エミリア陣営の最終兵器《リーサルウェポン》 作:匿名を忘れてた人
2
――そういえば、そもそもここはどこなんだろう。
一歩進みだそうとしたところで、七実はふと根本的な疑問に立ち返る。
死後に出会った《神様》は『生まれ変わる』とは言っていたけど、それ以外の具体的な話は何もしてはくれなかった。
生き返ったことはなんとなく分かっている。
全く別人の体に、痛みやらなにやらの感覚がちゃんとあったから。
でも、ここがどこで、これから何をしていけばいいのか、その辺りがさっぱり分からなかった。
「日本――ではないことはなんとなく分かりますが、だとすると海外でしょうか?」
路地に見える建造物はどれも洋風のものばかりだ。
日本にも洋風建築はたくさんあるけど、ビルや電線が全く見当たらないのはおかしい。
それにさっき覗いた厨房の料理人たちは皆、西洋人寄りの濃い容姿をしていた。
ほりの深い顔立ちというやつだ。
あれで生粋の日本人という事はないだろう。
消去法で海外の街ということになるが、どの国なのかさっぱり分からない。
知識があればと思うが、生憎と七実には学がなかった。
料理とサブカルチャーの知識なら豊富だと胸を張れるが、その知識も役立つかと言われれば微妙なところだった。街を見て、最初に浮かんだことが「『ハウルの動く城』に出てきた街っぽいな」という感想だったのだ――使えるわけがない。
理想の身体を得ても、頭の中は相変わらずバカのままらしい。
「……はあ、考えてもわかりませんね。人がいるところに行って、聞いて回った方が早そうです」
最終的には、そんな結論に落ち着いた。
バカがいくら頭を回してもたかが知れている。
自分よりも頭のいい人、知っている人に聞いた方が何倍も速いだろう。
できれば、言葉が通じる親切な人がいて欲しいものだけど、
「――だぁぁっ、そこの姉ちゃん、邪魔っ!」
そんなことを考えていると、ちょうどよく前方から走ってくる少女の姿が見えた。
短く切り揃えられた金髪と、丈の短いシャツと短パン。
露出の多い、防御力が低そうな恰好をした子ども。
背丈は七実と同じくらいに小柄で、幼さのある顔はとても可愛らしかった――可愛い。
子どもが一生懸命に駆けてくる姿は微笑ましく思うが、その走る速度は子どもにしては異常と思えるくらいに早かった。
「あぁ、もう!」
あっという間に距離を縮める少女が苛立たし気に声を上げる。
見ているばかりで避けようとしない七実に業を煮やしたらしい。
申し訳なさを覚え、すぐに避けようとしたが、それよりも早く少女は飛び跳ね、ひとっとびで七実の頭上を飛び越えた。
足が速いだけでなく、とても身軽だったようだ。
真庭忍軍ではないけど、忍者みたいだった。
「そこの姉ちゃん、ぼうっと突っ立てるとあぶねーぞ」
「……ごめんなさい、少し考え事をしていて」
「考えごとぉ? まあ、次は気を付けてくれよな、じゃあなっ!」
少女は七実を叱るなり、裏通りの奥へと走って行ってしまった。
ほんとに足が速い子どもだ。
慌ただしい様子だったけれど、何か急いでいたのだろうか。
だとすれば、ちょっと邪魔をしてしまったかもしれない。
(……そういえば、あの子、言葉が通じてたよね?)
