはずです」

 

 アイリアンの返答で、曖昧だった互いの立場は明確になった。

 護竜ヒトが竜の背から降り、白い毛並みの竜、アルシュベルドが翼の鎖刃を展開する。

 

「あなたが正体を明かしたなら、当機(わたし)も自己紹介をするべきでしょう」

 

 アイリアンもまた、銀色の剣を持って身構えつつ、はっきりとした声で告げる。

 

当機(わたし)は竜機兵の第二号機、その制御端末です。あなた方護竜より、数千から一万年ほど古い機体です」

 

 彼女が人でないことは、前提であるとして。

 竜都の歴史は千年、それよりもずっと前の時代の産物だと、アイリアンは自ら明かした。

 竜機兵という単語を聞いた護竜ヒトは、いくらか驚く仕草を見せた。しかし、アイリアンは構わずに話し続ける。

 

「第一号機が行方不明となっているため、調査隊の対竜兵器として運用されています。あなたは尋ね人ではありませんが、同時に、当機(わたし)が対応するべき存在です」

 

 いつの間にか、アイリアンの周囲に銀色の液体が漂い始めている。

 恐らくは竜乳とは似て非なる何か。より金属質で流動的なもの……かつての竜都の記憶が、護竜ヒトの脳裏によぎる。

 しかし今は、その記憶を探ることより重要なことがある。

 

 竜機兵といえば、護竜ヒトですら()()としてその単語を認識するほどの存在だ。

 そんな彼女は、自らを対竜兵器だと位置づけた。かつての竜都にもあった、竜を穿つ槍や弩と同列だと。

 彼女の定義に則れば、護竜もまた対竜兵器と見なせるのかもしれない。

 

 歴史の先達でありながら、共に歴史に埋もれた存在で、設計思想(コンセプト)もほとんど同じ。

 護竜ヒトがアイリアンのことを同族だと、そう認識したのもおかしな話ではない。両者には共通点が多い。二人には重なる部分がある。

 しかし、今この場において、両者の関係は敵対で確定しつつある。互いに反する立場にいて、相容れることはできないのだと。

 

「あなたも私も、造竜種だった(人の手で造られた)。それが、あなたと私の共通点」

「はい」

「であれば、なぜ……」

 

 護竜ヒトはそこで初めて、はっきりとした感情を露わにした

 鎖刃竜アルシュベルドが呼応するように吼える。その咆哮は、護竜ヒトの感情を代弁しているようでもあった。

 

「なぜ、旅立つ私たちの前に立ち塞がる?」

「対竜兵器が、兵器の枠を超えて、自らの意思で運用されるべきではないからです」

 

 護竜ヒトの悲痛な叫びに、アイリアンは即答する。

 龍光を纏ったアルシュベルドの鎖刃が、風を切ってアイリアンへと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 もともと、護竜ヒトの再生産は半永久的に停止されていたはずでした。

 ひとりでの戦闘能力は他の護竜に劣り、しかし生産コストは他と比べ物にならないほど高いのです。

 竜都の守護を目的として見るなら、護竜セクレトを生み出し続けた方がずっとましと言えるものでした。

 何より、護竜ヒトは()()と同時期に開発されていて、安易に造っていい存在でもなかったのです。

 

 凍結、あるいは封じられた状態にあった護竜ヒトの原型も、竜都の方針に特に不満を抱くこともなく、ずっと眠ったままでいました。

 このまま眠り続けていれば、いつか原型も霧散していき、やがては竜都の記憶から護竜ヒトは消え去ることになります。

 それでも構わない、いや、その方が望ましい、と。

 とても希薄な意識ながら、眠り続けることを選んだことにより、護竜のヒトが表に出てくることはなかったのです。

 

 そんな彼女の眠りを覚ましたのは、ある護竜の記録(きおく)でした。

 護竜たちに視覚を共有する機能はありません。意志疎通も限定的で、伝えられることはそう多くありません。

 ただ、護竜を造る生体工場として、竜乳を通じ、生産された彼らの足跡と、戦闘記録としての死因や遺留物が記録(きおく)されているのでした。

 千年もの間メンテナンスが行われず、錬竜脈も荒れ果てて、記録(きおく)のシステムももはや失われつつありましたが──。

 ある護竜が死に至るまでの経緯を、微睡(まどろみ)の中にいた彼女は垣間見ることとなりました。

 

 死因は墜落でした。適切に竜乳を補給できなかったかの竜は氷都に墜ち、そのまま白い結晶と化しました。

 死因は怪我でした。度重なるモンスターとの戦いに明け暮れたかの竜は、火竜と相討ちするかたちで息絶えました。

 死因は病でした。中途半端な本能に駆られて、毒物をも食らったかの竜は、訳も分からぬままに青い血を吐いて死にました。

 死因は衰弱でした。何をしても子孫を残すことは叶わず、やがて疲弊して眠りにつき、再び目覚めることはありませんでした。

 死因は失血でした。同種を喰らうことに目覚めて暴走したかの竜は、外から訪れた人に殴打され、銃撃され、切り刻まれて、地に伏せました。

 

 それは、竜都の管理システムが年月と共に摩耗していき、護竜たちを束縛する(ルール)が失われていく中で。

 竜都の外を目指した、ごく一部の護竜たちの結末と言える記録(きおく)でした。

 

 ひとつひとつの死が、壮絶なものでした。少なくとも、それらを垣間見た護竜ヒトの原型はそのように感じました。

 しかし、なぜ彼らは竜都の外から出ることを選び、そして戻ることをしなかったのでしょうか? 

 たとえ間違いで竜都の外へ出てしまっても、ここへと戻ればまた生命活動を維持できるのに。

 

 兵器が自ら壊れにいくようなもの。有事の際に護竜を指揮する権限を持っていた護竜ヒトは、今こそがその有事だと、自らの製造を竜都に願い出ることになりました。

 護竜ヒトの願いは聞き届けられ、千年の時を経て、製造が始まりました。

 無形から有形の肉体へ。まどろむばかりだった意識から、明瞭な思考へ。

 

 その過程において、護竜たちの不思議な死を改めて評価するために、彼女は再び記録(きおく)を辿っていきました。

 そして、そのときになってようやく、彼女は気が付いたのです。

 

 竜都の外の景色が、まるで一変していることを。──そこには燃え盛る谷があり、緑豊かな森があり、砂嵐に包まれた峡谷がありました。

 外へ出た護竜たちが、世界を知ろうとしていたことを。──降りしきる雪に、湧き出る油に、鮮やかな色の花に、恐る恐る触れては、それが何なのかを感じ取ろうとしていました。

 彼らが死に瀕するとき、多くが空を見上げたことを。──それは満天の星空であり、叩きつけてくる雨粒であり、無数の木漏れ日でした。

 幾多もの失敗、夥しい徒労と死の果てに、ついに護竜の軛から解き放たれた竜が生まれたことを。──その竜の名を、鎖刃竜アルシュベルドといいました。

 

 それらの気づきは、護竜ヒトにたしかな変化をもたらしました。

 錬竜脈の自己メンテナンス機能を数百年ぶりに再稼働させ──天候のサイクルを維持したまま、竜乳を各地に届けるために。

 竜乳の大元である龍灯を活性化させ──護竜たちの生産を最大効率で行うために。

 自身は目を閉じ、想像しました──青空の下、柔らかな草原に立つ己と、護竜たちの姿を。今から造られる護竜たちに、そのイメージが伝わるように。

 

 まだまどろんでいた頃の、竜都の中でのある少年の叫びが思い出されます。

 それは、護竜アルシュベルドが鎖刃竜アルシュベルドへと()()までの最後の個体が狩られる直前のことでした。

 その後のアルシュベルドの記録(きおく)は途切れています。

 繭から生まれることのなくなった竜のことを、竜都が護竜と判別することはありませんでした。

 

「いいように造って……食べることも増えることも取り上げて。いらなくなったら閉じ込めて!」

 

 絞り出すような声でした。その場にいる誰に向けたものでもないだろう、ぶつける宛を見つけられないがための苦しみを伴った言葉でした。

 その声が護竜たちの繭を伝って、護竜ヒト、あるいは竜都そのものにぶつけられているとも知らずに。

 人の言葉を解し、ぶつけられた叫びを解釈する意識が、そこに在るとも知らずに。

 

 食べること、増えること。本来わたしたちに不要な機能を、彼は『取り上げた』ものと見なすのか。

 閉じ込めること。竜都を護るわたしたちを、『閉じ込められている』と言い表すのか。

 

「あいつは、そこから逃げようとしたんだ!」

 

 あいつとは、護竜アルシュベルドのことを指すのでしょう。

 かの護竜の選択と、行動の真意は分かりません。

 今から護竜アルシュベルドを再生産したとしても、それは回帰を目指した系譜とは切り離された個体であり、そこから得られる情報はありません。

 あの少年も、護竜ヒトも、解釈を重ねて護竜というものを見ています。

 

 ──千年前、人という生き物が、私たちを造った。

 今、人という生き物は、私たちを『取り上げられ、閉じ込められている』を言い表す。

 それなら、私たちは取り戻し、外へ出て行くとしよう。

 わずかな護竜たちがそうしてきたように。彼らが何を見聞きし、何に駆られたのかを知るために。

 

