新人ボクっ娘ウルトラ戦士、地球に赴任す ~なお地球には既に優秀な防衛チームが配備されてるので大して役には立たない模様~   作:よよよーよ・だーだだ

1 / 9
1、調子に乗った新人がそのチンケなプライドをブチ折られるドラマからしか摂取できない栄養素がある

 ギリギリまで頑張って ギリギリまで踏ん張って

 どうにもこうにもどうにもならない そんな時

 ウルトラマンが欲しい!

 ――『ウルトラマンガイア!』より

 

 

 やあ、みんな! ボクの名前は〈ウルトラマン・ホタル〉、新しく地球にやってきたウルトラ戦士さっ!

 ……えっ? ボクっ娘なのにウルトラ()()なのかって? いいだろ、別に。多様性ってやつだよ、多様性。

 

 まあそんなことはともかく、ボクは故郷でずっとウルトラ戦士に憧れて育ってきた。だから今回『地球に赴任できる』と聞いたときは心が躍ったものだ。

 考えてごらんよ。あの彼らと同じように宇宙の平和を守るため、そして皆の役に立てるんだよ? こんなワクワクすることなんて他にあるわけないじゃあないか!

 

 そして今日は、ボクの初出動。

 防衛チーム基地のロッカールーム。ボクもまた防衛チームのユニフォームへと袖を通し、ヘルメットをしっかりかぶる。

 続いて、鏡に映った自分の姿を見て一呼吸。うーん、ちょっと背丈が低くて子供のコスプレみたいなのがネックだけど、ま、いいや。とにかくこれで、ボクも立派な防衛チームの隊員だ。

 

「これが、初任務……絶対に成功させなきゃっ」

 

 ボクの胸に湧き上がるのはただの緊張や不安ではない。それは、使命感。故郷の星で見てきたウルトラ戦士たちの勇姿を思い出す。

 彼らから受け継いできた正義の心が今、ボクの心にも宿っている。ボクも彼らのように、地球を守るヒーローになるんだ!

 

「なに鏡見てぶつぶつ言ってんの、ナガレヤマ隊員」

 

 そう呼ばれて振り返ると、ボクの上官でもある防衛チームの〈隊長〉が怪訝な顔でボクを見ていた。

 

「……ナガレヤマ隊員?」

 

 ……おっといけない、気が緩み過ぎだ。これから決死の戦いになるかもしれないというのに。眉をしかめる隊長に、ボクは慌てて取り繕った。

 

「す、すみません、初めての出動だと思うとつい……」

「ふーむ……?」

 

 ボクが咄嗟に誤魔化すと、隊長はなんだか怪訝な顔をしていた。けれどやがて納得したように独り言ちた。

 

「……ま、最初は皆そういうもんよね」

 

 日頃は厳しい隊長だけど、このときだけは微かな温かさが見え隠れしたような気がした。

 とはいえすぐさま普段通りの厳しい顔つきと口調へと戻り、ボクに鋭く釘を刺した。

 

「だけどしっかりしなさい、ナガレヤマ=ホタル隊員。この星にウルトラマンはもういないんだから」

 

 ……そう、この地球にはかつてウルトラマンがいたらしい。

 どのウルトラマンだったのか、あるいはボクが知らないウルトラ戦士だったのかもしれない。とにかくこの星にはボクより先にウルトラマンがいて、地球の平和を守り抜いてくれたらしい。

 けれどそのウルトラマンはもういない。地球を狙う悪の侵略者の野望を挫いた先代のウルトラマンは、平和になったこの星をあとにした。『光の国の宇宙警備隊には、次の使命があるのだ』と言い残して。

 だからね、と隊長は続ける。

 

「この星はね、わたしたち人類が自らの手で守ってゆかなくちゃいけないの。わたしたち防衛チームはその(かなめ)、最後の砦よ。だからしっかりやってゆかないとね」

 

 ……たしかに、そうなんだろう、と思う。

 隊長たち防衛チームの人たちは、みんなそうやって一生懸命この星を守ってきたんだろう。その頑張り自体を否定しようとは決して思わない。『人類が自らの手で守ってゆかなくちゃ』『わたしたち防衛チームはその最後の砦』、そう語る隊長の言葉には、地球を守ることに対する強い覚悟と誇りが感じられるような気がした。

 けれどもう大丈夫。これからはこのボク、ウルトラマン・ホタルが守るんだから!

 

「……よーし、やるぞう!」

 

 そんな意気込みを胸に秘め、ボクは自身の頬をはたいて喝を入れる。手のひらが頬に当たる瞬間、痛みと共に覚悟がさらに強まったような気がする。

 かくしてボク:ナガレヤマ=ホタル隊員は、防衛チームとして初めての任務に出撃していったのだった。

 

 

 

 その“隕石”はワームホールを伝って飛来したらしい。

 突如地球の傍に現われたその隕石はそのまま重力に引かれて地球へ落下。大気圏も突き抜けてそのまま地表へ墜落してきた。

 

「なにあれ……!?」

「流れ星、いや隕石か……!?」

 

 地上の人々は突然の光景に驚愕し、空を見上げて固唾を飲んでいた。隕石はまるで運命に導かれるかのように、一直線に地表に向かっていた。

 そして瞬く間に、隕石は地表へと激突した。

 

 ――ドーンッ!!

 

 轟音と共に大地が揺れ、爆風が四方八方に広がってゆく。激突地点から立ち上がる土埃、それらが晴れると隕石の全容が現れる。

 その姿はまるで、

 

「宝石……!?」

 

 全高80メートルに及ぶ巨大隕石、地表に突き刺さったその姿はまるで深い青のアクアマリン、宝石のようだった。その光は冷たくも美しく、見る者の心に不思議な静けさをもたらすようだった。

 

 ――ピキッ、ピキキッ……!

 

 そして走る無数のひび割れ、クラックはやがて劈開(へきかい)となって隕石全体を駆け巡り、ひいてはまるで内側から突き破るかのように全体を打ち砕く。

 そして隕石から生まれたのは、

 

「怪獣……!?」

 

 センサーの計測によれば身長は77メートル、体重8万8千トン。頭部には巨大な角があり、両腕にはピッケルのように鋭く尖った強力な鎌。そして金色の禍々しい眼光が特徴的な、如何にも凶暴そうな宇宙怪獣だ。

 宇宙怪獣が大口を開け、一帯に金属質な咆哮が響き渡る。

 

「――――――ッ!!」

 

 宇宙怪獣は唸り声をあげ、その鎌を大きく振り回した。その一振りでビルが一棟丸ごと、根元から吹っ飛んだ。まるで紙のように容易く切り裂かれ、そして豆腐のように崩れ落ちていく。街は一瞬にして廃墟と化した。宇宙怪獣の動きは驚くほど俊敏で、その力は計り知れないようだ。

 宇宙怪獣は、目の前のビルを根こそぎ刈り取って更地にしたあと、続いて頭の一本角に黄金の光を迸らせ始めた。

 

 ――バチッ、バチバチッ……!

 

 金色のエネルギーが宇宙怪獣の全身から角へと集まり、やがて凝縮。一瞬の静寂の後、宇宙怪獣の角から強烈な光線となって放たれた。乱れ撃ちされる光線は次々とビルを貫き、道路を切り裂き、街全体を焼いてゆく。

 怪獣の猛威を前に悲鳴を上げ、必死に逃げ惑う人々。

 

「怪獣だァーッ!」

「うわーっ!」

「助けてくれぇーっ!」

 

 街は瞬く間に混乱と恐怖に包まれた。怪獣の鎌と光線が次々と街を破壊していく様子は、まるで終末の光景そのもの。青いクリスタル状の隕石から現れたこの宇宙怪獣は、まさに人類の悪夢の具現化だった。

 

「全ユニット、直ちに出撃! 緊急事態だ!」

「距離300メートル、ターゲットに接近中!」

「支援部隊はどうなっている!? 早く増援を!……」

 

 防衛軍のヘリとジェットが駆けつけ、戦車が通りに並んで迎撃する。ミサイルと空爆をしこたまぶち込んで、四方八方から熾烈な砲撃を撃ち込む。

 けれど、本物の宇宙怪獣の猛威を前にしては全く歯が立たない。鎌で叩き潰され、角から放たれる光線に焼かれ、そして巨体でもって蹂躙されてゆくばかりだ。

 

「ったく、なんて酷いことを……!」

 

