才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~   作:この俗物怪物くん

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息抜きに書いてみました。スランプとも言います。


努力しても報われない男

夕暮れの河原に、俺の情けない息が響いている。

 

「ぜえっ、ぜえっ、ぜえええっ……!」

 

 足がもつれて、視界がぐらりと傾く。次の瞬間、俺の身体は見事に宙を舞い、そのまま砂利だらけの地面にダイブする。

 

「ぐはっ……!? いってぇえええ!」

 

 膝がジンジンと熱い。見ると、さっき貼ったばかりのガーゼがまた赤く染まり始めている。今日だけで貼り替え八回目だ。もはや新しい傷なのかさっきの続きなのか判別不能だと思う。

 

 俺の名前は松田定次郎、十三歳。河原のど真ん中で大の字になって空を見上げている、ボロ雑巾みたいな男だ。

 

(クソ……また転ぶ。フォームを意識する。重心は前。足は真っ直ぐ前に出す。頭では全部わかっているのに、身体がぜんっぜん言うことを聞かない)

 

 息は上がりきって喉が焼けるみたいに痛い。心臓は今にも逃げ出しそうな勢いで暴れている。ここまで来るのに、家からたったの五百メートルだ。五百メートルの道のりに、転倒回数八回は新記録更新だと思う。

 

(俺は、転生者だ)

 

 心の中でだけ、ちょっと格好つけて名乗る。

 

(……って、胸を張って言えたのは、いったいいつまでだ?)

 

 前世の俺は、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。ブラックでもホワイトでもない、中途半端なグレー企業で、そこそこ真面目に働いて、ある日、脳梗塞でコロッと死んだ。ドラマチックな事件もなく、異世界トラックに轢かれることもなく、気づいたら赤ん坊になっていた。

 

(これ、もしかしなくても転生だよな!? ついに来たな、俺のチートライフ!)

 

 最初はそう思っていた。俺TUEEE。無双。ハーレム。せめてそのどれか一つくらいは味わえると信じていた。

 

しかし。

 

「おーい! 見ろよ、『頭でっかちの定』がまた転んでるぞ!」

 

 遠くから、同じ年頃のガキどもの声が飛んでくる。

 

「おい定! また走る練習か? 百メートル走るのに三年かかるやつなんて、お前くらいのもんだぞ!」

 

「ギャハハ! 赤ん坊の方が速いんじゃねえか!?」

 

(うるさい、うるさい、うるさいっ)

 

 内心でだけ暴れて、俺はガキどもに背を向ける。わざわざ相手をするだけ無駄だ。砂利と血で汚れた膝を気合で押さえ込み、よろよろと立ち上がる。

 

「……まだ、三本目だ。今日は五本、真っ直ぐ走り切る」

 

 自分に言い聞かせるみたいに呟くと、ガキどもはなおさら笑い声を上げる。

 

「やめとけってー! また転ぶぞー!」

 

「転がる練習なら、もう十分達人級だよな!」

 

(知ってるよそんなことは!)

 

 俺は歯を食いしばる。転生特典? ステータスボーナス? そんなもの、この十三年間、一度も見たことがない。

 

 俺のこの身体は、とてつもなく、あらゆることに才能がない。

 

 走るのが遅いとか、そういう可愛いレベルじゃない。まず真っ直ぐ走れない。三歩走るごとにバランスを崩す。十歩走るまでに一回は転ぶ。持久力もない。心肺機能はとんでもなく伸びにくい。どれだけ毎日走っても「昨日よりちょっとマシかな?」レベルの進歩しかしない。

 

(何がチートだ。どこが俺TUEEEだ。これじゃ俺転ぶー、だ)

 

 自分で心の中でツッコんで、ちょっとだけ笑いたくなる。でも笑うと呼吸が乱れてまた転びそうなので、表情筋まで節約だ。

 

 ――五歳の頃の俺は、こんな未来を微塵も想像していない。

 

 

◇◇

 

 

 まだ背も低くて、言葉もおぼつかない頃。俺は縁側で分厚い本を読んでいた。

 

 黄ばんだ紙に、ところどころ虫食いがある古い本。表紙には『論語』と墨で書かれている。内容は退屈だが、漢字を追うのは嫌いではなかった。

 

