もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
カービィにはなにが起きているのか、理解できていなかった。
ユウリの相手が、なにか難しいことを言っていて、そこに悪意は感じないけれど、ユウリがショックを受けていることだけはわかる。
そのあとユウリが何かを叫んでいたが、カービィはやっぱりわからない。
けれど、カービィはひとつだけ分かる。
どうして、そんなにかなしそうなの?
苦しんだ表情を浮かべて、ユウリは泣いて、その場で崩れ落ちた。
だからカービィは、こう思った。
ゆうりがつらそう。
そしてカービィは戦いのことなんて忘れて、ユウリの元へ駆け寄った。
カービィは悩みがないヤツだから、きっとユウリの辛さをわかってあげられない。
だから、カービィはこう考えるのだ。
おいしいゴハンを食べよう。
それからいっぱい昼寝をしよう。
その後はたくさん遊ぼう。
ユウリは真っ黒な瞳でカービィを覗きこむ。
だからカービィは、小さく短い手をユウリの前につきだす。
「もう一人じゃないよ」ってそっと差し伸べた手が。
キレイなピンク色の手をしていた。
吸い込まれそうな笑顔。
そのピンクの戦士はたたかう。
大切なトモダチの笑顔を取り戻すために。
理由はあまりにも単純で、だから決して揺るがない。
────彼の名は、星の戦士カービィ。
暗く濁っていたユウリの瞳に、少しずつ光が戻っていく。
★
その瞬間、ユウリは思い出した。
まるで走馬灯のように、次々と浮かび上がる記憶。
『あなたはなんていう名前のポケモンなの?』
『カービィ!!』
ハロンタウンで、初めて出会った時のこと。
「プリンによく似たポケモンだ!」とあの時はそんな風な印象を抱いた。
『わたしのポケモンになってくれない?』
『ぽよ!』
それから、そう、ダンデと試合をすることになって、あの時、カービィは自分のポケモンになってくれた。
それが、たまらなく嬉しかった。
『うわぁ! また全部食べちゃっている! しかも作ったばっかりのカレールー!!』
『ぷやぁ?』
『もー、カレーはご飯とルーが一緒だからね! わかった?』
『はぁい!!』
ワイルドエリアで過ごした夜のことが、すごく記憶に残っている。
なぜか無性に心が温かくなって、ベッドにくるまった後はいつも空虚な気持ちになるけれど、その日はそうじゃなかった。
『こらっ、ラビフット! カービィをボールみたいに蹴らない! ……っていうか、なんでカービィ、手足が消えて、ボールみたいになっているの?』
『ぽよ!』
『ああ、さっきモンスターボールを吸い込んだから……?』
ジムチャレンジに参加して、行ったことも見たこともない、いろんな場所を冒険した。
その隣にはいつもカービィがいた。
『いやー、たまには練習も一日休んで、ひなたぼっこもいいね』
『すやぁ……すやぁ……』
『……あ、もう寝てる。……トマトカレーできているよ!』
『……!! とまと、とまとかれー!!』
「あはは、起きた起きた」
だから、ちっとも寂しくなかった。
むしろまるで自分の心の奥に、その思い出が結晶みたいに残り続けている。
『ねえ、カービィ。どうしてわたしのポケモンになってくれたの?』
『ぽよ……? うーい、とまと、かれー、ゆうり、ゆうり!』
『あはは、やっぱりわたしのトマトカレー目当て? もう……』
カービィが一緒にいるとき、不思議と、あの空虚な気持ちが薄れる。
自分がこの世界で生きていないような、そんな感覚。
もしそうなってしまっても、カービィがいると、なぜか自然と引き戻されるのだ。
きっとカービィと過ごす時間が、あまりにも楽しすぎたから。
だから、ユウリはずっとカービィと一緒にいたいと思った。
いつか別れが来るとしても、その時までずっと……。
回想が途切れる。現実の風景が映し出される。
ユウリの目の前にカービィがいる。
まるでいつものように、そこにいる。
「……あ、なんでこんな簡単なこと、忘れていたんだろ」
自分は空っぽで、だから何も手に入れられない?
自分の冒険は、なにも意味がなかった?
いったい、自分はなにを言っているんだ。
これまでの冒険で、自分はなにを見てきた? なにを感じた? なにを思った?
