ロトムがいつもより低い声で着信を告げる。少し唸るようなその声は、ロトムとしてもあまり嬉しくない相手からの呼び出しの合図だ。
誰からの着信なのか、おおよそ予測はついている。
「──お待たせいたしました、
お久しぶりです、と嫌味たっぷりに言葉を続ける。
穢らしいダミ声が電話口でわめき立てるが、まったくもって知ったことではない。
「そんな興奮なさらずとも、ミアレはいつも通り平和な日々ですよ。──ああ、プリズムタワーの件ですか? ようやくお耳に入りましたか、最初の一報どころか事態終結の報告書を提出したのも随分前のような気がするんですけどねえ。ええ、ええ、一部の地下の崩落の対処を残すのみで、市民の皆さまの生活はすっかり元通りです。……はあ、責任問題。どなたのですか? ご自身の? 嫌ですねえ署長、タワーの暴走については限りなく自然災害に近いものだと報告を差し上げたはずです。事前にどれだけの対策を重ねたとしても防げたものではなく、下手をすれば世界規模に広がりかねなかった被害を市民の皆さまのご協力を得て抑え込むことが出来たのだと」
この僕に何の責任をとれってんだ無能なお山の大将が。
そう言ってやりたいのを堪えつつ、椅子に深く座り直し、足を組み替える。カーテンの隙間から光が差し込み、天井に筋が入っているのが見えた。……ああ、もう朝か。
また徹夜しちゃったな、と頭を掻きながら身体を起こす。
「ああ、いえ、もちろん私を処罰するということであれば従います。しかしその前に、どなたか人員を寄越して頂かないと。ご存知の通り、本来この街の警察組織の指揮を執るはずの方々は皆様兼任で大変お忙しく、私がすべての指揮を取っている状況なのですから」
本来僕の地位は、警察全体においてまだまだ中堅どころ。署長だけでなく僕の上役になる人間がもっとミアレの警察にはいるはずなのだ。なのに何故実質僕がトップとなって指揮を執っているのか。話は簡単。──全員
五年前のあの事件の象徴、フラダリカフェ。それがあるこのミアレシティへの赴任なんて、率直に言って完全な貧乏くじだし罰ゲームだ。自分の身ばかりが大事なやつらはどいつもこいつもミアレを嫌がり、最終的には「恥ずかしいことにあの事件のために警察上層も人員が不足しており、ミアレ署の管理職の多くを兼任とする」なんて有り得ない人事を通してしまった。
結果としてたいした役職でもないのにミアレ署における「一番上」になってしまった僕はクソどもの代理にあらゆる業務を背負い、ろくに睡眠も取れない日々を送っている。──いや、僕のことはいい。僕は不安要素だらけのミアレ赴任を望むところとしてここにきたのだから、この現状は甘んじて受け入れるとも。
ただ、お前らに責任を追及される筋合いはない。
「後任人事が決まっているようであれば引き継ぎの用意をいたしますよ。その際は皆様もミアレにお越しくださいね。この街の顔役たちも是非皆様にご挨拶させてほしいと常々言われておりまして。特に、ほら、ご存知でしょう? ホテル・シュールリッシュのユカリ嬢が、是非にも皆様にお会いしたいと」
通話の向こうで息を呑む気配がした。
保身に一生懸命なクズは例に漏れず権力と財力に弱い。そしてユカリ嬢は、高貴なる者の義務をよくよく心得ている。
いや~正直とっても引きあわせてみたいんだよね~~~~~あのタワーの一件でも顔どころか指示すら出さなかったやつを前にユカリさんはどんな対応してくれるのかな〜〜〜〜〜絶対面白いじゃんねそんなのね~〜〜〜〜早くミアレ来ねえかなこのクソ爺どもさ~~~~~……なんて、こいつらにそんな度胸がないのは火を見るより明らかなのだけれど。
控えめなノックとともにミギくんが僕の執務室にひょっこり顔を出した。その手にはいつものように今日の朝刊が抱えられている。
ミギくんが来たと言うことはそろそろ始業の時間だ。こんなくだらないことで時間を浪費してはいられない。
