【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど   作:もろきゅー

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117話 時計塔の操者

「フーバ!!」

 

 サラの叫び声が響く。

 フーバの喉元へ突き刺さっていた剣が引き抜かれ、その身体が力を失ったように地面へ崩れ落ちた。

 サラが駆け寄ろうとする。

 だが、フーバを刺した男は倒れたフーバには目もくれず、今度はすぐ近くにいたサラへ身体を向けた。

 

「っ!?」

 

 死んでいるはずの男が剣を振り上げる。

 サラは慌てて身体を後ろへ逸らし、振り下ろされた刃を紙一重で避けた。その直後、横から飛び込んできた別の冒険者が剣を振るい、男の剣を握っていた腕を肩口から斬り飛ばす。

 

「何やってんだ! 早く離れろ!」

「フーバが!」

 

 サラは男には構わず、倒れたフーバへ駆け寄った。

 

「フーバ! おい、しっかりしろ!」

 

 何度呼びかけても返事はない。

 遠目からでも、首元から大量の血が流れ出しているのが分かった。

 

「フーバ……!」

 

 俺もそちらへ向かおうと地面を蹴る。

 早く治療しないと!

 俺なら回復魔法が使える。

 あそこまで行けさえすれば──。

 

「邪魔だ!」

 

 目の前へ立ちはだかった腐った魔物を魔剣で斬る。

 すぐに身体から力が抜け、地面へ崩れ落ちた。

 その向こうから別の冒険者がふらふらとこちらへ歩いてくる。

 一瞬、味方かと思った。

 

 だが、俯いていた顔が上がり、手にしていた剣を振り上げる。

 胸当ては血で真っ赤に染まり、腹には大きな傷が開いていた。

 

「……っ!」

 

 慌てて横へ跳ぶ。

 直後、男の剣がさっきまで俺のいた場所を薙ぎ払った。

 

「こいつも死んでるのかよ!」

 

 魔剣で肩口を斬りつけると、男の身体はその場に崩れ落ちた。

 こんなの、見分けがつかない。

 腐った魔物ならまだいい。

 今動き始めた冒険者や兵士たちは、ついさっきまで俺たちと一緒に戦っていた人間だ。

 血まみれで倒れていても、重傷を負っただけなのか、すでに死んでいるのか、離れたところからでは判断できない。

 だからといって、動いた奴を片っ端から斬るわけにもいかない。

 もし生きていたら、取り返しがつかない。

 

「倒れている者へ一人で近づくな!」

 

 レオンの声が戦場に響いた。

 

「必ず声を掛けろ! 返事がない者を確認する時は二人以上で動け! 生きている者まで間違えて斬るな!」

 

 やっぱりレオンも同じことを考えたらしい。

 

「おい! 聞こえるか!」

「こいつは返事がある! まだ生きてるぞ!」

「こっちは駄目だ! 近づくな!」

 

 あちこちで声が飛び交い始めた。

 だが、それで混乱が収まるわけじゃない。

 むしろ状況は、さらに悪くなっていた。

 

「後ろだ!」

 

 誰かの叫び声に振り返る。

 負傷者を運び込んでいた広場の後方から、何人もの人間が歩いてきていた。

 冒険者や兵士たちだ。

 肩を貸されながら運ばれていた者もいれば、担架に乗せられていた者もいる。

 ここへ運ばれた時には、まだ息があった奴もいたはずだ。

 

 けれど、治療が間に合わなかったのだろう。

 胸や腹を血で染めたまま、死んだはずの人間たちが次々と起き上がり、今度は自分たちを助けようとしていた仲間へ襲いかかっている。

 

「うわあああっ!?」

「こいつ、さっきまで運ばれてた奴だぞ!」

「後ろからも来るぞ!」

 

 前には、広場を埋め尽くす腐った魔物の群れ。

 後ろには、仲間だった人間の死体。

 完全に挟まれた。

 

「くそっ……!」

 

 サラたちの方を見る。

 さっきまでフーバが倒れていた辺りに人が集まっているのは見える。

 けれど、押し寄せる死体と逃げ惑う人たちが入り乱れ、もうサラの姿すらまともに確認できない。

 

「フーバさん……!」

 

