仕方ねぇだろこの装備が一番強ぇんだから

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RPG風ファンタジー異世界コスプレ女装深夜徘徊部

ここは神様が天地創造の練習のために作った世界。すでに神様は去り、アプデが行われなくなって久しいが、命あるNPCたちは今日も逞しくこの世界を生き抜いている。

 

彼らは無限沸きしてくるモンスターに対抗するべく安定したレベル上げの手法を編み出し、不可解な仕様に目をつけては有用なグリッチを見つけるべくデバック作業に励み、過酷でバランスの崩壊したこの世界を生きるためにあらゆる努力を重ねてきた。

 

そして長年にわたる研究の末、彼らがたどり着いた究極のぶっこわれ最強tier1環境装備こそが……

 

「この『キラキラ☆ゆめかわ☆魔法少女ミラクル・エーリカ』装備一式だったというわけです」

 

「そうはならねぇだろ」

 

その日、依頼していた新装備が完成したという知らせに胸を躍らせて鍛冶屋に乗り込んだ鎧姿の少年は、件の装備を着せられたマネキンの前で立ち尽くしていた。その表情には絶望が滲んでいた。

 

水色とピンクのツートンカラーに、やたらめったらリボンとフリルまみれのデザイン。スカートの丈は正気を疑うレベルで短かい上に、花柄のレース生地でできているせいで中が透けていた。肘上まで丈のあるオペラグローブに、太ももを覆うサイハイブーツのおかげで露出面積自体がそれほどでもないが、衣服が隠すべき局部の防御があまりにも心もとないデザインである。ついでに頭装備には青いロングヘアのウィッグである。

 

「深層ダンジョン攻略組WIKIの情報に間違いはありません。疑いの余地なくこれが現行の最強装備です。アルフォンスさん、早く装備してください」

 

「嫌に決まってるだろ! これどう考えてもタイプA骨格用の装備じゃねぇよ! ヴェリタ! タイプB骨格のお前が着ればいいだろうが!」

 

ちなみにタイプAはがっしりとして筋肉質な骨格を、タイプBはしなやかで肉付きの良い骨格を意味するこの世界での公式名称である。一言で言えば神様も逃れられなかった諸般の事情であった。しかしテキスト上には普通に男女の概念が出ているので、あんまり気にしなくてもいいらしい。外向けのパフォーマンスである。閑話休題。

 

ローブに身を包んだタイプBの少女は、バディたるタイプAの少年に静かに語りかけた。

 

「いいですかアルフォンスさん、落ち着いて聞いてください。この『キラキラ☆ゆめかわ☆魔法少女ミラクル・エーリカ』は見ての通りタイプB骨格用の装備ですが、着用すると筋力と技量のステータスに大幅な加算処理が行われます。タイプB骨格はタイプA骨格に比べて筋力と技量の能力値が低く設定されているのはご存じですね? つまりこの装備は、タイプBでも前衛を張れるようにステータスを矯正することを目的とした装備なのです」

 

「じゃあ尚のことお前が着ればいいだろ! こないだMP切れで雑魚に群がられて死にかけたとき、これからは近接にもステ振りますって自分で言ってたじゃねぇか!」

 

「まあそれはそれです。ともあれ重要なのはここからでして……この装備、タイプAが着用した場合でもステータスの加算処理が行われることが検証の結果発覚したんですよ」

 

「はあ!?」

 

「鬼に金棒という言葉がありますが、低いステータスを底上げするよりも、元から高いステータスにブーストを掛けた方が強いのは必然。というわけでタイプAのあなたが着てください。良かったですね、あなたはもっと強くなれますよ」

 

少女の言葉に少年は天を仰ぎ、そして再び眼前のマネキンを見据えた。やがて深々とした溜め息に続いて、重々しく言葉が吐き出される。

 

「……背に腹は、代えられねぇか」

 

神様に見捨てられたこの世界は、悲しいほどに過酷であった。あからさまな調整ミスのまま放置されたバカ強イカれステータスのボスモンスターがフィールドをさまよい、多大な犠牲を払って討伐しても気づけば復活してくる。クソみたいな高頻度で発生する街への魔王軍襲来イベントは、その理不尽な難易度のせいで毎回多くの住人たちが犠牲になっている。

 

尊厳を捨てる程度で最強の力が手に入るというのならば、選択肢は一つだった。

 

「……クソっ! なんでホントにステータスがめちゃくちゃ伸びてんだよ!」

 

