才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~   作:この俗物怪物くん

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『神速(0.028秒)』の証明

 洞窟の奥で、焚き火がぱちぱちと音を立てている。湿った岩肌に赤い光が揺れて、天井近くに薄く煙が張りついている。

 

 俺は入口側に腰を下ろして、足元に転がした鬼の死体を見下ろしている。腹のあたりは大きくえぐられていて、まだ生暖かい血の匂いが漂っている。

 

 その向こう側で、灯羽がしゃがんでいる。黒髪を後ろでまとめて、黙々と、残った肉を骨から外している。

 

……これで三人目だ

 

鬼殺隊の候補として藤襲山に入ったはずの人間が、鬼に腹を食い破られて倒れている。

俺はそいつらを「助ける」のではなく、鬼を斬ってから、その「食べかけ」を灯羽の皿に載せる役をやっているわけだ。

 

(罪悪感がギリギリだが……俺は殺していない。鬼が殺している。俺たちは、その「後始末」をしているだけだ……はずだ)

 

自分に言い聞かせないと、胃のあたりがじわじわ痛くなる。

 

灯羽は、そんな俺の葛藤なんて知らん顔で、両手を合わせて小さく一礼してから、静かに遺体に歯を立てていく。

びくりともしない肉が、かすかな音を立てて削がれている。骨を噛み砕くぱきり、という音が、洞窟の中に乾いたリズムで響いている。

 

しばらくして、灯羽が口元を袖で拭い、すっと立ち上がる。

 

「……ふう。ごちそうさま」

 

その頬には、ここ数日で一番まともな血色が戻っている。

俺はどこかホッとしながらも、同じくらい胸がちくちくしている。

 

「ねえ、定次郎。すごいわよ、これ」

 

「何がだ」

 

灯羽は胸の前で両こぶしをきゅっと握りしめて、ちょっと得意げに顎を上げる。

 

「ちゃんと『人間』を一人ぶん――正確には『遺体』だけど――食べたらね、力が一気に漲ってくるの。さっき試しに血鬼術を使ってみたら……」

 

「みたら?」

 

「ふふん。『時間加速』の倍率を、調整できるようになったの!」

 

ぱっとランプが灯るみたいに、灯羽の瞳が輝く。

 

「今まではゼロか千倍か、どっちかしかなかったでしょ? でも今は、百倍、二百倍って、百単位で細かく切り替えられる。状況に合わせて、ちょうどいい『速度』を選べるのよ。……やっぱり私は天才なのかしら」

 

(省エネモード搭載かよ)

 

俺は内心で頭を抱えつつ、口元だけはにやりとゆがむ。

 

(燃費のいい血鬼術とか、マジでゲームのスキルだ。こいつ、身体能力はクソザコナメクジのくせに、能力だけは超高性能なんだよな……)

 

 灯羽は、そんな俺の心の声なんてお見通しだと言わんばかりに笑ってから、壁にもたせかけてある巨大なリュックへと向かう。

 

 そして、慣れた動作で、下半身からずるりと潜り込み、上半身だけをひょこっと出して落ち着く。

 

「定次郎〜。今日もいっぱい働いたから、ちょっと疲れたわ。背負われながら寝るから、できれば足もんで〜」

 

「どんな高待遇要求してるんだ鬼は。俺は馬車じゃねえ」

 

「あら? 私の『OS』がなきゃ、あなたは今も『才能ゼロ(バグ)』のままなのよ?もっと大切にしなさいよね、この世界最高性能のソフトウェアを」

 

言い返そうとして、俺は口をつぐむ。

 

(……くそっ、反論できない)

 

焚き火に小枝を放り込むと、火の粉がぱっと飛び散る。

洞窟の壁に、俺と灯羽の影が、妙に仲良さげに並んで揺れている。

 

(選別も、もう終盤だ。七日生き延びれば、俺は行冥の隣に立つ「鬼殺隊」になる。でも同時に、俺は鬼を一体、背負っている。世界一残念で、世界一頼れるOS付きの、クソザコ美女を)

 

焚き火の火が小さくなってきている。俺はゆっくり立ち上がり、リュックのベルトを握り直す。

 

「よし、灯羽。最後の夜勤だ。寝るのは下山してからにしろ」

 

「はーい。じゃあ、省エネ二百倍で常時起動しておくから、変なところでこけないでね?」

 

「それを俺に言うのか、OS」

 

 二人のバグだらけの共犯関係は、そんなくだらない会話をしながら、また一夜をくぐり抜けようとしている。

 

 

 

 

 