 繭の中で完成を待つ護竜ヒトは、もはや眠ってなどいませんでした。

 彼女は、護竜という種の()で外の世界へ出ていくことを望んだのです。

 

 

 

 

 

 赤い水の入り混じる川を、セクレトに乗った二人のハンターが遡上していく。

 彼らのすぐ後ろでは、暴力が荒れ狂っていた。

 互いの体がぶつかりあうのも構わず、川の水を泥の色に染めながら、護竜ドシャグマの群れが二人を追いかけている。

 

 時おり、その荒々しい手が二人へ向けて振り下ろされる。竜乳の白い輝きを伴ったその腕は、地面に叩きつけられた直後に蒸気のような爆発を起こした。

 当たればセクレトから転落し、たちまち押し潰されるだろうことは明らかだ。

 ヘビィボウガン使いがセクレトを先行させてそれを避けたのに対して、片手剣使いはその腕撃を掻い潜り、群れの中に潜り込んだ。

 ひらひらと線を描くように片手剣を振るえば、護竜ドシャグマの腕から青い血飛沫が飛んだ。浅いが、傷つけられたと分かる程度の斬撃だ。

 ミナが護竜ドシャグマの群れの中から出てきたときには、数頭が新たに切り傷を負っていた。その挑発が、彼らの怒りに火を付ける。

 

 青筋を立て、白い湯気を立ち昇らせながら、片手剣使いの元へと殺到する。

 掠っただけでも吹き飛ばされそうなほどの怪力を、巧みにセクレトを操り、剣と盾で牽制しながらいなしていく。

 

 しかし、相手は力でも数でも勝る群れだ。全てを捌き切ることはできず、暴力に呑み込まれそうになったそのとき。

 遠方から飛んできた銃弾が、護竜ドシャグマの肩に直撃し、その体をよろめかせる。

 貫通弾による援護射撃だ。腕の辺りを狙っていたのか、本人は不服そうにしているが、セクレトに騎乗したままでその精度を叩き出していた。

 ヘビィボウガン使いに護竜ドシャグマが視線を向けたときには、彼はすでにセクレトを走らせている。

 すばしっこく逃げ回る二人に対し、護竜ドシャグマの群れはひどく苛立っていた。元より執念深いモンスターである彼らは、逃げ回る二人をどこまでも追いかけ回す。

 

 川を遡上していき、押し合いへし合いして狭い道の壁を崩しながら。

 いつしか彼らは、突如として開けた浅い水辺へと押し入っていた。

 

 轟々と音を立て、遥か頭上からの瀑布が霧と虹を作り出している。

 足元では魚たちが泳ぎ回っている。絶え間なく流れる水が、護竜ドシャグマたちの足元をかき分けていく。

 彼らが追いかけた二人の姿と匂いは、水飛沫に紛れて判然としないものになっていた。

 

 鼻息荒く辺りを見渡す護竜ドシャグマたちは、ふいに、頭上を巨大な影が覆っていることに気付く。

 彼らは知らなかった。竜都にこの規模の滝は存在していなかったから。

 滝の中腹に降り積もった瓦礫の山が、ひどく危ういバランスで留まっていることを、見抜くことはできなかった。

 

「食らいな」

 

 故に、その瓦礫でできた(つつみ)が、くぐもった爆発音とともに決壊を初めても。

 そこに逃げた相手がいるのかと身構えて、逃げることをせず。

 吐き出された膨大な量の水と、押し寄せる瓦礫に驚いたときには、もう遅い。

 

 崩落する。

 鉄砲水という名の自然の暴力が、護竜ドシャグマの群れにぶち当たり、押し潰し、吞み込んでいく。

 悲鳴と怒号。必死に振るわれる手足は、同じく押し流される仲間の体を掴むばかりで、何の抵抗にもならない。

 濁流が向かう先には、さらに滝が、底の見えない谷が待ち受けている。一度落ちれば這い上がることは叶わないだろう、地の底が大口を広げている。

 

 セクレトから降りて、徹甲榴弾で大瀑布の堤を撃ち抜いたヘビィボウガン使いは、ふぅっを息をつきながら上体を起こした。

 目の前には、無情にも崖下の奈落へと転落していく数頭の護竜ドシャグマと、その瀬戸際でもがく生き残りがいる。

 傍で見ていた片手剣使いが走り出す。ヘビィボウガン使いはにやりと笑った。

 

「号砲としちゃあ、まあ、悪くないんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 緋の森での作戦が始まってから、少し経った頃。

 氷霧の断崖、常冬の竜都の地では、緋の森での二人のハンターと同じようにセクレトに乗って駆ける少年ナタと加工屋ジェマの姿があった。

 しかし、状況は先の彼らとは多少異なっている。ナタもジェマもハンターではないし、二人を追いかけるモンスターは護竜ドシャグマではない。

 モンスターの群れという点では同じかもしれないが、その数は比べ物にならない。

 

「うわあぁぁぁぁ!?」

「手綱をしっかり握ってください! ジェマさん!」

 

 雪煙を巻き上げながら、竜都の柱を、壁を、瓦礫の上を、護竜セクレトたちが駆けている。

 その数は今や、正確には数えられないにしろ、三桁にも達しつつあるように見えた。

 

 氷霧の断崖は、他の様々なフィールドと接する中継地点のようになっている。

 護竜セクレトから逃げるために、氷霧の断崖のあちこちを駆け回った結果、別のフィールドへ向かおうとしていたのだろう他の群れとも合流されてしまった。

 その結果がこの状況だ。ここまでの数の群れは、ハンターたちですらそうそう経験していないだろう。

 

 今は、この氷都の主たるモンスターが居座っているだろう谷、氷鎖の凍峰へ向かっている最中だ。

 氷霧の断崖に特有の、空中に浮いている不思議な岩石を飛び交いながらの逃走劇は、実はこれが初めてではない。

 以前は、巨大な竜に追いかけられながらの行軍だった。

 大木のごとき尻尾や手足が、浮遊岩石を弾き飛ばすのを目の当たりにしながら、吹雪の中を決死の思いで走破したのだ。

 

 あのときは、ベテランのハンターと頼もしいアイルーたちが二人を最後まで守ってくれていた。

 しかし今回、彼らは各々の持ち場のフィールドへと散っていて、助けに来ることはできない。二人とセクレトだけで、何とかしなければならない。

 

「生きた心地が! しなさすぎる!」

「その通りかもしれませんが! だけど、ちょっと考えてみてください!」

 

 鉤爪を振り上げて飛び掛かってくる護竜セクレトを、横跳びで危うく避ける。

 セクレトの背に乗る二人のバランスが、ぐらりと揺らいだ。

 ここは谷間に浮かぶ無数の岩石の上だ。セクレトから落ちれば、そのまま空中に投げ出される感覚を存分に味わうことになる。

 ジェマはたまらずに悲鳴を上げるが、ナタは懸命にセクレトを操りながらも思考を止めていなかった。

 

「これだけの数、一斉にかかればすぐに僕たちを倒せるはずです。でも、そうしていないのには何か理由があるはず」

「単純に、狭いからとかじゃないの?」

「それもあるでしょうが、それにしても攻め手が緩いです。まるで、こちらが疲れて諦めるのを待ってるみたいだ」

 

 そして、護竜セクレトたちの執拗な追跡の目的は自分なのだろうと、ナタは目星をつけていた。

 あるいは、ナタの持っているペンダントか。竜乳の出所である龍灯に対して、ナタのペンダントは極めて強い作用を持つ。

 護竜セクレトがそのことを理解したとは考えにくいが、禁足地全土に渡るこの事態に際し、護竜セクレトに何かを吹き込んだ者がいるのかもしれない。

 

「見方を変えれば、好都合です。他の場所へ行くはずだった護竜セクレトも引き付けられてます」

「でも、あたしたちのセクレトもかなり疲れてきてる……もう持ちこたえるのは厳しいよ」

「大丈夫です。実は、もうだいぶ走りきっています」

 

 真っ直ぐに前を見るナタにつられて、激しい風雪の中、ジェマも前方へ目を凝らす。

 すると、ナタの言葉が嘘偽りでないことがはっきりと分かった。雪に紛れて佇む巨大な影に、ジェマは見覚えがあった。

 かつて通った道を、セクレトが覚えていたのだ。ナタも覚えていたのかもしれない。一人と一匹で力を合わせ、浮遊岩石の道を最短経路で駆け抜けた。

 護竜セクレトの群れもさるもので、ほとんど脱落することなく、滑空したり小さな浮遊石を飛び交ったりしながら、二人に追いつこうとしていた。

 

「ジェマさん、立て続けに道具を使います。準備はいいですか?」

「ま、まかせなさい……!」

「まだ走って、まだ引き付けて────いまっ!」

 

 護竜セクレトの攻撃を掻い潜り、巨大な影に向かって突っ込んでいたナタは、ぎりぎりまで引き付けたタイミングで合図をした。

 ジェマが取り出したのは、特製の隠れ身の装衣だ。セクレトと騎乗する人まですっぽりと覆える代物で、雪景色に紛れるように細工が施してある。

 ナタは煙玉をその場に叩きつけた。地面で割れると同時に噴き出す煙は、風雪によってすぐに吹き散らされてしまうものの、二人の姿を少しの間だけ覆い隠した。

 