数分後、ふわっふわなフリルに塗れた装備『キラキラ☆ゆめかわ☆魔法少女ミラクル・エーリカ』に身を包んだ少年は、己のステータス画面を開いて毒づいた。装備変更前と比べて筋力と技量が尋常でなく伸びている。これなら今まで要求値が足りていなかった特大剣の武器種でも問題なく装備できてしまうだろう。

 

「……んふふっ 似合っていますよアルフォンスさん……ふっふふふっ ええはい、マジで……ふふっ」

 

「笑ってんじゃねぇよ! 死ぬほど恥ずかしいんだよこちとら!」

 

赤面した少年が少女を殴りつけるが、街の中は非殺傷設定が有効なので問題はない。半笑いの張り付いた顔のままノーダメージで打撃を受け流した少女は、少年の手を取って言った。

 

「大丈夫です。あなたは小柄で、顔立ちと骨格もあまり筋張った生成ではありませんから、さほど違和感はありません。ちゃんと似合ってますから。かわいい、かわいいですよ」

 

「そういう問題じゃねぇ! バカ! アホ!」

 

ヴェリタの手を振り払い、わなわなと全身を震わせながら罵声を浴びせるアルフォンス。だがそんな彼の様子にも構わず、ヴェリタは装備を整えてメインウェポンである杖を持ち上げた。

 

「ではそろそろ日没です。その装備の性能試験と行きましょう。ロケーションはそうですね……『茨の森』あたりがいいでしょうか?」

 

「この格好で外に出ろってか!?」

 

「当然です。装備は装備していないと意味がありませんよ」

 

「ああクソっ! ……せめてマントか何か、こう、羽織れるモン貸してくれねぇか?」

 

「別にいいですけど、街中を歩く時だけにしてくださいね。一式装備は余計なものをつけると露骨に補正値が落ちるので」

 

「……逃げ場がどこにもねぇんだけど」

 

そしてボロ切れをまとって人目を忍びつつ街を抜け出し、二人は北西にあるロケーション『茨の森』にたどり着いた。

 

ここはその名の通り、触れるとダメージ判定が発生する刺が生えた攻撃的な木が生い茂る森である。ウェアウルフやスライムを始めとしたモンスターたちの巣窟であり、街道の安全を守るためにも定期的な間引きは不可欠であった。アルフォンスとヴェリタの二人にとっては、庭と言えるほどに戦いなれたロケーションである。

 

しかし、二人が慣れているのはあくまでも"昼”の時間帯のこと。この世界には昼夜の概念が存在し、"昼”は視界も良好で戦いやすいが、ひとたび日没を迎えて"夜”の時間帯になると、難易度が爆上がりするのだ。視界が著しく狭まる上に、モンスターのステータスは大幅に向上する。その極端な上げ幅ゆえに、備えのない夜の戦いは禁物とされ、狩りや探索はどれだけ長引いても日没までに街へ引き上げることが推奨されるほどだ。

 

故に、そこそこ戦歴のあるアルフォンスとヴェリタであっても、夜の戦いは極力避けていたのだ。今日までは。

 

「ゆめかわアルフォンスさん鬼つえぇ! このまま森中のモンスター皆殺しにしていきましょう!」

 

「……畜生、普通に戦えちまってやがる。ザコっつっても夜バフ付きのモンスターなのに、一撃で死にやがるぞこの野郎」

 

ずっとインベントリの中で埃を被っていた特大剣を振りかざし、こちらを引き裂かんと牙を剝きだして襲い掛かってくるウェアウルフをカウンター判定付きの一撃で血煙に変える。今までは逆立ちしたって出来なかった芸当が片手間に熟せてしまう現状に、悲喜こもごもな感情がアルフォンスの中で渦巻いていた。

 

なんというか、このアホみたいな格好が確かに戦力増強につながっているという現実が、心の底から気に入らなかった。

 

「いやはや、今後は夜間戦闘を臆する必要はありませんね。前衛の安定感がダンチです。アルフォンスさんがぶん殴ってモンスターを殺しながらタゲを取って、敵撃破でMP回復スキルを積んだ私が無限魔法ブッパでモンスターを殺す。最強の戦術が完成してしまいました。もう我々に敗北はありえません」

 

「すげぇ調子に乗ってるじゃんこのタイプB。言っとくけど俺が強くなっただけでお前の貢献度は大して変わってないからな? むしろ敵のタゲが一切そっちに向かなくなった分俺の負担が爆増してるのに、お前は脳死で魔法連打してるだけになったから不平等感パナいぞ?」

 

「それが前衛と後衛というものです。頑張ってください。それに私が魔法ブッパに専念できる分総合火力は上がっているので全くもって平等です」

 

