その結末は、ある意味では予想通りとしか言い様のない話だ。おでんが裸踊りの期限を終えたのに対し、オロチは約束を守らなかった。
時間をかけて集められた百獣海賊団の手勢が迫るなか、光月家は孤立無援状態にある。
「ムハハハ! 待たせたな野郎共、ついにこの時が来たぜ!!」
海王類のせいで予定人数を満たすのにだいぶ遅れたものの、誰が見ても圧倒的な兵力に負ける未来など見えようはずがない。
(だというのに……この言い様のないざわめきはなんだ?)
そんな中、キングとカイドウだけが進軍する道中で嫌な胸騒ぎを覚えていた。特にカイドウはこれと似た感覚を、前にも感じたことがあった。
だがそれは士気が最高潮にある部下達を引き留めるには
あまりにも不確かなもので、結局作戦中止を言い渡すことはできなかった。
そんなことがありながらも百獣海賊団の行軍は順調に進み、ついに最前線である九里に迫った時だった。
「止まれ!」
と、ここで鼓膜が破れるほどの大声でカイドウが叫び、全員の身体がビクリとはねて戸惑いながらも歩を止めた。
「カイドウさん?」
訝しむキングとクイーンの言葉に答えることはなく、カイドウの見聞色は目の前に広がる風景に潜む『何か』を感知していた。
次の瞬間、風景の一部がグニャリと歪み、赤黒い孔が広がっていく。
『!?』
そこから現れたのは、黒い鎧とボロボロのマントを身に纏う、無数の腐敗した肉の巨体達であった。フランベルジュと大盾を握り重そうな足取りで進むそれらに続くように、様々な姿の悍ましい怪物達が次々と孔から現れる。
突如として現れた怪物達を見て、海賊達はヒィッと声を上げる。
「な、なんだあれは……!?」
あんな生き物、ワノ国では見たことがない。
ワノ国に至るまで様々な不思議に直面したであろう下っ端達も、未知の怪物に困惑している。
対する怪物達の中から、浮遊する黒い顔のような異形が飛び出し彼らの頭上から叫ぶ。
『聞くがいいっ、黒炭家並びに侵略者達よ! 我らは貴様らに踏み躙られし、ワノ国の怨霊の化身なり!!』
おどろおどろしい声に下っ端達の総身が震え上がる。
『汝らに、死を下す!!』
この世界には、見聞色という相手の考えを読むスキルがあるらしい。ワノ国を初めとする新世界では必須のスキルらしく、恐らく百獣海賊団も習得していることだろう。
ユグドラシルでは情報系魔法対策はいくつかあったものの、はたしてどのくらい対処できるのかと検証したいモモンガは、ふいにかつてのギルメンとの会話を思い出していた。
あれは確かペロロンチーノが、珍しくエロゲ以外の作品の感想を聞かせてきた日のことだった。
『昔流行ってたWeb小説が原作の漫画なんですけど、そのヒロインの言葉選びが凄かったんです!』
そのヒロインは自身の目的のために魔王の信頼を得ようとしていたらしいが、対する魔王には言葉の嘘を見抜く能力があったという。
普通に考えれば丸め込むなど無理な話だが、ヒロインは本当のことを言いながら嘘をつくという高度な話術テクニックでこれを切り抜けるのだ。
例えばヒロインの目的のために世界を救わなければいけない場合、動機の善悪に関係なくただ『世界を救いたい』と言えば嘘と判定されない。こういった言葉選びをすることで、ヒロインは魔王の信頼を勝ち取ったという。
この方法ならばおでん達が見聞色で自身の言葉の真偽を測っても、余計な情報を出さずに済むのではないだろうかと思い至ったモモンガは、前もって台詞を考えておいた。伊達に社畜サラリーマンでコミュ力を鍛えてはいなかった。
今こそギルメン達の教えを活かす時であると、背筋を正すモモンガの虚無僧スタイルもだいぶ板についてきた。
「モモンガ殿、一体なに用か?」
まず大事な話があるからと、光月城の広間にみんなを集める。
「みなさんに、話さなければいけないことがあるんです」
