灰を越えて風になる   作:雷光123

17 / 34
裂けた光脈、撃ち抜く揺れ

 光脈沿いの裏道へ踏み込んだ瞬間、空気がひやりと沈んだ。

 熱が“吸われた”ように肺が重くなる。

 

 フィリアが震える光をまとって背にしがみつく。

 

 光脈の陰で、白い布帯が揺れた。

 ナタ・レーヴが路地の端に膝をつき、負傷者に体術の糸光を通していた。

 

「……間に合ってよかった。リオさん、ここ危険域ですよ」

 

 彼女は治癒を止めずに言う。

 

「戦闘になる。後衛に回ってくれ」

 

 ナタは短く頷いたが、眉に焦りを滲ませた。

 

「後衛には回ります。でも……見捨てるのは嫌です。動ける兵は、私がつなぎます」

「死ぬのと、生き残るのの境目は……一秒なんです」

 

「……あれ……くる……」

 

 アリスが前方を鋭く見つめた。

 

「気配……じゃない。気配を“切ってる”……?」

 

 ミーナが端末を構える。

 

「揺れが跳ねてる……何かが光脈に割り込んでます! リオさん、構えて!」

 

 俺は魔導銃のセーフティを外す。

 銃身の安定装置が唸り、胸の焼けが呼応するように疼いた。

 

(また暴れそうだな……)

 

 風が裂けた。

 

「──うしろ!!」

 

 フィリアの叫びと同時、灰色の影が壁を蹴り、羽根の散弾をばら撒く。

 

 金属を削る音が路地を走った。

 

 続けざまに、路地の奥から複数の銃声が重なった。

 領主軍の射撃隊が伏射姿勢で連射を開始し、協会の光術部隊が術式榴弾を投げ込む。

 榴弾が空中で白く割れ、散った光式が自動的に弾道を修正して灰羽セルの“残像”を追う。

 

「隊列崩すな! 散ると殺されるぞ!」

「羽根の分裂体、三! いや、四!?」

 

 灰色の羽根が地面に触れた瞬間、そこから人影が“生まれる”ように立ち上がった。

 セルの欠片──分裂体だ。

 

 兵たちが応射するたび、羽根が弾丸を受け流し、逆に散弾として跳ね返す。

 

「跳弾来るぞ! 盾上げろ!!」

 

 光術部隊が急ぎ結界を張るが、その上から散弾が雨のように叩きつける。

 路地全体が悲鳴と銃声で満たされた。

 

 音が多すぎる。どこを狙えばいいのか、一瞬だけ分からなくなった。だが──俺が撃つべき“本体”は必ず一つだ。

 

 ナタが負傷兵を引きずり出し、叫ぶ。彼女の声だけが、この混乱の中で妙にはっきり聞こえた。だが俺たちは、セル本体を止めない限りこの混乱は終わらない。

 

「このままだと死者が出ます! 後退線つくります、誰か援護を!」

「弾道乱れます! 伏せて!!」

 

 ミーナの声に、俺はフィリアを抱えて転がる。

 直後、アスファルトが蜂の巣になった。

 

 カイルが煙を切って前へ飛び出す。

 銃剣を構え、にやりと笑う。

 

「来やがったな……灰羽セル!」

 

 煙の奥で、人型の輪郭が揺れる。

 輪郭が呼吸のたびに“位置を変えて”見えた。

 世界のほうが、セルの存在を正しく確定できていない──そんな揺れだった。

 光脈の乱れをまとって、像がずれていた。

 

 アリスが息をのむ。

 

「あれ……こんなに歪んでたっけ?」

 

 ミーナが解析を叫ぶ。

 

「光脈の揺れで位置をブレさせてます! “狙えない”!」

 

 セルはその歪みを利用して射線を外していた。一瞬、周囲の喧騒が遠のいたように感じた。

 

 フィリアの細い腕が俺の背に回り、光粒がはじけた。

 透き通る髪が光脈を拾って揺れ、耳の先まで震えている。

 

「……こわいの、ある。でも……“見える”よ。リオの前にある揺れ……逃さない」

 

 その声は震えているのに、瞳の奥だけは強かった。

 

 アリスが前へ出て、白装束を払った。

 指先に光が灯り、術式の線がすばやく組まれていく。

 

「フィリアが揺れを読むなら……私が、あなたの動きを支える。怖いけど大丈夫。後ろの安全は任せて。リオ、撃つタイミングは──絶対合わせるから」

「……心強いな」

「当然でしょ。私、守られてばかりのつもりないよ?」

 

 フィリアが小さく頷いた。

 

「アリス……つよい……。わたしも……リオの“目”になる……」

 

 アリスは微笑んで、しかし目だけは真剣に前を射抜いていた。

 二人は対照的なのに、戦う意思だけは同じだった。

 

「フィリアの震えは、怯えじゃなくて……観測の震え。──ねぇリオ、あの子、あなたのために“見てる”んだよ」

 

 フィリアが俺の服をぎゅっと掴む。

 

「……ひとりで戦わせない。ちゃんと……見てるから」

 

 二人が並ぶと、静と動の気配が同時に立った。

 アリスの集中は刃のように研ぎ澄まされ、フィリアの光は世界の揺れを映す鏡のように震えていた。

 

 二人の気配が背を押す。

 

 その前を、カイルが迷いなく駆け抜けた。

 

「歪むなら、近づいて刺すだけだ!」

 

 この戦い方は決まっている。

 カイルが前を切り開き、ミーナが線を引き、アリスが反応速度を補助し、フィリアが“揺れの芯”を示す。

 ──そして俺は、その全部を撃ち抜く役だ。

 

 羽根の散弾が再度撃ち出される。

 カイルは低く滑り、銃剣で弾き飛ばした。金属が跳ねる。

 