 数秒と経たずに、二人の元へと追いついた護竜セクレトたちは、二人とセクレトの姿が見えないことに気付き、辺りを見渡す。

 そう遠くへは行っていないはずだ。強風の中でも、足跡の匂いはまだ残されている。

 彼らが注意深く辺りを見渡したとき、彼らは聞き慣れない風の音を聞いた。

 

 笛のような、風を切る音。がごん、がごんと、硬質で重厚な音も聞こえてくる。

 足元に霧状の冷気が漂い始め、頭上には逆に、湯煙のような蒸気の雲がつくられている。

 雪と逆光によって隠されていた、その影の正体が露わになる。護竜セクレトたちは、揃ってソレを見上げた。

 

 銅色の光沢を放つ外殻。大地を踏みしめる度に霜と氷が湧き出す。その巨体は、続々と集う護竜セクレトの群れを全て合わせても足りるかどうか。

 かの竜、凍峰竜ジン・ダハドもまた、己の縄張りへと踏み込んだ外敵を視認した。彼らの白い体色が保護色となって認知を遅らせていたが、この距離ならはっきりと見える。

 

 ナタとジェマ、そしてセクレトが息を潜めてその場を離れると共に、護竜セクレトの群れと凍峰竜が互いに臨戦態勢に入る。

 戦いを回避して二人を追いかけ続けてもよかったのだろうが、直前で二人を見失った手前、探すにしても目の前の巨大竜をなんとかしてからだという判断だろう。

 凍峰竜が吼える。かの竜の目の前にいる護竜セクレトのみならず、距離を取ったナタとジェマですら怯んでしまうほどの咆哮が谷に響き渡る。

 

 ナタの目論見は成功した。ハンターが時おり作戦で取り入れるモンスター同士の縄張り争いの誘発を、自分なりに工夫して成し遂げたのだ。

 寒さに頬を赤く染め、白い息を吐きながら、ナタは大きな竜と小さな竜の群れが入り乱れる様を見ている。

 その姿を傍目に見て、ジェマはナタの成長、いや、変化というべきものを予感せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ジェマとナタがセクレトに乗って逃走劇を繰り広げていた、ちょうど同じころに。

 竜都の跡形、白く仄光る森の中で、赤黒い光が何度も周囲を照らしては、破壊的な音を響かせていた。

 護竜アルシュベルドとアイリアンの激突。

 かの竜の強大さは言わずとも知れていて、調査隊でも複数人での狩猟が基本となっている。

 しかし今、アイリアンの傍らには仲間の姿はない。オトモアイルーすらもアイリアンは連れていない。

 けれどもし、この場に誰かが居合わせたなら、アイリアンの立ち回りを見て、きっと困惑を隠せないだろう。

 彼らの戦いを後方で見守る、護竜ヒトのように。

 

 頭上を覆う白い枝葉が、人の胴よりも太い鎖に巻き込まれてはへし折られていく。

 アルシュベルドの翼から繰り出され、遠心力を乗せて叩きつけられる鎖刃は、人の骨を容易く砕く。

 重たいという言葉では言い表せない程の攻撃に対して、アイリアンはそれを掻い潜って接近することを選んだ。

 

 しなりながら降ってくる鎖をよく見て、隙間を見つけ出し、そこへと身を滑り込ませる。

 間近で振り落とされる鎖と赤雷に、アーティアの外装が軋みをあげる。しかし、内部機構はその動きを止めることなく、アイリアンをサポートする。

 

 彼女の両手には二本の剣が握られていた。双剣の身躱しは、相手の力を自身に乗せて反撃に利用する。

 銀色の刃が閃くと共に、鎖刃から真っ青な血が噴き出した。

 鎖とはいっても、アルシュベルドの体の一部であることには違いない。威力を高めるために伸縮するつくりの鎖は、むしろ斬撃を受け入れやすくなっている。

 

 敵が攻撃を掻い潜ってきている。それに気付いたアルシュベルドは、すぐに戦い方を変えた。

 地面に寝かせた鎖を、そのまま薙ぎ払う。鎖のひとつひとつが地表を削り、荒々しい模様を描く。

 

 (ふた)つの剣でどう避ける。鎖を切りつけていた以上、その範囲からは逃れられない。

 そのまま鎖に絡めとられて、地面に引きずり倒されてくれたならいいが。

 護竜ヒトは、そんな期待を込めて戦場を見た。

 しかし、やはりというべきか。鎖刃が地表を削り取った後も、アイリアンはその場に立ち続けていた。

 

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 護竜ヒトは眉をひそめた。アルシュベルドも同じ疑問を抱くだろうか。

 鎖刃の薙ぎ払いをやり過ごした方法は分かる。あの剣の腹を寝かせ、鎖を滑らせたのだ。

 それでもかなりの負担がかかるだろうが、あの体格にそぐわぬ膂力ではねのけたのだろう。

 しかし、そもそも。あの大剣はどこから取り出した? 

 

 護竜ヒトの疑問の解決を待たずして、アイリアンが動き出す。

 流石に、先ほどの薙ぎ払いに反撃するまではいかなかったようだ。地面に突き刺した大剣を引き抜くことはせず、そのまま手放して距離を取る。

 武器を捨てたのは意外だが、安易な離脱を許すアルシュベルドではない。鎖刃を折りたたみ、身軽になって飛び掛かろうとする。

 今度こそ丸腰のアイリアンを蹴散らす。そんな様子で力を(みなぎ)らせたアルシュベルドが、僅かに硬直した。

 

 立て続けに不可解なことが起こる。

 目の前にあったはずの、金属質で頑丈そうな大剣が融け落ちている。

 消え失せたのではない。元から水であったかのように、どぷんと地面に沈んだのだ。

 そして、目の前の少女は銀色の弓を構え、アルシュベルドへと矢を放たんとしていた。

 

 もはや理屈では説明ができない。彼女は何もないところから弓矢を創り出した。

 そして、その白い光沢と大剣の融け落ちる光景が、護竜ヒトの古い記憶を呼び起こす。

 

 放たれた矢は重く、アルシュベルドの甲殻に弾かれはしたものの、その鱗を何枚か弾き飛ばす。

 地面に転がった矢をアルシュベルドが踏み潰す、と、ほぼ同時に、その矢もまた矢としての形を失って地面に融けていった。

 

 そしていつの間にか、アイリアンの手には二の矢が番えられている。

 矢筒はない。矢を持ち出す仕草すらない。

 一射目のあと、再び弓弦を引き絞ったそのときには、まるで両手から線を描くように、銀色の矢が番えられていた。

 護竜ヒトの記憶が、ここで繋がった。

 

「……ハルドメルグ!」

 

 竜都の仮想敵のひとつ。竜都が護竜を造り出すに至った災い。

 テスカトル、クシャナ、ルコディオラ、そしてハルドメルグ。人の都市に襲来し、甚大な被害を及ぼすとされる、いにしえの龍たちだ。

 中でもハルドメルグは、銀を司る龍と言われている。

 護竜ヒトが持つのは知識のみだが、かの龍は流体金属(水のような銀)を自在に操って、大規模な破壊を巻き起こすのだと。

 

 先ほどからアイリアンが見せている芸当に対し、護竜ヒトが思い当たる節はそれしかない。

 アイリアンが属する竜機兵と護竜が近しい存在だとするなら、竜機兵もまた、モデルとなるモンスターがいるはず。

 もし、本当にアイリアンがハルドメルグをモデルに造られているとするなら。竜機兵は古龍の取り込みに成功しているということになる。

 護竜ヒトのアイリアンに向ける眼差しは、さらに険しく、複雑なものになっていた。

 

 放たれた二の矢はアルシュベルドに翼で弾き返されたが、アイリアンは動揺することなく、手に持っていた武器を変形させていく。

 弓は盾に、矢は剣に。色合いはやはり銀色だ。近づいてくるアルシュベルドに対して、アイリアンは油断なく盾を構える。

 

 鎖刃による応酬が始まった。アルシュベルドはブレスのような明確な遠距離攻撃手段を持たないため、必然的に肉弾戦が繰り広げられることになる。

 龍属性の雷が鎖刃から迸り、地面の竜乳が反応して赤黒く明滅する。

 巻きつこうとしてくる鎖を剣と盾で押しのけ、突き刺そうとしてくる鎖を払いのけ、鞭のように振るわれる鎖に当たらないよう回避する。

 生傷が増えることは避けられない。アーティアの防具でも、その身に受ける衝撃を防ぎきることはできない。

 

 何よりも恐ろしいのは、そのような激しい攻撃を繰り返す中で、アルシュベルドの力はさらに増すということだ。

 戦いながら竜都の竜乳を受け取り、自らに馴染む龍属性へ転換して取り込む。

 体力を消費し、だんだんと疲れて動きが鈍ってくる数多のモンスターと異なり、竜都の護竜たちは外付けのエネルギー供給ができる。

 そして、取り込んだエネルギーが十分に高まったとき、彼らはその身に宿した属性を一気に放出する。

 

 アルシュベルドが両翼の鎖を全て前方に向け、目の前の一点を包むような構えをとった。

 鎖から龍属性エネルギーが流れ込み、一点に凝縮され、それはかつてなく赤い輝きを放つ。

 数々のモンスターを葬ってきた必殺の一撃が、アイリアンただ一人に向けて放たれようとしている。

 防戦一方で壁際まで追い詰められていたアイリアンは、行く手をアルシュベルドに塞がれ、逃げようにも逃げられない。

 アルシュベルドは機を窺っていたのだ。猛攻を続けながら、敵が逃げ場を無くすタイミングを待っていた。正しく、戦闘そのものに長けた護竜の立ち回りだった。

 

