才能ゼロの俺、最弱の鬼(つま)と『同期』して最強へ至る ~呼吸が使えないので、思考加速(OS)と筋肉(ハード)の暴力で「柱」になりました~   作:この俗物怪物くん

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『共犯者』の夜明け

藤襲山の夜の空気は、しっとりと冷たい。

その闇の中を、俺は巨大なリュックを背負って、山道をゆっくりと、しかし一歩ずつ確実に進んでいる。

 

背中のリュックから、黒髪の女――灯羽(とわ)の頭が、ひょこっと出ている。

上半身だけリュックから出して、きょろきょろと周囲を警戒している。

 

(…傍から見たら、完全に不審者だな、これ)

 

「(ぜえ…ぜえ…)おい灯羽。 お前、体重は『小学生以下』って言ってなかったか? なんでこんなに重いんだ、このリュック」

 

「(リュックの中でふんぞり返りながら)失礼ね! 重いのは、あなたが詰め込んだ『七日分の荷物(おやつ含む)』よ!重いのは、あなたの『才能のなさ(心配性)』のせい!」

 

「うるさい! 才能(OS)がバグってる俺には、準備(マニュアル)が必要なんだよ!」

 

(行冥のやつも心配性だが、俺も大概だな。でも、仕方ないだろう。俺の身体は「想定外のバグ」を常に吐く。保険をかけられるところには、全部かけておきたいんだ)

 

「でも、結果的にこうやって運んでもらえて、私は嬉しいけどね」

 

「…せめて『軽くなる血鬼術』とかないのかよ」

 

「ないわよ! あったら、とっくに使ってるわ!」

 

(灯羽の体力がクソザコナメクジすぎて、歩かせると五分でゼエゼエ言う。だからリュックに下半身をつっこんで、俺が運ぶ方式になっている。なんか、彼岸島の某隊長を思い出すが、それは墓まで持っていく)

 

やがて、ふたりは小さな洞窟にたどり着いて、一旦休憩する。

焚き火の火が、ぱちぱちと音を立てている。

 

定次郎は、携帯食料の缶詰を取り出して、缶切りに悪戦苦闘している。

 

「(プルプルしながら)…くっ…なんで缶切りが、まっすぐ入らねえんだ…!」

 

「(ため息)…もう。貸しなさい、この『不器用(バグ)』」

 

灯羽が缶詰をひったくる。

貧弱な腕力のくせに、血鬼術で「最適な角度」を演算して、最小限の力でカシュッと綺麗に蓋を開ける。

 

「はい、どうぞ。私の『OS』にかかれば、料理だって完璧よ」

 

「(むっとしながらも受け取る)……サンキュ」

 

(俺は缶詰ひとつまともに開けられない。でも灯羽は、身体は小学生以下なのに、頭脳と演算だけはチート級だ。だから調理担当が灯羽で、運搬と肉体労働担当が俺。……うん、これはこれで、かなり完璧な共生だ)

 

焚き火の明かりが揺れ、洞窟の外からは虫の声が聞こえている。

そんな中、茂みの向こうから、妙な足音と腐臭が近づいてくる。

 

「(リュックから顔を出し)…来るわ」

 

「わかってる」

 

闇の中から、ヨダレを垂らした雑魚鬼が二体、ぬるりと姿を現す。

 

「見つけたぞォ! 人間と、弱そうな鬼だァ!」

 

「ヒヒッ! まずはそっちの女から――」

 

「(すっと立ち上がる)灯羽、いつでもいけるか?」

 

「(すでに集中している)シンクロ開始!」

 

――世界が、再び静かになる。

 

灯羽の血鬼術によって、定次郎の時間が1000倍に引き伸ばされる。

雑魚鬼の動きは、笑ってしまうほどスローだ。

 

『右から来るわ。その後、左の鬼が飛びかかる。タイミングは――定次郎の体感で二秒ズレ』

 

(了解。じゃあ、二秒もあれば、充分過ぎる)

 

定次郎は、一体目の鬼の前に歩いて行き、刀の柄を握る。

「28秒」の居合動作を、1000倍速の世界で完璧に実行する。

刃が、静止した首を、線を引くみたいに通り抜ける。

 

同時に、左足が一歩滑る。

別角度から、二体目の首の軌道も、計算通りに斬り抜く。

 

現実世界では、ただの一瞬――

鬼たちが「うわっ」と吠える間もなく、ふたつの首が宙を舞う。

 

