才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~ 作:この俗物怪物くん
藤襲山の夜は、静かだ。
……静かすぎて、さっきまでのドタバタが全部夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。
俺と、目の前の女――鬼の灯羽(とわ)は、互いに「こいつ戦闘力ゼロだな」と理解して、妙な休戦状態に入っている。
いや、正確に言うなら「戦えないから休戦するしかない」が正しい。
地面に尻をつきながら、俺は膝をさすっている。膝小僧には、さっき転んだ時の擦り傷がしっかり残っている。ヒリヒリする。マジで痛い。
目の前では、灯羽が鼻血を押さえながら、岩にもたれて座り込んでいる。こいつはさっき、自爆で顔面から転んだ。敵の攻撃じゃない。自爆だ。
「……ったく。まさか鬼相手に、親近感を覚える日が来るとはな」
思わずぼやくと、灯羽がムッとした顔でこちらを見る。いや、正確にはちょっとずれる。距離感も若干バグっているらしい。大丈夫かこの鬼。
「失礼ね。私だって、あなたみたいな『才能ゼロ』の人間に、ここまで苦戦するとは思わなかったわ」
「どの口が言うんだよ」
俺がジト目で返すと、灯羽は「むーっ」と唇を尖らせる。その拍子に、またバランスを崩して手をつき、わずかに手のひらを擦りむく。
「いって……」
「ほら見ろよ。鬼のくせに自傷ダメージしか受けてねえじゃねえか」
「うるさいわね!」
そう言いながら立ち上がろうとして、今度は足元の石につまずいて尻もちをつく。何度目だ、それ。
俺はため息をつきながら、自分の膝に薬草を当てて布で巻く。応急処置くらいは慣れたもんだ。才能ゼロの肉体で生き残るには、この辺のスキルだけは無駄に上がっていく。
「……本当に鬼なのか、お前。さっきのドジっぷり、俺の身体(OS)のバグさ加減といい勝負だったぞ」
軽口のつもりで言った一言が、どうやら灯羽の琴線を盛大に弾いたらしい。
「バグですって!?」
ぱっと目を見開いた灯羽が、ガバッと身を乗り出す。勢い余って、額が俺の頭にゴツンと当たる。
「いってええええ!」
「いったぁ……!」
人間と鬼が同時に頭を押さえて転がる。何やってんだ俺たち。
灯羽は涙目で額をさすりながら、なおも怒りを止めない。
「あなたに言われたくないわ! 私の身体、マジで小学生以下なのよ! この前なんて、山で迷ってた十歳くらいの女の子に力比べで普通に負けたんだから!」
「十歳児に負ける鬼って何だよ……」
「ひどいでしょ!? 多分、箸より重いもの、まともに持てないわ、私! 鬼なのに!」
「それもう、鬼やめて駄菓子屋でバイトした方がいいんじゃねえか?」
ぽろっと本音が口をつくと、灯羽の目が途端に潤む。あ、まずい。これは――
「……う……ひどい……」
ぽたり、と大粒の涙が落ちる。
「わーん! 言うと思った! そうやってみんな言うのよ! だって……お腹すいたんだもん……!」
「うわ、泣いた!」
鬼がわんわん泣いている光景は、ホラーではなく、もはやコントだ。俺は慌てて両手を振る。
「あー、悪かった! 言い過ぎた! お前の人格をバカにしたわけじゃねえから!」
「身体はバカにしたのね……」
「そこは否定しねえけど!」
でもまあ、さすがにこのまま放置するのは忍びない。
俺は懐から、支給された携帯食料――握り飯を一つ取り出す。人間の非常食だが、まあ鬼でも腹の足しにはなるだろう。というか、この様子だと餓死しそうだ、鬼の分際で。
「ほら。食うか?」
「……いいの?」
「どうせ俺は今、胃がキリキリして何も入らねえしな。緊張で」
軽く肩をすくめて、俺は灯羽に向かっておにぎりを放る。ふんわりと優しい軌道だ。小学生でも取れるレベル。
「ほら、いくぞ――」
「え? え? ちょ、ちょっと待っ――むぐっ!?」
――ドゴッ。
見事に顔面キャッチを決めた灯羽が、半泣きになりながらおにぎりまみれになっている。
「……お前、本当に東大(おれ)の方がマシなレベルで才能ないな」
「な、何するのよ! ひどくない!? 普通、手に向かって投げない!?」
「ちゃんと手元狙ったわ! お前の身体(OS)がトンチキなだけだ!」
俺がげんなりして言うと、灯羽はぷるぷると震えつつ、床に落ちたおにぎりを拾い上げる。鬼だからか、衛生観念はあまり気にしていないようだ。まあ、地面に落ちても五秒ルールだ。たぶん。
もぐもぐとおにぎりを頬張りながら、灯羽がじっと俺を見つめてくる。いや、さっきよりはちゃんと合ってる。視力はあるのか。
「……あなた、本当に変わってるわね」
「どこがだよ」
「その頭脳。戦いには向かないけど、説明の仕方がやたら専門的だし。『OS』とか言う人間、初めて見たもの」
「ああ、それは前世――いや、なんでもねえ」
危ない危ない。転生者ムーブをうっかり漏らすところだった。
俺は咳払いして、言葉を濁す。
「とにかく。俺は身体(ハードウェア)は鍛え抜いてるんだよ。筋肉量だけなら、うちのクソ親友(行冥)とそこまで差はねえ。だがな――」
俺は自分の肩を指でつつく。
「この『OS』が、致命的にバグってる。『腕を上げろ』って思うだけで腕が上がるみたいな、普通の人間の当たり前が、俺にはない」
「ふうん?」
「だから全部、意識して命令してる。『上腕二頭筋三十パーセント収縮、三角筋前部十パー固定、手首四十五度でロック』みたいな感じでな」
「……」
灯羽の箸(というかおにぎりを握る指)が止まる。
「……あのね、定次郎」
「なんだよ」
「それ、普通の人間は、やらないわよ」
「知ってるわ!!」
思わず叫ぶ。だから苦労してんだよ!