「では、後任人事と皆様のご予定が決まりましたらご一報ください。僕はその日まで粛々とミアレのために尽力いたします。失礼いたします」
そこまで言うとロトムが僕の合図を待たずに通話を切る。さすが僕のロトム、よくわかっている。ありがとう、と一声掛けると、ロトムは一声鳴いて
音もなくデスクに置かれた朝刊の一面にちらりと目をやった。
「報告ある?」
無言で報告書が差し出される。
ミアレ美術館における強盗を想定した防犯訓練の概要が記されていた。そういえば昨日だったかとホチキス止めされた紙束をめくる。
「ああ、防犯訓練の、……うん?」
「……偶然、通りかかったと」
警察の防犯訓練に、何かと話題の
というか、うん、僕はお腹がすきました。
「ミギくん」
「再訓練の旨を通告、日程は調整中です」
「うん、こんな正々堂々とバトルするだけで強盗対策になるわけないから、過去の事件の手口を踏まえた、より実態に即した防犯計画を立てさせて。日程調整の目処が立ち次第、再訓練とする。犯人役は、」
ちらりと腰元のモンスターボールに目をやった。
どうせ俺だろとやさぐれた様子の相棒と目が合う。まったく僕の相棒と来たらどこまでも察しが良くて頼もしい。
「マフォクシー、頼むよ」
ボール内から舌打ちが聞こえたような気がした。う~~~ん今日も僕の相棒が素直じゃなくて可愛い。
ミギくんから「もう少し手加減してあげては」という視線を向けられたが、じゃあ僕も行こうか、と左胸をぽすぽす叩けば、「やっぱいいです」とばかりに視線を逸らされる。
ジャケットの内ポケットに入った警察官としての身分証、そのパスケースに縫い止めた僕と相棒を結ぶキーストーン。別に僕とマフォクシーが犯人役をやってもいいのだが、そうしないだけまだ手加減していると言っていい。
当然、メガシンカをせずとも僕のマフォクシーは十分に強いし賢いし、何より僕の相棒のくせにこの上なく真面目な性格をしている。全身全霊で強盗役を果たしてくれるはずなので、再訓練の彼らも必死で逮捕に努めてくれるだろう。
それから、と改めてミギくんに目を向けると、ほんのわずかに頷くのが見えた。
「……ホテルZの皆さんが喜びそうな、ささやかな御礼の品をピックアップして後ほどお送りします。一応、謝礼も渡しているようですが」
「ありがとう、こういうのは改めて僕から御礼をしておかないとね。……まあ、今回については、彼女たちがミアレの警察と仲良くしてるってアピールができたと好意的に解釈することにして、僕から叱責はしないよ。一応、業務における民間人との距離感は弁えるように釘だけ刺しておいて。美術館の防犯体制が知られるのだって本来良くないんだから」
遠くても困るが、近すぎても良くないのが警察という立場だ。特に、このミアレという何かとトラブルの多い大きな街においては。
ミギくんが目を伏せたのを確認してやれやれと立ち上がり、朝刊を手に取る。ポケモンフードの入った鞄をとり、微睡んでいたロトムに声を掛けた。
「じゃ、僕は朝食に行ってくるよ。そのあと御礼の品を買ってホテルZに行ってくるから、何かあったらロトム鳴らして。通常業務についてはミギくんの采配で動かしていい」
どちらへ、と小さく聞こえた声に、いつものとこだよ、と軽く笑って返した。
「朝食ついでにアピールしとかないとね。
僕ってば本当に仕事熱心、と朗らかに宣えば、「喧嘩を売るのが好きなだけでは……」なんて失礼な声が聞こえたが、きっと気のせいなので無視してドアノブを捻る。
ミギくんの腰元で、何故だかカラマネロがケタケタと笑っているような気がした。
ソージュが正攻法を取りづらいのは、上の人間がいないために他の街の警察との連携がうまく取れないというのもあるかもしれません。偉い人がいないと舐められそうだし。
気が向いたら続きます。ぽこあ楽しいねえ。