 そんな惨状を、ボクは防衛チームのジェットファイターから見下ろしていた。まったく宇宙怪獣のやつ、なんて酷いことをするのだろう。平和に暮らしていただけの人間の世界へ突如侵入した挙句、街を滅茶苦茶に踏み壊すだなんて。

 ボクが怒りに燃える中、防衛チームのオペレータ担当からの通信が届いた。

 

〈レジストコード決定、怪獣は〈宇宙戦闘獣 コッヴ〉と命名!〉

 

 ……ふむ、宇宙戦闘獣コッヴか。ボクの知らない怪獣だ。

 とにもかくにも、ボクの為すべきことはひとつ。

 

「よーし、地球の平和を脅かす宇宙怪獣め! ウルトラマンであるボクがやっつけてやる!」

 

 ボクはかねてから仕込んでおいた、ジェットファイターの自動操縦システムをオンにした。細工は粒々、アリバイ工作も完璧だ。そして懐に忍ばせていた変身アイテムを構える。

 

「これが、ボクの初変身だ。さあ、行くぞ……!」

 

 と、思った矢先のことだった。

 

 

 

 ボクのジェットファイターのすぐ傍を、巨大なシルエットが横切っていった。

 

 

 

「な、なんだ……!?」

 

 慌てて振り返り、メインカメラを確認する。

 側面カメラを見ると、巨大なドラゴンに似た青い巨大ロボが、ロケットブースターを吹かしながらボクのジェットファイターのすぐ傍を飛んでゆくのが見える。急速急降下で向かった先は地上で暴れる宇宙怪獣、コッヴだ。

 

「ッ!」

 

 コッヴもまた、自らへと迫る新たな脅威を敏感に察知した。金属質の咆哮を挙げながら角を光らせ、稲妻のような光線を放つ。

 

「――――――ッ!!」

 

 空中で炸裂するコッヴの光線、食らえば撃墜必至の破壊光を、ボクらジェットファイターは懸命に回避した。

 だが、青い巨大ロボはものともしない。超スピードで急降下しているにもかかわらず、青い巨大ロボは曲芸めいた機動でそれらをひらりひらりと難なく躱してゆき、それでいてコッヴへの狙いは逸らすことなく真っ直ぐ向かってゆく。

 やがて巨大ロボは足を構える。まるでスーパーヒーローの必殺キック、ウルトラ兄弟でたとえるならウルトラマンジャックの流星キック。足を真っ直ぐ構えながら急降下してゆく巨大ロボ、狙うは地表で暴れるコッヴの顔面だ。

 そして超重量の超スピードで突っ込んでくる巨大ロボの超絶稲妻キックを、コッヴは躱し切れない。

 

 

 響く轟音、それから衝撃波。

 数万トンの重量が直撃する一撃。

 

 

 巨大ロボによる急速急降下飛び蹴り、それをまともに喰らったコッヴはひとたまりもなかった。コッヴは鼻先を蹴り潰され、悲鳴を上げながらその場へともんどりうって引っ繰り返ってしまう。

 あれは、まさか……。コッヴを蹴り倒した巨大ロボ、その名をボクは知っていた。

 

「〈アースガロン〉……!?」

 

 特殊戦術機甲獣、アースガロン。

 かつてウルトラマンが去ったこの地球で、防衛チームが建造した秘密兵器だ。青い装甲にオレンジのアクセントが入ったドラゴン型のロボット怪獣で、優秀なAIと数々の装備を搭載した最強のロボット怪獣……と聞いている。

 ……まあ、本物のウルトラマンであるボクには遠く及ばないけどね、多分!

 とにかく天空からの強襲キックでコッヴに先制攻撃を仕掛けたアースガロンは、ホバリングで巧みに制動しながらスーパーヒーローのように華麗に着地。そしてそのまま勢いに身を任せ、雄叫びを挙げながらコッヴへと躍りかかった。

 

「――――――ッ!!」

 

 次々と炸裂するアースガロンによる鋼の鉄拳、ショルダータックル、テイルブロー、そして空中飛び膝蹴り。打つ、殴る、蹴る、投げて絞めて()めてぶちのめす。

 豪快にして華麗。カラテとジュードーを組み合わせたようなコンボ技を次々と繰り出してゆく防衛チームの巨大ロボ、アースガロン。その勇姿にボクも思わず見惚れてしまった。

 

「……これが、アースガロンの近接格闘(CQC)モードか」

 

 なかなかやるなあ、アースガロン。

 ヴァーリ・トゥードよりも苛烈な猛攻撃で攻めて攻めて攻めて攻めまくり、アースガロンはコッヴを一方的に追い詰めてゆく。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 コッヴの方も、なんとか(いとま)を見つけて反撃の糸口を掴もうとする。両手の鋭い鎌∶コッヴシッケルを振り回し、角からの光線を乱れ撃ち、なんとか自分のペースを持ち直そうとする。コッヴシッケルの一撃はビルをも切り飛ばし、角からの光線は辺りを火の海にしてしまう。まともに喰らえばアースガロンだってスクラップだろう。

 

 けれど、アースガロンの方が上手(うわて)だった。

 

 アースガロンの身のこなしは、巨大ロボとは思えないほど軽やかだった。

 続々と繰り出されるコッヴの斬撃、ビームの乱れ撃ち。アースガロンはそれらを易々といなした上に、むしろコッヴの攻撃を逆用して巧みなカウンターを仕掛けてゆく。その動きはまさに疾風迅雷、龍が如く。まるでプロの格闘家の試合を見ているかのようだ。

 そうしてコッヴをボコボコに叩きのめしてゆくアースガロンを眺めながら、ボクはふと気づいた。

 

「……ボク、出番なくね?」

 

 そうなのだ。戦いは明らかにアースガロンが優勢で、このままだとウルトラマンであるボクが出るまでもなくコッヴを倒してしまう。他方、今のコッヴは完全に叩きのめされてグロッキー状態、立ち上がることすら出来そうにない。

 そうこうしているうちに防衛チームの指揮司令室、隊長から指示が飛んできた。

 

〈トドメを刺しなさい! “アースファイア”、発射用意!〉

 

 隊長からの指令を受け、前線の防衛チームたちも迅速に動き出す。

 

〈了解! 各隊、巻き添えに注意して退避せよ!〉

〈了解! 各ジェットファイター隊、戦車隊、退避しますっ!〉

〈了解! 頼むぜ、アースガロン!〉

 

 ジェットファイターは散開、地上部隊も一斉に射線を確保する。

 それらを見届けてからアースガロンが口を開き、喉の奥から紫電の光が迸り始める。アースガロンの主砲、アースファイアでコッヴにトドメを刺すつもりだ。

 ……ヤバい、ヤバいっ、ヤバいッ!! 本当にボクの出番がなくなっちゃう! アースガロンの華麗な戦いぶりはまるで凄く凝った特撮映画のワンシーンのようで、ボクの出番だけがどんどん遠のいていく。

 

〈放熱フィン展開、エネルギー充填、荷電開始! カウント、5、4、3、2、1……!〉

「あ、あっ、ちょ、ちょっと待っ、待てったら……!」

 

 ボクは慌ててウルトラマンに変身しようとしたのだけれど、もう遅い。アースガロンはボクのことなんてお構いなしに、青白いエネルギーを迸らせながら口を開く。

 あ、ちょ、ま、あっ、アッ、アーッ!!