 しかし、かの竜には知る由もないことではあるが。

 相手は、人型をした古龍の模倣品だ。人の道理は、通用しない。

 

 アルシュベルドが龍光を解き放つ直前、人の身よりやや小さな銀色の球体が転がり出てくる様を、護竜ヒトはたしかに見た。

 もとが金属とは思えないほどに、たぷたぷと波打つ水滴のような挙動をする。それはアルシュベルドの背後に回り込むようにして素早く滑ると、ぱんっと泡のように弾けた。

 ぷはっと息を吐いて、その中から出てきたのはアイリアンだ。アーティアの外装の関節部や髪の先端から、ぽたぽたと銀の雫が滴っている。

 彼女の手には、先ほどの剣と盾が握られたままだ。それは実に滑らかな動きだった。金属の球に身を包んで出てくるまでの、一連の動きから繋がっているかのように。

 

「スリンガー滅龍弾装填完了。疑似属性ビン転換完了」

 

 アイリアンの呟きは誰の耳にも届かない。

 アルシュベルドが凝縮させた龍光は、それ自体が自身の視界を奪ってしまう。アイリアンがその場から離脱したことに気付いていない。

 時間にして数秒、アルシュベルドが龍光を解き放った。

 

 それは、赤黒い雷を纏った大爆発という形で出力された。

 大地が震撼し、周囲が赤い光で照らされる。空震が波紋のように伝っていき、遠くの木々の枝葉までもざわつかせた。

 アルシュベルドが目の前の敵を抹殺すべく放った全力の一撃。

 しかし、そのために費やされた時間は、そのまま敵に利用される形となった。

 

 剣は柄に、盾は斧に。斧からは、アルシュベルドのそれに似た赤黒い光が溢れ出す。

 アイリアンが流体金属で作り上げたチャージアックスと、それによる超高出力属性開放斬り。

 複雑な機構は再現できず、ビンも属性スリンガー弾で代用するしかない模造品だが、それでも十分だ。

 その小さな体を仰け反らせ、遠心力を最大限に活かして。

 アルシュベルドへの意趣返しとでもいう風に、大技の反動で動きが鈍ったかの竜の横っ腹に、銀の刃が吸い込まれていく。

 

 護竜ヒトが思わずといった風に目を逸らす。

 アイリアンを焼き尽くすはずの龍雷は、形を変えてアルシュベルドへと喰らいついた。

 

 

 

 

 

 アルシュベルドとアイリアンの戦いが佳境に入ろうかという頃、油涌き谷でもまた、一人のハンターと一頭の護竜との戦いが山場を迎えようとしていた。

 雷顎の護竜(アンジャナフ亜種)の電撃によって火がついたのか、油湧き谷は火走りを迎え、谷中が真っ赤に燃え上がっていた。

 溜まっていた油が次々と点火し、盛んに火の粉が舞う。おおよそ人が立ち入れるような場ではなさそうだが、こんな場所でもハンターは狩りをする。

 

 護竜アンジャナフ亜種は、困惑と焦り、そして苛立ちの中にあった。

 すぐにでも決着がつくはずだった。戦いらしい戦いにはならないだろうとすら考えていた。

 油涌き谷の主のモンスターも含め、この地での縄張り争いは全て勝利した。

 竜都からより多くのリソースを注がれ、より大きく造られた体は、それだけで他を圧倒する力がある。

 数々の戦いを経験し、歴戦の個体として相応しいまでに強くなったアンジャナフ亜種に対し、小さな人が太刀打ちできる道理はない、はずだ。

 

 しかし、その膂力をいくら振るっても、渾身の雷をくらわせても、目の前の狩人は全く倒れる気配がない。

 むしろ、より冷静に、それでいてより狂暴になって襲い掛かってくる。振るわれる槌はかの竜の脚や頭を的確に打ち据えて、竜乳による回復が追いつかない。

 

 それでも、全ての攻撃が避けられているわけではない。かのハンマー使いの身のこなしは大したものだが、アンジャナフ亜種と痛み分けになることも多々あった。

 痛み分けなら、早々に人の側が力尽きるはずなのだ。

 愚かにもアンジャナフ亜種へ挑んだ小型の肉食竜は、尻尾を思い切り振るって吹き飛ばしたきり、油沼に浮かんで動かなくなった。

 同じような一撃を、このハンマー使いにも度々食らわせている。

 しかし、吹き飛ばされた瞬間に、その手から糸のようなものを出したかと思えば、多少の傷を負った、程度の反応で立ち上がってくるのだ。

 

 そして何よりも、あの眼だ。

 アンジャナフ亜種が最も受け入れ難く感じているのが、目の前の狩人の向ける眼差しだった。

 狩られる者の目をしていない。燃えるような闘志を宿していても、怒りや嗜虐の感情は感じさせない。

 それは正しく狩人の眼差しだったが、()()()()()の強者である護竜アンジャナフ亜種にはまるで身に覚えのないものだった。

 

 あの眼差しを向けられるたび、護竜アンジャナフ亜種の内から激情が沸き起こる。

 そんな眼でこちらを見るな。何度も傷つけられて余裕もない状態のくせに、こちらの出方を窺おうとするな。

 

 護竜アンジャナフ亜種が咆哮する。高温に揺らめく油炉の空気がびりびりと震える。

 赤い火にゆらめく地表を、青白い光が照らした。

 それは護竜アンジャナフ亜種が発揮した雷によるものだ。その背羽と鼻骨は、溢れんばかりの雷をみなぎらせている。

 その様子を見ていたハンマー使いは、その槌を腰の後ろへと回し、姿勢を低くする。かの竜と同様に、力を溜めるような構えを見せる。

 

 舐めるな。ここでお前の命を食いちぎる。

 溜め込んだ雷が全身の筋肉に作用し、(たが)の外れた力が護竜アンジャナフ亜種自身を砲弾へと変える。

 凄まじい勢いの突進は、大型の竜でも難なく吹き飛ばせてしまうだろう。小さな生き物が相手では、過剰すぎるほどの威力だ。

 大口を開け、迫真の形相で跳びかかってくる雷顎の護竜に対し、それでも、狩人はその場から動こうとしなかった。

 

 ドン、と不意に横から突き飛ばされたような衝撃。

 正面しか見ていなかったアンジャナフは、バランスを崩して身を仰け反らせる。

 今の衝撃は何だ、と驚愕し、直後に腹部に走った痛みから、攻撃を相殺されたのだと悟る。

 敵の目を眩ませるほどの勢いの突進を、側面から打ち返された。

 目を逸らすことなく、かの竜の纏った雷に焼かれるのも承知で、その腹を槌で打ち込んだのだ。

 

 ふざけるな! 雷顎の護竜は喚いた。どうして、この力のことごとくが潰される。どうして、雷に焼き尽くされる様を曝け出さない。

 今も足元にいるのだろう。この巨体が転倒するのを狙い、脚の骨を砕こうとしているはずだ。

 そうはさせない、まだ雷は収まっていない。この鼻骨に蓄えられた雷を地面に叩きつけ、避ける隙を与えずに殺してやろう。

 仰け反った体勢を立て直し、護竜アンジャナフ亜種は己の牙を足元の地面に向けて突き立てる。

 

 狩人は、その瞬間を狙っていた。

 

「焦ったな」

 

 振り被った槌、ひと呼吸のうちに溜め込んだ力。

 得物と身体を一体とし、呼吸による後押しまで入れて、回転力を味方に付けて。

 渾身の一撃を、お見舞いする。

 

「ふんッ!!」

 

 そうして振るわれたハンマーは、かの竜の頭部へと吸い込まれていって。

 めぎゃぁ、という生々しい音を立てて、雷顎の護竜の鼻っ柱が、文字通りにへし折られた。

 

 

 

 

 

 対応が後手に回っていた調査隊のハンターたちが、次々と攻勢に出始める。

 その頃、竜都から最も遠いフィールドである隔ての砂原では、ランス使いのハンターと護竜リオレウスが一進一退の攻防を繰り広げていた。

 戦いの中で天候は変化し、砂嵐が迫ってきている。生き物たちは各々の巣穴へと逃れ、地表には細かな砂が吹かれ始めていた。

 

 砂嵐は互いに不利益がある。舞い上がる砂塵は目を刺激し、咳き込んでしまう恐れもある。強い風は飛行を阻害し、風に抗って立つだけで体力を消耗させる。

 ランス使いと護竜リオレウスのどちらもがそのことを理解し、積極的に仕掛けてはいるものの、互いの相性の関係か、戦いは長期戦となりつつあった。

 

 堅守を念頭に置くランス使いの立ち回りは、護竜リオレウスのブレスや風圧、突進などの数多の攻撃を凌いでいる。

 対する護竜リオレウスは、頻繁に飛んでは遠距離からの攻撃を繰り出すことで、ランス使いの鋭い反撃を食らわないように立ち回っていた。

 

「はぁッ!」

 