七日目の朝。藤襲山の霧が薄くなり、木々の輪郭がはっきりしてきている。

下山地点の広場に立ち、重いリュックを背負ったまま、ひたすら深呼吸を繰り返している。

 

全身が鈍く痛い。だが、まだ動ける。

俺の身体は、灯羽のOSと一緒に、七日間を生き延びている。

 

そのときだ。地面の奥から、低い振動が伝わってくる。

遠くの木の幹が、ごご、と揺れている。

 

(……来たな)

 

 森の奥から、でかい影がぬっと現れる。坊主頭の巨体が、鬼を数体、縄でまとめて引きずりながら歩いている。

その全身から、「災害」としか言いようのない圧があふれている。

 

「……遅かったな、行冥」

 

俺がぼそっとそう言うと、その巨体がびくんと震える。

白く濁った瞳が、俺の方向をぴたりと捉えたように見える。

 

「定次郎オオオオオオオ!!!!」

 

「うおっ!?」

 

次の瞬間、鬼を放り投げた行冥が、地面を揺らしながら突進してくる。

その腕が開かれる。

俺と、俺の背中のリュックが、まとめてがっしり抱きしめられる。

 

「ぐっ……おまっ……!ぐえっ!!折れる折れる折れる!!」

 

「よかった……!本当によかった……!生きていてくれて……!無事でいてくれて……!ああ……もし君がこの山で死んでいたら、私もここで腹を切るつもりだった……!」

 

「やめろ!重い!そういうのは遺書の最後に小さく書くやつだ!」

 

背中で、リュックがミシッと鳴る。中の灯羽も相当苦しんでいる気配だ。

 

『……定次郎……やさしく……潰れる……』

 

(俺も潰れる)

 

ようやく、行冥が俺を解放する。

俺はぜえぜえと肩で息をしながら、リュックの位置を直し、背中をさすってやる。

 

「しかし定次郎。どうやって生き延びた? 鬼には見つからなかったのか?」

 

真正面から向けられる疑問。

俺は、そこで少しだけ顎を上げる。

 

「ふふん。驚けよ、行冥」

 

「……?」

 

「俺は、七日間で気づいたんだ」

 

灯羽と何度も確認しながら練り上げた「説明書」が、頭の中で自動再生されている。

 

「俺の『バグったOS』は、弱点なんかじゃない。 呼吸、骨格、筋肉、神経――その全部を、常に『意識』して、『計算』して、『任意操作(マニュアル)』することでな」

 

腰の刀を軽く叩く。

 

「無意識に頼っているお前たちよりも、速く動けるようになった」

 

言い切る。

嘘は言っていない。

その「計算時間」を誰からもらっているかを、説明していないだけだ。

 

行冥の顔が、一瞬だけ固まる。

口が開きかけ、閉じかけ、それから――

 

「うわああああああああああん!!!!」

 

「出たよ大洪水」

 

滝レベルの涙が、さらなる記録を更新している。

行冥は俺の肩をつかんでぶんぶん揺さぶる。

 

「定次郎!君は!君はついに!その『努力』で、『才能』の壁を打ち破ったのだなあああ!!」

 

「いや、ほとんど灯羽……」

 

『シーッ! そこは言わない!』

 

背中から飛んできた灯羽のツッコミで、俺は慌てて口をつぐむ。

 

行冥は自分で感動しすぎて、途中から言葉にならない嗚咽になっている。

腰に下げた巨大な水筒の栓を、慣れた手つきで開け、一気飲みでごくごく飲んでは、また泣いている。

 

『ねえ定次郎』

 

『なんだ』

 

『あの人、涙を流しすぎて、普通ならとっくに脱水症状で倒れてるはずなんだけど』

 

『だからあのサイズの水筒なんだよ。補給前提の涙体質なんだ』

 

『……あなたの周り、バグってるの、あなただけじゃないわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選別を生き残った俺たちは、隊服と階級と玉鋼を受け取り、正式に「鬼殺隊の一員」として登録される。

 

刀が打ち上がるまで、少し時間がかかると言われている。

その間に、一度、実家に顔を出しておくことにする。

 

列車に揺られながら、窓の外に流れる田畑と山並みを眺める。

背中のリュックは、いつも通り、不自然なほど重い。

 

『ねえ定次郎。あなたの家族、どんな人たちなの?』

 

『普通の田舎の両親だ。息子のことを「才能ゼロ」だと、本気で思ってる』

 

『本当のことじゃない』

 

『……今は、ちょっとだけ否定できるのが、正直うれしい』

 

