逆行したヒカルと佐為が藤崎あかりを魔改造するお話 作:そとみち
葉瀬中みんなで挑んだ囲碁部の大会も終わり、夏休みを間近に控えた頃。
放課後、ヒカルとあかりはHRを終えて、並んで帰宅の途についていた。
「私達のプロ試験もそろそろだね」
「だな。夏休み中は囲碁部で集まらねーし、二学期からはプロ試験で公休取るし、ちっと寂しくなるな」
「練習試合には出来る限り参加したいね! 筒井さんも来るって話だし」
「ああ。部員も増えるといいんだけどな」
『前の世界では夏休み明けに男女一人ずつ部員が増えていましたっけね』
話題に上がるのは二人のこれからの事。
夏休み中、八月の中旬からプロ試験が始まる。
それまでに二人は更なる経験を積み上げなければならない。
故に、部活に顔を出す事も減る。これは事前に筒井にも三谷にも説明していたことだ。
三谷はその間、新入部員を探して、翌年の団体戦に備えるという話であった。
団体戦の楽しさを味わい、王者となった葉瀬中を背負う覚悟が出来ていた。
さて、改めてだがそういった理由で囲碁部の理科室での活動は夏休み明けまで減る事になる。
三谷は碁会所で囲碁の腕を磨き、筒井も受験勉強の合間を縫って碁会所に顔を出す予定とも聞いているので、まったく会わなくなることはないだろう。
しかし、ヒカルとあかりはこれまで以上に真剣に囲碁の鍛錬に取り組まねばと考えていた。
なにせプロ試験の相手はほとんどが院生になる。
自分たちが鍛え上げた院生だからこそ、油断も隙も無い。
間違いなくこの夏休みで、学生である院生たちはさらに実力を磨いてくるだろう。
立ち止まってはいられない。追い掛けてくる皆のためにも。
しかし、今日の物語はそこではなく。
ヒカルも佐為も忘れていた、日常の延長に近い物語である。
「ん」
「ん?」
「……止まって、ヒカル!」
「えっ?……うわっ!?」
教室棟から屋根付きの屋外通路を歩き、下駄箱のあるフロアへ向かっていたヒカルとあかりだが、あかりが何かに気付き、ヒカルのバッグを掴んだ。それによりヒカルが歩みを止める。
するとその瞬間、ヒカルの目の前に野球ボールが落ちて来た。
あかりは一歩離れたところでそれが飛んでくるのを見つけて、ヒカルを留めたのだ。
「あっぶね!」
「よかったぁ……こらー! 危ないですよー!!」
「ゴメンゴメン」
「そんなとこ歩いてる方がワリィんだよ!」
見ればグラウンドでは野球部が練習に励んでおり、それでファールボールが飛んできたという事なのだろう。
バットを持った少年は謝意を伝えたが、投げた側なのだろうグラブをつけた少年はまさかの煽る様な発言を繰り出していた。性根が終わっている。
その言葉に当然にしてヒカルもあかりも怒りを覚えるが────しかし、ヒカルはこのシチュエーションで、ようやくこの出来事を思い出した。
(あっ────これ、慶長の花器か!!)
『慶長の花器……ああ! そうでしたね、確かあの時はヒカルの頭にボールが当たって……!!』
これはかつての世界であった事件なのだ。
あかりと共に下校していなかったヒカルは野球ボールを頭にぶつけられ、その怒りでオレの方が上手く打てる! とバットを奪い、フリーバッティングで特大ファールを放ったヒカルは将棋部の部室に打ち込んでしまい、加賀の愛用の湯飲みを破壊して、怒鳴られて弁償することを約束した。
その後に湯吞を探してたまたま立ち寄った骨董品店にて、一つの印象深い品と出会ったのだ。
「なんなの、その言い草は! ヒカルの頭に当たってバカになったら責任取れ……」
「いいっていいって! あかり、気にすんなって! ぶつかってねーんだから」
「でも、ヒカル!」
「いーの。助かったよ、サンキュな。おーい、次から気をつけろよなー!」
「おー、マジですまねー!」
それを思い出せば、ここでキレる理由はヒカルには無くなっていた。
わざわざ将棋部の部室にファールボールをブチ込むこともない。
加賀とは前の世界以上に仲良くなっている。湯呑を割っても以前ほど怒らないかもしれないが、そもそも割る理由がない。
ただ、あの店には急いで行かなければならない。
今日という日のタイミングを逃したら、あの出会いが無くなってしまうかもしれないからだ。
そのため、ぷんぷん怒るあかりを宥めて、足早に手を引っ張って共に下校する。
学校から出て、未だにおこな様子のあかりに苦笑しつつも、ヒカルは唐突に提案を出した。
「なぁ、あかり。帰りにちっとデートしねぇ?」
「えっ!? ヒカルから言い出すなんて珍しい! え、どしたの? 実はボールが頭に当たってた?」
「ひでぇ。いいじゃん、大会も一段落したし、たまにはと思ってさ。実は前に佐為が一目見て気になってた店があって、そこ行くかなーって。一緒に来る?」