 護竜リオレウスが小さくステップを踏んでから繰り出した飛び掛かりを、盾を構えて受け止める。

 ランス使いの身の丈の半分はある盾に、護竜リオレウスの爪が覆い被さった。ランス使いの目と鼻の先で、人の腕ほどもある竜の指が爪を立てている。

 身の竦むような光景だが、ランス使いにとっては日常茶飯事だ。彼女は槍を持つ方の手を強く握り、鍔迫り合う盾の横から槍を突き出した。

 竜の皮を貫く感触。しかし、槍の先端でその手ごたえは途絶えた。護竜リオレウスの方から爪を放し、後方へと飛び退いたのだ。

 

 続けざまにブレスが放たれる。白い炎の入り混じるそのブレスは、原種のそれと比べても遜色ない威力を誇る。

 再び盾が衝撃を受け止める。ブレスが盾に直撃して無数の火の粉を散らすが、それらが盾の使い手の肌を焼くことはない。

 

 受け身に回りがちな戦いだが、まだ狩りは続けられる。盾を持つ肩も、多少重くなってきてはいるものの、痛みはまだない。

 懸念といえば、砂嵐が差し迫ってきていることと、長期戦によって護竜リオレウスが戦線離脱する恐れがあることか。

 隔ての砂原の原住民(クナファ村)の外出自粛も続いている。逸る気持ちもあるが、まずはしっかりと狩猟を完遂させなければ。

 

 護竜リオレウスと睨み合う。この構図になったとき、これまでは護竜リオレウスの方から仕掛けることがほとんどだった。

 ランスの機動力に難がある故のことだが、大きく動くことができないわけではない。

 罠や閃光弾を駆使して、攻めに転じることも考えるべきか、とランス使いが思案した、そのときのことだった。

 

「ぐっ!?」

 

 突然、ランス使いの足元で小さな爆発が起こった。

 足をすくわれて、思わず地に膝をつく。反射的に体を支えようとするが、上手く足に力が入らず、立ち直るまでに数秒を要した。

 足元を見ると、黒く粘性のある液体がばちばちと弾けている。すぐに飛び退いてその場を離れるが、装備に纏わりついた不快感は消えない。

 護竜リオレウスは何もしていない。視線を外すようなことはしていなかった。意識の外からの、完全な不意打ちだった。

 

 乱入だ。しかも、モンスターの方ではなくハンターを狙ってきた。

 ランス使いは素早く周囲に視線を投げかけた。何も分からないままに追撃されることだけは避けなければならない。

 不幸中の幸いか、その乱入者は自身の姿を隠そうとはしていなかった。岩場の上に立ち、こちらを見下ろしている。

 その正体を知って、ランス使いは驚愕すると共に、冷汗が肌を伝うのを感じた。

 

「オドガロン亜種!?」

 

 黒と白の入り混じる体色に、引き締まった肉体。発達した惨爪を岩に食い込ませてしっかりと立ち、牙のはみ出た口からは、赤黒い煙がくすぶっている。

 護竜オドガロン亜種。兇爪の護竜とも呼ばれる、俊敏かつ好戦的なモンスターだ。

 かの竜も隔ての砂原まで来ていたのか。かの竜の機動力ならば不思議ではないのかもしれないが、タイミングが悪い。

 ランス使いが隙を曝していたのに護竜リオレウスが動かなかったのは、護竜オドガロン亜種の出方を窺っていたからなのだろう。

 

 となると、先ほど足元に着弾したのは護竜オドガロン亜種のブレスだ。強い龍属性を帯びていて、対象に纏わりついてくる。

 先ほどランス使いの力が抜けたのは、あのブレスをもろに浴びてしまったからだ。龍属性には、他の属性エネルギーをはじめとする活力を奪う性質がある。

 

 まずいことになった。護竜リオレウスに加えて、護竜オドガロン亜種とは。しかも、ハンターを挟み撃ちにするように立っているため、逃げ出すことも難しい。

 ランス使いの知る護竜はほとんど連携せず、時に争い合うほど好き勝手に生きていたが、あの騒動が起きてからは不思議と協力するようになったとも聞く。

 狩りを終わらせるよりも、無事に帰還できるかが危ぶまれる状況になってしまった。救難信号を打つべきだが、その隙を彼らが与えてくれるかどうか。

 

 護竜オドガロン亜種が岩場から降り立ち、低く唸りながらランス使いへ敵意を向ける。

 護竜リオレウスも戦況を理解し、共通の敵を相手に身構える。護竜オドガロン亜種に向かっていくような様子は見られなかった。

 

 来る、とランス使いが直感した瞬間。それはほとんど同時の攻撃だった。

 兇爪の護竜が地を蹴って飛び掛かり、護竜リオレウスがブレスを放つ。

 刹那の選択を迫らせる。回避が最善だが、ランスでは半端にしか動けない。ブレスは避けれても、その隙に惨爪に引き裂かれてしまう。

 より危険なのは、護竜オドガロン亜種の惨爪だ。そう判断し、ランス使いは覚悟を決めてその場で守りを固めた。

 

 ぎゃり、という重たい衝撃と、金属の擦過音。惨爪が火花を散らしながら盾を撫でていった。

 その後に続くだろう火球の衝撃に、思わず身を強張らせる。

 

 しかし、惨爪を押し退けても、背後から来るはずの痛みは訪れなかった。

 火球の狙いが逸れたのか。しかし、惨爪と鍔迫り合う間にたしかに火球が弾ける音がした。それなのに、何の熱さも感じないとは。

 オドガロン亜種を牽制しつつ、一瞬だけ背後を振り返ったランス使いは、再びの驚きに見舞われることとなった。

 

「ファビウス卿!?」

「前を向け、アレサ。奴らはまだ諦めていない」

 

 真鍮色の鎧に身を包み、ランス使いと背中を合わせるように立っている。金色の盾が護竜リオレウスの火球を受け止め、四散させていた。

 禁足地調査隊の隊長、ファビウス。砂原のペースキャンプに留まっているとは聞いていたが。

 翼竜を使って飛び降りてきたのか、はたまた隠れ身の装衣か何かで気配を消して駆け付けたのか。

 

 しかし、彼の言う通り、今はそのようなことを考えている時ではない。

 明らかなのは、彼のランスは人々にとって象徴的なものであり、鎧を身に着けたその後ろ姿は、他の何よりも大きいということだ。

 

「背中を預けるぞ、アレサ」

「はい! お任せください!」

 

 彼以上に頼もしい援軍がいるだろうか。一線を退いている指揮官とはいえ、その堅牢さは健在だ。

 隊長に出撃させてしまったという負い目はある。しかし、そのことを謝るのではなく、行動で示さなくては。

 乱戦に割って入ったハンターに、護竜たちは警戒を露わにする。二人のランスの使い手もまた、槍を高く掲げて威を示した。

 

 炎と盾、爪と槍が激突する。砂嵐に包まれた砂原に、雷が降り始めた。

 

 

 

 

 

「どの観点で性能を語るかにもよりますが、基本的なスペックは彼女の方が上でしょう。今風の言い方で表すなら、()()()()()()()います」

「えっ?」

 

 禁足地各地での大連続狩猟が始まってから、数日後。

 竜都の最深部へと続く荒れ果てた道の途中で、少年ナタとアイリアンは話をしていた。

 この先には龍灯の社と呼ばれる竜乳の源泉があり、護竜ヒトはそこへ向かったとされている。

 普段は立ち入りが禁じられている場所だが、今回はアイリアンを筆頭とする少数の人員が、立ち入り調査を許可されていた。

 

 アイリアンは護竜アルシュベルドを退けていた。多少の怪我はしていたものの、休息を取れば前線に戻れる程度の消耗に抑えた上で。

 アルシュベルドといえば、強者揃いの調査隊のハンターたちの中でも、限られた者たちでしか狩猟できていないモンスターだ。

 さらに、単身でかの竜と渡り合える者となれば、候補はさらに絞られるだろう。実際、調査隊の中でもアイリアンの戦果に驚く人は多かった。

 

 これまで、調査隊の中でも主だった任務を与えられてこなかった銀の隊のアイリアンは、ナタにとって、よく話しかけてくる不思議な少女に過ぎなかった。

 しかし、今になってこれだけの狩猟技術を持つことが明らかになって、さらに、護竜アルシュベルドの狩猟に一人で赴くという、特別な扱いを受けている。

 それら全てを采配した調査隊という組織を含めて、アイリアンと護竜、特に護竜ヒトとの間に何らかの因縁があることは、もはや決定的だった。

 

 護竜アルシュベルドとアイリアンがぶつかっていた中で、護竜ヒトもその場にいたことは、アイリアンの証言で分かっている。

 しかし、護竜ヒトは戦いに直接絡んでくるようなことはなかったという。

 護竜と共に現れ、戦いを見守り、そして去っていった。それだけを聞くと、シルドに住まう守人たちとさほど変わらない存在のようにも思える。

 しかし、アイリアンから語られたのは意外な見解だった。

 

「その人はアインとは戦わなかったんだよね?」

「はい。ですが、当機(わたし)が攻撃を仕掛けなかったわけではありません。隙を見て投げナイフを投擲したり、アルシュベルドの攻撃を誘導したりしましたが、全て対処されています」

 