そんなやりとりをしているうちに、列車は小さな無人駅に滑り込んでいる。

錆びた看板。低いホーム。懐かしい匂いの風が、窓から入り込んでいる。

 

俺は駅の隅の物陰でリュックを降ろす。

 

「灯羽。一回、人間モードに戻れ」

 

「……ほんとにやるのね?」

 

「当たり前だろ。せっかく実家に戻るんだ。彼女の一人や二人、連れて帰ってもバチは当たらない」

 

リュックの口から、灯羽がそろそろと這い出てくる。

白い肌に血色が戻り、瞳から鬼の光が消えて、ただの人間の黒い瞳になっている。

一瞬だけ角がのぞくが、すぐに引っ込む。

 

「どう? 変じゃない?」

 

「変にきれいだ。やりすぎだ」

 

灯羽は小柄な町娘くらいの背丈になり、シンプルな着物姿に擬態している。

だけど顔の造形だけは、どうしようもなくレベルが高い。

 

(まあいいか。両親が腰を抜かすくらい、たまにはいい薬だ)

 

「じゃ、行くぞ」

 

「ええ……!」

 

俺たちは田舎道を並んで歩き、懐かしい塀と門構えの家にたどり着く。

 

「あら、定次郎。帰ってきたのねえ。まあ、その大きな荷物は何? 山ごと持って帰ってきたの?」

 

「いや、これはまあ……色々と詰まってるんだ。それより――」

 

俺は灯羽の方を振り返る。

灯羽は、緊張した様子で背筋を伸ばし、きゅっと口を結んでいる。

 

「母さん。父さんは?」

 

「中よ。呼んでくるわ。……ところで、そのお嬢さんは?」

 

母の視線が灯羽に移る。

灯羽は息をのみ、それから深く頭を下げる。

 

「は、初めまして。灯羽と申します。定次郎さんには、その……いつもお世話になっております」

 

母の目がまん丸になる。

間の悪いタイミングで父も玄関先に現れて、同じ顔になる。

 

「お、お前……定次郎、お前、まさか……!」

 

「うるさい。『まさか』とか言うな。俺だってやるときはやるんだよ」

 

耳まで熱くなっている感覚がある。

灯羽の耳も、うっすら赤くなっている。

 

「えーと。紹介する。……お付き合いしている、灯羽さんだ」

 

言った。

俺は言っている。現役東大合格レベルの頭脳を持つ男が、死線をくぐり抜けてきた直後に、親の前で堂々と「彼女」を紹介している。

 

(よし。これで万一何かあっても、両親は証言できる。「あの子はちゃんと人間だった」と)

 

『……定次郎』

 

『なんだ』

 

『今の、すごく……うれしかった。あたし、ちゃんと「彼女」って呼ばれた』

 

『当然だろ。俺のOSだからな』

 

『……うん。大好き』

 

 頭の中に、ぽん、と温かい音が鳴る気がする。

 俺は咳払いを一つして、家の中に上がる。

 

(俺は鬼殺隊になる。灯羽は鬼として俺に寄り添っている。だからこそ、普通の息子として、普通に「彼女」を紹介するくらいの権利はあるはずだ)

 

 

 

 

 

 

数日後。刀が打ち上がったという知らせを受けて、俺と灯羽は再び育手の家へ向かっている。

 

「おーい、オヤジ。死んでねえか」

 

縁側で茶をすすっていた育手が、こっちを見た瞬間、湯呑みを落としかける。

 

「お、お前……! 定次郎! 生きて帰ったのか!」

 

「当たり前だろ! お前、俺が死ぬ前提で送り出したのかよ!!」

 

「い、いやいやいや、まさか! アッハッハ! 信じておったぞ!」

 

目は盛大に泳いでいる。信じていない顔だ。

 

「目を泳がせながら言うな!!」

 

俺が怒鳴っていると、奥から行冥が姿を見せる。

でかい。今日も安定のでかさだ。そして安定の涙目だ。

 

「定次郎!また会えたな!」

 

「おう。……で、オヤジ。行冥から聞いたんだろ、俺の『才能』の話」

 

育手と行冥が、顔を見合わせる。

二人とも、ちょっとだけにやっと笑っている。

 

「聞いた聞いた。『才能のなさ』に才能があったお前が、今度は『妄想』の才能まで開花させたとな」

 

「めでたいことだ」

 

「まとめてぶん殴るぞ」

 

俺のこめかみがピクピクし始める。

 

「いいだろう。そんなに信じられないなら、実際に見せてやる」

 

俺は道場の真ん中に歩き出て、背中のリュックを外す。

壁際の柱のそばに、それをそっと立てかける。

 

