ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた   作:古野ジョン

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【おまけ短編】学校へ行こう

 まだ結婚して間もない頃のある日。朝ごはんを食べ終え、大学に向かう準備をしていると――こたつの向こう側に座っていた綾音さんが、唐突に口を開いた。

 

「日向さん! 一緒に登校しませんかっ?」

「……はっ?」

 

 ……一緒に登校? 綾音さん、いったい何を言っているんですか?

 

「どっ、どうしたんですか急に。いつから学生になったんですか」

「なに言ってんですか~! 私っ、ぴちぴちの現役女子大生なんですけどっ!」

「本物の女子大生は『ぴちぴち』とか言わないんですよ。あと綾音さんの年齢は」

「わーっ! だめ! 旦那さんだからってしていいことと悪いことがありますっ!」

 

 綾音さんは慌てた顔でぶんぶんと両手を振っていた。年齢を気にするんだったら結婚なんかしないのに。まだまだ愛が伝わってないのだろうか。

 

「分かりましたよ。それで、一緒に登校って何がしたいんですか」

「森宮大の授業、受けてみたいんですっ!」

「潜りたいってことですか?」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいっ! ちゃんと日向さんの履修科目を特定して聴講する手続きをとってます!」

「いつの間に!?」

「旦那さんのことは何でも知りたいんですっ! 奥さんなので!」

「は、はあ……」

 

 とはいえ、授業に潜って変にトラブルになるよりはいいか。昔はそこらへんが緩かったと聞くけど、今は厳しいからな。

 

「分かりました。でも、さっさと出ないと遅刻しますよ」

「あ~ん、待ってくださいよ~! 行ってきますのチューがまだですっ!」

「一緒に出掛けるんだから要らないでしょ……」

「ひっどー! 倦怠期だ倦怠期ー!」

 

 何やら面倒くさい抗議を始めた綾音さんを尻目に、俺はリュックサックを背負って居間を出ていったのであった……。

 

***

 

『次は、青葉山。森宮大学青葉山キャンパス前です』

 

 地下鉄の車内にて、二人で横並びになってつり革を掴んで立つ。大学近くを通る路線だけあって、周囲には学生の客が多く見られる。

 

「私、地下鉄って久しぶりに乗りました」

「そうなんですか?」

「山形には地下鉄なんかないですからねっ! 通学も車でしたし」

「ああ、なるほど……」

「だから私っ、電車通学に憧れていたんですよ~。都会って感じで羨ましいなって」

 

 綾音さんは少し嬉しそうに頬を緩めた。朝の時間帯は結構混むし、自分はそこまで電車通学は好きではない。でも、この人から見れば()()()()の象徴だったんだろうな。

 

「綾音さん、今度また地下鉄に乗って出かけましょうか」

「えっ?」

「反対方向に行くといちご狩りの出来る場所があるんです。そろそろシーズンですしね」

「いちごっ! いいですね~、山形にはさくらんぼしか果物がないですからね」

「嘘言わないでくださいよっ!?」

「あっ、ラフランスもありますっ!」

「そこじゃないんですけど!?」

「えへへ、冗談ですっ」

 

 心底楽しそうに笑う綾音さんを見て、自分の心もほっと温まったような気がした。

 

 この後、俺たちは地下鉄を降りて出口へと向かった。長い長いエスカレーターを何本も乗り継ぎ、ようやく地上にたどり着くと――目の前にキャンパスの景色が広がる。

 

「へえ~、ここが日向さんの大学ですか……!」

 

 地下鉄駅の出口から一歩踏み出した綾音さんが、感慨深そうに周囲を見回していた。俺からすれば見慣れた風景でも、この人にとっては新鮮なんだろう。

 

「それにしてもすごいですね~。こんな山の上にキャンパスがあるなんて」

「ええ、熊も出るくらいですから」

「えっ、本当!?」

「本当ですよ。よく学内メールで注意喚起されてます」

「へえ~……。でもまあ、夜の日向さんの方がよほどけだも――」

「てっ、適当なこと言わないでくださいよっ!?」

「照れなくていいのに~っ!!」

 

 やいのやいのと騒ぐ綾音さんの背中を押すようにして、理学部の建物へと歩き出した俺であった。

 

***

 

 講義室に入ると、ぱらぱらと何人かが散らばって座っていた。俺は綾音さんを室内に通し、手を使って案内する。

 