 行かないと。

 早く治療しないと、本当に間に合わなくなる。

 もう一度そちらへ向かおうとした、その時だった。

 

「広場を捨てる!」

 

 戦場中にレオンの声が響き渡った。

 

「全員、大通り側へ退け! ここに留まったら挟み撃ちにされる!」

 

 一瞬、周囲がざわついた。

 今まで俺たちは、魔物を大通りへ通さないためにこの広場で踏ん張っていた。

 大通りの両側には店や民家が並んでいる。

 そこまで魔物を入り込ませれば、避難できていない住民まで巻き込まれるかもしれない。

 だからこそ、ここを守っていた。

 レオンだって、できることなら大通りへ下がりたくなかったはずだ。

 それでも、このまま前後から挟まれて戦い続ければ全滅する。

 

「大通りの入口で戦線を作り直す! 騎士は負傷者を優先して退かせろ!」

「聞こえたな! 下がれ!」

「広場を捨てるぞ!」

 

 レオンの命令を受け、騎士たちが一斉に声を張り上げる。

 それまで広場で踏みとどまっていた人たちが、少しずつ大通り側へ動き始めた。

 大勢の人間が一斉に移動したことで、戦場の流れそのものが変わる。

 それを追うように動き出す死者もいたが、広場にはその場に残ったままの死体も少なくなかった。

 

「サラ!」

 

 人の流れに逆らいながら声を上げる。

 返事はない。

 

「サラ! フーバさん!」

 

 押し寄せる冒険者の肩越しに向こうを見るが、もうどこにいるのかも分からない。

 マルルゥの姿も見失っていた。

 

 歯噛みしながら、無理に広場へ戻ろうとする。

 だが、俺の周囲にだけ死者が集まり始めた。

 人間側は大通りへ下がっている。

 ここに一人で残れば、当然俺だけが取り残される。

 

 三体、四体と死者が迫ってくる。

 魔剣を振るい、一体を斬り伏せる。

 さらに後ろから来た死体へ刃を走らせる。

 俺の剣なら触れるだけでも動きを止められるとはいえ、この数に囲まれ続ければどうなるか分からない。

 シエルは、この鎧を身に着けてから怪我をしたことはないと言っていた。

 だからといって、この数に囲まれても平気だなんて保証はない。

 試してみる気にもなれなかった。

 

「……くそっ!」

 

 フーバたちがいた方向をもう一度だけ見る。

 しかし、そこに見えるのは人と死者の入り乱れた群れだけだった。

 今は下がるしかない。

 俺は迫ってくる死体を斬りながら、人間側の流れに合わせて大通りへ退いた。

 広場を抜けると、戦いやすさは明らかに変わった。

 

 さっきまでは前後から敵に挟まれていたが、こちらが大通りへ抜けたことで、広場にいた魔物も後方から来ていた人間の死体も、同じ方向から追いかけてくる形になっている。

 

「大盾持ちは前へ!」

 

 レオンの指示に従い、大きな盾を持った騎士たちが大通りの入口へ並んだ。

 

「左右へ流すな! 中央で食い止めろ!」

 

 盾が並び、その後ろから冒険者たちが武器を突き出す。

 押し寄せてきた魔物が盾へぶつかり、そこへ槍や剣が次々と突き込まれていく。

 

 広場にいた時よりはずっと戦いやすい。

 敵の来る方向が絞られた分、目の前に集中できる。

 だが、安心できる状況じゃない。

 

 大通りの左右には店や民家が並んでいる。

 今はまだ入口付近で食い止めているが、ここからさらに下がれば、その建物の中にいる住民まで巻き込まれる。

 

「これ以上は下がるな!」

 

 レオンの声が聞こえる。

 

「ここで止める! 大通りの奥へは絶対に通すな!」

「おう!」

「押し返せ!」

 

 再び戦線が作られていく。

 俺も大盾の横から飛び出し、近づいてきた死体を魔剣で斬った。

 魔物の身体がその場へ崩れ落ちる。

 すぐ後ろから、今度は剣を持った冒険者の死体が迫ってきた。

 

「くそっ……!」

 

 剣をかわし、肩口へ魔剣を当てる。

 それだけで身体から力が抜け、死体が倒れた。

 やっぱり《魔喰い》は効いている。

 でも──。

 