(灯羽、聞こえるか)

 

『聞こえてるわよ。演算ユニット、いつでもスタンバイOK』

 

(巻藁まで十メートル。射程ギリギリだが――)

 

『誰にものを言ってると思ってるの。わたしのOS、ナメないで』

 

小さく笑い、育手と行冥を振り返る。

 

「そこからでいい。よく見とけよ」

 

二人は道場の端に下がり、腕を組む。

育手は「どうせ転ぶ」と言いたげな目。行冥は「すべてを信じる」と言いたげな涙顔。

 

俺は巻藁の前に立つ。

左足を半歩前に出し、腰を落とし、刀の柄にそっと手をかける。

 

(灯羽。百倍でいい。抜刀から納刀まで、フルアシストだ)

 

『了解。百倍モード起動。……さあ、世界一不器用な身体、動かしてあげる』

 

世界から、音が消えていく。

時間の流れが、ゆっくりと伸びていく感覚がある。

 

俺の体感は百倍速に切り替わり、灯羽の声が脳内に滑り込む。

 

『右足、爪先で床をつかんで。重心、前に三ミリ。骨盤、左に一ミリスライド。

 肩の力を抜いて、肘の角度、あと二度だけ開いて――そう。そこで、一気に』

 

「……ッ!」

 

俺は、刀を抜く。

 

体感では二十八秒。

だが現実の時間では、零点三秒。

 

鞘走りの音が耳に届く前に、刀身が空気を裂き、巻藁の中心を走り抜ける。

そのまま滑らかに納刀。鯉口が小さな音を立てる。

 

静寂。

 

次の瞬間、巻藁の上半分が、きれいな断面を見せながら、すっと床に落ちる。

 

「…………」

 

育手の顎が、信じられないという顔で落ちている。

行冥の涙腺が、一瞬だけ止まっている。

 

ゆっくりと振り返り、刀の鯉口をカチリと鳴らす。

 

「どうだ、オヤジ。これでも、俺の『才能』を笑って流すか?」

 

沈黙が数拍続く。

先に壊れたのは、やはり行冥だ。

 

「うわああああああああああん!!」

 

「でたよ」

 

涙の滝が再び決壊する。

行冥は俺に駆け寄って、肩をつかんで全力で揺さぶる。

 

「定次郎!すまない!!私は!この期に及んで!君の魂の輝きを疑っていた!!」

 

「疑ってたのかよ!」

 

「許してくれ!いや、許すな!殴れ!私を殴ってくれ、定次郎!!」

 

育手が慌てて止めに入るが、行冥は一歩も引かない。

 

「全力でだ!あの時のように!腕相撲で私をねじ伏せた、その全力で!!」

 

「……お前が言ったんだからな?ほんっとに知らんぞ?」

 

(灯羽。百倍。拳に全部、集める)

 

『了解。せっかくだから、ちょーっとだけ出力、盛ってあげる』

 

(やめろ)

 

右拳を握りしめる。

足で床をとらえ、腰を回し、全身の筋肉の力を一本の線に絞り込む。

灯羽のOSが、その線をさらに細く、鋭く整えていく。

 

「――らあッ!!」

 

拳が、巨体にめり込む。

次の瞬間、轟音。

 

行冥の身体が、常識外れの速度で吹き飛んでいく。

道場の板壁が一直線に割れ、その向こうの庭の塀まで、見事な穴ができている。

 

「……あ」

 

拳を突き出したまま、俺は硬直する。

隣では育手が、湯呑みを落としたことにも気づかず、ぽかんと口を開けている。

 

庭の向こうから、瓦礫が崩れる音が聞こえる。

しばらくして、その穴の中から、行冥がよろよろと姿を現す。

 

額と頬が派手に腫れ上がっているが、立っている。

骨も折れていない。人間じゃないレベルのタフさだ。

 

「……見事だ……」

 

かすれた声が漏れる。

そしてまた、目から涙があふれる。

 

「なんという……威力……!なんという『神速』……!定次郎!」

 

行冥はふらふらと近づいてきて、俺の両肩を掴む。

 

「お前は、『柱』になれるぞ!!」

 

「いや、お前がな」

 

即答する。

俺は、きっぱりと首を振る。

 

(神速(0.028秒)の剣。それは、世界一不器用な男と、世界一残念な鬼が組み上げた、「バグだらけの奇跡」だ)

 

(俺は、その奇跡をぶん回しながら、それでも自分なりの「正義」と「友情」と「愛情」を抱えて、生きていく)

 

そう決めている。

 

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