「ここが一限目の講義室です。席は自由なんで、目立たないように後ろに座りましょうか」

「え~っ? 私が目立つとまずいんですか~?」

「いやっ、まずくはないんですけど……今日初めて来たわけですし……」

「どうせならど真ん中に座りましょうよっ! ど真ん中に!」

「ま、まあそう仰るなら……」

 

 綾音さんに手を引かれるまま、教室のど真ん中のポジションを陣取る羽目になってしまった。いつもはこんなところに座らないけど、たまにはいいか。

 

「よいしょっと」

 

 二人で席に座ると、綾音さんは手提げの鞄からペンケースを取り出した。さらにノートを取り出し、机に広げている。

 

「この日のために大学ノートまで買ったんですからっ! 何年ぶりかで懐かし――」

「あれ、現役女子大生じゃなかったんですか」

「あっ、そうだった! いや~、昨日の楽単がチョベリバでMK5~!」

「いつの時代の話ですか?」

 

 なんてしょうもない話を繰り広げているうちに、気づけば周囲の席が埋まり始めていた。入り口からも続々と学生が入ってきているが……誰も俺に話しかけることはない。

 

「おはよーっす」

「ういーっす」

「おはよー!」

 

 周囲が賑やかに会話を交わしている中で、俺たちだけは別世界にいるみたいだった。綾音さんはきょろきょろとあたりを見回して、小さな声で俺に話しかけてくる。

 

「……あの、日向さんのお友達は」

「綾音さんが考えている通りですよ。大学の友達は多くないんで」

「そっか。大丈夫、今日は私がいるから」

「……ありがとうございます。心強いです」

「ふふっ」

 

 綾音さんはにこやかに笑いかけてきた。それから間もなく教員がやってきて、一限目の授業が始まったのだった。

 

***

 

「いや~、世の中にはこんなに理解出来ないことがあるんですね……」

「線形代数も知らずにいきなりあんな物理の授業なんて、そりゃ大変ですよ……」

 

 昼休みの食堂にて、綾音さんはすっかりぐったりした様子で椅子にもたれかかっていた。こればっかりは仕方ないというか、むしろ二コマもよく耐えたというか……。

 

「それより食べないんですか? ラーメン伸びちゃいますよ」

「食べますっ!!」

 

 綾音さんはハッと飛び起きて、箸を手に掴んでいた。それにしても、どうしてわざわざ大学までついてきたんだろう? 授業内容を理解出来ないことなんて分かり切っていたことだろうに。

 

「あっ、春木場くーん!」

「ん?」

 

 その時、近くを通りかかった女子学生が話しかけてきた。その手には一冊の本が握られている。

 

「この本読んだよー。面白かった」

「ああ、そういえば貸してたんだったね。わざわざありがとう」

「うん! 今度は私から貸すからさ、いつでも言ってね~!」

「ありがとう、じゃあね」

「また後でね~!」

 

 女子学生に手を振り、別れを告げた。俺もラーメンを食べるとするかな、なんて正面を向き直ると……なんだか綾音さんが顔をしかめている。

 

「あっ、あの人は何ですか!?」

「何って……同級生ですよ。授業とかで一緒になるんで、よく話すんです」

「さっき友達いないって言ったのに!」

「多くないと言っただけで、全くいないわけでは――」

「嘘だッ!! 友達がいないだけで彼女がたくさんいるんだーッ!」

「ええええええっ!!?!?」

 

 わざとらしく顔を覆う綾音さんに対して、思わず絶叫してしまう。そんなっ、女の子一人に話しかけたくらいで大げさな……!

 

「私というものがありながらっ! ひどいっ! 浮気ですこんなのっ!」

「ちっ、違いますよっ! 綾音さん一筋ですっ!」

「どうせ私のことは年増のとしまえんだと思ってるんだーっ!!」

「としまえん!?」

「ひどいっ! 本の貸し借りなんて同衾も一緒ですっ! だいたいどんな本を貸し――」

 

 綾音さんは俺の持っていた本を奪い取り、表紙をじっと見た。……が、そこで気がついたらしい。

 

「えっ!? これって……」

「綾音さんの書いた本ですよ。ミステリーが読みたいって言われたから紹介しただけで――」

「貴重な読者様だーっ!! おっ、追いかけなきゃーっ!!」

「あっ、綾音さーんっ!!?」

 

