生き残った男の子。選ばれし者。
別に望んだわけではない肩書が生まれながらにあった。
良いも悪いも、全ての感情がないまぜになった視線に晒され続ける。ハリーにとって選ばれるという事は、選ばれ続けてしまう、という事でもあるのだ。
きっと、普通から一番遠いのが自分なのだろう。少なくともハリーはそう思う。だから、誰の事だってわかってやれない。自分が人とは違うから。親がいる子供の気持ちも、こんなにも愛されているのに、分かろうとしないその反抗心も。何一つとして息子のことが理解できないのだ。
そもそも、血が繋がっていると言えど息子は他人。別の思想と経験を持つ一個人を思うがままに理解できる、だなんて。それこそとんだ思い上がりである。
むしろ、ハリーの持っている幻想でしかないのだ。家族であればどんなわだかまりもなくわかりあえる、というのが。自分にもたらされなかった物への渇望と、親しくしてくれた一家への羨望。そして何より、自分があの日みぞの鏡の向こうに見たものを手に入れたのだという安堵感。それこそがハリーの心の内に巣食うキメラ的理想だった。
彼は理想的な家族、というものを結局は表層でしか知らない。その裏にある家族だからこその苦労や困難を知らないのだ。だからこそ、そのちぐはぐさは誰にも理解することはできなかった。
レイに放り出され一旦家に戻ったハリーとジニーは何か備えられることはないか、と家の中を落ち着きなく歩き回っていた。手の届かないところへ消えた息子。家にいても何もできないのは理解しているが、あの状態のレイが一回家に帰れと言ったのだ。なにか、解決の糸口が見つかるかもしれない。どんなに淡い期待でも今はそれに縋りたかった。
「ハリー、お茶を飲まない?」
「いいや、アルバスが飲めないのに僕が飲むわけにはいかないよ」
「そう……」
手持無沙汰、が精神を焼く。何かをしていないと不安に押しつぶされてしまいそうだった。
ハリーはダイニングを立ち去りアルバスの部屋へと向かった。新学期始まって早々、アルバスが学校についていないと連絡を貰ってから一度も入っていなかった部屋。
あの時も、アルバスが見つかるまで気が気ではなかった。精神薄弱と罵られてもいい。アルバスさえ帰ってきてくれればそれでいいと思った。
なにせ、何度も何度も経験しているのだ。大切な人が、自分を置いてどこかへ行ってしまうことを。慣れようにも慣れるはずのない焦燥感と喪失感。その業火がハリーの理性をじりじりと焦がす。
必要ないのにノックして、扉を開ける。嫌そうな顔の息子はいない。何かの間違いで、居てくれればいい。怒ったりしないから、今すぐに顔を見せて欲しい。
「アルバス……」
ベッドの上にあるのは母が残してくれた毛布だけ。あの日のひどい喧嘩の名残。お前が息子でなければいいと思っている、だなんてそんな。売り言葉に買い言葉だった。
「パパが悪かった、だから、謝らせてくれ、どうか……」
何を失敗したのだろう。どうしてホグワーツを好きになってもらえなかったのだろう。アルバスだけ、どうしてスリザリンに入ってしまったのだろう。ジェームスがグリフィンドールに組み分けされて、アルバスも当然そうなるものだと思っていた。
勿論、それが悪いことだと言っているわけではない。それでも、理解ができないのだ。スリザリンだったらどうしようと怯えていたあの子が、一体どうして。
もしも、グリフィンドールに入れていたら、いじめになんか巻き込まれなかったかもしれないのに。考えても仕方のない仮定が頭の中をぐるぐると回る。
スリザリンになんか入るから、と思わないと言ったら嘘になるのだ。どれほどスネイプが優れた人物であろうとも、最初に植え付けられた偏見はそう簡単に消えるものではない。これからを生きる子供達にその業を背負わせてはいけないことくらい理解しているのにもかかわらず、だ。
実際、今のホグワーツは四寮で手を取り合っている。あの頃とはまったく違う学校の空気があるのだ。スリザリンの純血生徒が生徒会長をやっていても誰も嫌な顔はしないし、噂話が出まわる速度に関してはあの頃の倍は速い。それこそが今回の問題だったりするのだが、まぁ、それは置いておくとして。
「知っているものなら、分かるのにな」