 

〈アースファイア、発射(Fire)ァーッッ!!〉

 

 そして発射されるアースガロンの必殺荷電粒子砲、アースファイア。

 竜巻のように渦を巻いて放たれる、青白い雷轟の奔流。射線上のすべてを殲滅する線状光が一閃し、その場でへたり込んでいた宇宙戦闘獣コッヴへ真っ直ぐ襲い掛かった。

 

「……ッ!」

 

 コッヴは咄嗟に防御しようとするかのように両手の鎌で顔を庇ったが、アースファイアの猛威は到底防ぎきれない。

 総身を完膚なきまで打ち砕かれ、焼き尽くされてゆくその刹那、コッヴ断末魔の絶叫が響き渡った。

 

「~~~~~~……ッ!!」

 

 ……まばゆい閃光が収まると、コッヴは既にいなかった。

 代わりにあるのは、真っ赤に灼けた巨大なクレーター。哀れ、宇宙戦闘獣コッヴは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったのだ。

 そしてその対角線上に立っているのは、全身から放熱の紫煙をくゆらせている鋼の巨獣、アースガロン。コッヴ撃滅、その戦果を誇るかのようにアースガロンが雄叫びを挙げた。

 

「――――――……ッ!!」

 

 夕日を背にして勇ましく吠えるアースガロン。そのカッコいい雄姿に、街の人たちも一斉に歓声を上げる。

 

「ありがとう、アースガロン!」

「流石、防衛チームだ!」

「あなたたちのおかげよ!……」

 

 アースガロンを見上げる街の人たちの表情は、皆一様に脅威が取り払われたことへの安堵と歓喜に満たされていた。誰も彼も、心の底から嬉しそうだ。

 ……けれど、ボクは。

 

「ボク、出番なかったな……」

 

◆ o(olo)○ < ジュワッ! ◆

 

 次の出撃で現われたのは、クラゲに似た怪獣だった。

 

「え、ちょっと、なにあれ……?」

「あれはなんだ?」

「クラゲのお化けか……?」

 

 街の人たちが見上げる中、薄明の空をふわりふわりとゆっくり漂うクラゲ怪獣。半透明の触手が波を打ち、まるで重力など存在しないかのように自由自在に蠢いている。

 まるで街を彷徨う幽霊のようだったが、引き起こした結果は凄惨そのものだった。なにしろクラゲ怪獣が飛んだあとは、街が次々と砂塵へと分解されてゆくのだ。

 

「まさか、ビルが一瞬で……!」

「イヤーッ!」

「助けてくれぇ~!」

 

 クラゲ怪獣の触手がひとたびビルに触れると、硬いコンクリートは瞬く間に崩れ去り、砂の山となって地面に積もった。ガラスの破片が空中で舞い散り、次の瞬間にはそれも砂塵へと変わる。

 このようにクラゲ怪獣が通り過ぎたあと、街が次々と砂の山へと変えられて消失していった。砂漠の砂は、無数の小さな旋風となって空へと舞い上がり、まるで最初から何もなかったかのように次々と消えていく。

 

「お、俺たちの街が……!」

「おかあさーん! おとうさーん……!」

「ちくしょう、ちくしょう……!」

 

 崩れ落ちてゆく街と、逃げ惑うしかない人々。けれどクラゲ怪獣は無慈悲だった。

 クラゲ怪獣には髑髏(どくろ)に似た頭があったが、その目には感情の色がなく、ただ任務を遂行するシステムのような冷徹さがあった。何かを探しているのか、あるいは単に破壊を楽しんでいるのか、その意図は誰にもわからない。

 ただひたすらに街は砂漠へと変わり、歴史と文明の残り滓が風に乗って舞い上がってゆくだけだった。

 

 

 髑髏のついたクラゲのようなこの怪獣は、〈超空間波動怪獣 メザード〉と命名された。

 空高くをふよふよ漂いながら、眼下の街を次々と砂漠へ変えてゆく怪獣メザード。そんな一大危機に対し、ボクたち防衛チームは作戦会議を開いていた。

 

「と言っても、異次元から来た怪獣だなんて……」

 

 分析チームの分析によると、メザードは波動のような怪獣だという。詳しい理屈はボクにはわからないけれど、メザードは異次元に棲んでいるためこちらからの攻撃が一切通用しないという特性があるらしい。

 そんなメザードに対し、ボクたち防衛チームはもちろん防衛軍でさえ為す術もなかった。なにしろ相手は異次元怪獣。ミサイルも砲撃も、アースガロン必殺の荷電粒子ビームだって一切通用しないのだ。

 手も足も出ない現状に、隊員の一人が弱々しく呟いた。

 

「こんな奴、ウルトラマンに頼るしか……」

 

 ……そうそう、とボクは内心で頷いた。

 こんなときこそウルトラマンの出番。ウルトラマンの超パワーにかかれば、異次元からの怪獣だろうが超獣だろうが一捻りさ。いよいよボクの見せ場が来た、今度こそ頑張らなくっちゃね!

 ……と、ボクが思った矢先のことだった。

 

「その必要はないぞ」

 

 そう言いながらスタスタ入ってきたのは、防衛チームの科学技術担当だった。両手に何か、機械仕掛けの杭のような装置を抱えている。

 隊長が振り返って声をかけた。

 

「あら、珍しいわね。万年ひきこもり外星人のあんたが出てくるなんて」

「紅茶の茶葉が切れたからな。ことのついでだ」

 

 隊長が『万年ひきこもり外星人』と評したとおり、防衛チームの科学技術担当はバルタンという星から来た宇宙人、外星人(がいせいじん)だ。しかも彼女は人嫌いの偏屈者として有名で、実際ボクも今日初めて会った。聞くところによれば防衛チームの科学技術担当は日頃から研究ラボの中に閉じ籠りっきりで、基地の中でさえ見かけることは滅多にないらしい。

 そんな科学技術担当のマイペースぶりに、隊長は呆れ半分で言った。

 

「あんた、相変わらず協調性ゼロね。たまにはチームミーティングにも顔出しなさいよ」

「悪いが、煩わしいのは苦手でね。定例の分析レポートはちゃんと上げてるし、要請を受ければ参加しているから構わんだろ」

「……とかなんとか言って、ホントは寂しいくせに」

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんでも」

 

 けれど、隊長との関係だけは別のようだった。軽口を叩き合う二人のあいだには、なんだか『長年の戦友、腐れ縁』みたいな気安さを感じる。隊長と科学技術担当、実は古くからの知り合いだったりするんだろうか。

 そんなボクの疑問は他所に、隊長は科学技術担当に本題を訊ねた。

 

「……で、『ウルトラマンが出る必要はない』ってのはなに?」

「ああ、そうだったな」

 

 隊長の問いに、科学技術担当は備品棚――あとで聞いた話だが、この棚には彼女専用の茶葉と蜂蜜がストックしてあるらしい――を漁りつつ応える。

 

「メザードの攻撃は、我々外星人のあいだで『ギドラ現象』と言われているものだ」

「ギドラ現象? なによ、そのどっかの宇宙超ドラゴン怪獣みたいな名前の奴は?」

 

 隊長が聞き返すと、科学技術担当は目的の茶葉を取り出しながら淡々と答えた。

 

「Gateway Heterodimensional Interference Directionally One-sided Reception Asymmetry Hypothesis(異次元干渉が一方向にのみ受信される非対称仮説)」、頭字語でギドラ(GHIDORAH)だ。物理の系や位相が異なる、マルチバース間の位相間差異によって発生する現象だな」

「……もうちょっとわかりやすく説明してくれる? 他の隊員たちがポカンとしてるから」

 

 隊長に指摘されると、科学技術担当はどういうわけかボクの方を見た。

 ……なんだよ、なんでボクを見るの。たしかに全然わかんなかったけどさ。

 ボクはむすっとした目つきで睨み返してやるのだけれど、科学技術担当は涼しい顔で意にも介していなかった。

 

「……うむ。よかろう」

 

 科学技術担当は「仕方ない」と言わんばかりの、だけどどこか得意そうにも見える表情で解説を始めた。

 

「ギドラ現象とは、『異次元からの存在がこちらに影響を与えることができるが、こちらからは何の影響を与えられない』という矛盾した現象のことだ」

「え、えっと……?」

「地球人向けにわかりやすく言えば、野球の試合なのに、プロレスのルールを勝手に持ち込んで好き放題やっているようなものだ。我々の次元とメザードの次元は物理の系、つまりルールが違う。こちらがいくら野球のスコアで勝っていても、メザードには通用しない。そもそも向こうとはルールが違うのだからな」

 

 ……なるほど。ようやくボクも納得した。

 つまりメザードがやっているのはルール違反のチート、イカサマみたいなものなのだろう。まともにやり合っても倒せないのは道理だ、向こうはチートでイカサマをしているんだから。つまりいよいよこのボク、ウルトラマンの出番……

 と思ったところで、隊長が口を挟んだ。

 

「そこまで解析できてるなら、“対応策”も考えてあるんでしょうね?」

「無論だ。バルタンの科学力をナメるなよ」

 

 え、あの、ちょっと……?