雑魚鬼たちの身体が、何が起きたか理解できない顔のまま崩れ落ちる。

 

「(血鬼術を解除し)…完璧ね」

 

「(息を整え)…ああ。俺たち、わりと最強じゃないか?」

 

「でしょ?」

 

(この最終選別、行冥がいなくても、余裕で生き残れる。そう、俺は本気で思っている。

 ――この時点では、な)

 

焚き火が小さく爆ぜ、藤の香りが夜風に流れている。

「共犯者」二人の夜が、静かに、更けていく。

 

 

◇◇

 

 

選別四日目の昼。

太陽は高いが、山の中は薄暗く、湿った土の匂いがまとわりついている。

 

リュックの中の灯羽が、さっきからおとなしい。

 

「……うぅ」

 

「おい灯羽。どうした。また雑魚鬼の気配か?」

 

灯羽は、ゆっくりと首を振る。

その顔は、青く、目の下にはクマまでできている。

 

「違うわ……ただ、お腹、すいた……」

 

「(ため息)…またかよ。昨日、鹿を一頭、なんとか仕留めたじゃねえか。あれでしばらく我慢しろ」

 

「(うるうるしながら)だって、獣の肉、クソまずいんだもの……」

 

「食べても、食べても、全然、満たされないのよ。砂利を噛んでるみたいで……。うう……人間が食べたい……」

 

その一言が、焚き火よりも重く空気を変える。

 

(灯羽は、理性で踏みとどまっている。結局おにぎりも食べられなかったしな。だが、鬼の本能は、人の血と肉を求めている。獣の肉では、どうしても足りない)

 

「定次郎……私、あなたと一緒に生きたいの。でも、このままだと、たぶん、ここで動けなくなる」

 

「……」

 

(俺は鬼殺隊になる。人を守る側だ。人間をわざと殺して灯羽に食わせるなんて真似、

 できるわけがない)

 

脳裏に、涙を流す行冥の顔が浮かぶ。

 

『君の心は、太陽のように輝いている…!』

 

(……あいつにだけは、胸を張っていたいんだ)

 

灯羽の腹が、ぐう、と鳴る。

その音が、えらく惨めに響く。

 

「……もう少しだけ我慢しろ。せめて、人間じゃないものを探す」

 

「(小さく頷き)……うん」

 

二人の会話を聞いているのは、木々と風と、遠くで鳴く鳥だけだ。

時間だけが、じわじわと削られていく。

 

 

 

◇◇

 

 

 

夕暮れ。

橙色の光が、木々の隙間から、細く射し込んでいる。

 

灯羽が、また口を開く。

 

「ねえ、定次郎。もう一つ、問題があるわ」

 

「……なんだよ。今は『食料問題』でCPUがフル稼働してるんだが」

 

「(リュックの口から顔だけ出し)私たち、このままいけば、選別を生き残れそうじゃない?」

 

「……まあ、戦闘だけなら、なんとかなりそうだな」

 

「じゃあ、聞くけど。どうやって、『鬼(わたし)』を連れて下山するの?」

 

「…………は?」

 

「麓には、鬼殺隊の人たちがいるんでしょ?『あ、どうもー。鬼連れてきましたー』って帰るの?」

 

「絶対、その場で斬られるわよ、私。ついでにあなたも、共犯者としてアウトじゃない」

 

(……完全に忘れていた)

 

(そうだ。これは「選別」だ。鬼と仲良くして帰るイベントじゃない。鬼を斬れる人間だけが、生きて山を降りる試験だ)

 

「…………」

 

東大法学部卒(首席)の脳が、ここに来てようやく本気を出す。

行冥の顔と灯羽の顔、天秤の皿に載せて、ぐらぐらと揺らす。

 

「……まずは、『形』からだな」

 

「かたち?」

 

「お前、自分の身体、どれくらい小さくできる?」

 

「(少し考えて)うーん……このくらい?」

 

灯羽の身体が、ぐにゃりと縮む。

十歳くらいの、痩せっぽちの少女の姿になる。

 

「よし。合格」

 

「何に?」

 

「『荷物の間に紛れ込むサイズ』だ」

 

定次郎は、巨大リュックを降ろす。

その中身――服、予備の水筒、缶詰、包帯など――をごそりと出し始める。

 

「ちょっと! なにやってるの?」

 

「魔改造だよ」

 