グリフィンドールの談話室の温かさも、あの寮に住まう人間の心地よさも、何もかも。どんなことだってアルバスに教えてやれる。
けれどアルバスはそれを選ばなかった。それこそが最初のすれ違いに他ならない。そこから少しずつ狂っていった。
年々悪化していく揶揄いやイジメ。学校で起きたことに親が出張って対処するというのは違うと思ったから、旧知に声をかけるだけにした。幸い、学校には沢山の目が合った。
ネビルにレイ。マクゴナガルだって各々最善をとってくれていたのに、それでもこんなことが起こった。
いつまでたってもアルバスのことだけ、歯車がかみ合わない。油をさしても、微調整を重ねても。ひどい音を立てて軋み続けている。こんなに大切なのに、いったいどうして、この普遍的な幸せを選んではくれないのだろう。
そんな暗い思考の中でハリーはもしかして、自分のせいではなかろうかと一つの先鋭化しすぎた答えに行きつく。
自分が悩まれたのもグリフィンドールとスリザリンだった。あのハットストールを忘れたわけではない。もしも、根っからのウィーズリーの血を差し置いてそれが邪魔をしていたのだとしたら。取り返しがつかない事態にまで物事を追い込んでしまうのはいつも自分だ。
いつしか緑っぽい小物が増えた部屋。机の上に写真たてには誰が撮ったのか分からないスコーピウスとアルバスの写真。ぎこちないけれど確かに笑顔だ。
もしも、このままアルバスが帰ってこなかったら。この部屋が所持する記録はあの日が最後になる。
ベビーベッドに収まる息子でもない、初めて魔法を使った日でもない、マダムマルキン洋装店から届いたローブを身に纏った日でも、学校生活に不安と期待に瞳を揺らしていた出発前の晩でもない。
致命的な暴言を吐いたあの日がここに固定されてしまうだろう。
「僕は……、なんて酷いことを……」
息子の信頼を裏切った。失うかもしれない恐怖に触れてようやく気が付くだなんて。何度も大切なものを手から零し続けてきた自負があるくせに。アルバスは、息子は、きちんと大人として家を出ていくまで、間違いなく自分の側にあるのだと、思い込んでいた。
ホグワーツの戦いでも、いいや。あの墓場でだって。自分は親の元に帰れない子供、を見ているというのに。
「僕のせいだ、何もかも。僕が、」
アルバスのことを考えていたつもりなのに、ハリーの脳裏を埋め尽くす様々な人の顔。失った悲しみと、それに引き寄せられた憎しみ。
ハリーは全ての命を背負うつもりで走ってきた。死ななくてもよかった人を殺した、この真っ赤な手のことを忘れた日は一日たりとてないのだ。
「アルバス」
ハリーはベッドに腰かける。それは奇しくも同じ場所。喧嘩してしまったあの日と。手を伸ばして引き寄せるのは毛布。それを握りしめてどこまでも落ちる。
アルバスは額に呪いの傷がない人生がいかに幸福なことであるか知らないのだ。だからこそ安易に、容易に彼は身に及んでいる危険がどんなものかも知らないで冒険に飛び込んでしまう。その派手で愉快な響きを持った言葉の裏にどんなにひどいことが潜んでいるかなんて知りやしないのだ。
命を懸けた冒険を望んでなんかいなかった。普遍的で平凡な安寧こそが、一番の望みだった。それでも、選ばれてしまったのだ。生き残った男の子として。
許されるならば、もう二度と選ばれたくない。もう、どんな運命にだって。
ハリーは選ばれなかった人生を夢想してみる。父も母も生きていて、自分が魔法使いである誇りを胸にホグワーツに入学する姿を。ロンやハーマイオニーはきっと自分が生き残った男の子でなくとも友達になってくれるに違いない。
何一つ問題なく学生生活を送り、誰も死んだりせず、ダンブルドアさえ、一生徒としてのハリーの卒業を祝うのだ。それはなんて素敵な世界だろう。知った顔が二度と目を開けてくれない、そんな凍てついた顔をを見なくていい人生の、なんと幸福なことだろう。
でも、そんな人生はどこにもなくて。
いま、手の中にあるのはたった一枚の毛布。そして、息子をみすみす闇の中へ追いやった自分だけ。自分の子供が見えていない父親、それが今の自分だ。果てしなく難しい問題に自分一人がぶつかっている。
「アルバス……」
「びっくり、ここにいたんだ」