どん底まで落ちていたユウリの心に、火がつく。
カービィは、ちょこん、と短い手をユウリへ差し出している。
体を起こしたユウリは、カービィの手を掴んだ。
ぷよぷよした柔らかい感触。決して離すつもりはない、と固く握る。
手に入れたものは確かにあった。
なにも意味がないなんて、そんなわけない。
地面に転がっていたユウリは、起き上がる。
ユウリの目は、もう濁ってはいなかった。
「カービィ」
「はぁい」
「初めてダンデさんと試合したときのことを覚えている? その時、わたしが君に何を言ったのか?」
ユウリは確かめるように問いかける。
しかしカービィは「ぷい?」と首をかしげる。「覚えていないか……」とユウリは苦笑した。
「わたしのポケモンになってほしい……そう言ったよね。君はわたしのポケモンだって」
そこまで言い切ると、カービィはこくりと頷いた。
「……カービィ、お願いがあるの」
これは、あの日の再演だ。
自分はそう切り出して、カービィに頼み込んだ。
なら、今回も自然と、同じ前口上でこう言い放った。
「────わたしのポケモンじゃなくなってほしい」
カービィはきょとん、としたあと、珍しくちょっとびっくりしたような顔をする。
ユウリは、初めてカービィの驚いた顔を目撃したので、慌てた。
「わっ、違うの! 別に嫌いとか、もう一緒にいてほしくない、とかそういう意味じゃないの!」
それからユウリは必死に弁明する。
「つまりね、わたしたちはトレーナーとポケモンじゃないってこと」
落ち着いたカービィは首をかしげた。たしかに訳がわからないだろう話だろう。
「その、単純に、それだけの関係であってほしくないというか……」
ユウリはなんだか恥ずかしくなって、前髪をかき上げた。
そして「あ、別にエースバーンやアーマーガアたちが大切じゃないって言っているわけじゃないから」と補足する。
「わたしにとって、カービィは大切な友達ってことなの!」
そもそもカービィはポケモンじゃない。
異世界からやってきた生物。それもプププランドという国の住人だから一応は人間……なはず。
だからそういった意味でポケモンではないだろう。
だがそういう意味とは別の話。
「他の人から見れば、すごく強いポケモン。けどね、わたしにとってそんなことはどうでもいいことだったの」
一緒にいて楽しい。
カービィは、そんな気持ちにさせてくれるのだ。
「だからカービィ、わたしの友達になって!」
世界を何度も救った、無限の力を持つ伝説のヒーロー。
星の戦士カービィ。
きっと自分のような何もない人間は、光のようにまっすぐな彼とは不釣り合い。
それでも、とユウリは思う。
自分にとってカービィはかけがえのない存在だ。だからそんな関係を望むのだ────。
ユウリは、固くつかんだカービィの手を放す。
それからもう一度、今度は自分からカービィへ手を指し伸ばす。
「ともだち、ともだち……」
カービィは目を輝かせていた。それはもう、嬉しそうに。
「ゆうり、ともだち!」
ぎゅっとユウリの手を掴んだカービィ。
そのあと、ぴょんとジャンプして、ユウリの背中に乗る。
ユウリは顔をほころばせた。
「……ありがとう、カービィ」
「ふふふふ……」
先ほどまで黙っていたポプラが、くつくつと腹を抱えていた。
ユウリは顔を青ざめる。
(あ、絶対怒っているよ……いきなり寝転んで試合放棄するし、さっきカービィと話していたせいでポプラさんを放置していたし……)
「あははははっ!!」
まるであっぱれと言わんばかりに、ポプラは腹の底から笑っているようだった。
「え?」
「いやぁ、まさか、久しぶりに面白いものが見れたねえ」
ポプラは満面の笑みを作って、こう告げた。
「白昼堂々、友達宣言! 青いねえ、いや濃密なまでのピンク色だ!」
十分楽しませてもらった、と言わんばかりに。
先ほどまでユウリを否定する言動を繰り出していたのに、この変わりようだ。
「こんな最高のピンク色のコンビは初めて見た!! アンタたち満点だよ!」
「……別に、満点でもゼロ点でもどっちでもいですよ」
「はははっ、連れないことをいうじゃないかい」
さきほどまでユウリの背中にしがみついていたカービィが、地面に降りて、コート内に踏み入る。
そしてユウリは、ポプラをまっすぐ見据える。
「さて、チャレンジャー、立ち直ったところで、試合再開といこうじゃない」
ユウリの視線を受けて、ポプラは老婆と思えない好戦的な笑みを浮かべる。
「この試合、勝たせてもらいます」
「ふふ、立ち上がったはいいが……今のままだったら、さっきと同じ繰り返しだよ」
「そうですね……
一旦停止していた試合が続行される。
