才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~   作:この俗物怪物くん

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最終選別と『運命(バグ)』の出会い

育手の家の土間に、ぴんと張りつめた空気が漂っている。

 

 俺と行冥は正座して、目の前の育手――あの険しい顔のジジイ――の言葉を待っている。

 

 この一年で、俺の「居合」のタイムは三十四秒から二十八秒まで縮まっている。地味に、いや、俺基準だととんでもない快挙だ。一方、行冥はというと、もはや「人間」ではなく「災害」だ。あれは台風とか地震とか、そういうカテゴリの存在だ。

 

 育手が、わざとらしく一つ咳払いをする。

 

「さて、行冥」

 

 その名を呼ばれ、行冥はぴくりと背筋を伸ばす。盲目のくせに、姿勢だけで緊張しているのが分かるのがムカつく。

 

「お前には最終選別を受けてもらう。もう十分すぎるほどの実力はついている。……むしろ、定次郎を待っていたから、遅いくらいだ」

 

 さらっと余計な一言を乗せてくるあたり、本当に性格が悪い。

 

(余計なお世話だ!! 俺はまだ二十八秒かかるんだぞ!)

 

 心の中で全力でツッコむが、口には出さない。出した瞬間、「居合(五十秒)」になるまで素振りを増やされる未来しか見えない。

 

 育手の視線が、じろりと俺に向く。

 

「……仕方ないから、定次郎も連れて行け」

 

「はあ!? 俺はまだ無理だっつ――」

 

 文句を言いかけたところで、ぴしゃりと一喝が飛んでくる。

 

「うるさい。そうしないと、お前たちは寿命で死ぬまでここで修行している気がする。定次郎は行冥に守ってもらえ。いいな、行冥」

 

「はい……! 定次郎の『魂』は、私が命に代えてもお守りします……!」

 

 隣で滂沱の涙を流しながら、行冥が力強く頷いている。床板がちょっと湿ってきている。やめろ、家が腐る。

 

 育手はさらにため息をつき、俺を指差す。

 

「それと定次郎。お前は合格したら『隠』になれ。お前の『頭脳(東大)』なら、後方支援で役に立つ。万事解決だ」

 

(絶対に……! 絶対に面倒になっただけだろあのオヤジィィィ!!)

 

 俺の心の叫びは、今日も誰にも届かない。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 藤襲山(ふじかさねやま)の麓は、想像以上に幻想的な場所だ。

 

 夜の闇を乱暴に切り裂くように、藤の花が一面に垂れ下がっている。いい匂いがする。ここだけ切り取って「花見会場です」とか言われたら、信じるレベルだ。

 

 そんなロマンチック空間の片隅で、俺は育手に無理やり渡された日輪刀を腰に差し、行冥の方をにらむ。

 

「……いいか、行冥。お前は強い。だが絶対に油断するなよ。生き残れ。俺はここで待っているからな」

 

へらっと笑って送り出す俺。うん、我ながら親友力が高い。

 

 本来なら、ここで「任せてくれ」とか言って、行冥が颯爽と藤のカーテンの向こうに消える。そういう感動シーンになるはずだ。

 

だが、俺のクソ親友は、期待を一ミリも裏切らない方向で裏切ってくる。

 

「うわあああああああん!! だめだ、定次郎オオオオオ!!」

 

「はあ!? なんでお前が泣くんだよ! 行けよ!」

 

 行冥は俺の手首をがっしりと掴んだまま、号泣している。藤の花と涙のせいで、周囲が湿度マックスだ。

 

「君を一人、この『麓』に置いていくなど! 不安で! 不安で! 私は戦えない!!」

 

「いや、俺は戦わないんだから安全だろ!?」

 

「君のその『才能のなさ(OS)』は、平地で転んで頭を打つ可能性さえある!私の『目(心眼)』が届かぬところで君が死ぬなど、耐えられん!!」

 

「理屈は分からんでもないが納得はできねえ!!」

 

 俺の抗議を華麗にスルーして、行冥は俺の手首を掴んだまま、受付の方へずるずると引きずっていく。

 

 藤の花より目立つのは、泣きながら成人男性一人を引きずっていく巨体の坊主だ。完全に怪奇現象だ。

 

「ちょっ……!待て!行冥!お前のその涙はなんだ!?嬉し泣きか!?悲し泣きか!? 俺を引きずっていくその腕力!!おかしいだろ!!」

 

 受付には、すでに数名の候補生が集まっている。その中に、一人だけ雰囲気の違う少年がいる。病弱そうな細い体に、柔らかな笑み。けれど、その存在感だけで周囲の空気が少し変わっている。

 

 

行冥が、その少年に気づき、慌てて深々と頭を下げる。

 

「あ……! お館様! ご無沙汰しております!」

 

 

 少年――産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)が、穏やかに頷く。そして、半分引きずられて半分土を擦っている俺の方を見て、心底心配そうに眉を下げる。

 

「……定次郎。行冥から、君の『折れない心』については聞いているよ。……だが、その、あまりにも『衰弱』した顔……。大丈夫かい? 無理をしてはいけないよ……」

 

(衰弱じゃねえ!こいつに引きずられたんだ!)

