悪役令嬢復讐モノ(嘘は言ってない)


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婚約破棄の理由が流石に意味不明過ぎるので、全力で復讐することを誓います

 

 

 その日、とある公爵家の屋敷にて、沈黙の帳が落ちていた。

 存分に贅が振るわれた会場。国を挙げての式典もかくやという程に、参加者達の身形も競うように豪華絢爛の文字が躍る。そんな絵に描いたような貴族達の社交場にて、今、世界は静まり返っていた。

 

「⋯⋯リグレイト様。申し訳ございませんが、もう一度おっしゃっていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ。なんどでも言ってやるさ、アスティーナ。君との婚約は今日この時、この場にて⋯⋯解消とさせてもらう」

 

 令嬢アスティーナ・アドゥ・アインディベルンは、目を見開いたまま固まっていた。

 プラチナに近い銀の髪に、怜悧な美貌。纏ったドレスと同じ色したアイスブルーの瞳は、凍てついた湖畔を思わせる。

 凍り付くその姿でさえ、彼女は美しい。『氷の淑女』との異名に相応しい程に、美しい少女であった。

 しかし、そんな彼女はたった今、婚約の解消を申し出されていた。アスティーナの婚約者にして今宵の主賓、十八歳の誕生日を迎えたばかりのリグレイト・ディリ・フォーアンスタークその人に。

 だが。

 

「いや、そこじゃなくて」

「えっ?」

「婚約解消に至った理由をもう一度、と申しております」

「あ、そっちか⋯⋯」

 

 発生している食い違いを、アスティーナは即座に訂正する。

 その指摘にちょっと恥ずかしそう咳払いするリグレイトだだった。気を取り直して姿勢を正し、無駄にキリッとした顔をして、彼はもう一度口を開いた。

 

「推しと結婚するとか心臓破裂待ったなしだから、解消してくれと言ったんだ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 一体私の婚約者は、いつから異国の言葉を話すようになったんだろう。アスティーナは宇宙を背負った。

 

「失礼ですが、推しとはなんでしょう」

「⋯⋯簡単にいうなら、崇拝一歩手前って所かな」

「は、はぁ⋯⋯それは、その⋯⋯好意を抱いてるのと、なんら変わらないのでは?」

「そりゃ好意抱いてるよ。めちゃくちゃ好きだよ。三分の一以上に純情な感情だよ。じゃなきゃ推さないから」

「⋯⋯ええと。つまり、私に好意を抱いてくださってるという事なのですね?」

「勿論だとも!」

 

 なるほど、好きと。めちゃくちゃ好きだと。なるほど。ひょっとしたら愛してると言えないでいるユアハートなのかもしれない。

 曇りなき目で言い切ったリグレイトに、氷の淑女の頬に朱色がさして、一瞬で戻った。じゃあなんで解消されんねん。流れた覚えのない異世界の血が騒いだ。

 

「では、婚約を解消する理由にならないのでは? わた⋯⋯こほん。ン、ンンッ⋯⋯好意を持った相手と強固な関係性を保ったままでいる方が、リグレイト様にとっては都合が宜しいのではないでしょうか?」

「んー⋯⋯いやぁ⋯⋯それはちょっと違うんだよ、アスティーナ」

 

 なにが違うねん。流れた覚えのない浪速の血が加速した。

 

「なにが違うというのですか」

「推しというのはだな、ある程度は遠くあるべきなんだよ。なんというか距離を保ってなきゃあダメなんだよ。独りで静かで豊かで……」

「唐突にグルメ家にならないでくださいませ」

「そ、それにアスティーナが奥さんになるんだぞ⋯⋯推しと結婚って。一緒に暮らすってことだぞ。おはようからおやすみまでアスティーナだぞ、そんなの俺の心臓がもたねえよ⋯⋯くっ、いっそ殺せ!」

「唐突に女騎士化しないでくださいませ」

 

 リグレイトの弁解は、やはり意味不明で珍妙だった。アスティーナは今、宇宙どころか銀河を背負っている。

 あまりに変なこと言うから、アスティーナまでもが変な電波を受信している始末。そのテンポの良さに、こいつらお似合いでは?と近くの貴族は思った。

 