「おお……定次郎はすごいな。もう論語を読むのか」

 

 父が感心したような声を出していた。

 

「うちの子は神童だわ……。将来は、お医者様か、お役人様か……」

 

 母は目をうるうるさせていた。

 

(フン、余裕だ。このくらい読めて当然だ)

 

 あの頃の俺は、完全に調子に乗っていた。ここはどうやら江戸が終わってしばらく経ったくらいの日本で、電気も鉄道もまだ珍しい時代。前世で社会人までやっていた俺から見れば、ここの大人たちの教養なんて、正直お粗末なものだ。

 

(この時代でなら、俺の頭脳で無双できる。バトル物じゃなく、スローライフ系なら、この頭だけで生きていける)

 

 そう信じていた。

 

 剣も槍も銃もいらない。血飛沫も魔法もドラゴンもいらない。俺は畳の上でお茶をすすりながら、のんびり漢籍でも読みつつ、ちょっと便利な知識を披露してチヤホヤされる。そんな人生を思い描いていた。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 現実は、非情だ。

 

 七歳になった頃、近所の広場でガキどもに誘われた。

 

「定次郎! 鬼ごっこしようぜ!」

 

(鬼ごっこ、ね。まあ、子どもの付き合いというやつだ)

 

 俺は内心で鼻で笑っていた。

 

「よかろう! 俺の神速、見せてや――」

 

 走り出した瞬間、世界がひっくり返った。

 

「ぐべっ!?」

 

 顔面から地面にダイブした俺は、鼻に石が刺さるかと思うくらいの衝撃に悶絶した。

 

「だっせー! 定次郎、また転んだぞ!」

 

 また、という単語がすでに厳しい。初参加だぞ、今日。

 

(おかしい。体幹が、未発達すぎる……!)

 

 立ち上がろうとして、また転んだ。踏ん張れない。足を前に出そうとすると、なぜか斜めに飛ぶ。まっすぐ進むという動作が、どうやら俺の身体にとっては高等技術らしい。

 

(鍛えるしかない、か……)

 

 冷や汗を流しながら、俺は初めて「肉体」というものと真剣に向き合うことになった。

 

 ところが、鍛えようと決意したところで、なんでもすぐできるようになるわけではない。そこからの数年間が、地獄だった。

 

 十歳になったある日、母が深いため息をついた。

 

「定次郎……あなた、まだ自分の紐が結べないの? もう十歳なのよ?」

 

 俺の手元には、草履の紐。蝶々結びが、どうしてもできない。指が震えて、途中で絡まり合って、ほどいてはやり直して、またぐちゃぐちゃになる。

 

「くっ……わかってる! 今やってる!」

 

 言い返しながら、情けなさで泣きたくなる。前世では、靴紐なんて無意識に結んでいた。キーボードだってブラインドタッチで叩いていた。それなのに、今の俺の指は、別人のものみたいだ。いや、別人なんだけど。

 

 走るのもだめ。持久力もない。心肺能力は絶望的に伸びない。手先も不器用極まりない。ちょっとした段差につまずいて転ぶ。座敷で立ち上がるときにふらついて柱に頭をぶつける。箸の使い方さえ習得に時間がかかる。

 

(俺、バトル物の世界だったら即死だ。ロボット物でも、操縦できずに死ぬ。頼む、どうかスローライフかギャグ漫画であってくれ……!)

 

 そう祈りながら、俺は今日も河原で転びまくっている。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 家に戻ると、薄暗い居間で俺は膝の手当てをしている。母が煎じた薬草の匂いが漂っていて、いかにも明治な感じがする。

 

 布団を畳んだその上に座り込み、血と砂利で汚れた膝を拭いて、新しいガーゼを巻き付ける。その手元を、父と母が少し離れたところから見ている。心配と、諦めと、理解不能の感情が入り混じったような顔だ。

 

「……定次郎。そんなに毎日、怪我ばかりして」

 

 父が重い口を開く。

 

「お前は頭はいいんだ。無理に体を動かすことは――」

 

「うるさい!」

 

 思わず語気が強くなる。

 