灯羽は、くすりと笑ってから、おにぎりの最後の一口を飲み込む。そして、ほんの少しだけ真面目な顔になって、ぽつりと呟く。
「でもね。私は、あなたと違って――『才能』は、あるの」
「才能? ドジっ子としての?」
「違うって言ってるでしょ!」
むっとしながらも、どこか誇らしげに胸を張る灯羽。胸は相変わらず控えめだが、姿勢だけは堂々としている。
「私、血鬼術が使えるのよ」
「……は?」
思わず間抜けな声が出る。
「お前、人をほとんど食ってないんだろ?」
「ええ。無惨様に鬼にされて、最初に用意されてた人間一人しか食べてない。でも、それだけで血鬼術が発現したの。すごくない?」
「いや、それ普通にすごいだろ」
さすがは鬼。ポテンシャルだけはえげつない。
俺が感心していると、灯羽は少し得意げに顎を上げる。
「私の血鬼術はね――『思考を加速できる』の」
「思考加速……!」
その言葉に、俺の脳内で何かがバチンと音を立てる。
(思考加速だと!?)
心の中で、前世の知識が一斉にざわつく。SFだの能力バトルものだの、人類のロマンを乗せてきたあの単語だ。
(それ、もし俺にかけられたら――)
俺の「任意操作(マニュアル)」による細かすぎる筋肉コマンド。唯一の欠点は、演算にやたら時間がかかることだ。だから居合が二十八秒とかいうギャグみたいなタイムになる。
(その演算速度が、上がるってことか!?)
もしそれが可能なら、俺の「OS」は、バグっているどころか、ある意味チートになり得る。そんな妄想が、一瞬で頭を駆け巡る。
だが――
「……まあ、思考加速してもね」
灯羽は肩を落とし、枯れた笑いを漏らす。
「この身体が貧弱すぎて、敵の攻撃にすら平気で後れを取るのよ。頭の中だけ『早送り』で、体は『スロー再生』のままって感じ。すっごいストレスたまるわよ?」
「……だろうな」
想像しただけで胃が痛くなる。俺の逆パターンだ。
脳だけ最強で、体がクソザコ。なるほど、それは確かに「残念美女」だ。
「それにね」
灯羽は、少しだけ視線を落としながら続ける。
「私、あまりに弱すぎて、役に立たないからって……無惨様からも呪いを外されちゃったの」
「……は?」
「『お前はもう好きにしろ』って。あの臆病な人が、わざわざ呪いを解除してくれたのよ? どれだけ哀れだと思われてたのか、察してほしいわ」
なんだその、ブラック企業から「君はもう来なくていいよ」と言われた派遣社員みたいな悲しい話は。
(でも――)
俺の背筋に、ひやりとした鳥肌が立つ。
(無惨の呪いが、外れている)
つまり、この鬼は、無惨の監視下にいない。鬼でありながら、自由の身だ。これはある意味、世界でもレアすぎる「安全な鬼」だと言っていい。
(チートどころか、仕様の穴をくぐり抜けたバグキャラみたいな存在だな……)
俺が考え込んでいると、灯羽がふと顔を上げる。
「ねえ、定次郎」
「なんだ」
「あなたは、身体(ハードウェア)は鍛え抜いてる。だけど、OS(神経)がバグってて、まともに動かせない」
「ああ」
「私は、OS(思考加速)は最強クラス。でも、身体(ハードウェア)がクソザコナメクジ」
「そうだな」
互いにため息をついてから、同時に目を合わせる。
カチリ。
どこかで、歯車が噛み合うような音がした気がする。
「…………もしかして」
二人の口から、同じ言葉がこぼれる。
「俺たち二人で――」
「私が『頭脳』と『OS』を担当して――」
「俺が『身体』を、お前の演算どおりに動かせば――」
「「最強になれるんじゃない!?」」
言った瞬間、全身にぞわっと鳥肌が立つ。
バカみたいな発想だ。けれど、それはこれまで生きてきて、一度も感じたことのない「可能性」の匂いを放っている。
(俺の手足を、こいつの加速した思考で動かす)
灯羽の高速演算を、俺の細かすぎる任意操作にダイレクトに流し込むことができたら――
それはつまり、「バグ同士のシステム連結」だ。
仕様外。想定外。作者の想定をぶっちぎる予想外。