何事かと神妙な面持ちで見守る一同に、モモンガは身構えながら口を開く。
「俺には、死霊を呼び出す力があります」
これは本当。
モモンガが呼び出した魔物達の中にはアンデッド以外も含まれているが、死霊を呼び出す力以外もあるとは言っていない。
その部分を肯定も否定もしなければ、彼らが見聞色を使ったとしてもこれを本当のことだと解釈するはず。
その証拠に彼らは見るからに驚いていて、恐らくモモンガの話を信じてくれたのだろう。
「さらにもう一つ、伝えたいことがあります」
ここでモモンガはさらに畳み掛けていく。
隣に座るシス子に視線を向けてからこう切り出した。
「今まで黙っていましたが、彼女は人間ではありません」
『なに!?』
「彼女はワノ国の民達の……黒炭オロチへの怨念が形を得て生まれた存在なのです」
説明しながら、モモンガは彼女の素体となったかつての母親の羅刹の顔を思い出す。
シス子は正に怨念から生み出された存在、なので怨霊というのもあながちいい加減な表現でもないだろう。
そして、ここからが本題だ。
「これは怨霊達から得た情報なのですが……近々オロチが百獣海賊団を引き連れて、九里に侵攻するつもりだそうです」
『!!』
これに関してはおでん達もある程度予想していたのだろう。錦えもんは両拳を握りしめて怒りに震えている。
「ハッキリ言って、現在の九里の戦力では防衛は無理でしょう」
さらに明確な現実を突きつけてしまえば、赤鞘達は悔しそうに唇を噛み締めるしかない。
「それでも………侍として一矢報いるまで!」
「落ち着いてください。俺は別に降伏するつもりはありません」
だがモモンガは、彼らの決意に待ったをかけるように言葉を続ける。
「『転移門』」
そう一言唱えると、広間に黒い孔が開いてデスナイトが一体入ってくる。突然現れた異形に一同が驚くなか、モモンガは説明していく。
「彼もオロチに踏み躙られた被害者の怨霊です」
曰く、モモンガが操る彼らをワノ国の死霊達に防衛を任せたいという。彼らはこと防衛戦に関してはずば抜けて優秀であることを一頻り売り込むモモンガに、おでんは「少しみんなと話し合わせてくれ」と頼んできたので、モモンガは頷いてからデスナイトと共に広間から一旦出ることにした。
(デスナイトのプレゼンは悪くなかったと思うけど、はたしてどうなることやら……)
やがて全員の答えがまとまったのか、入ってくるように言われたモモンガはデスナイトは伴って襖を開ける。
「モモンガ殿。家臣達と話し合ってみた結果、貴殿の申し出を受けようと思う」
「ありがとうございます」
色良い返事が貰えたことにモモンガは胸を撫で下ろす。
「………時にモモンガ殿、その怨霊の名はなんという?」
「え?」
だがここで思ってもみなかった質問に一瞬固まるが、沈静化が働いたおかげでなんとか取り繕う。
「その……彼は道端に倒れていた遺体だったので、名前までは……」
嘘は言っていない。
対するおでんは立ち上がると、デスナイトの眼前に歩み寄りその両肩を叩いた。
「すまなかった……俺が不甲斐ないばかりに、お前に苦しい思いをさせてしまった。さぞ口惜しかったことだろう」
どうやらデスナイトをワノ国の民と思った彼は、非業の死を遂げたその素体の人物に心から謝罪しているらしい。
対するデスナイトは唸りながら、その身体を震えていた。
それは生者に触れられたことに対する嫌悪なのか、あるいは別の何かか……。
「モモンガ殿、彼らの無念を晴らす好機を与えてくれたことに、ワノ国を代表して心から感謝する」
「………お礼なら、オロチを倒してからでお願いします」
「うむ、それもそうだな」
その後、九里の防衛に関する作戦を立てたのち、会議はお開きとなった。モモンガは自室に戻ってから、ひとまず話が落ち着いたことに安堵する。