 盾の会で戦った魔物たちを思い出す。

 あの時は、死体の中にスライムが潜んでいた。

 そして、そのすぐ近くには骸骨仮面の男がいた。

 あいつ自身が戦場にいて、スライムを使って死体を操っていた。

 

 今回も死体が動いている。

 違うのは、いくら斬ってもスライムが出てこないことだ。

 しかも、腐った魔物だけじゃなく、ついさっき死んだ冒険者まで動き出している。

 

「……あいつとは別って事か?」

 

 目の前の腐った魔物を斬りながら、広場の方を見る。

 人間側が大通りへ退いたことで、こちらを追ってきた死者も多い。

 だが、広場にはまだ何体もの死体が残っていた。

 戦う相手がいなくなったというのに、その場に立ち尽くしたまま微動だにしない。

 

「……何だ、あいつら?」

 

 そう思った直後だった。

 一体の死体が、ぴくりと身体を震わせた。

 ゆっくりと首を動かし、こちらを向く。

 すると、それに続くように別の死体も身体の向きを変えた。

 一体、また一体と、止まっていた死者たちが大通りへ向かって歩き始める。

 

 偶然じゃない。

 何かが命令しているとしか思えない挙動だ。

 だったら、どこから?

 これだけの死体を動かしている。

 一体一体に細かい動きをさせているようには見えないが、それでも戦況に合わせて群れ全体の向かう方向を変えている。

 

 しかも、新しく死んだ人間までほとんど時間を置かず動き始めた。

 そんなことをするには、少なくとも戦場の様子が見えていないと無理なんじゃないか?

 どこに生きている人間がいて、今どちらへ移動したのかくらいは把握していないと、こんな指示は出せないはずだ。

 

 戦いながら周囲を見回す。

 広場を囲む建物の二階の窓や屋根の上、それに周囲の路地へ視線を走らせる。

 それらしい人影は見当たらない。

 

「どこだ……?」

 

 魔物の攻撃をかわし、魔剣を振るいながらもう一度周囲を見る。

 そして、ふと視線を上へ向けた。

 

「……あ」

 

 建物の屋根よりも遥か高い場所。

 この街へ来てから何度も目にしていた時計塔が、遠くにそびえている。

 街のどこからでも見えるほど高い塔だ。

 逆に言えば──。

 

「あそこからなら……」

 

 冒険者ギルド前の広場も、この大通りも見える。

 街を見渡しながら、戦況に合わせて指示を出すことだってできる。

 目を凝らす。

 時計塔の上部。

 鐘楼の少し下にある大きな窓の奥で、何かが動いたような気がした。

 

「……人?」

 

 ほんの一瞬だった。

 こんな距離だ。

 見間違いかもしれない。

 でも──。

 

「レオン様!」

 

 近くで指示を出していたレオンへ声を掛ける。

 

「何だ!?」

「あの時計塔を確認してきます!」

「時計塔?」

「こいつら、誰かが戦場を見ながら操っているのかもしれません! あそこなら広場も大通りも見渡せます!」

 

 レオンが時計塔へ目を向ける。

 すぐにこちらへ視線を戻した。

 

「分かった! ただし無茶はしないでくれ!」

「はい!」

 

 本当にそこにいるという確証はない。

 でも、このまま死者を一体ずつ倒していても終わらない。

 もし操っている奴がいるなら、そいつを止める方が早い。

 俺は大通りから脇道へ入り、時計塔へ向かって走り出した。

 

 戦場から離れるにつれ、魔物の数は減っていく。

 大半が大通りにいる人間たちへ向かっているらしく、裏道には全く入り込んでいなかった。

 全速力で駆けながら時計塔の裏側へ回り込む。

 入口の扉は開いていた。

 

 勢いよく中へ入る。

 石造りの塔の内部は薄暗く、中央には螺旋状の階段が上へ伸びていた。

 地上から聞こえていた戦場の喧騒も、階段を上がるほど少しずつ遠くなっていく。

 代わりに、自分の足音ばかりがやけに大きく響いた。

 

 外から見ても高いとは思っていたけど、実際に登ってみると想像以上だった。

 何度も曲がる石の階段を駆け上がり、ようやく大きな歯車や時計の機構らしいものが置かれた階を抜ける。

 