彼女が口にした言葉は耳馴染みのある綺麗な日本語だった。
容姿は日本人には見えなかったけど、やっぱり日本だったりするのだろうか。
「まあ、その辺りも人が多い通りに出れば、分かることでしょう」
よく耳を澄ませば、そう遠くない場所から人の喧噪らしき音が聞こえた。
この体は嗅覚もそうだが、他の五感も鋭くなっているらしい――その音が聞こえてくる方向へ進んでいけば、自然とまた人と出会うことができるはずだ。
少女が消えていった路地に背を向け、七実は音のする方へと歩き始めた。
3
少女と別れ、路地裏を進むこと十数分。
聞こえてくる音が大きくなるにつれて、入り組んだ路地が直線のものに代わり、狭い路地を抜けた先でようやく、大勢の人が行き交う表通りへと辿り着くことができた。
「……やっぱり、外国っぽいですね」
表通りにいる現地の人を見ながら、小さく呟く。
予想通り、西洋寄りの顔立ちをした人種が多く――黒髪の人は珍しいのか、その表通りでは全く見かけなかった。
建物も路地裏と変わらず、洋風建築が主体らしい。
商店通りなのか、通りを挟むようにして幾つかの店が並び、陳列台にはいろんな種類の商品が置かれていた。近くにあった店には美味しそうなお肉が売られており、その匂いにつられて近付くと、こんがり焼かれたお肉の傍に商品の値段と名前が書かれた値札らしいものが目についた。
日本語と、少しだけなら英語とフランス語も読める七実だが、ここの国の文字はそのどれにも当てはまらず、独特な記号っぽい形をしていた――当然、読めない。
商品と値札を見比べると、なんとなく内容を予想できるけど、読めないものは読めない。スーパー頭脳でも持っていれば、文字の規則性から言語を理解するといった離れ業ができるかもしれないが、七実には商品のお肉に脂が乗っていて、食べたらおいしそうだとよだれを垂らすことしかできなかった。
じゅるり。
「おう、嬢ちゃん。何か欲しいもんでもあるのか?」
お肉をじーっと見ていると、店番をしている店主さんが話しかけてきた。
前掛けのエプロンがはち切れそうなくらい筋肉がある、もりもりなオジサンだ。
七実は慌ててよだれをひっこめ、なんて答えようか考える。
そもそもお金を持っていないので、冷やかしにしかなっていない。この気のよさそうなおじさんに色々聞いてみたいところだけど、お店の迷惑になりそうなので、申し訳なさそな顔で首を振った。
「……すみません。わたし今、手持ちがないんですよ。ただ、置いてあるお肉が美味しそうだったので、じっと見てしまいました」
「あー、そうかい。じゃ、まあ、金があった時にまた来てくれや」
「はい、ぜひ」
店主に軽く会釈をして、店から離れようとする七実と入れ替わるように、ひとりの客が店主に声をかけた。
「おじさん、そのお肉ふたつちょーだい!」
「あいよ」
勢いよく注文をしたのは、水色のワンピースを着た少女。
整った可愛らしい顔に包むような亜麻色のセミロング。
女性にしては少し高めな背丈だが、体つきは華奢で、愛嬌のある仕草は彼女にとてもよく似あっていた――でも、その立ち姿を見て、少し違和感を覚える。なんというか、普通の女の子と何かが違うような気がして、じっと観察してみると一つ目につくものあった。
「猫耳……⁉」
少女の頭に猫耳がついていたのだ。
テーマパークでつけるようなオモチャとは違う。
頭から自然に生えてきたような本物の猫耳だ。
少女が表情を変えるたびに、猫耳もぴょこぴょこと跳ね、彼女の愛らしさを何倍にも引き立てていた。
「ん? なんだ、嬢ちゃん。獣人を見るのは初めてなのか?」
「にゃにゃ?」
猫耳少女に見惚れていると、気になったらしい肉屋の店主がまた声をかけてくれた。
ちょうど店主から注文した品を受け取っていた少女もこちらへ振り返り、不思議そうな顔で小首を傾げている――可愛い。
仕草ひとつひとつがもう可愛いのに「にゃ」とか、あざとすぎ可愛すぎる。
少女の可愛さに内心悶えつつ、店主の言葉にうなずいた。
「はい。猫耳のある人は初めて見ました。……この辺りでは、珍しくないのでしょうか?」
「おう。ここルグニカはカララギほどじゃないが、獣人のやつは結構住んでるぜ。ほら、あそこにもちらほら見えるだろ」
店主が言った通り、街には少女以外にも動物の特徴を持った人たちがたくさんいた。
犬耳、猫耳、全身がトカゲみたいな人まで。
普通の人と言葉を交わし、楽しげに笑い合う姿に、それが当たり前の光景なんだと教えてくれる。
しかし、ケモミミがある人種――獣人が住んでいる国とは一体?