(俺の身体は、素早い戦闘には向かない。だが、ゆっくり、丁寧に動かす『作業』だけは、とことん正確にできる)

 

彼はリュックの内側に、荷物で「偽装の壁」を作る。

側面と背面に、缶詰や布を詰めて、外から覗いても「普通の荷物」にしか見えない構造にする。

中央部分は、灯羽が丸まって入るための空洞として残す。

空気穴も、目立たない位置に確保する。

 

「(感心しながら)……すごい。あなた、不器用なくせに、こういうのだけ異常に精密よね。なんか、キモいレベルで」

 

「褒め言葉として受け取っておく。俺の『任意操作』は、ゆっくりやれば完璧なんだよ」

 

「(素直に微笑む)じゃあ、その『完璧』で、私を隠してね。あなたの共犯者として」

 

灯羽は、縮んだ体でリュックの中に潜り込む。

定次郎は、外側からダミーの荷物を整え、慎重に紐を締め直す。

 

「よし。これなら、ちょっとやそっと覗かれても、バレないはずだ」

 

「(中からくぐもった声で)なんか、安心するわね。あなたの背中、暖かいし」

 

「……共犯者同士、沈むときは一緒だ」

 

「沈まないわよ! 浮上して東大合格しなさいよ!」

 

「もうしてるわ!」

 

二人の軽口が、少しだけ不安を誤魔化す。

だが「飢餓」の問題は、それでは済まない。

 

 

◇◇

 

 

 

灯羽の腹が、再び大きな音を立てる。

その顔色はますます悪く、血鬼術の精度も落ちてきている。

 

「ねえ、定次郎……。たぶん、あと一日ももたないわ。獣の肉だけじゃ、もう――」

 

「……」

 

そのとき、森の奥で、耳をつんざく悲鳴が響く。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

定次郎と灯羽は、顔を見合わせる。

 

「「……」」

 

「行くぞ」

 

「……うん」

 

ふたりは音のした方へ向かう。

木々の間を抜け、湿った土を踏みしめて進むと、

そこには、巨大な異形の鬼と、その足元に転がる候補生の遺体がある。

 

「ヒヒッ!今年は、いい肉だなァ……。骨の髄までしゃぶってやる……!」

 

鬼の口元から、生温かい血が垂れている。

候補生の腹部は既に大きく抉られ、呼吸は止まっている。

 

「(喉を鳴らす)……じゅるり」

 

「(灯羽の口を押さえ)静かにしろ」

 

(もう、息をしていない。この候補生は、俺たちが来る前に、とうの昔に死んでいる)

 

異形の鬼は、まだ上半身を喰らっている。

このままだと、骨の一本すら、山には残らない。

 

(このまま放っておけば、遺体は完全に喰われる。俺たちが手を下さなくても、同じ結末だ)

 

東大法学部卒(首席)の脳が、フル回転を始める。

 

(もし、俺が今あの鬼を斬ったら――食事中の鬼から、「獲物」を横取りすることになる)

 

(俺が殺すのは、鬼だけだ。人間を殺すわけじゃない)

 

(これは……人殺しじゃない。これは――)

 

「『横領』だな」

 

「え?」

 

「鬼から鬼への、餌の所有権移転。まあ、法学部的にはいろいろツッコミどころはあるが、少なくとも、俺は人の命を奪っていない」

 

「(小さく)……定次郎」

 

「灯羽。今から、あの鬼を狩る。お前は――」

 

「(ごくりと唾を飲む)あれを、食べるのね」

 

「……ああ。ただし、骨の欠片も残すな。全部、持っていけ」

 

「……そんなの、『供養』にならないわ」

 

「なるさ。このまま、あの鬼の腹の中でぐちゃぐちゃにされるより、お前が全部引き受けろ」

 

定次郎は、候補生の遺体に向かって、そっと手を合わせる。

 

「……悪い。俺は、鬼殺隊になる。お前の死は、絶対に無駄にしない」

 

灯羽は、震える声で問いかける。

 

「本当に、いいの……?あなた――」

 

「(食い気味に遮る)行冥には、胸を張って言う。『俺は、人は殺していない』ってな」

 

(俺の正義は、形が歪んでいる。でも、折れてはいない。……今は、まだ)

 

 

◇◇

 

 

異形の鬼は、まだ状況に気づいていない。

背を向けて、候補生の肩口にかぶりついている。

 

「灯羽。過去最速で片を付けるぞ」

 