 俺が止める間もなく綾音さんは席を立ち、さっきの女子学生を追いかけていったのだった……。

 

***

 

 午後の講義もつつがなく終わり、あとは帰るのみとなった。やはり疲れたのか、隣に座る綾音さんは思い切り伸びをしている。

 

「いや~、やっと終わりですね~っ!」

「ノート真っ白じゃないですか」

「うるさいっ! 大学の講義なんて出席することに意味があるんですからっ!」

「それを言ったらおしまいですよ……」

 

 俺はパソコンや筆記用具をリュックサックにしまいながら、帰り支度を始めた。結局、綾音さんが大学に来たがっていた理由は分からずじまいだったな。

 

「綾音さん、帰りましょうか」

「はいっ!」

 

 綾音さんを引き連れ、講義室の出口に向かって歩きだす。今日も平和な一日だった。あとは地下鉄に乗って――

 

「あのっ、春木場くん!」

「えっ?」

 

 唐突に背後から声を掛けられた。思わず振り返ると、そこにいたのは同期の男子学生。でも、あんまり話したことはないけどなあ。

 

「なっ、なに……?」

「今朝から一緒にいるその方って、もしかして……?」

「えっ?」

 

 その男子学生は、俺の隣を指していた。横を向いてみると、綾音さんもきょとんとして首をかしげている。

 

「あの、それが何か……?」

「いや……実はみんな気になってたんだよ。春木場くんさ、年が明けてから薬指に指輪をつけてたからさ」

「えっ?」

「もしかして、春木場くんの奥さん……?」

 

 気付けば講義室中の視線が自分に集まっていた。みんな興味津々といった表情で俺たちの方を見ていて、ただただ困惑するばかり。ええと、どう答えたものか――

 

「お初にお目にかかります。春木場日向の妻の綾音です」

「「「やっぱり~っ!!!」」」

「!!?!!!?」

 

 綾音さんが頭を下げた途端、全員が納得したかのような声を上げた。中には駆け寄るようにして俺たちのもとへやってくる奴もいる。

 

「春木場くんっ、こんな綺麗なお嫁さんどこで出会ったのっ!!?!?」

「ええと……それは……」

「学生結婚とかすごいなー! 今度詳しく話してよ!」

「ちょっ、みんな落ち着いて……!」

 

 俺はみんなからの質問攻めに遭い、必死に答える羽目になった。一方の綾音さんはというと――輪から少し外れたところで、微笑ましいといった感じに俺のことを眺めていたのだった。

 

***

 

「いや~、今日は楽しかったですっ! み~んな『綺麗な奥さん』って褒めてくれて!」

「そっ、それはよかったです……」

 

 駅からアパートに帰るまで、綾音さんはずっとご機嫌だった。俺はというと、一年分くらいの質問を返して疲労困憊。

 

「早く帰りたいです……」

「でもでもっ、良かったじゃないですか!」

「なっ、何がですか!?」

 

 俺がそう尋ねると、少し先を歩いていた綾音さんが楽し気に振り返ってきた。

 

「これで明日から、大学のみんなとお話できそうですねっ!」

「!」

 

 綾音さんはいたずらっぽく笑った。もしかして……俺の友達が少ないことを憂いて、わざわざ大学までついてきてくれたのか?

 

「綾音さん、今日って――」

「気にしないのっ! 大学で日向さんがどう過ごしているのか知りたかっただけなんですからっ!」

「えっ?」

「旦那さんのことは何でも知りたいんですっ! 奥さんなので!」

 

 朝にも聞いたようなセリフに、思わず笑ってしまう。何でも知りたい、か……。そう思ってもらえるだけ、俺は幸せな旦那なんだろうな。

 

「綾音さん、やっぱり良い奥さんですね」

「も~、今ごろ気づいたんですかっ?」

「いえ、ずっと前から知ってましたけど」

「相変わらずお上手ですね~っ!」

 

 スキップするように歩いていく綾音さんを、小走りで追いかける。こうして今日もまた、幸せな一日が幕を閉じたのだった。




 思いついたので書いてみました。
 お楽しみいただければ幸いです。
 新作ラブコメも連載中ですので、ぜひぜひお読みいただけると嬉しいです!
 幼馴染の一人が【泥棒猫】にジョブチェンジしてから、俺の青春が修羅場ってる
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