「納得いかねぇ」

 

そんなやり取りをする間も、二人はモンスターの屍を積み上げていく。そして今までにないペースで溜まっていく経験値に、ヴェリタはもちろん、嫌々戦っている体のアルフォンスも内心有頂天であった。

 

「ふぅ、結構狩ったな。おいヴェリタ、そろそろ切り上げようぜ。今日は慣らしだし、朝んなったらここにも戦士が来るだろ。こんな格好してるところを他人に見られんのは御免だぜ」

 

「あなたはその格好を見られたがりませんが、ウィッグもしてますし、見られたところでアルフォンスさんだとはバレやしませんよ。それにどうせしばらくはこれが環境装備ですので、あなた以外のメレー組も近いうちにみんなゆめかわ魔法少女になって目立たなくなりますから、細かいことは気にしなくてもいいのでは?」

 

「想像したくねぇよその未来、とにかくこんな格好した狂人の正体が自分だと周りにバレたくねぇんだ俺は。……あーくそっ もう次に環境が変わるまでは夜専でいいか?」

 

「夜間戦闘は報酬も上方修正掛かって美味なので別にいいですよ。ま、声を聴かれない限りタイプAとは気づかれませんから、そう臆病にならないでください」

 

「んな訳あるかい」

 

この装備はクソだが、恩恵は無視できない。人目を忍びながら深夜の狩場を徘徊する生活はしばらく続きそうである。アルフォンスはこみ上げる感情を特大剣に乗せ、襲い来るスライムに叩きつける。スライムは一撃で爆発四散し、その体液を辺りにぶちまけて消滅した。

 

……しかしこのパワーは悪くない。今後は力任せの荒っぽい戦い方でストレスを発散するとしよう。アルフォンスはひっそりと笑みを落とした。

 

 

 

 

 

「で、昼夜逆転レベリング生活も板について結構経つ訳だが……。俺以外にこの装備使ってる奴が一向に出てこないのはなんでだ?」

 

「さあ、そんな服を着る生き恥を晒すぐらいなら既存の装備で戦って潔く死ぬ方がいいと考えてるんじゃないですか?」

 

ぼちぼち日が暮れてくる時間帯、フィールドから街に引き上げてくる戦士たちを横目に、二人は大通りにあるカフェのテラス席で夕食という名の朝食を食べていた。アルフォンスはウィッグを外してこそいるが、当然ながら外套の下には例の装備をしっかりと着こんでいる。

 

「生き恥ってお前……潔く死ぬってお前……。お、俺はそこまでの格好をしているのか? 客観的に見て俺はそんな風に見えてるのか? 最近感覚がマヒしてきてもう何が恥ずかしいのか分からなくなってきちまったよ俺は……」

 

「じゃあその外套引っぺがしてあげましょうか?」

 

「やってみろ、その瞬間お前を殺してやる」

 

「どうぞお試しください、どうやって非殺傷設定の無敵シールドを突破するのか見ものですね」

 

数秒のにらみ合いが続く。ややあって、ヴェリタはひらひらと手を振りながら肩をすくめた。

 

「……まあ、真面目な話をすると、その装備のステータス向上効果が一部の自己強化スキルやバフ魔法と干渉して互いに無効化してしまうという仕様が発覚したためですね。タイマンステゴロ特化運用なら使い道はありますが、バッファーと協力しての戦闘だと突然補正が消滅してえらいことになるんだとか。バランスの良いパーティならわざわざ採用する理由はありませんね」

 

「へぇ、つまり後衛に火力魔法しか覚えてないバカ魔術師一人しかいない俺たちにゃ関係ないってことか。おかげで装備更新の必要はなしと、よかったよかった」

 

「ええ関係ありませんよ。自己強化スキルも取らずにひたすら筋力値だけ伸ばし続けて物理で殴るしか能のないアホ剣士には全く関係のない話です」

 

「あ?」

 

「ん?」

 

再び始まるにらみ合い。冷戦が熱戦に変わろうという瞬間、二人の間に割って入る声があった。

 

「あ、お久しぶりですヴェリタさん! それにアルフォンスさんも!」

 

二人が声のした方に目を向ければ、そこには弓を携えた戦士風の装いの少年がいた。アルフォンスよりも少し背が低く、幼さが残る顔立ちである。

 

「お! ファウか! 確かに久しぶりだな、元気してっか?」

 

「はい! おかげ様で戦士としての仕事も順調です!」

 

「デビューから五か月ほどですか、そろそろ慣れてくる頃ですね」

 