「例えば君が行っている活動を、陰ながらに応援したい。そういうマインドだ」

「陰ながら? 堂々と行えばよろしいのでは?」

「恩着せがましさが出るのはちょっと。応援する意思も結果もあくまで自分の勝手。そこに見返りを求めるのは論外だろう」

「しかし、それでは折角応援した相手に認知されないのではありませんか?」

「認知されないくらいで丁度良いんだよ。うん。そりゃ一度でも認知されたら嬉しいだろうけどそのたった一度が麻薬みたいに効いてしまって今度は認知されないと構えアピしだすんだよな。で、それで相手にしなかったら更に悪化して拗らせてバケモンになったり反転アンチになったりもするしで結果的に推しの心を曇らす輩に至っちゃうんだよそういうのを未然に防ぐ為に、見返りは求めないというスタンスこそが大事なんだよ」

「り、リグレイト様⋯⋯?」

「ハッ! お、俺としたことが、推し相手に推し活のなんたるかを語るとは⋯⋯くっ、殺せ!」

「Re:唐突に女騎士化しないでくださいませ」

 

 聞くものが聞けばスタンディングオベーションな御高説だが、アスティーナにはよく分からなかった。

 見返りを求めない精神と聞けば立派だが、それでは貴族は務まらない。ましてリグレイトは五爵級(公・候・伯・子・男)の中でも最上位の公爵家、この国を担う大貴族の嫡男なのである。

 言ってる意味も所々よく分からないし、この人は大丈夫だろうかとむしろ心配が勝つ始末。だかふと、アスティーナの脳裏に心当たりがよぎった。

 

「あ。お待ち下さいリグレイト様。ひょっとして最近、私が運営している孤児院支援部署に、謎の人物から多額の支援金が送られた事がありましたが⋯⋯まさかリグレイト様が⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯は? 違いますが。勘違いはやめたまえ」

「いえ、でも」

「違うと言っている。そもそも最近の俺は学院での試験勉強に忙しかったんだから、700万エニィもの大金を用意する暇などないに決まっている。だから違う。はい論破!」

 

 クソほど語るに落ちていた。その場に居る誰もが「あっ」となった。どう考えてもこいつの仕業である。

 

「⋯⋯」

 

 そういえば試験期間の終わり頃、リグレイトの目元にはうっすら隈が出来ていた事があった。アスティーナが尋ねた所、寝付きが良くないやら怖い夢を見てやら言っていたが、どうやら真相は違ったらしい。ほんのりと、アスティーナの頬に朱が浮かんだ。

 いけない。話の流れを変えなくては。

 内から滲む仄かな熱に急かされるよう、アスティーナは咳払いを一つ挟む。

 

「あの⋯⋯リグレイト様。リグレイト様のお気持ちは嬉しいのですが、私の様な女のどこにそうまで⋯⋯えっと、推したいと思ってくださるのか、よく分からないのですが」

 

 なにを聞いてるんですか、私は。

 己の迂闊にハッと気付くも、既に時遅し。

 

「可愛いからなんだよなぁ」

「⋯⋯っ」

「ビジュアルがもう最高だよな。綺麗な銀色の髪に青い目。『氷の淑女』も納得のクールビューティ。最高だよ、神様ありがとう」

「⋯⋯そう、ですか。もう、結構で⋯⋯」

「それに氷の、って言われるのは表情が変わらないからってのもあるけど、そこもな。感情を素直に表に出すと弱みになりかねないから律してるって本人は言うけど、実際は感情表現が下手で誤解を生みやすいことを気にしてるってのがリグレイトポイント高いね!」

「もっ! もう本当に結構ですから! 尋ねた私が間違っておりましたから! これ以上はご容赦を⋯⋯!」

「あと飼い猫の肉球をふにふにすんのがストレス解消だったりするところも。ズルいよなぁアレ。クールな美少女が小動物相手に表情を崩す瞬間とか全人類が好きに決まってんだろ!」

「くうっ⋯⋯こ、殺してくださいませ!」

「令嬢から騎士にジョブチェンジはやめないか アスティーナの騎士コスとか俺の心臓止まるだろ」

 

 いっそ止まってしまえと思わなくもない。

 今日イチにイキイキと褒め殺してくるリグレイトに、アスティーナの方がもたなかった。藪をつついたら蛇どころかドラゴンが出てきてしまっている始末である。というか猫と戯れるところを見られていたのか。アスティーナは羞恥心でぷるぷると震えていた。

 だがその時、この二人の間に割って入る少女が現れた。

 

「リグレイト様ぁ!」

「ん? どうした、メリーベル。大聖女ともあろう君が、そんな声を荒げて」

 

 少女の名はメリーベル。最近やたらとリグレイトと一緒に居ることの多い、異国からの留学者である。

 甘い顔立ちに甘い声、人懐っこい態度と異性に好かれる要素が盛り沢山の大聖女。そんな彼女とリグレイトの親密ぶりに、アスティーナからメリーベルに乗り換えたのでは、と口さがなく言う者も居る現状。