 

「あ、いえ、俺は――」

 

「お館様!彼は大丈夫です!私が、必ずや彼を守り抜きます!」

 

(お前のせいだよ!!)

 

 俺のツッコミは、今夜も藤の花の間に吸い込まれていく。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 選別は、淡々と説明されて、淡々と開始している。鬼がうじゃうじゃいる山の中で七日間生き延びろ、という分かりやすくも理不尽なルールだ。

 

 そして、開始五分で。

 

(はぐれた……!!)

 

 俺は今、一人で山の中をさまよっている。

 

 原因はもちろん、俺のOSだ。さっきまで行冥が横にいて、「定次郎! 右だ!」と叫んでくれたまでは良かった。そこまでは完璧だ。

 

 問題は、その先だ。

 

(右だ、と言われているのに、身体が左に突っ込むのはなんでなんだよ俺ぇぇぇ!!)

 

 結果、俺は綺麗に谷――というほどでもない、ただの窪地――に転がり落ちて、見事にはぐれている。

 

(死ぬわ!絶対死ぬわ!俺の死亡フラグ、善逸以上に絶対だわ!あいつは『雷の呼吸』が使えるけど、俺は『呼吸(使えない)』だぞ!)

 

 枝を踏む音にびくっと肩が跳ねる。心臓が、全集中しなくても勝手に高速で鼓動している。やめろ、寿命が縮む。

 

(ガサッ!!)

 

 茂みの向こうから、何かがこちらへ出てくる気配がする。

 

(……と言ったそばから、鬼だ!!!)

 

 喉がごくりと鳴る。思わず日輪刀の柄に手をかけるが、さっきのすっぽ抜け未遂を思い出して、握力が若干迷子になる。

 

 だが、月明かりに照らされて現れたそいつは、俺が想像していた「異形」ではなかった。

 

 黒髪を長く垂らし、白い肌に、整った顔立ち。人間だった頃は、絶対にモテているタイプだ。夜目にもはっきり分かるほどの美貌だ。

 

(……やたらと美人だ……。国の一つや二つ、落とせそうなくらいだな……。っと! やべえ! 死ぬ!!)

 

 見とれている場合ではない。あれは鬼だ。鬼だから、食われる。食われたら終わりだ。学歴も東大も関係ない。

 

女の鬼は、震える声でこちらを見る。

 

「み、見つけたぞ、人間……!」

 

そして、ぎこちなく膝を曲げ、地面を蹴る。

 

「食ってやる!」

 

全力で踏み込もうとする、その一歩目。

 

「……よし、来るなら来い。俺の『居合(二十八秒)』で――」

 

などと格好つける暇もないくらい、派手にコケた。

 

ズシャアァァァ!!

 

実に見事な顔面ダイブだ。スローモーションで見たいレベルの綺麗なすっ転び方だ。

 

「ふぐっ!?」

 

 地面に鼻をぶつけた鬼が、変な声を出して転がっている。鼻先に、ちょっとだけ血が滲んでいる。

 

「………………は?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

 鬼は涙目になって顔を上げる。

 

「い、痛い……!くっ……!よくもやったな人間!」

 

(俺、何もしてねえんだけど!?)

 

 心の声が、盛大に裏返る。

 

 女鬼は、鼻を押さえながら俺をにらみつけようとするが、鼻血と涙で目元がぐしゃぐしゃで、迫力がゼロだ。

 

「こ、今度こそ、食ってやる!」

 

(ど、どうやらこいつ……身体能力が、クソザコナメクジだ……! 俺と同じか!?)

 

 嫌な親近感が胸の奥でうずく。

 

(……だが、鬼は鬼だ! 斬る!)

 

 俺は覚悟を決め、育手の元で一年半磨き続けた「居合(二十八秒)」を放つべく、日輪刀に手をかける。

 

「……(まだ名前はない)!!」

 

 全集中。任意操作フル稼働。右腕の上腕二頭筋出力二十七パーセント、前腕の屈筋群三十三パーセント、手首角度四十五度ロック、握力キープ――

 

 スッポォォォン!!!