少年の名はファウ。二人の後輩の戦士であり、彼の初めての冒険に引率として同行した仲である。

 

「んで、ファウはフィールドから今帰ったとこか?」

 

「はい! さっきまで『呪い溜まりの沼』にいて、サラマンダーを討伐した帰りです! ……サラマンダーと言っても幼体だったし、先輩方の手厚い支援のおかげで何とか倒せたって感じなんですけど」

 

「いえ大したものですよ。デビュー半年もしないで竜種を倒すというのは並大抵のことではありません」

 

「そ、そうですかね? えへへ……。ところで、お二人も今戻ったところですか? もしよかったらなんですけど、これから先輩たちと打ち上げに行くんで、ご一緒にどうかなーって」

 

「おう、お誘いありがとな。でもワリィ。俺らは今から出るんだわ。夜狩りだよ夜狩り」

 

あっさりと語られたアルフォンスの言葉に、ファウは露骨に動揺した。

 

「ええ!? 夜にフィールドに出ているんですか!? あ、危なくないんですか!?」

 

「はい、とても危ないですよ。ですが経験値も美味なので、危険を押してでも行く価値はあります」

 

「おかげでレベルもモリモリ上がっててよ。んえーっと? 夜レベリング始める前が俺たち二人ともレベル40台で燻ってたのが、今じゃレベル60後半だからな。昼とはファーミング効率がダンチだぜ」

 

「へぇ~、上級者の方ってすっごい。僕には想像できない世界に生きてるんですねぇ……。わかりました! 出陣前の休息をお邪魔しちゃってすみません! 二人ともお気をつけて! それじゃ、僕は失礼します!」

 

ぺこりと頭を下げ、ファウは去っていった。

 

「……っと、そろそろいい時間だな、俺たちも行くか。今日は『氷炎砂漠』に行くんだったよな?」

 

「そうですね、行きましょうか。……ところでアルフォンスさん」

 

「ん? なんだよ」

 

皿の上に残っていた食べ残しを口に押し込んでいくアルフォンスに、ヴェリタは問いをぶつける。

 

「先ほど私は、ゆめかわ魔法少女装備の欠陥を説明しましたね」

 

「してたな」

 

「そして装備更新の必要がないと分かったあなたは「よかった」と言ってましたよね」

 

「言ったかそんなこと?」

 

嚥下しつつ、アルフォンスは首を傾げた。

 

「ええ言ってましたよ。……で、一体何がよかったんですか? 生き恥を晒さなくてよくなってたかもしれなかったのに」

 

「……んなこたぁどうだっていいだろ。いいから行くぞ! あ、会計頼むわ」

 

問い掛けに答えることなく、アルフォンスは足早に席を立って通りへと向かってしまった。取り残されたヴェリタは静かに息を吸って吐き、額に指を押し当てる。

 

「……まあ、あなたがそれでいいんなら別にいいんですが」

 

 

 

 

 

──撤退は日没に間に合わなかった。初めてのフィールド探索の時からあの二人組に「絶対に午後のティータイムまでには帰還するように」と口酸っぱく言われていたのに。

 

「ファウ! 街がどっちか分かるか!?」

 

「わっわかりません!」

 

もう少しくらい大丈夫だろう。あと一、二体はモンスターを狩ったらレベルアップできる。もっと素材を収集しないと借金が返せない。だから少しだけ、少しだけ。……そうやっている内に辺りは暗闇に包まれ、僕たちは方位を見失った。

 

ついさっきまで簡単に倒せたモンスターは日暮れとともに大幅に強化され、狩る側と狩られる側の立場は簡単にひっくり返った。先輩たちの魔法や剣は全く歯が立たず、僕の矢もあっさりと弾かれてしまう。対抗する手立てはなかった。

 

「アイツが来てるぞ! 私たちの足じゃ振り切れない!」

 

「ぼっ僕が殿に残ります! 敏捷値が一番低い僕が残れば、みんなは街までたどり着けるかも!」

 

「馬鹿なこと言ってねぇで走れファウ! お前の体力値じゃアレの足踏みの衝撃ダメージだけでお陀仏だぞ!」

 

僕らにできることは、どこを向いてもトゲトゲした木しか見えないこの『茨の森』の中を闇雲に走って逃げ回ることだけだった。けれど、それももうすぐ終わりだろう。

 

……だって僕らは、絶望に追われているのだから。

 

「クソが! なんだってこんな時にボスモンスターとエンカウントしちまうんだよぉ!」

 