 ボクが戸惑っている中でも、隊長と科学技術担当の話は着々と進んでゆく。

 

「メザード、サイコメザード、サイコメザード亜種、クインメザード……メザード系統の宇宙怪獣はギドラ現象による位相間差異を利用して精神攻撃を仕掛けてくる悪質な怪獣として、我々外星人のあいだでも(こと)に有名だからな」

「ふむふむ……それで?」

 

 促された科学技術担当が机に置いたのは、先ほど彼女が抱えてきていた装置だった。科学技術担当が操作すると機械仕掛けの杭はバサッと広がり、まるで強風で裏返った傘のような形へと変わる。

 装置について、科学技術担当が説明を始めた。

 

「これは特殊な重力場を発生させる、パイロットウェーブ発生装置だ。基本的に重力は次元を超越して干渉できる。メザードがこちらへ攻撃できるのも、重力を介しているからだ」

「逆に言えば『重力を使った攻撃は通用する』ってこと?」

「そういうことだ」

 

 隊長の言葉に頷きながら、科学技術担当は説明を続けた。

 

「このパイロットウェーブ発生装置を作戦区域内に複数設置し、特殊な重力場を形成して、メザードをこちらのルールへと強制的に引きずり込む。言わば『異次元怪獣用の()()()()』だ」

「もんどり?」

「魚を捕えるための古典的な罠だ。いったん入ると出られないように“返し”がついている。手近なものだと、切り取ったペットボトルの口を裏返して嵌めて作るものが知られているな」

「! あ、あー、子供たちが夏休みの自由工作なんかでよく作るアレね! アレ、そういう名前だったのね~」

 

 まあ、ともかく。

 科学技術担当は結論付けた。

 

「この装置で捕まえれば、メザードも位相間差異の防御が使えなくなる。つまりこちらの攻撃が通用するようになるはずだ」

「そしてそこを“叩く”と?」

「そう、そこから先は隊長、君の得意分野だ。あとは“殴れ”」

「よし、わかった!」

 

 科学技術担当の説明を聞き終え、隊長は席を立った。その目つきに灯っているのは、強い決意の光。

 自信満々の態度で堂々と、隊長はボクたち隊員に告げた。

 

「……さあ皆、聞いていたでしょう? ここまで種明かしされれば、異次元怪獣なんか怖くないわ。今の分析を基に、あのクラゲ野郎をぶちのめすわよ!」

 

 隊長からの頼もしい檄を受け、自信を取り戻した隊員たちは揃ってビシッと敬礼した。ボクは一瞬反応に出遅れたけれど、なんとか一緒に合わせて答えた。

 

「了解っ!」

「りょ、了解っ!」

 

 ……それから数時間後、防衛チーム主体による“メザード撃退作戦”が実行された。

 隊長が立てた作戦はこうだ。まずメザードが侵攻してゆく方向に、科学技術担当が考案したパイロットウェーブ発生装置の()()()()を設置。メザードが罠に掛かって動けなくなったところを、アースガロンを主体とする防衛チームの部隊が迎撃を仕掛けるのだ。

 そして隊長の作戦はみごと大成功。恐るべき異次元怪獣メザードも、掟破りの位相間差異のバリアーが使えなくてはただの格好のマトだ。罠にかかったメザードは死に物狂いで藻掻いていたが、防衛チームの完璧な連携を前にしてはもはや()す術もなかった。

 

〈アースガロンMod2、アクティベート! オール・ウェポン、オンライン……ッ!〉

〈今よアースガロンっ! オール・ウェポン、発射(Fire)!〉

発射(Fire)ァァーッ!!〉

 

 バリアを失って無防備なメザードに襲い掛かる、桁違いの大火力。

 メザードは四方八方から七面鳥撃ちの袋叩きにされた挙句、アースガロンMod2の全火力による一斉射撃、オール・ウェポンで根こそぎ火達磨にされてしまった。

 

「――――――――――ッ……!」

 

 断末魔の絶叫を挙げながら燃え落ちてゆく、異次元怪獣メザード。その最期を見届けながら、隊員たちは今回の作戦の立役者である隊長を褒め称えた。

 

「やりましたね、隊長!」

「流石です、隊長!」

「隊長の作戦のおかげです!」

 

 隊員たちはそうやって隊長の指揮と作戦を讃えたのだけれど、隊長はむしろ防衛チームの部下たちを褒めてくれた。

 

「いや、これは皆の勝利よ。よく頑張ってくれたわね。あなたたちがいてくれなかったら、地球はきっと滅ぼされていたわ」

「さっすが隊長! 器がデカい!」

「いよっ、大物ッ!」

「コラコラ、煽てても何も出ないわよ~?」

 

 アハハハハ……!

 そうやって笑い合い、互いに勝利を分かち合う防衛チームの隊員たち。手を取り合い、肩を叩き合い、歓声を上げて喜びを分かち合う。その様子はまるで戦いの終わりを祝うお祭りみたいだ。

 ……けれど、ボクだけはその雰囲気へノレずにいた。

 

「……はあ」

 

 祝勝会の片隅でボクは一人、陰に隠れてこっそり溜息をついた。

 コッヴとの戦いに続いて、メザードとの戦いでも何の役にも立てなかった。ウルトラマンとしての力を発揮できず、ただ見ていることしかできなかった自分に心底ガッカリしてしまった。

 皆の喜ぶ声が聞こえてくる。

 

「隊長とアースガロンがいてくれたら、俺たち防衛チームは無敵だぜ!」

「こらこらチョーシ乗るんじゃないのっ……」

 

 皆、心の底から嬉しそう。

 防衛チームの隊員たちが一丸となって、恐るべき強敵メザードを見事に倒してみせた。たしかにそれは素晴らしいことだ、心の底からそう思う。

 ……だけど、その大活躍の中にこのボク、ウルトラマンホタルの力は必要なかった。

 ボクは相変わらず、まったく役に立たなかったんだ。

 

◆ o(olo)/ < テヤッ! ◆

 

 防衛チームの日々に、落ち込んでいる暇なんかない。

 次に現われたのは、これまた異様な怪獣だった。

 

「なんだよあの目玉のオバケ……気持ち悪っ」

 

 隊員の一人がオエッという仕草をしてみせたとおり、モニターに映っているその姿はなんとも気色悪い怪獣だった。真っ赤な肉の塊に巨大な目玉、そしてこれまた目玉がみっしり埋め込まれた手足だけがニョロリと生えているのだ。なんだかグロテスクな前衛芸術みたいである。

 この怪獣に与えられたレジストコードは〈奇獣 ガンQ〉、元はマスコミがつけた渾名らしい。目玉だけの奇妙奇天烈な怪獣、眼球に引っ掛けてガンQってことなんだろうか。

 工場地帯を闊歩しながら、ガンQは咆哮を挙げた。

 

「キヒヒヒヒヒwww……キャハハハwww……ケヒャヒャヒャwww……」

 

 ……いや、コレ、咆哮って言っていいのかな? 変な笑い声にしか聞こえないんだけど。そう言えばコイツ、目玉しかないのにいったいどうやって声を出してるんだろう?

 そしてガンQの気味悪さは、見た目や鳴き声だけじゃなかった。

 

「イーヒヒヒヒヒwww……ヒャハハハwww……ウヒャヒャヒャwww……」

 

 ガンQの足元で大爆発が巻き起こる。ガンQが蹴り壊した化学工場のエネルギータンクが、盛大に爆発炎上したのだ。

 本当なら辺り一面大火災になるところだが、炎はまったく延焼しなかった。ガンQがその巨大な目玉で炎を吸い取ってしまったからだ。

 隊員の誰かが呟いた。

 

「あいつ、炎を食ってやがる……!」

 

 ……このように、ガンQという怪獣には奇妙な特性があった。ミサイル、砲撃、ビーム攻撃、あらゆる火器攻撃が効かないのだ。

 どうやらガンQには、敵からの攻撃を吸収して撃ち返したり、もしくは自らのエネルギー源へと変えてしまう能力があるらしい。

 

「ウェヒヒヒヒヒwww……」

 

 嘲笑うような声を響かせながら、周囲のありとあらゆるエネルギーを吸い取ってゆくガンQ。その光景をモニター越しに眺めながら、隊員のひとりが忌々しげにぼやいた。

 

「防衛軍の奴ら、余計なことを……あいつらがミサイルを撃ち込んだせいで暴れ出すなんて……」

 

 隊員が呟いたとおり、ガンQが動き出した切っ掛けは防衛軍のミサイル攻撃だった。

 地表に突如現れたガンQは防衛軍のミサイル攻撃を吸収、そのミサイルのエネルギーを動力源として動き出してしまったのだ。化学工場の爆発も周囲に被害が広がらないのはまあいいのだが、こちらの攻撃がまったく通用しないのは困った。

 おまけに防衛軍がガンQの身体の組成を調べたところ、ガンQの身体は土や金属で出来ており、体温に当たる生命反応がまったく確認できなかったという。つまり土人形(ゴーレム)、こんなものが動くはずがない。ガンQの正体については防衛軍が解析したもののまさにお手上げ、まさに“不条理の塊”としか言い様がなかったという。

 

「攻撃が効かない、正体もわからない……こんな奴、どうしたら……?」

 

 手も足も出ないこの現状。防衛チームの若手隊員の誰かがボソッとこぼした。

 

「今度こそウルトラマンの出番では……?」

 

 ……そう、そのとおりだ。

 コッヴは単純にアースガロンで倒せたし、メザードは科学的解析で倒すことが出来たかもしれない。

 だけどガンQは攻撃も科学的解析も通用しない、まさに“不条理の塊”だ。こういう人知を超えた怪獣の脅威が相手の時こそこのボク、ウルトラマン・ホタルの出番って奴だ。さあ、次の出撃のタイミングで変身して、今度こそ怪獣をやっつけてやるんだ!