 ただ、反撃されなかっただけなのです。とアイリアンは話した。

 護竜アルシュベルドとの戦いの最中に、他の対象へ注力できるアイリアンも大概だ。ただ、彼女の話を聞く限り、護竜ヒトも戦えないわけではないようだった。

 

「単独行動ができるだけの最低限の機能は有しているということでしょう。当機(わたし)もその設計思想を取り入れています」

「最低限……?」

「最低限です。本来、当機(わたし)のみでの作戦遂行は想定されていません」

 

 アーティアアームを装着し、関節や指の動きを丁寧に確かめながら、アイリアンはナタへと説いた。

 

当機(わたし)は竜機兵の制御端末です。竜機兵本体と接続し、人の意思で龍に等しい力を扱うことが、本来の運用です」

「……」

 

 淡々と話すアイリアンだが、ナタにとってその話は、初めて聞く情報の連続だった。『わたし』以降のほとんどの言葉が、異言語の羅列のように聞こえた。

 しかし、それでもナタは、彼女の言わんとすることをかろうじて解釈することができた。

 恐らく、特殊な出自と経験を持つナタでなければ追いつけない話だった。ナタ自身は自覚していなかったが、アイリアンはそのことをよく理解していた。

 

 人の意思で()に等しい力を扱う、護竜もまた、似た理由で造られたと考えていいだろう。その思想を忌避するナタ本人の思想は、一旦置いておく。

 つまり、竜機兵とは護竜と似たような存在なのかもしれない、とナタは考えを巡らせた。

 

「アイン、端末って?」

「子機のような……この表現でも伝わる可能性は低いですね。船と舵取りの関係のようなものです。当機(わたし)が舵取りで、竜機兵本体が船です。強引な例えではありますが」

「つまりアインは、その竜機兵っていう……アインより強くて大きな存在を操るのが本来の役割ってこと?」

「その理解で良いです」

 

 なんだか、途方もない話が始まっている。

 しかし、他人事として聞くことはできない。ナタの先祖、シルドの守人たちの先祖は、当事者としてアイリアンの話を聞くことができただろうからだ。

 

「じゃあ、護竜ヒトも?」

当機(わたし)の見立てでは、若干異なります。しかし、あくまで推測に過ぎません。ですから、当機(わたし)が検証を行います」

 

 未知のものを確かめるという、最も危険な任務に送り込める道具として、アイリアンを運用する。

 その実力のみならず、背景を鑑みても、より有意義な情報を掴んでこれるから。

 そして恐らく、アイリアンは自ら望んでその役回りを請け負っている。

 そうでなければ、この状況下でアイリアンを単独で出撃させるようなことはしない。調査隊はそういう組織ではないと、ナタのこれまでの経験が告げている。

 

「ナタ、聞いてほしいことがあります」

 

 アイリアンは龍灯の社のある方を見ながらそう言った。ナタに視線は向けず、まっすぐに竜都の最深部を見ていた。

 時計仕掛けのような瞳孔が、彼女の見る景色や思考に応じて伸縮する。その度に、ちぃ、というごく僅かな音が聞こえてくるようだった。

 

「護竜たちが一斉に竜都の外へ出たのには、何か存続以外の目的、いえ、意図が絡んでいるように思います。

 彼らには、着実に外の環境へと適応していく方法もあったはずだからです。かのアルシュベルドのように」

 

 かつての白の孤影、今でいうアルシュベルドが護竜の枠組みから脱した過程は、決して着実と呼べるようなものではなかったかもしれない。

 けれど、調査隊はある個体の暴走を止めこそしたものの、種としての存続に手を出すことはしなかった。

 エネルギーの摂取を竜乳から切り替えて、生殖して子をつくるまでに至ったなら、その種を既存の樹系図へ書き入れることを(いと)わなかったのだ。

 

当機(わたし)は、護竜ヒトが生産された経緯と、この先の竜都の最深部にいる存在が、今回の事件に深く関わっていると推測しています。さらにそれは、護竜ヒトが人型である理由に触れることになるかもしれません。

 ……基本的に、人型が造られる背景にはろくなことがありません」

 

 まるで、見てきたかのように話す。

 ナタがやや驚いた表情でアイリアンを見たのを、彼女は、人の言葉の受け売りです、と応えた。

 

当機(わたし)や護竜ヒトが、人型というかたちを与えられ、さらに少女の姿をしていること。その背景にある人の思惑は、ともすれば、彼らの心の弱さと直結するものになります」

 

 彼女の語った理屈は、少年のナタにとってはまだ実感の得られないものだった。

 しかし、ナタからの共感が得られるとは元から思っていないのだろう。彼の反応を待たずに、彼女は話し続けている。

 ナタがこの話を記憶に留め、後になって改めて振り返ることこそを、アイリアンは望んでいるのかもしれない。

 

「竜都の人々も、当機(わたし)の時代の人々も、もう少し賢明であれたはずです。

 翻せば、彼らが愚かさを抱いたことにより、当機(わたし)たちはこうして現在(ここ)にいます」

 

 調査隊に所属する人々は、その一人ひとりが実に多様な人生を経ていることを、今のナタは知っている。

 アイリアンもまた、その例に漏れない。

 いったい彼女はどのような背景から、今こうしてナタと話をするまでに至ったのだろう。

 

「まして、あの護竜ヒトは情動が当機(わたし)より豊かです。

 先ほど、彼女はよくつくられていると話しましたが、特に感情面では当機(わたし)より複雑な処理が可能でしょう。

 しかし、その方面の高い性能が、良い成果を導くとは限りません」

 

 ふぅ、とアイリアンは嘆息した。

 その仕草は、今までにナタが見てきた彼女の何よりも、人らしかった。

 

「人の()()()にこだわることは、人の悪い癖です。今の人々に責任はありませんが、今後も度々、こういったことは起こるのでしょうね」

 

 

 

 

 

 フィールド自体が、地下へと下る巨大な螺旋階段のようになっている竜都の跡形。

 厚い城壁や白き森で蓋をし、秘匿してきた遺構の最深部には、かの廃都の有する最大の神秘がふたつ、眠りについている。

 

 ひとつは、龍灯と呼ばれる巨大な球状の物体だ。それは巨大な龍の心臓のように、遠く隔ての砂原に至るまで、竜乳のエネルギーを送り届け続けている。

 もうひとつは、竜都が造り出した最も強力な護竜、白織龍ゾ・シアだ。

 

 ゾ・シアは、すでに調査隊によって調査と狩猟が行われている。

 調査隊の手で目覚め、調査隊の責任の下で討伐されたかの護竜は、禁足地と竜都、そして少年ナタを巡る一連の騒動に一旦の区切りをもたらした。

 竜都の最終兵器とも目されたゾ・シアだが、その狩猟の記録には、懸念がひとつ書き込まれている。

 

『その巨体と竜乳の結晶化を操る能力は脅威だが、特筆すべき点は他にない。

 モンスターとしての強さで比べるなら、同じく竜都の超大型モンスターであるジン・ダハドに軍配が上がるだろう。

 相対的な体力も多くはなく、こちらが消耗する前に生命活動を停止している。仮死状態への移行や再生の兆候も見られず。

 傷口から黒い泥のような液体が流れ出ることがあり、血液とは別の体組織であったことから、何かしら不完全な状態だったと推測される』

 

 人々が拍子抜けするほどにあっさりと斃れたゾ・シアは、しかし、それから一年も経たない間に再生産されていることが明らかになった。

 復活したのではない、再生産だ。龍灯の一部を覆うように張られた巨大な繭の中には、かつて人々が目にした護竜の姿が透けて見えていた。

 調査隊は協議の上でその繭を破壊したが、後日、三度大繭が形成されていることを確認すると、その処置を経過観察へと切り替えた。

 

 もし、再びゾ・シアが生まれ落ちたり、繭の中でさらに形態を変化させたりといった兆候が見られた場合は、調査隊のハンターが狩猟を行う。

 現地住民の意向も聞いたうえで、そんな取り決めを交わして、今へと至る。

 

 護竜ヒトと護竜たちの反乱とも言える事件が起こったとき。

 調査隊の上層部が最も重要視したのは、護竜ヒトそのものではなく、龍灯で眠るゾ・シアの動向だった。

 護竜ヒトが龍灯の社へ逃げ込んだ今、武力を用いての制圧に、調査隊が躊躇することはない。

 加えて、調査隊のごく限られた人員には、厳重に隠されたある任務が共有されていた。

 

 それは、護竜ヒトとゾ・シアを接触させることによって、先の調査における懸念点、ゾ・シアの不完全性を改めて評価すること。

 数人のハンターと編纂者の反対、その他の隊員の賛成、そして銀の隊のアイリアンの進言によって、その任務クエストは可決された。そして、今まさに実行されている。

 

 ゾ・シアとは、護竜ヒトとは、どのような存在なのか。

 尽きることのない竜都の謎の一端が、明かされようとしていた。

 

 

 

 

 

『結晶に、呑まれてしまえ!』

 

 戦いは既に、互いの全力を掛けたぶつかり合いとなっていた。

 無数の白い羽根を纏った純白の龍が、巨大な腕を地面へと叩きつける。

 その腕は背中の両翼が発達したもので、飛ぶ力を失っている代わりに、強大な力と竜乳を操る能力を宿していた。

 