「それは微妙にデートじゃない! ……けど行く」
「さんきゅ」
『ダシに! 私がダシにされてる!!』
デートと称して向かう事であかりの機嫌を直すこともセットだ。ヒカルは腹黒い大人になってしまった。
などという冗談も置いといて、改めて二人で並んで街中へ向けて歩き出す。
未だに身長は僅かにあかりのほうが高い。早く伸びねぇかなぁ、と隣に並ぶ彼女の横顔を眺めて赤面させたりしつつも、目的の店にたどり着いた。
「ここだ」
「ここ……『古美術』? ……何の店?」
「骨董品とか売ってる古物商かな。気になるものがあるんだってさ」
「コブツショー。……ヒカル、難しい言葉知ってるね」
「ん。まぁ……チューガクセーだからな」
『また隙を晒して……』
(やかまし)
間違いない。5000円の値札が付いた湯飲みも置いてある。
ここで店主と一悶着二悶着あって慶長の花器を……という経過をヒカルは思い出していた。
高い値で売りつける悪徳店主なわけだが、確か偽りの花器を間違って割って、子どもが入ってきて、その子が茶碗も割っちゃって、その茶碗の弁償代を賭けて碁を打って、佐為がガマガエル店主をコテンパンにして、ついでにその子の嫁入り道具である盗品の慶長の花器も譲ってもらって、そこで水を注いで……と。
そこまで思い出してから、しかしヒカルは考える。
(……別にあの時の通りに経過をなぞる必要ねぇよな、よく考えたら)
『ヒカル? いえ、確かにあの時は色々ありましたが……』
(ってか、今オレ普通にカネ持ってんだよな。財布にも何かの時の為に5万入れてるし、買おうと思えば買えるのか)
別に、ここの店主と変に争う必要はないんじゃないか?
だって今のオレは人生二週目である。大人の頃の習慣で、サイフには余計にお金を入れておくことにしていた。
先日の若獅子戦の賞金を受け取ってからはなおの事。
院生みんなにカラオケとファミレスで食べ放題で奢って、その後自分用の携帯も購入して、多少出費はしたものの、まだまだ自分の銀行口座には賞金が残っている。
本物の慶長の花器はガマガエル店主が価値を理解しておらず、安物と言っていた。
あの女の子が来る前に先に購入して、女の子が来たら盗品だって分かったら返してやればいいんじゃないか?
それが一番角が立たない解決方法なんじゃないか?
(……そうするか。あかりの前で悪戯に騒ぎ立ててもなァ)
『珍しいですね。ヒカルらしくないと言いますか』
(お前の為でもあるんだぜ? 佐為お前、またあの店主の笑顔見たいか?)
『見たくないです!!!』
(だろ? ヨシ決定)
そんな脳内相談を佐為と交わして、あかりと共に店内に入るヒカル。
見れば、以前は確か見知らぬおじさんと店主が何か話してた記憶もあるが、まだその場面にもなっていないようだ。
であればここはササっと買ってササっと立ち去るに限る。
あのおじさんもこの後来るのかもしれないが、150万と言われて唖然としていたから購入までは至らないだろう。
購入したら女の子が来るまで店の外で時間を潰せばいい。店の前のカフェがちょうどいいな。
「……なんか、ツボとかがいっぱいあるね」
「その辺触るなよ。高いもんばっかりだから割ったら弁償させられるぞ。さて……すみませーん!」
「ん、なんだいガキか……っ!? き、キミは!?」
「え?」
「げ」
『あっ』
そう考えて早速件の慶長の花器──見ればちゃんと雑に棚に置いてあった──を購入しようと店主に声をかけると、店主が目の色を変えた。
「キミたち……週刊碁に乗ってた、天才院生の進藤ヒカルと藤崎あかりか!?」
「え、おじさん囲碁詳しいんですか?」
「アマ五段の腕前さ! 免状も……っと、キミたちには自慢にもならんなぁ。いやぁ週刊碁読んだよ、プロを圧倒する下剋上! いやぁあれでキミたちの事気に入ってねぇ……グフッ」
『ギャアアアア!!!!』
(トラウマ再び)
「そ、そうだったんですね……えっと、ありがとうございます」
(あかりもビビってら)
「プロ試験も応援してるよぉ……それで、こんな店に何の用かな。欲しい物でも?」
どうやら自分たちの事を店主は知っていたようだ。
しかもかなり好印象。囲碁を嗜む者にとって、ヒカルとあかりの二人の顔と名前は非常に有名になっていた。
だがこれはチャンス。話がこじれ始める前に、ササっと買って帰るに限る。
巧遅は拙速に如かず。ヒカルはすぐに買って店を出ようと考えた。
「うん……そこの花器。店の外から見てお洒落だなーって思って欲しくなってさ。いくら?」
「ふむ……安物だし、将来のタイトルホルダーが買うってんじゃサービスしちまうかな。五千円でどうだ?」
「五千円ね、買った!」