 ……と思った瞬間、

 

 パ ン ッ !

 

 突如響いた、空気の破裂するような音。

 皆で一斉に振り返ると、隊長が弱音を吐いた若手隊員を思い切りビンタしていた。若手隊員を睨みつける隊長の顔つきはいつもより一層恐ろしくて、本気で怒っているのだとボクにもわかった。

 隊長は、若手隊員にはっきり告げた。

 

「……『今度こそウルトラマンの出番』ですって? メザードのときも聞こえたけどその台詞、次に言ったら容赦しないわよ」

「す、すみませんっ……」 

 

 若手隊員が蚊の鳴くような声で謝るのを見届けたあと、隊長は「……ふう」と一息ついてから言った。

 

「ガンQのデータを出来るかぎり集めて、ウチの科学技術担当に回して頂戴。あの目玉オバケの狙いを突き止めて、先回りしてやりましょう」

 

 平然と次の指示を下す隊長に対し、若手隊員たちは「でも……」「しかし……」と不安を隠せなかった。

 

「正体がわからないんじゃ、狙いも何も……」

 

 未知の脅威に対する恐怖に身が竦む隊員たちだったけど、それでも隊長は自信たっぷり、微かに微笑みながら答えるのだった。

 

「……幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってね。妖怪やオバケの類なんてのはね、何もわからないから怖いのよ。だけどたとえ正体や弱点がわからなくても、表面上の振る舞いから何を狙っているのかを読み取ることはできる。それらさえちゃんと見極めれば、少なくとも時間稼ぎの対応策は立てられるわ」

 

 それにね、と隊長は付け加えた。

 

「ウチの科学技術担当を信用なさい。あいつ、ああ見えてなかなか凄いんだから」

 

 隊長の言ったとおりだった。

 防衛チームの科学技術担当、たまに出てきて紅茶と御茶菓子をしばいているだけの変な外星人だとばっかり思ってたけど、実際は物凄い人だった。ボクたち防衛チームが集めてきた僅かなデータからガンQの仕組みを瞬く間に解明、弱点を突く発明を造り出した。

 

「反物質とダークエネルギーを利用した、エネルギー極性反転システムだ。これをアースガロンの荷電粒子砲に増設しろ」

 

 今回、科学技術担当が持ってきたのは、アースガロンの荷電粒子砲:アースファイアに増設する装置のようだった。

 科学技術担当は言った。

 

「これを使えば、アースファイアはマイナスの極性を帯びることになる。これをガンQの目玉に撃ち込んでやればいい」

「それで? そのマイナスのエネルギーをガンQに撃ち込むとどうなるわけ?」

 

 隊長からの質問に、科学技術担当は淡々と答える。

 

「防衛軍の攻撃に、化学工場の大爆発、各地の破壊行為で回収した熱エネルギー……ガンQの体内には今、プラス極性の熱エネルギーが大量に貯め込まれた状態になっている。そこで真逆のマイナス極性のエネルギーをぶつけてやれば、奴の体内でエネルギー極性の衝突、ひいては中和が発生する」

「プラマイゼロになる、ってこと?」

「そうだ。たとえ体温の検出できない“不条理の塊”だろうが、所詮は何らかのエネルギーで動いているんだ。体内のエネルギーがゼロになってしまえば、ガンQも活動を停止せざるを得まい」

 

 プラスとマイナスをぶつけてプラマイゼロにしてしまう。子供じみた単純な理屈だった。

 

「……でも、そんな単純な作戦で倒せるかしら」

 

 ちょっと訝しげな隊長だったけど、科学技術担当の答えはいつになく自信満々だった。

 

「君たち防衛チームの集めてきたデータから見るかぎり、ガンQはエネルギー吸収に貪欲だからな。エネルギーと見れば、ダークエネルギーだろうが見境なく食らいつくだろうよ」

 

★ ワンダバダバダバ ワンダバダバダバ… ★

 

 そして決行された、ガンQ討伐作戦。

 ガンQは工場地帯を破壊したあと、市街地を通じて発電所へと向かっていた。狙いはきっと街を支える大電力のエネルギー、それを吸い取られたりしたら大変なことになってしまう。

 作戦司令室の隊長が、ボクたち隊員に告げる。

 

「作戦開始……まずは第一段階。総員、かかれ!」

「了解!」

 

 開始の号令から間もなく、ガンQの眼前をボクたち防衛チームのティルトローター機が横切った。その機体の下部からは、大都市一個の電力を補えるほどのエネルギー・カプセルがぶら下げられている。

 

「イヒヒヒヒwww……イヒ?」

 

 途端、ガンQは足を止めた。

 動きを停めたガンQを眺めながら、隊長が緊張した面持ちで呟いた。

 

「あいつは貪欲にエネルギーを吸収しようとする……ならば、目の前にエネルギーを見せつけてやればきっと喰いつくはず……!」

 

 ……まずは第一段階。エネルギーを求めて彷徨い歩くガンQ、その眼前にエネルギー・カプセルをぶら下げて誘導し、市街地から遠ざける。

 科学技術担当の解析と隊長の読み通りなら、ガンQはエネルギーを追い求める。今ガンQのエネルギー極性はプラス方向でプラス極性のエネルギーを欲しがる、つまりボクたち防衛チームの誘導に乗ってくるはずだ。

 そして結果は、

 

「ニャーハハハハハハwww……」

 

 エネルギー・カプセルに気づいたガンQ。その巨体の進む方向を変え、ティルトローター機のエネルギー・カプセルを追い駆け始めた。

 

「ギャハハハハwww……ヒャーハハハハwww……イヒャヒャヒャwww……」

「ガンQの誘導に成功……あいつ、こっちに来るぞ!」

「よしっ、隊長の読みとおりだっ……!」

 

 防衛チームの作戦は順調に進んでいた。ガンQは期待通り、ボクたち防衛チームのの誘導に乗って市街地から離れていく。

 だけど安心はしていられない。隊長は続けて指示を下した。

 

「アースガロン、メーサー部隊、準備はいい?」

 

 隊長の下知に、待ち構えていた防衛チームの隊員たちも続々と応える。

 

「アースガロン、準備完了しています!」

「メーサー部隊、準備は出来てますっ! いつでもオーケイですっ!」

「……よし、第二段階へ移行よ!」

 

 隊長の号令で、防衛チームは一斉に行動を開始した。

 誘導されたガンQは、ボクたち防衛チームの思惑通り人気(ひとけ)のない山岳地帯へと進んでいった。エネルギー・カプセルを追いかけて笑い続けるガンQ、その巨体が山の稜線を越えたのを確認して、隊長が号令をかける。

 

「よし、第二段階開始! アースガロン、メーサー部隊、一斉攻撃!」

 

 隊長の指示と共に、待ち構えていたアースガロンとメーサー戦車部隊が一斉に姿を現した。周囲の岩陰、森の中、そして上空から、ガンQを完全に包囲する陣形だ。

 

「エネルギー極性反転システム、起動!」

 

 科学技術担当が開発した新装備を搭載したアースガロン、その喉の奥が今度は仄暗い紫色に輝き始める。通常のアースファイアとは明らかに違う、不吉な光だ。

 

「荷電粒子砲、極性反転確認……マイナスエネルギー、充填開始!」

 

「イ、イヒ……?」

 

 ガンQが初めて困惑したような声を上げた。今まで追いかけていたエネルギー・カプセルは上空高く吊り上げられ、代わりに周囲から殺気立った防衛チームの部隊が現れたのだ。あの目玉の化け物にも、罠だと理解できたのだろう。

 

「今よ、撃ちなさい!」

 