「さすがは至高の御方ですわ。」
傍らのシス子が膝をついて頭を垂れる。
「まだ油断はできない。カイドウとその手下達の力はいまだ未知数だし、オロチも切り札を隠し持っているとも限らないしな」
モモンガはこの準備期間を通して、オロチがいかに慎重で狡賢いかは十分に理解した。ゆえに確実な些細な慢心は許されない。
「だからシス子………場合によっては、お前に犠牲になってもらうことになるかもしれない」
確実な勝利のため、非常な決断を下す主に対し、シス子は不敵に笑う。
「至高の御方の命に異などございません。それで彼奴の首を取れるならば、彼女も多少は浮かばれるやもしれません」
自身の胸にそっと手を置くシス子は、もしかしたら彼女の素体に対して思うところがあるのかもしれない。
「ああ………この戦い、負けるわけにはいかない」
「ワノ国の怨霊だあ……?」
黒い顔から告げられた言葉を聞き、下っ端達に動揺が広がる。
確かに一時期、ワノ国の近海に幽霊が出るなんて噂が広まってはいたが、それは結局新種の海王類のせいだと明らかになったし、その新種もキングの手で討ち取られたばかりだった。
しかし肌で感じるこの悍ましさ、けして比喩でも誇張でもないと直感せざるをえない。
「か、構わねえ! 片っ端しから殺せえ!!」
『うおおおおおおお!!』
恐怖を振り払うように下っ端の一人が叫んで怪物達に挑むが、腐肉の巨体が横凪ぎに剣を振えば弱い海賊はその一閃だけで切り伏せられてしまう。
「ひい!?」
眼前の仲間が肉塊に成り果てたことに、さすがにほかの海賊達も怯んでしまう。
だが悪夢はこれだけでは終わらなかった。
(中位アンデッド作成・デスナイト)
誰にも聞かれなかったその詠唱が終わると同時に、斬られた死体がドロドロに溶けて目の前の怪物に変貌していったのだ。
「は……?」
怪物が下っ端達に向き直るとまた剣を振り被り、一人……また一人と怪物に成り果てていく。
ただでさえ強いのに、殺されればやつらの仲間になってしまう。それは命の危機どころの話じゃない。自分という存在の危機にかつてない恐怖が海賊達を襲う。
「うわああああ!?」
「はっ、話が違うじゃねえか!!」
「逃げろおおお!!」
背を向けて我先にと逃げ出していく下っ端達に、キング達が逃げるなと叱責するも聞きもしない。
だがその光景に一番驚愕したのは、ほかでもないカイドウだった。
(まさか………!?)
相手を強制的に支配する能力。
その力を目の当たりしたカイドウの脳裏を、かつての忌まわしい記憶が蘇る。
「………キング、クイーン!」
「「!!」」
船長の呼びかけに反応する二人だが、次いで下された命令は信じられないものだった。
「撤退だ。これ以上の戦いは無意味だ」
なんとまだ開戦して間もないにも関わらず、あのカイドウが撤退を宣言したのだ。
当然ながら驚愕するキングとクイーンだったが、敵の能力が極めて厄介なことを踏まえてここは態勢を立て直すべきと判断する。
「はあ!?」
一方で百獣海賊団の監視として同行していたオロチ陣営の忍は、勝手な指示を下すカイドウに一瞬だけ判断が遅れてしまう。
カイドウは龍の姿になり、クイーン達を背に乗せてその場から飛び去ってしまった。カイドウの鶴の一声でほかの海賊達も逃げていき、あとに残ったのはオロチの配下達のみだ。
「お、おい待てカイドウ! 貴様逃げるつもりか!?」
「ふざけるな! オロチ様への恩を仇で返す気か!!」
彼らが悪態をつく頃にはカイドウ達は遠くへ駆けていってしまい、眼前の怪物の威圧に慄くも死なば諸共と挑んでいく。
だがその死体も斬り伏せられ、アンデッドにかわり果てるのであった。
ゴッドバレー事件から考えるに、多分カイドウさんならデスナイトを警戒するんじゃないかなって思いまして。