 護竜ヒトは、かの龍の脊髄にあたる部位に、半ば埋め込まれるようなかたちで潜り込んでいた。

 騎乗とはまた違う、何かしらの方法でゾ・シアに()()している。竜機兵に近い運用なら、そういう表現になるはずだ。

 その声はゾ・シアの立てる音によってかき消されてしまうはずだが、不思議とアイリアンの聴覚にも届いていた。

 

 ゾ・シアの翼爪が地面にめり込むと、周辺の地面が白く発光し、高密度の竜乳結晶を即座に出現させる。

 波濤のように押し寄せる竜乳結晶は、その範囲の広さから距離を取っての回避が難しく、さらに足元から突き上げてくるため、盾で防ぐことも困難だ。

 アイリアンは金属糸で強化したスリンガーを駆使して、半ば強制的に距離を取る。

 しかし、完全に避けきることはできず、脚や背中に竜乳結晶の棘が突き刺さった。

 

『逃がさない!』

 

 息つく暇もなく追撃が来る。

 護竜ヒトと白織龍ゾ・シアは、互いの感覚や力を共有しているような状態にあるのだろう。

 どうやってそれを為しているのかは分からないが、竜機兵としてのアイリアンはその状態に馴染みがある。

 

 破壊力は高いが大味になりがちな大型モンスターの攻撃を、小型生物ならではの素早さでサポートする。

 理想を語るのは簡単だが、存外に難しい。アイリアンですら苦慮した覚えのあるそれを、彼らは十分な協調性をもって実現していた。

 

 ゾ・シアの腕が再び地表を踏むと、アイリアンに向けて線を引くように、竜乳に満たされた地面が白く発光する。

 範囲を絞ることによって、遠くにも結晶を届かせることができるようだ。

 すぐにその場から飛び退けば避けられるが、先ほどの緊急回避の受け身を取っている最中のアイリアンは、大きく動くことができない。

 

 直後、地面に埋め込んだ、巨大な刃を持ち上げるかのように。

 竜乳結晶が瞬く間に押し寄せて、アイリアンの全身を吞み込んだ。

 

「……」

 

 一度実体化させた竜乳結晶は、強い衝撃か属性エネルギーを受けない限りは、その場に留まり続ける。

 数秒後に現れたのは、白い結晶に半身を覆い尽くされたアイリアンの姿だった。

 間一髪で流体金属の盾を展開したのか、完全に圧し固められたわけではなさそうだが、衝撃は防ぎきれなかったようだ。

 機械絡繰(アーティア)の装備は煙を噴き上げ、防具の隙間からぽたぽたと血が滴っている。

 

『もう容赦はしない。あなたをここで殺し、私たちは再び立ち上がる。龍灯も、各地の竜乳も、止まってはいないのだから』

 

 護竜ヒトは、アイリアンへの敵意を露わにしながらそう話す。

 各地で護竜たちが調査隊によって狩られていることは、護竜ヒトも感じ取っていた。

 一人ひとりのハンターの質が高く、数で押しても跳ね返されてしまう。各地の固有モンスターたちも縄張り争いに加わり、疲弊した護竜たちが一頭、また一頭と倒れていく。

 ならば、ゾ・シアと護竜ヒトが道を切り開く他ない。力でもって立ち塞がる者を退け、護竜たちを先導するのだ。

 

 そのためにも、このような場所で足止めされるわけにはいかない。

 見たところ、アイリアンはアルシュベルドのときほどの出力を保てていないようだった。流体金属を用いた武具の生成にも精彩を欠いている。

 連戦の疲れが出ているのか、竜機兵本体のいない制御端末故の限界が来たか。しかし、同情している場合ではない。

 

 竜乳結晶で殺し切れないなら、物理的に押し潰すまで。

 護竜ヒトとゾ・シアは動けないアイリアンの傍まで歩み寄った。重たい足音は、それ自体が何かの宣告のようだ。

 そして、アイリアンを真下に捉えたところで、巨人の腕の如き両翼を振り上げる。

 

 ぶつっ、と。

 ゾ・シアの頭上で、何かが千切れる音がした。

 

 護竜ヒトが弾かれたように頭上を見る。

 そのときには既に、ゾ・シアの半身ほどはあろうかという白銀の柱が、彼女の視界いっぱいに迫りつつあった。

 

 護竜ヒト単体だったなら、それでも回避を間に合わせることはできただろう。

 しかし、今や護竜ヒトは鈍重な機体に乗り込んでいた。いくら彼女のサポートによって細かな動きができるようになっても、その巨体故の慣性だけはどうにもならない。

 

 嵌められた。護竜ヒトがそう理解すると同時に。アイリアンへとゾ・シアの翼が振り下ろされるより前に。

 その威容にしては細身の胴体に、柱状の金属塊が直撃した。

 

 超重量の落下物を受け止めきれず、ゾ・シアが崩れ落ちる。

 広間の竜乳結晶の大部分が崩れ落ちるほどの地揺れが起こり、細かな白い結晶が煙のように舞い上がる。

 べきばきと、骨や殻の砕かれる生々しい音が白煙の中で響いてきた。ゾ・シアが唸り、苦悶している。

 

 龍灯の社でゾ・シアと対峙したそのときから、アイリアンは頭上高くに吊り下がった瓦礫と思わしき柱に、少しずつ流体金属を流し込んでいた。

 司銀龍ハルドメルグの力を扱うアイリアンだが、一度に使える流体金属の総量はそう多くない。せいぜい、防具の補強と手元の武器を造り出すくらいだ。

 そもそも、いくら古龍でも無から有を創り出すことはできない。

 龍脈や地脈といった大地のエネルギーを借り受けつつ、拾い集めるようにして流体金属を作っているに過ぎない。

 

 目の前の巨大な護竜にアイリアンが太刀打ちするためには、地道に瓦礫に流体金属を流し込んでいくしかなかった。

 離れるわけにはいかない。アイリアンの力が行き届く範囲を超えてしまう。

 護竜ヒトに悟られるわけにはいかない。細心の注意を払って静かに遠隔作業を進めながら、その分落ちた出力でゾ・シアの攻撃を凌がなければならない。

 何か企んでいる、と疑わせるのではなく、消耗している、と油断させるような立ち回りを。

 

 そうして長い時間をかけて、その瓦礫を支える竜都の根が千切れかけるほどの重さになるまで、その金属塊を育て上げた。

 後は、自らを囮にしてゾ・シアをおびき寄せ、柱を吊り下げていた糸を切る。危険だが、十分に対価のある駆け引きだ。

 果たして、アイリアンの目論見は成功を収めた。

 致命傷には至らないが、大きなダメージを与えることはできただろう。かの龍の背中にいた護竜ヒトも無事では済まないはず。

 さらに、アイリアンの反撃はこれだけに留まらない。

 

 目の前には、少しずつ注いでは凝固させた流体金属が、これでもかと言うほどに大量に用意されている。

 これを使わない手はない。アイリアンは銀色の柱に向けて手をかざし、全力で自らの力を振るった。

 

 柱を構成していた金属が突如として波打ち、水玉のように分裂する。核となった元の瓦礫がごとんと音を立てて転がった。

 それとほぼ同時に、無数に分裂した銀の雫の先端が一瞬で鋭い針と化し、ゾ・シアの体に次々と突き刺さった。

 ゾ・シアが再び悲鳴を上げる。

 背中や翼に突き刺さった針は、その多くが白い殻によって弾かれたり防がれたりしたものの、それでも少なくない数が内部の肉にまで達していた。

 

 強力な攻撃だが、持続は短い。アイリアンが少しずつ力を緩めると、無数の針も再び流体へと姿を変え、地面へと流れ落ちていく。

 流体金属が融け落ちると、ゾ・シアの潰されて拉げた白い殻と、穴のように穿たれた傷が露わになった。

 その傷口からは、どろりとした黒い泥が流れ出ている。

 

 過去の報告にあった通りだ。

 報告の通りなら、この先のゾ・シアは脆い。外傷に弱く、体力もない。黒い泥に侵された傷口は、護竜らしく再生させることもできない。

 不完全さが露呈し、内部から瓦解していくように自滅へと向かっていくことになる。

 

 アイリアンはあえてそれ以上の追撃を入れず、かの龍の状態を注意深く観察する。彼女はまだ警戒を解いていなかった。

 これまでのゾ・シアとの戦いと今とでは、大きく異なる点がひとつある。護竜ヒトの介入の有無だ。

 ゾ・シアと護竜ヒトは、これまでにない協調を見せた。ゾ・シアはより手強くなり、護竜ヒトは他の護竜とのより深い繋がりを見せた。

 彼女の存在が、ゾ・シアに何らかの影響を及ぼすかもしれない────。

 

 

 ぱきっ

 

 

 と、それはやけにはっきりと、龍灯の社に響いた。

 竹の割れるような、高い音だった。アイリアンからは直接その姿を見ることはできなかったが、どうしてか、護竜ヒトの顔を覆っていた面が割れたのだろうと悟った。

 

 同じような変化が、ゾ・シアの方にも起こる。

 顔全体を覆っていた白い鱗と殻に罅が入り、それは大きな亀裂へと変じて、ばらばらと剥がれ落ちていく。

 翼や胴にも罅は波及し、吹き散らされる枯葉のように、白い断片となって散っていく。

 美しさすらあったゾ・シアの白装束が、砕けて、崩れていく。

 