 果たしてメリーベルが何を言うのか。氷の淑女の頬に、一筋の冷たい汗が流れた。

 

「二日前に学院で語り合ったばかりでしょう!────飼い猫を相手する時のアスティーナ様は、極稀に語尾が「にゃ」になる瞬間があって、そこが最推しポイントだと! 私にアスティーナ様の魅力を教えて下さった貴方が、そこに触れずしてどうしますか! めっ!」

「はっ⋯⋯!⋯⋯くっ。すまん、メリーベル。俺としたことが⋯⋯あんなにドチャクソ盛り上がったのにっ。アスティーナファンクラブ会長として失格だ!」

「いいえ、リグレイト様。人は過ちを起こすもの。ですがそれを正しく改めることこそが、より強くなる為の術なのです。たった一度の失敗でくじけないでください、会長!」

「フッ⋯⋯そうだったな。流石はメリーベル副会長。これからもこうやって俺を正して欲しい。頼んだぞ」

「お任せあれ!」

 

 冷たい汗?爆速で乾きましたがなにか?

 なにしてんだこいつら。そんでファンクラブってなんだ。大貴族と大聖女がタッグを組んでなにアホみたいな暗躍してんだおい。

 特に大聖女。留学中の癖になにトンチキ会の副会長になってる。お前の崇める神とやらが泣くぞ。そういえば最近雨が良く降っている。泣いとるやんけ。

 間違いなく今、一番泣きたいであろう少女は天を仰いだ。

 今宵は月が綺麗な雲なき夜空。でもアスティーナの心は土砂降りであった。

 

 

 大体三歳か四歳かの頃に、リグレイトは唐突に前世の記憶を思い出した。

 自分は転生者であると。死ぬ以前は日本のサラリーマンを務めていたと。

 そうして憧れの異世界転生を果たした男は、現世の自身について調べて仰天した。

 リグレイト・ディリ・フォーアンスターク。自分が心からハマった悪役令嬢作品の、主人公の婚約者であったのだ。

 物語においては大聖女メリーベルという悪女に惚れ込み、主人公であるアスティーナに婚約破棄を叩きつけ、やがて破滅へと進んでいく。要はクソ野郎である。

 そして本作主人公のアスティーナ。男は、彼女をとかく推していた。ビジュアル、声、性格、行動。その全てがぶっ刺さったキャラクターである。

 

 男は狂喜乱舞した。自分がリグレイトなら、推しと話すことが出来る。推しとコミュニケーションを取ることが出来る。まさに至高の喜びを味わえるのが確約されているのだ。

 

 だが、彼は生粋の腕組み後方姿勢タイプのヲタクであった。

 彼らには鉄則がある。推しと近すぎてはならない。適切な距離を保ち、ただ見守る。それこそが推し活として最上であり、あるべき姿だといって憚らない。リグレイトもまたそうであった。

 そんな自分が、推しと婚約。結婚するという。それは本当に正しいことだろうかと。自らが貫いてきた矜持に反する協定違反なのではないか。転生したんだから協定違反もクソも無いだろうと思われそうだが、スタンスとは押し付けるものではなく貫くものである。この葛藤はまさに、自らとの戦いなのだ。

 

 お近づきになりたいと叫ぶ心か、近づいてはならぬと律する心か。揺れるリグレイトの心が決まったのは、婚約者として自分に紹介された、十歳の誕生日であった。

 

 幼きアスティーナを前にして、リグレイトは失神した。もう天使だった。可愛すぎた。推してて良かった、我が人生に悔いなしと、彼は拳を天に突き上げて失神した。

 この経験からリグレイトは悟ったのである。

 アスティーナと結婚したら心臓がもたない。婚約破棄するしかない。それに婚約破棄しないと物語がはじまらないだろうし。仕方ないな、うん。それでいこう。破滅エンド? 早いか遅いかだよそんなもん。

 苦渋の決断だがやむを得ないと、リグレイトは婚約破棄することを決めたのである。

 

 なお、アスティーナとはなるべく顔を合わせないように徹した。だってしんどい。直視するだけで心が天に昇っちゃう。

 故に距離を作り、しかし常に遠目で見守る出来るように尽力した。

 またリグレイトは努力を怠らなかった。自分が株を下げるということは、婚約者であるアスティーナの株を下げる事にもなりかねない。

 不慣れな政務も推しの評価に繋がるならばと、死力を尽くし励んだ。その努力は確実に成果へと結びつき、彼は今や公爵筆頭の父親からも太鼓判を押されるほどに認められていた。