「……了解。行きましょう、私たちの『完全犯罪』」

 

世界が、また静かになる。

血鬼術による、加速された時間。

 

定次郎は、鬼の背後に回り込み、刀に手をかける。

灯羽の「思考加速」が、鬼の筋肉の動き、骨格の軌道、

最も速く、最も痛みなく「斬り落とせるライン」を弾き出している。

 

『今。その角度で、一息で』

 

(了解――『神威』)

 

閃光が一筋。

現実世界では、ただの一閃だ。

 

異形の鬼は、自分が斬られたことに気づく前に、

頭と胴体を切り離され、砂のように崩れ落ちていく。

 

静まり返る森。

遺体と、定次郎と、灯羽だけが、そこに残る。

 

「……定次郎」

 

「……食え」

 

灯羽は、しばらく動かない。

やがて、ぎゅっと拳を握りしめ、目を閉じる。

 

「……いただきます」

 

灯羽は、数日ぶりに「本来の食事」にありつく。

その光景から、定次郎はそっと視線を外す。

 

夜の空は、東の端が、わずかに白み始めている。

 

(……行冥。俺は、お前に胸を張れるのか?それとも、もう、道を踏み外し始めているのか?)

 

(俺は、人は殺していない。そう言い張れるギリギリのラインで、鬼の共犯者として、立っている)

 

定次郎は、空に浮かぶ薄い光を見つめる。

 

(それでも、俺は決めた。灯羽を見捨てない。この『バグだらけ』の世界で、俺の『バグ』と、灯羽の『バグ』で、できるところまで足掻いてやる)

 

やがて、灯羽が戻ってくる。

口元を袖で拭い、少しだけ顔色を取り戻している。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「全部、食ったか?」

 

「ええ。骨も、髪も、なにも残ってないわ」

 

「……ひどい女だと思う?」

 

「思わない」

 

灯羽が、驚いたように目を見開く。

 

「お前は鬼だ。鬼として、当然のことをした。それを、『人間の基準』で責める気はない」

 

「……でも、あなたは人間よ」

 

「だったら、俺の罪だ。俺が選んで、許可して、命じた。全部、俺の責任にする」

 

「定次郎……」

 

「共犯者ってのはな。どっちも、同じだけ汚れなきゃ、不公平だろ」

 

しばし沈黙が流れる。

灯羽の目から、ぽろりと涙がこぼれる。

 

「……やっぱり、愛してるわ、定次郎」

 

「こんな状況で言うセリフか、それ」

 

「こんな状況だからこそ、よ」

 

定次郎は、頭をかきむしって、顔を背ける。

 

「……好きにしろ。とりあえず、お前が倒れないなら、それでいい」

 

 

◇◇

 

 

 

東の空が、ゆっくりと明るくなっていく。

藤の花が朝露をまとい始めて、紫のカーテンが、薄い光を透かしている。

 

定次郎は、魔改造済みのリュックを背負い直す。

灯羽は、その中に小さな身体で潜り込み、

外からは、ただの重そうな荷物にしか見えない。

 

「(中から小さな声で)定次郎」

 

「なんだ」

 

「……ありがとう。あなたがいなかったら、私は、とっくにここで死んでる」

 

「俺がいなかったら、お前はそもそもこんな面倒な状況になってない気もするけどな」

 

「ふふ。そうかもしれないわね」

 

「でも、もう決めたからな。俺は、『鬼殺隊』として山を降りる。お前は、『俺のOS』として、背中にくっついてこい」

 

「了解。世界一バグった『共犯者コンビ』として、ちゃんと最終選別を突破してあげる」

 

定次郎は、朝焼けに染まる山道を見つめる。

その先には、お館様と、鬼殺隊としての未来と、

そして――行冥が待っている。

 

 

(行冥。俺は、お前の隣に立つ。ただの「最強」じゃなく、『鬼と共犯の、クソみたいに矛盾した正義』を抱えた隊士として、だ)

 

(いつかきっと、全部バレる。その時、お前が俺を斬るか、それでも一緒に笑うか。それを決めるのは――その時の俺たちだ)

 

彼は、一歩、前に出る。

背中のリュックが、ほんの少し、軽く感じる。

 

「行こう、定次郎。夜が明けるわ。私たちの――『共犯者』としての朝が」

 

「……ああ。行こうか、相棒」

 

二人の影が、朝日に伸びて、

藤襲山の斜面に、ひとつの長い線を描いている。

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