大好きなワードが脳内で踊る。
「……やるか?」
思わず、喉の奥から出た言葉に、自分で驚く。
俺は、鬼と手を組もうとしている。しかも、自分でもバグだと自覚している相手とだ。
普通の鬼殺隊候補なら、絶対に選ばない選択肢だ。
だけど、俺は――普通じゃない。
灯羽は、ほんの一瞬だけ迷うように瞬(まばた)きしてから、ふっと笑う。
「ふふ。面白そうね」
その笑顔は、さっきまでの泣き虫でポンコツな鬼とは少し違う。どこか、いたずらを思いついた子供のような――あるいは、バグを見つけたプログラマーのような目をしている。
「じゃあ、決まりね。定次郎は『肉体』、私は『OS』。二人で一つの――」
「変態システムだな」
「そこは格好よく言いなさいよ!」
そんなくだらないやり取りを交わした、その時だった。
ガササササッ――と、茂みが大きく揺れる。
俺と灯羽が同時にそちらを向くと、そこには、さっきの灯羽とは比べものにならないくらい、いかにも「鬼です」という感じの醜悪な顔をした奴が立っていた。
体格もゴツい。腕は太く、爪は鋭く伸び、目は血走っている。いかにも人を食い荒らしてきました、みたいな、教科書どおりの鬼だ。
「ゲヒヒ……」
そいつ――雑魚鬼が、だらだらと涎を垂らしながらニタニタ笑う。
「こんなところで、人間と……鬼がおしゃべりかァ? いい夜だなァ」
舌で唇をべろりとなめ、雑魚鬼は灯羽を指さす。
「弱そうな鬼だなァ。お前から先に、喰ってやる!」
「ひっ!?」
灯羽が情けない悲鳴を上げて立ち上がる。もちろん勢い余って、半歩でコケる。お約束だ。
「おいおい!」
俺は慌てて刀の柄に手をかける。だが焦りで指がすべり、危うくまたスッポ抜けそうになって慌てて押さえる。
「くそっ、やべえ!」
雑魚鬼が地面を蹴る。さっきの灯羽とは違い、その動きにはちゃんとした速度と殺意がある。あれをまともに食らったら、俺も灯羽も一発アウトだ。
(まずい!)
思考が空回りしかけたその瞬間――
「定次郎!」
灯羽が、転がったまま、こちらに向かって叫ぶ。
「試すなら今よ! 私の血鬼術、あなたに『同期』させるわ!」
「はあ!? どうやるんだよそんなもん!」
「知らないわよ! でも、できる気がするの! とにかく――私を信じなさい!!」
いや、根拠は!? と叫びたくなるが、言っている暇はない。
雑魚鬼との距離は、もう十歩もない。
灯羽が、自分の胸元に手を当て、震える声で呟く。
「――血鬼術」
空気が、ビリッと震える。
「『思考加速』……他者同調(シンクロ)!」
灯羽の血が、ほの白く輝いて宙に散る。その光が、まっすぐに俺の胸へと飛び込んでくる。
「うおっ!?」
次の瞬間――
俺の世界が、完全に変貌する。
時間が、伸びる。
雑魚鬼の動きが、ぬるりとしたスローモーションに変わる。爪が空気を裂く姿が、まるで水中で手を振っているみたいに、くっきりと、ありえないほど細かく見える。
(……は?)
心臓の鼓動一つ一つが、やたらとゆっくりだ。ドクン、と鳴るその間隔の中に、俺の思考が何十回も往復している感覚がある。
(これが……灯羽の、思考加速……!)
頭の中が、恐ろしい速度で回転する。普段なら「上腕二頭筋三十パー」と呟くだけで数秒かかる演算が、コンマ何秒もいらない。いや、コンマ何秒という概念すら消える。
右足に、出力三十パー。左足に二十五。股関節、回転角度八度。重心を軸足の内側へ一センチ移動。腰をひねり、右腕を――
(――行ける)
今なら、このバグだらけのOSですら、世界のすべてをコマ送りで解析できる。
雑魚鬼の腕が振り下ろされる、その「前」に。
俺は、灯羽の演算をなぞるように、自分の肉体に次々とコマンドを叩き込む。
「…………!」
喉が震える。
刀を握る手が、久しぶりに「自分のもの」になった気がする。
灯羽の声が、遠くで響く。
『行きなさい、定次郎――私たちの初期化(ファーストブート)よ!』
世界が、白く弾ける。
そして――俺は、初めて、本当の意味で「動き出す」。