才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~ 作:この俗物怪物くん
育手の家の朝
縁側から差し込む日差しが、畳を明るく照らしている。その真ん中で、松田定次郎は、真新しい隊服に腕を通しているところだ。白と黒の隊服は、鏡で見るとそこそこ様になっている……はずなのに、後ろ姿には、やたらごつい出っ張りがある。
巨大リュック対応の、特注仕様だ。
背中には、あの魔改造リュック。中身はもちろん、俺の相棒にしてOS、灯羽だ。
(よし。肩ベルトの位置も調整済み。腰紐もオッケー。これで、いつでも灯羽とシンクロできる。……見た目が完全に行商人だが、そこは我慢だな)
肩を回してフィット感を確認していると、廊下の向こうから、風鈴の音がチリンと鳴る。
風鈴を頭につけたひょっとこ面の男が、ひょこひょこと歩いてくる。刀鍛冶の金槌さんだ。その肩には、一羽の黒い鴉が止まっている。目つきが鋭く、胸を張っている姿だけ見れば、やたらと有能そうだ。
「お待たせしましたぁ! 松田定次郎様の刀と、鎹鴉でございます!」
「おお……!」
思わず声が漏れる。日輪刀。鬼殺隊員の証。ついに俺も、正式に鬼殺隊だ。
そのとき、肩の鴉が、定次郎をジロリと見下ろす。
「カァー! あなたが松田定次郎ね! 私があなたの鎹鴉よ!」
「(鴉が喋った!? ……いや知ってるけど)ああ、よろしく。名前は?」
「ふん。『美子(よしこ)』よ!あんた、育手様から『才能がない』って聞いてるわ! だから、この天才の私がついてやりに来たのよ! ありがたく思いなさーい!カァー!」
(……なんだこの鴉、初対面からすげえムカつくな)
『(くすくす)ふふ。いいじゃない、似た者同士よ』
『どこがだクソザコナメクジ。お前はGPS外されてるだろ』
『それ、褒めてる?』
美子が、金槌さんの肩を蹴って、定次郎の肩へ華麗に飛び移ろうとする。
「カァー! この美しい飛行フォーム、よく目に焼き付け――カァッ!?」
次の瞬間、美子は見事に方向転換に失敗して、縁側の梁に頭から突っ込む。
――ドンガラガッシャーン!
「カァ……(☆)」
そのままぐるぐる目を回しながら、定次郎の足元に落ちる。
「……ああ、美子……。こいつ、飛ぶ速さだけなら隊一番なんだがな。どうにも方向転換がド下手でな。落ちこぼれなんだ、許してやってくれ」
(速いけど曲がれない……? なんか、親近感を感じるな。最近、親近感を覚える相手が増えすぎだ)
定次郎は、美子を両手で持ち上げる。その横で、いつの間にか正座していた悲鳴嶼行冥が、すでに両手を合わせている。
「(もう涙声)……南無……。なんと痛ましい……。この小さな体で、己の『才能(バグ)』と戦っているとは……!」
「カ、カァ!?(な、なんなのこの坊主……)」
「おい行冥! お前の涙でそいつが溺れそうになってるぞ! はい、美子、こっちこい」
定次郎が美子を救出すると、行冥はハッと我に返り、それでも目の端から涙が止まらない。
「……すまない、美子殿。私は、生まれてこのかた『才能のない者』を見ると、条件反射で涙が……」
「お前、俺の顔見てるとき、ずっと泣いてるけどな」
「定次郎、君は才能がないどころか、今や『神速』を身につけた男だ。私の涙は、尊敬と敬意の涙……南無阿弥陀仏……!」
(それはそれで重い)
金槌さんが、場を仕切り直すように咳払いをする。
「さ、旦那。こちらが日輪刀だ。持ち主によって色が変わる『色変わりの刀』あんたの色は、何色かね?」
「(ごくり)……やはり、最強の『黒』とか来るか? あるいは、雷っぽく『黄色』とか? いや、ここは意外性の『ピンク』で――」
『ふふ。あなたに色なんてつくのかしらね? 才能(ゼロ)なのに』
『黙って見てろ、OS。ここで俺の株が上がるかもしれんだろ』
定次郎は、慎重に柄を握る。
……十秒。
……三十秒。
……一分。
刀は、何色にも変わらない。
静かな時間が流れる。
「……………………」
「……………………」
「(涙を拭きながら首を傾げ)……?」
刀は、どう見ても、ただの鋼の色だ。黒っぽいような銀色のような、なんとも言えない地味な色。
(……うん。そうだろうとは思っていた)
『ぷっ……ククク……。色なし!ダッサ!才能ゼロが可視化されてるわよ、定次郎!』
『うるせえ!このGPS解除ザコ鬼!』
『なんか罵倒がひどくなってない!?』
金槌さんは、気まずそうに頭を掻く。
「ま、まあ、色が変わらない奴も、たまーにいる。気にすんな。色なんかより、中身だ、中身」
「フォローが雑だぞオヤジ」
「カァー!でも安心しなさい定次郎!色がなくても、私という『色物』がついてるわ!ド派手に行きましょう!」
(言い方がひどい)
そこへ、美子が定次郎の頭の上にひょい、と飛び乗る。さっきの大クラッシュが嘘のように、バランスだけは絶妙だ。
「さあ、そっちの柱候補はほっといて、任務の時間よ!初任務!初任務!北ノ町へ向かえってさ!」
その瞬間、隣で正座していた行冥の顔色が、さっと変わる。
「……初任務、だと?」
重い声だ。あ、やばい、と定次郎は直感する。
