朝起きてリビングに向かうと、ちょうどルビーとミヤコさんが出かけるところだった。
「おはよ、おねえちゃん」
「おはよう、アクア」
「おはよう。今日は早いのね」
「これから香川でロケなんだ。またお土産買ってくるね」
「じゃあオリーブオイルお願いね」
「了解! じゃあ、いってきます!」
「留守番よろしくね」
ルビーとミヤコさんは元気に仕事に向かっていった。
あの記者会見から一か月。私達の周りはようやく落ち着いてきた。記者会見が功を奏してか私達とカミキ関係を怪しいと思う者はいない。世間の反応も私達には概ね好意的だ。
私とルビーは『母の死を乗り越え、母の夢を叶えたアイドル』という物語を得た。ルビーは色んなメディアに引っ張りだこ。元々バラエティ適正は高かったけれど、さらにレギュラーの番組を増やしている。今日みたいに地方ロケに行くことも多くなった。この調子でファンを増やしていったら、目標のワンマンドームライブもすぐかもしれない。
そして、あの会見でミヤコさんの注目度も上がっていた。絶対的センターだったアイドルと社長だった夫がいなくなったガタガタのプロダクションを引き継ぎ、血の繋がってない娘二人を抱えながら大きくした敏腕女社長として。この間も雑誌のインタビューを受けていた。私達をここまで育ててくれたミヤコさんには感謝しかない。お世話になりっぱなしだから、これから恩返しをしていこうと改めて思う。
キッチンでトーストを焼いて、テレビを見ながら朝食。ちょうど朝ドラがやっている時間だった。学校の教室でヒロインが友人と楽し気に会話している。そこへもう一人の友人が現れた。
『ちょっと、もう先生来たわよ』
もう一人の友人を演じているのはかなだ。
カミキが死んで、彼が社長だった事務所も潰れた。ミヤコさんと苺プロの注目度が高まって来たおかげか、カミキの事務所に所属していた人が何人か苺プロに転職してきた。カミキは人を見る目だけはあったらしく、転職してきた人たちは非常に優秀だった。苺プロではなかなかできなかったかなの売り込みをやってくれている。ドラマの仕事だけじゃなくルビーと一緒にバラエティに出たりして活躍の場を広げていって、二人の掛け合いも人気になっている。連ドラの主役の話もあるらしく、もうかなのことを『子役で終わった人』と見る人はいない。
ドラマが終わるのと同じくらいで朝食も食べ終えた。洗い物の後は受験勉強、の前に少し出かける。
家を出て駅までの道を歩く。その途中であかねが出るドラマの広告を見つけた。
あかねはカミキが死んでいることがわかった後、懺悔をするように私に言った。カミキの末路は予測できた。彼が殺されるとわかっていて放置していたと。警察官の娘として、犯罪を放置するのに後ろめたさがあったのかもしれない。カミキを崖から突き落とした男が自首したという報道があったのはその話を聞いた後だった。カミキが起こした事件の捜査が進むにつれて彼の罪も明らかになりつつある。前世の私、雨宮芹那を殺害した犯人もカミキとあのストーカーだと断定された。
落ち込んでいたあかねだったけど少ししたら元気を取り戻した。何でもかなに『そんなに腑抜けてたらすぐ追い抜いてやるわよ』と発破をかけられたとか。相変わらず仲が良いのか悪いのかわからない二人だ。そんなあかねの次の仕事はサスペンスドラマ。ゆらさんが事件にあったドラマの続編で、ゆらさんの復帰作になる。二人の演技が今から楽しみだ。
駅から電車を乗り継いで目的の場所に着いた。アイのお墓だ。墓石を拭いて、花を換えて、線香を上げて手を合わす。
「アイ、ごめんなさい。私達の秘密を話してしまった」
あの会見をしてから足が遠くなっていた。後ろめたかったから。
会見でアイの秘密を公表したことで、私の望んだ通りアイは世間で大きく話題になっている。良くも悪くも。
アイドルと子育てを両立したスーパーアイドルと言う声や、未成年で望まぬ妊娠をした芸能界の闇の象徴といった声まで。アイドルにも関わらず子供を作っていたことには少なからず批判もあって、そんな声を聞くたびに本当に秘密を公開して良かったのだろうかと思ってしまう。
それに、カミキのこともある。アイとカミキの間に何があったかはわからないけど、もしかしたらアイもカミキもお互いに愛情をもっていて、その結果私達が産まれたのかもしれない。それを全部、無かったことにしてしまった。本当に私は、親不孝な娘だ。
