才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~ 作:この俗物怪物くん
鬼殺隊に入隊して一年。
俺は、今日も変わらず、背中にバグごと積み込んだ巨大リュックを背負って、本部の庭を歩いている。
肩の上では、美子が胸を張っている。
こいつは相変わらず、飛ぶのはやたら速いくせに曲がれない、方向音痴の天才(バグ)だ。
その美子が、いきなり胸を反らして、高らかに鳴く。
「カァー!松田定次郎!」
「なんだよ、急にでかい声出すな」
「本日モッテ!階級『甲(きのえ)』ニ昇格ゥゥゥゥ!カァー!」
俺は、隊服の襟をつまんで軽く直し、ふん、と鼻を鳴らす。
「……まあ、当然だな」
胸の内側では、さすがにちょっとガッツポーズしている。
東大首席のプライドは、こういう分かりやすい評価にめっぽう弱い。
一年で『甲』
報告書のたびに「呼吸が使えないのに」という枕詞が付き続けているが、それでも甲だ。
呼吸の天才たちと同じ土俵で、俺は「OSバグ+別売りOS」のハイブリッド構成で殴り合っている。
灯羽の声が、頭の中で冷ややかに響く。
『調子に乗らない。強いのは私のOSであって、あなたじゃない』
『うるせえ、ハードがなきゃお前のOSも動かねえだろうが』
『そのハードが一番のバグなんだけどね?』
軽口を叩き合っていると、空の向こうから、もう一羽の鴉が突っ込んでくる。
美子が避けきれず、ほぼ正面衝突しそうになって、そのまま空中で絡まってからんころんと落ちてくる。
「いてててて!何すんのよアンタ!」
「カァー!こっちの台詞だバカ美子!」
二羽が地面の上でバタバタしているのを、俺は軽くため息をつきながらつまみ上げる。
「おい、喧嘩すんな。で、そっちの仕事は?」
行冥の鴉が、ようやく姿勢を立て直して、俺の頭上で叫ぶ。
「悲鳴嶼行冥!新タナル『岩柱』ニ任命サル!」
「……ほう」
口元が、勝手にニヤリとする。
あのクソ親友。
ついに『柱』に到達する。
「岩柱、ねえ」
俺は、鴉を肩に戻しながら、心の中でひっそりと訂正しておく。
(岩柱というよりは、涙柱)
(あいつの呼吸は『岩』じゃなくて『涙』だろ。壱ノ型・大号泣、弐ノ型・洪水、参ノ型・土砂災害)
くだらないことを考えているうちに、嬉しさが止まらなくなってきて、俺はその勢いのまま叫ぶ。
「よし、美子!酒屋に行くぞ!」
「カァ?今日も任務ナイノ?」
「今日は任務より大事な仕事がある。岩柱様に祝杯だ。どうせあいつ、泣きながら飲むに決まってるけどな」
灯羽の声が、背中のリュックの奥から聞こえてくる。
『……あなたたち、本当に仕事してるの?』
『仕事だよ。人間社会には「飲みニケーション」という大事な文化があってだな』
『その文化、たぶん滅んだほうがいいわよ』
笑いながら、酒屋に向かう。
その日の夜、悲鳴嶼寺に、一升瓶を抱えた男が一人、現れる。
「よーう、『岩柱』様」
縁側で静かに座禅を組んでいた巨体が、俺の足音と息遣いを拾った瞬間、ビクリと震える。
「……定次郎?」
次の瞬間、静寂は爆発する。
「うわあああああああああああん!!定次郎オオオオオオオ!!」
見事なまでの決壊。
行冥は、座禅を投げ捨てて立ち上がり、俺めがけて一直線だ。
「やめろ!突進するな!逃げる間もないから!」
ドオオオォォン。
逃げる前に抱きしめられた。
リュックごと。
「く、くるしい……!」
「君も!君も『甲』になったと聞いたのだ!ああ!あの才能の無さ、バグだらけのOS!それでも諦めず、努力を積み重ね!ここまで……ここまで……!」
行冥は、俺を胸の前に抱えたまま、子どもみたいにぶんぶん振り回しながら泣いている。
「お、落ち着け!脊椎が粉砕するから!」
「うわあああああああ!!」
東大卒の理屈もこの男の涙と筋力の前では無力だ。
俺は半分本気で意識が飛びかけたところで、やっと解放される。
「……ああ、死ぬかと思った」
「死なせない!君は私の友だ!」
「十分死にかけたわ!」
それでも、嬉しい。
こいつがここまで喜んでくれるのは、俺の甲昇格のこともあるが、それ以上に、「一緒にここまで来た」という事実が大きい。
一升瓶を掲げて、にやりと笑う。
「まあ、座れ。祝いだ。岩柱様」
行冥は鼻をすすりながら、縁側に座り直す。
湯呑を持っている。
湯呑のサイズが、明らかにおかしい。
「……なんで茶碗じゃなくて、どんぶりサイズなんだよ」