それに「ルグニカ」や「カララギ」と新しい単語が続いて登場したが、国名か何かだろうか。
「――獣人を見るのが初めてにゃんて、随分と変わったところにいたんだね、君は」
それまで店主と七実の会話を黙って聞いていた少女が割り込んできた。
「ええ、まあ。この国に来たのもつい先ほどですし――だから、分からないことだらけなんですよ」
「ふーん、ってことは旅人さん?」
「そうですね、どちらかといえば観光ですけど」
正確には迷子だが、正直に答える必要はないだろう。
それに観光というのは、あながち間違いではないのだから。
生後まだ一時間も経っていない七実には、特に目的らしい目的がない。それを定めるためにも、この状況が落ち着いたら、街を観て回りたいと考えていた。
――2度目の人生も料理人に、とういうのもいいんだけどね。
でも、鑢七実になったのに前世の夢をまた追うのも勿体ないような気がして、どうにも踏ん切りの突かない悩みだったりする。
「観光かぁ、ルグニカは綺麗どころがいっぱいあるから、いろいろ歩き回ってみるのがおすすめかにゃ。あー、でも、裏路地を突っ切った先にある貧民街はお勧めしにゃいにゃ。手癖の悪いゴロツキがいっぱいいて、危にゃいからネ」
「貧民街ですか……そうですね、気をつけておきます」
貧民街は危険、と頭の中にメモを取る。
どの国でもスラム街のような場所は危険が多いため、元より近付く気はなかった――この七実の体をいろいろと確かめるために少し行くのもありかな、と悪い考えがよぎりもしたが、わざわざ危ない場所で確認することもないので、すぐに考え直す。
少女は素直に聞き入れる七実に満足したのか、うんうんと頷いて、肉屋の店主にもう一度「同じお肉一つちょうだい」と注文した。
そして、店主から受け取った袋をそのまま七実へと差し出す。
「はい、これ」
「えっと、これは?」
「お近づきの印、お金も持ってにゃかったみたいだし」
どうやら、最初の店主との会話を聞かれていたようだった。
断るのも申し訳ないかと思い、素直にお肉が入ったその袋を受け取った。
薄い紙袋に包まれたお肉はサイズが大きいのかずっしりとしていて、袋の隙間からお肉とスパイスらしい美味しそうな匂いが漂ってきた。彼女が美味しいというのも、匂いだけで納得してしまいそうだ――じゅる、じゅるり。
「……ありがとうございます。また会うことがあれば、お礼はその時に」
「いいって、これくらい。でも、また会うことがったら、この国がどんな風に良かったか、いっぱい聞かせてよ」
「はい、必ず」
その時には、自分が感じたことをたくさん伝えようと思う。
それにしても、随分と店前で話し込んでしまった。周りを見ると七実たち以外にもお客さんが集まってきたみたいで、後ろにずらりと並んでいた。
「では、わたしはこの辺りで、店主さんもありがとうございました」
「おう! さっきも言ったが、金がある時にまた来てくれよな」
「ふふ、はい。貴女もお肉、ありがとうございました」
「いいよいいよ、観光楽しんでね。あ、ついでに何か困ったことがあれば、お城近くの衛兵の詰め所に行くといいよ。フェリックス・アーガイルの紹介で来た、と言えば融通してもらえるからサ!」
「何から何までありがとうございます」
手を振って、少女と肉屋の店主に別れを告げる。
表通りに出て、初めに声をかけてくれたのが、あの優しい人たちで本当に良かった。
観光地に危険な貧民街、獣人が当たり前の国に見たことがない文字、美味しいお肉屋さんに衛兵の詰め所、そして、フェリックス・アーガイル――聞いた情報を一つずつ、指折り確認していく。
恐らく、彼女の名前がフェリックス・アーガイルなのだろう。
衛兵の詰め所に口利きができるということは、衛兵かそれに準ずる立場の人間か。
どれほどの立場かは分からないけど、彼女の助言通り、困ったことがあれば詰め所の方へ向かうのもありかもしれない。最初から当てにするつもりはないが、もし行く当てが見つからなかった場合、最後の手段として頼ることになりそうだ。
――そこらの調理場で雇ってもらえたら、それが一番早いんだけど。
身元不明の人間を雇ってくれるお店が、はたしてあるかどうか。
その辺りも町を回りながら、見ていくしかない。
「……あ、そういえば、彼女に名乗るのを忘れていましたね」
彼女の名前は聞いたけれど、自分の名前を伝えるのを忘れていた。
まあ、それも次に会ったときに伝えればいい。
再開した時の楽しみがひとつ増えたと思い、七実は袋から取り出した串肉をほおばりながら、街の散策を再開したのであった。
試しに書いてみた二次創作を勢いで投稿しちゃったパターンです。
書いた分はここまでで全部です。
先々の展開はテキトーに考えてましたが、たぶん続きません。