「っ、ジニー。心配しないで、これしか触ってない。君の聖堂は犯してない」
聖堂、その単語にジニーの口角がひくつく。ハリーの悲観に曝されることは多々あれど、ここまで卑屈になった彼を見たのは初めてだった。
「ごめん、聖堂だなんて縁起でもない」
「言葉が悪かったのよね。大丈夫。わかってる」
ハリーという人間はどこか歪だ。他者のために軽々と命を懸けるのに、他の人間がそれをすることを是としない。各個人の覚悟がそこにはあるはずなのに、見て見ぬふりをする。
その上で、賞賛の言葉など聞きたくないとでも言わんばかりに、自分には価値がないと思い込んでいる。たまたま、運命に選ばれた凡庸で不幸な子供であると。本気で。
「これまで何度も悲惨なことには巻き込まれてきた。でも。今回は間違いなく最悪から二番目だ。僕がアルバスを追いやったんだ」
また、僕のせい。その言いようにジニーはその頬を張ってやりたいがそうはしない。彼を不用意に傷つけてもいいことはないのだ。確かに、今の問題の根幹はハリーにあるかもしれない。けれど、その後の行動を選んだのは他でもないアルバスだ。
親としての責任は無論とるべきであるが、アルバスが成長するための選択すらも手の内にあると思うのであればとんだお門違いである。
「戦いにもう負けた、みたいないい方はやめない?」
ジニーはつとめて冷静に彼に近づく。ハリーに合わせて感傷的になっていては何も始まらないのだ。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせた。ハリーの悲観はいつものことで、アルバスは必ず帰って来る。取り越し苦労ってやつに決まってる。そうでなければやんちゃな男の子のお母さんなんてやっていられない。
それはある種の現実逃避であった。それでも、運命に裏切られることばかりを考えていてもしょうがない。子供のことを信じてやれなくて、何が親だ、とジニーは思うのだ。
だから、紅茶の味がしなかったのも、この震える手も、目の奥が熱くて重いのも、何もかも気のせい。そうに決まっている。
けれど、そんなジニーの想いを知らずにハリーは物思いにふけってしまう。
「ごめん、ジニー。僕なんか生き残らなければよかった。死ぬ運命にあったんだから。ダンブルドア先生もそう思ってた。なのに生き残った。そして、ヴォルデモーを倒した。でもあんなに多くの人が、あの人たちは、セドリックは、父さんや母さんは、フレッドは、ホグワーツの戦いで死んだあの五十人は……。生き残るのはいつも僕なのか?どうして?こんなことになってしまって。全部僕のせいだ」
「彼らを殺したのはヴォルデモーよ」
そうきっぱりと言い切って昂ってしまいそうな心を押さえる。言い合うのはあまりに無意味なことだ。悲しみに暮れている時間も余裕も今はない。
なんとかして、勇気を奮い立たせるべきだ。自分たちは獅子の子。勇猛果敢なグリフィンドールはどんな逆境にも負けやしない。今までだってそうしてきた。
「ハリーこっちを見て」
「レイもきっと、僕のことを恨んでる。彼からセドリックを奪ったのは僕だ」
「ハリー」
「僕を守ったせいで、彼は死んだ。そのせいで、レイはずっと縛られてる。僕が生き残ったせいだ」
ゆっくり、ハリーの耳には音が入らなくなる。どうして生き残ってしまったのか、と自分に問いかけた。生き残らなければ、生まれてこなければ。自分さえいなければ、誰かは幸せだったかもしれない、その幸せを壊さずに済んだかもしれない。
誰にも理解されない絶望が、ハリーの胸の中にはいつもある。
「生き残った男の子。その子のために何人が命を落とさなければならないんだ?」
その言葉をジニーは言い切らせてやらなかった。せき止めていた感情があふれてしまったのだ。彼の頬に向かって振り抜いた掌が痛い。それでも、言ってやらねば気が済まなかった。それは正しい責任の取り方ではないのだ、と。
まるで、彼らの意思なんてなかったかのように。生き残った男の子の物語における脇役として死んでしまったみたいに言われるなんて、とんでもない冒涜だと思った。
「やめて。それ。その言い方。私の兄と、私の息子のことををそんな風に!」