「あー……そうだ。今、美子が――」
「(立ち上がりながら)ダメだ定次郎オオオオオ!!」
いきなり決壊だ。今日イチどころか、ここ数日の中でもトップクラスの号泣である。
「初任務!それは、隊士の死亡率が最も高い局面!君(才能ゼロ・改)が、一人で行くなど!私が許さん!私も行く!!」
「いやいやいや、お前は別任務あるだろ!柱候補は忙しいんだよ!」
そこへ、タイミングよく、別の鎹鴉が窓から飛び込んでくる。
「カァー!悲鳴嶼行冥!東ノ山ニテ異形ノ鬼ノ報告アリ!出陣セヨ、出陣セヨ!」
「なっ……!なぜだ!なぜ、今、私に別の任務を……!」
「当たり前だろ。お前みたいな怪物を、ヒヨッコの付き添いに回す余裕なんかないって判断だ。ありがたく行ってこい、行冥」
「(定次郎をぎゅううううと抱きしめ)……定次郎……!死ぬな……!君が死んだら、私は――」
「背骨折れるから!物理的な死因になるから離れろ!!」
定次郎は、なんとか行冥の腕から抜け出す。行冥は、三歩進んで二歩下がる勢いで、何度も振り返りながら、東の山へ向かっていく。
「定次郎オオオ! 南無阿弥陀仏ゥゥゥ……!」
「カァー……あれ、本当に人間?」
「ギリ人間だ。ギリな」
行冥の背中が見えなくなってから、ようやく静寂が戻る。
定次郎は、育手に向き直る。
「……じゃあ、オヤジ。行ってくる」
育手は、無言で立ち上がると、奥から何かを持ってくる。
白い紙に包まれた――花束だ。
「……餞(はなむけ)だ」
「お。意外としおらしいじゃねえか。何の花だ?」
「菊だ」
「それ、完全に葬式のやつだろうがあああああ!!!」
定次郎の怒号が、朝の空に響く。
「いやいや、縁起がいい菊もある。長寿とか、そういう――」
「どの口が言ってるんだそのクソ真顔!!覚えてろよオヤジ!生きて帰って、その菊、お前の仏壇に供えてやるからな!!」
育手は、苦笑いを浮かべながらも、どこか誇らしげにうなずいている。
「……死ぬなよ、定次郎」
「言葉と花束が矛盾してるんだよ!!」
そんな漫才じみたやり取りを背に、定次郎は山道へと歩き出す。
背中のリュックが、ぎゅむ、と揺れる。
(……灯羽、静かだな。緊張しているのか? それとも――)
不安になって、こっそりリュックの口元を開けて中を覗き込む。
そこには、丸くなって寝ている灯羽の姿がある。
「すー……すー……」
「おい。任務中だぞ」
『んあ……? 定次郎……? だって、ヒマなんだもん……。鬼には睡眠いらないけど、これは『娯楽』よ、娯楽……すー……』
(禰豆子は人を食わない代わりに寝ているが、お前は単なるサボりだろこれ)
そんな会話をしていると、頭上の美子が、元気よく羽ばたく。
「カァー!定次郎!急ぎなさい!北ノ町はあっちよ!全速力で行くわよ!」
「おう、任された!……って美子、その方向は――」
美子は、勢いよく飛び出して、住宅街のほうへ突っ込んでいく。
「そこには民家があるぞ!」
――ガシャーーーン!
気持ちいいくらいの音を立てて、どこかの家の窓ガラスが割れる。
「カァァァ……(いてて……)」
(謝罪に行きたいが、任務中だ。帰りに覚えていたら土下座しよう)
「こ、これは想定内の……偵察よ!窓の強度を確認したの!さ、行くわよ定次郎!」
「自分で言ってて苦しくないのかお前」
それでも、美子の飛ぶ速度は本物だ。方向は壊滅的だが、時折電柱にぶつかりながらも、最終的にはきちんと北ノ町の方角へ曲がっていく。
(『任意操作(バグ)』の俺。『クソザコハードウェア』の灯羽。『曲がれない天才』の鴉、美子)
(……俺の周り、変なやつしかいないのかよ)
『でも、その全部が揃っているから、あなたは今、生きているんでしょ?』
『……お前、たまにいいこと言うな』
『でしょ? ご褒美に、今夜の缶詰、私が開けてあげる』
『そこは俺の成長ポイントだろうが』
そんなくだらないやり取りをしながら、定次郎は、初任務の地・北ノ町へ向かう。
山を一つ越えると、薄い霧の向こうに、瓦屋根が並ぶ小さな町並みが見えてくる。夕焼けが、町全体を赤く染めている。
「カァー!到着!ここが北ノ町!鬼ノ気配、微弱ナガラ複数アリ!」
「おお……ちゃんと仕事もしてるんだなお前」
「当たり前でしょ?私は天才鎹鴉よ?方向だけがちょっとバグっているだけ!」
(その『ちょっと』で窓ガラスが犠牲になるんだよな)
定次郎は、町の入り口で足を止める。
夕日のオレンジと、これから訪れる夜の闇。その境目に、自分たちの影が長く伸びている。
(さあ、初任務だ。バグだらけでもいい。俺は、俺のやり方で、鬼を斬る)
背中のリュックが、ぽん、と軽く叩かれる。
『ねえ、定次郎』
『なんだ』
『怖い?』
『当たり前だろ。命がかかっている』
『ふふ。でも大丈夫。あなたのOS(私)は、いつだって、あなたに張り付いているから』
『頼りにしてるぜ、俺のバグ天使』
『言い方がひどい!』
定次郎は、苦笑しながら日輪刀の柄に手を添える。
「――行くぞ。『神速(0.028秒)』の、初任務だ」
そうして、バグだらけの三人――人間と鬼と鴉――は、夕暮れの北ノ町へと、一歩を踏み出す。