 

 いつもの嫌な音が、月夜の森にこだまする。

 

 日輪刀が、見事な放物線を描いて、俺の手からキレイにすっぽ抜け、明後日の方向の木に突き刺さる。

 

「………………あ」

 

 世界から、音が消える。

 

 鬼も動きを止め、ぽかんと口を開けている。

 

「い、今の、何……?」

 

 丸腰になった俺を見て、女鬼の表情(というか、涙まみれの顔)が、みるみるうちに「チャンス!」のそれに変わる。

 

「チャ、チャンス!今だ!喰らえ!」

 

 彼女は、爪を立てて飛びかかる――つもりで、全力で跳ぶ。

 

 ドカッ!

 

「ぐふぅ!?」

 

 見事に、俺の遥か斜め上にあった岩に頭から突っ込み、再び転がっている。さっきよりダメージが大きそうだ。額からも血が出ている。

 

 俺は、無言で刀の方へと走る。いや、走ろうとして、足がもつれてコケる。痛い。

 

 ……その後、しばらくの間、俺たちは「戦おうとして戦えない」という、前代未聞の茶番を繰り広げる。

 

 俺が刀を構え直すと、踏み込む足がもつれてコケる。

 

 女鬼が襲いかかろうとすると、木にぶつかってコケる。

 

 俺がようやく斬りかかろうとすると、刀の軌道がズレて地面を斬る。

 

 女鬼が血鬼術を使おうと気合いを入れるが、何も起きない。本人は「えっ?」と首をかしげている。多分、発動していない。

 

 やがて。

 

 お互い、数メートル離れた場所で、同時に膝から崩れ落ちる。

 

「……なんだ、これ……」

 

「……なんなのよ、もう……」

 

 息が上がっているのに、全然「戦った」気がしない。不思議な疲労感だ。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 木々の間を抜ける風が、二人の間をひゅうと通り過ぎる。

 

 奇妙な沈黙が流れる中で、俺は目の前の女鬼をじっと見る。

 

(……なんだろう。この鬼……。すごく、親近感があるな……)

 

 普通、鬼に親近感なんて覚えない。覚えたら終わりだ。だが、こいつから漂うのは、「恐怖」とか「殺意」よりも、圧倒的な「不器用さ」だ。圧倒的な「残念」の気配だ。

 

(俺と同じ、『才能(ゼロ)』の匂いがする……)

 

 女鬼も、どうやら同じことを感じているようだ。額をさすりながら、恐る恐る口を開く。

 

「あ、あの……」

 

「……なんだよ」

 

「あなた、もしかして……」

 

 彼女は、少し言いよどみ、それから覚悟を決めたように言う。

 

「……すごく、『不器用』……じゃない……?」

 

 カチン、と、何かが俺の中で鳴る。

 

「うるさい!お前こそ、鬼のくせに、なんでそんなにドジなんだよ!」

 

「し、仕方ないじゃない!この身体、全然、思った通りに動かないんだから!」

 

 その一言に、俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 

(……今、こいつ……『思った通りに動かない』って……言ったか……?)

 

 俺の一番深いところに突き刺さる言葉だ。何年も、何兆回も心の中で唱え続けてきた呪いのフレーズだ。

 

「……お前」

 

 自然と、声が低くなる。

 

「鬼になったのに、弱すぎて……。他の鬼にも馬鹿にされて……人間さえ、狩れない……」

 

 女鬼は、うつむいたままぽつぽつとこぼす。肩が小刻みに震えている。

 

「この山にいる鬼たちだって、みんな強いのに……私は、いつも出遅れて、滑って、転んで……。人間を追いかけても、気づいたら自分の足を踏んで転んでいるの……」

 

 目に浮かぶ。鬼たちの中で、一人だけドジって転がる彼女の姿が。いや、笑いごとではないのだが、あまりにも絵が分かりやすい。

 

 俺は、ゆっくりと立ち上がり、明後日に飛んでいった刀を拾い上げる。そして、ゆっくりと抜いて、ゆっくりと鞘に戻す。

 

 もう、この鬼を斬る気は完全に失せている。

 

「……お前、名前は?」

 

「え?」

 

 女鬼が顔を上げる。月明かりと鼻血と涙で、顔がとんでもないことになっている。

 

「あ……ええと……。私の名前は、灯羽(とわ)……。灯りの灯に、羽根の羽……。あなたは……?」

 

「俺は……松田定次郎」

 

 互いに名乗った瞬間、胸の奥で何かがかちりと噛み合う音がする。

 

(その出会いが、俺の『OS(才能ゼロ)』を、世界最強の『バグ』へと変える、運命の出会いだと知ったのは――)

 

 それを俺が本当に理解するのは、もう少し後のことだった。

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