『トゲの森』に出現するボスモンスター、エルダートレント。見上げるほど巨大な木製の巨人は、この森の木々同様全身トゲ塗れだった。散歩でもするような悠々とした歩みでも、あまりにも歩幅が大きすぎるせいで僕らの全力疾走よりも早い始末だ。

 

これがウェアウルフやスライムの群れならまだましだった。倒せないなりに逃げ回れば生き残る可能性もないわけではなかったから。けれど相手はボスモンスター、しかも夜間バフが乗った強化状態。駆け出しの集まりである僕らには生き残る目すらもなかった。

 

「ああクソ! このまま死んでたまるか! 俺は戦うぞ!」

 

仲間の一人が立ち止まって抜刀し、エルダートレントへ斬りかかっていく。

 

「わ、私も!」

 

「何やってやがるお前ら! いいから走れ!」

 

「逃げ回ったまま無様に死ぬより、立ち向かって死んだ方がマシだ! 喰らいやがれバケモ──」

 

──抜刀した彼が言葉を言い終えるより、トレントが長い腕を振りぬく方が早かった。その体は軽々と吹き飛ばされ、近くの木の幹にぶつかって止まった。落ちてこないのは、木に生えたトゲが肉に突き刺さっているからだろう。

 

「せ、先輩!」

 

僕も思わず立ち止まって叫んだけど、先輩はもうピクリとも動かなかった。

 

「一撃かよ……っ」

 

「……や、やっぱ無理だっ! 逃げ──」

 

逃げ出そうとした一人が上から降ってきたトレントの脚に叩き潰される。トレントが足を上げると、馬車に挽かれたカエルみたいになった魔術師の姿があった。

 

一度足を止めて、完全に追いつかれてしまったのが致命的だったんだろう。そこからは一人、また一人と仲間たちが倒されて行った。僕も含めてみんな必死に武器を振ったけど、何の意味もなかった。

 

……そしてついには、僕以外の全員が再起不能にされてしまった。

 

僕が最後まで殺されなかったのは、多分、ハンターとしての潜伏スキルの効果のせいだ。それで僕にヘイトが向きづらかったんだろう。不思議なほど冷静にそう考えて、同時に、それが死ぬまでの順番を変えただけだったことも理解する。今度は僕の番だ。

 

「くっ来るなぁ!」

 

情けなく叫びながら最後の抵抗を試みる。僕はトレントの頭部目掛けて矢を放った。案の定、弾かれて終わった。

 

ダメージ判定すら発生しない、完全なノーダメージ。絶対的なステータスの差が生んだ非情な結果に、僕は完全に戦意を失ってその場に座り込む。

 

ズシン、ズシンという足音が近づいてくる。見上げれば、エルダートレントが、その高く振り上げた腕を僕に叩きつけようとしていた。緩慢な時間の中ですべてをあきらめた僕は、きつく目をつぶってその時を待った。

 

……そして、暗闇に包まれた『茨の森』に轟音が響き渡る。

 

「……?」

 

僕はまだ死んでいなかった。まだ生きていた。恐る恐る瞼を開けば、目に飛び込んできたのは信じがたい光景だった。

 

……エルダートレントが仰向けに倒れ伏している。今の轟音は、あれが後ろに転倒した時の音だったのか。けれど、ボスモンスターが転倒しているという衝撃的な現実よりも、よほど衝撃的な存在が僕の目の前にいた。

 

座り込んだ僕を守るかのように、エルダートレントの前に仁王立つ背中。木々の隙間から差し込む光が、ブルーとピンクに彩られた衣装を照らし出している。短いスカートに、長い手袋とブーツ、服のあちこちにはフリルがあしらわれていた。スパンコールやビーズが縫い付けられているのだろうか、その人のシルエットはきらめいて見えた。まるで暗闇の中に、その姿だけが浮かび上がるかのような光景である。

 

……そこに立っていたのは、一人の少女だった。それもなんか……やたらかわいい服を着ている。

 

「へあ……?」

 

意味が分からなかった。

 

いや、多分この人が僕を助けてくれたのだ。よく見ればデカい剣を肩に担いでいるし、これで殴りつけてエルダートレントを……ええ……? 殴り飛ばしたの……? いやでも……そんなことってある……??? ……もしかしてこれって死ぬ前に見る夢???