頬の痛みとジニーの声。はっとして視線をあげればそこにいたのは顔を真っ赤にして今にも泣いてしまいそうな女の子。この子だけは泣かせてはいけないのだ、と。世界で一番幸せにしてあげたいと思った、可愛い人。そんな彼女になんて顔をさせているのだろう。
「そう言いたくなるのは理解できるし、あなたが大変な人生を生きてきたのもわかる。でもお願い。希望をもって、おねがい」
あのこは、しんでないから。
消え入るような声。溢れた涙をぬぐうために、この指先がある。自分が招いたことだというのは百も承知だ。ハリーは毛布を置いて立ち上がり、彼女を抱きしめる。
「ジニー、ごめん。僕のせいだ。あぁ、これは、そういう意味じゃなくって。君を泣かせてしまったのは僕だっていう事実確認で」
「あるばすは、しなない。しぬはずがない」
「うん、うん。ごめん。そうだね、僕たちの子供だから」
ぎゅむ、と背に回った手に力が入る。このまま二つに折ってやろうか、とでも言わんばかりの力強さにハリーは彼女の弱さを知る。きっと、誰よりも怖いのは彼女だ。家族を失う恐怖を、悲しみを誰よりも深く知っている。それを何とか押しとどめて、前を向くためにまっすぐ立っているのだ。
だからこそ、ハリーは彼女を優しく抱き返した。大丈夫、の代わりに背をさすり、自分の心音と、彼女のそれとを同じにするのだ。
「ハリー、私にごめんなさいして」
「あいっ、たた……僕が悪かった。ごめんよ、ジニー。本当に、本当に僕はどうしようもない」
「本当に」
彼女が、家族が、勇気をくれるから。もう、一人ではないのだと思わせてくれるから。深いところから戻ってこれる。これが自分の悪癖だというのは理解はしているのだ。それでも、ハリーポッターが歩んできた歴史がどうしたって彼に牙をむいてしまうから。
「僕ってめんどくさい?」
その言葉にジニーは少し離れて彼を見る。いっそ見限ってくれた方が楽になれる、とでも言いたげな瞳におかしくなってしまった。少なくともジニーの人生にはハリーが必要なのだ。それが選ばれし男の子かどうか、なんてちっとも関係なく。こんなに面倒で、マイナス思考で、でも調子に乗ると変に勝ち気で。そういう意味の分からないところが好きだ。なにより、自分を暗闇から救い出してくれた永遠の王子様。死んでしまってもおかしくなかった私の運命すら変えてくれた人。それはあなただけだというのに。
「えぇ。とっても。だから私が側に居るんじゃない」
「ありがとう」
ハリーは悲観を胸の奥に押しやる。この続きは何もかも失敗した後でにしようと思ったのだ。まだ手がある、それなのに諦めることばかり考えて嘆くばかりだなんて自分らしくなかった。
もしも、自分がアルバスの立場だったら、戦うに決まっている。何とかして帰る方法を探すだろう。諦めないことの大切さを、ハリーはよく知っているから。
「自分が子供の頃はこんなに怖くなかったと思うんだけど。アルバスがのこととなるとこれだ」
「当たり前じゃない。あなたはアルバスの父親なんだから」
「父親。それがどんなものか知っていればもう少し悩まずに済むのに」
ハリーの中にある、それに近いのは二人。けれど彼らは愛を囁く癖にただのハリーを見てはくれなかった。死すべき運命にある英雄の卵、死んだ親友にそっくりなその子供。いつだって、彼らは彼らの都合で自分を見た。
無論、彼らのことが嫌いだったわけではない。各々が思うように愛を注いでくれた。今でも、これからも愛している。
けれど、どこまで行っても、ハリーが本当に欲しいものをくれる人間ではなかった、それだけのことなのだ。そこまで考えて、ハリーはようやく腑に落ちる。
「あぁ、そうか。僕も同じじゃないか」
理想の息子、というありもしない虚像を勝手に押し付けた。自分は素晴らしい家族、という枠組みにアルバスを無理やり収めようとしてはいなかっただろうか。
「素直でいい息子、なんて僕が勝手に言ってるだけだ。僕に都合のいい息子ってことだから。ジェームズもリリーも、アルバスももちろん。みんないい子だよ。本当にこんな僕を父親にしてくれたんだから」
いつでも、自分は自分のことで手一杯なのだと、今更気づいた。選ばれることは選ばれ続けること。物語の表舞台で踊り続けた人生を見直すチャンスが今ここにある。