「やらないと、真っ直ぐ歩くことさえできなくなるんだ、この体は!」

 

 嘘じゃない。本当に、何もしないとどんどん歩き方がヘロヘロになる。サボった翌日は転倒回数が目に見えて増える。努力の成果が雀の涙なのに、サボったときのマイナスだけはやたらはっきり現れる。理不尽だ。

 

「あらあら……」

 

 母が困ったように眉を寄せる。

 

「でも、うちは貧しくないわ。あなたが家を継げなくても、食べていくくらいは何とかなるのよ?」

 

(それはそれでありがたい話だ)

 

 

(少なくとも「後継者にふさわしくない!」とか言われて追放されるパターンではなさそうだ。追放系主人公ルート回避。それだけは、この人生の数少ない救いだな)

 

 父が何か思い出したように手を打つ。

 

「ああ、そうだ、定次郎。明日は、近所のお寺で法事がある。お前もそろそろ顔を出しなさい」

 

「寺?」

 

 正直、面倒くさい。

 

「行かないとだめか」

 

「なんでも、そこのお寺には、お前と同い年くらいの子が、何人かの子どもの面倒を見ながら暮らしているそうだ」

 

 父は湯呑を置きながら続ける。

 

「お前も、少しは見習ったらどうだ」

 

(子どもの面倒を見る十三歳……? え、なにそれ、ボランティアの鑑?)

 

 瞬間、俺の中の社畜魂がざわつく。前世でさんざん若手に仕事押し付けて自分は偉そうにしてる上司に煮え湯を飲まされてきたから、年齢と責任のバランスには敏感だ。

 

「……わかったよ。行けばいいんだろ」

 

 ぶっきらぼうに答えると、父は満足そうにうなずいた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 翌日。寺の境内には、線香の匂いと読経の声が満ちている。

 

 法事は無事に終わり、親戚たちは本堂の外で世間話を始めている。俺はというと、境内の隅っこに腰を下ろし、退屈そうに空を眺めている。

 

(かったるい……。早く帰って鍛錬しないと)

 

 頭の中で、今日のメニューを確認する。

 

(体幹トレーニング三種、心肺強化のランニング、指先の器用さアップの紐結び練習、それから転倒時の受け身の確認……メニューが多すぎるんだよ、クソ)

 

 しかも、どれも効果が出るまでが遅い。ゲームみたいにレベルアップの効果音が鳴ってくれたら、まだやる気も出るのに。

 

 そのとき、本堂の戸が静かに開く音がする。

 

 中からひとりの少年が出てくる。

 

 歳は俺と同じくらい、十三歳くらいだろうか。痩せていて、決して大柄ではない。だけど、その佇まいには妙な迫力がある。背筋がまっすぐ伸びていて、歩くたびに袈裟の裾が静かに揺れる。その動き一つ一つが、無駄なく、静かで、なのに何かを訴えかけてくる。

 

(……ん?)

 

 俺は思わず少年を目で追う。

 

(あいつが、親父の言ってた「子どもの面倒を見てる奴」か?)

 

 ぱっと見、かなり貧相な体つきだ。筋肉ムキムキというわけでもない。腕なんて、少し力を入れたら折れそうなくらい細い。

 

(もしかして、俺より才能ないんじゃ……)

 

 そんなことを考えていたら、少年がふいにこちらを向く。

 

 大きな瞳が、まっすぐに俺を捉える。

 

 少年はこちらに歩み寄ってくる。足音はほとんどしない。砂利を踏んでいるはずなのに、空気を歩いているみたいだ。

 

「……こんにちは」

 

 低く、しかし澄んだ声だ。

 

「あなたは、松田さんのところの……」

 

「ああ、そうだけど。……何?」

 

 俺はめんどくさそうに顔を上げる。いつもの癖だ。コミュニケーションコストはなるべく抑えたい。

 

 少年の視線が、俺の膝に落ちる。そこには、昨日の河原で作った新しい傷、その上から巻いた白いガーゼ。そして手には、木刀を振り続けたせいでできた固いタコ。

 

少年の目が、わずかに見開かれる。

 

次の瞬間、彼は静かに、しかし深く頭を垂れる。

 

「……お見かけするたび、鍛錬をなさっている」

 