 刺突。

 羽根の盾に受け止められ、カイルが押し返される。

 

「硬度……上がってる!」

 

 アリスの声。

 

「見りゃ分かる!」

 

 カイルは肩を軋ませながら踏ん張る。

 

 フィリアが袖を掴む。

 

「……リオ……いく……?」

「行く。でもお前は隠れてろ」

 

 フィリアは首を振る。

 

「……いや……リオが“見えない”まま戦うの……もっとこわい……」

 

 胸の奥が熱を帯びる。

 

(誰かが“見てるから前へ行ける”……セラの時と逆だ)

「ミーナ、弾道補正できるか」

「線、引きます!」

 

 通術の線が視界に浮かぶ。

 

(あの塔の前で──掴み損ねたセラの手の震えが、今も指先に残っている)

(あいつはあの時も震えていた。……恐怖じゃない。何か“削れて”いくみたいに)

 

 その瞬間、セルがこちらを見て笑った。

 

「おまえか。塔の前で、細い手ぇ見捨てたのは」

 

 心臓が跳ねた。

 

 セルが羽根を揺らす。

 

「まだ叩いてるぜ。……“開けろ”ってよ」

 

 フィリアが震え、光が揺れた。

 

(……セラ……)

 

 胸の熱が決壊する。

 

「カイル!! 下がれ!」

「おうよ!」

 

 射線が開く。

 

 フィリアが肩に額を寄せる。

 

「……“今のリオ”は……みえる……」

 

 銃身が震え、胸の焼けが一本の線へ収束した。

 

「──行かせない。倒して塔へ行く。あいつは今……あの塔で、一人きりなんだ!」

 

 閃光。銃声。

 セルの羽根が爆ぜ、光脈が裂けた。

 

 戦闘が本格化する。

 

 セルが残像を三つ生み出し迫る。

 見分けがつかない。

 

 フィリアが囁く。

 

「……“左”……」

 

 俺は左へ撃つ。

 羽根が砕け、セルの肩が崩れた。

 

「チッ……見んじゃねぇよ、小娘」

 

 セルがフィリアに殺気を向ける。

 アリスが障壁で受ける。

 

「全部は防げない……!」

 

 ミーナが補助に回る。

 

「防御は私! アリスさんはリオくんを支えて!」

 

 視界が開く。鼓動が早くなるが制御できる。

 

 カイルが斬りかかり、セルの散弾が至近距離で炸裂。

 ミーナの偏向術式がそれを逸らす。

 

 その背後で、混戦の陰に隠れるようにしてナタが別の兵士の胸に手を当て──彼女の額には汗が浮かび、声が震えている。

 

「……止まって……止まって……お願い……!」

 

 治癒の糸光はたしかに傷を閉じていくが、セルの散弾は“傷に残留し腐らせる”性質がある。

 ナタの術でも完全には消しきれず、苦鳴が上がる。

 

「ナタ! 深入りするな、治癒が追いつかない!」

「追いつかなくても……つなぐんです! 死なせません!!」

 

「死ぬかと思った……!」

「死なせません!」

「うるせぇ!」

 

 セルが苛立ち、光脈を吸い上げ始める。

 

「光脈が……崩れる!!」

 

 ミーナの悲鳴。

 

「リオ、あれ止めないと!」

「分かってる!」

 

 だが歪みごと撃ち抜くには、狙いを一点に絞る必要がある。

 

 フィリアが頬へ触れた。

 

「……リオ……“まっすぐ”……」

 

 世界が層となり、揺れの芯が一本に収束する。

 

「ミーナ、導線を!」

「これが……最後です!」

 

 導線が光る。俺は銃を合わせた。散弾が一斉に撃ち出される。

 

(恐怖じゃない。怒りだけを──まっすぐに)

 

 引き金が落ちた。弾丸は弧を描き、セルの胸の歪みに突き刺さる。

 

 亀裂。灰の逆流。

 

 カイルが突進し、羽根の根元を断ち切った。光脈が震え、息を吹き返す。

 

 セルは崩れながら空を見た。

 

「……塔の奥……まだ叩いてる声が……聞こえんだよ……おまえ……助けに行けるのか……?」

 

 灰となり、消える。

 

 戦闘は終わった。

 

 アリスが駆け寄る。

 

「リオ、大丈夫……? 今の、本当に……」

 

 ミーナが光脈を見て震える。

 

「塔の方へ……裂け目が伸びてます。“呼んでる”……誰かを」

 

 その横で、ナタが路地にへたり込み、血まみれの手を見つめていた。

 治癒の光はもうほとんど灯らず、指が震えている。

 

「……助けられなかった人が……また増えた……」

 

 アリスがそっと肩を支える。

 

「ナタさん、あなたがいなきゃもっと多く死んでたよ」

 

 ナタは弱々しく微笑んだ。

 

「……リオさん。塔に行くんですよね」

「ああ」

「なら……行ってください。私は、ここで……つなぎ止めますから」

 

 その声は震えていたが、折れてはいなかった。

 

 フィリアが袖を握る。

 

「……いくの……?」

「行く。どれだけ遅れても──今度は見捨てない」

 

 アリスが頷く。

 

「光脈の道、私たちで開くから」

 

 カイルが笑う。

 

「行けよリオ。孤児院にも言っとく。“お前は意外とやる”ってな」

 

 ミーナが真剣に言う。

 

「戻ってきてください。観測点は維持します」

 

 フィリアが小さく囁いた。

 

「……ひとりじゃ……ないよ……」

 

 仲間たちの声が、背を押していた。

 俺は頷き、塔へ向かう。

 

 裂けた光脈が、導くように揺れていた。

 

 ──こうして俺は、セラを助けに走り出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。