 隊長の号令と共に、アースガロンが口を開く。

 

「マイナス荷電粒子砲、発射(Fire)ァーッ!!」

 

 放たれたのは、青白い雷轟ではなく、黒紫色の禍々しい光線だった。それはまるで光を飲み込むような、負のエネルギーの奔流。反物質とダークエネルギーを利用した、科学技術担当渾身の新兵器だ。

 

「ギ、ギィィィィ……!?」

 

 ガンQの巨大な目玉に直撃するマイナス荷電粒子砲。今まで全ての攻撃を吸収してきたガンQだったが、今度ばかりは様子が違う。その身体が小刻みに震え始め、全身の目玉が一斉に痙攣したように瞬きを繰り返す。

 

「効いてる……! データ通りだ、ガンQの体内でエネルギーの中和反応が起きてる!」

「このまま一気に畳みかけなさい! メーサー部隊、援護射撃開始!」

 

 アースガロンの荷電粒子砲に加え、周囲のメーサー戦車部隊も一斉に砲撃を開始する。四方八方から浴びせられる攻撃、その全てがマイナスエネルギーだ。

 これまでとは真逆のエネルギー極性を持った攻撃が、ガンQを確実に蝕んでゆく。

 

「ギ、ギギ……ギィィィィ……!」

 

 ガンQの動きが鈍くなってゆく。体内のプラスエネルギーとマイナスエネルギーが衝突し、相殺されてゆく。このまま行けば、ガンQの活動は完全に停止するはずだ。

 隊長の作戦は完璧だった。誘導作戦でガンQを人気のない場所へ誘き寄せ、新兵器で一気に無力化する。科学技術担当の理論も、防衛チームの連携も、全てが上手く噛み合っている。

 

「よし、もう少しだ……このまま押し切れ!」

 

 けれど、その瞬間だった。

 突如、大地が揺れ始めた。

 いや、正確には揺れたのではない。ガンQの足元から、赤い光が噴き出し始めたのだ。

 

「な、なんだこれは……!?」

「まさか、地熱……!?」

 

 科学技術担当の声が通信に響く。

 

「ガンQの奴、考えたな……地熱を吸い上げて極性を取り戻す気だ。これじゃあ、いくらマイナス極性のエネルギーを加えても中和は出来んぞ」

 

 その言葉通りだった。ガンQは触手のような手足を地面深くまで突き刺し、地球の内部に眠る莫大な熱エネルギーを吸収し始めたのだ。マントルの熱、火山活動のエネルギー、地球そのものが持つ膨大なプラスのエネルギー。

 

「ギ……ギギ……ギャハハハハハwww!!」

 

 ガンQの目玉が再び輝きを取り戻す。体内で相殺されかけていたエネルギーが、地熱の補給によって再びプラス側へと傾き始める。

 

「くっ……マイナスエネルギーの注入が追いつかない!」

「アースガロン、最大出力で撃ち続けて!」

「ダメです、このままではアースガロンが持ちません……っ!」

 

 防衛チームの作戦に、綻びが生じ始めた。

 アースガロンのマイナス荷電粒子砲は確かに効果があった。けれど地球そのものが持つ莫大なエネルギーを相手にしては、とても追いつかない。科学技術担当の理論は正しかったが、ガンQがこんな行動に出るとは誰も予想していなかった。

 

「ギャーハハハハハハwww!!」

 

 力を取り戻したガンQが、反撃に転じる。その目玉から放たれる光線が、メーサー戦車を次々と薙ぎ払ってゆく。

 

「退避しろ、退避ーッ!」

「ぐああああっ!」

「作戦失敗よ! ここは一旦撤退を……」

 

 形勢が逆転してゆく。

 あれだけ優勢だった防衛チームの作戦が、たった一つの予想外で崩れ去ろうとしている。

 

「このままじゃ……!」

 

 ボクはジェットファイターの操縦席で、拳を強く握りしめた。

 隊長たちが必死で立てた作戦。科学技術担当が開発してくれた新兵器。皆が力を合わせて戦っているのに、それでも届かない。

 こんなとき、やっぱり必要なのは――

 

「……ボクの、ウルトラマンの出番だ!」

 

 ボクは懐から変身アイテムを取り出した。

 ずっとずっと待っていた、この瞬間。ウルトラマンとして地球を守る、その時が今、ついに来たんだ。

 

「自動操縦システム、起動!」

 

 ジェットファイターが自律飛行モードへ移行する。ボクはコックピットのハッチを開け放ち、強烈な風圧を全身に受けながら機外へと身を躍らせた。

 

 ――ゴォォォォッ……!

 

 重力に引かれ、落下してゆく身体。

 眼下には暴走したガンQ、そして苦戦する防衛チームの姿。ボクの心臓が激しく高鳴る。怖い。けれど、それ以上に――やらなきゃいけないんだ!

 空中で変身アイテムを天へ掲げる。

 瞬間、眩い七色の光が迸った。光の奔流がボクの全身を包み込み、人間の小さな身体が巨大な光の繭へと変わってゆく。

 繭の中で、ボクの身体が変わってゆくのがわかる。骨格が、筋肉が、細胞の一つ一つが再構成されてゆく感覚。熱くて、眩しくて、力が溢れてくる。

 そして――

 

「――――シュワッチ!!」

 

 光の繭が弾け、ボクは銀と赤、そして蛍のように淡く輝くラインを纏った巨人へと姿を変えた。

 身長40メートル、体重3万トン。これがボクの本当の姿――()()()()()()()()()()だ!

 

 ――ドシィィィンッ!!

 

 大地を揺るがす轟音と共に、ボクは地面へ着地した。片膝をついた姿勢から顔を上げ、眼前のガンQを睨みつける。

 巨大になった視界。地面から伝わる振動。空気の流れまで感じ取れる。これが、ウルトラマンの身体……!

 

「……ボクが相手だ、ガンQ!」

「ギ、ギィ?」

 

 ガンQが動きを止めた。全身の目玉がボクを凝視している。

 その異様な光景に、ボクの背筋に悪寒が走る。けれど、ここで怯むわけにはいかない。

 通信回線から、防衛チームの驚愕の声が聞こえてくる。

 

「ウ、ウルトラマン……!」

「まさか、この星にまたウルトラマンが……!」

「嘘だろ……本物なのか、あれ……!?」

 

 皆、驚いてる。そりゃそうだよね、突然ウルトラマンが現れたんだから。

 でも今は、そんなこと気にしている場合じゃない。

 

「行くぞ、ガンQ!」

 

 ボクは構えを取った。憧れのウルトラマンたちがやっていたように、両手を前に突き出す戦闘ポーズ。

 ボクは地面を蹴ってガンQへ突進した。

 拳を振りかぶる。ウルトラマンの超パワーを込めた一撃、これがボクの初めての――

 

 ――ドゴォッ!

 

 拳がガンQの目玉に直撃した。手応えがある。やった、効いて――

 

「ギヒヒヒヒwww!」

 

 次の瞬間、視界が激しく揺れた。

 鞭のような触手がボクの顔面を強烈に打ち据えたのだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 痛い! 予想以上に痛い! ウルトラマンになればもっと平気そうだと思ってたのに!

 続けざまに別の触手が襲いかかってくる。ボクは咄嗟に腕でガードしたが、触手の連打が容赦なく叩き込まれる。

 

 パシィッ! バシィッ! ドスッ!

「うっ、ぐっ、あっ……!」

 

 ガードの上から伝わる衝撃に、ボクの腕が痺れる。

 おかしい。かつてあこがれていたウルトラ兄弟たちは、もっと簡単に怪獣をあしらっていたのに。どうして、どうしてボクは――

 

「ギャハハハwww……アヒャヒャヒャwww!」

 

 嘲笑うようなガンQの笑い声。

 その声にカチンときたボクは、無理やり触手を振り払って距離を取った。

 通信回線から、隊員の声が聞こえる。

 

「あのウルトラマン、戦い慣れてないのか……?」

「ガンQの動きを読めてない……!」

 

 ……聞こえてるよ、それ。

 でも、その通りだった。ボクは訓練はしてきたけれど、実戦は初めて。相手の攻撃パターンを読むことも、自分の攻撃を的確に当てることも、まだ上手くできなかった。

 けれど、諦めるわけにはいかない。

 ボクは深呼吸し、気持ちを落ち着けて、今度は慎重にガンQへ近づいた。相手の動きをよく見て、隙を見つけて――

 

 ドガァッ!