「私の器の大きさに合わせている」
「器の大きさと血中アルコール濃度は比例しねえぞ」
そう文句を言いながらも、俺は酒を注ぐ。
行冥は満面の笑みで、どんぶりに並々と酒を満たしてくる。
「まずは君からだ、定次郎」
「……いや、お前の昇格祝いだろ」
「君の甲昇格は、私の喜びでもある」
そう言って笑うから、こいつには強く言えない。
結局、俺はその夜、岩柱様の「友情」の名のもとに、何度も何度も大湯呑を空けるハメになる。
翌朝。
俺は、自室の布団の上で、頭を抱えている。
「……死ぬ……」
灯羽が、人の姿で膝に座り、薬湯を差し出してくる。
寝起きでも髪が乱れないのは、鬼スペックか女の意地か、その両方か。
「ほら、飲みなさい。肝臓が可哀想」
「うう……行冥の奴……岩柱になったと思ったら、酒柱になりやがって……」
「涙と酒で生きてる生き物だから、仕方ないわね」
灯羽は、医学書を片手に、冷静に俺を診ている。
「顔色は最悪ね。脈は早いけど乱れてはいない。まあ、死にはしないわ」
「それ、医者の言うセリフじゃねえぞ」
「私、まだ免許取ってないから」
さらっと恐ろしいことを言う。
一年の間に、灯羽は俺の知識と自分の超加速思考を使って、医学系の本を読み漁っている。
すでに、教科書レベルなら暗記済みだ。
「なあ、灯羽」
「何?」
「……本当にバレないな、お前」
そう言うと、灯羽は本から目を上げて、平然と言う。
「当たり前でしょ。私はクソザコナメクジよ?」
本人が一番強いワードで自分を説明している。
「鬼のくせに、どれだけ『遺体』を食べても、身体能力が全然上がらない。気配も、この辺の虫と大差ない。悲鳴嶼さんなんて、ずっと私のことを『か弱く、儚い人間の娘』だと思ってるんだから」
「か弱い、ねえ……」
灯羽がこの一年でやらかしてきた数々の所業を思い返す。
血鬼術の遠隔支援で鬼を秒殺し、俺の任意操作を実現し、遺体の処理を一人で担当し、現場検証までやっている。
か弱いどころか、現場のロジスティクスを一手に担っている黒幕じゃねえか。
「医者としての設定も完璧よ」
灯羽は、さらりと話を続ける。
「血や薬の匂いがしても怪しまれないし、夜中に出歩いても『往診』で通る。あなたが任務に行っている間、私は村や街で診療してる。だから、余計に『人間』として信用されるの」
「鬼殺隊の隊士が、医者の奥さんを連れて歩いている、ってわけか」
「そう。だから、バレない」
灯羽は、少しだけ目を伏せる。
「それに……あなたのそばにいると、あの人たちから、私は『守られる側』に見えるのよ。悲鳴嶼さんも、育手さんも。みんな私を『守るべき人間』として扱ってくれる。それは、少しだけ、嬉しい」
その横顔を眺めながら、俺の胸の奥で、何かが決まる音がする。
一年。
俺たちは、生き残り続けた。
互いの「バグ」を、組み合わせて。
「なあ、灯羽」
「ん?」
俺は、薬湯の湯呑を畳に置き、彼女の正面に向き直る。
「……そろそろ、本気で結婚しないか」
灯羽の指が、本のページの上で止まる。
時間が、ひと呼吸分だけ固まる。
ゆっくりと顔を上げた灯羽は、俺をじっと見つめ、ふうっと長い息を吐く。
「……はあ」
「そのため息、やめろ」
「あなた、本気で言ってるの?」
「本気だ。もう『夫婦』ってことであちこちに紹介してるし、宿でも村でも医者と隊士の夫婦で通してる。だったら、ちゃんと形にしたほうがいいだろ」
灯羽は立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちする。
目が細い。
嫌な予感しかしない。
「いいこと、定次郎」
「お、おう」
「あなたみたいな才能ゼロの男の嫁になってやれるの、この世で私しかいないのよ?」
「は?」
「だいたいね、あなたの『バグ』の多さ、見た?鬼も人も、あちこちで『才能』を振り回してる世界で、『呼吸が使えません』『気配が読めません』『刀の色も変わりません』って、どんな縛りプレイよ」
「縛りプレイ言うな」
「そんな男に、『OS』ごと人生預けてる女、世界中探しても私一人よ?私がどれだけレアか、理解してる?」
「お前、自分で言うなよ」
「それに、私だって、もっと才能のある男に乗り換えることだってできたんだからね?」
灯羽は、わざとらしく遠くを見る。
「例えば、悲鳴嶼さんとか。あの人、身体も魂も超一流だし、きっと鬼でも抱きしめられる。物理的には潰れるけど」
「最後の一文で全部台無しだぞ」