「は?」

 

「とても、尊いことです」

 

「!?!?」

 

俺の脳内に、でっかいクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。

 

(な、なんだこいつ……? 嫌味か? いや、目が本気だ)

 

 からかうような気配は一切ない。馬鹿にするどころか、どこか拝む一歩手前みたいな、真剣な敬意がそこにある。

 

「……別に」

 

俺は視線をそらす。

 

「俺は才能がないから、やってるだけだ。やらないとマジで歩けなくなるからな。……お前は?」

 

少年は少しだけ顔を上げて、静かに答える。

 

「私は、この寺で、皆と暮らしています」

 

 言葉遣いが妙に丁寧だ。十三歳の男子でこれはなかなか珍しい。

 

「私の名前は――」

 

 少年は、まっすぐに俺を見つめながら名乗る。

 

「悲鳴嶼 行冥と申します」

 

「…………は?」

 

 その瞬間、俺の思考が完全に停止する。

 

 ひめじま? ぎょうめい?

 

 耳にしたことがあるどころではない。前世で、何度も何度も目と耳に焼き付けてきた名前だ。

 

 やたら敬虔そうな雰囲気。寺。

 

 カチッと、頭の中のパズルが綺麗にハマる感覚がある。

 

(…………嘘、だろ)

 

 視界の端がぐにゃりと歪む。頭の中に、前世の記憶が怒涛の勢いで押し寄せる。

 

 鬼狩りの組織。柱と呼ばれる怪物じみた剣士たち。その中でも、とりわけ規格外の強さを誇る男。

 

 鬼滅の刃という作品の中で、最強と名高い、岩の柱。

 

(鬼滅の刃――とは、なぁ!!)

 

 心の中で、絶叫が響く。

 

(ちょっと待て。じゃあ何か? この世界、鬼がいるのか!?)

 

 血肉を喰らう、人を喰う化け物。夜の山に潜み、人里に降りてきて、人間を惨殺する存在。

 

(ここ、バトル物の世界なのか!? それも、才能がなきゃ即死の、ハードモードど真ん中じゃないか!!)

 

 俺の顔から血の気が引いていくのが、自分でもわかる。ガタガタと全身が震え始める。膝の傷の痛みなんか、一瞬で吹き飛ぶ。

 

「……? どうかなさいましたか?」

 

 悲鳴嶼が首をかしげる。

 

「顔色が……」

 

「な、なんでもない!」

 

 俺は慌てて立ち上がる。立ち上がった勢いでちょっとふらついて、危うくまた転びそうになるのを、気合だけで堪える。

 

「用事を思い出した! 帰る!」

 

「あっ――」

 

 悲鳴嶼が何か言いかけるけれど、聞いている余裕なんて一ミリもない。

 

(冗談じゃない!)

 

 心の中で叫びながら、俺は境内を飛び出す。

 

(鬼殺隊なんぞ、絶対に入ってたまるか!)

 

 俺の才能ゼロの肉体でそんなところに入ったら、マジで一秒で死ぬ。モブどころか背景レベルで瞬殺だ。

 

(そうだ、決めたぞ)

 

 俺は人生で一番のスピードで走り出す。……といっても、他人から見れば相変わらずトロいのだが、少なくとも本人比では超全力だ。転びそうになりながら、必死でバランスを取り続ける。

 

(あいつ――悲鳴嶼行冥とは、絶対に関わらないように生きていく!)

 

 近所なのは、最悪の玉に瑕だ。だが、できるだけ寺から遠い道を通る。行事には出ない。もし見かけたら、全力で逆方向に逃げる。そうやって、この危険なフラグから距離を取る。

 

それが、生き残る唯一の道だ。

 

俺は、そう固く心に誓う。

 

寺の境内では、悲鳴嶼行冥が、俺の背中をじっと見送っている。

 

困惑したような、しかしどこか、深い哀しみを湛えた目だ。

 

「……尊い方だと思うのだが」

 

小さく呟かれた言葉は、読経の余韻に飲み込まれて、誰の耳にも届かない。

 

努力しても報われない男と、最強の男。

 

二人の物語は、こうして、とんでもなくちぐはぐな第一歩を踏み出す。




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