「浮かない顔をしているね」
聞いたことのある声。振り向くと小さい女の子。今まで何度か会った自称神様の女の子だった。
「あの男も死んで、もう君達を邪魔する者はいないのに」
「あなたは、カミキの末路がわかっていたの?」
この子は前に会った時、カミキについては心配いらないと話していた。あれからこの子が何かやったのだろうか。
「何もしてないよ。あれだけのことをやった男だから、ああなっても不思議ではないだろう?」
確かに。多くの人に恨まれていたカミキだ。この子が何もしなくても、あかねがカミキを突き落とした人を止めていたとしても、いつかカミキは悲惨な末路を辿っていたのかもしれない。
「それで、あなたは何をしに来たの?」
「もう会うことは無いと思ってね。お別れを言いに来たんだよ」
この子は本当に神様だったのかな。カミキのことを気にしていたから、彼に殺された人の幽霊とか、彼への恨みの集合体とか、私ではなくカミキを対象にした死神だったとか、そんな存在だったのかもしれない。彼が死んだから、もう私達に用は無いのだろう。
「ねえ、最後に教えて。私が秘密を公表したことに対して、アイはどう思っているの?」
「そんなことは神様にだってわからないよ。だって、アイはもう死んでいるんだから」
「そうよね……」
落胆する私に女の子は呆れたような声だ。
「前にも言っただろう? 君は自分を許していないのかって。君はアイの娘として、ルビーの姉として。懸命に彼女達の夢を叶えようとしてきて、そして叶えたじゃないか。君は、もっと自分を認めるべきだと思うよ」
女の子に言われて、私はドームライブの光景を思い出した。360度見渡す限りのサイリウム。青と赤の光の中で、みんなが私達に歓声を送っていた。
二人で入場して、ステージに上がった直後。ルビーは少し潤んだ瞳で客席を見つめていた。その横顔が余りにも綺麗で、ルビーをここまで連れてくることが出来て良かったと心から思った。
思い描いていた通りにはいかなかった。切り捨ててきたものも沢山ある。それでも私は、娘がアイドルになるというアイの夢の一つを叶えることが出来た。アイの葬儀の日に誓ったルビーと二人でドームに立つ夢を実現させた。そのことだけは、誇りに思ってもいいのかもしれない。
「ありがとう。少し元気が出た」
「まったく。最後まで君は世話が焼けるね」
そう言うと女の子は私に背を向けて歩き出した。
「それじゃあね。これからの君達が歩む未来を楽しみにしているよ」
それが女の子の最後の言葉だった。私が瞬きをする間に女の子はいなくなっていた。どこからか烏が羽ばたく音だけが聞こえてくる。
私は息を吐いて、アイのお墓に向き直った。アイは今の私を見てどう思うのか。考えてもわからないけれど。
「アイ。アイドルの私達はどうだった? この間、ルビーと一緒にドームライブをしたんだ。私はまだまだだけど、ルビーはアイにも負けないくらい、すごいアイドルになった。次は私の番。いつか胸を張ってアイの娘だって言えるようになるつもり。そっちに行ったらアイがいなくなった後の話をするよ。だからもう少し待っていてください。それじゃあ、いってきます。お母さん」
これからのことを母に誓って、背を向ける。
帰ったら勉強しないと。現役JDを目指しているMEMからも勉強を見てくれって頼まれてるんだった。
私の周りのみんなはそれぞれの道を歩み続けている。私も少し休んだら、また頑張らないといけないな。
そうして私は、私だけの道をゆっくりと歩き始めた。
これにて『アイより高く軽やかに』は完結となります。
見切り発車で始めた物語ですが、終わるまで半年以上かかると思っていませんでした。
復讐なんか知らない、ドームに立つんだ! とアイドルに振り切ったアクアがいたら、本編の時間軸で辿り着けなかったドームにいけるのではと考えた末の物語です。おかげでルビーが完璧で究極のアイドルになり、アクアが有馬さんとMEM二人分の苦労を背負いこむ形になりました。
この次は外伝というか続きというかの小話の構想はありますが、気分次第です。
最後になりますが、評価や感想、ありがとうございました。あまり返信できていませんが、皆さまの感想に勇気づけられて完結までこぎつけることが出来ました。
それでは、またどこかでお会いしましょう。