 

その時、少女がちらりとこちらに視線を寄越した。振り乱した青い髪の隙間から、黄金色の瞳が僕の瞳をまっすぐに射貫く。その一瞬で理解できた。これは夢じゃない、現実だ。

 

「……! エ、エルダートレントが!」

 

エルダートレントがゆっくりと巨体を起こし、立ち上がってくる。少女は無言のまま正面に向き直ると、特大剣を構え、腰を低く落とした。

 

立ち上がったエルダートレントの様子は、僕たちと戦っていた時の様子とはまるで違っていた。両腕からは何本もの茨のツタが伸び、それが絡み合って太く長い鞭を形作っている。茨の鞭を激しく振り回し、森の木々をなぎ倒しながら少女に突っ込んでいく。

 

その圧倒的威圧感を放つ存在を前にしながら、少女の立ち姿には一片の動揺もない。振り下ろされた鞭を軽やかなステップともに躱し、続く鞭の連撃も右へ左へ、蝶が舞うような不規則な動きでことごとく回避していく。それは戦いでありながら、ある種のダンスにも見えるほど優雅な動作だった。

 

このわずかな時間で攻撃のパターンを見切ったのだろう。少女は二本の鞭の隙間に生まれた僅かな空間を踊るようなステップですり抜け、エルダートレントの懐に飛び込んだ。流れるように特大剣を振り抜かれた巨大な刃は、厚い樹皮を貫き、抉り取られたトレントの体の一部が白い木片と化してあたりに散乱する。

 

「……固ぇな。それに刃渡りも足りねぇ」

 

しかし、それは致命傷にはならなかったらしい。少女が何かつぶやいたようだったが、戦闘の騒音にかき消されて上手く聞き取れなかった。トレントはまとわりつく少女を振り払おうとしているのか、無茶苦茶に鞭を振り回し始める。

 

鞭を躱して足元に転がり込んだ少女を叩き潰そうと、トレントはその場で跳躍してボディプレスを仕掛ける。たまらず飛びのいて難を逃れた少女の顔には、しかし、不敵な笑みが浮かんでいた。間合いの外に追い出され、状況は仕切り直しに近いが、何か策があるのだろうか。圧倒されるばかりの僕は、固唾を飲んで戦いの行方を見守った。

 

数秒のにらみ合いの後、トレントが鞭を振りかざす。迫りくる攻撃を前に、少女は躱そうとしない。彼女は静かに腰を落とし、下段に構えた特大剣を大きく振りかぶった。

 

「……今」

 

インパクトの瞬間、響き渡る甲高い金属音。エルダートレントの鞭は半ばから断ち落とされ、宙を舞った。彼女は振りの遅い特大剣の攻撃を、予測しづらい鞭の一撃に完璧に合わせ、カウンター判定を成立させたのだ。

 

痛みに呻くエルダートレントを尻目に、少女は特大剣の切っ先を地面に叩きつけて自立させると、代わりに今しがた切断した茨の鞭を拾い上げた。そして木の幹ほどの太さがあるそれを軽々と持ち上げ、二度、三度と確かめるように振り回す。地面に叩きつけ、バシンッと轟音を立てる鞭に、少女は満足げにうなずいた。

 

少女は茨の鞭を勢いよく振りかざし、エルダートレントの胴体に叩きつける。鞭は衝突の勢いそのままトレントの胴に巻き付き、その茨のトゲを樹皮に深々と突き立てた。

 

「これで刃渡りは足りたなァ……んじゃ、このまま削り殺してやるよ」

 

少女は渾身の力を以て、鞭を後ろに引っこ抜く。巻き付いた茨は糸鋸のようにトレントの体を激しく削っていき、バキバキと激しい音を立てた。白い木片が周囲に散乱し、トレントは苦悶の叫びを上げる。当然少女がモンスターの悲鳴に耳を貸すわけがなく、彼女はそのまま鞭を撓らせ、一息に引き抜いた。

 

──そしてついに、エルダートレントの胴体は真っ二つに引き裂かれたのだった。

 

崩れ落ちるボスモンスターの姿を見届けたところで、僕の気力も限界に達した。完全に血の気が引き、視界が遠のいていく。

 

それでも、僕の視界の中心に立つ少女。月光に照らされる、青い髪をした彼女の後姿だけは、はっきりと見えていた。助けてくれた人、命の、恩人。

 

……名も知らぬ少女がこちらに振り向いた瞬間、僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「──おい大丈夫かファウ? ファウー? 生きてるかー?」

 

日課のレベリング作業中に、なんか悲鳴が聞こえたので駆けつけてみれば、見覚えのある後輩が死にかけていた。アルフォンスは特大剣を引っこ抜いてインベントリに格納すると、未だ返事のない後輩の肩をつかんで揺すった。しかし反応はない。

 