ポプラが命令を下し、トゲキッスが動き出した。
「トゲキッス、しんそくだよ!」
ふたたび、加速しカービィに接近するトゲキッス。
ユウリは決意を固めて、静かに目を閉じた。
夢がない。
自分は空虚。
ポケモンバトルに依存している。
正しくトレーナーとして成長できていない。
ユウリが抱えるたくさんの問題は、いつかは向き合わなければならないのだろう。
しかし、そんなことは後回しでいい。
今は、ただ、カービィと一緒に試合を勝利する。
それだけを考えればいい。
なぜならそれが、ユウリのやるべきことだから。
焦りと不安で集中を欠いていた思考が、鮮明になる。
もう、迷わない。
ユウリは、短く一言発した。
「カービィ、能力を捨てて」
カービィは、ビームの能力を解除し、ノーマル状態へ戻る。
続けてユウリは指示。
「トゲキッスに向かって、すいこみ!」
口を開けたカービィは、すいこみを開始。
ポプラはすぐに反応した。
「トゲキッス! 取り込まれないように気をつけな!」
もちろん、ユウリの狙いは、トゲキッスをカービィに吸いこませる……などではない。
吸いこみのバキューム。その引き寄せる強風によって、トゲキッスの翼から1枚の羽根が外れる。
それがカービィの口に入る。
カービィの姿が変わった。
翼をはやし、羽の冠を被った、ウィングカービィへと変貌をとげた。
「反撃の時間だよ!」
「うい!」
ユウリとポプラは同時に命令した。
「カービィ、飛翔して、近づく!」
「トゲキッス、反時計回りに旋回しつつ、距離を取る!」
スタジアムの空中を、縦横無尽に動き回るトゲキッス。
その背後から、翼をはためかせたウィングカービィが追跡する。
「フェザーガンで攻撃!」
「回避して、エアスラッシュだよ!」
カービィは翼から羽の弾丸を撃ちまくる。
トゲキッスはジグザグに移動したり、急速に方向転換したりして、相手の射線から外れようとする。
だがマシンガンのように放たれた羽の弾丸を、すべてかわしきるのは難しい。
トゲキッスは、数発被弾してしまう。
ポプラは苦い表情を作る。
「ちっ、ころころとフォルムチェンジして、厄介だね」
息もつかせぬ空中戦。
ユウリはまばたき一つもせず、両者の動きを追う。
「トゲキッス、トライアタックだよ」
「カービィ、避けて」
ウィングカービィは、華麗な空中で回転し、相手の三連撃をかわす。
「カービィ! コンドル頭突き!」
そのまま勢いをつけて、トゲキッスに肉薄したカービィは頭突きをくらわせる。
頭突きをくらったトゲキッスは、大ダメージを受け、地面に叩きつけられる。
ポプラは感嘆したような声を出す。
「……なるほど一本取られたわ。これじゃあ、さっきまでの戦法が通じなくなってしまうわけかい」
「はい、気づくのが遅れちゃいました。能力を変えれば、簡単にポプラさんの戦法を崩せちゃうっことに」
ポプラが仕掛けてきたカウンター主体の戦法。
これには致命的な弱点がある。
それはビームカービィのような地上で戦う能力に限り有効であるということだ。
今のウィングカービィのように、トゲキッス以上の速度と機動力で空中戦が可能ならば、話は違う。
ウィングカービィの機動力をもって、強制的に接近すれば、もはやトゲキッスはどうしようもない。
だからユウリは、カービィに能力を捨てさせた。
そしてポプラのカウンター戦法を崩せる能力へチェンジさせたのである。
そしてポプラが握っていた試合の主導権を、冷静になったユウリが掌握している。
試合の結果はもう決まっているようなものだった。
────ねえ、カービィ、ありがとう。
ユウリは、聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「カービィ、とどめだよ。トス!」
トゲキッスはさっき受けた攻撃で身動きが取れない。
そこへ容赦がなくカービィが迫る。
────わたしと、出会ってくれて、友達になってくれて。
カービィが翼をはためかせて、風を作る。
その風に、トゲキッスが巻き上げられて、空中に浮かぶ。
「つづけてシャトルループ!」
翼を展開し、宙に飛び上がったカービィ。
そのままくるりと一回転しながら勢いをつけて、トゲキッスに突撃する。
トゲキッスはそのままコートに墜落して、戦闘不能となった。
ポプラは、トゲキッスをモンスターボールに戻して、こう告げた。
「どうやら2流だったようだね。……あたしゃてっきり3流だと思っていたよ」
憎たらしい口調だったけれど、それはまぎれもなくユウリへの賞賛の言葉だった。
ようやくポプラ戦おしまい。思ったより長くなってしまった。