 我が国の未来は明るいなと、国王直々に賛辞されるほどであった。

 

 

 だがやはり人の心とは厄介だった。会おうと思えば会える推しと無理矢理にでも距離を置こうとするのは、多大なストレスを生む。そして推しにまつわるストレスは推しにまつわる方法でしか解決出来ない。

 アスティーナの魅力を共有したい。誰かと語りたい。共感したい。

 そんなある意味クソほど厄介ヲタクなリグレイトは、その欲望に従った。

 標的となったのは、迂闊に彼へと近付いた大聖女メリーベルであった。つまりそういうことなのである。

 

 

 いやどういうことだってばよ。

 尽きぬ疑問に押し潰されるように、アスティーナはベッドへと崩れ落ちた。

 

「どうして、こんなことになってしまったの」

 

 誕生会より帰宅したアスティーナは、事の次第を両親に説明した。婚約破棄と聞き、なにがあったと目を剥いて問い詰める父と母。内容を聞いていく内に、彼らもまたポカーンと宇宙を背負っていた。

 更にその後すぐ密書が届いた。差出人は現公爵。内容は、此度の馬鹿息子の言い出したことに対する謝罪。だが息子が頑な過ぎて根負けしてしまったから、婚約を破棄して欲しいとの嘆願。それに伴う賠償(リグレイト自身が用意した)と、婚約相手としてこれまでしてきた支援を、そのまま継続するので許して欲しいとの旨である。

 最後の「わしはもう疲れた」との一文に、「えぇ⋯⋯」としか言えなかった父が印象的であった。

 

 全くもって理不尽な一日だ。何故自分がこんな目に遭わないといけないのか。これが天罰だというならば、神なんていない。認めない。

 そう神と大聖女へ怒りを抱くアスティーナは原作通りだが、ニュアンスは割と違った。

 

「⋯⋯婚約、破棄」

 

 しかし。はじめに婚約破棄と言い出された時、アスティーナの胸に募った想いは「ああ、やっぱり」という諦観であったのだ。

 自分はリグレイトに好かれていない。これまでのリグレイトとのやりとりを経て、アスティーナはすっかりそう思い込んでいたのだ。

 

 なにせ、はじめて顔を合わせた時に気絶され、それから一年は文通でやり取りをしていた。その後は顔を合わせる機会も増えたが、いつも目を逸らされるし、一歩近寄ると一歩下がられる。思い切って距離を詰めたら、露骨に硬直される。

 リグレイトは極度の人見知りなのかとも思ったが、そんなこともなかった。むしろ他の人間と接する時は明るく凛々しく、カリスマ性さえ見えるほどに堂々としていた。

 そう。アスティーナだけに、リグレイトは露骨に距離を置いたのである。嫌われている、と察するのも無理はない。

 アスティーナ自身、自分を可愛げのない女だと思っている節があった。感情を表にするのが苦手なせいで誤解を与えることもあるし、孤児院の子供達の中にはアスティーナを恐がる子も居る。男爵の息子に、可愛げのない女だとすれ違いに吐き捨てられた事もあった。氷のように心の凍てついた女。

 『氷の淑女』という異名は、アスティーナへの蔑称でもあるのだ。

 

 だからきっと、この方の心は私に向くことはない。

 アスティーナの分析力が弾き出した、悲しい結論だった。

 だから婚姻が可能となる十八歳の誕生日に、婚約を破棄される事に、痛ましい納得はあった。

 なのに。

 

『可愛いからなんだよなぁ』

「うう⋯⋯」

『違うと言っている。そもそも最近の俺は学院での試験勉強に忙しかったんだから、700万エニィもの大金を用意する暇などないに決まっている。だから違う。はい論破!』

「ううう〜⋯⋯」

『感情を素直に表に出すと弱みになりかねないから律してるって本人は言うけど、実際は感情表現が下手で誤解を生みやすいことを気にしてるってのがリグレイトポイント高いね!』

「ううううう〜〜〜⋯⋯!」

 

 彼は、自分のような可愛げのない女を好きでいてくれた。

 それどころか内面を理解してくれていた。自分の活動を応援までしてくれていた。

 気付かなかった。知らなかった。なんでリグレイトがそれを知っているとも思ったが、世話焼きな母親か気を利かせがちなメイド辺りが教えていたのかもしれない。

 ひょっとしたら、少しでも感情表現できるよう、毎朝こっそり鏡に向かって練習してることもバレてるかもしれない。

 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。でも嬉しかった。嬉しかったのだ。

 だから悲しい。どうしてもっと早くと、思わずにはいられない。

 