「まあ生きてるっぽいしいいか。問題は他の死んでる連中だよな……死体をモンスターに食われると蘇生できなくなっちまうからな。早いとこ全員分拾ってやらねぇと」

 

そこら中に散らばっている死体。まあ完全に原型を失っているような死体はないので、教会に持ち込めば蘇生してもらえるだろう。周囲を見回し、木の上に引っかかっている死体を見つけたアルフォンスは、どうやって下ろしたものかと首を捻った。

 

「……ぜーっはーっ げっほげっほ。はーっはーっ。おえっ……な、何を急に走り出してるんですかっ……アルフォンスさん……ううっ」

 

「お、来たかヴェリタ。遅かったな」

 

膝に手を置き、荒く息を吐くヴェリタ。彼女はまさに『茨の森』縦断RTA夜時間ソロ魔術師チャートを完走したばかりであった。

 

「こ、後衛を置いて一人で先行しないでくださいよ! 私普通に死にますからね! あなたを信じて近接には一切ステ振ってないんですよ!? あなたは一人でも生き乗れるかもしれませんが、私は懐に入られた瞬間お陀仏なんです!!! 私のか弱さをもう少し理解して行動してくださいこのクソボケ!!!!!」

 

「あーはいはい悪かった悪かった。でも仕方ねぇだろ? ボスモンスターに追い回されてる新人がいたんだから。新人にゃ教会の蘇生代は高過ぎる。一人でも生き残りが多いうちに助けてやるのが人情ってもんだろ?」

 

「蘇生代は勉強代です! 払わせときゃいいんですそんなもん!」

 

「一理あるな。ま、実際生き残ってたの一人だけだったし」

 

アルフォンスは、大地に突っ伏したファウを足先で小突きながら肩をすくめた。ようやく呼吸が落ち着いてきたヴェリタは、深々とため息を吐く。

 

「ああ、これファウさんですか。確かに知り合いが殺されるのは嫌な感じがしますね。彼の寝顔に免じて今日のことは許してあげましょう」

 

「はいよ、あんがとな」

 

そこで、ヴェリタはたとあることに気づく。

 

「……ところでアルフォンスさん。あなたがここに駆けつけた時、ファウさんに意識はあったんですか?」

 

「へ? ああ、うん。あったはずだぜ。目が合ったし。なんか気づいたら気絶してたけど」

 

「はー、そうですか。では、ゆめかわ魔法少女モードの姿を知り合いに目撃されてしまったということですね」

 

「……あ」

 

それは、アルフォンスにとって致命的な気づきであった。

 

「やっやべぇ! どうしよう! どうすりゃいいヴェリタ! このままだと俺は頭のイカれた格好で夜のフィールドを練り歩いてる狂人だと思われちまう!」

 

「思われちまうも何も、事実じゃないですか」

 

「クソがァ! 俺は後輩から気狂いを見る目で見られるなんて耐えられねぇ!」

 

激しく狼狽し、頭を抱えて悲鳴を上げるゆめかわ魔法少女の姿に、ヴェリタは静かに嘆息する。

 

「はぁ、大丈夫ですって。この前も言いましたけど、ウィッグのおかげで結構印象違いますから。例え顔を見られたところで気づかれはしませんよ」

 

「ほ、ホントにそうなのか? ホントに今の俺を見られてもアルフォンスとは気づかれないのか!?」

 

「ええまあ、多分。はい」

 

「多分ってなんだよお前ーっ!!!」

 

叫ぶばかりで使い物にならなくなったバディのことを放置して、ヴェリタは粛々と死体の回収を始めた。さて、この死体の山をどうやって教会まで運んだものか。少し考えたヴェリタは、トレントの死体からツタを一本引っこ抜き、死体をしばりあげることにした。あとはアルフォンスに引き摺らせればよかろう。多少トゲが刺さるが、死んでいるなら痛みもないし安心だ。

 

「うわぁーっ! もう終わりだーっ!」

 

「うるさいですよ。いつまでやってるんですか。ほら、これ運んでください。私はファウさんを負ぶっていきますから。死体集めを私一人に任せた分働いてください」

 

 

 

 

 

そして翌日、教会のベッドを借りて寝かせていたファウが意識を取り戻したという知らせを聞き、命の恩人二人組は彼のもとに乗り込んだ。当然お説教の時間である。

 

「お前なァ……この前引率してやった時に「ティータイムには間に合うように帰りましょ」ってよぉ、俺ァさんざん言ったよな? なのになんだって夜中にフィールドうろついてやがんだスカタン!」

 

「はい……ごめんなさい……油断してました。調子乗ってました……」

 