「え、ヒカル!? 五千円ってかなりだよ!?」
「いーのいーの。気に入ったんだよ、オレが」
「……まぁそこまで言うなら」
「毎度あり。包むかい?」
「一応ね。簡単に包んでくれる? おじさん」
「はいよ」
注文は速やかに。
早速店主に慶長の花器を包んでもらい、代金を現金一括で支払して、あかりを連れて店を出るヒカル。
一先ず第一ミッション終了。ヒカルは安堵のため息をついた。
「ふー。……すげぇ顔だったな、あの店主」
「ちょっと、笑うとね……でもヒカル、それが本当に佐為が欲しがってた花器なの? ……佐為ってもしかして、こういうの好きなの?」
「好きか嫌いかで言えば好きだぜ。特にこの花器は、余りの美しさに佐為も虎次郎も碁盤に集中できなかったって程だからな」
『かつて語りましたね。本当に、この花器は天下逸品です』
「そんなに!? ……私のセンスだと、そこまでには見えないけどなぁ」
「そう思うだろ? へへ、じゃあちっと向こうのカフェ入ろうぜ。スゲェの見せてやるから」
そう言って、あかりと共にヒカルは道向かいのカフェに入る。
カフェオレを注文しつつ、フリースペースからお冷も一杯汲んできて、窓際の席について、慶長の花器をテーブルに置く。
その花器を眺めて未だに首を傾げるあかりに対して、いたずら心満載でヒカルが水の入ったコップを手にして。
「佐為曰く、これをこうするとな……」
「えっ。……ええーっ!?」
水を注ぎ入れれば、花器の底に花模様が浮かび上がって来た。
これにはあかりも仰天し、余りの美しさに目を奪われる。
ヒカルも、久しい時を経て目にする弥衛門の傑作に、感慨深い想いになった。
佐為もまた同様に。この花器は、囲碁の場に並べるには美しすぎる。
「すっご……すっごいね。佐為、これを知ってたんだね。そりゃ目も奪われちゃうね……」
「オレも初めて見たけど、すげぇよなぁ……コレ。綺麗だわ」
『本当に、そうですね。……ですが、ヒカル』
(うん、分かってる)
佐為は、窓の外に顔を向けてヒカルに声をかける。
ヒカルもそれで外を見れば、ちょうど先程までいた骨董品店の中にはおじさんがいて、例の女の子が店に向かい走ってくるところであった。
しかし、店の外から女の子が店内を覗き込んでいる。この花器を探しているのだろう。
「……ん? ヒカル?」
「ああ。ちょっと……なんかさ、あの女の子がさ……」
「え? ……なんだかお店の中、探してるみたい?」
「ちょっと行ってくる。あかりは待っててくれな」
「え、ヒカル!?」
ヒカルは花器に入った水をコップに戻し、入れ物に収納して席を立った。
待ってて、と言われたあかりは席を立つタイミングを逃し、その後ろ姿を窓越しに見つめる。
店の前からとぼとぼと帰ろうとする女の子にヒカルが声をかけて、何やら二言三言話して、ヒカルが花器を取り出せば女の子の表情がぱぁっと笑顔になり、ヒカルも笑顔を返して。
そして、そのまま包装に包み直した花器をヒカルが女の子に渡して、女の子は何度もお礼を言ってお辞儀をして、そのまま別れて行った。
(────ああ、なるほど。ヒカル、
その様子を窓際の席から見届けたあかりが、己の内に納得を得た。
わかっている。察している。いつものこと。
だから、私はただ、待ち続ける。
「……ワリィ。あの花器、盗難品だったんだってよ。あの子の家から盗まれてた品だったらしくてよ……返してあげた」
「見てたよ。女の子に急に花器を渡したから、なんだと思っちゃった。……よかったね、あの子」
「ああ。オレも五千円は惜しい事したけど、元の持ち主に戻るのが一番だし、あかりと一度アレ見れたから元は取れたなと思ってさ……」
「……そうだね。私もあんなに綺麗な物が見られて、嬉しかった」
「だ、だろ?」
「だから、何も聞かないね」
「お、おう……」
『やっぱり厳しいですって! あかりちゃんもう気付いてますって! ヒカル、ここは一発かみんぐあうとしましょう! かみんぐあうと!』
(英語の授業真面目に聞いてるんじゃねーよ平安貴族! タイミングってのがあるんだよ!!)
何も追及してこないあかりに申し訳なさと感謝を覚えるヒカルが、その後にカフェで追加のケーキを奢って、あかりの機嫌は直ったのだった。
※お知らせ
書き溜め
is
DEAD(書き溜め尽きましたの意)
なのでちょっと更新止まります。
書き溜めの時間を頂いていい感じに溜まったらまた更新再開して完結まで走り抜けたい所存。
一応この後の展開としては世界アマ選手権→プロ試験→その後ちょっとだけ描写して完結の見込みです。
100話までに終わるやろ多分……(信憑性ゼロ)
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