 さらにその上。

 鐘楼へ続く階段の手前に、大きな窓のある部屋があった。

 扉は開いている。

 中へ足を踏み入れた瞬間、人影が見えた。

 

「……いた」

 

 窓際に、一人の男が立っている。

 こちらへ背を向けたまま、眼下の戦場を見下ろしていた。

 灰色の髪を後ろで束ね、肩には落ち着いた色のマントを羽織っている。

 その姿には見覚えがあった。

 

「あいつ……」

 

 以前、フィアたちと一緒にいた男だ。

 俺の気配に気がついたのか、男がゆっくり振り返る。

 灰色の瞳。

 眉間には深い皺が刻まれていた。

 右手には以前にも見た杖。

 そして左手には、見覚えのないものを持っている。

 掌に収まる程度の、小さな髑髏だった。

 銀細工のような鈍い光沢を持ち、大きく開かれた口の中には灰色の水晶のようなものが嵌め込まれている。

 

「ほう」

 

 男は俺を見ても慌てなかった。

 少しだけ目を細め、感心したようにこちらを見る。

 

「よくここが分かったな」

「……お前がやったのか?」

 

 魔剣を構える。

 

「下で死体を動かしてるのは、お前なのか?」

 

 男は俺ではなく、手の中にある髑髏へ一度だけ視線を落とした。

 

「そうだったら、どうする?」

「てめぇ……!」

 

 フーバの姿が頭に浮かぶ。

 喉を刺され、地面へ倒れたまま動かなかったフーバ。

 死んだ仲間に襲われた冒険者たち。

 助けようとして近づいた相手に刺された人たち。

 

「今すぐ止めろ!」

 

 思わず声を荒らげる。

 男は眉一つ動かさなかった。

 

「断る」

「っ……!」

 

 地面を蹴って一気に距離を詰めようとした、その瞬間だった。

 背後から、ぞくりと背筋を撫でるような殺気を感じた。

 

「っ!?」

 

 考えるより先に身体を捻る。

 同時に、《心眼》が背後から迫ってくる攻撃の軌道を拾った。

 思い切り身を屈め、そのまま横へ転がる。

 次の瞬間、さっきまで俺の首があった場所を鋭い一撃が薙ぎ払った。

 

「なっ……!」

 

 立ち上がると同時に振り返る。

 遅れていたら、首を持っていかれていた。

 額に冷たい汗が滲む。

 

「流石、聖女様ですねェ」

 

 聞き覚えのある、耳障りな声。

 

「お前……!」

 

 階段の暗がりから姿を現したのは、骸骨の仮面を被った男だった。

 

「また会いましたねェ、聖女様」

「……聖女じゃねえつってんだろ」

 

 変装しているのに、さっきまで使っていた丁寧な口調も忘れていた。

 骸骨仮面の男は楽しそうに肩を揺らす。

 

「ふふ……やはり、その口調の方が以前お会いした時に近いですねェ」

「ネグロス」

 

 背後からドルガの低い声が飛んだ。

 

「余計な真似をするな。まだ傷は治っていないんだろう」

 

 ネグロス。

 骸骨仮面の男、そんな名前だったのか。

 

「これはこれは、ご心配ありがとうございます、ドルガ」

 

 ドルガ。

 その名前を聞いて思い出す。

 リゼットが言っていた名前だ。

 確か、あの時も──ドルガに怒られるとか、そんなことを口にしていた。

 こいつらは全員繋がっている。

 

「聖女様が盾の会へ現れたことを、あなたにお知らせしに来たのですが……どうやら、その必要はなかったようですねェ」

 

 ネグロスが俺へ顔を向ける。

 

「まさか自分からこちらへ来てくださるとは。実に嬉しい誤算です」

「嬉しい誤算だと?」

「ええ。せっかくですから、この場で捕らえてしまいたいところなのですが──」

「簡単に言ってくれる」

 

 ドルガが遮った。

 ネグロスが僅かに首を傾げる。

 

「おや、せっかく聖女様が目の前にいらっしゃるのですよ?」

 

 ドルガの視線が俺へ向く。

 