「まあ今回はよぉ! どこの誰とも知らない超上級剣士っぽい謎のタイプB骨格の正体不明戦士さんが通りがかって助けてくれたからよかったものを! そしてそのどこの誰とも知らない超上級剣士っぽい謎のタイプB骨格の正体不明戦士さんが帰宅した後に偶然通りがかった俺たちがお前らの死体を拾ってやったからよかったものを! 普通ならあのままモンスターに貪り食われてマジでロストしてたかも知れねぇんだからな!」

 

アルフォンスにとって都合のいいことに、ファウはゆめかわ魔法少女正体には気づいていなかった。ので、アルフォンスはここぞとばかりに全力で無関係を装うことにした。そう、どこの誰とも知らない超上級剣士っぽい謎のタイプB骨格の正体不明戦士さんとアルフォンスさんの間には何の関係もないのだ。偶然通りかかっただけ、偶然偶然。

 

「はい……本当にごめんなさい……」

 

「……まあ、そもそも戦士になって半年というのは一番ロストが発生しやすい時期ですから。初心者特有の緊張感も薄まり、かといってベテランと言える技量もなく、慣れで油断しやすくなってしまうタイミングなのです。それでも、ここで手ひどく失敗しながら生き延びることができた今のファウさんなら、もう同じ失敗は犯しませんよ。あまり気負い過ぎないでください」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「甘やかすなヴェリタ! こういうのは一回しっかり絞めてやらねぇとだなぁ──」

 

そして再びファウを絞り始めるアルフォンスの姿に、ヴェリタは目を細める。かわいい後輩をいじめすぎるのは良くない。驚かすのはボスモンスターが昨夜のうちにたっぷりと熟してくれたのだから。今の私たちに求められているのは上から目線の説教ではなく、失敗を分析して次に生かすためのサポートをすることだ。

 

ヴェリタは数秒考え、いいことを思いついた。

 

「……ところでファウさん。あなたは先ほど、少女の剣士に助けられたと言っていましたね」

 

「お、おいヴェリタ! お前何余計な──」

 

「アルフォンスさんは黙っていてください。ファウさん、その剣士さんについて教えてくれませんか?」

 

「は、はい! ……あの人はすごいんですよ! エルダートレントがものの数分で倒されちゃって」

 

「いえ、強いのは先ほど聞きました。私が聞きたいのはですね。……その方が「かわいかったのかどうか」です」

 

「え?」

 

「どうだったんですか?」

 

ファウはヴェリタの問いに少し戸惑い。そしてすぐに、昨夜気を失う直前に見た光景を再び脳裏に描いた。月の光を受けて輝く青い髪の美しさ。その強烈な印象を。

 

「……はい! めちゃくちゃかわいかったです!」

 

微かに頬を上気させながら語る少年の姿に、ヴェリタは満足してうなずいた。

 

「そうですか、ありがとうございます。……だそうですよ、アルフォンスさん」

 

横で聞いていたアルフォンスは、口を開いて、閉じて、開いて、何も言えずにまた閉じた。その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「……アルフォンスさん?」

 

ファウが怪訝そうに声をかけてきたところで、アルフォンスはようやく言葉取り戻した。

 

「あ、ああ、うん。そっか。まあとにかく、なんだ。あれだよ。俺の教えを忘れずにだな、今後とも励めよ。……じゃ、そういうことで」

 

少年は言うなり、すぐさま踵を返してそそくさと部屋から退散した。

 

「あっ、せ、先輩!? 帰るんですか? じゃあ今度お礼にご飯をごちそうさせてくださいね! 約束ですよー!」

 

律儀な後輩の声を背に受けながら、アルフォンスは足早に廊下を歩んでいった。足を踏み出すたびに揺れるローブが、その下に着込んでいる装備の存在をどうしようもなく意識させる。そして、先ほどのファウの言葉が彼の頭の中で繰り返し反響した。「……はい! めちゃくちゃかわいかったです!」「めちゃくちゃかわいかったです!」「かわいかったです!」「かわいかったです!」「かわいかったです!」

 

彼の歩みは止まらず、教会を抜け出し、通りに抜けて、適当な路地に足を踏み入れる。誰もいないそこで、アルフォンスはしゃがみこんだ。そして冬に寒がりな子供がそうするように、己の体を抱きしめるように腕を回す。おさまらない震えを抑え込むように。

 

「……そっか、俺って、かわいい……のか。そっか……」

 

小さなつぶやきを落とした口元には、微かに、しかし確かな笑みが浮かんでいた。


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