「がはっ……!」

 

 完全に不意を突かれた。

 脇腹に叩き込まれたガンQの触手。ボクは横から来る攻撃に全然気づけなかった。そうか、ガンQの目玉は全方位を見渡せるんだ。死角がない……!

 痛みに喘ぎながら、ボクは後退する。そして気づいた――エネルギーがもう半分以下になっている。

 

 嘘でしょ? まだ戦い始めて数分しか経ってないのに!

 

 焦りが募る。このままじゃダメだ。もっと、もっと効果的な攻撃を――

 そのとき、ボクの脳裏に科学技術担当の言葉がよぎった。

 

(「ガンQの体内には今、プラス極性の熱エネルギーが大量に貯め込まれた状態になっている。そこで真逆のマイナス極性のエネルギーをぶつけてやれば、奴の体内でエネルギー極性の衝突、ひいては中和が発生する」)

 

 そうだ! アースガロンのマイナス荷電粒子砲が効いていた。

 なら、ボクも同じことをすればいい。ウルトラマンの身体なら、エネルギーの極性を自在に操作できるはずだ!

 

「……よし!」

 

 ボクは覚悟を決めて、ガンQへ掴みかかった。

 今度は殴るのではなく、組みつく。ガンQの巨大な身体に両腕を回し、しっかりとホールドする。

 

「ギギィッ!?」

 

 ガンQが激しく暴れる。触手が何本もボクの背中を打ち据える。痛い、痛いけど――

 

「離すもんか……!」

 

 ボクは耐えながら、体内のエネルギーを操作し始めた。

 プラスの極性を持つエネルギーを、マイナスへと反転させる。身体の中を流れるエネルギーの流れが、逆向きに変わってゆくのを感じる。なんだか気持ち悪い感覚だけど、これでいいはずだ。

 

 ――ビリビリビリビリッ……!

 

 ボクの全身から、仄暗い紫色の光が立ち昇り始めた。自分でもわかる。これは普通のウルトラマンの光じゃない。マイナスのエネルギー。

 

「マイナスエネルギー、注入開始……!」

 

 組みついたまま、ガンQの体内へエネルギーを流し込んでゆく。

 手のひらから、腕から、全身から――マイナスの極性を帯びたエネルギーが、ガンQへと注入されてゆく。身体の中のエネルギーが減ってゆく感覚。

 

「ギ、ギィィィ……!」

 

 ガンQの動きが鈍くなってゆく。全身の目玉が苦痛に歪んでいる。

 効いてる。効いてるぞ!

 

「よし……このまま……!」

 

 ボクはさらにエネルギーの注入量を増やした。

 もっとだ。もっとマイナスのエネルギーを流し込んで、ガンQの体内をプラマイゼロにしてやる。そうすればガンQは活動を停止する。ボクが、ボクがこいつを倒すんだ!

 ガンQの身体に、黒い亀裂が走り始めた。

 

「もっと……もっと……!」

 

 夢中になって、エネルギーを注ぎ込み続ける。

 初めての実戦。初めての勝利。ボクがウルトラマンとして、初めて怪獣を倒す瞬間。

 そのとき、科学技術担当の警告が響いた。

 

「待て、ウルトラマン! エネルギーを入れすぎだ!」

 

 え? でも、もう少しで――

 

 ――ビキビキビキビキビキビキッ!!

 

 ガンQの全身に走る亀裂が、さらに広がってゆく。

 そしてその亀裂から、暗黒のエネルギーが噴き出し始めた。

 

「あ、あれ……?」

 

 何かおかしい。ボクは本能的にそれを感じ取った。

 これは、倒れる前の反応じゃない。これは……!?

 

「ギ――――ギギギギギギギギィィィィッ!!」

 

 ガンQの咆哮――いや、悲鳴。

 その声は苦痛と怒りと、そして何か別の感情が混ざり合ったような、おぞましい響きを持っていた。

 ヤバい。

 

 ――ドゴォォォォォンッ!!

 

 次の瞬間、ガンQの身体から爆発的に暗黒のエネルギーが放出された。

 黒い衝撃波がボクを襲う。

 

「うわああああっ!?」

 

 ボクの身体が軽々と吹き飛ばされた。

 空中を舞う。制御が効かない。地面が見える。空が見える。どっちが上だかわからない。

 

「ぐ、があっ、うぐっ……!」

 

 地面に叩きつけられ、さらに転がってゆく。

 全身が痛い。痛いなんてものじゃない。ウルトラマンの頑丈な身体でさえ、この衝撃はキツい。

 ようやく止まった時、ボクはゆっくりと顔を上げた。

 そして――

 

「ギギギギギギギ……ギャハハハハハハハハハハハwwwwww!!」

 

 そこには、今までの倍近い大きさに膨れ上がったガンQの姿があった。

 全身から黒い瘴気を噴き出し、その目玉は禍々しい暗黒の光を放っている。

 科学技術担当の声が聞こえた。

 

「エネルギーの籠めすぎだ! あれではマイナス側の極性に振れるだけで、ガンQは止まらんぞ!」

 

 ……ごめん、知らなかったんだ。

 隊長の声が、厳しく響く。

 

「ウルトラマン、下がりなさい! あなたでは無理よ!」

 

 無理、って……

 でも、ボクが、ボクがやらなきゃ。ボクのせいで強くなってしまったんだから、ボクが……!

 ボクは必死で立ち上がろうとした。膝が震えてる。身体が重い。でも、立たなきゃ。

 

「ギャハハハハハハハハハハハwwwwww!!」

 

 暴走したガンQが、その巨大な触手をボクに叩きつけてきた。

 速い。避けられない。

 

 ――ドゴォォォンッ!!

「がはっ……!」

 

 胸部を直撃され、ボクの身体が再び吹き飛ぶ。

 地面に激突。もう、動けない。全身の力が抜けてゆく。

 

「動け……動いてよ……!」

 

 でも、身体は言うことを聞かなかった。

 初めての実戦。初めての変身。そして、初めての――大失敗。

 巨大化したガンQが、ゆっくりとボクへ近づいてくる。その無数の目玉が、憎悪に満ちた輝きを放っている。

 ああ、これで終わりなのかな。

 ボクの、ウルトラマンとしての最初で最後の戦いが。

 そのとき――

 

「――――――ッ!!」

 

 雄叫びと共に、青い巨体がガンQに体当たりを仕掛けた。

 全重量を乗せたショルダータックルが、ガンQの巨体を押し戻す。

 

「アース、ガロン……」

 

 ボクを庇うように立つアースガロン。

 その背中が、なんだかとても大きく見えた。

 アースガロンは即座に格闘戦モードに移行した。両腕を構え、ガンQとの間合いを詰める。その動きは――ボクのそれとは、比べ物にならないくらい洗練されていた。

 

「ギギギィッ!」

 

 ガンQの触手が、アースガロンを捕らえようと襲いかかる。

 だが、アースガロンはその攻撃を完璧に予測していた。

 一本目の触手――左へステップで回避。

 二本目の触手――身体を沈めて下をくぐる。

 三本目の触手――腕で受け流し、そのまま相手の懐へ。

 アースガロンの拳が、ガンQの目玉に叩き込まれた。

 続けて両肩の多目的レーザー、肘打ち、膝蹴り。計算され尽くしたコンビネーションが、次々と決まってゆく。

 

「すごい……」

 

 ボクは、ただ呆然とその戦いを見つめることしかできなかった。

 アースガロンの戦い方は、まさにプロフェッショナルだった。無駄な動きは一切なく、全ての攻撃に意味がある。相手の攻撃パターンを読み、確実に隙を突き、効果的なダメージを与えてゆく。

 

 ……これが、本当の戦士なんだ。

 

 ボクがやったことは、ただの素人の暴走でしかなかった。

 隊長の声が、通信回線に響く。

 

「ウルトラマンのおかげで、ガンQの体内エネルギーは一度ゼロに近づいた。今は逆方向に暴走しているけれど、そのエネルギー量は最初より少ないはず。今ならまだ間に合う!」

 

 ……ボクのおかげ、なんかじゃない。

 ボクはただ、失敗しただけなのに。

 

「総員、ウルトラマンを助けるわよッ! 今度はプラスのエネルギーでガンQを中和する!」

「了解!!」

 

 隊長の号令に、隊員たちの声が重なる。

 皆、ボクを助けようとしてくれている。ボクが失敗したのに。

 アースガロンのパイロットが、素早くシステムを操作する声が聞こえる。

 