「俺は下の奴らに指示を出さねばならん。お前も森渡りにやられた傷がまだ残っている。アレもここにはいない」

 

 そこで一度言葉を切った。

 

「この状態で、聖女を捕らえられると思っているのか?」

「……耳の痛い話ですねェ」

 

 ネグロスが腹の辺りへ手を当てる。

 やっぱり、ヴァンにやられた傷はまだ治り切っていないらしい。

 

「とはいえ、聖女様を目の前にして何もせず帰るというのも、少々惜しい気はしますがねェ」

「死にたいのならば止めんぞ。お前も操ってやろう」

「ふふ、それは遠慮しておきましょう」

 

 軽口を叩いているが、二人とも俺へ向かってくる様子はない。

 ドルガは上から俺の戦いを見ていた。

 ネグロスも以前俺と戦っている。

 二人とも、今の状態で無理に戦うつもりはないらしい。

 なら──。

 

「逃がすと思ってるのか?」

 

 魔剣を握り直す。

 その時、窓の向こう──遠く離れた街の一角から、眩い光が空へ打ち上がった。

 

「……何だ?」

 

 光は建物よりも遥か高くまで上がると、空中で強く輝いた。

 

「……合図か」

 

 ドルガが窓の外を見る。

 ネグロスも光へ顔を向けた。

 

「ふむ、撤退ですかァ」

 

 思わず二人を見る。

 ネグロスは一度光を見たあと、ゆっくり俺へ顔を向けた。

 

「妙ですねェ……聖女様はこちらにいらっしゃるというのに、向こうは一体何を手に入れたのでしょうか」

「……何?」

 

 向こうとは一体?

 ドルガは眉間の皺をさらに深くし、しばらく光の上がった方角を見つめていた。

 

「予定通りの成果じゃないことだけは確かだ」

「でしょうねェ。肝心の聖女様が、こちらにいらっしゃるのですから」

「別の成果を得たか、予定外の事故でも起きたか……ここからでは分からんか」

 

 ドルガは短く息を吐く。

 

「だが、合図が出た以上は同じだ。ここも終わりだ」

「本当に引くのですかァ?」

「さっきも言ったはずだ」

 

 ドルガが冷たい目をネグロスへ向ける。

 

「死にたければ一人で死ね」

「……仕方ありませんねェ」

 

 ネグロスは俺を見て、大げさに肩を落とした。

 

「せっかく聖女様と再会できたというのに、残念です」

「待て!」

 

 二人が動く。

 

「逃がすか!」

 

 追おうと一歩踏み出したところで、ネグロスがこちらへ剣を向ける。

 怪我をしているとは思えないほど鋭い動きだった。

 咄嗟に魔剣を構える。

 だが、ネグロスは深追いしてこない。

 こちらを牽制するように一撃だけ放つと、すぐに距離を取った。

 

「今は貴女に勝つ必要もありませんのでねェ」

「くっ……!」

 

 その隙にドルガが手にしていた銀色の髑髏へ指を添える。

 口の中に嵌め込まれた灰色の水晶が、ほんの僅かに光った。

 

「近くの建物へ入り、中の生者を殺せと命じた」

「何?」

「我々を追うのは良いが、下はどうなるかな?」

「て、てめぇ……!」

 

 ドルガはそれ以上何も言わず、保守用の階段へ姿を消した。

 ネグロスもその後を追いながら、最後にこちらを振り返る。

 

「では、聖女様。またお会いしましょう」

「待て!」

 

 追えば、まだ間に合うかもしれない。

 けれど、その足が一瞬止まった。

 

 窓の外。

 さっきの光が上がった方向が、どうしても気になった。

 高い時計塔から街を見渡す。

 ここからでは建物や地形に遮られて、その場所そのものまでは見えない。

 それでも、方角くらいは分かる。

 

「あの方向……」

 

 胸の奥に、嫌なものが広がっていく。

 間違っていなければ、あっちには──。

 

「……ブルム家?」

 

 眼下では、ドルガが去った後も死者たちが動き続けている。

 フーバやサラのことも気になる。

 下の戦場だって、まだ終わっていない。

 

 それでも、さっきの光がどうしても頭から離れなかった。

 あれが上がったのは、間違いなくブルム家のある方角だ。

 

「……何があったんだ?」

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