「なのに私、わざわざ、OSバグのあなたを選んであげてるの。もっと感謝しなさいよね」
口の中に、キレの良い罵倒の言葉がいくつも浮かぶ。
浮かぶが、どれも言葉にならない。
(ムカつく)
(こいつ、本当にムカつく)
だが、灯羽は、そこでふいに力を抜く。
仁王立ちの姿勢から、そのまま俺の胸の中に飛び込んでくる。
「お、おわっ!」
「……でも、愛してる」
さっきまでの毒舌が嘘みたいに、灯羽の声は小さい。
「あなたみたいなバグじゃなきゃ、ダメなの」
しばらく黙って灯羽の頭を撫でる。
指先に伝わる髪の感触も、腕の中の細い身体の重さも、一年前から何度も確かめてきたはずなのに、今は全然違うものに感じる。
「……ああ、知ってる」
それだけ言って、俺は彼女を抱きしめ返す。
灯羽の指が、隊服の背中をぎゅっと掴む。
数日後。
悲鳴嶼寺。
いつもの縁側。
俺は、湯呑に茶を注ぎながら、さらっと爆弾を投げる。
「というわけで、行冥。俺、灯羽と結婚することにしたから」
行冥の手が止まる。
湯呑が、口元で固まる。
次の瞬間――
「ぶっふぉおおおおおおおおおお!!!」
見事な茶の噴水だ。
「おい、茶ァ!」
「け、け、け、結婚……!?君が……灯羽殿と……!?」
行冥は震える手で湯呑を置き、ガタガタ言いながら立ち上がる。
「うわあああああああん!!定次郎オオオオ!!!」
知ってた。
あまりにも予想通りで、逆に安心する。
「はいはい、泣くな岩柱」
「君みたいな才能ゼロで、諦めが悪くて、面倒で、かわいそうな男を……!灯羽殿は……受け入れてくださったのだな……!」
「言い方ァ!」
行冥は、俺の肩を掴んでぶんぶん揺らす。
「ありがとう……ありがとう灯羽殿……!」
「いや、それ俺じゃなくて灯羽に言えよ」
「もちろんだ!!」
行冥は、道場の奥で待たされている灯羽のところへ、地響きを立てて突進する。
慌てて追いかける。
道場の真ん中で、灯羽(擬態中)が正座している。
さすがに緊張しているのか、背筋がいつもより固い。
そこへ、巨体の岩柱が正面から迫る。
「灯羽殿!!!」
「ひゃ、はいっ!?」
行冥は、その場にドン、と膝をつき、灯羽の手を包み込む。
「あなたは……なんと尊いお方だ……!」
「え?あ、あの……」
「こんなにも才能がなく、バグだらけで、すぐに諦めては理屈をこねて、しかしそのくせ誰よりも諦めが悪い、矛盾の塊のような友を……あなたは……!」
「表現の仕方!」
「受け入れてくださった……!!!」
行冥は、そこで完全に決壊する。
「ありがとう!!ありがとう灯羽殿オオオオオオ!!!」
言うが早いか、灯羽を、その岩のような腕で抱きしめる。
「あ、あ、あべしっ!!」
灯羽の背骨が、明らかに不穏な音を立てている。
『さ、定次郎オオオオオ!!OSが!ハードごとクラッシュするうううう!!』
頭の中に、超高速の悲鳴が飛び込んでくる。
「やめろ岩柱!!お前の友情は物理的に人を殺す!!」
慌てて二人の間に割って入り、灯羽を引き剥がす。
行冥は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、それでも満面の笑みを浮かべている。
「……定次郎」
「なんだよ」
「君は、幸せになるべきだ」
「お、おう」
「君のような男に、『妻』ができるとは……私は思っていなかった」
「正直だな!」
「だからこそ、心から嬉しい。灯羽殿。どうか、定次郎を頼む」
行冥は、今度はそっと灯羽の前で頭を下げる。
灯羽は、さすがに礼儀をわきまえているのか、ぺこりと頭を下げ返す。
「……はい。任せてください」
その言葉を聞いた瞬間、行冥の涙が、さらに勢いを増す。
「うわああああああああああ!!!」
寺の床板の隙間から、水たまりがじわじわ広がっていく。
俺は、ため息をつきながら、その光景を眺める。
(岩柱)
(甲)
(結婚)
どれも、昔の俺から見れば、縁のない言葉だった。
呼吸も才能もない、ただのバグだらけの男が、ここまで来るなんて、想像もできなかった。
今、俺の背中には、巨大なリュックはない。
今日は寺だから、灯羽は普通に隣に座っている。
それでも、俺の中のOSは、完全に彼女と同期している。
『ねえ、定次郎』
『なんだ』
『幸せね』
『……ああ』
涙のダムを背負った親友と、クソザコナメクジを自称する天才OSと一緒に、これからもバグだらけの人生を歩いていく。
俺の周りには変なやつしかいない。