「⋯⋯リグレイト様」

 

 実に馬鹿馬鹿しい理由だが、婚約は破棄されるだろう。大貴族の要請だ。条件も悪くなく、突っぱねる訳にもいかない。

 リグレイトとアスティーナは、婚約者同士ではなくなってしまう。ただの公爵嫡男と伯爵令嬢になってしまう。

 

「許せない⋯⋯」

 

 こみ上げてきたのは、怒りだった。

 こんな結末、認めるものか。許せるものか。

 

「婚約破棄、いいでしょう。呑みますよ。呑めばいいんでしょう⋯⋯!」

 

 あんな辱めをしておいて。あんな想いをぶちまけておいて。今もこうして私の心を、こんなにも乱して。

 許しておけるはずがない。絶対に。だから。

 

「ですが、リグレイト様。貴方の思い通りになどさせません⋯⋯!」

 

 氷の淑女は、復讐の炎に燃えていた。

 全身全霊でリグレイトに復讐してやると、アスティーナは誓ったのだ。

 

 

「おはようございます、リグレイト様」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ」

 

 婚約破棄が正式に為された翌日。

 学院へと向かうリグレイトを待ち受けていたのは、アスティーナの笑顔だった。

 

「どうかなされました? そんなに驚いた顔をされて」

「あ、あああ、アスティーナさん!? ファッ!? 笑顔!? 笑顔ナンデ!?」

 

 そう。笑顔だった。綺麗な、花の咲くような笑顔だった。

 常に無表情の澄まし顔がデフォルトな美少女の、渾身の笑顔である。リグレイトが目を剥いて狼狽するのも当然だった。

 

「好いた殿方を前にすれば、女は自然と笑顔になるものですよ? ご存知ありませんでしたか?」

「好いた!? だ、だだだだが、俺と君は婚約を破棄したばかりだろ!?」

「はい。それが何か? 婚約者同士という関係が、ただの男と女になっただけ。好いた人の傍に居ようとすることに、そもそもそんな約束事など必要ありませんもの」

「あば、あばばばば⋯⋯!」

 

 更にアスティーナは止まらなかった。

 はっきりと好意を持っていると示し、更には立ち尽くすリグレイトへと歩み寄り、その頬をちょんちょんと突付いた。

 勿論笑顔で。氷の淑女はどこへ行った。そう問われても仕方がないくらいの豹変ぶりだった。

 

「リグレイト様」

「ま、みゃ、な、なんでしょうか⋯⋯」

 

 冬から春へと移り変わるように。

 雪が溶けて花開くように。

 淑女の氷を溶かしたのだ。他ならぬ貴方が。ならばこの剥き出しになった想いは全て、貴方にぶつけて差し上げます。

 

「婚約は破棄されましたが、どうかこれからも末永く、よろしくお願い致しますね」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はいぃ」 

 

 婚約破棄した相手に迫られ、迫られ、迫られ、そして折れさせる。愛し合って子を為して、月日を重ねて子が大きくなって、孫が出来て、同じ数の年を経て。

 その時になって、はじめて言ってやるのだ。

 

──推しと結婚どころか一緒の墓になりましたけど、今どんなお気持ちですか?と。

 

 それが、アスティーナ・アドゥ・アインディベルンの復讐だった。

 

 

 

 

 

 

 

 なお。

 

「あ、あ、アスティーナ。最近はどうしてそんな短いスカートを履くように⋯⋯」

「これですか? これは最近愛読してる書物にあった『殿方が見とれやすい格好』ですが⋯⋯」

「あ、あと、やたらとスキンシップが多いのは何故だ⋯⋯」

「同じく書物にあった『殿方がつい好きになってしまう女性の特徴』にあったのですが⋯⋯」

「⋯⋯その書物のタイトルってなんだ」

「え。たしか『男なんてこれでイチコロ! 意中の男を落とす為の超絶恋愛テクニック百八選!』ですけれども⋯⋯はっ、しまった──か、勘違いしないでください。別に貴方の為なんかじゃないんですからねー⋯⋯⋯⋯これでよし」

「今すぐ焚書にしろおおおお!!」

 

 感情表現が下手な少女が、急に恋愛上手であるはずもなく。

 リグレイトは推しの新たな一面に、散々に振り回される未来が待ち受けていることを、ここに記す。

 

 

 

 

 

 

・いつかの未来

 

「お二人はどうやって結婚されたんでしたっけ?」

「ああ。きっかけは、夫から婚約破棄されたからですね」

「は?」

 

 

fin


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