「エネルギー極性、再反転! マイナスからプラスへ切り替えます!」

 

 アースガロンの喉の奥が、仄暗い紫色から眩い黄金色へと変わってゆく。

 

「荷電粒子砲、極性反転完了! プラスエネルギー、充填開始!」

 

 アースガロンが一気に距離を取り、射撃姿勢を取った。

 その動きは流れるように美しく、一分の隙もない。

 ボクとは、何もかもが違う。

 

「アースファイア――」

 

 パイロットの声。

 黄金の光が、アースガロンの全身を包み込む。

 

「――発射(Fire)!!」

 

 放たれたのは、黄金に輝く荷電粒子の奔流。

 それは雷轟のように、竜巻のように、渦を巻きながらガンQへと襲いかかった。

 

「ギギギギギッ!?」

 

 ガンQが触手で防御しようとするが、黄金の奔流はそれを容易く打ち砕く。

 そしてガンQの中心部――その巨大な目玉に、直撃した。

 同時に、メーサー部隊も一斉に砲撃を再開する。

 四方八方から、黄金の光がガンQを包み込んでゆく。

 ボクには、ただそれを見ることしかできなかった。

 

「ギ、ギギギギギ……!」

 

 マイナスに振り切れていたガンQの体内エネルギーが、プラスのエネルギーによって中和されてゆく。

 膨れ上がっていた身体が、徐々に萎んでゆく。

 

「今よ、畳みかけなさい! 全砲門、斉射!」

 

 隊長の号令で、残存する全ての火力がガンQに集中する。

 アースガロンのアースファイア。

 メーサー戦車部隊の光線。

 上空を旋回するジェットファイターからのミサイル。

 全てがガンQへ、その中心へ、撃ち込まれてゆく。

 

「ギ……ギギ……ギ……」

 

 ガンQの動きが完全に止まる。

 プラスとマイナス、二度にわたるエネルギーバランスの崩壊に耐えきれず、ついにガンQの体内エネルギーは完全にゼロへと至った。

 ガンQの身体が、まるで砂の城のように崩れ落ちてゆく。

 そして最後には、ただの土と金属の塊となって地面に崩れ落ちた。動力を失った"不条理の塊"は、もう二度と動くことはなくなった。

 

★ O(%)o < シュワッチ! ★

 

「やった……やったぞ!」

「勝った……勝ったんだ!」

「隊長、作戦成功です!」

 

 通信回線を通じて聞こえてくる、隊員たちの歓声。

 その声は勝利の喜びに満ち溢れていて、誰もが心の底から嬉しそうだ。

 けれど、ボクは一人、その場にしゃがみこんでいた。エネルギーの消耗が、さらに激しくなってゆく。

 胸の奥から、エネルギーが失われてゆくのがわかる。まるで身体の中心に空いた穴から、生命力が流れ出してゆくような感覚。膝が震えて、立っていられない。 周りの景色が、ぼやけてゆく。

 視界の端が白く霞んで、音も遠くなってゆく。

 

「ボクは……何もできなかった……」

 

 その言葉を呟いた瞬間、ボクの身体が足元からゆっくりと、光の粒子へ分解され始めた。

 巨大な身体が、人間のサイズへと縮んでゆく。世界が、急速に大きくなってゆく。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

 光が完全に消え、ボクは人間の姿に戻った。荒い息が、喉から漏れる。

 全身が、鉛のように重い。指一本動かすのさえ辛い。これが、変身の反動……? ボクはその場で膝を抱え、うずくまった。

 地面の冷たさが、頬に伝わる。草の匂いがする。風が吹いている。人間の感覚が、ゆっくりと戻ってくる。

 そして同時に、心の奥から込み上げてくるもの。

 

 後悔。

 自己嫌悪。

 無力感。

 

 ボクが変身したせいで、状況は悪化した。

 ボクが勝手なことをしたせいで、皆を危険に晒した。

 憧れのウルトラマンたちは、いつも颯爽と怪獣を倒して、人々を救っていた。ウルトラマンが現れれば、それだけで皆が安心して、希望を持てる、そういう存在のはずだ。

 

 それなのにボクときたらむしろ状況を悪化させただけだ。

 

 そして、結局は防衛チームに助けられた。

 これじゃあ憧れのウルトラマンどころか、ウルトラ戦士の面汚しだ。風上にも置けない。

 

「……ナガレヤマ隊員! どこだ、ナガレヤマ隊員ー!」

 

 遠くから、隊員たちの声が聞こえてきた。

 ボクを探している。

 

「ジェットファイターには乗ってない……脱出したのか!?」

「この辺りを探せ! 怪我をしているかもしれない!」

 

 ……会いたくない。

 今は、誰とも顔を合わせたくない。

 ボクはよろよろと立ち上がり、木の陰に隠れた。足がふらつく。視界がまだ少しぼやけている。それでも、ボクは隊員たちの声から離れるように、森の奥へと進んだ。

 一歩、また一歩。枝が顔に当たる。足元の石に躓きそうになる。逃げている――その自覚が、さらにボクを惨めな気持ちにさせた。

 でも、止まれない。今、皆の前に出たらきっと、涙が溢れてしまう。

 

 

 どれくらい歩いただろう。

 ボクは適当な場所で、力尽きたように倒れ込んだ。草の上に横たわり、空を見上げる。

 夕暮れの空。オレンジ色の雲が流れている。さっきまで、ボクはウルトラマンとしてあの空を飛んでいた。

 それがまるで、嘘みたいだ。本当にボクは、ウルトラマンだったんだろうか?

 

「……こっちだ! 誰かいるぞ!」

 

 隊員の声が近づいてくる。

 ボクは目を閉じた。発見されるのを、ただ待つ。

 

「隊長! ナガレヤマ隊員、発見しました!」

 

 複数の足音が駆け寄ってくる。

 

「無事!?」

 

 隊長の声だ。心配そうな響きがある。

 

「意識はあります! 外傷も……軽傷のようです!」

「ナガレヤマ隊員! 聞こえるか!?」

 

 隊員たちの顔が、視界に入る。

 その表情は、安堵と心配が入り混じっていた。

 

「……すみません」

 

 ボクはかすれた声でそう言った。それしか、言えなかった。

 

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」

「救護班! こっちだ!」

 

 隊員たちが慌ただしく動き回る。

 やがてボクは担架に乗せられ、数人の隊員に抱え上げられた。

 

「よかった……本当によかった……」

 

 誰かがそう呟く声が聞こえた。

 その声は、心の底からボクの無事を喜んでいるようだった。

 救護班のテントへ運ばれてゆく途中、隊員の一人がボクの肩を叩いた。

 

「馬鹿野郎、心配したんだぞ!」

 

 その声は明るくて、少し乱暴で、でも温かかった。

 ボクは力なく笑おうとしたけれど、顔の筋肉が上手く動かなかった。

 

「すみません、ご心配を……」

 

 それだけ言うのが、精一杯だった。

 テントの中で、軽い処置を受ける。擦り傷に消毒液を塗られ、包帯を巻いてもらった。

 医官が言った。

 

「軽い脳震盪の可能性があります。今夜は基地で経過観察を」

「了解。ナガレヤマ隊員、今日はゆっくり休むんだぞ」

 

 隊員たちは皆、ボクを心配してくれた。優しい言葉をかけてくれた。本当に、無事でよかったと喜んでくれた。

 ……けれど、ボクにはその優しさが痛かった。

 

(ボクは、何の役にも立てなかったのに……)

(むしろ、皆を危険に晒したのに……)

(それなのに、こんなに心配してもらって……)

 

 隊員たちの優しさが、ボクの心を責めた。

 受け取る資格がないように思えた。

 笑顔を作ることも、感謝の言葉を口にすることも、今のボクにはできなかった。

 

「……ナガレヤマ隊員」

 

 突然、テントの入り口から声がした。

 その声の主を、ボクは知っている。ゆっくりと顔を上げるとそこに立っていたのは、

 

「隊長……」

 

 ボクを見る隊長の表情は、いつもと違っていた。

 普段の厳しさに加えて、何か別の感情が混じっているような気がした。失望? 怒り? それとも……?

 隊長はボクをじっと見つめた。その視線から、ボクは逃げることができない。

 やがて隊長は、静かに、けれど有無を言わせぬ口調で告げた。

 

「あとで司令室に来なさい。話があるの」

好きなキャラ

  • ナガレヤマ=ホタル
  • 隊長(ミネ=アンナ)
  • 科学技術担当(シルフィア=バルタニア)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。