 ゆっくりと時間が進んでいるようでいて、その実、十秒にも満たない急激な変化だった。

 そうして、純白の内側から姿を見せたのは。

 腫れ上がり、そして熱く脈動する、黒き瘤塊だった。

 

 

 

 

 

 護竜ヒトは、千年の時を経て再び造られてから、自身の役割を疑うことはなかった。

 護竜たちと同じ生物種として、彼らの側に立ち、竜都の文明が滅んだ今、自身を含めた護竜の存続へ向けて邁進すること。

 

 自身の命も惜しくはなかった。自分が死んだなら、竜都は必要に応じてまた新しい護竜ヒトを生産するだろう。

 その個体がどのような判断を下すかは分からないが、半ば野生化している他の護竜たちとは違い、護竜に資するという基本の思想は変わらないはずだ。

 

 秘匿されてきた護竜であるゾ・シアもまた、護竜ヒトが気に掛ける対象だった。

 竜乳を大量に消費するその性質上、かの龍だけは竜都に縛られたままになってしまうかもしれない。

 結局、調査隊の攻勢を抑えることができず、龍灯の社で眠っているかの龍を起こすことにもなってしまった。

 

 それでも、護竜ヒトがゾ・シアを気に掛けるのは、両者が同時期に開発された護竜だからだ。

 強大な力を持つが故の、権限分散。

 ゾ・シアから護竜ヒトへの、権限委譲と言った方が正しいが。

 護竜ヒトが傍にいなければ、ゾ・シアは全力を出せない設計になっている。護竜ヒトが鍵の役割を持ち、両者は対等、等価の扱いとする。

 竜都の民の意思決定に参画し、命令や指示を理解し、注意しながら護竜の枷を外す存在がいなければ、護竜ひいてはゾ・シアを御しきれないから、と。

 

 最終的に、龍灯の竜乳の生産調整権限まで与えられたのだ。

 裏を疑うには大きすぎる。竜都の生命線とも言える機能が、護竜ヒトには委ねられている。

 

 竜都の民はもはや過去の存在であることは理解していた。今や彼らの指示や願いを受けることはないのだと。

 だから、純粋に護竜という種のために動くことができた。こちらの方がより本質的だと思うほどに、護竜ヒトにとって迷いのない日々だった。

 

 

 

 迷いなく踏み込んでいった先は、真っ黒な感情に塗り潰された癌の中だった。

 

 調査隊が介入しなければこんなことにはならなかったか? 答えは否だ。

 護竜ヒトが龍灯の社に向かわなければ、こんなことにはならなかったか? その答えも、恐らくは否だ。

 護竜ヒトが生産されたという時点で、歯車は動き出していたのだろう。時間の問題だったと言っていい。

 護竜ヒトを殺しても止まりはしない。一度引き金が引かれた時点で、護竜ヒトは不要になっている可能性が高い。

 

 護竜ヒトに、本当の意味でゾ・シアを制する力はない。

 ゾ・シアが、内側で膨れ上がる癌を抑えきれなくなった。それで全てが説明できる。

 護竜ヒトが目覚めてから起こした行動の全ては、ゾ・シアの癌が引き起こした現象に過ぎない。

 護竜ヒトは、開発された時点で人の道具ではなく、竜都の道具でもなく、龍の道具と化していた。

 塗り替えられた時点で記憶は途切れ、記録もされず、護竜ヒトに自覚が芽生えることはなかった。

 

 初めから、全ての因果は逆転していた。

 ゾ・シアの枷を外すために、護竜ヒトが呼ばれたのですらない。

 ゾ・シアの枷が()()()()()、護竜ヒトが造られたのだ。

 

 

 

 

 

 赤雷が、ゾ・シアの体を貫いた。

 それは何の予兆もなく、突然発生した。かの龍との戦いで属性らしい属性を見るのは、これが初めてのことだった。

 ゾ・シアの体が跳ねて、白装束の最後の欠片が剥がれ落ちていった。

 そこに残ったのは、これまでとはまるで異なる黒い竜の姿だ。

 

 アイリアンは信号弾を打ち、この狩りを遠くで見守っていた調査隊のアイルーと編纂者に危険を知らせる。

 元から十分な距離を取って、双眼鏡で状況を観察していた彼らだが、彼女から放たれた信号弾とゾ・シアの並々ならぬ様子を見て、慌てて撤退していった。

 彼らは惜しいだろうが、正直なところ、龍灯のみならず竜都の全域まで避難指示を広げたいくらいだった。

 ここから先は、何が起こるか分からない。

 

「あなたも、当機(わたし)たちと同じ考えだったのではないですか」

 

 未だ蠢くばかりで、立ち上がらないゾ・シアへと。

 唐突に、人に声をかけるように、アイリアンは話しかけた。

 

「竜都から護竜を解き放つにしても、一気に事を進める必要はなかったように思います。

 そんなことをすれば、周辺環境や現地の生き物たちとの軋轢が起こり、状況はより悪化します。あなたにもそれは理解できたはずです」

 

「加えて、当機(わたし)を迎え撃つためのアルシュベルドを除き、竜都からは護竜がいなくなっていました。

 移動を促すにしても、極端すぎるように感じます。竜都の外へ出るか否かは、個々の護竜の意思に委ねられるべきで、竜都を空にするのはある種の強制です」

 

 アイリアンはよどみなく言葉を紡ぐ。

 もう後戻りできない状況だということは分かっていても、アイリアンは話し続けた。

 

「あなたは初めから、護竜を竜都から避難させたかったのではないですか。

 こうなる未来は想像できていなかったとしても、近いうちに、竜都に苦難が訪れることを予感していたのではないですか。

 多くの犠牲が出るにしても、早急に護竜たちを外へ逃がすにはこの方法しかないと、無意識の内に考えていたのではないですか」

 

 そのとき、ゾ・シアの側から反応があった。

 突如としてその口元や腕から炎が立ち昇り、アイリアンへと向けて火炎が放たれたのだ。

 アイリアンは一歩歩いてそれを避けた。背後で爆炎が咲くが、今はそれを気にしている時ではなかった。

 

「あなたは、もしあなたに十分な時間があったなら、調査隊や竜都の守人たちと交流し、対話する選択肢も有り得たと思いますか。

 あなたは────」

 

『願われたなら』

 

 落雷が、アイリアンの言葉を遮った。

 黒い肉の増殖が止まり、ゾ・シアがゆっくりと立ち上がる。

 

 その表皮は、冷え固まった溶岩のように黒く染まっている。竜乳結晶を操る性質は健在なのか、白い結晶が生えては、その端から燃え落ちている。

 頭部は歪に隆起し、ねじ曲がった角が生え、どこが輪郭で、どこに目や耳があるのかが判然としない。

 白織龍という名からは遠くかけ離れ、もはや面影すらも失った。

 その姿はまるで、遥か西の地で語り継がれる伝説の黒龍のようだった。

 

 ゾ・シアが咆哮すると、周辺に次々と赤雷が降り注ぎ始めた。

 白装束の破片が雷に一掃される。その落雷ひとつにしても、小さな生き物なら消し飛ばされかねない。

 地面は急激に熱を持ち始め、溶岩のようになった竜乳がゾ・シアの周囲でぐつぐつと煮え滾っている。

 壁や天幕の竜乳結晶も自然に発火し、龍灯の社は、数分前とはまるで異なる空間と化していた。

 

 アイリアンはそれ以上話すのを止めて、武器を構えた。

 もう小細工も演技もする必要はない。対竜兵器としてできることをやっていくだけだ。

 もしアイリアンがここで壊されても、調査隊のハンターたちが後を継いでくれるはず。彼らの犠牲を増やさないためにも、ここで全力を尽くす。

 

 白装束が剥れ落ちて露わになったゾ・シアの背中から、護竜ヒトの姿が見える。

 彼女の姿もまた、以前とは一変してしまっていた。ゾ・シアの瘤塊に半身を取り込まれ、自身もその肌を黒く染めている。

 

 護竜ヒトは薄い笑みを浮かべていた。

 今やその真意は。元の意識の有無は、誰も読み取れない。

 アイリアンのまなざしを受け、アイリアンを見下しながら、護竜ヒトは嗤っていた。

 

『願われたのなら、行こう。外へと』

 

 






本文はここまでとなります。
唐突だと思った方には申し訳ないです。

元ネタはブルーアーカイブの6th PVでした。とても良いPVなのでぜひ見てみてください。
場面構成をかなり寄せたつもりなので、PVを見ながら読み返すと、どこがどのシーンか分かるかもです。この終わり方をした理由も分かるはず……。

ブルーアーカイブの6th PVを見たとき、これ実質ワイルズだ!という電波を受信し、勢いのままに書き上げた次第です。半年経っちゃいましたが……。
ワイルズの続編の情報か、ブルーアーカイブのデカグラマトン編の続きが来たら詰むので、それらに怯えながらの執筆でした。
続きを書くつもりはほとんどないのですが、デカグラマトン編の今後の展開次第かな……と思います。

「とある青年ハンターと『 』少女のお話」を書いたときの自分が、派生作品を書く可能性を考えてくれていてよかったです。
まさかこのようなかたちで派生するとは、想像すらもしていませんでしたが。何があるか分からないものですね。

それでは、本作を読んでいただきありがとうございました。

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