「魔法界を救った英雄って肩書は消えない。けれど、肩書を持ったまま舞台を降りることはできるわ。貴方の人生の主演は確かにあなたよ。でも、今の主役は」
「子供たちに任せたい」
ジニーは再度ハリーを抱きしめた。これでもう大丈夫。そんな風に心に言い聞かせる。ハリーポッターが前を向いてさえいてくれれば、必ずハッピーエンドを連れてきてくれる。
これは『彼の物語』だから、なんて意味じゃない。いつでも、そうだったから、というハリーに対する無類の信頼なのだ。
「でも、ジニー。アルバスはどこに居るんだろう。一つもヒントがないままレイの帰りを待つだけだなんて、心が持たない」
「それもそうね。フェリックスフェリシスを飲んだレイに言われて戻ったんだから、この家に何かあってもおかしくないはずなのよ。でも、この部屋はあの子が出ていった時のままだし、一体何が?」
「あの日から変わらないものは、これくらいしか……」
ハリーは改めて毛布を手に取ると、異変に気付いた。嘆きにくれていた時には気づかなかったのだが、どうにも焦げ臭い。
「ねぇ、ジニー。毛布、なんだかおかしいんだ、こんなに、こんなにボロボロだったはずがない」
「え?」
「そういえば、アルバスが毛布を投げた時に煙が出てたような……。あぁ、ロンの持ってきた惚れ薬がかかって焼けちゃったんだな……」
毛布を広げると確かにまだらに焼けていた。ただ、それがどことなく文字に見える気がして、ハリーは涙でぼやけていた目元をこする。
「いや、これは、ただの焦げじゃない、なにか意味のある言葉に……見えるような気がする、だけか。そんな奇跡的な確率ってないよ」
今はお茶の葉占いにだって意味を見出したい気分だ。そう言ったハリーから毛布を受け取る。確かに、ハリーの言う通り規則性が見える気がしてジニーは目を凝らした。
「ハリー、私のにも見える気がする……ちょっとベッドの上に開かせて」
穴が大きくなってしまわない様に優しく広げる。小さな黄色の毛布を前に大人が二人、首をかしげては様々な角度から眺めた。
「これ、パパ?パパって書いてあるように見えない?これ……!」
「パパ……もしかしてアルバスか!?本当だ、パパって書いてあるように見える。という事はこれはメッセージだ!全部に意味があるはず!」
目的が分かれば、おのずとそのように見えてくる。今まであやふやだった文字の輪郭が浮かび上がりやがて答えを引き寄せる。
「パパ、ハロー、グッド、ハロー、違う、これは、ホロウかな……」
「ハロー、グッド、面白くない冗談だな。じゃなくて。これは、これは、ゴドリックスじゃないか?ゴドリックスホロウ!となると、これは、ハローじゃない、ヘルプだ!僕らに向けて救援要請してる!」
「これ、アルバスが書いたの……!?」
確かに生きている。二人でデルフィーニの手の内から秘密のメッセージを送って来た。そうとわかれば涙なんて流している場合ではない。一分一秒でも早く彼らを迎えに行きべきだろう。ジニーはもう一段書いている数字を読み取った。
「一九八一、一〇三〇……こっちははっきりわかるわね、なんだろう、等高線の数字かしら、もしくはマグルの使う電話番号か……」
「違う、日付だ!一九八一年十月三十日、場所はゴドリックスホロウ、なんて、なんて賢いんだ……」
これはきっと、アルバスからの信頼だ。ハリーであれば必ずこの部屋に、毛布のメッセージにたどり着くはずである、という。この信頼を無碍にするわけにはいかないだろう。ようやく、ようやく。自分はアルバスの父親としての期待に応えられる。
「今どこにいて、それがいつなのかを知らせてきた。これであの女の居場所もわかった。どこへ行けば戦えるのか」
自分を思って母が巻いてくれた唯一有形の思い出。自分の中に思い出せる記憶はないけれど、たしかにそこには母の愛が存在している。
そして、それが今と過去とを結びつける懸け橋になった。
「チャンスが巡ってきたわね、ハリー」
「っ……あぁ!」
自分はアルバスに選ばれたのだ。それを理解するのは途方もなく難しい仕事。父親として。たった一人の彼のパパだ。
これは自惚れだ。それでも。
ハリーポッターは選ばれなかった人生をまだ、知らない。